プロローグ『戦わない冒険者』前編
「さてと、……どうやって帰ろうかね」
私の名前はペーナ=ヴェルメーリ。
幼い顔立ちをしているが、これでも中堅の冒険者をしている。
殆どの冒険者はある程度仲間を集めて固定のパーティーを作っているものだが、私にはそういう馴れ合いのようなものは性に合わないようで、独りではぐれの冒険者をしている。いわゆる『はぐれ』の冒険者とは、固定のパーティーメンバーを作らず、依頼された内容に合わせてその場で仲間を集めて依頼をこなしている冒険者のことだ。
今回も集まった仲間達と護衛任務の依頼をこなし、向かった先のギルド会館でつい先程解散してきたところだ。依頼は最近上り調子の商業キャラバンの護衛だったこともあり、距離が短かった割に中々良い報酬だった。
他のメンバーはこの周辺で他の依頼を受けていくようだけど、私はここらで一旦拠点にしている冒険者の街、エンコントロまで帰ることにした。……折角なので、帰りにまた簡単な依頼でも受けながら戻ることにするか。
ギルドの入り口にある掲示板を眺めながら、何か良い依頼がないか探していく。
「『ヴェルデ湿原の水質調査』か。……少し遠回りになるけど、これにするかな」
確かヴェルデ湿原の周辺なら私で倒しきれないようなモンスターは現れないはずだし、この内容なら依頼をこなしながらでも二日ほどでエンコントロまで着けるだろう。まあ、報酬はそれほど高い額ではないが、帰った後の酒代くらいにはなるだろうか。
掲示板から依頼書を外し、受付まで持っていく。
「中央ギルド所属、ペーナ=ヴェルメーリ。……この依頼をよろしく」
「水質調査の依頼ですね。……それでは採集道具を用意しますので、暫くお待ち下さい」
そう言うと、依頼書を受け取った職員は受付の奥へと入っていった。
受付の側で道具が用意されるのを待ちながら、今回の段取りを頭に思い浮かべる。……湿原の近くに現れるモンスターの中に厄介な奴は何体かいるけど、今回は討伐の依頼ってわけじゃないし単独で受けてもそんなに支障はなさそうかな。最近は集団で受ける依頼が多かったし、久し振りに独りで受けてみるのも悪くはなさそうだ。
そんなことを考えていると、不意に後ろから声が掛けられた。
「――すみません、」
「――、……ッ!」
背筋を氷柱で刺されたような悪寒が走った。
咄嗟に振り返るとそこには、やけに死臭を漂わせた変わった二人組が立っていた。
「あの、ヴェルデ湿原での水質調査の依頼だったら、エンコントロ近くまで行きますよね。……もし良かったら、俺達も一緒に付いて行かせてもらってもいいですか?」
一人は人懐っこく、活発そうな少年だ。
彼が着ているのはどこの国の衣装だろうか。貴族の着ている礼服のように見えるが、それにしては使われている布が少なく簡素なデザインをしている。……それに、短く切り揃えられた髪の色もこの辺りでは見かけない随分と暗い色をしている。
「………………」
そして、少年の隣りにいるのは随分と不吉な空気をまとった少女だった。
闇夜で染めたような漆黒の衣装と、ほんのりと赤みを帯びた長く黒い髪。浮世離れした表情も相まって、まるでお伽噺の中から抜け出してきた美しいお姫様のようだ。……だが、どうしてか彼女からは身震いをしてしまうような恐ろしさを感じてしまう。
「護衛任務なら窓口で依頼しな。……今なら安くしておくよ」
……葬式か何かの帰りなのだろうか。
確か遠方に、葬儀の際に黒色を基調とした服をまとう地域があると聞いたことがある。それなら二人がまとっている不吉な雰囲気や漂ってくる嫌な死臭にも、一応は納得がいく。
「あ、違います。……ほら、駆け出しですけど、これでも冒険者なんですよ」
そう言って少年が見せてくれたのは、確かにギルドの冒険者カードだった。
「ふーん。……うわ、ヴェーリョのギルド所属か。確かあそこって、近くに世界樹くらいしかないド田舎ギルドじゃないか。二人共、よくそんな辺境からここまでやって来たな」
ヴェーリョといえば、『伝説の樹』と言われる世界樹が生えている聖地だ。
……しかし聖地とは言え、今となってはただの観光地であり、物好きな旅人や巡礼者などが時折やって来る以外は人気のない寂れた地域だ。とりあえずの慣例としてギルドも設置されているが、そこの所属の奴に会ったのはこの二人が初めてだ。
「まあ、色々とありまして。……どうです、一緒に組んではもらえませんか?」
確かに、道中の安全のためには一人よりも複数人で警戒に当たる方がいい。……しかし、この見るからに変わった二人とパーティーを組むのは、正直どうなんだろうか? 実力の程は見る限りではまだわからないし、かえって足手まといになることだってある。
「……悪いけど、この依頼は一人で十分だよ」
「あ、……そうですか。すみません、ありがとうございました」
そう言うと少年は残念そうに肩を落とし、待合席の方へとぼとぼと歩いていった。
「ああ、スマンな。……二人共、頑張って他の依頼を見つけてくれ」
私は二人の背中へ向かい、そう励ましの声を掛けた。
少年の方は明るい顔で振り返り、『ありがとうございます』と元気に手を振ってくれた。……改めて掲示板を見に行くわけでもないし、依頼を受けるのが目的じゃないのか?
