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六話『禁忌の森』



「……お化けでも出てきそうな森だな」


 ファゼールに案内してもらいながら三人はトゥムロの森へとやって来ていた。

 薄暗いジメジメとした森の様子に思わず友也がそんなことをぼそっと呟くと、森の中を先導するファゼールはその呟きを拾って「まあ、もしかしたら出てくるかもしれないね」と、何やら意味ありげに笑ってみせた。


「おい、悪い冗談はやめてくれよ」

「冗談って訳でもないよ。……何と言ってもこの森は、死体の上にある森なんだから」


 ギョッとして思わず苔むした足元を見る。

 しかし、パッと見た感じでは何の変哲もないよくある森の地面であるように見える。……もしかして、この不気味な森の様子を怖がっている――いや、怖がってはいないけど。この俺を驚かすための軽い冗談だったんだろうか? けど、ファゼールは冗談ではないと言っているわけだし。……結局どっちなんだ?


「……なあ、冗談だと言ってくれよ」

「言うだけならできるけど、残念ながら今言ったのは本当のことだからね」


 ファゼールを睨みつけるが、冗談を言っているわけではないらしい。

 この近隣に住む人々から『禁忌の森』と呼ばれているトゥムロの森とは、幾人もの遺体が葬られてきた『森の中にできた墓場』。……或いは、その幾重にも積み重なった死体によって築かれてきた『墓場の上にできた森』であるようだった。


「昔は亡くなった方の遺骸を森に安置する習慣があったんだよ。遺骸を森の奥に安置して、森の動植物達にお願いして無事に土へと還るのを待つ。それが自然なことであり、神聖なことであると信じられていたんだ。……さすがに今となってはもう、魔物に荒らされたり疫病の原因になったりするからやっていないんだけどね」


 邪魔になる枝を剣で打払いながら、ファゼールはそんなことを教えてくれた。


「それは良かった。……森に入ったら死体の山だったなんて、ゾッとしない話だからな」

「昔の骨はまだ、ゴロゴロとそこら辺に転がっているだろうけどね」


 そう言って楽しそうに地面を指差した。

 その言葉に目を凝らして周囲をよく見渡してみれば、足元に転がっていた苔むしている丸っこい石は……どうやら石ではなく誰かの頭蓋骨であるようだった。続いて近くにある枯れた小枝も見てみれば、枯れ枝ではなく幾つものバラバラになった骨であった。


 ……どうやら冗談ではないにせよ、からかうつもりはあったらしい。


「おいおい、……勘弁してくれよ」


 さすがに腰を抜かすようなことはしないが、どうにも気が滅入ってくる。


「慣れなよ、って言うわけにもいかないだろうけどね。……ここは積み重なった死体の上を歩いているようなものなんだから、そんなことをいちいち気にしていたら大変だよ」

「大丈夫。……慣れはしないけど、見慣れてはいるよ」


 幸か不幸か、こういったもの(・・・・・・・)は結構見慣れてしまっている。


「おや、そうなのかい? 残念、これで少しは良いところ見せられると思ったのに」


 どうやらファゼールは、この辺で年上として頼れる姿を見せておきたかったようだ。


「そりゃ、お生憎様。良いところを見せたいんなら彼女の前でやってくれ。……これでも昔から随分と慣らされているんでね。そういったことに少しは耐性があるんだ」

「ふーん? なんだか見かけによらず、波乱万丈な人生なんだね」

「変わった親友を持つと苦労するんだよ」


 どういうことかと首を傾げているけれど、説明してもわかるものではないだろう。

 振り返ってみれば、確かに波乱万丈な人生だ。……全て巻き込まれた結果だけどね。

 遺跡を発掘したり墓所に潜ったり、白骨死体を見つけたり殺人事件に巻き込まれたり、随分と肝は鍛えられてしまっている。……あいつらとの刺激的な経験がこんな所で役立つことになるとは、人生何がどう転がるのかわからないものだな。


「………………」


 そして横をチラッと見てみれば当然のようにメメは臆した様子もなく、無表情のまま平然と隣を歩いてきている。……まあ、彼女が怖がる様子なんて思い浮かばないけれど。しかし、こうして地べたが凸凹した森の中でも疲れた様子を見せないとは驚きだ。


 ……まさか本当に彼女の正体は、よくできた機械人形(オートマタ)だったりするのだろうか?


「…………××、」


 こちらの視線に気が付いたのか、メメがこちらを振り向いて首を傾げてくる。

 無表情であるはずなのにその仕草はとても可愛らしく、彼女の顔を直視してしまうとなぜだか心臓がドキドキしてしまう。……まさか、これがあいつらの言う『恋』なのか?


