2. 妖精姫は拉致されました
お話は2年まえに遡ります。
誤字脱字、一部微修正致しました。
本筋に関わる修正ではありません。
2年前のデビュタントでついた渾名が妖精姫でした。
同じ15歳の少女達と初めて国王主催の舞踏会にご招待頂き、淑女の仲間入りをしました。エスコートはクラウスお兄様にお願いしてデビュタントの証である白いドレス(お母様渾身のチョイス)でデビューを飾ったのです。
クラウスお兄様はいずれグランデルク伯爵を継ぐ上に、宮廷で王太子様の補佐をしていることもありますので、男女問わず一目置かれている立場ですわね。ホールに入場したときに女性陣のため息が聞こえました。
それに、私達は良く似た兄妹であると言われています。お父様似の明るい栗色の髪と少し神経質そうな銀色のモノクルが何というか・・・とにかくイケメンの呼び名も高く、更に婚約者がいない独身ということもあり、王太子様、シリウス様に次ぐ最優良物件と社交界のお嬢様方から羨望の目で見られています。
そんなお兄様と二人で初めて揃っているものですから、まあ、かなり目立ちますよね。嫉妬と羨望を浴びながら、私は何も気づかず初めて見る豪華絢爛な王宮広間に眼を奪われていました。
「クラウスお兄様、ファーストダンスの後は王族の皆様へのご挨拶でしたわね?」
「そうだよ。家は順番から言ったら早いほうだから、ダンスが終わったらすぐに向かおう」
「はい。そう致しましょう」
お兄様に手を引かれて王族の前に並びます。それぞれ並んだお嬢様達が順番にご挨拶していきます。中央の王座にはハイベルク国王様、左隣にはステーシア王妃様、右隣にはアレッド王太子がいらっしゃいます。
私達の番になって、お兄様がご挨拶と私の紹介をして下さいました。
「陛下、王妃殿下、アレッド王太子殿下、グランデルク伯爵家の長女で私の妹、リリ・アンナ・グランデルクでございます。今夜はお招き頂きありがとうございます。さあ、リリご挨拶を」
「お初にお目にかかります。リリ・アンナ・グランデルクでございます。以後お見知りおきを」
この時のために厳しいお母様から特訓を受けた淑女のカーテーシーでご挨拶します。
「よく来た。クラウス自慢のグランデルクの娘よ。顔を上げなさい」
王様の言葉にゆっくりと顔を上げる。そしてこれまた渾身の初々しい笑顔を向けて甘やかに微笑んだ。
「なんと。まるで ≪妖精姫≫ のようではないか?グランデルク伯爵家の手中の珠と大事にされているだけのことはある。ステーシアそう思わないかね?」
「ええ、本当に可愛らしい。月明りから生まれた ≪妖精姫≫ のようですわ。リリ、お会いできてとっても嬉しいわ。クラウスからデビュー前は、絶対会わせないって言われていたのでとても楽しみにしていたの」
「もったいないお言葉。ありがとうございます王妃様」
「クラウス。私にも ≪妖精姫≫ を紹介しておくれ」
アレッド王太子様がお兄様に向かってちょっと笑いながら声を掛けられました。何だか口調が砕けている感じがします。でも、隣にいるお兄様の空気がピリッとした感じがしたような。何?
「リリ、こちらはアレッド王太子殿下だ」
「?初めまして。リリ・アンナでございます」
王太子様は、サラサラの黒く長い髪がお似合いになる美しく神秘的な方でした。紫色の瞳がすっと細められて揶揄うようにおっしゃいました。
「クラウス。そんなに牽制しなくてもいいよ。今はね」
「最初が肝心ですので」
「?」
「我が家だけで皆様を独占する訳には参りませんので、これにて失礼させて頂きます」
「ゆっくりと楽しんでいきなさい」
「リリ。今度は私のお茶会にもぜひいらっしゃいな」
「ありがとうございます」
再度カーテシーをして王族の皆様の前から退く。
「リリ・アンナ。またね」
アレッド王太子様は片目を瞑って私にだけ聞こえる小さな声でおっしゃいました。
緊張したファーストダンスと王族へのご挨拶を終えて、ほっとしたところで金色に輝くシャンパンを貰ってホールを移動します。
「疲れただろう?大丈夫か?」
「ええ、やっぱり緊張しましたわ。ダンスもお兄様がリードして下さったから凄く踊りやすかったです。ありがとうございました」
「陛下も威厳があって素敵ですわ。王妃様もとってもお綺麗でした。艶やかな黒髪に真珠の飾りがお似合いで・・・そういえば王太子様は王妃様に似ていらっしゃいますのね。神秘的な美しい方ですね」
「・・・・・」
「お兄様?」
「いや何でもない。この後沢山ダンスの申し込みがあるだろうが・・・」
「嫌なら断ればいい。足を痛めたと言えば無理強いはされないから」
「踊らなくてもいいの?」
「誰でも良いという訳にはいかないからな」
コクリ。とシャンパンを飲むとやっと落ち着いてきました。クラウスお兄様が隣にいるお陰か、遠巻きに視線は感じるもののダンスのお誘いはまだありません。テーブルにある王宮特製のプティフールが華やかに銀台を飾っています。美味しそうですわ。
「お兄様、少しお菓子を頂いても良いかしら?とっても美味しそうですもの」
「ああ。王宮菓子技師の渾身の作と聞いている。少し待っていなさい。私が取ってこよう」
「ありがとう。お兄様」
お兄様はそう言うと私から離れていきました。お兄様!ピスタチオの載った物を必ずお願いしますね!
