014:両断
「うわぁ……。傷ひとつ付いてないじゃん……」
俺の全力の一振りだったにも関わらず、アダルガイドには一切の傷が付いていなかった。
――うーん。これはアレだな。無闇矢鱈に切り付けても絶対に失敗するやつだ。
そう思った俺は、アダルガイドをとりあえず頭の脇に置いて、黒天で素振りを開始した。
俺はこの黒天のことを知らなすぎる。
さっきは俺一人の力だけでアダルガイドを斬ろうとしていた。
次は黒天のことを、黒衣のことを知ってアダルガイドに挑もう。
それからは黒天のことを知るために、語りかけるように刀を振るう。
それにしても本当に良い刀だな……。
掌に吸い込まれるような柄といい、鎺から切っ先までの長さと重心のバランスがとても良い。そのため、振り切ってから切っ先がブレるということがなかった。
さらに、全力でアダルガイドに切り付けたにも関わらず、黒天は一切の刃こぼれもしていなかった。
――ん? ちょっと待てよ。
あんなに全力で斬りつけたにも関わらず、刃こぼれしないって逆に不自然じゃないだろうか。
俺は素振りを辞めて、洞窟の床にドカッと座り込む。
そして、黒天の持ち上げて、じっくりと観察するように見ると、黒天の周りに薄らと霊装が見えた。
そういうことか。
刃こぼれなどしないように、黒衣が自分に霊装を纏わせていたのか。
なんでこんなことに気付かなかったんだろう。
黒衣は霊装を纏って戦うって言ってたじゃないか。
そして俺は、黒天の柄を握る掌に視線を移すと、黒の霊装と俺の無個の霊装が混ざり合っていた。
ひょっとして、俺の霊装を黒天に纏わせることができるのか?
俺は黒天のことを身体の一部だと思って、霊装に流を使ってみた。
すると、俺の無個の霊装が切っ先まで包み込み、黒の霊装と混じり合う。
それを確認した俺は、中段の構えを取って再び黒天を振るってみる。
――イケる。
俺はそう確信して、再びアダルガイドと正面から向き合った。
「ふんっ!」
黒天を振り抜くと、俺の手元には手応えが一切なかった。
一瞬「空振りしちゃった?」って思ったが、アダルガイドがそれを否定する。
目の前には、真っ二つに切り裂かれたアダルガイドが、崩れ落ちていたのだ。
『お見事でございます、詩庵様! 私の助言を一切必要とせずに、全て自分の力と知恵のみで乗り切られました! 私は詩庵様が誇らしいです!』
『ありがとな、黒衣。これで試練を突破したことになるのかな?』
『はい、文句の付けようもございません。詩庵様、アダルガイドをこの目で見たいので、私をそのまま軽く投げてはもらえないでしょうか?』
『あ、あぁ。こうでいいのか?』
俺は黒衣に言われた通りに、黒天を軽くポイっと投げてみる。
すると、黒天は黒い靄に包まれたと思ったら、その瞬間に黒衣に姿を変えてしまう。
そして、黒衣の姿となるとその足でアダルガイドの元へ向かう。
「とても見事な切口でございます。こんなにも美しいアダルガイドの断面を見たのは、恐らく詩庵様と私が初めてでしょう」
「いやいや、それは言い過ぎだよ。ぶっちゃけ黒天の力にも、かなり助けられたしさ」
「誠のことでございます。ですが、詩庵様の増長せずに、地に足をつける姿勢は尊敬に値するものでございます。詩庵様は今よりも必ず強くなることでしょう。これからも末長くお供させて下さいませ」
そういうと恭しく頭を下げる黒衣に、俺は軽く動揺してしまう。
しかし、俺よりも遥かに経験も知識も、そして強さもある黒衣に認められたのは心の底から嬉しかった。
「頭を上げてくれ。俺の方こそ、黒衣とこれからもずっと一緒に、戦っていきたいと思ってるよ。黒衣がパートナーになってくれて、本当に嬉しいって思ってる。いつも本当にありがとうな」
黒衣は目を大きく見開いて、着物の袖口で口を隠している。
すると徐々に目の中に涙が溜まってきたと思ったら、俺の腰に向かって思いっきりタックルを仕掛けてきた。
その勢いで俺はドスンと尻餅を付いてしまう。
「詩庵様。とても嬉しいです。黒衣は本当に幸せ者でございます」
うええええん、と号泣しながら泣き始めた黒衣がとても愛らしく、俺はそのまま黒衣の体を抱きしめて、「これからもよろしくな」と言いながら頭を撫でた。
―
少しして落ち着いた黒衣と共に、再び霊獣の森を歩いて結界へと向かう。
その道すがら、黒衣はアダルガイドを斬ったときの解説をしてくれた。
