四話『不思議な二人』
「それにしても、……君達はよく食べるね」
パサード平原で不思議な二人と出会った。
「ん? ……あ、すみません。美味しくて、つい」
一人は角兎に襲われているところを助けてくれた、トモリ=トモヤという青年だ。
モンスターの怖さを知っている奴ならば、群れの中に棒切れを振り回して突っ込んでいくような馬鹿なことをしたりはしない。そんなことをするのは悪酒で酔っ払った馬鹿か、それとも今時珍しい正義感溢れる大馬鹿のどっちかだ。見たところ酔っ払っていたような様子はなかったので、この変わった青年はきっと後者の大馬鹿野郎なのだろう。
最近はそういった馬鹿を見掛けなくなってきていたので、少し嬉しくなってしまう。
「いや、構わないよ。むしろ、もっと遠慮せずにどんどんと食べて欲しい。何しろこれは、命の恩人へのお礼なのだからね。……こんなものではまだまだ足りないよ」
「そうですか? ……じゃあ、お言葉に甘えて、どんどんいただきますね」
そう言うとトモヤは、大皿からこんがりと焼いた炙り焼きを幾つか取っていった。
古い木のテーブルの上には、母が腕によりをかけて拵えた料理が並べられている。
命の恩人へのお礼というには随分とささやかではあるが、彼が平原で言っていたように、とりあえずのお礼ということで温かな食事と今夜の泊まる場所を提供することにしたのだ。どれも素朴な味の料理ばかりだが、母の自慢の料理なので味わって食べてもらいたい。
「………………」
そして、黙々と料理を食べるもう一人の少女はメメというらしい。
彼女は万人が振り返る程の美人なのだが、……少し不吉さを感じてしまう。
恩人の連れに対してこんな感想を抱いてしまうのは失礼なのだろうが、……彼女からはどういうわけか濃い死の薫りが漂ってくるのだ。無表情のままじっと彼の側に佇んでいた彼女の姿を目にした時は、天からのお迎えが来てしまったのかと勝手に勘違いした程だ。
「えっと、メメさん……、母の料理はお口に合いましたか?」
「…………×××」
どこの国の言葉かわからないが、そう言ってメメはこっくりと頷いてくれた。
良かった。……ずっと表情を変えないまま黙々と食べていたので、気に入ってもらえたのか少し心配になっていたのだ。料理の減り具合からして嫌いではないだろうとは思っていたのだけれど、どうやらしっかり満足してもらえているようで安心した。
「すみません、メメはとても無口なんです。とても美味しいですよ。癖は少しあるけど、口当たりはさっぱりとしていて。……これって、何の肉なんですか?」
「うん? ……ああ、それなら君もよく知っているはずだよ」
何の肉、と聞かれてもこの辺ではよく料理に使われている一般的な食材だ。……確かに街中の市場ではあまり並ばないのかもしれないが、これといって珍しい物じゃない。
「でも、……俺達この辺りのことよく知らなくて。多分わからないと思います」
「なんだ、そうなのかい?」
二人共異国の生まれなのか、この辺では珍しい暗い髪の色をしている。
そういえば着ている服も、あまり目にしたことのない変わった服装だ。……仕立てはとても良いようだが二人は物好きな旅人か、それとも巡礼者だろうか? ここの生まれである僕がこう言ってしまうのもなんだか悲しいものだけれど、こんな特に見るものもない辺鄙な場所へとわざわざやって来る用事など、他にはあまり思い当たらない。
「二人共、あの世界樹を見に来たのかな?」
「世界樹? ……って、あの雲を貫いている凄く大きな樹ですよね」
おや、違ったのだろうか。トモヤは飲み物を片手に首を傾げている。
「観光か巡礼だろうと思ったのだけれど。なんだ、アレを見に来たんじゃなかったのか。……まあ、『伝説の樹』って昔から言い伝えられているけど、それも今となってはただの大きな樹だからね。拝んでも何もご利益とかなかっただろう?」
「『伝説の樹』、ですか。……それって、どんな言い伝えなんですか?」
トモヤはそう言って興味深そうに伝説の樹のことを聞いてきた。
どうやら二人は『伝説の樹』の話も知らなかったようだ。これでもわりと知られている有名な言い伝えだと思ったんだけど、聞いたことがないのだろうか?
