婚約破棄されたお嬢様が大変そうなので助けに入りました、その後のお話
「それではっ。婚約破棄を祝ってえ──かんぱーい!!」
メイドの号令の下、かんぱーいっ!! と従者用の大部屋に集まった執事やら侍女やらコックやら庭師やらが酒やらジュースやらが注がれたグラスをぶつけ合う。
例の婚約破棄騒動の翌日。第一王子の希望通りに彼とシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢との婚約は破棄となった。
加えて王妃候補を地下に半ば監禁してでも王妃として必要な能力を身につける慣習が現在まで続いているくらいには完全実力主義思想がまかり通っているのもあってか(婚約破棄騒動云々というよりは男爵令嬢にまんまと騙されるほどに『弱い』のが決定打となり)第一王子は廃嫡、王族としての地位を全て失った途端に男爵令嬢からも見捨てられたらしい。
繰り上げで王位継承権第一位となった第一王女がすでに宰相が霞むほどの実力で政務に関わっている──つまり代わりはいくらでもいる──からこその今回の迅速な対応だろう。
とにかく、あれだけの悪目立ちをして貴族たちにわかりやすい『攻撃』の始点をばら撒いた男爵令嬢共々、今後メイドたちの前に現れてちょっかいを出すほどの余裕はないのだから万事解決、ハッピーエンドというものだ。
……元王族という機密の詰まった男を冷徹なまでに完全実力主義を極めた国王が本当に廃嫡程度で済ませるつもりなのかというのもあるが──もしかしたら全てを把握していたらしい国王があえて婚約破棄騒動が起こるまで放置していたことにも関係してくるのかもしれない。
この辺りを掘り下げると不穏で物騒な『思惑』が判明するのかもしれないが、そんなものはどうでもいい。文字通り、メイドたちにはもう関わりのない話なのだから。
そう、そんなことはどうでもいいのだ。
今はろくでもない男との婚約が正式に破棄されたことを祝う時なのだから。
「いやあ、さいっこうっ。一時はどうなることかと思ったけど、終わり良ければ全て良しってねっ。特に理由もなくおっかない王様の命令に逆らって婚約破棄だー、なーんて騒いでもぶっ潰されること待ったなしのところを向こうから勝手に自滅してくれたんだもの!! やったー! もうシェルフィー様の悲しそうな顔見ずに済むんだーっ!!」
物心つく頃から、いいやシェルフィーが生まれた頃からそばにいた三歳年上のメイドがラッパ飲みスタイル(ミルク入り)で大はしゃぎしていた。
乾杯の前にかなりの量煽っていたのか(ミルクしか飲んでいないはずなのに)顔から何から真っ赤なメイドへと執事やら侍女やらコックやら庭師やらが詰め寄っていく。
「聞きましたよっ。我らがシェルフィー様の胸ぐら掴んで威圧してくれた第一王子をコテンパンにぶっ飛ばしたんですって!? やるじゃないですか!!」
「コテンパンって、そんなことできるわけないじゃん。あんなでも男だもの、私の細腕じゃどうしようもないって。できることならコテンパンにしてやりたかったけどね!!」
「まったく。本当お嬢様のことになると後先考えないよね。うまくいったから良かったものを、国王様が助けてくれなかったら権力のゴリ押しでどうなっていたか……」
「だからってシェルフィー様見捨てるようなことはありえない! そんなことするくらいなら死んだほうがマシだもの!!」
「はっはっはあーっ! お前は本当従者の鏡だよなあ!! 自分を捧げまくってやがるっ」
「ふふんっ。偉大にして可憐にして優雅にして聡明にして親愛にして、ああもう言葉なんかじゃ全然まったく表現できない……。とにかく! シェルフィー様に仕えているんだからこれでも足りないくらいよ!!」
「何はともあれお疲れさん。怖かっただろう?」
「ぶっちゃけると、まあ。もちろん私が云々よりもシェルフィー様がどうなるんだって怖さのほうが強かったけどね!!」
どんちゃん騒ぎだった。これだけ騒ぐほどに、集まるほどに、今まで心配していた反動とも言える。
そう、この場の全員が心配していた。
王妃教育という名の監禁で目に見えて弱っていくシェルフィーを。そして、そんなシェルフィーを顧みないような第一王子と結婚して幸せになれるのか、と。
それでも、できることなんてほとんどなかった。完全実力主義を掲げる統一国家の王族の婚約に対して口を出したってどうしようもないとわかっていたから。
