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第二話 始まりの魔法使い

 次の日、私たちは最高の朝食と朝風呂のあと山へ向かった。朝の涼しい空気の中、昨日休んだところまで登る。装備のおかげか宿で休んだおかげか昨日よりは楽に登れた。

 しかし、それでも着いた頃には蝉が鳴いていた。

 まだ五月だというのに世界はすっかり夏の装いだ。


「でも昔の暦で言えば五月は夏ですよね」

「なんの話……ああ、蝉か。……気がつくとうるせえな」

「今日の鮎も美味しかったですよねえ」

「あの宿はいい。お前もいい仕事をした」

「お褒めいただき光栄です」


 昨日と同じように苔むした切り株で休もうとして、ふと、違和感を覚える。和也もそうだったのか、軍手をはめた手でコケの一部を剥いだあと、不審そうに辺りを見渡した。


「昨日休んだのここだよな? なんで昨日俺たちが踏んで剥いじゃったはずの苔が全部復活してんだ?」

「……迷ってはいないと思いますよ。……昨日と同じように登ってきましたから。つまり、もしコケの管理をしている人がいるのだとしたらすごい怒られるってことですかね?」

「管理してるって言うなら『ここは立ち入り禁止』とか書いとくはずだろ。俺らの落ち度じゃない」

「……話が通じる相手だといいんですけど……」

「……明日美、ここにいろ。あんまりうろちょろするなよ」


 和也はそう言うと昨日城を見た方向に向かって歩き出した。

 その細く日焼けひとつない腕で和也はシダのカーテンをめくり、そしてその葉をむしり始めた。私は少し考えてから、和也の背中についていくことにした。和也は不満そうに「そこにいろって言ったろ」とは言ったけれど、私を置いていくつもりもそんなにないようで「怪我すんなよ」と言ってシダとの格闘を再開した。


「呪文唱えましょうか?」

「ださいからやめろ」

「和也が唱えてもいいですよ?」

「ださいからいやだ」

「小さい頃は一緒にやってくれたのに……」

「小さい頃はださかったからいいんだよ。今は駄目だ」

「和也は今も昔も変わらず私の弟ですよ」

「ざっけんな、兄は俺だ」


 そんなことを話しながらシダのカーテンを一枚一枚越えていく。

 思っていたよりもそのカーテンの層は厚く、気がつけば前も後ろもシダになってした。緑だけの世界で「明日美、ちゃんといるよな?」と和也が言う。「うん、いるよ」と答えて、その背中についていく。木漏れ日が柔らかく目に刺さる。切れたシダから独特の匂いがした。和也は軍手で汗をぬぐいながら「ちゃんといろよ」と言った。「うん、いるよ」と答えて、その背中についていく。蝉が鳴いている。一度気がつくと雨のようにうるさく、耳につく音だった。


「……明日美、いるよな?」

「うん、いるよ」

「さっきから三枚のお札みたいな返事しかしねえのは、なんだよ! こええよ! 振り向けないだろ!」

「うん、いるよ」

「……、……え?」

「ごめんごめん、やり過ぎました」


 和也が真っ赤な顔で振り向いて「このタコ!」と叫んだ。でも和也は私がついてきてることを確かめると、「怪我はすんなよ」とまた言って、シダをめくった。


「和也は優しいですね」

「当たり前だろ。優しくないやつなんてだせえよ」

「じゃあ小さい頃だって和也はださくないじゃないですか。呪文唱えます?」

「黙れ!」

「『ミィ、ソノ、クヮルート』ですよ」

「なんだっけ、それ、……ああ、そうか、『私は、あなたを、見つける』」


 ――風が吹いた。


「うわっ!」

「和也!」


 背後から吹いたその強い風はシダを巻き上げた。ちぎれたシダの葉も巻き上げ、足元から粉が舞う。それが目にはいったらしい和也は両腕で顔をおさえ、私はその背中を支えた。風は、しかし吹き続ける。私たちの背中を押すように強く、強く、吹き続ける。カーテンが開き、道の先が見える。

 そこには、やけに開いた空間があった。こんか山の中にあるはずがないほど広い空間だ。大きな、大きすぎるまるで海のような湖、その中心に島のように大きな城がある。

 妙だ。でもその城はまるで私たちを歓迎するかのように湖に跳ね橋を下ろしてくれている。ギイ、ギィ、ギイとその音が聞こえる。蝉時雨を切り裂くような、その錆びた機械音。

 風が吹いている。


「和也、行こう」

「……目が痛い……」

「私の手をつかんで」

「……うん」


 和也の左手をつかむと、和也は私の右手を強くつかみ返した。私は和也をつれて、その城は目指して走った。近づくにつれて水の匂いが強くなり、そうして、涼しくなっていった。

 私たちが湖までたどり着くと、ようやく風はやんだ。


「和也、大丈夫ですか? 水で顔洗います?」

「……大丈夫。……よし、来た道も消えてないな」


 和也は顔から手を離すと、まず振り返りそれを確認し、そうして私を見た。


「髪ぼっさぼさだぞ」

「風強かったですから」

「長いと大変だな」

「そうでもないですよ」


 和也は私の髪に付いたたくさんの葉をとってくれた。私も和也の体についていた葉を払い除け、それが一通り済んでから、私たちはようやく城を見た。


「どう考えてもこれは魔法学校ですよ、和也!」

「まあ……ラブホなら看板あるはずだよな」

「ついに私も魔法使いに」

「待てよ、入るつもりなのか?」

「ここまで来て入らない選択肢はありませんよ!」

「……でも不審者とかいるかもしれないだろ。それに……っうわ!?」

「えっ、うひゃっ!」


 和也が急に私の後ろを見て叫び、私を抱き寄せた。突然のその行動に私は叫び、それから自分の背後を見た。


「転入生かな? ……迎えのものを渡す前にやってきた生徒は久しぶりですね」


 そこに、――黒いローブ、黒い魔女帽子、長い杖、輝き波打つ黒髪、紫の瞳、――ザ・魔法使いが立っていた。


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