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「銀行へは今月の生活費をおろしに行くんで」
薫は、銀行へ来ている。
「ちゃちゃっと済みますよ」
「ならその後お茶しに行きますか〜?」
神子がキャピキャピとはしゃいで、薫の手を握る。
「………あの、神子さん…。そのキャラ正直ウザイです…」
ATMの前で、薫はぼそりと言った。
隣の神子はキョトンとする。
「そうですかぁ?なかなか今時の女子高生をやってるんですがねぇ」
「いつもどおりでお願いします!いつもどおりの淡々とした口調で!」
すると神子は‘…そうですか。ならそうします’と、残念そうに応じた。
二人は、用事を済ませて待合室にいる。
「…あの…神子さん。いつ未練解消するんですかね?」
薫は、耐えきれず神子に尋ねた。
「そもそも銀行来て未練解消だなんて、意味がわかりませんよ…」
「…………ふむ、そうですね。始まる前に一応話しておきますか」
神子は、いつもの調子で、低くつぶやいた。
「始まる前?」
「今から起きる事は、あなた自身には全く関係無いアクションです。いいですか?これは、ワタシが関わったことであなたを巻き込んだアクションです。つまり、下手すりゃあなたは死にます」
「…………はッ?!」
「でも安心して下さい。あなたはワタシが守りますよ?」
死神は、よくある漫画的なドラマチック発言を吐いた。―女(神子)の姿で…。
薫が、わけもわからず呆気にとられていると、神子は時計を見て促した。
「ほら…もうすぐですよ。気をつけて」
「だ、だから何が…」
薫の声は、ある音によってかき消された。
パン!パン!
銃声。―薫は、本物の、生の銃声など聞いたことはなかったが……。
「死にたくなかったらここにいる奴、全員黙りやがれェェェェ!!!!!!!!」
所謂、銀行強盗であった。
「ししししし死神さんんんんんんんん?!」
薫は叫んだ。
そして、ドラマのようにシーンは流れ―
銀行強盗は、中にいた客を人質に取り、周りはあっという間に警察のパトカーに囲まれていた。
「ししししし死神さぁん…、どうするんですかこれぇ」
薫は半ベソかきながら、隣の死神―神子にすがった。
「アクションってこの事なんですか!あたし死ぬんですか!」
「し〜、静かにして下さい。…ほら、撃たれちゃいますよ?」
神子は、ニヤニヤと笑う。
「からかわないで下さいィィィィ!!」
銀行強盗は全部で5人。皆、ありきたりな目だし帽子をかぶっている。手には拳銃。人質は大体10人。老夫婦に若い主婦、そのほかにも様々な人が、待合室の隅に集められている。
「な、なんなんすかも〜。死神さん〜どうするんですかホントに!未練解消とかじゃないでしょこれ〜」
「いいえ。これはれっきとした未練解消です。確かにコレはあなたに関係無い出来事ですが、あなたがワタシに協力して下されば、あなたの未練も解消できますんで」
神子は淡々と説明した。
「いきなりな展開ですみませんがね。…薫さんは‘悪魔’を知っていますか?」
「あ、悪魔?悪魔ってあの悪魔?」
薫はもうなにがなんだかわからない。とにかく今頼りになるのは死神だけなので、神子のそばで泣きじゃくるだけである。
「そうです。その悪魔。悪魔は人間に囁いて悪戯するんです。悪戯といっても、許されぬ悪戯ですがね」
「今関係あるんですか?その話〜?!」
「おおありです。…銀行強盗やってる人間達は、悪魔に囁かれた人間なんです。囁かれた人間は、悪人になります。それが‘悪魔の悪戯’」
「‘悪魔の悪戯’をやられた人間の処理するのも、ワタシたち死神の仕事です。…だから今からワタシがすることは、あなたの未練解消と、ワタシの仕事です」
薫は、涙で瞳を潤ませながら神子を見上げた。
「…ついで、というわけだったんですね?あたしの未練解消は…」
神子は、その美しく整った顔で綺麗に笑った。
「ええ。ついでです」
「つッついでですかァ?!」
薫はショックを受ける。
「ッオイ!さっきからうっせえぞそこ!」銀行強盗のひとりが、薫と神子の方に向けた。
薫はビクッと体を硬直させ、神子の腕を掴む。
「大丈夫ですよ薫さん、ワタシがついてます」
神子は、少し演技ぶった口調でそれに応じた。
その言葉に銀行強盗らが反応する。
「何言ってんだこのクソガキが。偉そうにぬかしやがって…」
目だし帽子の穴が空いた部分が赤色の男が、神子のそばに近寄った。
神子は、男を睨む。
「よく見りゃ可愛い顔してんじゃねえかよお前…。よし、こっち来て俺の相手しろよ」
そう言って男は、神子の手を掴んだ。
「死神さ…ッじゃなくて神子さん!」
「おっと、お嬢ちゃん邪魔しちゃいけないよ〜」
薫は、別の強盗にひっぺがされる。
薫は抵抗したが、男に壁に押し付けられた。
「いやッ!離して下さい!…神子さん!」
薫はじたばたと暴れる。しかし無駄な抵抗とはこれのこと。
神子―死神は、男に影の方に連れ込まれてしまった。
「お嬢ちゃんもこっちこようか?」
薫を押さえていた男がいやらしく笑った。
―――嘘ッ?!お決まり展開ィィ?!
