始まりの日-2-
てっきり向こうからアクションを仕掛けてくると思ったが、そうではなかった。
放課後を迎えてから、カップヌードルが美味しく食べられる時間はとうに過ぎている。
俺は、帰り支度を済ませ、自分の席で男子高校生のオブジェと化して、黙って待っていたのは5分ほどだ。
その間に、一つ事件があった。
ガシャン
不快で耳障りな音、とまでは言い過ぎなくらいに不快な音が俺の近くで鳴った。
俺の机を誰かが蹴った。
「あんま調子に乗んなよ。根暗くん」
クラスメイトの田島が、そう真顔で言い残して、俺からスタスタと離れていった。
俺は少しムッとしたが、それだけだ。
高校に入ってから、こういうことに大分耐性が付いてきた。
田島が去っていくと、周囲の人間はこちらを注目するのを、スイッチを入れ直した様に、辞めてくれた。
俺は天使コスプレの女がいるはずの後方へ、余り、あからさまにならないように目線をやった。
天使コスプレの女は、田代や深田と談笑している。
田代が下品な笑い方で”マジウケるでしょ、それでね”と騒がしい話し役者で、天使コスプレと深田は相槌を打つ聞き手に徹していた。
意識したことがなかったが、この風景は教室で何度も見た記憶がある。
天使コスプレの女は、橘 美月の役を演じているのが、見てとれる。
天使コスプレの女は、話に集中しているのか、俺に気を向ける様子はない。
俺は目線を外すと、椅子の背もたれに寄りかかり足を行儀悪く広げ、伸ばした。
(帰りてぇけど、流石に帰るのはまずいよなぁ)
異常事態が発生している。
これで、俺が全く関与してなかったり、少しの関わりなら放っておいていい。
が、今回はどうもそういう訳にはいかなそうだ。
(そうか、逆だな)
(俺が教室に残ってると、あの女はアクションを起こせないんだ。多分)
(教室では橘 美月の振りを続けなきゃいけねぇもんな。だから、人に見られそうにない場所に俺が移動すればいいって話だな)
(また、さっきみたいに時止めりゃいいのに……)
俺は、勢いをつけて立ち上がり、そのまま教室の入口に足を進めた。
さて、どこへ行こうかな。
とりあえず、家路を目指すとするか。
どうせ家には帰らなきゃいけないんだから、その方が、効率がいいだろう。
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「ぜえぜえ……君、すごいね。家に帰ろうとするなんて、正気?」
もうすぐ家に着こうかという、家の近所のトンネル内で、天使コスプレの女から声をかけられた。
”おっ、ようやく来たか。遅かったな”
「遅かったな……じゃ、ないわよ。一体どういう神経してるのかしら?親の顔が見たいわね」
”残念ながら、両親はいねえから、もう会えないよ。遺影くらいなら、家で見せてやってもいいぞ”
「遠慮しとくわ……そういえば、そうだったわね。私も無神経だったわ。ごめんなさい」
天使コスプレの女は意外にも、しおらしい態度を見せた。
”まあ、そんなことより、色々説明してくれよ。お前が誰で、なんで橘とすり替わって、そしてなんで俺に変な手帳を渡して、死刑宣告をしてきたのかをよ”
「質問が多いわね……それに死刑宣告なんてしてないわよ」
”それと全く同じ意味のことをお前は言ったんだよ”
トンネルの上を阪神電車が通って、煩い音と、振動がトンネル内に溢れた。
電車が通り過ぎて、天使コスプレの女は言った。
「じゃあ、仕方ないからもう少しだけ説明してあげるわね」
高飛車な態度で、一体どれだけ甘やかされて育ってきたんだ、と俺は思った。




