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鈴谷さん、噂話です

世界五分前仮説と異人殺し

 火田修平が怒っていた。

 火田は僕と同じ大学の新聞サークルに所属している少々凶悪な顔つきをした男だが、その実、社会常識はわきまえていて、小言や説教の類はそれなりにするが、滅多に本気で怒ったりはしない。その火田が怒っている。

 珍しいことだ。

 ただ、幸いにもと言うか何と言うか、怒っている相手は僕ではなかった。新聞サークルには園田タケシ…… 通称“ソゲキ”と呼ばれている何故所属しているのかもよく分からないようなお調子者で間抜けな後輩がいるのだけど、そのソゲキが怒られていたのだ。

 どうやら奴にとっては、ソゲキがやらかそうとした事が心の底から許せなかったらしい。

 

 「情報を発信するっていうのは、責任のある重要な仕事なんだよ。確かにインターネットが普及した現代って時代には、嘘の情報が山ほど飛び交っているし高が大学の新聞サークルの発行している新聞ではあるが、それでも“新聞”を名乗るからにはそれくらいの矜持は持て」

 

 怒られているソゲキは仔犬のような顔をしていたが、どれくらいその言葉が響いているかは怪しかった。こいつのキャラは分かっている。察しが悪いし、こっちの話している内容を斜め55度くらいの角度に解釈して理解し、時間が経つといつの間にかに屈折させて変な風に覚えていたりもする。

 きっと火田も僕と同じ不安を思ったのだろう。更に話を加えた。

 「関東大震災朝鮮人虐殺事件って知っているか? 関東大震災の時に、朝鮮人や中国人が犯罪を画策しているってデマが流れて、大量の人間が虐殺されたってな悲惨な事件だよ。犠牲者の数については数百人から六千人と諸説あるみたいだがな。

 このデマに説得力を与えてしまったのが新聞記事なんだよ。記事の内容を信じてしまった人が大勢いたんだな。情報ってのは人間を操れる。場合によってはそういった悲惨な事件を引き起こしもする」

 「はあ」と、それにソゲキ。

 気の抜けたような何を考えているのか分からない表情だった。

 これは多分、まだ分かっていない。だからって訳でもないのだろうが、火田はまだ続けた。

 「しかも一度記録に残ると、それは長期間に渡って社会に影響を与え続ける。

 一度、俺はネットで“関東大震災の時に、朝鮮人や中国人が犯罪を画策していたのはデマではなかった”ってな主張をしている連中を目にしたんだが、その根拠にしているのが当時の新聞記事だったんだよ。新聞記事にデマが載ったから被害が拡大した事件だってのに…… 流石に滅茶苦茶だろう?

 こういうエピソードを考えると、マスゴミだなんだとマスコミ批判が当たり前になった現代って時代でも、まだまだマスコミに対する信頼は高いらしいってのが分かるよな。つまり、新聞に嘘を書けば、それだけ大きな悪影響を与えてしまうんだよ。まあ、本当の内容を書いても悪影響を与える場合もあるんだが」

 くどくどとした説教に、ソゲキは「もう分かりましたよ~」と情けない声を出した。許しを請いている。僕はそれを見て、そろそろ頃合いかと思って助け舟を出してやった。

 「火田よ。そろそろ良いのじゃないか? そもそもまだ記事にした訳じゃないんだからさ」

 すると「ああ?」と言って、火田は今度は僕を睨みつけてきた。なんかとばっちりを受けそうな気配。もしかしたら、単に機嫌が悪いだけなのかもしれない。

 「記事にならないのは、俺がチェックして止めたからだろうが。そもそも俺はお前だって信頼していないんだからな」

 吐き捨てるように言った後で、奴はソゲキが書いて来た記事を眺めた。

 ノートパソコンの画面に映し出されているそれは、“中国人の詐欺集団が大学構内に現れるから気を付けろ”といったような内容の原稿だった。それが事実であったのなら、火田は怒らなかったのだろうが、それは単なる噂に過ぎず、しかも全く違う地域の噂をネット上で拾って来たものであったらしい。

 つまり、デタラメだ。

 「まったく…… 偶に積極的にサークル活動をして来たかと思ったら」

 呆れている。

 「だから、予防になればと思ったんですよ~ 嘘も方便って言うじゃないですか」

 またソゲキは情けない声を上げた。

 嘘でも良いから、“中国人の詐欺集団”の話を記事にしておけば、誰かが詐欺に引っ掛かるのを防げるって言いたいのだろう。

 「志は立派だ。だが、手段が駄目だ。少なくとも嘘は書くな。それにその手の情報は、偏見を強めるってデメリットもあるんだよ」

 「じゃ、どうすれば良いんですか?」

 「事実を基に、予防を促すような内容にして、かつ“一部の中国人の犯行”と強調して偏見を抑えられるようにすれば良いのだろう?」

 「つまり、表現の仕方とかで印象操作しろって事ですか? それだって、事実を作っているようなものじゃないですか!」

 「そうだよ。“記録を残す事”って言うのは、ある意味じゃ、“事実を作る事”なんだよ。完全に客観的な情報なんてあり得ないんだから。だが、だからこそ、記事の内容には細心の注意を払わなくちゃならないんだよ」

