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田舎においでよ!

  私の家は兼業農家で、祖父母と母が農業を営み、父はトラックの運転手をしています。

  だけど、自分の家が農家だというのは、大っぴらに言いたくありません。

  それは農家という仕事が、地味で泥だけになる仕事でかっこよくないからです。


 そこまで書いて、私はシャープを持つ手を止めた。

 窓の外で大合唱するセミの声が一気に耳に流れ込んでくる。

 机の上に広げられた原稿用紙に視線を落とす。

「うーん。『かっこよくない』ってのはちょっとハッキリ言い過ぎかなあ」

 そう言って頭を抱え、シャープを机に転がした。

「高校生の夏休みの宿題にも作文があるとは思わなかったなあ」

 読書感想文も、それから作文もある。作文はテーマは自由なのだけど先生受けする方がいいと考えている。

 農業を良く思わない高校生が、紆余曲折あって農業をちょっと好きになるっていう作文なら先生受け良さそう。ついでにここのような田舎も好きじゃないから、田舎も好きになったって内容にもつながればさらにいいかもな。

 そんなことを考えていたら、突然、階下から母の呼ぶ声が聞こえた。

(あんず)ー! ちょっといらっしゃーい!」

 私は「なんだろ」と呟きつつ、あくびをしながら階下へ降りる。

 

「なーに?」

 居間のガラス戸を開けると、そこにいたのは母ではなく見知らぬ男の子だった。ってゆーか人が来てるなら言ってよ!

 私はぽかん、としながらも自分の服装を見た。くまのキャラクターTシャツに気が狂ったような色のピンクのハート柄のハーフパンツ姿。

 部屋に引っ込んでしまおうかどうか考えていたら、三人分の麦茶を運んできた母が私の格好を見て、顔をしかめた。

 母は、麦茶をテーブルに置くと、男の子をこう紹介した。

桐生直人(きりゅうなおと)君。杏と同じ歳よ。直人君は、はす向かいの桐生さんのところのお孫さんなの」

 はす向かいの桐生さんの家は七十代の老夫婦の二人暮らし。祖父母の同級生で今でもよく家に来る。

「直人君、この子、うちの娘の杏。ごめんねえ。変な服装で。いつもこうだから気にしないで」

 母がそう言って笑うと、直人君も戸惑いつつ笑みを見せる。いや、いつもこんな服装ってわけじゃないんだけどなあ。でも訂正するのが面倒なので、麦茶を飲むことにする。

 私がグラスに口をつけたところで、母が爆弾を落としてきた。

「直人君は、今日から夏休みの間、家に泊まってもらうことにしたのよ」

 麦茶を吹き出さなかったのは不幸中の幸い。

「お母さん、話が見えないどころか意味が分からない」

「えー。なんで分からないのよ。桐生さんとこは今、新しい家を建ててる最中で離れに二人で住んでるのよ。直人君が寝るスペースがないらしいの」

 なんでそんな時に田舎のおじいちゃんの家に遊びに来たのだ、孫よ。

「すみません。家を取り壊したことを知っていたら、はるばる愛知から来なかったのですが、なんせ家の取り壊しの話を聞いたのが三日前だったもので……」

 直人君が申し訳なさそうに口を開いた。

 お母さんはからからと笑いながら答える。

「そういうこともあるわよ。家は大歓迎よ。おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもみんな賛成してくれてるからね」

 一人忘れてるけどね。

「自分の家だと思ってくつろいでね」

 母はそこまで言うと私を見て続ける。

「あ、そうそう。直人君にこの辺を案内してあげてよ」

「案内って」

「じゃあ、お母さん巨峰の箱詰めに戻るからなんかあったら言いに来なさい」

 早口に言うと、母は居間を出て行った。

 二人きりになった部屋は、静まりかえってしまった。セミの大合唱がうるさい。

「ええっと、じゃあ、案内、します」

 沈黙に耐えきれなくなった私はそう口にする。

「お願いします」

 直人君がぺこりと頭を下げた。

 

