3. 妖精姫は足跡を残す
誤字脱字を修正しました。
一部微修正も致しましたが、本筋には影響はありません。
「クラウス。いくら何でも遅くないか?」
「ああ。まさか倒れているわけでもあるまいが・・・」
リリが化粧室に行ってすでに30分以上が経っている。初めて来た王宮で迷っているのかと思ったが、それにしても遅い。
「化粧室に行ってみよう。万が一ということもある」
「俺も行くぞ」
「お前はここにいてくれ。行き違いになったらリリが可哀そうだ」
「私がここで待っていよう」
『アレッド殿下』
「リリ嬢を見つけに行くのだろう?私がここに残っているから二人で行ってやれ」
王族の席からホールに降りてきたアレッド王太子が側近である二人に声を掛けてきた。
「宜しいのですか?そんなことをお願いしてしまっては・・・」
「構わない。どうせ私はここから出られないからな。それより、リリ嬢が倒れていたりしたら大変だ。早く行ってやれ」
「クラウス、この借りは高くつくぞ」
「殿下、感謝いたします」
化粧室に向かうがさすがに中には入れない。どうしたものかと思ったところに、扉が開いて中から赤毛の女性が出てきた。
「まあ!セーヴル様。女性用の化粧室前で何をなさっていらっしゃるの?まさか私を迎えに来て下さった訳ではないわね。あら?、クラウス様ごきげんよう?」
「ああ!レチル!丁度良かった。中に女の子はいないか?クラウスの妹なんだが」
「クラウス様の妹君ですか?いいえ、どなたもいらっしゃいませんわ。私が入った時から今までどなたも」
「今まで誰もいない?」
「ええ。どなたもいらっしゃいませんわ。妹君は、今日デビュタントですわね?」
「はい。30分位前に化粧室に向かったのですが、まだ戻らないので」
「30分前に・・・私は15分位こちらで休んでいましたが、その間にどなたもいらっしゃいませんでしたわ」
「間違えて別の部屋に行ったか?」
「リリにはこの化粧室しか教えていない。今日初めて王宮に来たからどこかに行くことは考えられない」
「とにかく、一旦ホールに戻ろう。もう戻っているかもしれない」
「ああ」
クラウス、セーヴルとセーヴルの婚約者レチアの3人でホールに戻る。思った以上にここは人が少ない。ダンスが始まったのでホールに皆集まっているからか。
「あら?これは・・・」
角を曲がればすぐにホールの扉がある。
その廊下の曲がり角にある太い柱の陰に白い何かが落ちている。小さなそれは、白絹に白銀の糸で繊細な百合の刺繍がされている。
「リリの靴だ」
リリ・アンナ・グランデルク伯爵令嬢は、王宮のデビュタントの会場から忽然と姿を消した。
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暗い街道を3騎の馬が駆ける。
シリウス・スタンフォードは、本来ならば王宮から離れることはないはずだった。
宮廷近衛騎士団は王族のための騎士団であり、いついかなる時も王族を一番近くで守る。
しかし、今回はアレッド王太子直々に頼まれて隣国であるトウレンブルク国に国書を届けに行っていた。良い返事を貰えたこともあり、早く献上しようと早馬を駆っていた。
もう少しで城門というところで、2台の馬車がもの凄いスピードで出てきた。真っ黒な馬車で紋章は無く、外から中は見えないようにカーテンがぴったりと閉ざされていた。見覚えはないが、上等な貴族の馬車だ。
(今日はデビュタントの舞踏会が行われているはずだ。こんな日に城に出入りするのは貴族だけだが。尋常な様子ではなかった。)
「マルカム!トーレス!」
『はい。副団長何でしょうか?』
「今の馬車を追ってくれ。馬車がどこに行くか確認して教えてくれ」
「はい。突き止めたらトーレスが知らせに走ります」
二人の騎士は敬礼すると、今来た道を引き返し真っ黒な馬車を追跡し始めた。つかず離れず尾行をするはずだ。
「何もなければそれで良い」
そうつぶやくと副団長は王宮に向かって愛馬のスピードを上げた。
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「これは、リリの靴だ。何で片方だけこんな所に落ちているんだ」
「クラウス、これは異常だ。デビュタントに来た令嬢が靴を片方残してどこかに行くなんて考えられない。攫われた可能性がある」
「攫われた・・・」
普段は冷静沈着なクラウスが、茫然としている。しかしそれは一瞬のことであった。
「とにかく、殿下にご報告しよう。それから王宮内をくまなく探そう。あくまでも秘密裡に行うぞ」
