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13お茶会、リトライ

 ロザリアのお茶会は失敗に終わった。金で雇った男性を呼んで茶会を開催したことがばれて、ロザリアは反省文作成の上、お茶会のやり直しを命じられた。とはいえ、ロザリアの一連の失敗はすでに学園中に面白おかしく広まっており、お茶会を開いたところで誰も来るとは思えなかった。

「どうしようかしら……」

「ご友人はいらっしゃらないのですか?」

「いるわけないじゃない」

 すがすがしさすら感じられる声で告げられたロザリアの言葉に、ハスターはため息を漏らすばかりだった。

「私の方で参加できそうな方にあたってみましょうか?多くが使用人となりますが、形にはなりますよ」

「どこの令嬢が使用人に対してお茶会なんて開くのよ」

 無言で見つめられて、「わたくしね」とロザリアは口の中でつぶやいた。眠気覚ましの紅茶を一口含めば、その芳醇な香りに少しは苛立ちが収まった。

「それではお茶会のやり直しをやめますか?それとも私と二人きりのお茶会を強行しますか?」

「どっちも単位が取れるか怪しいものよね」

 別に講義の単位をもらえなかったところでロザリアの将来に暗澹とした未来がやって来るわけではないが、そこは負けず嫌いのロザリア、このまま黙って敗北を認める気はなかった。

 とはいえ策が浮かぶわけもなく。

「どうしたものかしらね……」

 ソファに深くもたれて、ロザリアはハスターが梳るのを黙って受け入れていた。


「……お茶会、ですか?」

 訓練の合間。最近表情が曇りがちなロザリアへと尋ねたレイフォンは、さらりとした絹糸のような金髪を揺らしながら首を傾げた。

「そうよ、お茶会ね。講義の課題で五人ほど参加してもらって開かないといけないのだけれど、ね」

 外見年齢が明らかに自分より幼い庇護欲をそそるレイフォンに「嫌われ者だから茶会に出席してくれる者がいない」と言うのはためらわれ、ロザリアは言葉を濁した。

「ロザリア様のお茶会ですか。きっとすごく豪華なんでしょうね」

「それはもちろん、やるからには力を入れるわよ。でも所詮は茶会よ。しかも学園の中って場所も限定されているもの。まだ講義の始めで個々の実力を見るような段階だから、せいぜい壊滅的な技量でないかを図る程度よ」

「ええと……つまり?」

「場所を整える必要はなし。ただ軽い食事の手配と話術を確認する程度だと思うのよ。だからお金をかけるところなんて、せいぜい食事くらいよ」

 この学園には、上は王族、下は男爵や商人まで幅広い生徒が存在するのだ。ゆえに学園の講義で大金を必要とするようなものは実施しにくい。だから費用はそれほど必要ないと告げるロザリアを、ハスターはどの口が言っているのだろうかという面持ちで見つめていた。

 美名をとどろかせる男性十名との交渉代、雇用代、衣装代、移動用の馬車代、美容師代、学園へ部外者十名を入れるための裏金、振る舞いなどの指導のための家庭教師代など、本来は全く必要ないはずだった大金をかけた上で、ロザリアはお茶会を失敗させたのだから。

 そんな失敗の話は決して口に出さず、ロザリアはなんとなくちょうどいい高さにあったレイフォンの頭へと手を伸ばし、その髪を指ですいた。

「いいわねぇ。わたくし、弟が欲しかったのよ」

 顔を真っ赤にして慌てふためくレイフォンを見ながらロザリアがつぶやいた。

「弟、ですか?」

「そうよ。別に兄でもよかったけれど、異性の兄弟がいるとなんとなく楽しそうじゃない?」

「うーん、僕は一人っ子の方がよかったですし、姉妹はむしろいない方がよかったかもしれません」

 困ったように笑うレイフォンを見てロザリアは首をかしげる。ロザリアへと水の入ったグラスを手渡しながら、ハスターもまたレイフォンを――あるいはレイフォンの頭にのったままのロザリアの手を――見つめていた。

「僕が、こう、自分で言いたくないけど可愛い容姿をしているせいで、姉のおもちゃになるんです。しょっちゅう自分たちのドレスやなんかをもってきては僕の体に当てて『似合う~』とかきゃっきゃと話すんですよ。ひどいときは服を剥かれて無理やり着せられるんです」

 絶望を瞳に宿したレイフォンをあやすように、頭をなでるロザリアの手の動きが激しくなる。けれどその手をはじくようにハスターがロザリアの手を外させ、代わりにハスターがレイフォンを撫で始める。