「お待たせしました。……こちらが採集道具でございます」
二人の背中を目で追っていると、受付の職員が道具を持って帰ってきた。
「ん、ありがとう。……なあ、あの二人って何か依頼を受けたりしてないのか?」
「あのお二人、ですか? …………ああ、あの二人でしたら、確か一週間ほど前からああやって他の冒険者についていこうと、受付の近くをウロウロとしていますよ」
受付の職員が言うには、あの二人は一週間ほど前に他の冒険者達にくっついてこの街へやって来たらしい。それから毎日ギルドに来ては、今みたいに受付の近くで依頼を受けた冒険者達に声を掛けてまわっているとのことだ。
「ふーん、……エンコントロに行くとか言っていなかった?」
「ええ、そうです。始めの頃にエンコントロまで行きたいとおっしゃっていましたので、案内を依頼されてはどうかとお勧めしたのですが、……お二人は依頼できるだけのお金を持っていないとのことでした。依頼料が払えないのでしたら仕方ないですね」
話している最中にも同じように冒険者に声を掛けているのが見えた。
……まあ、案の定すげなく断られているようだけれど。
「ああ、そういうこと。……それじゃあ、ありがとうね」
駆け出し冒険者をパーティーに加えるメリットとか、正直言ってあんまりないしね。……ああ、このまま怪しい誰かの優しい言葉にコロッと簡単に騙されしまって、身ぐるみ全部剥がされて捨てられる二人の悲惨な結末が目に浮かんでしまうよ。
……ああ、もう見ていられないな。
「ほら、そこのお二人さん。……エンコントロまで付いてくかい?」
◆ ◆
「……あの、良かったんですか? エンコントロまで案内してもらって」
「どうせ私も、この依頼を終えたらエンコントロに帰るところだったからね。行きずりの仲間が一人や二人増えたところで、たいして手間は変わらんよ。……だけど案内の代金はキッチリと返してもらうことにするから、二人共しっかり働いてくれよ」
途方に暮れていた二人に声を掛け、道案内をしている私は相当なお人好しだろう。
あれからギルドで二人と即席のパーティー申請をし、今は街を出て一緒に依頼のあったヴェルデ湿原に向かってその近くの林道を歩いているところだ。……後ろからついてくる二人は、どうしたものかと少し困っているようにも見える。
「ありがとうございます。……えーっと、」
そういえば申請する時に書面に書きはしたけれど、まだ自己紹介もしてなかったな。
「ああ、私はペーナ=ヴェルメーリ。呼び方はペーナでいいよ。中央のギルドに所属している、はぐれの冒険者だ。……こう見えて君達よりもけっこう年上だけど、言葉遣いにはあまり気を遣わなくていいよ。短い道中だけどよろしく」
そう立ち止まるほどのことでもないかと思い歩きながら軽く自己紹介をすると、二人も同じように自己紹介を返してしてくれた。
「ペーナさん、ですか。こちらこそ、よろしくお願いします。……ええっと、俺の名前はトモリ=トモヤ。『トモヤ』でも『トモトモ』でも、好きなように呼んでください。あと、こいつはメメ。悪い奴ではないんですけど、ちょっと無愛想なんです」
「………………」
少年にそう紹介され、少女は軽く会釈をした。
……まあ、確かに無愛想ではあるのだが、この人形の顔を貼り付けたような無表情は果たして『無愛想』といった次元の話なのだろうか? 隣に表情豊かな彼がいるせいで、余計にそう見えてしまうのかもしれない。
「『トモヤ』に『メメ』か。……なんだか、変わった響きの名前だな。その奇妙な服装や髪色といい、随分と遠くからやって来たみたいだな。それで、二人は兄妹なのか?」
「違いますよ。……そんなに俺達って似てますか?」
「そりゃ、似ているっていうか……」
どうなんだろうか? 二人の雰囲気は何となく似ている感じはする。
改めて似ているかと訊かれれば、『硝子と氷』くらいには似ているんじゃないだろうか。……つまり、同じような見た目とは違って二人の本質はまったくの別物だっていうことだ。たとえ双子であっても、その本質は段々と変わってくるだろうけどね。
と、まあ、……そんな小難しいことはどうでもいいか。頭が痛くなる。