「『世界樹の下で誓い合った二人は、死が二人を分かとうとまた巡り合い幸せになれる』という言い伝えなんだけど、……簡単に言ってしまうと、つまりは恋愛成就の伝説だよ。幾度も輪廻転生を繰り返し、周囲の反対を押し切って最後はかつての恋人と添い遂げたという賢者とお姫様の伝説が元になっているんだよ」
「そうなんですね。……それと似たようなお話は、俺も聞いたことがあります」
「なんだ、そうなのかい? ……それはどんな伝説なのか、教えてもらえるかい」
どうやら言い伝え自体は知らなくても、そのお話のことを全く知らないというわけでもないらしい。古の言い伝えも、『今は昔』のおとぎ話ってことか。……最近の子はもう、そういった古い伝説を知らない世代になってしまったんだな。
しかし似たような話があるのなら、どんな話なのか聞いてみたい。
「……俺の知っているのは、そんな『伝説』なんかじゃないです。――学校の校庭にある大きな樹の下で告白した二人が卒業後に結婚して幸せに暮らしたっていう、そんなどこにでもある平凡なお話なんです。……そんな、言い伝えだったんですよ」
えっと、『ガッコー』の『コーテー』? なんだか話の中に僕の知らない言葉が幾つか出てきていたけど、……確かに言い伝えと話の流れは似ているような気もする。
「あまり派手さはないけど、その話もなんだかいい話だね。……まあ、この『伝説の樹』は有名なお話だからね。トモヤも僕がさっき話した言い伝えのことはよく知らなくても、どこかで同じような話が伝わっていったのかもしれないな」
「…………そう、かもしれないですね」
そう言いながらトモヤは、俯いて飲み物を一気に飲み干した。
今の『伝説の樹』の話に、何か思うところがあったんだろうか。空のコップに隠れて見えるその俯いた顔は、どこか悲しげな様子だった。……そう言えば二人がなんでこんな場所までやって来ているのか、話はまだ聞いてなかったな。
「……二人は、どうしてこんなところに?」
「どうして、なんでしょうね。……どうしてこうなったのかは、俺にもよくわかりません。だけどもしかしたら、俺はその理由を知るためにこれから旅をするのかもしれないです。――それでも、折角ですから色んな所を見て回ろうと思いますよ。ひょっとしたら、またこんなに美味しい出会いがあるかもしれないですからね」
「……………××、」
そう言って楽しそうに、皿に乗った肉に大きくかぶりつくトモヤ。
出会いには色々とあるけれど、この二人との出会いは特別なものになりそうだ。
「まあ、なんだろうな。……二人はここまで観光に来たってわけじゃないんだろうけど、折角だから噂の世界樹も見て行くといいよ。あの大樹には『恋愛成就』だけじゃなくて、『祈願達成』のご利益もあるらしいからね。祈っておいて損はないはずだよ」
「そうですね、それじゃあ今度は『祈願達成』を願ってゆっくりと見上げてみます。……ところで、結局これは何の肉だったんですか?」
大皿からもう二、三切れ肉を取り、そんなことを訊いてくる。
さっきから何回もこの肉のお替わりをしているし、二人共随分とこの炙り焼きを気に入ってくれたようだ。いや、これも母の自慢の手料理だからだろうか? ……なんていうことを思ったけれど、そろそろ二人にも答えを教えてあげることにしよう。
「ああ、……あの兎だよ。なかなか美味しいだろ?」
「………………」
答えを教えると、トモヤは手を止めて胡乱な目でじっと手元の肉を見つめてしまった。対してメメはそれを聞いても手を止めることなく、さっきから黙々と目の前のある料理を食べ続けている。……どうやら二人には魔物の肉を食べる習慣はなかったようだ。
◆ ◆
「そういえば、ファゼールさん。どうしてあんな所で怪我をして倒れていたんですか? ……やっぱり、あの兎達に襲われてしまっていたんですか」
こんがりと焼かれた角兎の炙り焼きを頬張りながら、そんなことを村人さん――もとい、ファゼールさんに尋ねる。……確かにとても美味しい肉だけれど、死に掛けながらも手に入れるような貴重なものでもないはずだ。
「あんな兎達に襲われるようなヘマはしないよ。……なんてことを、死に掛けていた僕が言ってもあまり説得力はないかな。でも、この怪我は兎達にやられたものじゃないよ」
そう言って角兎がどんなモンスターか教えてくれた。
平原に穴を掘って巣を作る角兎は神経作用毒のある頭の角にさえ気をつければ、それ程仕留めるのに苦労はしないらしい。あの時は怪我を負って弱っていたところを角で刺され、上手く体が動かなくなってしまっていたのだという。
「じゃあ、その怪我は一体何にやられたんですか」
「……森のゴーレムだよ。僕は用があってこの辺りでは『禁忌の森』って言われている、トゥムロの森に入ったんだ。まさかゴーレムがいるとは思わなかったけどね」
そう、あっけらかんとファゼールさんは言うけれど、だとすればどうしてそんな場所に行く必要があったのだろうか。用があったとは言うけど、……その『用』とは何なのか。
「『禁忌の森』って、その名前からして入っちゃ駄目な場所ですよね。……それなのに、どうしてその森に入っていったんですか。ファゼールさんだってそこが危ない場所だと、ちゃんとわかっていたんじゃないんですか?」
「…………それは、」
……ああ、この話の流れは知っているぞ。
どれだけ危ないとわかっていても、立ち止まらずに進まなくてはいけないその理由。
一つは、金。――そこに儲けがあるからと、博打のように命を天秤にかけるためだ。
一つは、名誉。――己の力の証明と箔付けのため、危険を冒しても挑戦するためだ。
そして、最後は――
「息子の愛する恋人のためだよ」
料理がたっぷりと乗った皿をドンと置きながら、恰幅のいい母親がそんなことを言った。……最後の一つはやっぱり、愛する者のためだろう。
「ちょと、母さん」
ファゼールさんは慌てて止めようとするけれど、……喋り始めた母親の口はそうすぐに止まるわけがないのであった。
「おや、間違っていないだろ? ……えっと、確かトモヤさんとメメちゃんだったわね。危ないところをうちの息子が大変お世話になったね。ほら、育ち盛りなんだから、もっと遠慮しないでたくさん食べておくれ。足りないならおかわりはまだまだ作れるからね」
「あ、ありがとうございます。えっと、……恋人がいらしたんですね」
ファゼールさんをじっと見ると、恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
「ああ、フレソールっていう幼馴染の子なんだけどね。生まれつきその子はあんまり体も強くなかったんだけど、二人は昔から仲が良くってね。……この子は難病に罹っちまったその幼馴染のためにって、トゥムロの森まで薬草を採りに飛び出して行ったんだよ」
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