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第一話 詠唱は計画的に

 まず大前提の話をしよう。私――楠木明日美(くすき あすみ)――は魔法が使えない。


 こんな言い方をすると私以外のみんなが魔法が使えるような世界の話と思われるかもしれないが、もちろんそうではない。あなたと同じように私も魔法が使えないという話だ。だが! しかし、これはとても大事な前提だから覚えておいてほしい。

 そしてその大前提を踏まえた上で恥をさらすと、私は魔法使いになりたい。十六歳になった今でも魔法使えるようにならないかなと期待し続け、アニメの呪文を暗唱したり、魔法使いっぽい黒いローブを着たり、黒髪を長々と伸ばしたり、雑貨屋で杖やペストマスクを買い集めたり、スチームパンクを嗜んだり、満月の夜に屋上で紅茶を飲んだりしている。

 魔法使い関係ないだろと思われるかもしれないが、私の中では全部魔法使いっぽい行動だからいいのである。だって格好いいからね! そんな私に『来世があるよ』と慰めの言葉と自由を与えてくれる両親については本当によくできた人たちだが、今は関係ないのでおいておこう。

 とにかく私は魔法使いになりたい女子高生だ。

 そんな私の家に「魔法学校に入学しませんか?」などという魅力的なお手紙が届いた日には選べる選択はひとつしかないのだ。


「……お母さん、私転校いたします」

「あらー娘がアホで困るわー、どうしましょうね、お父さん」

「大魔法使いになってきます。今まで育てていただいたご恩は決して忘れません」

「お父さん、お父さん、聞こえてないフリはやめてあげて。もうどうしようもないわよ、この子。明日美、勝手に沈痛な面持ちで別れの手紙を書かないの。和也(かずや)、妹を止めなさいよー」


 とにかくそこから色々あったが、私は今、電車と新幹線とバスとタクシーに乗り、日本の真ん中らへんにあるとある県のとある山の麓にたどり着いたわけである。


「手紙によりますと……学校には資格のある者だけが入ることができ、……資格がない者は単なる山登りになる、と……」

「だから単なる山登り勧誘だろ、どう考えても。地域観光のキャンペーンの一貫だろ……まじさあ、お前さあ……」

「なんですか、和也。この姉との旅行に不満が?」

「不満しかねえよ。あと兄は俺だからな」


 親とGPSも連動しているし、旅費はバイト代でまかなっているし、ちゃんと近くのホテルも予約してるし、宿題も全部終わらせている。そこまでして、『仲良し双子がGWに国内旅行』、という名目ならば親も止めようがない。というより最早あきれ果てていたから止められなかった。

 ほぼ強制でつれてきた和也は最初からずっと無の顔をしているが、それでもついてきてくれたので良しとする。こうでもしないと、和也は電車にすら乗らないのだから。


「普通に山じゃん、これ……おいやめろって、宿行こうよ。俺もう疲れたよ」


 蝉時雨、鳥の鳴き声、木洩れ日、森と川の匂い。汗ばむ肌をタオル地のハンカチでぬぐい、和也の手をつかんで、私は登山道もない山の獣道に踏み出した。


「この山に私が通う魔法学校があるんですね……」

「ねえよ。どう考えてもねえよ。あるとしたら宗教団体だよ。本当にお前はアホを極めてアホにすらなれてねえよな。クソッなんでこんなのと俺は双子なんだ……」

「さあ、いきますよ、和也! 私たちの冒険の始まりですよ!」

「まじで行くつもりなら登山道具揃えるぞ。ほら、やめろって、遭難するだろ」

「そう言われると思いまして、すでに宿の方に本日届くように手配は整えております。本日は下見をかねて三十分ほど散策したらすぐ下山しますよ。登頂は明日の予定です」

「お前のその行動力、違うことで活かせないのか? ダーッもう! 待てよ、ひとりで行くな!」


 そんなことを話しながら、私たちはその山に足を踏み入れた。『引きこもりぎみの和也を運動させる機会になる』なんて思いながら、舗装もされていない獣道をのぼる。生えている植物や鳥の鳴き声なんかを調べながら、「夏ですね」「クッソ暑い」なんて話ながら私たちは山を進んだ。要するに私は魔法使いになりたいけれど、本気で魔法学校を探すつもりではない。そりゃあればめちゃくちゃに嬉しいけれど、そうでなくても和也とふたりで旅行なんて絶対に楽しいし、嬉しい。和也は今はもうほとんど外にでなくなってしまったから、なおのことだ。「勿忘草ですよ、和也」「セキレイが鳴いてる」なんて話しながら私たちは穏やかな木洩れ日の中を並んで歩いた。


