オマエダレヤネン
『おはようございます、ケンタ様。今日から貴方は勇者となりました。了承される場合は、此方になにかしらの合図を送ってください』
ーーーーーー勇者ぁ?なーに言ってんだか...ま、どうせ夢だろうし、夢のなかでぐらいかっこよくいたいよなあ......よし、分かった!俺、勇者になるわ!!
『ありがとうございました、勇者。尚、この世界の魔王を倒さなければ、貴方は元の世界へは戻れません。あしからず』
ーーーーーー元の世界?どういうことだ?これは夢のはずで...やべ、なんかこれはあかんフラグ立ちましたわ。...でもまあいつも陰キャラしてる俺がこんなファンシーな夢を見るはずが...。
『それでは勇者。健闘を祈ります』
ーーーーーーそれ、美少女ヒロインに言ってほしいヤツ。てかお前誰だよ...って、うおぁ!?
〇〇〇
「ーーーーまぶっ!ってここは...っと」
目が覚めたら、そこはいつも目にする光景とは全く別物の景色だった。
「家...だよな?ってことは...」
自分が寝ていたベッドから身体を起こし、この部屋の出入り口となっていそうな扉へ向かう。
「ケンタっ!なにやってるのよ、まさか寝てるんじゃないでしょうね!?っもう、入るわよ!」
ガチャッ
「ほああああああ!!」
「きゃあああああ!!」
突然、目の前にあった扉が開き、それが俺の顔面に激突する。
その突然の痛みと驚きが合わさって、らしくもない叫び声をあげてしまう。
扉があまりの勢いで開いたため、俺は激突後、後ろへ吹き飛んだ。そして、同時に聞こえた女の声。
...ん?今の声、どこかで聞いたことがあるような...。
「...クーミル?」
そう、今の女の声は俺の幼馴染みであるクーミルの声に酷似していたのだ。
「き、急にどうしたのよ。っていうか、驚かせないでよ!起きてるんだったら返事ぐらいしなさいよね!!」
そして、扉の向こうから現れたのは、俺の予想通り、クーミル・マイゼンーーーー似の美少女だった。
は?誰この美少女。こんな子知らないんですけど。
「何ボーッとしてんのよ。…まあいつもの事か」
おいクーミルこら。
というか、これは由々しき事態である。
なんか幼馴染が超絶美少女になっているのである。
ケンタの知るクーミル・マイゼンという少女は、まあ平均よりちょっと顔面偏差値が高いだけでここまで美少女ではなかった。
けど変わっているのは見た目だけのようで極悪な性格はまるで変わっていない。ちょっと安心した。
「ケンタ、聞きなさい」
クーミルの容姿に心の整理をしていると、ずいっと顔が引き寄せられるのを感じる。
そしてクーミルの声がすぐ耳元で聞こえる。
───ヤバい、何されるんだろう。アイツの性格なら突然オレをキュッとしてきてもおかしくない。コイツはそういう性格だ───
普通はこういうのにドキドキとかの一つもするのかもしれんが、コイツに対してはいつ絞められるかが分からない恐怖のドキドキしかない。
「魔王を倒しに行くわよ」
………………………………は?
「ごめんちょっと何言ってるか分かんない」
「なに?絞められたいのアンタ」
ほらそういうことすぐ言う。そういうところだぞ!
「今日もね、ウィズ様の所へ行ったのよ。そしたら『魔王を殺さなければこの国は滅びます。というか早く魔王を殺してください』っていうお告げがきたのよ。だから一刻も早く魔王を締めに行かなきゃ行けないの。わかった?」
マジで女神ウィズがそんな事言ったのか?魔王への殺意ヤバすぎだろ。
「色々突っ込みたいこと満載なんだが…敬虔なウィズ教徒のお前が女神ウィズに関することで嘘はつかないしなあ」
一応オレって勇者に転生したっぽいし、いずれは勇者っぽい事しなきゃならないんだろうけど。
っていうか、
「お前、職業は?」
「は?これから決めに行くんでしょ、何言ってんの締めるわよ」
幼馴染がすぐオレを殺しにかかろうとするのは置いといて…コイツ、職業決まってないのか?