「ちょ、嫌だ!離せこの変態野郎ォォォォォォォ!!!」
若林君以外の男とか…もってのほか!
薫は、思いっきり足を振り上げた。
「ぅぐぇッ!!!」
薫の足は、男の急所にナイスヒットした。男は激痛のあまり、その場でうずくまる。
薫は、怒りと意味の分からぬ憎しみが湧き上がってきた。素早く立ち上がると、銀行強盗らに一喝。
「なんなんですかまじで!こんなふうに関係ない人達を巻き込んで!あなた達何様なんですか!」
薫の怒号にビビる強盗たち。
「…死神さんも死神さんです!何してるんですか一体!あたしの未練を解消してくれるんじゃないの!?」
薫は、その二つの目から、ぼろぼろと涙を流した。薫は自分が何故泣いているのかなんてわからない。とにかく涙が出てきた。
――泣くのは、いつぶりだろう。
「早くなんとかして下さいよぉッ!死神さん!!!」
「任せて下さい薫さん」
死神―神子はいきなり現れ、銀行強盗ら数名を、跳び蹴りでなぎ倒してしまった。
「ぅわわッ?!死神さん?!無事なんですか?」
薫は、後ずさって言った。いつの間に…死神は薫の背後にまわっていた。その美しい顔は、意地悪そうな笑みを浮かべている。
「なめてもらっちゃあ困りますねぇ。ワタシがやられるわけないでしょう?」
‘ちゃんと片づけときましたよ’
神子が指す所には、例の男がへばっていた。
「さあ薫さん、いきますよ」
「へッ?なにが?」
薫は神子の方を見た。
神子は、いつもどおりの無表情…ではなく、やはりニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべている。
「っガキどもがァァ!!!死にさらせやぁ!!」
銀行強盗らが、回復したのか立ち上がり、二人に向かって襲いかかって来た。
「きゃ、きゃああああ!」
薫は叫んだ。
―やられるッ!
一気に恐怖が溢れた。
が、しかし。
薫に被害は及ばなかった。
かわりに被害にあったのは、銀行強盗たちだ。
「ぎ、ぎゃあ!」
まず一人。薫の鉄拳が顔面にストライク。
薫の体は勝手に戦闘を始めていた。
「えッ?ちょッ、これなに?!どうなって…」
わけもわからぬまま、薫は完璧なステップを踏んで、銀行強盗らをノックアウトさせていく。
見事な身のこなし。
ジャッキー並みの武芸。
(これは…ッ、死神さんの仕業?!)
