第1幕 フケツの王の呪いと妖精からの招待状
とるに足らない平凡な日常。
それが壊れる時というのはいつも突然であり、しかし突然の落差のギャップがあるからこそ非日常を実感するのかもしれない。
カエルがその身を湯の中に放り込まれたら、慌てて飛び出し逃げようとするが、自分の浸かっている水が徐々に時間をかけて煮えてきても、自分の身が茹で上がってきていることに気付きもせずに死んでしまうというが、ヒトにおいても様々な状況で似たような事例が散見されるという。
このようにギャップというのは何かを感じるときに重要な役割を果たすのである。
ーある日の昼下がりー
魔女の家のリビングでくつろいでいるスケさんの元へ、突然かぼちゃの魔女ことプリンが駆け込んでくる。
何もない平凡な一日、昼食も済んで午睡を満喫するにはこれ以上ないシチュエーション。だがそんな平和な時間をひっくり返すのは決まってこの家に住む小悪魔的な幼女だった。
「スケさん、スケさん!アタチは幸せになろうと思うのです!」
何の前触れもなく部屋に飛び込んで来て、そんなことを言い放つプリンに動じることもなく、クロネコのスケさんは内心またかと思いつつ言葉を返す。
「どうしたんだい突然、結婚でもするつもりかい?」
「ちがうのです!」
スケさんは自分の体をすっぽりと納めるクッションの上でくつろぎながらアクビをする。プリンに買ってもらったこのクッションが最近のスケさんのお気に入りで、プリンの家のなかではここがスケさんの居場所として定着しつつあったのだった。
「違うのか。でもまあ別に驚きはしないよ、元来ヒトはそうなることを目指して生きているものだからね」
「そうじゃなくて!実はついさっき、不幸になる呪いを受けてしまったのです」
不幸になる呪い。それは簡単についさっきなどという頻度で受けるものでもないし、そもそも呪いなどという言葉自体を簡単に口にしていいものではない。これは幼い子供特有ともいえる覚えたての言葉を使ってみたくて仕方ないという(受ける側からすればメンドクサイことこの上ないのだが)、また例のいつもの衝動なのだろうと、スケさんは高をくくって軽く受け流すことに決めた。
「不幸の手紙とか?」
「そうじゃなくて!得体のしれないヤツから呪いをもらってしまったのです」
「へえ、この魔女の家に乗り込んできて呪いをバラまいて去っていくとは、相当の使い手だね」
「スケさんのお客さんだったのです!」
「へぇ、そうなんだ。ん?・・・詳しく聞こうか」
いままで他人事のように話を聞いていたスケさんであったが、自分を訪ねてきた客がプリンに呪いをかけて去っていったという只ならぬ事態に、本腰を入れて話を聞く体勢に入ったようだった。
「さっきスケさんにお客さんが来たのです!ガイコツのくせに何やらナマイキなヤツだったのです」
「それで?」
「ニッチーだかリッキーだか知らないですが、我はフケツの王だとか言って威張り散らかしてスケさんを呼べなどとぬかしていたから、清潔感の足りないヤツはクサイから帰れと追い返してやったのです!」
呪いをバラまくという不潔の王。確かに悪臭が周囲の者にもたらす不快感は呪いにも近いものがあるが、自分で不潔を自覚しているのなら清潔にしろよという話だし、そもそも不潔というマイナスイメージを自らアピールする者がいるのだろうか。とその時、ふとスケさんの頭の中にある人物がおもい浮かんだ。
「キミそれって、もしかして・・・、"不浄の王リッチさん"じゃないのかい?」
「あ~、ああ、そんな感じだったかもしれないです」
「んなっ!?不死者の王じゃないか!」
「何ですかそれは?」
「見た目はスライムでも実はウンチだったとか、そんな次元の話じゃないよ!(外の庭先でガチャンと鉢植えが割れる音がしたが、スケさんは気にしない)リッチさんは超高度な魔法によって自ら不滅の存在になった不死者たちの大親分だよ!」
「ほほー、やるではないですか!どうりでその割にはクサくなかったわけですね。じつはガイコツのくせに体臭も何もあったもんじゃねぇだろうと思っていたのですよ」
「というか、キミがやれてなさすぎなんだよ。だいいち人の客人にむかって、汚いから帰れなんて失礼にもほどがある!」
「大丈夫です!スケさんは人ではないのです」
「そういう問題じゃないよ!」
スケさんはやれやれという表情を浮かべるが、これ以上何を言っても目の前の幼女には響かないのだろうとと観念した。
「それで、どんな呪いをもらってしまったんだい?」