「っていうか、あんたも職業決めてないじゃない」
「いやいや、オレにはちゃんと『勇者』って職業があるから」
「はぁ?『勇者』っていうのは飽くまで肩書きでしょ。勇者だからって特別剣技に優れてるとかってわけではないわよ」
………………………え。
「それはつまり……………今の状態では只の一般人と変わらないってことか?」
「そういう事ね」
マジかよ神様。魔王に拳で殴りかかれって言ってんのか。
「……じゃあ勇者でも強いわけではないの?」
「当たり前でしょ。今代勇者のアンタが死ねば次代の勇者が適当に選ばれるだけだし」
あのさ神様。主人公補正とか勇者補正って知ってる?
勇者とかのヒーローっていうのは基本補正が必要なんだよ。
…クソ、次会ったら絶対文句言ってやる。
「まあいいわ。ギルド行くわよ」
〇〇〇
ギルドはケンタの家から近くにあり、徒歩で10分程である。
ギルドの中は他の冒険者たちでガヤガヤしており、とてつもなく酒臭い。
──あーこれこれ。なんかRPGやってるって感じするわあ──
ケンタがそうしみじみと思っている間にも、クーミルは受付に向かってスタスタ歩いていく。
受付員は二人おりその内の、ネームプレートに『アリシア・オース』と書いてある女性の方に向かう。
「すみません、冒険者志望の者ですが」
「こんにちは、冒険者志望の方が…二名ですね。冒険者証をお作り致しますので、まずステータスを調べましょうか」
なんか一瞬アリシアさんに蔑みの視線を向けられたのだが。確かに今のオレの図は女の子に頼りきる情けない男と言う感じだろう。まあ上下関係的にはそれであってるけどなんかその視線は腑に落ちないんですが。
するとアリシアさんの横から巨大な装置を持った男が現れる。ネームプレートには『アトラス・シージア』と書いてある。もう一人の受付員だろう。
アトラスさんはその装置を受付の台に置く。これがステータスを測る装置なのだろう。
まずはクーミルからステータスを測ることになった。その結果から選べる職業が変わってくるらしい。
結果から言うと、
「クーミルさんは魔法使い職に適性がありますね」
という事だそうだ。アイツも特に異論は無いようで、そのまま魔法使いになることが決まり、俺の番が回ってきた。
「はい、では…ケンタさんですね。ではこの装置でステータスを測ってください。そして結果が出ましたら私にお伝え下さい」
そう言ってアリシアさんは黙ってしまった。
え?それだけ?なんかオレの説明雑じゃね?いやまあさっきのクーミルのを見ていたからやり方は分かるんだけどさあ。
そんな事を悶々と考えていると、
「…早くしろよ」
ボソッとそんな声がアリシアさんから聞こえ…え。
「…今何か言いましたか?」
「いいえ何も。…そんな事どうでもいいからさっさとしてください」
そう天使のような笑顔で言われる。
絶対この人もう隠す気ないよね、うん。
そんなこんなで結果が出て、それをアリシアさんに伝えると、
「(ハッ)…剣士ですね。これが冒険者証です。(クスクス)」
「絶対それ嘲笑だよね?なんで?」
なんかアリシアさんにめっちゃ笑われたんだが。言い返すと無視されるしツラい。
それをクーミルに伝えると、
『ハッ、アンタそれ剣士の中でも一番弱いヤツじゃない。簡単な剣技しか出来ないらしいわよwww』
みたいな感じで言われた。
……あのアマ絶対許さねえ。
〇〇〇
「おい、クーミル!ゴブリンそっち行ったって!」
オレ達は、
「言われなくても分かってるわよ!『バリア・テンダス』ッ!」
冒険者に、
「なんでバリアなんだよ!?そこは攻撃魔法だろ?!」
なった。
「うっさい!早く助けなさいよ!」
筈だった。
「『トルネード』ッ!」
「「ああ!!」」
「いやー弱いグループで助かったわー!お陰で思ってたより儲けられたし。この後飲みに行こーぜ!!」
オレ達のモンスターを横取りして行った魔法使いのグループが歩いて行くのが見える。
オレ達はそれをこれまで3回ぐらい見てきた。
「「……」」
これまで狩ったモンスターの数は3体。もう五時間はここに居るのに。
そしてそれを狩ったのは全部オレである。
つまり少なくともクーミルに問題があることは明らかである。
「…もしかしてお前、防御系の魔法以外は使えないのか?」
「…………そうよ…………だから何よ」
マジかよ。ていうかとうとうケンタという名前でも呼んでくれなくなった。
剣士の中でも一番弱い職業のオレと防御魔法しか使えないクーミル。
はっきり言って詰んでるよねコレ。
どうやったら魔王倒せるんだよ。やっぱり拳で戦えってか?
