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冬休みに入る前に必ずある、終業式。
教師の話はマンネリ化してるし、表彰の時間は終業式より長いし、で。
薫はこの時間が嫌いであった。
無論、他の生徒もそうだろう。
なかには、うつむいて居眠りしている者もいる。
しかし薫は、今回の終業式は死ぬほど最悪なものとなった。
青ざめた表情の薫。
そのワケとは……。
『え〜、皆さん。最近は色々と物騒な世の中になりましたねぇ』
薫の学校の校長が、マイクの前に立って、話を始めた。
『ついこの間も、隣町で、銀行強盗事件が起きましたねぇ。…と、そこでです。なんとウチの生徒が巻き込まれてしまったそうです』
ざわつく生徒たち。
『しかしその生徒にはなんのケガも無く、そのほかに人質になった方々も、無事に保護されたそうです。いやはや、良かったですねぇ。そして、その生徒ですが…』
薫は、一週間前の銀行強盗事件から、全く姿を見せない死神に、ふつふつと憎しみを抱いていた。
(…これが、最初からの目的だったわけね…)
『実は、その生徒に、警察の方から表情状がきています。なんとその生徒は、人質になった皆さんを強盗らから守ったそうなのです』
‘えぇ〜〜〜!’
生徒たちの歓声。
『これは、人質になっていた方々が証言されていたことでしてね?…いやぁ〜関心ですねぇ。しかし、危険と言えば、とても危なかったと思います。ですが、今は、彼女の正義感による勇敢な行動を、誇ろうとします』
‘では、春日薫さん。前へ出てきて下さい’
大きくなるざわめき。
薫の友人、マドカが、びっくりした顔で
「か、薫ちゃん!本当?!」
薫はそれに仕方なくうなずき、立ち上がる。
微妙な拍手と、歓声の中で、薫は賞状を受け取った。
その後がまあ大変で大変で。薫は、疲れきってしまった。
教室に帰っても、担任に同じことを言われ、皆の前に立たされた。
そして拍手。
二学期最後のホームルームが終われば、他の学年の先輩や、全く関わりの無い教室に他クラスの女子に囲まれた。
駅に行くと、他校まで噂は飛んだのか、指を指されて色々言われた。
「すごいねえ薫ちゃん!銀行強盗を倒したんでしょ?」
電車の中で、吊革につかまりながらマドカが言った。
薫は、つかまっている吊革にだらんとぶら下がる。
「や、まぁね…。うん」
うなだれながら、ぼそりとつぶやく。
「しッかし、あの薫がよく銀行強盗なんかに立ち向かったねぇ。びっくりだよ。…なに?そんな自信あったんだ」
一人だけ座席に座っているナツミ。
「自信ってか…。な、なんだろうね…」
あはははは…。
薫は力無く笑う。
友人らには、なにも本当のことを話せぬまま、薫は電車を降りた。
寒い夕暮れ。
吐く息は白い。
帰路は独り。
「…ちょっとォ、死神さん」
薫は、マフラーの中で言う。
「何ですか、最初の未練って。…もしかして、‘目立ちたい’とかじゃありませんよね?」
「そうじゃなかったら‘英雄になりたい’とか‘みんなに囲まれてキャアキャアされたい’なんじゃないですか?」
マフラーの中で、もごもごとつぶやくと、だんだんそこだけが湿ってきた。
「そろそろ出てきて、説明してくれてもいいじゃないんですか?」
キッと、前方をにらんでみた。
「死神さん!早く出て来て下さい!」
薫は、怒りを込めた。
ひゅるるッ…
一陣の風。
薫はとっさに目を閉じる。
「いって!目が乾いたッ」瞬時、目をこする薫。
――これは…来たな?!