「まあ、言われてみればそこまで似てるってわけじゃあないな。……それじゃあ、二人はどんな関係なんだよ。その変わった格好といい、なかなか変わった事情があるんだろ?」
「……そりゃあ、一言じゃ言えないくらいには変わった事情がありますね」
二人の話を聞いてみれば、どうやらヴェーリョの出身というわけではないらしい。
わけあって今は二人で旅をしているらしいけれど、ヴェーリョからここに来るまでの道中でも同じようにギルドで他の冒険者達にお願いをしてついて行っていたらしい。……私が心配していたように優しげな冒険者に騙されて襲われそうになったことも時にあったようだが、これまではどうにか無事にやり過ごしてきたとのことだ。
……よくここまで無事にたどり着いたものだと、呆れを通り越して感心する。
「それにしても。道案内を依頼するお金がなかったんなら、それこそギルドで何か簡単な依頼でも受けて稼げばよかったのに。……一応は駆け出しでも冒険者なんだろ?」
ギルドの依頼なんかでお金を稼ぐことは、そう難しいわけじゃない。
薬草や素材の採集依頼やダンジョンの探索依頼なら、そう無理せずお金が稼げるはずだ。それが駄目でも、その辺で出会った弱いモンスターを3、4体ほど狩ってくれば道案内の代金くらいならすぐに集められるんじゃないだろうか。
しかしそう聞くと、トモヤは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「まあ、簡単なお使いの依頼とか、手伝いの依頼なんかを受けて少しずつお金を稼いではいたんですけど。……やっぱりそういった依頼を3つや4つ受けたくらいじゃ、その日の食事と宿代くらいにしかならなくて。そんなにお金も貯まらなかったんですよ」
「……何でそんな依頼ばっかり受けてるんだよ。ああいったのは、子どもが小遣い稼ぎをするための依頼じゃないか。お前さんも冒険者なら魔物の討伐依頼とかで稼いでこいよ」
一つ依頼をこなしても、ようやく黒パンが一つ買えるくらいじゃないか。
簡単な依頼といっても、そういった小さな子ども向けの依頼は、ギルドの掲示板でも別の場所に分けて貼られているはずじゃなかったか? ……いくら駆け出しだからって、冒険者が子どもの仕事まで奪ってやるなよ。大人気ないな。
まあ、……その見た目からして、まだまだ子どもではあるのだろうけどな。
「それが、……俺達じゃ、そういった依頼を達成できないんですよ」
「なんだ、そんなに弱いのか? ……そんなの駆け出しなら弱いのは当たり前なんだから、自分の力量にあった依頼を探せばいいだけの話じゃないか。さっさと諦めて子どもの仕事を奪うんじゃなくて、次の依頼を受けたりしなかったのか?」
そう問い返すが、トモヤは罰が悪そうに俯くだけだった。
自分の力量が読めずに挫折して、楽な方へと逃げてしまうとは情けない。……もう少しくらい骨がある奴かと思ったんだが、どうやら私もとんだ見当違いをしていたみたいだな。そう思って小さく溜息を吐いたが、返ってきた答えは意外なものだった。
「強いとか、弱いとかじゃなくて、……戦いにならないんです」
「そいつはどういう、――……ッ!」
会話に割って入るように、何体かのモンスターの気配が近づいてきた。
近くにいるモンスターの気配にトモヤも気がついているのか、警戒するようにぐるりと周囲を見渡していた。……なんだ、意外と見当違いではなかったようだな。
「……どうにも、囲まれてしまったみたいですね」
トモヤは声を低くしてそう応えた。
鬱蒼と茂る木々に紛れてまだ姿を見ることは出来ないが、この四方から漂ってくる嫌な気配からして既に囲まれてしまっていることは確実だ。……話に夢中になっていて警戒を怠るとは、こんな様ではトモヤやメメのことを『駆け出し』だとは言えないな。
「ああ、そうみたいだな。……数はそれほど多くないようだが、ここで襲われると面倒だ。もう少しでこの林を抜けられるから、そこで相手をすることにしよう」
「はい、合点承知です。……メメ、少し走るよ」
行く手を遮られないように警戒しつつ、私達は一気に林を走り抜けた。
長かったので、分割して前後編となっております。