15. 妖精姫は清々しい朝を迎える
誤字脱字、一部微修正しました。
「記憶が・・・無くなっているとは?」
いち早くクラウスが我に返ってバネットに詰め寄った 。伯爵はよろよろとソファに崩れ落ちたように座り込んだ。
「リリ様は、デビュタントの途中で体調を崩し、屋敷に帰ってから今朝までずっと床に就いていたとおっしゃるのです。全く、いつもと変わらないご様子でそうおっしゃっているのです」
「王宮で攫われたことは、覚えていないというのか?」
「はい。全く。デビュタントの途中で帰ってしまいとても残念だったと。それでも陛下たちにご挨拶できただけでも良かったとおっしゃています」
「昨夜帰ってきて、眠っていただけだぞ。なぜ、一昨日から昨日までのことをすっかり忘れているのだ」
「とにかく、リリに会いましょう。会って様子を見てみましょう」
そう言うと、伯爵、クラウス、バネットがリリの部屋に急いだ。
3人がドヤドヤとリリの部屋の前に来ると、丁度伯爵夫人が扉をノックするところだった。
「母上!」
「あら、あなた、クラウス。バネットまで。どうしたの血相を変えて」
「母上、リリに会うのはちょっとお待ちください。ショックなことがあったのですから、まず落ち着いているか私が様子を見て参ります。父上と母上は朝食にしまよう。大丈夫であればリリを連れて参りますから。父上、母上に事情をご説明して下さい。バネットはお二人をダイニングルームに案内してくれ」
伯爵は、夫人の手を取るといつになく急ぎ足で歩き出した。そして、振り返ってこう言った。
「クラウス。無理してはならん。リリに負担を掛けるでないぞ」
「でも、元気な顔を見せて欲しいわ。少しでもいいから食べさせないと・・・」
「承知しております」
クラウスは伯爵とバネットにそっと目配せをした。
3人を見送ってから、リリの部屋の扉をノックして声を掛けた。
「リリ。起きているかい?私だ。入ってもいいか?」
「おはようございます。クラウスお兄様。はい。どうぞお入りになって下さいな」
リリは、ふんわりした薄いブルーのワンピースに着替えていた。そしてドレッサーの前で侍女に美しいプラチナブロンドの髪を梳かれていた。朝の光を浴びて本当の妖精のように見える。
「ごめんなさい。お兄様、まだ支度が終わっていなくて」
ドレッサーの鏡越しに申し訳なさそうな顔をしたが、それさえもとっても可愛らしい。
「いや、すまない。私が心配になって来てしまったのだから。ところで、リリ、体の調子はどうだ?変わりはないか?」
「ええ。とっても良いですわ。やはり2日も寝ていたお陰でしょうか。すっきり目覚めました」
「2日も寝ていたのだね?」
「そうですわ。デビュタントを途中退場してからずーっとですもの。あの時はあんなに体調が悪かったのに今はすっかり回復しました」
「・・・・・」
「お兄様?どうされました?」
「いや。元気になって良かった。さあ、お腹が空いただろう?朝食に行こう。父上も母上も待っている」
クラウスはリリの手を取ると自分の肘にそっと置く。エスコトートするクラウスに、にっこり微笑み並んで歩く。
「デビュタントでもこうしてお兄様と歩きましたわね」
「そうだね」
「残念だったわ。ダンスも1回しか踊れませんでしたもの。でも、王族の皆様にご挨拶できただけでも良かったですけど・・・」
「・・・・リリ、陛下に ≪妖精姫≫ と呼ばれたのは覚えている?」
「ええ。恐れ多いですし、照れてしまいます」
「あはは。アレッド殿下にお会いした時、何か言葉を掛けられた?」
「・・・・? う~ん。特には?無いと思います」
「そうか。それなら良かった。アレッド殿下はフザケル時があるからな。相手にしなくていい」
「まあお兄様ったら、それでは王太子様に失礼ですわよ?」
他愛の無い会話をしながら、クラウスはリリが嘘を吐いている訳でも、冗談で言っている訳でもないことを理解した。
(誘拐されたことを覚えていない。というか、記憶を上書きされている)
1階の広いダイニングルームには明るい朝の光が溢れている。先に席に着いていた伯爵夫人は、夫からの説明を聞いて驚きはしたが、娘を動揺させないようになるべく平静を保つようにしていた。
「リリ、おはよう。体の調子はどうだ?変わりはないか?」
「おはようございます。お父様、お母様。体はすこぶる調子が良いですわ」
「おはよう、リリ。そうね、顔色はとっても良いようね」
両親の傍に近づき、チュっと頬に朝の挨拶をする。
「おはようございます。父上、母上。リリはそう言っていますが、2日間も寝ていたのですから本調子とは言えません。今日は部屋でゆっくり過ごさせましょう。ぶり返しがあるといけないですから」