だから。
半ば第一王子の自滅ではあったとはいえ、婚約破棄が決まったとなれば皆が集まって祝杯をあげるのも当然だった。
「しっかし、あれよねえ」
と。
『また無茶苦茶やって、心配かけるんじゃないわよねえ!』『わっひゃー! ごめんなさいっ』という流れでメイドの首を手を回し、頬と頬をくっつけて、わちゃわちゃと髪をかき混ぜていた先輩侍女がこう言った。
「完全に第一王子の過失とはいえここまで派手な婚約破棄したらお嬢様に良縁望めるものなのかねえ? もちろんお嬢様に過失はないとはいえ、第一王子の手綱を握れずにあんなことを引き起こしたのはお嬢様の能力不足なんて風に『攻撃』の始点にされかねないし。いや、まさか……そこまで男爵家の『上』は狙っていた、とか???」
「そんなのどうとでもなるって! 何せシェルフィー様だもの!! 魅力たっぷり最強可憐お嬢様であれば良縁なんて選り取り見取りに決まっている!! 今までは第一王子との婚約が邪魔していただけで、だから、……」
ふと。
アゲアゲに上げまくっていたメイドのテンションが目に見えて下がっていった。当の本人は自覚すらしていなかっただろうが。
「そっか。第一王子との婚約が破棄されたって、他の誰かとの婚約が決まるだけよね。それは、ああ、イヤだなぁ」
だから、その呟きは元より──
「すっごくもやもやする……。んくっ、ごくごくごっきゅ!!」
──彼女の内で荒れ狂う感情を誤魔化すようにミルクを飲み干していくのも無意識によるものだった。
……それゆえに歯止めがきいていないとも言える。
その時、公的な場ではないので大好きなブドウジュースを両手で包むように持っているシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢は従者たちに囲まれていながらもメイドの呟きを耳にしていた。
(え、えっ? それはどういう意味ですか!? まさか、そんな、期待していいんですか!?)
表情こそ王妃教育の成果をフルに発揮して変えずに済んでいるが、内心は慌てに慌てていた。
公爵家に最も利益を生む相手と婚約すること、それが公爵令嬢としての務めであることは理解している。ゆえに第一王子との婚約だって出来るだけうまくやろうと努力してきた。そこを、違える気はない。ない、つもりである。
だけど、だ。
血筋に、王命に、使命に、雁字搦めになっていたシェルフィーは第一王子の自滅によって自由となった。もちろん仮初の、短い間のものであるとはわかっているが、それでも緩んでしまうのも仕方ないだろう。
何せこれまで気の休まる時なんてほとんどなかったのだから。それこそメイドと共にいる時以外は一瞬だって気を緩めることはできなかったのだ。
反動がきていた。
殺しに殺していたはずの私的な感情が、公的な役目に押し殺されてきた想いが顔を出そうとしていた。
『貴女と一緒に色んなことをしたいですね』、とシェルフィーは言った。束の間の自由、監禁まがいの極限状態から解放されて一番に望んだのは『貴女と』という冠をつけた願望だったのだ。
メイドと一緒ならば、なんだっていい。
生まれた頃からずっと一緒だった貴女と一緒がいいのだ。
だから。
「はぁーあ。私がシェルフィー様と婚約できればなぁー。ひっく。どこぞのクソ野郎のようにシェルフィー様を傷つけたり、クソッタレな王妃教育のような苦しい目に合わせたりしないのになぁーっ!!」
「っ」
「んくっ、んきゅごきゅ。もうね、私がシェルフィー様の婚約者だったら絶対に幸せにするっ。甘々のデレデレに愛してあげるんだからあっ!!」
「……ふっ……!」
「好き。もう好き。んっく。シェルフィー様のおそばにいることができれば他には何もいらないと思っていたのに……もっとずっと、深く繋がりたいなんて身の程知らずで、だけど! それでも!! 好きなんだから仕方ないよねっっっ!!!! ひっくひっく!!」
「んんんんっ!!」
猛烈な感情の奔流に思わず口元を手で押さえて悶えるシェルフィー。
従者たちに囲まれているためメイドの姿は見えず、しかし声は聞こえていた。
ミルクを飲み干す音を間に挟みながら、台詞の度にでれんでれんに(ミルクだっつってんのに)酔っ払っていき、ふにゃふにゃと蕩けていくメイドの声が、だ。
(もうっ、我慢できなくなったらどうするんですかっ!?)