 火田は口角泡を飛ばす勢いで喋っていた。どうやらまだ怒りは治まっていないらしい。凶悪な顔をして真面目なんだ、こいつは。もっともこの新聞サークルは、こいつの真面目さのお陰で成り立っているようなところがあるからあまり文句も言えない。

 「“記録が事実を作る”か。なかなか、含蓄ある事を言うじゃないか」

 うんうんと僕は頷く。鈴谷さん辺りに話を振ったら、色々と語ってくれそうだ。そんな僕に向けて火田は言った。

 「佐野。さっきから余裕の態度だが、お前、今回まだ原稿を上げて来ていないよな? 担当分くらいはこなせよ」

 佐野というのは僕の名前だ。フルネームは佐野隆。新聞サークルに所属しているエース…… かどうかは分からないけど、まぁ、ソゲキに比べれば普段は仕事をしている。でも、今回は火田の言う通りやって来てはいなかった。ただそれには、ちゃんとはしていないけど理由がある。

 「仕方ないだろう? 鈴谷さんに会いに行けないんだから。自慢じゃないが、僕は彼女に会いに行く口実を作る為に記事を書いている!」

 「何がどう仕方ないんだ? 本当に自慢にならないな! 理由になるかボケ! そもそもインフルエンザの隔離期間はもう過ぎているだろうが?」

 「万が一って事もあるだろう? もう少し様子を見る。彼女は体力がある方じゃないし一人暮らしだから、もし罹ったら危ない」

 「万が一を心配しているのなら、どうして新聞サークルには出て来ているんだよ? 俺らに感染するかもしれないだろうが」

 「彼女とお前らを一緒にするな!」

 「知るかボケ!」

 

 鈴谷さんというのは、鈴谷凛子という民俗文化研究会というサークルに所属している女生徒で、この話の流れからすれば分かるかもしれないけど、まぁ、僕は彼女に惚れている。それはもう惚れまくっている。

 だから、僕は何かに理由を付けて彼女に会いに行っているのだけど、ここ最近は会いに行けていなかったのだ。迂闊にもインフルエンザに罹ってしまったからだ。

 発熱してから5日間、解熱後2日。そのように隔離期間は定められているようだが、彼女に伝染したくない僕はその期間が過ぎても彼女に会いに行っていないのだ。本当は会いに行きたくて堪らないのだけど。

 実は最近、大学内でインフルエンザが流行し始めているらしい。きっとその所為で僕は罹患したんだ。だとするのなら、僕が会いに行かなくても彼女に感染してしまうかもしれない。非常に心配だ。

 

 「そんなに心配ならさっさと会いに行ってこい! あいつに会わなかったら、原稿が進まないってぇなら、それでさっさと原稿を書け!」

 

 火田に彼女が心配だと言ったら、そう返されてしまった。

 「そうか、そこまで言うなら、会ってこようじゃないか」

 と、僕は返す。

 「なんで威張っているんだ? お前は?」

 心底どうでもいいという顔で、奴は僕にそう言った。

 

 「それで会いに来たって訳? 一応断っておくと、私、まだインフルエンザには罹っていないわよ?」

 

 民俗文化研究会のサークル室に鈴谷さんはいた。彼女はサークル室で何かの本を読んでいるのが常なのだ。僕が来た理由を聞いて呆れたような顔をしている。

 「もし罹ったら、僕に言ってよね。看病しに行くから。もう僕は抗体できているし」

 「はいはい。大丈夫だから」

 そう言うと彼女は本を閉じ、「それで、どんな話を聞きたいの? インフルエンザの心配だけじゃなく、記事のネタになりそうな話を聞きに来たのでしょう?」と尋ねて来た。僕は「うん」と頷くと返す。

 「火田が言っていた“記録が事実を作る”ってのが気になっていてね。なんかそう言うので面白い話がないかな?」

 正直に言うと、何もアイデアがなかったから、さっきふと思った事をそのまま言ったのだけど。

 「そんなんで、新聞のネタになるの?」

 と、彼女は当然の疑問を述べた。

 「まあ、ぶっちゃけ苦しいのだけど、もう時間もないから」

 「いい加減ねぇ」

 呆れた顔をしてはいたけど、それでも彼女は「そうね」と言って、少し考えると口を開いた。

 「番町皿屋敷って知ってる?」

 今日の彼女は機嫌が良い気がする。久しぶりに僕が会いに来た事が原因なら嬉しいのだけど。まぁ、頻繁に会いに来過ぎていた所為で、いつもは僕にうんざりとなっていただけで、これが本来の態度なのかもしれない。