「あら、お兄様。ずっと寝ていたから、体が鈍ってしまいそうですわ」
「リリ、だめよ。今日1日は大事をとって大人しくしていなさい。お部屋で私と一緒に読書でもして過ごしましょう」
夫人は柔らかい白パンを優雅な手つきで口に運びながら、逆らえない雰囲気で釘を刺した。
朝食が終わると、リリは侍女のマーサに伴われて部屋に戻って行った。後に残った伯爵夫妻とクラウス、バネットは今後のことを考えた。
「クラウス、リリは何と言っていたのだ」
クラウスは、リリから聞き取ったことを3人に伝えた。一昨日のデビュタントで、ダンスをして王族への挨拶を済ませた。その後直ぐに体調を崩して屋敷に帰って来ると、そのままベッドに倒れこみ今朝までずっと寝込んでいたと。
「それでは、攫われたことも、パルマン辺境伯の屋敷に囚われていて、昨日救出されたことも覚えていないということか?」
「そういうことになります」
「シリウス様にお助け頂いたことも?姫抱きされてお部屋に運んで頂いたことも?」
「そんなこと、覚えている価値はありませ(ん)!?」「クラウス。貴方はダメダメです!」
最後まで言い終わらない内に母からダメ出しが入った。
「とにかく、今はリリの記憶が無いことを王宮に報告して、これからのことを相談します」
「私は王宮に行ってアレッド殿下にご報告してきます。バネットは、シリウス・スタンフォードにリリへの聞き取りは中止して王宮に来てくれるように使者を出してくれ。」
「かしこまりました」
「父上と母上はとにかくリリの傍を離れないでください」
そうしてクラウスは、グランデルク伯爵邸を更に厳重に警備させると、王宮に向かって馬車を走らせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラウスが王宮のアレッド王太子の部屋に着くと、すでにシリウスとセーヴルが待っていた。
「殿下。昨日は大変ありがとうございました」
「いや、挨拶はいい。今日シリウスが伯爵邸に行くはずだったろう?何かあったのか?」
極親しい者だけの部屋で、側近の3人に囲まれてアレッドは少し砕けた言い方をして問うた。
「実は、昨夜我が屋敷に不審者が2人侵入しました。1人はメイドに扮した女で、もう一人はどちらか分かりませんがベランダから侵入されました」
そして、伯爵邸での昨夜から今までの一部始終を説明した。
聞いていたアレッドは、こめかみを抑えて聞き返した。
「なぜ、リリ嬢の記憶が変わってしまったのだ?」
「多分、想像でしかありませんが、リリは寝ている間に催眠術か何かを掛けられたのではないかと思われます」
「ありえるな。クラウス、侵入者はリリ嬢の記憶の上書きをして、誘拐事件を無かったことにしてしまったということか」
「ええ。我らに残されたものは、パルマン辺境伯の屋敷、ドレスと靴、首謀者の一人と思われる銀髪の青年の姿、そしてリリの記憶です。一番情報量が多いリリの記憶を封印されたのは大きな損失です」
「そういう訳でシリウス、悪いがリリへの聞き取りは中止にしてくれ。記憶が無い以上、リリが混乱してしまう」
「それは判った。リリ嬢への聞き取りは止めよう。別の方向から調査を進めることにしよう」
「すまない。よろしく頼む」
そしてパルマン辺境伯の屋敷から、逃亡犯を追った第二騎士団からの報告をシリウスが読み上げた。そこには、屋敷の裏側に配備されていた警備兵たちは、上から撒き散らされた睡眠薬を吸い込んで眠ってしまったらしいこと。
そして、道に残された跡から、2台の馬車と数騎の馬で逃亡したらしいこと。逃げた道の先にあった橋は、途中を巧妙に落とされてそこから先は追うことができなかった。彼らが進んだ道は地図にも載っていない新しい道だった。
「まるで、リリ嬢を王宮から攫って軟禁し、傷一つ付けることなく救出させることが目的のようではないか」
「もしかしたら、それがホントの目的かもしれませんよ~」
それまでじっと話を聞いていたセーヴルが口を開いた。
「すでに、グランデルク伯爵家のご令嬢が事件に巻き込まれたらしいという噂が広がっています。デビュタントで、陛下や王妃様、アレッド殿下の覚えもめでたく ≪妖精姫≫ と称えられたご令嬢が忽然と姿を消したんだし。その後直ぐに、殿下にクラウス、私達も消えて、宮廷近衛騎士団もどこかに行ったんだから気が付く者もいるよ」
「それにさ、デビュタントでグランデルク伯爵家の兄妹は目立ちまくっていたしね」
「噂は悪いもの程広まりやすいからねぇ。今回は、それが目的っぽく感じるねぇ」
セーヴルが止めを刺した。
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