第5幕 リザードマンは左利き!?
「うぅ~っ・・・。足元がヌルヌルするのです」
マダム・ヤンのカジノ"パンナコッタ・ヘブン"へと向かうプリンたちは、その途中にあるネイバー湿地帯にいた。
この地には大きな川が流れるその周辺に、無数の池やら沼やらが点在しており、ジメジメというよりもビシャビシャしていると表現した方がシックリくるくらい水気が多かった。
その水気の多い湿地帯をプリンたちは徒歩で移動していたのだ。
「あれだけ大きな川が流れているのですから、船を使って移動すればよかったのです!」
「ダメだよ。大きな船ならともかく小さな船なんかに乗ってたら、ここに住むリザードマンたちに船を沈められて、僕たち皆が川の底に引きずり込まれちゃうから」
そう言ったヨンズの姿の先には、どこかの金持ちが乗っているのであろう立派な船がその川の上を過ぎ去っていくのが見えた。それを恨めしそうに眺めるプリンの隣で、チョビンに抱えられたスケさんが彼の腕から飛び降りて口を開く。
「そもそもキミが浮遊の魔法を使えるって言ったから、皆安心してこのルートを選んだんじゃないか」
「まさか半日以上この場所を歩かされるとは思ってなかったのです!」
「まあこれだけの人数分で半日も魔法使ってれば、さすがにMPも尽きちゃうよねえ」
プリンの頭の上に乗っかっているミス・セプテンバーがヒトごとのように笑って言うので、イラっときたプリンはその体を掴みエイッと池の方に放り投げた。悲鳴をあげながらも池に落ちる寸前で体勢を立て直した妖精は、すぐにプリンの頭の上に戻ってくる。
「何するのよ!リザードマンに食べられちゃうじゃないのさ!」
「さすがのリザードマンでもエサは選ぶのです」
「ムキ~っ!」
「そういえばさリザードマンで思い出したんだけど、一部ネットでも話題になっている、リザードマンってなんで左利きなのか知ってるかい?」
「えっ、そうなの?」
「知らないです」
スケさんの問いかけに皆が頭を振る。
「たいていの人間は右手に剣、左手に盾を構えるじゃない?そうすると向き合って戦う時には、自分の剣の目の前には相手の盾が、自分の盾の前には相手の剣がくるわけだよ」
「ふむふむ」
「これって攻撃を与えるよりも、攻撃をもらわないことに重点を置いた戦い方なんだ、人間は他の種族に比べ物理的ダメージに対しての耐性が低いから。だけど生まれつき硬いウロコっていう良質の鎧が標準装備されているリザードマンにとっては、逆に乱打戦に持ち込んだ方が戦いを有利に働かせることができる。だから人間のスタイルにあわせて、リザードマンは左利きになったっていう噂だよ」(※注:あとがき参照)
「え~っ、じゃあリザードマンは人間対策のためだけに利き腕まで矯正したって事?」
「そう、それほどまでに人間の浸食力は他の種族にとって脅威だったってことさ」
「あ~、納得・・・」
そう言いながらミス・セプテンバーはプリンのほうをチラリと覗き見る。
「なんですか!?失礼な」
「まあでも、フェアリーランドが隠れ里のようになっているのも、基本人間やその他の攻撃的種族の侵入を許さないためだからね。だからあの場で他の人間を見かけなかったでしょ?私からの招待状があったからこそプリンちゃんもフェアリーランドに入れたんだからね!」
「う~、イチゲンさんはお断りなのです」
「・・・キミは一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだい」
「まあでもさぁ、それだけ人間に対抗心を燃やしてくるリザードマンなんだから、ハゲはともかくプリンちゃんはヤツらに見つかったら大変なんじゃない?」
「なんでですか?」
「そりゃあ過去の恨みつらみを晴らすため、弱そうな人間のプリンちゃんをターゲットに、よってたかってタコ殴りにされるんじゃない?」
挑発的なミス・セプテンバーの言葉に、プリンは顔を真っ赤にして反論する。
「はっ!?へんなフラグを立てるのはやめてほしいのです!」
「ダスダス!」
「ん?誰か何か言った?」
「ん?誰もいないダスよ?」
「そっかぁ・・・ん?」
そのときミス・セプテンバーと見知らぬリザードマンの目が合った。
「ん?ダス」
「あ~っ!?」
「のわぁ~ダス!」
「なにアンタしれっと入ってきて馴染んでるのよ!」
見るとそこにはプリンよりもひと回り大きいくらいの背丈をしたリザードマンの姿があった。成人となったリザードマンは人間の大男と同じかそれよりも大きいと言われているので、見る限りまだ子供のリザードマンなのであろう。