「これは美しいお嬢様、お名前を伺えませんか?」
ゲッ。お兄様が離れてからまだ2秒ほどです。早速お声が掛かりましたよ。お兄様バリア侮れません。
「・・・・」
「ああ、これは失礼しました。私はセーヴル・タンザールと申します」
「・・・・」
「タンザール侯爵家の長男で、貴方のお兄様のクラウスとは同僚になります」
「お兄様の同僚ならば、私の名前はご存じなのではありませんこと?セーヴル様」
「貴方の声で教えて頂きたかったのですよ」
「何をしている。セーヴル」
「『クラウス』お兄様」
お兄様はお菓子の載ったお皿を私に差し出しながら、私たちの間に滑り込みました。
「おいおい、ただ声をお掛けしただけだぞ。お前がいなくなってすぐに周りがざわついたから、俺が防波堤になっていたんだろうが。感謝してほしい位だ。」
「それはすまなかった。リリ。こちらはセーヴル・タンザール。侯爵家の長男で、私と同じくアレッド王太子付きの一人だ。王立大学の同期でもあるし、立派な婚約者もいるから安心していい」
「そうそう。安心していーよ」
ちょっと軽そうな感じの方ですが、鳶色の瞳がとても優しそうです。お兄様も少し寛いだ雰囲気になりました。
クラウスお兄様とセーヴル様に囲まれて王宮菓子を堪能しております。
うん。とっても美味しい。さすがはお兄様。私の好みをご存じですわね。ピスタチオクリームの美味しいことと言ったら!!これならあと10個は行けそうですよ。お土産に頂きたいくらい。
「???」
何か視線を感じます。とっても強い視線を感じます。
「ふむ??」
お皿を持ったままキョロキョロする訳にはいかないので、様子を見ようと体の向きを少しずつ変えます・・・が、気のせいでしたか?自意識過剰でしたか?恥ずかしい!
「どうした?リリ、顔が真っ赤だが?」
「具合が悪いのか?熱でもでているのか」
セーヴル様が私の額に手を触れようとしましたが、バシッ!とお兄様は無言でその手を叩きました。
「イタッ」
「お兄様たらっ!セーヴル様大丈夫ですか?」
「まったくクラウスのシスコンには参るね。大丈夫だから気にしないでね。リリ嬢」
「本当に何でもないのか?リリ」
「大丈夫ですわ。少し人混みに中ったみたいです。汗が気になるのでお化粧直しに行って参ります」
「分かった。ここにいるから直ぐに戻ってきなさい」
「はい。セーヴル様、失礼いたします」
気分を切り替えるため、化粧室に向かって歩きます。女性用の化粧室はホールから少しだけ離れたところ。でも迷うほどでもなく、真っすぐに向かえば5分も掛からないです。
しかし、事件は起こりました。
「リリ・アンナ嬢」
不意に名前を呼ばれました。
「!?」
角を曲がってすぐの太い柱の陰から声を掛けられ、振り向こうとしたところで口を塞がれました。
「ウッ!ウ、ウウ×××!?」
「お静かにお願いします。大人しくして頂ければ無体なことはしません」
いや!口を塞がれていること自体すでに無体なことされています!
誰?口を塞ぐハンカチの香りにクラッとしますが、息を詰めて後ろにいる人の顔を見ようともがきます。でもしっかりお腹に回された腕はびくともせず、もうこれ以上は息が続かない!と息継ぎをしてしまいました。
甘苦い香りが一気に頭の中を巡ってしまい、意識が引っ張られるように薄れてきました。抑えられた口元の手に爪を立てて最後の足掻きをします。昨日研いだばかり(?)の淑女の武器よ。
「痛っ!」
「まだ意識があるのか・・・」
別の声が聞こえたその瞬間に、私は意識を手放しました・・・。
面白かった。続きが気になると思って頂けましたら、
広告下の評価ボタンを押して下さると励みになります。
ブックマークしてくださった皆様もありがとうございます。