「もし誘拐されたとしたら、すでに城外に出ている可能性もあるな」
「クラウス様、セーヴル様、私は女性しか入れない部屋等を探しますわ」
「いや、レチル嬢どんな危険があるかわかりませんから大人しくホールで待っていてください」
「レチル、気持ちはわかるが、ここは聞いてくれ」
「ご心配なく。私の出自はお忘れで?」
「そうだった。貴方は宮廷近衛騎士団の女性騎士だった。他の誰よりも心強い。セーヴル、お前の婚約者に頼んでもよいか?」
「レチルが言い出したら聞かないからな」
「それでは、レチル嬢よろしく頼みます」
ホールに戻ったクラウスはアレッド王太子の元に向かうと、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出し群がる令嬢達を一瞥する。只ならぬ空気にアレッドが気付いた。
「クラウス。頼んでいたことは分かったようだな。向こうで話を聞こう」
にっこりと紫の瞳を細めて、令嬢達から離れると、並んだクラウスに囁いた。
「リリ嬢はどうした?まだ見つからないのか?」
「それが、片方の靴を残して姿を消しました」
「はっ?消えた?どういうことだ?」
「化粧室にもおりませんし、柱の陰に靴が片方落ちていました。攫われた可能性があるかと思われます」
「王宮内で誘拐?そんなことができるか?どこかで休んでいるのかもしれない・・・」
「靴を片方落として、裸足で?」
「無いな。とにかく探せ。近衛と離宮の警備兵にも当たらせろ」
「ありがとうございます」
華やかな舞踏会が行われている王宮で、静かにグランデルク伯爵令嬢の大捜索が行われた。
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「ううっ。」気持ちが悪い。頭がくらくらする。
馬車の揺れと相まって何だか胸もムカムカする。うっすらと目を開けると向かいの席に黒ずくめの誰かがいます。
「目が覚めましたか?」
「あ・・あなたは?・・・」
声に覚えがあるわ。私の口に眠り薬のついたハンカチを押し当てて拘束した男の人の声。
「手荒な真似をして申し訳ございません。名乗ることはできませんので、お好きな名前で呼んでくださって結構です」
銀色の髪に、顔半分隠す仮面を着けている。男性にしてはやや小柄な感じですが、力が強いのは経験済みです。
「無理をしないでください。薬のせいで気分が悪いでしょう。まだ起きないほうが良いです」
そう言うと隣に移って水筒を差し出した。要らないというように首を横に振ると
「大丈夫です。これは只の水です。どうぞ飲んでください。気分が少しマシになります」
(要らないから・・・馬車を止めて頂戴・・・)
「馬車を・・・止めて・・・揺れが…吐きそうです・・・」
「お願い・・・」
「・・・・仕方ありませんね」
そう言うと彼は、コンコンと屋根を突き御者に馬車を止めるよう指示をしました。
「少しだけです。長居はできませんから」
「あ、ありがとう」
馬車が止まるとドアが開いた。固まってギシギシした体を起こすと、彼がエスコートして外に出してくれました。
肺に新鮮な空気が入り込んで少し気分が良くなった気がします。森の匂い?濃い植物の香りがします。周囲は真っ暗闇でここがどこか分からないですが、随分遠くまで来てしまったのかしら。
「暴れるのは辞めてください」
いや。そんな元気はありません。甘苦い薬の香りが口の中に残っているような感じがして、ムカムカがまだ止まりません。
「お水を頂けますか?」
「どうぞ」
水筒を受け取って、思い切って一口飲む。
「あ、冷たくて美味しい」
「ええ、この水筒は素焼きの入れ物なので、冷たさが続くのです」
「そうなのですね・・・ありがとう」
半分ほど飲んで残りの水筒を彼に返す。
「さあ。休憩は終わりです。馬車に乗って下さい」
「ここはどこなのですか?」
「教えられません。大人しく馬車に乗って下さい」
逃げることも、聞くこともできないこの状況に、私の頭はグルグルと動きます。きっとお兄様が私を探しています。どうしたら知らせることができるでしょう。
「さあ、リリ・アンナ嬢」
人違いでなく、私が誘拐されたことは確かなようです。どうしたら知らせることができるでしょうか。
「わかりました」
私はゆっくりと馬車に乗り込みました。
そして、片方だけ履いていた靴をそっと馬車の下に脱ぎ捨てました。
クラウスお兄様、どうか見つけて下さい。
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