「あのとき私、黒天の周りにはよく見ないと分からないくらいの、極めて薄い霊装を纏うようにしていました」
「防御のためだろ?」
「そうですね。ですが、あの強さの霊装ではアダルガイドに当たったときに、多少なりともダメージを受けてしまうのは必至でした。なので当たる瞬間に霊装の出力を上げて身を守ったのです」
「じゃあ、あの薄い霊装ってひょっとしたら――」
「はい。試すような真似をしてしまいましたが、あれは詩庵様が答えに辿り着くためのヒントでございました」
やっぱり。
防御の瞬間に霊装の出力を上げるんだったら、普段から霊装を纏う必要なんてないもんな。
「ですが、あの時私が纏っていた霊装は、しかと黒天と見つめ合わない限り気付くことはなかったでしょう。ヒントに気付かず、独力のみで達成することも可能性としてございました。もちろんそれも嬉しいのですが――」
そこまで言うと、黒衣はちょっと頬を染めて俯きながら上目遣いで俺のことを見てくる。
手を繋いでいることもあって、俺はドキドキしてしまった。
「私としては、詩庵様が私と――黒天としかと向き合って答えに辿り着いてくれたことが、この上なく嬉しかったのでございます」
「黒天で素振りをしているときにさ、とても良い刀だって思ったんだよな。今まで真剣を握ったこともあったけど、それらとは全然違ったんだよ。きっかけは刃こぼれをしていなかったことなんだけど、黒天のことを何も考えずに振ってしまったことを後悔したんだ。――なんか最初闇雲に振ってごめんな。これからは、もっとお前のことを大切にするから……」
「いいのです。そんなこと気になさらないでください、詩庵様。そこまで想って頂けて、黒衣は本当に幸せです」
また涙目になってしまう黒衣だったが、今度は涙を流しながら抱き着いてくるようなことはなく、前を向きながら歩いている。
そんな黒衣の姿を見て、俺は小さく頬を上げた。
今回の試練のことで、俺は黒衣の本当の姿を知ることになったが、黒衣に対する印象は一切変わらなかった。確かに神器だったというのは驚きだが、魂は人間であるし、何よりも黒衣は本当に俺のことを考えてくれている。
そんな人のことを、刀だからと分かった途端に、物扱いするなんて有り得ない。それよりも、仲間という言葉だけのあやふやな人たちよりも、より強い絆を得られた気がして、それがとても嬉しかったのだ。
―
俺たちは結界にある寺院に戻って、明日からのことを話し合った。
「無事に試練を達成した詩庵様には、明日より霊獣と戦って頂きます」
「あ、あいつらと戦うんだよな……」
俺は試練の洞窟に行く際に見かけた、あのアホみたいにデカイ霊獣のことを思い出した。
「はい。その通りでございます。ですが、今の詩庵様でしたら、あの程度の霊獣如き一太刀にて切り伏せることでしょう」
「確かに、あんなに硬かったアダルガイドよりも硬い皮膚を持つ生き物もそういないだろうからな」
「仰る通りです。ですが、霊装を使うモノたちとの戦いはそう甘いものではございません。もし、詩庵様以上の霊装を操るものと相対したら、恐らく刃を弾き返すものもいるでしょう。そして、霊獣の森の中心部へ行くと、そのような霊獣がたくさんいます」
「武器が良ければ勝てるってものでもないってことか……」
「なので、詩庵様は今後も霊装制御や流の修行は欠かさず行なって頂くのと同時に、霊獣を倒してレベル上げを行なって頂こうと思います」
「やっぱり魔獣よりも霊獣の方が良いのか?」
「得られる魂の量は、霊獣の方が遥かに大きいです。しかも、詩庵様のレベルを満たすくらいの魔獣ともなると、現在のハンターランクでは行くことができない階層のダンジョンに潜る必要があるので、非効率になってしまいます」
確かに、俺のハンターランクは最低のJランクだもんな。
今からハンターランクを上げるために、コツコツやってたら時間がかかってしまうか。
「うん、分かった。ちょっと怖い気持ちはあるけど、明日から霊獣と戦ってみるわ! 黒衣、俺に力を貸してくれな」
「はい、もちろんでございます!」
頼られたことが嬉しかったのか、黒衣は満面の笑みで俺の目を見つめてくる。
高校に入ってから、ボッチ街道まっしぐらだった俺は、こうやって信頼できる仲間と一緒にいれることが何よりも嬉しかった。