 奇抜な部屋着からまともな格好に着替えた後、直人君に近所を案内することにした。

 そうは言っても三百六十度どこを見渡しても田園風景で、たまに変わったものが見えるとすれば、森か牧場。人工建築物は本当に少ない。

 そんな田舎の何を紹介しろと言うのだろう。

 家から数メートル歩いたところで、直人君が田んぼの前で立ち止まった。

「どうしたの?」

 私の言葉に彼は田んぼに視線を向けたままで言う。

「合鴨農法だよね。初めて見たから感動しちゃって」

「あー。田中さん家は昔からそうだね」

 それだけ答えて田んぼを見ると、鴨が水面をつついていた。

 ぼんやりとそれを眺めていたら、直人君が突然顔を上げて指をさす。

「あれ、とうもろこし畑だよね。すげー人間の背よりも高い!」

 直人君はそう言うと吸い寄せられるように、斜め向かいにあるとうもろこし畑に近づいていく。

 私は小さくため息をついてから、その後を追った。

 とうもろこし畑に感動し、リアルなかかしを人間だと勘違いして挨拶をして苦笑いし、遠くに見える山を眺めて『視力良くなりそう』と笑ったりと直人君は、こちらが案内しなくても十分、一人で楽しんでいた。

 じりじりと照りつける太陽に私は帽子をかぶり直し、こう提案する。

「ちょっと休憩しよ」

「うん。そうだね」

 直人君の言葉を聞くが早いか、近くの自動販売機でジュースを二本購入して、自動販売機の向かい側にある公園で休憩した。

 公園と言っても遊具などは何もなく、小さな公民館と桜の木と近所の老人御用達のゲートボール場があるだけの質素なものだ。ベンチすらない。

 階段に腰かけ、ジュースを飲む。

 直人君はとっくに見ごろを終えた桜の木を眺め、ポツリと呟く。

「いいね、こういう場所」

「田舎だよ」

「それがいいんだよ」

「こっちには何度も来たことあるんでしょ?」

 私の言葉に、直人君は首を横に振る。

「もう十年ぶりだよ」

「そうなんだ」

 なんで十年ぶりなんだろう。

 不思議に思いつつも、何気なく直人君を観察してみる。結構、かっこいいなあ。というか私好みのあっさり顔だ。肌はきれいだし、涼しげな目元で鼻は高いしで実はかなりのイケメンなのでは……。

「なに考えてんの私は!」

 それだけ言うと、私は首を左右にぶんぶんと振った。

 直人君は不思議そうな顔をしてから笑った。肌、白すぎないか? もしかして十年間ずっと引きこもりだったとか?

 でも、さすがに本人には聞けない。


 突然の珍客が来て数日が経過したある日。

『杏、あんた料理好きだし今晩は何か作ってよ。直人君も喜びそうなやつ。お願いね』

 母はそれだけ言うとスーパーの袋を押し付けて、農作業をするべく畑へと行ってしまった。

 袋の中には、じゃがいも、にんじん、豚肉、カレールウが入っている。

「カレーライス一択じゃん」

 私のカレーライス、家族に好評だからいいんだけどさ。

 その晩は予定通りカレーライス。奮発して目玉焼きも乗せてみた。黄身はとろとろでね!

 脂っぽいものや味が濃いものを好まない祖父母も私のカレーライスなら好んで食べてくれる。

 家族からの反応はいつも通り、問題は直人君だ。

 都会(愛知の名古屋らしい)に住んでいる人は舌が肥えているから、評価が厳しいかもな。そもそも口に合わない可能性だってある。

 私が不安な気持ちで直人君を見ていると、彼はスプーンにすくったカレーライスをぱくりと食べて一言。

「うまっ!」

 勝ったああ! 今のあれだよ、無意識のうちに出た言葉だよ! やったね、都会人に勝利だぜ。

 私が勝利に浸っていると、直人君はこちらを見て笑顔でこう言う。

「すごく美味しい。料理上手なんだね」

 すると母が何かものすごく良いことを思い付いたという表情で口を開く。

「あ、じゃあ、直人君、将来、杏をお嫁にもらってよー。この子、怠け者だからなかなかお嫁に行けないと思うから今から予約しとくわ」

「おい! 母さん! 何を言ってるんだ! 杏は嫁に出さん!」「稲助の言う通りだ!」

 父と祖父が同時にそう言って立ち上がる。それをからかう母と祖母。 

 直人君に褒められて照れる暇もないよ。

 ため息をついて、彼を見ると楽しそうに両親と祖父母のやりとりを見ていた。

 そして、こちらの視線に気付いて、にこりと微笑んだ。

 私も笑みを返す。

 まあ、良い子そうで何よりだ。チャラ男とかだったらどうしようかと思ったよ。

 

