14. 妖精姫は2回目の役得を盗まれた
誤字脱字を修正しました。
ドンドンドン!!
激しく扉が叩かれる。クラウスは何事かと仮眠していたソファから飛び起きた。
「どうした!?」
「クラウス様、不審者が入り込んだようです!」
慌てて扉を開けると、警備に当たっていた従者が青い顔で立っていた。
「リリは?リリは大丈夫か!?」
「はい。リリ様はぐっすり眠っていらっしゃいますが、部屋に不審者が入り込んだ形跡がありました」
「はあぁ・・・。無事だったか・・・」
クラウスはリリの寝室に向かって走っった。昨日の今夜で、屋敷にまで入り込んでいるとは何者なのだ。屋敷の内外には、屋敷の従者のほかに市中の安全を警備する第二騎士団も配置しているはずだ。その警備の隙をつくとは何者なのだ。
リリの部屋に着くと、そっと扉を開けてベッドに近寄る。淡いランプに照らされてリリの寝顔が見える。
(ぐっすり眠っている)
クラウスは、そっとリリの頬を撫でる。
(温かい。苦しんでいるようには見えないな)
リリの無事を確かめると、入ってきた時と同じように静かに部屋から出た。
警備に当たっていた従者と、第二騎士団の騎士、執事のバネットがクラウスを囲んでいた。
「どういうことだ?何があったか報告せよ」
執事のバネットが代表して口を開いた。
「実は、屋敷の中に不審なメイドが入り込んでいました。そして、リリ様のお部屋にベランダから何者かが入り込んだようです」
「何だって?詳しく申してみよ」
クラウスは、ギッリっと奥歯を噛み締めた。
扉の前にいた従者が、一歩前に出て報告する。
「はい。一刻程前になりますが、寝室の水差しを交換しに来たメイドがいたのです。しかし、そのメイドが扉の前で水差しを落としてしまい、割れたガラス容器と水浸しの廊下を片付けるため掃除道具を取りに行ったのですが・・・結局戻って来ることはなく」
第二騎士団の騎士が続きを引き継いだ。
「屋敷の周囲を巡回していた者から、リリ嬢の部屋のベランダからカーテンが揺れ出ているとの報告を受けました」
「ベランダの窓が開いていたということか」
「はいそうです。それを伝えに来た時に、扉の前の廊下を片付けている彼等を見つけたのです」
「部屋に入られた形跡はあるが、リリは無事だったか・・・?」
「リリ様のお部屋からは特に物音は聞こえませんでした」
「・・・・・」
クラウスは、腕組みをしながら聞いていたが、バネットに向かって問うた。
「帰ってこなかったメイドというのが不審者か?。我が家の使用人では無かったのか?」
「はい。今夜のリリ様のお世話は、私がすることになっておりました。ですからメイドが水差しを交換するために、リリ様のお部屋を伺うことなどありません」
「とすれば、水差しを落としてガラスを割り、水浸しにして警備の気を逸らされたか。そして、その間にベランダから侵入されたということか・・・」
クラウスは首を捻った。しかし、何のために?リリは何事も無いようにぐっすり眠っていた。
「とにかく、夜明けまでもう少しだ。警備を怠るな」
屋敷の中まで入られるとはどういうことだ。それも二人?女と男なのか?我が家の警備は大丈夫なのか。父上に進言しなくてはいけないと感じる。少し緩いのではないかと。
誰かに呼ばれたような気がしました。すーっと深い海から浮き上がるような感覚もします。でも、お布団は温かく、私の体は意識とは逆に柔らかく沈み込んでいます。
(だれ・・・?私を呼んでいるの?・・・)
とっても優しい声で、何度も呼ばれているような気がして思わず返事をしました。でも、声になっていたでしょうか・・・。
耳元で囁くその声は、聞いたことのある声の様な気がしますが、忘れていいと言っています。昨日のことはすべて忘れていいと。
そして、私は昨日はデビュタントに行ったもののすぐに帰って来て・・・ずっとベッドで寝ていたと・・・
・・・・そうでしたの・・・折角のデビュタントでしたのに、残念です・・・・
とっても悲しい、寂しい気持ちになりましたが仕方ありません。体調が悪くては舞踏会も何もありませんものね。
そんな私の気持ちを察したのか、声の主は優しく頬を撫でると何かを約束するように私の額に温かい印を落としました。
何だか、初めてではない感じがしますが、そう感じたのはほんの一瞬のことでした。
「案外簡単でしたね?危機意識足りないですよね」
さっきまでメイド服を着ていたはずの若い女だった。脱いだメイド服を小脇に抱えて走りながら、隣を並走する銀髪の青年に声を掛けた。
「そうだね。でもそのお陰でリリ嬢に会えたから。良かったよ」
暗闇に紛れて2人の人影が移動する。王都でも有名な高級娼館の前まで行くと隠し門が小さく開く。奥の馬車寄せには1台の馬車が停まっている。派手で華美な高級娼婦が使う馬車のようだ。2人は戻りました。と小さく声を掛けて中に入る。
様子を見ていた御者が馬に鞭を入れた。
「よし、じゃあ行くか。しばらく王都とはお別れだ」
そう馬車の中に声を掛けると、静かに馬車を操って正面の門に向かう。
「ああ、そうだ。もういらねえな。これ」
胸元から何か取り出して、少し名残惜しそうに目を細めると、ヒュッと後ろに放り投げた。
ひらりと仮面が宙に舞った。
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スッキリと目覚めた私は、枕を背に半身を起こしていつものように侍女のマーサを待ちます。
「リリ様。おはようございます」
執事のバネットが入って来ました。あら?珍しいこともあるものです。いつもは私付きの侍女のマーサが朝の準備に来てくれるのに。
バネットは私が生まれる前からグランデルク伯爵家の執事をしています。厳しい執事ですが、私には甘々だとお兄様がおっしゃいます。今朝は何か特別なことがあったかしら?
