どなたか私を処刑(ざまぁ)してくれません?
豪華で煌びやかな舞踏会。そこでは大勢の来賓客がワインやシャンパンを片手に談笑し、会場の中央ではこの日の為に着飾った初々しい華のご令嬢が意中の殿方とダンスを楽しんでいた。
和やかな雰囲気のなか、入口の大きな扉が開かれる。本日の主役が遅れて登場してきたのだ。
現れたのはこの国の第一王子と、その王子が溺愛する少女。2人に会場中の視線が一気に集まる。だが向けられる周囲の視線などお構いなしに、王子は連れの少女だけを見つめていた。
「俺と踊ってくれるか? レティ」
少女に手を差し伸べる王子。その手に少女が手を重ねようとした時だった。
「セガール王子、目を覚まして下さい! その女は貴方様の隣に相応しい者ではありません!!」
貴族らしく着飾ったドレスの令嬢が声高に叫び王子の前に現れる。
そしてその令嬢が王子と少女に近づこうとする前に、この国の若き宰相と騎士団長が立ち塞がる。
「キャロライン殿、その言いようは無礼ではありませんか」
宰相はその身で自分の主を庇う。
「普段のあんたの言動には多少目をつぶってきたが、ここで騒ぎたてるってんなら容赦しないぜ?」
騎士団長は腰の剣に手をかけながら威嚇する。
「クリス様、グレイ様! 貴方達もその女に騙されているのです! 立場をわきまえず王子にすり寄り、王子だけには飽き足らず貴方達まで誘惑し、この国の税を勝手に使用して贅沢三昧、その女は王子の妃になってはいけない悪女なのです!!」
令嬢に指差され糾弾されたその少女は顔色を変えることなく静かに微笑んでいた。
そして、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「やっと来てくれた」
◇◇◇
やっと来てくれた! もう待ってたよ、待ちくたびれたよ!
王子に目をつけられて約10年間。いつ手を出されるかと怯えながら純潔を守り通した日々よさらばだ!
え? 興奮してないで状況説明して欲しいって?
そもそもお前は誰だって?
御令嬢様に罵られてた王子の連れの少女ですけど。
なんであんな修羅場になってたか?
話せば長くなりますよ。なんたって私の前世にまで話は遡りますからね。それでも聞きたいですかそうですか。では、聞いて下さい。
私の人生はまさに波乱万丈の一言につきる。
前世、一般的な家庭に生まれ赤ちゃんの時までは幸せに過ごしていた。
しかし大きくなるにつれてはっきりしてきた私の目鼻立ち。両親のどちらにも似ていない超絶美少女。母親の浮気が疑われ夫婦は不仲に。きっかけは些細なことだったが積み重なる衝突についにお互い我慢出来なくなり離婚へ。
私は母親に引き取られるも育児放棄でまともに成長できず、死にかけていた所を保護され施設に入る。
施設では平穏に過ごせるかと思いきや、施設長は小さい子供が病的に大好きな悪い大人。美少女な私は特に気に入られ悪戯されました。どこまで? 最後まではされてませんがかなり際どいことされました。しかしすぐに発覚し通報され別の施設へ。
人の噂とは馬鹿に出来ないもの。前の施設で私がどういう扱いをされたか知っている人がいて、すぐに広まり私は遠巻きに見られ腫れもの扱い。
それでも我慢して施設から中学へ通った。高校には進学するお金もなく、中卒で就職した。危ない雰囲気のお店から声がかかったりしたけど、警察のお世話にはなりたくないので健全にスーパーとコンビニのアルバイトを掛け持ちして独り立ちすることにした。貧乏だけど贅沢しなければ充分な生活がおくれていた。
唯一の趣味は携帯小説。無料で自分の好みのものを読んで楽しめる。それだけが日々の癒しであった。
二十歳過ぎてバイト先で男の人から告白されることが多くなった。
でも母親を蔑むような父親の目や施設での経験から男性恐怖症になっていた私には迷惑千万。見るな、寄るな、近づくな、滅べ男ども。
二次元の小説の中の人物に嫌悪は感じないも、三次元の男性はどうやっても無理だった。
人に壁をつくり、人を遠ざけながらも手にしたささやかな平穏を楽しんでいた。
しかし神様はよほど私が嫌いらしい。
つかの間の平穏はいとも簡単に壊された。
バイト帰り、いつもの道を自転車で移動していた時、突然後ろから大きくクラクションを鳴らしながら車が突っ込んで来た。
スローモーションで全てが見えているのに体はピクリとも動かず、ただただ終わりの瞬間を待った。
視界が真っ黒に暗転し人生終わったなと思ったら今度は真っ白に。
そして気がつけば新たな人生。
孤児院の6歳の少女レティちゃんとして人生再スタート。
………私は絶望した。
せっかく独り立ちして好きなように生きていたのに、何故また孤児としてやり直さねばならないのか。
さらに、生まれ変わったこの世界は生活水準が前の世界にかなり劣っている。
中世ヨーロッパ風のこの世界。絶対王政、貴族の横暴が許され、貧富の差が激しく孤児があふれている。
こんな世界でどうしろと?