 七月の終わりはやけに蒸し暑い日になった。

 私と直人君は、自転車で寂れた商店街を走る。

 彼が昔よく遊んだという河原に行きたいというので、道案内をすることにしたのだ。父から借りた自転車に乗る直人君はどこか楽しそう。

 商店街が途切れると、あっという間に視界が広がる。

 緑色の草原みたいな田んぼの中に、一か所だけひまわり畑があるのだけど、私はここの景色が好きだ。一面のひまわり畑を見ると、夏休みを実感できる。

「この景色いいね」

 直人君は黄色の花を横目に見ながらそう言った。

「うん。そうだね」

 私は大きく頷いた。


 河原は既に子どもたちに占拠されていた。しかも水着だ。用意がいい。

 奇声を上げながら水鉄砲で遊ぶ子どもたちから少し離れた場所に移動する。

「気合い入ってるね」

 後ろを歩いていた直人君に言われて振り返る。

「なにが?」

「いや、だってビーチサンダル」

 彼は私の足元を指さす。夏に河原に来るなら必須でしょ。

「スニーカーなんぞ都会人の証拠だね」

 私の言葉に、直人君は自分のスニーカーに視線を落としてから笑いだした。

「田舎者には敵わないよ」

「なんかバカにされてるみたい」

 むっとした表情をわざとつくる私に直人君はにっこり微笑んで言う。

「田舎者を嫌味だと捉えるなんて、まだまだ甘いな」

「ほーんと、直人君って優しそうなふりして実は悪魔だよね」

「悪魔って! ひどいな!」     

 直人君が笑いだしたので私もつられて笑う。

 彼は、優しくて穏やかな雰囲気だけど、仲良くなるにつれて本性を現してきた。でも、それが心地良い。

  

「気をつけなよー!」

 直人君が石の上に座りながらそう叫んだ。

 私は川に足だけ入りつつ、「だーいじょうぶ! ここ浅いから!」と返した。

 暑い日の川は気持ちいい。川の水がきれいだから足元も見える。

 ゆらゆらと揺れるピンク色のビーチサンダルを眺めていたら、突然、呻き声が聞こえた。

 驚いて顔を上げると、直人君が胸をおさえてうずくまっている。

「直人君!」

 そう叫んで彼のいる方へと駆け寄ろうとした瞬間。 

 バランスを崩して後ろに倒れてしまった。

 態勢を立て直そうとして、ハッとする。足がつかない。顔が半分以上隠れる位置まで水がある。

 心臓をわし掴みにされるような衝撃と突然目の前に現れた恐怖でパニックになる。

 泳げないのに川なんかに入るんじゃなかった。

 そんな後悔をする暇もなく、水の中でもがき苦しんだ。

 誰か助けて!

 めちゃくちゃに水面を叩きながら叫ぶが、それが声になっているのか分からない。

 怖い……苦しい……。

 死にたくない!

 その三つの感情だけで支配された頭の中に突然、声が届いた。

「俺につかまって!」

 直人君が泳いで助けにきてくれた。

 私は彼に必死でしがみつき、河原まで運んでもらう。

 水もほんの少ししか飲んでいないし、気分が悪いとかどこが怪我をしたわけでもない。

 それは、直人君が急いで助けに来てくれたからだ。

「ありがとう」

 弱々しく言う私に、直人君は優しく微笑む。

「良かった。何ともなくて」

「うん。おかげ様で」

「都会人も捨てたもんじゃないだろ?」  

 イタズラっぽい笑みを浮かべた直人君が、なんだか光をまとっているのように見えた。

 