監禁まがいの王妃教育はシェルフィーをお手本のような令嬢へとつくり替えた。内心を悟らせないために表情を自在に操るなんてものは基本中の基本であり、それこそ第一線で権謀術数をぶつけ合う貴族たちが相手でも通用するほどには鍛え上げている。
というのに、だ。
シェルフィーを囲んでいた侍女の一人がどこか微笑ましげにこう言ったのだ。
「嬉しそうでありますね、お嬢様」
「……、何がでしょう?」
「ふっふ。取り繕っているつもりでしょうが、完璧に表情に出ちゃっているでありますよ」
「ッ!?」
バッと飛び退き、信じられないと言いたげに目を見開くシェルフィー。本当に、隠せていると思っていた。
王妃教育で培ったポーカーフェイスが崩れていることに気づけないほどに、それこそ無意識のうちに好意に揺さぶられていたのか。
それほどに、魂の奥底に根付くほどに、その感情はシェルフィーを満たしているのだろう。
「まっ、みんなは『どちら』の本音もとっくにわかっていたでありますけどねっ」
「んっ!? うっ嘘ですよね!?」
「逆にバレていないと思っていたんだとびっくりしているくらいでありますよ」
え、えっ? と思考回路が理解することを拒んでいるのか肯定も否定もできずに両手を意味もなくバタつかせて、顔どころか首まで真っ赤に染まるシェルフィー。その手に握ったグラスからブドウジュースが漏れているのにも気づいていない、そう令嬢として無意識下にさえもこびりついたアレソレが完全に崩壊しているその反応が全てであった。
と、その時だ。
「しぇっるふぃーしゃまあああっ!!」
バァッッッン!!!! とこちらは感情ではなく身体的反応で真っ赤に染まったメイドがシェルフィーを後ろから抱きしめるように突撃してきたのだ。
「わっ、わわっ!?」
「幸せにするからぁっ。第一王子なんか比べ物にならないくらいに愛するからぁっ。だから、ね? 結婚しよう、しぇるふぃーさまっ!!」
「ぅえええっ!?」
びっくっ!! とあまりに真っ直ぐな告白に肩を跳ね上げるシェルフィーをメイドは押さえつけるようにぎゅうぎゅう抱きしめながら、もうかんっぜんに酔っ払いのそれのミルクくさい息と共に、
「結婚だよけっこーん。えっへへ。私はぁっ、しぇるふぃーさまが好きだからぁ、結婚したいんだぁっ。ひっく」
「え、あ、あのっ、その、ええとっ!!」
「しぇるふぃーさまはぁ、わたしとけっこんするの、いやぁ?」
「…………ッッッ!!!!」
後ろから、耳元に噛みつくような格好でメイドが囁いてきた。甘く、熱い吐息が耳や頬を撫でる。
そんなの。
我慢できるわけがなかっ──
「ぐー」
「あ、れ? あの、そのっ、あれえ!? もしかして寝ています? ここまできてそれはあんまりじゃありませんか!?」
「ぐーすぴー、むにゃむにゃ……。しぇるふぃーさまあ、ずっといっしょ、だよぉ。むにゃふにゃすぴー」
「もうっ」
そんなの当たり前である。
ここまでしてくれたのだ、メイドが嫌と言ったってずっとずっと一緒にいるに決まっていた。
それはそれとして……、
「あの、みなさん! そんな見ないでくださいっ!!」
「いや、だって、なあ?」
「どうぞ私たちのことはお気になさらず、肝心なところで決めきれないそこの馬鹿を叩き起こして続きをやっちゃってください!」
「ひゅーひゅーっ! 盛り上がってきたあ!!」
「第一王子との婚約が決まってからというものあまり笑うことがなくなったお嬢様があんなにも幸せそうに……。本当、良かった。というわけで是非ともイチャラブしちゃってください!!」
この場には執事やら侍女やらコックやら庭師やらと大勢がいて、それはもう注目の的であり、つまり微笑ましげに見つめられていた。
その中の一人、メイドの先輩侍女が皆を代表するように親指を立ててこう言った。
「結婚式には是非呼んでくださいねえ」
「ばっばかぁ!! まだそんなではないですからあっ!!」
まだなんだ、と。
皆が揃って告げたのがトドメとなった。
ーーー☆ーーー
「ふわあ。……うっぐう。死ぬほど頭痛い……」
メイドがもぞもぞとしながら目を開く。婚約破棄記念パーティーでの記憶はほとんど残っていない。内装からして自室の窓から朝日が差しているので記憶がぶっ飛ぶくらいミルクに呑まれてしまったのか。