「あー…向こうにゴブリンが五体…周りに他のグループもいる感じしないし、もう一回やってみるか?」
「…………うん」
「…よしっ、食らえゴブリン共!」
剣の刃がゴブリンの頭を撫でる。
あともう少しで一体倒せそうだ。
「クーミル、そのままバリア頼む!」
「……ええ!」
今度はバラバラではなく、役割分担をして闘うようにしたのだが、これが割と上手くいってる。
──っし、いい感じだぞオレ!そのまま何も起こるんじゃねーぞ!──
そう、明らかなフラグを立てたのが駄目だったのだろうか。
「助けに来たよ、二人とも!」
頭上から自信ありげな少女の声がする。
っていうかこの声知ってる。
急に嫌な予感がオレを覆い尽くす。
──っていうかこの声は絶対に…!──
「ミーシャ・オーニンが助けに来たわよ!ここで私が華麗に……あぁっ!まずいまずいぶつかっちゃう!!………ケンタ助けてええええええええええええ!!!」
オレはその少女の名前を聞いた途端ダッシュで逃げた。
紙一重でクーミルの手を引き、ミーシャとの激突を避ける。
え?ミーシャはどうしたかって?そのまま地面に激突したよ。
「……イタタタタ……あっ!ケンタ、クーミル!どうして助けてくれなかったんだよ!」
「いやあれは助けられないだろ普通に考えて」
陥没した地面の中から顔をひょこっと出した少女はミーシャ・オーニン。同じくオレとクーミルの幼馴染である。そしてやっぱりコイツも美少女になっていた。しかしそれについてはもう何も考えないことにした。だって中身は変わってないし。
「テイルもごめんね?あれは私の操縦ミス…」
そう言ってミーシャは同じく陥没した地面の中にいる龍に話しかける。
これは…あの有名な…!
「お前、まさかドラゴンライダーなのか!?くそっ、お前だけファンタジーしやがって!オレ達なんか開始直後に現実見させられたんだぞ!」
「ごめんちょっと何言ってるか分からないかな」
しかしミーシャの職業は間違いなくドラゴンライダーである。成り手が少ないらしく、存在自体が貴重な職業なんだとか。
「オレらなんかゴブリンすらマトモに狩れないってのに…」
「ケンタが口開く度ににこっちが虚しくなるからもう黙って」
「君達はホントにいつも通りだねえ」
ミーシャはニマニマしながらこちらを見てくる。
そしてオレは閃いた。
なんとかしてミーシャにグループに入ってもらえば多少はこの欠陥だらけのチームもマシになるのではないか、と。
「という訳だから、頼む!」
「ミーシャが入ってくれるんだったら私も普通に嬉しいし…私からも、お願い」
満場一致でミーシャをこのチームに引き入れることが決定し、土下座大会が始まる。
しかし、当の本人は、
「え、そんなのこっちからお願いしたいくらいだよー。これからよろしくね!」
そしてあっさりとドラゴンライダーミーシャの加入が決まった。
〇〇〇
ゴブリン狩りの帰り道、ケンタとクーミル、ミーシャは並んで帰途についていた。
「いやーホントこれから頼むぜ、ミーシャさん!!」
「そうね、私も頼りにしてるわ。ケンタの100倍くらい」
「そろそろ決着をつける時が来たようだな、クーミル!」
そして取っ組み合いが開始される。
今日もこのグループは平和です☆
「ああ、そういえば二人とも。君たちに一つ言っておかなければならないことがある」
そう、改まった表情と口調でミーシャが切り出す。
すると自然にこちらの空気も引き締まるのを感じる。
ミーシャは苦笑いし、
「そう構えなくてもいいよ。いやまあこれから殆どの時間を共有するわけだし、隠し事はなくしたいなと思ってさ。実は私………………ドラゴンの操縦が苦手でね。特に着地の時はいつもあんな感じになるのさ。そんなわけだから、改めてよろしく頼むよ」
「「……………」」
本当に、コイツらは…
「お前もかあああああああああああああ!!」
オレは今日イチ声を張り上げる。
……それがこの後、ゴブリンを呼び寄せる原因となったのは言うまでもない。
オレって勇者なんだよね?
だったら言わせてもらう。あの名ゼリフを。
『オレたちの冒険は始まったばかりだ!』
…………道のりは酷く遠い。