唯一の趣味だったネット小説もないこの世界では私は生きていけない。生きたくない。そうだ、死のう。
孤児院のただでさえ少ないご飯。食べなければ餓死出来るのではないか。そう思い私よりガリガリに痩せている子に自分の分のご飯をあげた。
孤児院でかせられる労働。幼い子供にはかなりきついものがある。これ頑張れば過労死出来るんじゃないかと他の子の仕事を率先して奪い人一倍働こうとした。
だがなかなか上手くいかない。
他の子は週一でしか水浴びを許されないのに私だけ毎日身綺麗にされ、ご飯を食べなければより栄養価の高いものを口に突っ込まれ、他の子と同じ様に働こうとすれば止められる。1人だけ特別扱い。何故?
いろいろ試すも効果がでず絶望に打ちのめされていた時、孤児院に国の調査が入った。
調査の指揮をとったのはこの国の第一王子。孤児院とは名ばかりの人身売買や孤児を不当に扱うここの現状が暴かれていった。きっかけは内通者による密告があったらしい。
甲冑を着込んだ騎士たちが子どもたちを抱き上げ、もう大丈夫だと話しかけていた。
そして床に座り込み膝を抱えていた私の前に、甲冑の騎士たちの中でもひときわ異彩を放つ大きな男がしゃがみこんだ。
その男の目は虎の様に鋭く野性味を帯びていた。何かに飢えてる。そんな目。
グローブをはめた冷たい布の手が、私の頬に触れる。
私は背中から這い上がる嫌悪感に耐えられずその手を振り払った。
暫し静止していた男はゆっくり壊物を扱うように私を抱き上げた。
男に触れられる気持ち悪さと突然の浮遊感に暴れたくなったが恐怖で体が震え上手く力が入らなかった。
そして人との接触によるストレスがピークを天元突破し私は気を失った。
気づけばお城の一室に監禁され、すべてを管理されていた。
私をここに閉じ込めた男、この国の第一王子、セガール。
奴は「お前は俺のものだ」と会うたびに言い聞かせてくる。6歳の私に、16歳の男が。
それってヤバくない? ロリコンでしょ? 幼児趣味の異常者でしょ?
ヤダヤダヤダ。
ただでさえまだ16歳のくせに長身でガタイが良くて目つき鋭い男が、幼女の私に愛を囁くとか考えられないわ。
第一王子で国家権力バリバリ使えちゃう奴に、孤児で6歳児の女の子がどうやって逆らえって言うのよ。
無理矢理無理。
お世話してくれるメイドさんたちとは良好な関係を築けているが口癖の様に言われる言葉たち。
「レティ様のような美しい方がセガール様のお妃になっていただけるなんて嬉しいですわ」
「いづれ王の座につくセガール様の寵姫ですもの。レティ様しか目に入らないご様子をみると王妃はレティ様で決まりですわね」
イヤイヤイヤ。
王妃とか無理。というか誰もセガールのロリコン趣味に突っ込まないの? 6歳児手篭めにしてるのに。
そうして監禁されながら王妃教育もされ、少しづつ部屋から出れるようになるとこの国の宰相の息子クリスとか騎士団長の息子グレイとかが会いにきて気に入られたりプロポーズされたりそれを知ったセガールが2人に決闘を挑んだりいろいろあった。
15歳になり初潮がきた私にセガールは嬉しそうに言った。
やっと俺を受け入れられる身体になったな、と。
私は戦慄した。
このままではマズイ。ヤられる。身ごもらせられる。此処から一生出られなくなる。
私は純潔守り通して魔女になるんだから。あれ、80歳過ぎて処女だと天女になるんだっけ?