 「あのお菊さんのやつ? 一まーい、二まーいって幽霊が皿を数える?」

 「そう、それ。江戸の話が有名だけど、実は類話は日本各地にあるの。兵庫県姫路とか、島根県松江市とか。

 流石にこれら全てが本当にあった話を基にしているとは思えないわよね? ところがこの話に出て来たお菊さんを祀る神社まである。似たような話ならお岩さんもあるわね。お岩さんの四谷怪談はフィクション。モデルになった人はいるけど、まったく違うのね。だけど、それでも祟りを為した……」

 「なるほど。つまり、フィクションでも記録になりさえすれば、それが事実であるかのように扱われるって事?」

 鈴谷さんは頷いた。

 「そう」

 そして、それから少し考えると、「言うなれば、“世界五分前仮説”みたいなものかしらね? ちょっと大袈裟だけど」などと続けた。

 「世界五分前仮説?」

 「世界は五分前に創造された…… 仮説と言うよりは、思考ゲームみたいなものだと思った方が良いのだけど、実はこの仮説には誰も反論できないのよ」

 僕は驚いた。

 「どうして? 僕は五分前よりも昔の記憶を持っているし、色々な痕跡だって残っているじゃないか」

 「そういった記憶や痕跡、何もかもが五分前に創れられたのだとすれば矛盾はないわ。つまり、全ては偽物って事ね」

 全ては偽物……

 それを聞いて、“鈴谷さんが好きだって僕の気持ちは本物だよ”なんて台詞が思い浮かんだのだけど言うのは止めておいた。危なかったと思う。

 僕が何も言わないでいると、彼女は続けた。

 「記録に残すとそれが事実であったかのように扱われる…… 世界五分前仮説ほどには壮大じゃないけど、こう考えると少し似ているでしょう?

 文字があって記録に残る社会ならまだマシかもしれないわね。文字がない社会だと、口伝だから、どこかで話が変わっていても分からなくなってしまう。こうなると、何が事実かは、その人が“何を信じるか”に左右される事になるわ。もっとも極論を言うなら、どんな時代のどんな社会でも、何を事実とするかは、当人が“何を信じるのか”なのかもしれないけどね」

 「なるほどねぇ」

 話を聞いて、僕は感心をしてしまっていた。一応断っておくけど、彼女のご機嫌取りじゃなくて本心から感心していたんだ。そんな僕の様子に鈴谷さんは「記事を書けそう?」と訊いて来た。

 「なんとか」と僕。

 「そう。良かったわ」

 彼女は少し微笑んでいた。やっぱり、今日の彼女は少し機嫌が良い気がする。やっぱり僕が久しぶりに会いに来たからなのかも…… と、思いかけたけど、その後は僕に構わず読書を再開してしまったので違うかもしれない。

 ま、例え違っていても、会って話しができただけでも充分に僕は嬉しい。

 「ありがとうね」と彼女にお礼を言うと、僕は民俗文化研究会のサークル室を出た。面白い話が聞けたってだけじゃなくて、彼女に久しぶりに会えたお陰で元気が出た気がする。これなら原稿が書けそうだ。

 

 それから僕はしばらく原稿を書く作業に没頭していて、新聞サークルに顔を出してはいなかった。だから火田から電話がかかって来た時、てっきり原稿の催促かと思って、「なんだよ、火田。原稿ならちゃんと書いているよ」と言いながら電話に出たのだ。

 ところが違った。奴はこんな事を言う。

 「原稿の話じゃない! ソゲキが大変なんだよ。助けに来い」

 火田が僕に助けを求めるなんて物凄く珍しい。もしかしたら初めてかもしれない。何かよほどの事が起こったらしい。

 「何があったんだ?」

 「ソゲキが宗教っぽい…… かどうかも分からないんだが、そんなよく分からない理由で寄付をするって言いだしてな。祟りを鎮める為だとかなんとか。それがどうも俺の説教が原因らしいんだよ」

 祟り……

 やっぱり、ソゲキは火田の話を斜め55度くらいの角度に解釈して理解して、時間が経っていつの間にかに屈折させて変な風に覚えていたようだった。

 流石だ。予想を裏切らない。

 原稿ならサークル室でも書ける。僕はノートパソコンをバックに入れると、大学のサークル室に向かった。かなり面倒くさそうだけど、行かない訳にはいかないだろう。

 

 「――このインフルエンザの流行は、祟りの所為だったのですよ!」

 

 サークル室に入ると、そんな主張をするソゲキの声が耳に入った。大きめの声だ。

 「中国人留学生が、昔この大学にはいてですね、日本人に冷たく扱われた所為で自殺に追い込まれてしまったんです。その怨念が祟って、今こうしてインフルエンザが流行しているという訳です」

 ソゲキは興奮しているのか、妙に顔が赤かった。

 「だからっ! そんなの因果関係を判断しようもないだろうが? 似たような事件は世界中で起こっているがインフルエンザは流行していない。逆にインフルエンザが流行する事くらいいくらでもあるが、そんな事件が起こってはいないんだから」

