第3幕 女王ティターニャと噂のマッチョ・ハゲチョビン
妖精女王の城とは言っても、それほど広いものではなかった。もちろんこの世界で一般的人間の住む住居とは比べ物にならないほどの広さではあったが、人間の王族が暮らす城と比べればという話である。だから可愛らしい妖精の兵士に案内されて、謁見の間にたどりつくまでにそれほどの時間を必要とはしなかった。
妖精女王ティターニャ。見目麗しい姫君のような女王か、それとも妖艶な熟女のように威圧感のある女王なのか、謁見の間を目前にしてプリンは心の準備ができていないことに気付いた。
「ドキドキするのです!」
「ボクもだよ、噂に聞く妖精女王に謁見できる者なんてそうはいないからね」
プリンもスケさんも心の高鳴りを抑えられない。
だが立派な装飾が施された扉が開いて、紅い絨毯が敷き詰められた道のその先に視線を移すが、そこに女王の姿はなかった。
「そりゃ、まだだよ。私たちが玉座の前で頭を垂れたまましゃがんで、女王の入場を待つんだ」
「ううー、ジラすのです」
「まあ、当然そうだろうね」
「いい?私たちの女王様なんだからね、絶対に失礼なことをしないでよね!」
「フーン、まるで失礼を絵にかいたようなキミにそこまで言わせるとは、さすがは女王様だね」
「失礼なっ!」
だがそんなスケさんたちの軽口も、女王の入場を待つために玉座の前に着く前には止んだ。
「いい?失礼がないように、静かにしててよね!」
やがて視線を床に落としたまま女王を待つプリンたちの前方に、何者かが歩みを進める足音がして、その音は間もなく玉座の前で止まった。
「苦しゅーないっ☆オモテをあげーい」
はあっ!?と思いプリンが顔を上げると、そこには腰に手を当ててふんぞり返るオコチャマの姿があった。
「ワラワこそが、妖精女王ティターニャであるっ!」
「んなっ!?」
それは見目麗しい姫君でも妖艶な熟女でもなく、プリンと同じ年頃の幼女だった。その容姿を例えるならば、お遊戯会で妖精の役に選ばれた園児といったところだろうか。つまりは子供が妖精に仮装しているようなと言うか・・・、言葉を選んでさらにオブラードに包んで言うならば、なんだかとっても残念な感じにしか見えなかったのである。
そんなわけで女王ティターニャと(王)オベロンが並んで立っていたら、それは年の離れた兄弟というよりも、若いお父さんとその娘と言われた方がしっくりくるほどの説得力があったのだ。
「はぁ、これは・・・。健康的な普通の男なら浮気をするのも・・・」
スケさんがすべてを悟って、思わず漏らすようにつぶやく。
「ミス・セプテンバー、その者らがソチの言ってた人物か?」
「そうです!だからこの子たちが一緒なら許してもらえるんだよね?」
「うむ~っ・・・」
「いやちょっと待ってよ、ミス・セプテンバー。ボクたちには話が全然見えてないんだけど!というか、さっきの話の続きを皆が集まったところでって言ってたじゃないか!?」
何やら訳が分からないうちに話が進んでいきそうな雰囲気に、スケさんが慌ててブレーキをかける。
「なんじゃ?まだ何も聞いておらんのか?」
「聞くも聞かないも、ボクたちはたった今フェアリーランドに着いたばかりで、ここまでの道すがら軽くお喋りをする程度の近況説明しか受けてないよ」
「ほほーぅ、ネコが喋っておる」
「って、ソッチ!?」
「苦しゅうない!肉球を触らせてたもれ」
スケさんはティターニャに羽交い絞めにされて、肉球をむさぼり揉まれはじめた。
「まっ、ワラワは難しい話が苦手じゃからな、詳しいことは当事者たちから聞くのがイチバンじゃろう」
そう言いながらティターニャが合図を送ると、奥の部屋から誰か二人組が出てくるのが見えた。
「あっ、プリンさんじゃないですか!お久しぶりですね」
しばらく会わないうちに記憶が戻ったのか、ずいぶんと喋り口調が変わっていたが、それは忘れるはずもない美少年モードのヨンズだった。
「おおーっ!ズンズの元おっちゃんなのです」
「スケさんもお変わりなく元気そうで」
「お変わりはないけど、誰か助けて!」
ティターニャに肉球を揉みしだかれているスケさんを見てヨンズは懐かしそうに言うが、当のスケさんは肉球さわり魔の束縛から逃れたくて助けを求めている。
「なんじゃ、こいつらが例の者どもか?」
そう言いながらヨンズの背後から現れたのは、筋骨隆々の見事な体格でハゲ頭とチョビ髭が特徴的な初老の男だった。
「そういうアナタは誰ですか?」
「ワシか?ワシは人呼んでマッチョ・ヒゲチョビン。噂のチョビンさんとでも呼んでくれい」
そのチョビンの言葉にすぐさまミス・セプテンバーが反応する。
「何よもう!ハゲチョビンでいいじゃない!」
「ハゲって言うな!」
「って、ハゲてるじゃないさ!」
「・・・いや、ミス・セプテンバーがハゲハゲ言うから、それもちょっとどうかなと思ってたんだけど、どうやらハゲハゲじゃなくてヒゲヒゲの人だったんだね」
スケさんがガックリした様子でつぶやく。
「とまあコントのような自己紹介はそのくらいにして・・・。スケさん、プリンちゃん、君たちの助けが必要になってしまった今回の経緯。その詳しい状況説明を始めようか」
「そうだね、お願いするよヨンズさん。ミス・セプテンバーの説明やこれまでの話をまとめてみても、どういう状況なのかボクにはさっぱり訳が分からないから」
ヨンズはスケさんの求めに応じて、ここまでの経緯について話し始めた。