「なんだか皆が集まって楽しそうだったから・・・ダス」
「一体どこから現れたですか!?不意打ちで襲い掛かってくるとは、なかなかの手練れなのです!」
プリンとミス・セプテンバーに囲まれながら責められて、リザードマンはオドオドしながら口を開く。
「オラも仲間に入れてほしいのダス・・・」
「何言ってるですか!早く群れの仲間のところに戻るのです」
プリンは母親が子供を躾けるときのように、腰に手を当てて遠方を指さしながら言うが、その言葉をミス・セプテンバーが遮った。
「ちょっと待ってプリンちゃん、こいつを人質にしてこの湿地帯を安全に抜けるという手もあるわよ!」
「ボクは人間よりもよっぽどキミの方が怖いよ」
・・・スケさんの冷たい視線がミス・セプテンバーに突き刺さる。
そしてそのプリンたちの騒ぎを聞きつけて、前を歩いていたチョビンが声をかけてきた。
「なんじゃオヌシら、何を騒いで・・・。おい!それはリザードマンの子供ではないか、そんなものに関わっていたら群れを呼ぶかもしれん。放っておいて先を急ぐぞ」
「ウルサイわね、ハゲが仕切ってんじゃないわよ!」
しかしそうは言ってもチョビンの言うことにも一理あった。たとえ戦闘になったとしてもチョビンがいれば乗り切れるかもしれない、しかし無用な戦闘を自ら呼び込むほど悠長な旅ではないし、彼らの縄張りに入ってマダムのカジノへ続く道を横断しているのはプリンたちの方なのだ。
よそ者である自分たちだからこそ、余計な荒波は立てたくないというのがチョビンの言い分だった。
「仕方がないわね。まっ、そういう事だから。まったねぇバイバイ」
ミス・セプテンバーたちはそう言いながらリザードマンに手を振り、その場を後にした。
「・・・まだ付いてくるのです」
プリンが後ろを振り返ると、トボトボと俯いて後をついてくるリザードマンの姿が映った。
傍目にその光景はイジメっ子の後を嫌々ついて歩くイジメられっ子のようでもある。それをイライラした表情で気付かぬふりをしてるミス・セプテンバー。
思うところがあれば考えるよりもまず口に出す性格の彼女からすれば、こういうタイプは一番見ていてストレスが溜まるのであろう。やがて感情をずっと抑えていたミス・セプテンバーが、もう我慢の限界といったようすでリザードマンの方へと飛んでいく。
「アンタねえ、いい加減はやく友達のところへ帰りなさいよ!仲間を呼ばれたらコッチが迷惑なんだから」
そう言ってまくし立てるミス・セプテンバーとは対照的に、子供のリザードマンはつぶらな瞳を潤ませて反論した。
「そんな心配は必要ないのダス!オラには友達がいないのダス・・・。オラの喋り方が変だと言って、いじめられて仲間にも入れてもらえないのダスから」
「それでも家族はいるんでしょう?」
「両親も兄弟もいないダス。リザードマン同士の縄張り争いで、皆いなくなっちゃったダス・・・」
リザードマンの縄張り意識は非常に高く、部族同士の争いでもどちらかが全滅するまでその戦いは延々続くという噂を聞いたことがある。友達も家族もいないというこのリザードマンは恐らく戦災孤児というか、縄張り争いで身内を失ったのだろう。
「アンタばかじゃないの!友達はねえ、出来るもんじゃないの!作るもんなのよ!」
「・・・いいことを言ってるはずなのに、キミの言葉だと全然心に響かないのはなぜだろう」
ミス・セプテンバーの言葉にスケさんが漏らす。
「やかましいわ!」
しかしそんなミス・セプテンバーとリザードマンとのやり取りの間に割って入ってくる者がいた。
「もういい!もう何も言うな!」
その男はリザードマンの話を聞いて泣いていた。
チョビンだった。
チョビンはおもむろに服を脱ぎ捨てると、上半身裸でリザードマンに駆け寄り熱い抱擁を交わす。
「なんでハダカなのよ!」
「おまえは今日からワシらの仲間じゃ!」
「ハゲちん・・・」
「誰がハゲじゃい!」
チョビンの鉄拳がリザードマンに決まり、ミス・セプテンバーはキャハハハと笑い転げている。
「まっ、アンタがそう言うんだったら、自分でしっかりその子を護りなさいよね。ハゲ」
「く~っ、お前たち言わせておけば・・・。わかったわい、こやつの面倒はワシがみる!それで文句はなかろうが」
性格の悪いミス・セプテンバーはチョビンをやり込めたことで、すこぶる機嫌がいい。
「ふふん♪オッケーオッケー、それでアンタ名前は?」
「オラの名前はグリンだす」
「いい、グリン?何かあったら、しっかりとハゲに護ってもらいなさいよね」