……なんだっていいわ。
とにかく今まで保留にしていた自分の人生設計を真剣に考え直す。
どうする、どうすればいい?
自分の立場を今一度振り返る。
孤児。王子に出会う。気に入られ寵姫になる。王子以外にもなんか気に入られ逆ハー状態。
あれ? なんか私乙ゲーのヒロインみたいじゃない?
そこで生前読んでいたざまぁ展開のシナリオを思い出した。
逆ハーなことをいいことに贅沢三昧、相手のことを考えず自分勝手な振る舞いをして最後には断罪されるヒロイン。
よくあるのは修道院へ送られ一生をそこで過ごすというもの。なかには悪いことをし過ぎてその場で死罪とかもあったけれど、さすがに私もたくさんの悪意を受けて死ぬのは怖い。
死ぬなら静かにひっそり死にたい。怨まれながら死ぬとか来世に響きそうで嫌だ。
修道院なら男もいないだろうし、静かに暮らせそう。毎日神に祈り規則正しく生活する。やだ、何それ天国じゃないの。
適度に悪女になって私をざまぁしてくれる逸材を待つ。逆ハーはその方に押し付けて私はフェードアウトする。他力本願極まりないけどやってみる価値はあるかも。
そうと決まればさっそく実行だ。
まず、これまでセガールにされるがままで受け身であったのを人前でわざと此方からベタベタくっついてモーションを仕掛ける。
ただここで上手く調整しないとセガールの欲情を煽って大変な目に合う。
セガールが発情しない程度にくっつき、他の御令嬢の前で威嚇する。少しずつ、あまり大袈裟にならないように、御令嬢達を挑発し敵を作る。
次に、宰相に言って税金の使い道に私のドレス作りをねじ込む。最近宰相になったばかりのクリスを口八丁で騙しこむ。
税金を使って贅沢三昧。これぞ我儘ヒロインの定番。
ここぞとばかりにドレスにいちゃもんをつける。
この世界のドレスってダサいのよね。布を重ねて巻きつけてるだけで、細かい装飾が一切されていない。
だからまずレースや装具作りから始める。
城から出ることは周囲に大反対されたけど、この国最強の騎士団長が護衛につけば怖いものなんてないとグレイをおだててなんとかした。
貴族御用達の店ではなく街の小物売り店を視察しにいき、センスのいい店にボタンや金具などの装具作りを依頼をする。凝り固まった古い考えの老舗よりも自由な発想で柔軟な考え方が出来る店の方が話が早くて助かるわ。
街で張り紙をして手の空いている針仕事の出来る主婦を募集。レースの作り方を教えて内職を頼む。丁寧に作ってね。
失敗を重ねて納得のいくものが出来上がり、そのドレスを見せつけるかのようにお呼ばれしたパーティで着飾り参加する。
え? ドレスに使って余った材料? 返さなくて良いわよ。自由に使っていいよ。また今度新しい材料持ってきて新作頼むからよろしくね。
さて、ドレスもたくさん作って浪費したし次はどうしようかな。
あ、よく孤児院に寄付とか浮浪者に食事与えて後で責められるものとかもあったな。寄付だけしても何も改善されないとか、たった一食の食事を与えても感謝などされない。上から目線の偽善行為だってヤツ。
確かに金だけ出しても悪い大人の私腹を肥やすだけだしね。
孤児、浮浪者に炊き出しでもするか。一回だけ顔だして上から目線の憐れみの言葉でも口にしとけば上手く反感かえるだろうし。
内職のおばちゃん達に手当て出すからって炊き出し頼もう。
あとは………………。
そう、こうして私は断罪されるためにざまぁヒロイン道を突き進んでいったのです。
そしてついに念願の私を断罪してくれる御令嬢様が現れてくれたのです。
性格悪そうな美人だけど、きっとこれから彼女が私の代わりに逆ハーヒロインを務めてくれるはず。
ああ、ニヤニヤが止まらない。どうか早く私をこの男達から引き離してちょうだい。私をシスターだけの楽園に連れていって!
