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「ただいま〜…?」
薫は、玄関のカギを開け、室内へ入った。
ただいまのあとに疑問符がついたのは、自分の帰りを待つ人物の確認である。
靴を脱ぎ、居間へ向かう。
「誰もいませんかぁ〜…?」
「………な〜んば言いよっちゃが薫っち、ここはおめぇの家だべさぁ?」
一瞬考えないとわからないセリフが、上からふりかかった。
「おッ、ぅを!死神さん!?そ、そんなとこで何してるんですか!」
薫は天井からぶら下がる死神に問いかけた。
「どどどどどうやって立ってるんですか!?え?え?じゅ、重力は?!」
ふらり、と畳に降り立つ死神。
無表情に言う。
「拙者は神様でごじゃるよ?ふはははは。…‘おッぅを!’てアナタ…女の子やで?」
「…死神さん、だから口調が…」
‘おっと、気を抜くとキャラが崩れてしまう…’
死神は口元を手で抑えた。
わざとらしいなぁ…と思う薫。
自然と顔は苦笑い。
「では薫さん、お話を始めましょうか」
死神は、居間のこたつに勝手に入った。
薫は、その場に突っ立っている。
「……………ん?どうしました薫さん」
薫のツッコミを待っていた死神は、くるっと振り返った。
―今だッ!
薫は息を吸った。
「あ、あ、あ…あじゃらかもくれんはいじゃっく、てけれッつのぱァ!」
薫は、恥ずかしさを感じながら叫んで、
『ぽんぽん!』
と、二つ手を叩いた。
―あじゃらかもくれんはいじゃっく、てけれッつのぱァ。
死神が消える呪文。
「………う゛ッ!」
突如、死神に変化が表れた。
「ぐぅ〜、な、なな何故それを…ぐあぁああッ」苦しみだす死神。
「と、図書館で調べたんです!」
なんだか悪い気がしながらも、薫は堂々と言った。
無表情の顔を、少しだけ苦しそうに歪める死神。
「さ、さ、最近の子はいかんわぁ〜…変に賢うてぇええ…」
そう言って、薫のそばに倒れ込んだ。
後ずさる薫。
「ぐ、ぐふッ」
死神はピクリと動いて、パッと姿を消した。
静寂。
「…あ、あれ?ホントに効いた?」
薫は、引きつった笑顔でつぶやく。
「死神さ〜ん?いなくなったんですかぁ〜?」
おそるおそる家の中を捜索したが、死神の姿はなかった。
薫は、こたつに滑り込むように入った。
「よ、よかった…助かったのね。一時はどうなるかと思った…」
「もう、殺される恐れはないわけだわ」
薫は、安堵のため息をついた。
「そうよ、死んでたまるもんですか!あたしは若林君と幸せになるの。そんでこんな家サッサと離れる。…自由に、幸せになるんだから…!」
「若林君?ああ、薫さんの彼氏さんですね」
「そうよ〜?こうみえても付き合って2年目なんだから…」
―はて、今あたしは誰と会話を?
「中学生の頃から続いてるんでしょう?長いですね」
薫の隣には、のんきにお茶をすする死神がいた。
「しししししし死神さん????!!!!!」
「はいそうです。ワタシが死神DEATH」
死神は、変わらぬ無表情でブイサイン。
あわあわと薫。
「き、き、消えたはずじゃ?!」
「残念ながら。ワタシは死神の中でもだいぶ高レベルですので。効きません」
「だっ、だって苦しそうにしてたじゃ…?!演技だったんですか?!」
「ええ。ノっただけです、薫さんの茶番に」
死神は目を伏せ、お茶を飲む。
「それにしてもひどいですね。ワタシのこと全く信用してないじゃないですか」
「うッ…だって、死神って言ったら悪いイメージしかなくて…。それなのに死神さんは‘あなたの未練を解消します’救済発言しちゃうし…。なんか裏がありそうっていうか、なんていうかァ〜…」
「だから初めから言ってますよね?あなたの寿命はまだまだ元気だと。…少しはワタシの存在を認めて欲しいです」
悲しい、というような死神の声。
薫は、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。
「認めてほしいって言われても…」
―そりゃ認めてはいるんですけど…ねえ?
薫は、困ったように笑う。
「…天井に立ってたのを見ても駄目ならば、わかりました。変身してみせましょう」
死神は、すっくと立ち上がった。
「変身?何にです?」
「じゃあまずは女性」
言いながらふわり、と宙へ。
死神は無表情で
『まはりーくやはーりあやんばるやんやんやん、てくまくまやこんてくまくまやこん、びびでばび』
と、唱えた。
―なんだその呪文?!
薫のツッコミは言葉にならなかった。
たちまちに死神は白い煙に包まれた。
そして包まれたと思ったら、何者かが畳の上に降り立った。
煙が薄らいでいく。
どうなるんだと薫は、かたずを飲んで見守った。
やがて…
「っは〜。この姿になるのは久しぶりですね」
女の声。
先程の死神の声ではなかった。
薫は、あんぐりと口を開けた。
「どうです薫さん、このセクスィーバディーは。上から96、60、86のエフカップです」
死神(女)は、にこやかに笑ってみせる。
さっきとはあまり変わらない。服もそのままだし、髪型もそこまで変化はない。
ただ、少しだけ肌が艶やかに映え、瞳は潤いを増していた。
薫は、そんな死神(女)を見て、ツッコミなどする余裕が無い。
「‘なんでわざわざそないな体になんねん’!的なツッコミはしないんですね」
「じゃあ次は男性」
死神(女)は、可愛い唇で囁いた。
例の呪文。
『まはりーくやはーりあやんばるやんやんやん、てくまくまやこんてくまくまやこん、びびでばび…無駄に長えなコレ』
愚痴が聞こえた。
またもや煙に包まれる死神(女)。
そして再び現れたのは…
「じゃ〜ん。男バージョンです。見てくださいよ薫さん、この素敵な渋い顔を」
死神(男)は比較的声が低い。それにどっちかというと、中年である。やはり服装と髪型は変わらない。
「今の女性には、素敵なオッサンがウケますからね」
ずば抜けて背の高い死神(男)は、たくましい腕を組んだ。
「どうです薫さん。さっきから黙ってますが、なにかご意見ご感想はないんですか?」
薫は、先程から驚愕の表情である。
しばらく二人は見つめ合った。(と言っても、薫は白目をむいてるような状態である)
「あの…別にツッコンでも構いませんよ」
死神は元の姿に戻った。
たちまち無表情になる。
「す」
「…す?」
薫は、わなわなと震えた。
「姿変わればナルシストになるんですか?!なんかウザいんですけどその設定!キャラが定まってないとか言ってますけど、ちゃっかりキャラつかめてるじゃないですか!つかいらないでしょ?!女バージョンとか男バージョンとか…どこで使い分けるつもりだよッ!!!!」
「……まあ…なんかの時に?」
死神は、またもや無表情で小首をかしげた。
この二人、そろうとボケとツッコミが成り立ってしまうからか―
なかなか本題に入れないのであった。