 火田が頭を抱えてそれに反論している。冷静さを欠いているように思える。多分、ずっとこんなやり取りを繰り返しているのだろう。入って来た僕を見ると、

 「おー 来たか、佐野。ちょっとお前もこいつを説得してくれ」

 なんて言って来た。

 疲れている。

 「一体、どうしたんだ?」

 「いや、こいつがな……」と火田が喋りかけるのを遮るようにソゲキが言った。

 「火田さんに言われてですね、反省した僕は、かつての日本がどれだけ諸外国に迷惑をかけて来たかを調べたのですよ。そして、日本人の行った数々の差別的で非道な行いに涙したという訳です。最近ですら、入国管理局に収容された外国人が死亡してしまうという事件が起こっています。

 これは反省すべき点ですよ!」

 火田は別に過去の日本の行いを反省しろとソゲキに言った訳ではなく、「嘘の情報は流すな」と言っただけだ。明らかに曲解…… と言うか、ちゃんと伝わっていない。

 「それはもちろん反省すべき点で、直していかなくちゃならないとも思うが、似たような差別問題は何処の国にでもあるんだよ。日本だけが駄目だと卑下する理由にはならない」

 火田が口を挟むと、「そーいう意識が駄目なんですよ!」とソゲキは反論した。

 「他の国も同じだと言って、自分達を甘やかしていたら、結局、いつまで経っても何も直らないんです!」

 そう言ったソゲキの様子はなんだかちょっとおかしかった。いや、普段からちょっとおかしい奴ではあるのだけど。

 「とにかく! 反省した僕はですね、この学校でも何かそういった差別に纏わる事件が起こっていないかと聞いて回った訳ですよ! そうしたら、中国人留学生を自殺に追い込んでいると分かったのです!

 そして、この大学で最近起こっているインフルエンザの流行ですよ。その原因がその怨念によると分かった訳です」

 「“分かった訳です”ってなあ……」

 火田は再び頭を抱えた。何がどう分かったのかが分からない。火田は合理的な思考をする性質だから余計にソゲキの主張に納得ができないのだろう。

 「それ、誰が言っているんだ?」と僕は尋ねる。

 ソゲキじゃあるまいし、そんな話を吹聴して回っている奴が他にもいるとは思えなかったのだ。

 拳を握りしめながらソゲキは返す。

 「みんな言ってますよ!」

 少なくとも、“みんな”は言っていないだろう。

 「そんなの偶然…… って言うか、いつかはインフルエンザの流行なんてのはほぼ確実に起こるんだから、祟りが原因かどうかなんて分からないだろう?」

 僕が当然の疑問を言うと、「それくらいボクだって考えましたよ」とソゲキは返す。何故か胸を張っている。どうして威張っているんだ、こいつは。

 「インフルエンザの流行の前兆として、毎回、誰かが幽霊を見るらしいんですよ。今年だって見た人がいるらしいです。

 こんな偶然ありますか? その幽霊は中国人留学生の怨霊なんですよ! 間違いありません!」

 苛立った口調で火田が反論する。

 「どういう原理で怨霊がインフルエンザを流行させるんだよ!」

 「何でもアリでしょう? 怨霊なんだから」

 「何でもアリなら、どうしてインフルエンザなんだよ!?」

 「知らないですよ。怨霊には怨霊なりの事情があるんじゃないですか?」

 それを聞くとまた火田は頭を抱えた。どうにも話が通じない。いつも話が通じない奴だけど、今回は特に際立っている。

 「なぁ……、これ、もう放っておいた方が良いのじゃないか?」

 説得は無理だと思って、僕はそう火田に提案してみた。煩いだけで、我慢しさえすれば実害はあまりないだろう。

 「それがそういう訳にもいかないんだよ」

 「どうして?」

 僕が疑問を口にするとほぼ同時だった。ソゲキが言った。

 「さぁ、分かったら、先輩達も寄付をしましょう。怨念の祟りがいつまでもなくならないのは供養をしていないからですよ。ただ、供養をしようにも相手は中国人留学生の怨霊。日本の神社仏閣に祀っても逆効果でしょう。むしろ更に激しく祟りますよ。だから、外国人差別問題をなくす活動をしている団体に寄付をするんです。安心をしてください。ボクがネットで見つけて来た信頼できる団体ですから」

 ……ソゲキがネットで見つけて来たソゲキが信頼している団体。

 不安しかない。

 火田が言った。

 「こいつ、こんな風に色々な奴に寄付を勧めているんだよ。まずいだろう?」

 「なるほど」と、それに僕。このままじゃ他の生徒達の迷惑になる。放っておく訳にもいかなそうだ。が、今のソゲキを説得するのはちょっとやそっとじゃ無理そうだった。いつも以上に理屈が通じないし、なんだか興奮してもいる。