「ツキに見放される呪いだそうです。トイレに入ったら紙がないとか、運命の二択でかならず失敗するとか、足の小指を家具にぶつけるとかの災難が日常的かつ頻繁に起こるそうなのです!」
「・・・それは何とも恐ろしい呪いだね」
そう言いながらも、スケさんは自業自得だから仕方がないと小さくつぶやく。
「ん?何か言ったですか?」
「いや、何でもない」
「それでふと思いついたのです!幸せになれるというフォーチュンダイスを知っているですか?」
スケさんは記憶を手繰り寄せるように考えるそぶりを見せるが、やがて諦めたようにかぶりを振る。
「いや、世俗に疎いボクが知ってるわけがないよ」
「ならばこのアタチが教えて進ぜるのです!それはラッキーダイスとか七色のダイスとか言われているモノで、持っているだけで幸運が転がり込んでくるというラッキーアイテムらしいのです」
「なんだか、いかにもイカガワしいような・・・」
スケさんはプリンの話を聞いて、インチキ臭いものを感じずにはいられなかった。
「そう!つまりは不幸の上から幸せを乗せればプラスマイナス差し引きゼロになるのです!」
「っていうか、謝って呪いを解いてもらいなよ・・・」
「無理なのです。呪いをバラまいた後、すごい剣幕で帰ってしまったのです。表情一つ変えていなかったけどわかるのです、あれは相当に怒っていたのです」
ガイコツになったリッチさんに表情なんかあるわけないだろうと思いつつも、スケさんはプリンのしでかした失礼な行動にたいする相手のリアクションを思い浮かべて納得する。
「まあそうだろうね。それでフォーチュンダイスがどこにあるか知っているの?」
「知りません!」
「いやそんな自慢気に堂々と胸を張って言われても・・・」
そこまで話を進める以上、何かしらフォーチュンダイスを入手するプランがあって、次のステップに進むための意思の疎通というか協力の要請だろうと思われていたが、まさかのノープランだった。
ガックリするスケさんだったが、そのガックリしたショックがある事をスケさんに思い出させる。
「ああそうだ、ボクもキミに伝えなきゃならないことがあったんだ!」
「なんですか?」
「ミス・セプテンバーから手紙が届いていたんだよ」
そう言ってスケさんは開封済みの手紙をプリンに渡す。
「はっ!封が破られているのです。アタチに来た手紙を勝手に開けるなんて失礼な。まったく信じられないのです!」
「・・・お互いさまじゃないか」
「何か言ったですか?」
「いや何も。でも見てごらんよ、あて名がスケさんプリンちゃんになってるよ。だからボクの助けを必要として手紙を書いたけど、キミをハブったらまた面倒なことになるからって、後から君の名前を追加して書いたんじゃないかと、まあボクなりに忖度して先に拝見させてもらったってわけさ。まあ結論から言えば、その選択は正しかったと言えるんだけど、たぶんキミは3分後には罠に引っかかるだろうから」
「ん?むぅ~っ・・・」
「まあ一度読み終えたら、黙ってボクの話を聞くことだね」
プリンは顔を真っ赤にしてご立腹の様子ではあったが、それよりも手紙に何が書いてあるのかという好奇心の方が勝ったようで、床の上に正座しなおすと開封済みの封書から便箋を取り出した。
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拝啓
スケさん、プリンちゃん
ふたりとも久しぶり~!
この間の旅は大変だったけど、楽しかったよ。
あれから私はヨンズ君を追いかけて、いまフェアリーランドに来てるんだけど、
こっちでちょっと大変な事が起こっててさ、ふたりに助けてほしいんだよね。
まあ私が直接そっちに頼みに行きたいところなんだけど、私は私で手が離せないからさ。
詳しい事はこっちで話すよ。そっちの方が手っ取り早いしね、キャハハハハ。
追伸
この手紙を読み終えたら
自動的にコチラへ転送されるよう魔法をかけておいたからあしからず。
それじゃあ、ヨロピク!
妖精のセプテンバーより
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「・・・ヨロピクって」
「あ!それを言っちゃったら・・・。だから言ったのに、読み終えたら黙って話を聞けって」
プリンの言葉にスケさんが反応したかと思うと、プリンの手元から青い光があふれだす。
「ほらね罠にひっかかった。そのヨロピクが転送の魔法を発動するカギだったんだよ」
「のぉ~!」
眩い光はプリンとスケさんを包みこみ、まもなく幼女とクロネコの姿はリビングから消えた。