「あら、バネット。おはよう。今日はどうしたの?貴方が来てくれるなんて。何だか特別な朝のようだわ」
「リリお嬢様、ご気分は如何ですか?良くお眠りになれましたでしょうか?」
紅茶の良い香りが辺り一面に漂います。バネットが直々に紅茶を淹れてくれていますわ。バネットのお茶は最高に美味しいのですが、何より私は彼が紅茶を淹れる姿が大好きです。背筋がすっきり伸びて指先まで優雅な所作は一流の執事だと納得できます。
「リリ様?」
おおっ。見とれていたのを隠しながら、笑顔いっぱいに答えましょう。
「とってもいい気分よ。体調が悪かったのが嘘のようですわ。さすがに2日も寝ていたからかしらね」
「体調がお悪かったのですか?戻られた時には特におっしゃっていませんでしたが?」
ティーカップを受け取った私は、バネットの心配そうな顔に違和感を感じました。
「あら、だってデビュタントの舞踏会の途中で気分が悪くなって帰って来たでしょう?それからずっと寝込んでいたのですもの。でも、今朝はとっても気分がいいのよ。治ったのね」
彼を心配させないように、私は明るく、努めて明るく言いました。
「デビュタントを楽しむことはできなかったけど、病気には替えられないわ。陛下たちにはご挨拶できましたから、良しとしましょう」
「リリ様、一昨日から今朝までずっと体調不良で寝ていらしたのですか?」
「そうよ。デビュタントを途中退場なんて一生の不覚ですわ。何か変な物でも口にしたかしら?覚えていませんけど・・・」
温かい紅茶を飲みながら考えていると、バネットの視線に気づきました。
バネットは妙な顔をして私を凝視しています。どうしたのですか?今まで見たこともないバネットの表情に私は心配になって声を掛けようとしました。が、
「リリ様、侍女のマーサを呼んで参りますので、もう少しごゆっくりなさいませ。それでは失礼させて頂きます」
そう言って慌てたように部屋から出て行ってしまいました。本当に今日はどうしたのでしょう。
初めて見たバネットの慌てた姿が新鮮で、私は少しニマっとしながら紅茶を飲み干しました。
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伯爵は、クラウスから昨夜の不審者侵入のことを詳しく報告を受けていた。警備をしている屋敷に2人?も侵入されたのだ。幸いにもリリは無事だったようだが全く目的が判らない。何の為に危険を冒して忍び込んできたのか。
「旦那様!、クラウス様!」
バネットが執務室に慌てたように入ってきた。いつもの落ち着いて冷静な執事の様子では無い。
「何だバネット。リリに何かあったのか?」
伯爵が椅子から立ち上がった。向かいのソファに座っていたクラウスも厳しい表情になった。
「旦那様、リリ様が・・・ゲッホ、ゲホ!」
「どうしたというのだ!?」
クラウスがバネットに近づき、落ち着くように背を摩る。涙目のバネットがクラウスに礼をとると、一呼吸おいて言った。
「リリ様の記憶が変わっています!」
「「はっ!?」」
伯爵とクラウスが口を開けて呆けた表情をした。意味が解らないという顔だ。
バネットは2人を見つめてもう一度、ゆっくりと言い直した。
「リリ様には、誘拐された記憶がございません!」
「「記憶が無くなってる!?」」
伯爵とクラウスは顔を見合わせて叫んだ。
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新しく、「異世界エステティシャンは、王室御用達」も始めました。
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