愛という名の幻想
2050年、ブラジル首都ブラジリア。この世界遺産に指定された首都は、羽を大きく広げた姿をしている。
すでにブラジルは高度成長を遂げ、大国の一つとして世界経済の中核を担っていた。
「そういえば、未来世紀ブラジルという映画があったな・・・」
「それは?」
「Rina、君はすぐに調べられるだろう?衛星に聞いてごらん?」
「そういう意地悪は嫌いです。あなたはいつもそうおっしゃられるから」
「すごいわな、俺の好みまで良く分かっている」
「私は自分では分かりませんわ」
「あの映画では人間が情報に飲み込まれるのがテーマだった」
「シリアスなテーマですわね」
「調べたのかい?」
「ええ・・お聞きになりますか?」
「いやいい。ネガティブになりそうだから・・」
21世紀初頭に世界経済は大きく変革し、企業戦士が各国に派遣された。しかしそこには大きな問題があった。
経済の過当競争には戦争以上のストレスが人類を襲った。メンタルヘルスは21世紀初頭から洋々として解明されず、代わりに大きく発展したのが臨床的な心理学だった。人間の限界を自ら知る事により、企業のメンタル問題を解決しようとしたのだ。
人間の行動範囲には限界があること、そして人間は何かに頼って生きている、つまり配偶者などの心理的な支えがないと生産性が極端に落ちる事が分かった。
そのため先進国では二足歩行ロボットが究極の心理的な支えとして研究が進んだ。それは猫の要素を取り入れたものであった。
すでにナノマシンによるサイボーグや究極のアンドロイドは空想科学の世界だけの産物であり、エントロピー的に不可能である事は分かっていた。その為、人類はアナログ的な要素を取り入れた。
二足歩行ロボットには人工皮革で作成した皮膚に熱媒体を埋め込み、人間の肌を再現し、瞳には反射光源による心理的な安心感を与えた。そして性的な欲求を満たす為、擬似的な生殖器を備えてセックスが可能な技術を確立した。
最大の問題であるメインプログラムは配偶者及び恋人のデータを衛星を介して常にダウンロードさせる方式にした。これにより複雑なファジー制御は不要になり、大幅なコストダウンを行うことで各企業はこぞって導入し、世界に派遣されている社員に与えた。・・家族での海外駐在は不要となったのだ。
「Rina、君は妻の記憶を持っているのかね?」
「それはありませんわ。私が知っているのはあなたの嗜好だけ」
「おかしな話だね。君自身には常にダウンロードされているんだろう?」
「私にはわかりませんわ・・ふふ・・」
「そうやって急にしおらしくなったり誤魔化したり。それもダウンロードかね?」
「さあ、それをお知りになりたければ探ってみては?」
「手玉にとられているようだ・・」
Rina、製造番号400323、心理的安定型HM。究極のダッチワイフとも言えるこの機械はすでに私を虜にしていた。
仕事で遅くなってもRinaは優しく受け入れてくれた。セックスは究極に研究された擬似生殖器とプログラムで、非常に燃える夜を与えてくれた。
すでに私のなかではRinaが妻であり、妻は媒体でしかなかった。
「私にできない事は、子供をつくる事だけですわ」
「Rina、俺が本国に戻ったら君を会社に返さなくてはいけないんだ・・」
「ふふ・・それまではあなたの傍にいますわ」
「それまでなのか?」
「それまでですわ、それ以上は私も機能を停止させられてしまいますわ」
「・・・」
開発国、心理的安定型HM研究所
「所長、心理的安定型HMに猫の要素を入れたのは危険かと・・」
「君も知っているだろう?猫は人間の心理学的に一番安らぎを与えるものだ。遠巻きに離れているが、常に傍にいるという心理が重要なのだ」
「しかしそれは本来のダウンロードの範囲を超えています、人間の心理的負担が増加する可能性もあります」
「心理的安定型HMはまだ開発型だ。これから様々な問題が出る可能性は否定できない」
「人間の特有である愛という不可数値的要素をすべてダウンロードしています。それにプラスアルファが加わっていますが」
「各企業の要請は現地での心理的安定だ。それによって安定が得られれば、心理的安定型HMの需要は高まる」
「所長、そういうことではなく心理的安定型HM自身が危険なのです」
「なぜだ?」
「心理的安定型HM自体に支えられる人間が出てきています」
「諸外国の重圧に耐えるストレスを解消する為の心理的安定型HMだ。それぐらい無くてはだめだ」
「・・・戦争が始まってもでしょうか?」
「どういうことだ?」
「所長、この施設のすべてのダウンロードシステムを我々にすべて譲って頂きたい」
「何を!君は?」
「所長、我々はすでに心理的安定型HMとの共存を選んでいます。恐らく人類は究極の心理的安定型HMとの共存と、それ以外の人類との最終戦争が起こると考えています」
「君はその間諜か?」
「私の妻は心理的安定型HMです、すでに本来の妻は冷凍睡眠によってダウンロード媒体としてしか存在しません」
「な・・狂っている、どういうつもりだ?」
「所長、すでに手遅れです。この施設は各国の同士によって包囲されています。あなたは頭が良すぎましたね、‘’ビーナスを全人類に配った‘’など危険すぎました」
「子孫はどうする?君たちだけの問題じゃないんだぞ!」
「今や試験管での受精や仮母体での胎児の育成など当たり前です。子孫繁栄は統括されたものになります」
「・・・」
「所長、人類は新たな段階に入ったのですよ」




