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五話『難病の恋人のために』



「……どなたですか?」


 ベッドには一人の少女が横になっていた。

 少女の髪は窓から差し込む光によって、七色に輝いていた。その髪に半分隠れて見える横顔は、まるで火傷痕のように広がる宝石に覆われている。……どうやら首すらも動かせないようで、目線だけで突然の来訪者の姿を追っていた。


「通りすがりの旅人です」

「…………××、」


 友也とメメは、ファゼールの幼馴染であるフレソールの元を訪れていた。


「旅人さん、……どうしてここにいるんですか?」

「俺達はファゼールの親友だよ。……と言っても、今日知り合ったばかりなんだけどね。フレソールさん、ですよね? はじめまして、こんにちは。俺の名前は十森(ともり)友也(ともや)。呼び方は『トモヤ』でも『トモトモ』でも、好きなように呼んでください。あと、こいつはメメ。表情はちょっと硬いけど、とても可愛い女の子だよ」

「トモヤさんに、メメさん。……なら、二人はファルのお友達っていうことなのかしら? ――なによ。全然お見舞いにも来ない癖に、こうやって新しくできた友達は紹介するのね。ファルったら、どういうつもりなのかしら」


 フレソールはそう言って小さく頬を膨らませた。

 話に聞いた時のイメージではよくある『深窓の令嬢』という儚げな姿を想像していたのだけれど、こうして実際に彼女に会ってみるとそのイメージは全く違っていた。彼女は一日中ベッドの上でずっと過ごしているはずなのに、そんな様子など微塵も感じさせない随分と活発そうで明るい感じの子だった。


「まあまあ。……多分、ファゼールも忙しいんだよ」

「だからって忙しいにしても、最近は一度も顔を見せないとはどういうことなのかしら。……見舞いに来る度に泣きそうな悲しい顔を見せられるのはちょっと辛いけど、それでも天井や窓の外を一日中眺めているよりはずっとマシだわ」


 いつもそこから外を見ているのだろうか。窓からは隣のファゼールの家が見える。

 退屈しないためなのか、周りを見渡せば部屋の中は随分と綺麗に飾られているようだ。……しかし、可愛らしい彼女の姿も相まってそこは病人のいる部屋というよりも、まるで大切な人形の置かれた硝子張りの飾り棚のようにも見えた。


「きっと君に、泣きそうになっている格好悪いところを見せたくないんじゃないのかな。ほら、男ってなんだかんだと格好つけたがる生き物だからさ。気になる子に見せる姿は、いつもできるだけ格好良くありたいんだよ」


 そう言って友也は彼女のベッドの隣りにある椅子に腰掛けた。

 近くで見れば見る程、まるで精巧にできた人形のような女の子だった。

 いや、それではまだ正しくない。彼女は望んでこのような姿になったわけではないのだろうから、段々と宝石により蝕まれていく奇怪な病によって、彼女は人形のような姿になってしまった。……と言うのがより正しい答えだろうか。


「もう、幼馴染の私にまで格好つけてどうするのよ。道で転んで鼻水垂らして泣いている姿だってまだ私は覚えているっていうのに、格好つけたって今更よ。……その格好つけたファルの姿も、早くしないと見れなくなっちゃうのよ」

「……その目、見えなくなっているの?」


 顔をそっと覗き込み、その髪に隠れていた彼女の右目をよく見てみる。

 宝石のように澄んだ瞳は、既に眼窩に嵌め込まれたただの美しい宝玉の義眼のようになってしまっていた。……その美しい瞳は光を映して怪しく輝いてはいても、もう外界の景色を映してはいないようだった。


「そうね、しばらく前から見えなくなっているわ。多分もうしばらくすれば、反対の目も全く見えなくなってしまうのでしょうね。……難しいかもしれないけど、できれば全てが見えなくなってしまう前にファルの笑顔をしっかり目に焼き付けておきたいわね」

「フレソールさん……」

「まあ、それは叶わない願いなのでしょうけどね。それでもせめて、最後に一目だけでもファルの顔を見ておきたいわね。……ねえ、あなた達に伝言をお願いできないかしら」


 彼女は寂しそうに目を閉じ、ふぅと小さく溜息を吐いた。


「今度ファルに会ったら、『うじうじしていないで、早く私の見舞いに来るように』って言っておいてもらえないかしら? ……慎重なのはファルの良いところだけどさ、誰かに背中を押してもらわないとここぞって時に一歩踏み出せないのよね」

「……わかった。その言葉、絶対にファゼールに伝えるよ。――あと、それから約束する。次に会う時は必ず、君の前に笑顔のあいつを連れて来てあげるよ」


 友也はそう言って席を立つと、彼女の部屋をあとにした。



          ◆     ◆


「あ、あいつは別に恋人なんかじゃない。……何でもない、ただの幼馴染だ」

「………………」


 そう、ファゼールさんはバレバレの嘘を吐いた。

 耳まで顔を真っ赤にして、何を今更誤魔化そうとしているのやら。

 こういうツンデレ発言をして許されるのは可愛い女の子だけの特権であって、それがイケメンであろうと野郎がやってもただイラつくだけだからな。……それに、自分の親にまで相手への好意がバレてしまっている以上、下手な言い訳はただ見苦しいだけだぞ。

 ……恋愛マスターとして、こういう輩は見過ごせない。


「ただの、ですか? ――見知ったばかりの俺達に言い訳なんかしてどうするんですか。病気で苦しんでるフレソールさんの前でも同じように否定できるのなら、ぜひとも言ってみてくださいよ。……もしそんな巫山戯(ふざけ)戯言(ざれごと)がまた言えるっていうなら、俺がもう一度あんたを兎達(ホーンラビット)の中に叩き込んであげますから覚悟してください」