薫は、目を再び開けた時の風景を妄想した。
―いつもの無表情で立っている死神。‘すみませんでした薫さん’今までほったらかしていたことを詫び始める死神。
薫は目を開けた。
そこには…
ただ、いつもの日常が、いつもの帰り道が続くだけだった。
「いやこのタイミングで来ないのかよッ!!」
薫は、お笑い芸人顔負けのずっこけをした。
そして、冬休みが始まった。
――――12月31日。
薫は、年を越す準備をしていた。
コタツに入ってチャンネルを回す。
お笑い番組か、グダグダな生放送ぐらいしかない。
「…教育テレビのアニメでも見とこ」
コタツの上のミカンに手を延ばす。
オレンジ色の丸いフォルムが手に収まった。
「…ん?なんだコレ?」
ミカンに視線を移すと、なんだか黒い線を見つけた。
家族の中の誰かが、ミカンに顔を書いたのだろうか…。
ミカンの顔は、こちらをじっと見ていた。
「なんか…見覚えがあるなぁ、この顔」
「忘れたとは言わせませんよ薫さん。どれだけの付き合いになると思ってるんですか」
「どれくらい?…ってそんなに長い付き合いでは……死神さん!!?」
「そうです。何を隠そう死神DEATH」
死神はニコリともせず言った。いつの間にか、薫の隣に座っている。
毎度唐突な登場に慣れた薫は、本題に入った。
「死神さん、ほったらかしはひどいですよ?何かあったんですか?」
「…ええ、実はワタシ大変多忙でして。まず忘年会に追われまして…。そしてこの前の銀行強盗の後片付けやら仕事納めやらなんやら…」
死神は、‘はぁああぁ…’と深いため息をついた。無表情なその顔にも、疲労の影がちらつく。
ミカンの皮をむきむきと、指を働かせながら続けた。
「あぁそうだ。薫さん、あなたになんの説明もしてませんでしたね………?あれ?してませんよね?」
死神は、一瞬上空をにらみ、考えた。
薫の助け舟。
「説明ですか?…あの、そもそもですね?死神さんとは銀行強盗事件以来、会ってませんよ?」
「………あぁ、そうですか。そうか…まだ年を越してなかったんですね」
死神は独りごちた。
――?
薫は首を傾げた。
しかし尋ねる前に、死神が話し始めてしまった。
「この前は、きちんとあなたの未練を解消させていただきました。それと同時に悪魔の悪戯も片していただきました。…薫さんには、本当に感謝しています」
「ところで、薫さんが独り言で言ってましたがね。解消した未練は、‘目立ちたい’‘ヒーローになりたい’‘みんなにちやほやされたい’…などなどです」
―――うわ…。あたしが思ってたマンマだよハズッ!!!
薫は赤面。死神は淡々と告げる。
「しかし薫さんには悪いことをしました。詳しい説明もせず、危険な目に合わせてしまって」
死神は、深々と頭を下げた。
慌てて薫は死神の体を起こす。
「やめてくださいよ!あたしは別に…」
「――薫さん、これからは、同じようなことが起きます。勿論、毎度あなたの命が危ないめに会うということでは、ありませんが。…しかし辛いことになるのは変わりませんよ。それは、あなた自身の問題だからです。間違えないで下さい」
――――好きなものと嫌いなものは同じ場所にいます。
死神の声は、薫の脳髄に染み込んでいった。
愛と憎悪は表裏一体。
そんな言葉が、ふたりの空間に流れている。
こうして、薫の冬休み…新しい年が始まった。
―――めめんともり
『ワタシの名前は死神DEATH。どうぞよろぴくおねげえしまっす。』第一話終了
〈死神の話を書くにあたって〉
この物語を書いていて、自分の暮らしを振り返ることになりました。
終業式とか、洗濯物とか米炊きとか…。
薫は、私の要素がもろもろと注ぎ込まれてました。しかしそうすることで、つっかかることも無く、すらすらと続けられました。
〈死神の登場〉
死神の登場は、私の願望であると思います。こんな気さくな死神が現れて、自分の未練(欲望)を片付けてくれるなんて…。薫が羨ましいです。…まぁ、羨ましい分酷いめにあわせちゃうんですがね!
〈二話について〉
二話では、一話の7の続きになります。リアルな続き。
薫が冬休みを満喫中です。寝正月です。
話は変わりますが、皆様。…長休みの課題って終わらせますか?いや確かに終わらせないといけませんが…。
私は終わりません。
だから薫も、冬休みの課題が終わらないでいます。
…そんな話になります、多分。
〈最後に〉
私を支えてくれた、相方様。
いつも有難う御座います。
では、次は二話で会いましょう。
華奢なヒーロー