 「でも。これ、どうやったら説得できるんだ?」

 喚いているソゲキを見ながら僕は言う。

 「分からん」と、火田は応えた。

 顔を見合わせて二人同時に溜息をつく。

 ――やりようがない。

 それで仕方なく、僕と火田はその日はソゲキを説得するのは諦めたのだった。

 ソゲキは僕らが諦めると、サークル棟で寄付の呼び掛けをし始めた。恥ずかしいとは思わないらしい。恐ろしい奴。

 それを見て、僕らは他のサークルの連中に悪いなぁと思っていたのだけど、「お前らも大変だな」とむしろ同情をされてしまった。考えてみれば、ソゲキの言う事を本気にする奴なんて滅多にいない。これならしばらく放置をすればインフルエンザも収まって、ソゲキも忘れ、自然に解決してくれるかもしれない。

 しかし、それは甘い見通しだった。

 それから二日後の事だ。

 

 「インフルエンザに罹った、だぁ?」

 

 火田が電話でそう連絡して来たのだ。だから新聞の制作に遅れが出るとの事だった。これだけなら大した問題じゃない。高が学生の出している新聞だし、誰かと契約して金を貰っている訳でもない。だから僕は当初は原稿の締め切りが延びたくらいの軽い気持ちでいたのだ。

 が、その火田のインフルエンザ罹患はとんでもない事態を引き起こしてしまったのだった。

 「火田さんが、インフルエンザに罹ったのは、寄付をしなかったからなんですよ!」

 そうソゲキが訴えている。大学のサークル棟の廊下で。やはり興奮しているのか、顔を赤くしていた。分かってはいたけど、本人はいたって真剣のようだ。そして、その傍らには三人程がいて、驚いた事に、ソゲキと同じ様に寄付を訴えていた。

 「寄付をお願いしまーす! 人権問題解決の為です。人権問題を解決して、留学生の霊の祟りを鎮めましょう!」

 前半だけなら分かる。街中なんかでも時折訴えている人がいるし。でも、後半は聞いた事がない。

 人権問題解決で、祟りが鎮まるって……

 話を聞いてみると、火田がインフルエンザに罹った事で、祟りを不安に思う生徒が現れたらしい。そしてそれを切っ掛けに、「そう言えば、祟りを馬鹿にしていたあの人も罹った」なんて感じで連鎖的に不安が増殖し、中国人留学生の霊を鎮める為の寄付運動に参加する人が増えていったのだそうだ。

 もっとも、それでも数人程度だけど。

 何と言うか、虚仮の一念岩をも通すって感じだ。こうなると“どうせソゲキだから”と軽く見てはいられない。

 「こりゃ、なんとかしないといけないのじゃないか?」

 僕は大いに焦った。

 ただ、火田がいても駄目だったのに、僕一人で今のソゲキをどうにかできるとは思えなかった。……となると、僕が思い付く頼りになる人物は一人しかいない。もちろん、鈴谷さんだ。

 

 「――話は聞いているわよ」

 

 助けを求めて民俗文化研究会のサークル室を訪ねると、彼女は待っていたとばかりにそう言った。どうやら来ると予想していたようだった。

 「どうせソゲキ君の件でしょう?」

 「そう。よく分かったね。なんとかして欲しいんだ」

 「いくら生徒達の人間関係に疎い私でも、これだけ騒ぎになっていれば気付くわよ。それで、どうして新聞サークル所属でも何でもない私が、ソゲキ君をなんとかしなくちゃいけないの?」

 その冷たい言葉に僕は涙目になる。

 「そんなつれない事を言わないでよ~」

 僕の反応に鈴谷さんは笑った。

 「冗談よ。袖すり合うのも多生の縁って言うし、それにフィールドワーク的な意味でも今回のケースは興味深いしね。なんとかソゲキ君を説得してみるわ」

 「からかわないでよ~」と、それに僕。それから真顔になると彼女は「前もって調べておいたから準備は済んでいるわ。ソゲキ君を新聞サークルの部屋に呼んでくれる?」と淡々と言った。

 調べる?

 一体、何を調べたのだろう?と不思議に思いつつも僕は「分かったよ」と答えた。いつもの事だけど、やっぱり頼りになる。

 

 新聞サークルに現れたソゲキは不機嫌そうにしていた。「祟りをなんとかしなくちゃいけないから、忙しいのですけどね、ボクは!」なんて文句まで言って来る。顔が赤い。怒っているのだろうか? 鈴谷さんがいるのに珍しい。ソゲキも鈴谷さんには一目置いているのだ。

 「祟り…… ねぇ」

 と、その文句を聞くと鈴谷さん言った。まじまじとソゲキを見つめる。その言動にやや奴は怯んだ。民俗文化的な知識では鈴谷さんには遠く及ばない。それを本人も自覚しているのだろう。