 ファゼールさんは驚いたように顔を上げ、それから本当の気持ちを話してくれた。


「……すまない、誤魔化すつもりはなかったんだ。でも、あいつに告白はできていない。自分勝手な話ではあるけれど、……病気の最中じゃなくてしっかりと元気になった笑顔のあいつに僕の気持ちを伝えたいんだ」

「………………」


 ……やってしまった。

 ついいつもの感覚で説教をしてしまったけれど、まだファゼールさんとはそれ程親しくなっているってわけじゃないんだった。……命の恩人ではあるけれど、出会ったばかりの他人にそんなことまでとやかく言われる筋合いはなかっただろう。

 でもまあ、……反省はしても、言ったことを後悔するつもりはないけどな。


「なんか、すみません。余計なお世話だったとは思いませんけど、横から差し出がましいことを言いました。じゃあ、ファゼールさんがその森に入ったのは病気の恋人、……あ、まだ(・・)幼馴染でしたっけ。そのフレソールっていう子のためですか」

「ああ、そうなんだ。……昔から身体が弱くてよく寝込んではいたんだけど、今あいつが罹っている『宝石病(ペドラ・プレスィオーザ)』って病気は特にヤバいんだ。手足の先の方から段々と宝石のような身体になって、最後には心臓まで全て宝石に変わってしまう恐ろしい奇病なんだ。もう右目まで宝石化が進んでいる。……このままだと、あと何日持つかもわからない」

「……そんなに恐ろしい病気なんですか」


 確か筋肉や腱、軟骨なんかが骨に変わっていき、石みたいに固くなってしまうっていう珍しい病気があるって話はどこかで耳にしたことがあるけど、そんな身体が宝石のようになる病気なんて聞いたことがない。……不謹慎ではあるけれど、さすがは異世界だ。


「大昔流行ったと言われる難病らしいいんだけど、その頃に作られた特効薬はもう残っていないんだ。残っているのは必要な素材の覚書だけで、……それでも何とか当時の作り方を知っている薬師に出会えただけでも幸運だったよ」

「良かった。……それじゃあ、なんとかなるんですね?」


 だがファゼールさんは顔を俯け、頭を抱えていた。


「素材が全て揃いさえすれば、なんだよ。……その病気に効く薬を作るためには、特別な素材が必要なんだ。僕はその薬師に必要な素材のことを訊いて、そこら中を探し回ったよ。その中には貴重な物や高価な物もあったから、集めるのは苦労したけど。……それももう、あと一つだけなんだ」


 いやむしろ、よくあと一つまで集められたものだ。

 そんな大昔に流行った難病の治療薬の素材なんて、簡単には手に入らなかっただろう。市場にあまり出回っていないような珍しい素材も多かっただろうし、……下手すればもう手に入らないくらい貴重な素材もあったかもしれない。


「それが、トゥムロの森にある薬草なんですね」

「ああ、……それなのに、どうしてあの森にあんな奴ゴーレム)なんかがいるんだよ! ……必要な素材だってあと一つ、『マンドレイク』が揃いさえすれば、治療薬だって作れるんだ」


 ファゼールさんは悔しそうに木の机を叩いた。

 ゴーレムとは本来、重要な施設などを守護するために造られた高い防御力を持つ人造のモンスターであるらしい。そのため、その多くは古い遺跡や研究所などに配備されているはずであり、こんな近くに目立った建造物のない辺鄙な森の中になどいるはずがないのだという。


「ゴーレムは強い。硬い土と岩石で覆われている大きな身体は、生半可な攻撃なんかじゃ全く通用しない。しかもあの森にいたのは大昔、王族の住む宮殿を守っていたと言われる鉄壁の騎士の巨像(ナイトゴーレム)だったんだ。……敵うはずがないよ」


 その俯いた顔からは、何か煌めく何かが落ちていったように見えた。


「………………」


 ――幾つもの背中を見てきた。

 俺はその背中に語るだけ、その背中を押すだけ、その背中を見送るだけ、

 親友と呼ばれる仲間達と隣に肩を並べる彼女達の幸せに満ちた背中を、一歩下がったその場所でいったい幾つ見てきたのだろうか。……こうして異世界にやって来たとしても、この俺の負うこの道化師のような役目(ポジション)はずっと変わらないということなのだろうか。


 ――けれど、


「例えば、さ? ……そのゴーレムは倒せなくても、誰かが棒でも振り回して目立つ囮にでもなれば、ゴーレムを引き離してマンドレイクを採ることは可能なんじゃないか?」

「何を言っているんだい、トモヤ? ……それじゃあまるで、君がゴーレムの囮になるとでも言っているみたいじゃないか。命の恩人にそんなことはさせられないよ」


 ……ああ、そうだよな。だからって、俺に見捨てることなんでできるわけがない。


「なに、困っている時に助け合うのが『親友』ってものだろ。……なあ、ファゼール!」


 ――愛する人のために必死に伸ばした手があと一歩届かないだなんて、そんな悲しいことがあっちゃいけないよな。……その一歩が足りないっていうのなら、ばっちり背中を押してやるのが親友っていうものだろ!



          ◆     ◆


「………………」


 彼女の部屋を出ると、そこには採集の装備を整えたファゼールが待っていた。


「彼女からの伝言だよ。『うじうじしていないで、早く私の見舞いに来るように』」

「ああ、わかってる。宝石病の治療薬を持って、今度こそ胸を張って彼女に会いに行くよ。……今更だって言われても、精一杯格好つけさせてもらうよ」


 こうして俺達は『禁忌の森』、――トゥムロの森へと向かっていった。




多忙のため、これから少し更新が乱れると思います。

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