薫は驚きながらも、なんだか楽しくなっていた。
「ゼェ…ゼェ…」
銀行強盗らを全てのした薫。
「かっこいいですよ〜!流石薫さん!格闘技をかじってるだけありますね!」
神子は、のん気にきゃぴきゃぴはしゃいだ。
「し、知ってたんですか…死神さん」
へとへとになった薫は、両手を膝について息を荒げながら言う。
「勿論です。あなたのことは全て知っていますよ」
神子は、きれいに笑った。
「あぁ、そうだ。み、皆さん、早く外へ出ましょう」
薫は、人質になっていた人たちに呼びかけた。
わらわらと塊になって、銀行の出口に向かう。
カチャリ…。
小さな金属音。
皆は気づいてなどいないが、死神―神子はその音に反応した。
見てみれば、神子を襲った男が最後のあがきで、こちらに銃口を向けている。
神子は、小さく舌打ちした。
「死神さん?」
薫は神子の方を見た。そして、銃口をはっきりと認識する。
「―ッ!しにが」
声は、銃声に消えた。
――――――あ、死んだなぁ…これ。
薫は、エコーのかかった銃声を耳に聞き、自分の命が終わったのだと思った。
―あたしここで死ぬんだ。…若林君と、幸せになりたかったのになぁ。もっと、色んなことしたかったのになぁ。歌手とか、小説家とか…。とにかく…もっと、…
幸せになりたかったなあ。
「…薫さん、死んだ気にならないで下さい。あなたはまだ死にませんよ」
死神の声に、はっと我に帰った。
そして薫は異変に気づく。
周りの空気がおかしい。
「じ、時間が…止まってる?!」
「そうです、止めてみました。だからホラ、銃弾は止まったまま」
いつの間にか、死神は元の姿だ。仁王立ちをして、動きが止まった銃弾を触っている。
「いいですか薫さん。今からこの銃弾の軌道を変えて、誰にも被害を出さないようにします」
呆気に取られている薫に、説明を始めた。
「あなたはワタシに構わず外に出て、人質の皆さんと保護されて下さい」
すらすらと指示を出す死神に、薫はただうなづいて従うのみだ。
言われたとおり、時が動き出すのを待ち、非難の準備を始めた。
「いいですか薫さん?ワタシはほおっておいて…帰路について下さいね?」
何故かそこを強調した死神。しかし薫は、混乱していたため、気になどならなかった。
――時が動き出した。
キュィン!
銃弾が、何かをかすめる音。瞬時に蛍光灯が割れる。
人質になっていた人々は、その音に驚きたじろいだが、薫がすぐさま対応したためすぐに外へ脱出できた。
外は、警察官らと、マスコミがわらわらと…。
「さあ早く!!こっちへ」数人の警察官が薫たちを囲った。そしてマスコミのキャスターたちも。
「え〜!こちらの方々が今まで人質になっていた皆さんです!確認したところ、負傷者はいないようです!」
あわあわと、薫は人の波に飲まれた。
―その様子を、背中で見ていた死神。
「…さて。これで薫さんの未練を少々消すことが出来ました。後は…」
ふ、と視線を落とす。
恐怖に怯える強盗たちが、死神の方を見ていた。すがる瞳。
「まだ警察は突入してきませんね。どうします?銀行強盗の皆さん。死にます?」
「し、死ぬ?!どういうことだよ?!」
銀行強盗のひとりが、死神にむかって叫んだ。
「ワタシは死神です。あなたたちの魂の処理を任されました。…どうします?死にます?」
黒い瞳が、人間を見下していた。
「い…」
人間が、口を開いた。
「嫌だッ!死にたくねえよ!俺達はなぁ!だめもとで金を盗み出し、ただ金持ちになりたかったわけじゃねぇんだ!」
「そうだ!俺達が育った孤児院の資金のため…………」
‘しーーーーッ…’
死神が人差し指を口元へ持っていき、静かにしろというジェスチャーをした。
人間たちは、わけがわからないが、とにかく黙った。
すると死神は、ボソボソと小さな声で言い出した。
「知ってます、あなたたちが同じ孤児院で育ち、そしてその孤児院が資金不足により潰れてしまうことも。…だからね、ワタシは訊いてるんですよ。“死にますか?”と」
皆、ポカーン顔である。
死神、小さくため息。
「正直めんどくさいで、あなたたちがどうしても死にたいと言うのならば魂をいただきますが…と、いうことですよ」
銀行強盗たち―
「「「死にたいわけねぇだろ!!」」」
「ですよねぇ。ならば話は早いです。…あなたたちの魂の処理は、同じ人間たちに任せます」
死神はふわりと浮いた。
「罪は償うものです。ではさらば…あなたたちの寿命が尽きるまで」
突如、銀行の中に警察官が押しかけて来た。
―――死神の姿など、そこには無い。
警察官に保護された薫は、毛布を肩から掛けられた。
「あ。どうも…」
薫は、ぺこっと頭を下げた。
周りはまだ騒がしい。
これから警察署で色々話さなければならないらしい。
「…これのどこが未練解消なんですか?死神さん…」
―とほほ…。
薫は、虚しくつぶやいた。