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OFF  作者: 水縞こるり
第三章 白うさぎはどこだ?
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みつけた!

 

 瑛太は携帯の中から、美加が指し示す方を目を凝らして見てみた。

 年の頃は三十代前半位だろうか?ひとりの男性が路地に停めた車を洗車している姿が目に入った。 

 ホースから出された水が、車に届く前の状態で空中に弧を描いて止まっているのを見て、瑛太は『動きが止まっている』という美加の言葉を改めて認識していた。

 

「お父さん……私が小学2年の頃に、あの車で出勤途中に事故で死んじゃってるの。――お父さんがあそこにいるってことは、事故に合う前……ってことになるよね?」

 

 美加の言葉に、瑛太は驚くと同時に納得もしていた。 

 美加の父親だとしたら、今、目の前にいる父親の外見は若すぎる。


「ここが10年以上も前の世界だったら、私、間違い探せる自信なんてないよ……」


瑛太:

諦めちゃダメだ

探せばきっと見つかるよ

美加ちゃん、頑張れ


 そう励ましてみたものの、瑛太の心中も不安でいっぱいになっていた。

 瑛太にとっては初めて見る風景なのだから、間違いを探すことなど到底出来はしない。 

 クエストをクリア出来るかどうかは美加の記憶に頼るか、先に和也が白うさぎを発見するかを祈ることしか道はない。――何も出来ない自分の身の歯がゆさに瑛太は苛立ちを感じてしまっていた。

  

「――うん。頑張る。瑛太くんと、和也と、3人一緒に元の世界に帰るんだもんね」

 

 不安げな様子を見せながらも、自分に向かって笑ってみせる美加の姿に瑛太の胸が痛んだ。

 ――逆境の中でも気丈に振る舞う美加が、『あの事』を知ったら自分をどんな目でみるだろう……。 

 笑顔の美加から僅かに視線をそらし、瑛太は「そうだね……」とつぶやいてみせた。



「……一周、したね。チェシャ猫が言ってた『箱庭』って、こういうことだったんだ」

 

 美加は路上に落ちている小石を見下ろしてそう呟く。

 透明な壁を伝って歩いたところ、路地に沿って住宅街の一角が、ぐるりと取り囲まれていることがわかった。

 住宅街の一角と言っても、建物の数は相当ある上に年月が10数年遡っている。

 美加はすぐ隣に建つアパートを見てため息をついた。――『入居者募集』の看板が掲げられた新築のその建物も、美加が思い出せるイメージと言ったら、壁の色も褪せ始め、いつも軒先に洗濯物がたくさん下げられているというものだった。

 

「うさぎを飼っている家ってあったかなぁ……」

 

 自分の家の近所ではあるが、『箱庭』の中のすべての世帯のことを詳しく知っているわけではない。――とりあえず美加は記憶を辿って、友人や知人の家にうさぎがいたかどうかを必死でさぐってみた。


瑛太:

本物のうさぎとは限らないかもしれない

オブジェとか……、それとも抽象的なものなのか……

 

 瑛太の言葉に美加はため息をつくしかなかった。

 

「せめて……写真とかあればいいのに……」


瑛太:

とにかく一軒一軒あたってみるしかないか

もしかしたら、和也の方が先に見つけてくれるかもしれないし……

僕たちも出来るだけのことはやってみよう

 

 瑛太の言葉に、美加は空を仰いだ。

 この空の下に和也はいるんだろうか? それとも、こことは違う場所でクエストを進めているんだろうか?