 この一件以来、私と直人君の距離はぐっと縮まった。

 あれから山の方まで自転車で行ってみたり、彼が幼い頃に行ったという駄菓子屋を探したり、森を探索してみたりと二人で出かけることが増えた。

 それに伴い、母の『娘をお嫁にもらって!』という言葉も以前よりも増え、笑えなくなってきた。

 憂鬱から始まった夏休みは、今はきらきらと輝いている。


 @


 女子高生の朝は早い。

 午前六時に起床。パジャマから部屋着になると鏡で身だしなみチェック。

 鏡の向こうには、地味な顔立ちの女の子が映っていた。ぱっとしない、いかにも田舎の子って感じだ。

 小さくため息をついて、部屋を出ると、髪をきれいにとかして、朝食の支度をする。

 八月は母が巨峰の収穫やら出荷の準備で忙しいため、家事は私がすることが多い。

 台所で朝食の支度をする。今朝は味噌汁、玉子焼き、焼き鮭、きゅうりの浅漬けだ。

「ここ最近、朝飯がいつもより豪華だなあ」という父の言葉を無視して、私は味噌汁をお椀によそう。

「手伝うよ」と言って直人君がお茶椀にご飯をよそってくれる。それがなんだかうれしい。

 朝食を終えると、彼がお皿を洗ってくれるというので、それに甘える。その間、私は二人分のお茶をいれた。

 他の家族は仕事場へ向かい、私と直人君だけになった居間で、ゆっくりとお茶を飲む。

 なんて穏やかで幸せな時間なんだろう……。

「今日は、おじいちゃんとおばあちゃんの三人で足湯に行ってくるんだ」

 そう言って笑う直人君に、がっかりした。なーんだ、今日は遊べないのか。

 もともと私と遊ぶためにこっちに来てるわけじゃないしね。なに考えてるんだろ。

 直人君は、暇さえあれば桐生家に顔を出していた。おばあちゃんとガーデニングを楽しんだり、おじいちゃんに日曜大工を教えてもらったりしているそうだ。

「散歩でもいいから二人で歩きたいなあ」

 私はそう呟いて、小さくため息をつく。


 次の日の朝は、セミの大合唱と寝苦しさで目を覚ました。

 手探りでスマホを探し、時刻を確認。

「うわあ!」

 その瞬間、思わず叫んでしまった。

 寝坊だ。しかもただの寝坊じゃない! もう午前十時!

 昨日なかなか眠れなかったからなあ。朝ご飯は母が作ったんだろうけど、こんなに寝坊したなんて直人君に知られたら恥ずかしい。

 私は急いで身支度を整え、一階へと降りる。

 廊下を歩いていたら、居間から声が聞こえてきた。お客さんかな。

「うちの直人、迷惑かけてない?」

 その言葉と声で、桐生家のおばあちゃんが来ていることはすぐに分かった。

「大丈夫。直人君、とっても良い子だから」と祖母。

「うちの杏とも仲良くしてくれていますよ」と母。

 なんか今、出て行きづらい……。しかも、ものすごく寝坊したし。

 私は挨拶するのを躊躇して廊下の隅で息を潜める。

「そういえば、随分と悪いらしいですね」これは祖母の声。

「……ええ。厄介な病気なんですよ」

 桐生のおばあちゃんが答える。誰か具合いが悪いのかな。

「そうなんですか。桐生さんもお辛いでしょう」

 母の言葉に、桐生のおばあちゃんはため息をつく。

「ええ。大事な大事な、それこそ子どものようなものですから。でも、こればっかりはあきらめなきゃいけないことなのよねえ……」

 嫌な予感がした。まさか直人君の話じゃないよね?

 桐生のおばあちゃんは続ける。

「もう二度と会えないから、今年は思い出をつくることができたのは良かったかしらね」

 その言葉に目の前が真っ暗になった。

 直人君、病気だったの? あんなに元気なのに……。

 私はそこでハッとした。

 違う。元気じゃない。河原で胸をおさえてうずくまってたじゃない! あれは心臓か何かの病気なの?!

 肌の色が白いのも、十年ぶりにこっちに来たっていうのも、入院生活をしてたから? でも、もう余命がわずかだから、病院に無理を行って田舎に遊びに来たってこと?