 「私はね、ソゲキ君。実は中国人留学生の祟りなんて全く信じていないのよ。だから寄付もしていない。でも、インフルエンザに罹っていない。これはどうしてだと思う?」

 「それは、今はまだ罹っていないってだけで、これから罹るって事じゃないですか?」

 「そう? でも、祟りや呪いの類はね、実は信じていた方が罹るのよ。

 子供達が蛇をいじめていた。それを見た大人は呪いを恐れて叱った。けど、なんと呪いにかかったのは叱った大人の方だった……。

 まだ、こんな話もある。

 四谷怪談のお岩さんの話は、フィクションだけど祟りを為した。つまり、事実ではなくても信じさえすれば祟りは起こる。逆に事実であっても信じていなければ祟りは起きない。蛇をいじめていた子供達が呪いにかからなかったように」

 それを聞くとソゲキはふっと笑った。

 「つまり、気の持ちようだって言いたのですか? 馬鹿馬鹿しい。インフルエンザが気の持ちようでなんとかできるはずがないじゃないですか!

 実際、祟りを信じていなかった火田さんはインフルエンザに罹って、祟りを信じて、寄付をしているボクは罹っていない。その事実が何よりの証拠です! 寄付によって、祟りから免れたのですよ!」

 それを聞いて、

 「いや、それは“馬鹿は風邪をひかない”って説が実は正しかったからじゃないか?」

 なんて僕は言ってみたのだけど、「何、バカなことを言ってるんです?」とかソゲキに言われてしまった。馬鹿にバカって言われた……。

 鈴谷さんはくすりと笑う。僕の冗談に笑った訳ではないようだった。

 「そうね。確かにインフルエンザは気の持ちようじゃどうにもできない。じゃ、同じ質問をもう一度するけど、ソゲキ君、どうして私は罹っていないのだと思う?」

 「だから、それはまだ祟りが効いていないだけで……」

 彼女は首を横に振る。

 「ううん、違うわ。正解は私がワクチンを接種しているからよ。もちろん、完全に防げる訳じゃないけど、随分と確率は減らせるわ」

 それを聞いてソゲキは拍子抜けしたような顔になった。“なんだ、そんな事か”などと思っているのかもしれない。

 「それならインフルエンザに罹らなくて当然じゃないですか」

 余裕ぶった感じでそう言う。

 ところがそれに鈴谷さんは、こんな疑問を投げかけるのだった。

 「そうね。当然かもしれない。でも、なら、祟りはワクチン接種で防げるという事にならない? もし、うちの大学の生徒達が全員ワクチン接種を受けていたら、祟りは起こらないという事になるわ。その場合、果たしてその中国人留学生の幽霊は現れていたのかしらね?

 私は現れていなかったのじゃないかと思っているのだけど」

 ソゲキはそれに何も返さなかったが、“何を言っているのだろう?”といった表情を見せてはいた。

 一呼吸の間の後で鈴谷さんは口を開く。

 「今回のこの中国人留学生の幽霊の祟り騒動は、“異人殺し”にとてもよく似ているわ。いえ、その一種と言ってしまって良いかもしれない」

 不思議そうな顔を見せたソゲキは「“異人殺し”って何ですか?」と今度は声を出して彼女に尋ねた。“異人殺し”なんて僕だって知らない。ソゲキが知らなくても当然だろう。

 「“異人殺し”というのはね、村の外部の人が殺される事件が伝説として残っていて、更にその祟りで様々な禍が現代に生きる人々に及ぶような話を言うの。六部…… 旅の僧を村人が殺してしまった。その祟りの影響で田畑が忌地になった、身体に障害を負ってしまった、病気が流行ってしまった…… インフルエンザの流行を、この異人殺しの所為にする話もあるわ。当に今回のケースと同じね」

 その彼女の説明にソゲキは嬉々とした表情を見せた。

 「なんだ! やっぱりあるのじゃないですか! 祟りでインフルエンザが流行る事が!」

 ところがそれに鈴谷さんは「でもね、」と続ける。

 「シャーマン的な立場の人が、この異人殺しを特定したりするのだけど、実際に調べてみるとそんな事件なんて起こっていなかったなんて事もあるみたいなのよね。

 つまり、何か不幸な出来事があったその原因を後付けで説明するみたいな感じ」

 「は?」と、それにソゲキ。彼女は構わずに続ける。

 「誰かを差別し虐待したり殺してしまったりする事には多くの人が罪悪感を持っているでしょう。差別意識というものは、人間社会にとって普遍的なものと言ってしまって良いと思う。そしてだからこそ、何かしら不幸な出来事が起こるとそのような“祟り”の話が生じてしまうのでしょうね。

 そして、そういった“祟り”の話は、被差別者に対する偏見を益々強くしてしまうかものかもしれない。そういった意味で、荒魂を和魂に変える供養や祀り込めといった儀式の類には価値があるとも言える。安全な霊と見做されるようになれば、差別意識も和らぐでしょう?」

 朗々と鈴谷さんは語っていたが、ソゲキはそれを止めてしまった。

 「ちょっと待ってくださいよ。さっきから聞いていたら、まるでいじめられていた中国人留学生は存在していなかったみたいな言いぶりじゃないですか」

 奴は納得いかないといった様子だった。がしかし、それに彼女はなんでもないような口調で「存在していないわよ?」ときっぱりと返すのだった。

 「大学の図書館で調べてみたのだけど、そんな事件の記録は残っていなかった。更に言っちゃうとインフルエンザの流行の度に中国人留学生の霊が現れるって話も今年になって初めて流れた噂みたいよ?