「そう、だから……私たちはこのときはまだ、あんなことになるとは思ってもみなかったのである……!」

「勝手なナレーションをいれるな。お前と暮らしてると大体いつもそんな気持ちだわ……おい、そこの根っこ気を付けろ、転ぶなよ」

「うん、大丈夫……和也も無理はしないようにお願いしますよ」

「馬鹿にすんな。こんぐらい、お前背負ってだって登れるわ」


 和也はそう言いながら腕で汗をぬぐった。

 その腕には日焼けのあとなどは少しもなく、筋肉も贅肉もほとんどついていない。三十分と言ったけれどそんなにもたないかもしれないと思いつつ、山をのぼる。しばらく歩くと、少し開けたところについた。


「少し休みましょうか」

「……だな」


 そこは苔むした切り株がいくつかあり、そのまわりをずらりと高い木がならび、その間には幾重ものシダのカーテンができていた。シダ植物とコケの緑が目に優しい。少し湿った土を踏みながら「川が近いんですかね」と呟くと「音はしねえけどな」と和也は空を見上げた。


「いい天気だな……」

「そうですね。和也、水分補給を忘れずに」

「わかってるよ……なあ、明日美、お前、本当に魔法使いになりたいなんて思ってないよな?」

「思ってますよ?」

「……高校生のなりたい職業ランキングの一位ってなんだか知ってるか? 公務員だぞ」

「和也はなにになりたいんです?」


 和也は私の質問に目を丸くした。それから一拍おいて気まずそうに顔を歪めた。


「下りようぜ、もういいだろ、……疲れた」

「……そうですね。今日はもう下りましょう。移動も長かったですし」

「今日泊まる宿の飯ってさあ、……うまそう?」

「バイト代つぎ込みましたからね。絶対美味しいですよ」

「まじ? やりー」


 和也がくしゃりと笑った。久しぶりに見る笑顔だった。外に出ることで少しでも気分が晴れてくれたならよかったと思いつつ、私は下山しようと踵を返した和也の腕をつかむ。


「なに?」

「……和也、下りる前にちょっと試してみたいことがあるんですけど……」

「ん? なにすんの?」

「ここに杖があります」

「……うわ、出たよ。日に一度はあるよな、その時間」


 私が懐から杖を取り出すと和也はあきれ果てたようにため息をついたが、止めはしなかった。だから私は山の方を向いて、杖を構えた。

 昔、おまじないの本で読んだ『探し物の呪文』を思い返しながら、目を閉じて、杖を振るう。


「『ランザスの花が咲く朝に再びの逢瀬を約束しよう。私たちは離れない。どれほどの困難が私たちを拒んでも、この手はあなたを捕まえる。ミィ、ソノ、クヮルート』」


 目を開く。そこには目を閉じる前と変わらない景色がある。しかし私は口を開く。『ミィ、ソノ、クヮルート』と唱えながら杖を振るう。『ミィ、ソノ、クヮルート』というこの呪文を三回唱えればどんな失くしものも帰ってくる。

 ……わけでもないのだが、しかし語感が好きで、気に入っている呪文のひとつだ。だから機嫌よく私は呪文を唱えた。

 するとタイミングよく、背後から大きな大きな風が吹いた。その風はまるで道を示すかのように、私の眼前にあったシダのカーテンを巻き上げた。


「……え?」


 そのカーテンの先、少し先に、確実に『城』があった。

 風は一瞬で止み、その城はまたカーテンの向こう側だ。私は慌てて振り返ると、和也もまた目を丸くしていた。


「見た!?」

「……見た」

「あれ、絶対に……」

「……ラブホだろ」

「山の中にそんなのないでしょ!」

「いいから、明日美。……帰るぞ」


 和也は私の腕をつかんだ。その手が震えているように見えたので、私はそれ以上騒ぐのはやめて、「絶対明日行きましょうね」とだけ約束して和也と山をおりた。

 その日に泊まった宿の夕食ではA5ランクの肉が出てきて「意味がわからないぐらいうまい」「肉って輝けたんですね」などと話した。和也は温泉も楽しんだらしく、「月見風呂だった、すげえ綺麗だった」と言ってくしゃりと笑った。


「お前との旅行はいいな、気楽だ」

「他の人と旅行したことありましたっけ?」

「うるせーよ、馬鹿にすんな、中学のときは外出られてたわ」

「ふふ、そうですね。……そうでした」


 私はこのときは本当に『よかった、それならこれはいい旅行だ』ぐらいに思っていた。この旅行、ここから先がとても長くなるなんて、本当に思ってもいなかったのだ。


「おやすみなさい、和也」

「……おやすみ、明日美」


 だからこの日の夜はとてもきれいな満月で、この日の眠りはとても幸福なものだった。


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