「お辛い思いをしてきたのですね」

「……そう、ハスターもレイフォンの頭を撫でたかったのね」

 癖になるサラサラ具合よね、とよくわからない頷きを見せるロザリアを横目に、ハスターは内心で盛大にため息を吐いた。ハスターには、レイフォンに対するロザリアの距離が近すぎるような気がしていた。

 弟のように思っているのかもしれないが、相手は血のつながっていない他人、しかもロザリアより年上の男性なのだ。

「お嬢様、いいですか?男性はみな狼なのです。隙を見せてはなりませんよ」

「何を言っているのよ?男性が狼なら、女性は人の皮をかぶった悪魔よ。獣だとわかるだけ男性の方が心構えできてよほど安全じゃない」

 心からわけがわからないと告げるロザリアを見て、ハスターは顔を手で押さえて天を仰いだ。

「その……大変ですね?」

「ええ、それはもう。よく私はこれまでお嬢様を導いてくることができたな、と自分でも不思議に思っております」

「ちょっと、二人とも何を言っているのよ?こんなにも美しい私の何が不満なわけ?」

 顔を見合わせたハスターとレイフォンは互いに苦笑を浮かべた。蚊帳の外に置かれているような思いに、ロザリアが頬を膨らませて見せる。

「さて、そろそろ再開しませんか」

「はい……あ、ロザリア様。先ほどの話の続きなのですが」

 立ち上がってハスターの後を追おうとしたレイフォンは、ふと思い出してロザリアへと振り向いた。

「先ほどの話……って何だったかしら?」

「お茶会の話です。それで、その……お茶会って、僕が出てもいいものなんでしょうか?」

 ん?と首をひねったロザリアは、顎に手を当て、眉間に深いしわを刻みながら考え始めて。それから確認するようにハスターの顔を見た。

「大丈夫……なはずよね?レイフォンも貴族だし、王立学園の敷地に入ることを許された騎士学園の生徒だし」

「念のため確認をとる必要はあるかと思いますが、おそらくは大丈夫でしょうね」

 それからもう一度レイフォンを見て、ロザリアはその容姿が十分に美しいものであることを確認した。

「合格よ」

 これで自分から離れていった男たちの鼻を明かせる――そんなロザリアの言葉を、ハスターは聞いた気がした。

「ええと……?」

「ああ、一応確認してからだけれど、たぶん大丈夫よ。招待してあげるわ」

 やったぁ、と歓声を上げるレイフォンを、ロザリアはまぶしいものを見るように目を細くして見つめていた。元気溌剌、純粋無垢なレイフォンを見ていると、自分の心が浄化されていくようにロザリアは感じていた。

 それから、自分は浄化されるような存在ではないと、ロザリアは強く自分の思考を否定した。

 ロザリアとレイフォンに訓練を続けるように言って、ハスターはすぐにイリーナへと確認を取りに行った。

 戻ってくるなり、レイフォンのきらきらと輝く視線に晒されながら、ハスターはロザリアに大きく頷いてみせた。

「問題ないそうですよ」

「あら。じゃあレイフォン、あなた以外に四人か五人ほどを連れてお茶会に参加してくれるかしら」

「はい!わかりました……あ、でも、その……」

「何かしら?」

「あのですね、その、友達がいないというか……」

「ここは一歩踏み出す時だと思いますよ。そうですね、できるだけ大勢の目があるところで、丁寧にお願いをすれば一緒に参加をしていただけると思いますよ」

 遠くからレイフォンを見る騎士学園の生徒たちを観察する限り、レイフォンは嫌われてはいなかった。むしろまるで宝物を、あるいは腫物を扱うように対応されているというのが、ハスターの観察の結果だった。女性のようにも幼子のようにも見えるレイフォンという視界の癒しに対して抜け駆けをしないという不文律でもできているのだろうと思いながら、ハスターはあえて衆人環視の前で頼むことで、レイフォンの真剣なお願いを断ったらどうなるか、と相手に考えさせて抜け駆け防止の状況を打破するべきだと考えた。

 ハスターの助言に、レイフォンは不安げながらも頷いて見せた。

「わかりました。早速やってみます!」

 そう言って、レイフォンは訓練のお礼を言うやいなや、近くにいた顔見知りの学友のもとへと走っていった。レイフォンに頭を下げられた騎士学園の生徒は、おろおろと視線をさまよわせ、やがてこくりと頷いた。振り向いたレイフォンがロザリアたちに笑顔でピースサインをする。そんなレイフォンを、男子生徒は頬を朱に染めて熱い目で見ていた。

「……レイフォンって、男よね?」

「加えて言えばあの生徒も男性ですね」

 一度騎士学園の日常を見てみたい――そんなことを考える二人の視線の先では、レイフォンが二人目の生徒へと突撃していた。


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