 流石に噂話の記録までは大学の資料には残っていないでしょうから、小牧さんに知っているか確認してみたら、“今年になって初めて聞いた”って言っていたわ」

 小牧というのは、この辺り一帯の噂話に精通している便利な新聞サークル員だ。

 「実はね、文化人類学や民俗学なんかのフィールドワークではよく知られた現象なのだけど、つい最近生まれた話が、“遥か昔から語り継がれた内容”であるかのように語られる場合があるのよ。

 “どこそこの山に天狗が住んでいる”という噂があるとする。その噂が生まれたのがつい最近でも、“ずっと昔から天狗はそこにいた”とされてしまうのね。つまり、過去が捏造されてしまうのよ。だから気を付けなくちゃいけないのだけどね」

 ――世界五分前仮説だ!

 と、それを聞いて僕は思った。口には出さなかったけれど。

 記録から事実は作られる。噂話を記録と言ってしまって良いかどうかは分からないけど、今回の場合は似たようなもんだろう。

 「ソゲキ君。差別問題をなんとかしなくちゃいけないと考える姿勢は立派だわ。だけど、“過去が捏造される”という現象を考えるのなら気を付けなくちゃいけない。今を生きる人が、自分達の都合に合わせて過去を捏造してしまうケースだってあるのだから。

 関東大震災朝鮮人虐殺事件は、確かに日本人が起こした恥ずべき事件で、充分に反省をしなくてはならないわ。だけど、一部の人はこれを誇張して伝えていたりする。もちろん、日本を貶める為でしょう。南京大虐殺がユネスコの世界記録遺産に選定をされた。しかし、世界遺産には調査という手続きがあるのに対し、この世界記録遺産にはないの。要するに、ここにも誇張があるかもしれないって話ね。しかも、近年になってこういった記録の改ざんはより巧妙になってきている。

 “ディープフェイク”って知っている? AIは本物そっくりの映像データなどを捏造してしまえる。その記録が本物なのか否か、私達は慎重に判断しなくてはならなくなってしまった。

 そして、そういった記録の改ざんが、何かしら悪事に利用されてしまう事もあるのかもしれないのよ。

 もちろん、差別問題を改善していく上で、そのような犯罪は障害になってしまうわ……

 ソゲキ君は、寄付をしようとしているようだけど、本当にその団体は信頼できるの?」

 ソゲキは何も返さなかった。いや、返せなかったのかもしれない。鈴谷さんはまた口を開く。

 「因みに、中国の文化大革命の死者は40万人から2000万人と幅広いの。“自分達の都合に合わせて記録を残す”という点を鑑みるのであれば、この著しい差は大変に興味深いわ。つまり、過小評価したい人と、過大評価したい人がいるって事でしょう」

 駄目押しのようなその言葉に、ソゲキはフルフルと震え始めた。反論したいけど、何も思い浮かないのだろう。そして、遂に堪え切れなくなったのか、堰を切ったように声を上げ始めた。

 「でも、こうして寄付をしているボクは、実際にインフルエンザに罹っていないじゃないですか! この事実はどう足掻いても動かせないですよ! 寄付には実際に祟りを鎮める効果があったのです! そうじゃなかったら説明ができないじゃないですか! もし違うって言うのなら、それを証明してみてくださいよ、鈴谷さん!」

 涙目になっている。

 顔が赤い。これはずっとだけど。

 なんだかソゲキは今回は妙に意地になっているように思える。変な奴だけど、ここまで頑固ではなかったはずだ。

 そこで鈴谷さんは目を少し大きくして、ソゲキを見つめた。

 そして、「まさか、ソゲキ君…… あなた…」と言って、奴の額に手を当てた。「あー!」と僕は叫ぶ。なんでソゲキがそんな羨ましい御褒美を貰えるんだ! むしろ迷惑をかけているのに!!