「…………ッ」


 ……まあ、まだ彼女の正体とか、興味本位に色々と詮索するのはよそう。

 恩返しに来た鶴だって、その正体がバレたらさっさと帰って行ってしまうのだ。……折角こうして出会えた美少女の連れが余計な詮索でいなくなってしまっては元も子もない。しばらくは色々と深く考えず、彼女と一緒にいることにしておこう。


「しかし、こうやって一度気付くと、……結構落ちてるもんだな」


 だんだん目が慣れてくると、他にもどんどんとそれらしき物を見つけることができた。それも一つや二つではなく、幾つも積み重なっているようだった。前にいた世界でも墓地の上に建てられた学校や病院とかの話があるけれど、さすがにこの規模の死体の山はそうないんじゃないだろうか。……そりゃ、『禁忌の森』なんて言われるわけだよ。


「まさかとは思うが、……森の中で骸骨兵(ボーンナイト)屍人(ゾンビ)に出くわすなんてことはないよな?」


 これだけいかにもな感じの条件が揃ってしまえば、もはやお約束とも言える気味の悪いモンスターだって出てきてしまうかもしれない。……昔から色々と巻き込まれてきたから危なっかしい経験には慣れた方だけど、ゾンビとかそういう生々しいのは苦手なんだよ。


 これから現れるかもしれないその姿を想像して、思わず身震いしてしまう。


「いや、出て来ないと思うよ? 骸骨兵がいるのは魔窟迷路(ダンジョン)や古戦場だし、屍人が出るのだって新鮮な死体のある場所だからね。……だからこの森で出てくるとすれば、さっきも言ったように人魂(イグニス)幽霊(レイス)くらいかな? でも、近くに現れたっていう話は聞かないね」


 しかしそんな心配は無用とばかりに、ファゼールは軽くそれらの存在を否定した。


「むしろ厄介なのは樹人(トレント)食人花(プラント)だろうね。……水と光だけで満足していればいいのに、あいつらは人を襲うからね。周りの木々に紛れて襲われたらひとたまりもないよ」

「樹人に、食人花……」


 切り株のような姿の樹人に、土管からひょっこり出てきそうな感じの食人花。


「まあ、見た目はそのまま植物だからな。確かに厄介だ」


 いつかゲームの攻略本の挿絵で見たようなモンスター達の姿を思い浮かべながらそう応えたのだが、それを聞いたファゼールは怪訝そうな顔をしてこちらを振り返った。


「いや、……見た目は人と殆ど同じだったような気がするけど?」

「…………そうなの?」


 なんだろう、どうにも食い違っているような感じがする。

 ファゼールから話を聞いてみれば、どうやら俺がその名前から連想するモンスター達とこの世界にいるモンスターでは、大まかな印象は一緒でも姿は微妙に違っているらしい。……そりゃまあ、あくまでアレはイラストなのだから当然言えばそれも当然か。


 モンスターの形態には大まかに分けて三つの種類があるそうだ。


 一つは、角兎のような『魔獣型』。

 動物の姿に似たモンスターがこの形態であるらしい。群れで行動することが多く、数が多い。全体として知能が低く、その代わりに耐久力が高いことが特徴であるらしいのだが、……ペガサスや妖狐などは高い知性を持っているので、例外となるモンスターは分類のわりに結構いるらしい。なので、あくまでもそんな傾向があるというくらいの認識で良いらしい。


 次に、厄介な性質を持つ『不定形型』。

 人魂や幽霊、スライムなどがこの形態らしく、定まった形がなく物理攻撃が通りづらいことが主な特徴であるらしい。特定の属性を持ったモンスターが多く、人や物に取り憑いたり、魔法を使ったりしてくるような厄介なモンスターも多くいるようだ。この形態のモンスターを見掛けたら、下手に戦うよりもまず逃げた方が良いそうだ。


 そして、最後に『魔人型』。

 この世界にいるモンスターの中で一番種類が多いのは、以外なことにこの魔人型であるらしい。……とは言え、それは高い知性を持ち人類に友好的なエルフやドワーフなどのいわゆる『亜人(デミヒューマン)』と呼ばれる種族もモンスターの中に含めた場合らしいのでその線引きは難しいようだ。