 悪い想像だけがどんどん大きくなっていく。

 でも、想像じゃない。心当たりがあり過ぎる。

 私は無意識のうちに家を飛び出していた。


 直人君を探し回る。

 彼は、小さな公民館とゲートボール場しかない公園にいた。そこで桜の木を眺めている。

 そして、私を見つけると笑顔で手を振った。

「散歩?」

 直人君の言葉に私は首を横に振る。

「息切らせてどしたの? あ、そういえば今朝は珍しく寝坊したね」

 いつもの意地悪な笑みも、悲しそうな表情にしか見えない。

 怖いけれど、本当のことを聞いてみよう。

 私は意を決して、口を開く。

「直人君、私に隠してること、あるよね?」

「えっ?」

 驚いたような顔をする直人君に、再び絶望の波が襲う。やっぱり病気のこと隠してたんだ。

「いいんだよ。隠さなくても。心当たりもあるから」

「ええっ?! そうなの?! バレてないと思ってんだけど」

 そう言って視線をそらす直人君に私は唇をかみしめる。

「なんで言ってくれないの?! そういうことはちゃんと教えてよ!」

 目から涙があふれる。辛いのは直人君なのに、私はなんでこんな言い方しかできないんだろう。

 直人君は、大きなため息をついてから、観念したように口を開く。

「うん。分かった。じゃあ、ちゃんと言うよ。俺は杏ちゃんが好きだよ」

 ほらね、やっぱり悪い病――。

「は?」

 私は訳が分からないまま直人君を見る。彼は耳まで真っ赤だった。

「いや、だから、カレーライスをつくってくれてさ、それで俺で『うまっ!』って言ったときの顔がね、かわいくて、ってこんなことまで言わせるなよ!」

「そんなことはどーでもいいの! そうじゃなくて、心臓の病気じゃないの?」

 私の言葉に直人君は「どーでもいいって酷いなー」と言ってから、首を傾げる。

「心臓の病気って、誰が?」

「直人君が」

「俺が? そんなわけないない。ものすごく健康体だよ」

 からからと笑う直人君。安心させるために嘘言ってるんじゃないよね?

「本当に? だって、河原で私が溺れる直前、心臓おさえて呻き声あげてたでしょ?」

「あーあ。あれかあ。あのとき、子どもたちに向こう岸から水鉄砲で狙われてさ。遊びに付き合ったんだよ」

「じゃあ、色が白いのは? 入院じゃなくて? 十年間こっちに来なかったの入院生活のせいじゃないの?!」

 まだパニックの私に、直人君はのんびりとした口調で答える。

「色が白いのはもともとで、日に焼けないんだよ。こっちに来られなかったのは、父の海外転勤に着いていったり、受験だったり、何かと都合がつかなかっただけ。『入院』ってどっから出てきたんだよ」

「だって桐生君のおばあちゃんが『子どもみたいにかわいがってる人が重い病気で来年まで生きられない』ってさっき言ってたんだもん!」

 私はぼろぼろと涙をこぼしながら、すべてを吐き出す。

 直人君は明るく笑って、それから指をさした。

 涙を拭いて、そちらを見ると一本の桜の木がある。

「この桜の木、おばあちゃんが若い頃に植えられたんだって」

「さくら」

 私はオウム返しをする。 

「うん。でも、つい最近になって病気になってるのが分かったらしくてね。切り倒すしかないらしい」

 直人君は寂しそうな顔で桜の木を見上げた。

 ようやく事態を理解した私はゆっくりと呟く。

「じゃあ、来年は花を咲かせるところを見られないんだね」  

「うん。でも、今年はこの桜が咲いている時は、毎日ここに来てたらしいよ」

「そっか。じゃあ、思い出つくれたんだね」

 私が満開の桜を想像していたら、直人君が独り言のように呟く。

「あーあ。まさか一世一代の告白を『そんなことはどーでもいいの!』で片づけられるとはなあ……」

「えっ?! あ、ごめん。でも、まさかその、桜の木の話だと思わなくて!」

 慌てる私に、直人君は不機嫌そうな表情をつくりながら尋ねる。

「じゃあ、返事きかせてよ」

     

  夏休みは早起きをします。

  朝ご飯の支度もあるし、洗顔とか髪の毛の手入れを念入りしたいから。

  ジャージで寝ていたけど、タンスの肥やしになっていたパジャマを引っ張りだしてそれで寝るようにしました。部屋着は急遽、かわいい女の子らしいものを買って、それを着ています。

  朝ご飯は、いつもより少し豪華にしました。苦手なお茶も飲むようになりました。

  田舎の風景も、ゆっくりと歩いてみれば新しい発見があるし、悪くないなあって思うんです。

  それから私も農業をちゃんと手伝ってみました。案外、おもしろいかな。

  私がこうやって変われたのは、都会人のせいです。

  

<おわり>

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初の、上手な作文の構成に心を掴まれました(笑) 高校生の異性が急に家に泊まることなった……。というのは、説得力がない設定だと急に冷めてしまうのですが、それが自然に説明出来て、杏さんの戸惑…
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