 ところがそこで鈴谷さんは「やっぱり」などと言うのだった。

 「あなた、熱があるわ。しかも、かなりの高熱」

 「え?」と、僕。ソゲキもキョトンとした顔をしている。

 つまり……

 「お前、もしかしたら、罹っているのじゃないか? インフルエンザに」

 普段からおかしい奴だから、言動や様子がおかしくっても気が付かなったけれど。……と言うか、それくらい自分で気が付け。

 「そう言えば、なんかクラクラする気がしないでもないですが……」

 言われて自らの異変にようやく気が付いたのかソゲキは少しよろめいた。

 そして、

 「なんか、どんどん気分が悪くなって来たような気がします。これは、罹ってますね、インフルエンザ」

 などとのたまったのだった。

 “馬鹿は風邪を引かないのじゃなくて、風邪を引いても気が付かないだけ”ってな事を言っていた人がいたような気がするな、と、それで僕は思い出したりしていた。

 何にしろ、そうして目出度く、寄付をしてもインフルエンザに罹患する事が証明され、この件は晴れて解決をしたのだった。

 ……と言うか、そもそもインフルエンザに罹っている事に気が付かないで、そこらを歩き回っていたソゲキこそが、インフルエンザをこの大学中に流行させた張本人なのかもしれない。本当に、心底迷惑な奴だと思う。

 流石の鈴谷さんも呆れたようだ。

 「早く病院に行ってきなさい」とため息混じりに言った。

 

 「――しかし、記録が捏造されてしまうってのは厄介だよね。“先祖の罪を償え”って言われても素直に同意したくなくなる。ま、僕達が僕達の都合で記録を改ざんする場合もあるだろうから、そこは気を付けないといけないけどさ」

 

 新聞サークルの部屋で、僕はそう言った。珍しく鈴谷さんが来ていて、そこでは軽いお茶会が開かれていた。先日のソゲキの件でお世話になったから、僕がケーキをお礼に奢りたいと呼んだのだけど。彼女は甘い物は好きなのだ。

 いやー、助けてもらった上に彼女と二人きりで話せてラッキーだ。火田や小牧がいないのは、もちろん、偶然だ。もちろん。

 「そうね」とそれに鈴谷さん。そして、ケーキを一口口に運んでから、

 「それに、いつまで私達以前の世代が犯した罪を償わなくちゃいけないのか? という問題もあるしね」

 などと続けた。

 「ああ、そうだね」と、それに僕。コーヒーを一口飲んでから言った。

 「そもそも、僕らは何も悪い事はしていないのだし。身に覚えのない事で責められても…… って気分になっちゃう」

 ところがそれに鈴谷さんは、「でも、そういう主張にはちゃんと反論があるのよ」と言って来た。

 「私達は過去の先祖の行いのお陰で今の豊かな暮らしを送れているでしょう? そしてその“先祖の行い”の中には、過去の先祖の過ちも含まれている。他の社会から資源を略奪したりね。なら、責任もあるはず……

 ただ、でも、この主張には罪を償うべき期限や基準はない。だから、さっきも言ったように何年経ったら気にしなくて良いのかも分からないし、どれだけ謝罪や補償などをすれば良いのかも分からないのよ。下手すれば、永遠に責められ続けるかもしれない……

 他人の足を踏む。踏んだ方は痛みを感じないものだからつい軽く考えてしまうのかもしれないけど、でも、それにしたって限度ってものがあるわ」

 「基準がないのなら、結局、相手とこっちが納得するまでって事になるのかな?」

 鈴谷さんは頷く。

 「客観的な判断ができない以上、感情の問題になってしまうのだからそうなるわよね。そして、それでこじれれば新たな関係悪化の火種になってしまう……

 本当に難しい問題だわ。

 こう考えると、まだ霊の方がマシかもしれないって思えて来るわね。供養して許しを請えば許してくれるのだし。勝手に許してくれている事にしているだけだけど。生きている人間の方がよっぽど厄介だわ」

 「アハハ。鈴谷さんがそれを言う?」と僕は笑った。

 でも、確かに、供養すればそれで解決するのだったら便利かもしれないとも思う。儀式だとかは社会的装置なんだって以前に鈴谷さんが言っていたけど、こう考えると納得できるような気もする。

 そこで突然にドアが開いた。

 

 「いやー ようやく治りましたよ、インフルエンザ」

 

 なんと顔を出したのは今回の事件の元凶のソゲキだった。

 “ようやく”と言っているが随分と治るのが速い気がする。そもそもまだ隔離期間中じゃないのだろうか?

 鈴谷さんと二人きりの空間を邪魔されたくなかったので、僕はそれを指摘して追い払おうとしたのだけど、それよりも早くに奴は口を開いた。

 「そう言えば、ボクが寄付をしていた団体ですが、やっぱり詐欺だったみたいですよ。やー、すっかり騙されました」

 鈴谷さんはそれを聞いて、「気を付けなくちゃ駄目よ?」と注意する。ソゲキはそれに「ハイ」と元気良く応え、こう言った。

 

 「詐欺の団体だったから、きっと祟りを鎮める効果がなかったのですよ。今度はもっとちゃんとした団体を見つけます! そうすれば、きっとインフルエンザには罹りません!」

 

 ……やっぱり、こいつは何も分かっていないのじゃないかと、それを聞いて僕は思ったりした。鈴谷さんは何も言わずにコーヒーを飲んだ。きっと、呆れかえって、言葉も出なかったのだろうと思う。

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