普段はこんなになるまで飲むことはないのだが、奇跡的に第一王子からシェルフィーが解放されたということでテンションが上がりに上がって歯止めが効かなかったようだ。
ミルク酔い特有の奥から響くような頭痛に顔を顰めながら、魔導時計を引っ掴んで──かんっぜんに遅刻確定であることに気付いてサァッと冷水をぶっかけられたかのように身体の芯から震えが走る。
「んっぎゃああああ!? 遅刻、ああもうこんなの完全に手遅れじゃあん!!」
一体誰が着替えさせてくれたのか寝巻きを千切るように勢いよく脱ぎ捨てる。
もうこのままメイド服に着替えて出たいところだが、仮にも公爵令嬢に仕えしメイドとして最低限身なりを整える必要がある。
「今まで一度だって遅刻なんてしたことないのに……。本当浮かれすぎっ!!」
ミルク酔いの顔はそれはもう酷いものなので化粧で塗り潰すとして、ミルク臭いそれを落とすためにも一度お風呂で徹底的に洗いたいところだが時間がないので水で濡らしたタオルで全身を拭ってから香水で誤魔化すこととする。
他にもやりたいことは多く、しかし時間がないのでメイド服に着替えてから部屋から飛び出すメイド。
廊下を走りながら髪を整えているメイドはすれ違う執事や侍女が何やら微笑ましげにしているのに首を傾げながらも、そんな場合ではないと足を動かす。
「ぜえ、はあ。……よしっ」
息を整えて、扉の前から声をかける。
「シェルフィー様、お目覚め……だよね。遅くなって申し訳ありませんっ!」
『あ、なんっ』
ドタバタドダン!! と部屋の中から鈍い音が響く。それこそベッドから転げ落ちたような……?
「シェルフィー様?」
『ふ、ふうう!! その、あれは、だから、何もやっていない、というのは違うのかもしれませんが、あくまで下心なんてなくて、そもそもそちらから頼んできたんですからねっ!! うう、一度起きたかと思えばあんな、着替えって、あんなあ!!』
「???」
正直意味はわからなかった。
ズキズキと頭の奥から響く痛みに、もしや記憶がぶっ飛ぶくらい酔っ払っていた昨日のパーティーで何かしらやらかしたのでは、とそこまで思い至ったメイドは慌てて扉へと手をかける。
「シェルフィー様、入りますね?」
『あ、それは、その、今はどんな顔すればいいかがわからなくて、ですから──』
「それとも顔を見るのも嫌、とか? 私そんなにやらかしちゃいました!? その、すみませんっ。昨日のことは全然まったく覚えてないんだけど、何かやっちゃったんだよね!? 本当申し訳ありません!!」
『……覚えて、ない?』
ぞわり、と。
暗く、深く、背筋を震わせる声が一つ。
「え、あっ、シェルフィー様?」
『あんなこと言っておいて、あんなことさせておいて、全然まったく覚えていないですって? わたっ、わたくしが一睡もできないほど心乱されていたというのに貴女は何も覚えていないって言うんですか!?』
「ひいっ!! 何やったの昨日の私い!!」
扉越しだというのにそれこそダース単位の魔獣に取り囲まれたって感じられないほどの圧が魂まで揺さぶっていた。
思わず頭を下げながら、メイドは叫ぶ。
「その、本当申し訳ありません! シェルフィー様が望むのならば今すぐにでも荷物をまとめて出ていきますので!!」
「なんでそうなるんですか、ばかっ!!」
ドバンッ!! と。
突如扉が開かれたかと思えば、何かがメイドにぶつかった。そのままの勢いで押し倒されたメイドは真上からこちらを見据えるシェルフィーに気づく。
シェルフィーはぽんっとメイドの胸に顔を埋めて、
「『貴女と一緒に色んなことをしたいですね』とちゃんと伝えたではないですか……。あんなこと言っておいて、あんなことさせておいて、離れようなどとしないでくださいっ」
「あ、あれ? シェルフィー様怒っていたんじゃあ???」
「怒っては、まあいないと言えば嘘ですけど、それ以上に……う、うううっ!」
緩く握った両拳でメイドをポカポカ叩くシェルフィー。しばらくして、ぎゅうっとメイドの胸ぐらを掴んで、ずいっと鼻と鼻が触れ合うほどに顔を近づけて、そしてこう言った。
「昨日の申し出に対する返事なのですが……嫌なんかではありませんから」
「ええ、と???」
「そういうことですから、早く思い出してあんなこと言った責任とってくれないと本当に怒りますからねっ!!」