 この形態の一番の特徴は、その人に似た姿と集団での連携であるようだ。それこそある程度の知性を持つ種族は人類と同じように仲間で集落を作り、武器や防具で武装して襲ってくることもよくあるらしい。けれど、その文明レベルにもかなりの幅があり、魔獣型と同じような生活形態の種族から人類よりも遥かに高度な文明を持つ種族まで幅広くいるようだ。


 そして、その中で人類に友好的であれば『亜人』、敵対すれば『魔物』といった認識であるらしい。その為、地域によってこのモンスターの区別の枠が大きく違っているようで、ある地域の『亜人』が他の地域では『魔物』だったということもよくあるらしい。


「なんだか随分と曖昧だな。……そんなので、しっかり分けられてるのか?」

「他にもスライムは大抵『不定形型』だけど『魔人型』になるタイプもいるみたいだし、人狼や猫人だって『魔獣型』か『魔人型』なのかまだはっきりとしていないみたいだよ。……まあ、見た目で何となく分類したってだけみたいだから仕方ないのかな」


 随分と大雑把な分け方であるようだった。


「それじゃあ、例のゴーレムとマンドレイクはいったい何に分類されるんだ?」

「どちらも『魔人型』、かな。……高い知性はないみたいだけどゴーレムは人型をした土人形だし、マンドレイクは人型の植物系モンスターだから。詳しい特性とかは、残念ながらわからないけどね」


 その特徴を聞いてみれば、やはりよく知ったあのモンスターであるようだった。


「ああ、やっぱり人型をしてるのね。……ところで。――あそこに転がっている頭から変な花を咲かせた生首と、その前に佇む大理石でできたような甲冑の像は、もしかして丁度話していた例のモンスターじゃないのかね?」



          ◆     ◆


「うん、間違いない。アレが昨日斬られたゴーレムと目的のマンドレイクだよ」

「なんか、……俺が想像していたよりもかなりしっかりと人型なのね」


 茂みに隠れながら様子を窺う。

 目線の先には地面まで埋まる頭から奇妙な花を咲かせた女の子の生首と、その側で彼女を護るように佇む大理石のような質感の大きな甲冑の像があった。……どちらも俺のよく知っているゴーレムとマンドレイクの姿ではないようだった。


「……えっと、確かさっき詳しい特性は知らないって言ってたけど、何かゴーレムの弱点とかマンドレイクを採る時に気を付けなきゃいけないことってないの?」


 俺の知っているゴーレムなら、額の『真理(emeth)』の文字を『死んだ(meth)』に変えることで壊せるはずだけれど、この異世界のゴーレムはどうなのだろうか。マンドレイクにしても知らずに引き抜いてあっさりポックリとは逝きたくはない。


「ごめん、ゴーレムは一度だけ僕も見たことがあるんだけど、もっとずんぐりとした土塊みたいな感じの奴だったし。……マンドレイクも素材集めの時に文献で一度見はしたけど、採り方についての話はそこに載っていなかったからよく知らないんだ。……もしかして、何か注意することがあるのかい?」


 何かの参考になるかとは思ったけど、知らないものは仕方ないか。


「うーん、そっか。いや、ありがとう。……前に『マンドレイクを引き抜く時の叫び声を耳にすると死に至る』って話を聞いたんだ。本当かどうかはわからないけど、気を付けておいた方が良いと思うよ。……まあ、ゴーレムの方はなんとか頑張ってみるよ。後ろから斬られないように走り回っていれば大丈夫でしょ」


 どれだけ走り回れるかはわからないけれど、マンドレイクを抜くまでならどうにか走り続けられるだろう。……やけにあのゴーレムがスタイリッシュなのが少し気がかりだけど、そこは若さと元気でなんとかなるはずだ。


「……そのマンドレイクを採るまでの囮の件だけど、囮はやっぱり僕がやることにするよ。あのゴーレムの相手をするなら、トモヤより一度その動きを見たことのある僕の方が適任のはずだ。だからその代わりにマンドレイクのことは君に任せるよ。……色々知っているみたいだし、下手に僕が採るよりも心できそうだ」


 確かに、多少なりともマンドレイクの知識がある俺の方がファゼールよりは適任だろう。……ただし、この知識が異世界で通用するとは限らないわけだが。何も知識が無いよりは多少なりともマシとも言えるだろうか。まあ、それもどっこいどっこいか。


「それならわかった。……息切れして倒れないようにな」

「そこまで歳はいってないよ。……それじゃあ、行こうか」


 そう軽口を叩きながら、三人は隠れていた茂みを飛び出した。



うだるような暑さが続く日々ですが、どうぞまたの更新をお待ち下さい。

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