「了解ダス」
新たに旅の仲間が加わり、ほどなくして旅を再開するプリンたち一行。
しかしグリンが加入したからなのかどうなのか、幸いなことにその後湿地帯を抜けるまで一行がリザードマンから襲撃を受けることはなかったのだった。
もう30年以上も昔の話である。
ある日友人のM君が言ってきた「ねえ〇〇、リザードマンってなんで左利きか知ってる?」
当時の私は、なぜかも何もリザードマンが左利きである事すら知らなかった。
(皆もお気に入りのゲームのリザードマンがどうなっているか調べてみよう!よく見ると、そうなってることが多いことに気付くはずだ)
そのとき友人の彼が語ったのが、本文中でスケさんが説明した内容だった。
その頃私たちのお気に入りのゲームはドルアーガの塔(イシターの復活?)で、その話題の時にこの話になったと思うのだが、
肝心な元の情報の出どころはというと、結論から言うとハッキリ言ってわからない。
当時はまだ初代のドラクエが発売されて間もないころで、世間一般的ゲーマーの間ではRPGの認知度はそれほどでもなく、ゲームといえばマリオなどのアクションかゼビウスなどのシューティングゲームが大半ということもあり、友人たちの間でもRPGナニソレ?食い物か?くらいの程度であったのだった。
だがそれでもファンタジー系のファンは当時もいたわけで、そんな人たちの情報源は海外物の翻訳小説やアドベンチャーブックなどを読んだりして情報交換したり、ゲーム雑誌の読者の投稿欄などではいろんな情報が飛び交っていたのだった。
しかし当時の時代背景を考えてみてほしい。
ネットも携帯もない、さらには今日のようにオタクがライトでポップな感じとは違い、あの頃はガチでドン引きされていた時代なのである。それはもうクラスの女の子にアイツはオタクだと噂されようものなら、それはこの先訪れるかもしれない青春の甘酸っぱい思い出とはお別れを意味していた。
そんなわけで世の多くのオタクたちは隠れキリシタンのごとく密かに活動していたのであった。
(そこまで気を配っても結局私に甘酸っぱい思い出と縁がなかったことは皆のお察しのとおりなのであるが、そこは触れずにそっとしておいて欲しい!)
まあそんな状況だから、情報も歪むよねぇーって話なのである。
今から考えれば"ウソ、大げさ、紛らわしい"といった、まるでJAROの天敵のような情報がまことしやかに平然と囁かれるカオスな世界でもあったのだが、ニセ情報のなかから真実を探すという作業がまた楽しかったのだ。
だがオヂサンが思うに、ファンタジーってそういうものを全部ひっくるめた遊びであったような気もする。
つまりは妄想を楽しむって言うのか、世界観を愉しむというのか、ざっくばらんなアソビというか隙間というのか・・・それもそこにはあったような気がするのである。
最近のゲームは昔とは比べ物にならないくらい画像が綺麗になって、世界も広くなっているのだけど、なんだかつまらない気がしていて、"これが世にいう昔は良かった的なヤツなのか?あ~、ヤダヤダ歳は取りたくないよね~"と思っていたのだが、先日これと同じような感覚を別のジャンルで味わったのだ。
お気に入りの漫画が実写化されて、それを見た後のガッカリ感!
音もあり臨場感もあり立体的な映像で、情報量としては漫画よりも遥かに多くのものが詰め込まれているはずなのに、なぜ人は実写化にガッカリするのだろう?
おそらくお気に入りのヒロイン・ヒーローの声は漫画を読んでいる時点で皆のなかに出来上がっているのではないだろうか?漫画⇒アニメ化⇒実写化となるにつれて、情報量が増えていき妄想の入り込む余地が次第になくなるというか、自分のなかに出来上がっていた妄想の世界観が浸食されていくことに不快感を覚えるのではなかろうか?
ネットでも、なぜリザードマンが左利きなのかと答えを求める書き込みがあったりするが、実際その答えというのはどうでもよくて、どうなのかな?こうなんじゃない?とやり取りするなか皆で盛り上がる。
そのこと自体がファンタジーの楽しみ方であり、大事なことなのじゃないかなというのがオヂサン的見解なのであるがどうだろう?
なにやら話が飛んで、宇宙にまで行ってしまいそうな勢いなので今日はこの辺で・・・。
長々とここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
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