私は罪を認める為、口を開いた。
「ええ、そうよ私は国民の血税を勝手に「貴様は何を言っているのだ。この国を、この国の民を思い身を賭して行動してくれた賢女たるレティによくもそのような口が聞けたものだな」
「「え?」」
私を抱きしめながらセガールが言った言葉に私とキャロライン嬢が唖然とする。
「身の程知らずとは貴方のことを言うのですよ。レティ様は勝手に税金など使っておりません。きちんと私に許可を取りました。どのようにお金を使えば国民に還元できるのか、地域を活性化出来るのか具体的な案を提示されそれを実行したまでです」
クリスの言葉に周囲も同調する。
「そうですわ。レティ様のおかげでドレス革命が起きてこれまでのデザインが一掃され、より華やかになったのに」
「その影響で街の下請け店の事業が拡大しより良いものが提供されるようになりましたのよね」
「ご自分だってその恩恵を預かりレティ様考案のドレスを身に纏っているのになんて言いようかしら」
え? 何それ。私ただ自分好みのドレス作りまくってただけなのに。
「レティは孤児や浮浪者の事までどうにかしようと地域住民を巻き込んで待遇改善を提案した。みんなで孤児達の現状を見て、食事を与えて、今後の職探しまでしてきた。一時的な金だけ投げつける偽善者とは違う。多くの人に慕われるレティを侮辱したらタダじゃすまされないぜ」
その言葉に給仕していた使用人達が同意する。
「私達に多くの働き先を作ってくれたレティ様を侮辱するなんて許されるはずがありません」
あ、あの。私はただおばちゃん達引き連れて炊き出ししに行っただけなんだけど。みんなには無限の可能性がある〜とか、やる気があれば何にだってなれる〜とか演説はしたけど。何かまずかったの?
「そんなの嘘よ! だってお父様がその女の我儘のせいで国民の税金が浪費されてるって言っていたんだから! 皆んな騙されてるって、全部その女が悪いんだって!!」
自信満々にしていたキャロライン嬢は取り乱し、狂ったようにお父様がお父様はと言い出した。
「貴様の父親ならそう言うであろうな。これまで税金を横領し私腹を肥やしてきたのは貴様の父親の方だ。レティが税の使い道を調べどこにいくら使われているのか明確にしたことで貴様の父親は好きに金を横領できなくなったのだ。横領の証拠はもう掴んである。明日にでも貴様の家は取り潰しになりそれ相応の罪に処されるだろう」
あれ、何か流れがおかしくない? 私が罪を暴かれ責められるはずがキャロライン嬢が責められてるよ。責めるなら私を頼む!
「セガール様、私が悪かったのです。彼女は何も悪くはありません」
もう彼女発狂してますよ。許してやってよ!
「お前は優し過ぎる。あの女は私の婚約者を騙り幾度となく揉め事を起こしてきた。気に入らない者を父親の権力で消し去り黒い噂が絶えずにいた。決定的証拠を掴めず泳がせていたが、お前のおかげで父親の方を片付けることが出来た。これからいくらでも余罪を吐かせることが出来るだろう」
あら、それは庇いきれないわ。
「皆の者、よく聞くがよい。本日をもって、レティを正式にこの俺の妃とする。俺は生涯レティ以外は誰一人娶らない。ゆえに、この国の聖母はレティただ一人。レティを侮辱することは、この王室を、この国を侮辱することと知れ!」
セガールの言葉に大歓声と拍手が起きる。
ちょっと待って。
私のシナリオとは違うのですが。
私の断罪はどうなったの。
ねぇ、どなたか私を処刑してくれません?
ご要望があれば他者視点を書いてみます