「よくわからないけど……」
真っ向から主を見つめ。
未だ昨日の記憶はおぼろげにすら思い出せておらず、それでも迷うことなくメイドはこう言った。
「それがシェルフィー様のお望みであれば、必ずや思い出して責任を取ってあげますよ」
「うっ、ぁ……」
「シェルフィー様?」
ポッと顔を赤くして、それを隠すように再度メイドの胸に顔を埋めるシェルフィー。どうしたのだとメイドが声をかける前に、
「そんな格好いい顔しないでください照れるじゃないですかあ!!」
「え、あっ、ごめん、なさい?」
『もうっ!』、と照れ隠しに吐き捨てるシェルフィー。生まれた頃からずっと一緒だったメイドはシェルフィーのことなら大半は理解できるつもりだったが、どうしてここで照れ隠しが顔を出したのかはわからなかった。
戸惑っている間にもシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢は立ち上がり、誤魔化すように『んっ』と手を差し出す。
「早く朝食を食べに行きますわよ。貴女のせいで遅くなったんですから早くです!!」
「えっ。私のことなんて待つ必要なかったんだよ?」
「何を言っているんですか」
主の手を掴み、起こしてもらったメイドは目撃する。顔を赤くしながらも幸せそうな笑みを浮かべたシェルフィーを。
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
『そろそろおやつにしましょっか』
それは幼い頃の記憶。
いつだって、シェルフィーはメイドの服を掴んで引っ張りながらこう望んでいた。
『おやつ……あなたもいっしょ?』
対して。
メイドもまた、いつだってこう答えてくれた。
『もちろん!』
そうやっていつだって受け入れてくれるから悪いのだ。己を縛る様々な力で雁字搦めになっていても、己の立場がわかっていても、なお、我慢できずに望んでしまうのだ。
だから。
シェルフィーは幸せそうな顔で望みを口にする。
「貴女と一緒がいいんですよ」
対して。
今日もまた、メイドはこう答えてくれた。
「それがシェルフィー様のお望みであれば、喜んで!」
第一王子との婚約が破棄になったからといってシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢という『立場』は変わらず、現状はあくまで先延ばしにしかなっていない。
それでも、もう我慢はできない。
婚約が成立したその日に『立場』がもたらす強制力に逆らう勇気が出ずに封じ込めてしまった望みを、しかし吐き出してしまったから。
我慢しなければ、こんなにも幸せなのだと知ってしまったから。
ならば、立ち向かうしかない。
『立場』がもたらす強制力、公爵家という強大な存在を敵に回そうとも、メイドとずっとずっと一緒の日々を掴むために。
さあ始めよう。
幼い頃から望んできた唯一にして絶対の望みを叶えるための闘争を。
と。
シリアス一直線で決意したその後が国王を打ち負かした第一王女がシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢に一目惚れしたり、第一王女とメイドとのシェルフィー争奪戦が勃発したり、そこに騎士団長の娘や宰相の娘やシェルフィーの妹や専属女家庭教師やライバル公爵家の令嬢などが参加したりと色々あるというのだから、人生とはわからないものである。
……『立場』がもたらす強制力、つまりは第一王子の時のようにシェルフィーの意思を無視して公爵家の利益となる婚約者をあてがうという話はどうなったって?
そんなもの国王を打ち負かすほどの実力者である第一王女をはじめとして味方がいっぱい増えたからどうとでもなるに決まっていた(『傷あり』のシェルフィーを使った政略結婚で勢力を広げるよりも、一人一人が絶大な力を持つ令嬢たちに恩を売っておいたほうが利益ありと判断されたのだ)。
その代わりこそが別の意味での『闘争』、メイドはもちろん第一王女や騎士団長の娘や宰相の娘やシェルフィーの妹や専属女家庭教師やライバル公爵家の令嬢によるシェルフィー争奪戦なのだが──その結果、どんな未来を掴んだのかはまた別のお話。