 考えても答えの出ないことが増えていくばかりの現実に、美加は『疑問に思う』という行為自体が無意味なものに思えてきた。――今はただ、クエストを進めていくことしか自分に与えられた道はないのだから。


 どの位の時間が経ったのだろう。何軒の家を見て回ったんだろう。――美加は軽いめまいを感じ、立ち止ると膝に手を付き上体を倒したまま深呼吸を何度か繰り返した。疲労が溜まるのと反比例するように集中力はどんどん減っていく。

 自分の足音くらいしか聞こえてこないこの世界では、空気が異様な重さを持って自分に重圧をかけてきているように美加は思えてきた。

 

「――ごめん、瑛太くん。ちょっとだけ休むね」


 ネックストラップを首から外し、手に持ち替えてから美加は再び歩き出す。

 携帯の重ささえ負担に感じるほどに美加は疲れ果てていた。

 

 美加の向う先にあるのは公園だった。

 ブランコとすべり台、シーソーが2基あるだけの小さな公園だったが、子供の頃の美加が両親や友達と遊んでいた思い出の場所だ。

 ブランコを宙高くこいでいる男の子、お母さんとシーソー遊びをしている子供、すべり台の順番を取り合う子供たち……、公園に入った美加の目にそんな風景が飛び込んできた。 

 すべてが絵のように静止したものでなければ、平凡でのどかな日の風景だろう。

 美加は木陰の空いているベンチに崩れ込むように座ると、そのまま上体をベンチの上に横たえた。 


瑛太:

美加ちゃん、大丈夫?

ごめん……。僕も手伝えればいいんだけれど……

 

 右手に持った携帯の中で、瑛太が心配そうに美加を見ていた。

 

「――瑛太くんが側にいてくれるから、私、すごく助けられてるよ。――ひとりだったら、どうしていいかわかんなかったと思うも……ん……」


 ぼんやりと眠そうな目をしていた美加だったが、話の途中で何度かせわしなく瞬きをし、言葉の最後には何かにひどく驚いたように目を見開いていた。


「みつけた……、瑛太くんっ、みつけたっ!」

 

 そう言って美加は飛び起き、公園の左手奥を指さした。

 美加が携帯をそちらに向けてくれていたので、瑛太も美加が見つけたものを見ることが出来た。

 

瑛太:

――砂場?

 

 美加と瑛太の視線の先にあるものは、小さな砂場だった。

 

 「うん、砂場。この公園に砂場なんてなかったもん。私、小さい頃、ここで毎日遊んでたもん。間違いないよ」


 確信が力に変わる。――美加は立ち上がると砂場に向かって駆け出していた。

 

「――っ!!」

 

 砂場の近くまで来た美加の足が、短い悲鳴にもにたような音を喉から鳴らして立ち止った。

 砂場の中央には崩れた砂の山と散乱するおもちゃのバケツやスコップ。――そしてその向こう側にはこちらに背中を見せてうずくまっている小さな男の子の姿。

 

 遊んでいる子供たちの姿なら、この公園内にもたくさんある。

 しかし、この少年は美加の目の前で小さく体を震わせているのだ。


 ――動いてる!?

 

 美加は咄嗟に携帯を覗き込んでいた。


瑛太:

白うさぎのことを知っているかもしれない

声をかけてみよう

――気をつけて 

 

 美加はうなずくとネックストラップを首にかけ、静かに少年の側まで足を進めた。

 少年は美加が近付いているのに気付いていないのか、先ほどと同じ姿勢のままだ。 

 美加は軽く目を閉じ、深呼吸を一度してから腰を少しかがめて少年に声をかけてみる。

 

「ねぇ、ボク……? どうしたの? どこか痛いのかな?」


 美加の声に驚いたのか、少年はビクッと大きく体を震わせた後に怯えた様子で頭を上げ、美加を見上げた。

 

 ――!

 

 少年の顔を見た時、美加は思わず目を見開いてしまっていた。 

 泣き顔の少年の顔や服が砂で汚れていたからではない。――カサカサと乾燥して赤みがかった頬、額やまゆ毛、鼻の周りにはうろこのような黄色いかさぶたがたくさん出来ている。深くかぶった野球帽から覗く髪の毛の量は少なく、頭皮にまでかさぶたが広がっていることを暗示させていた。


 そして何よりも美加を驚かせたのは、少年の目が赤いことだった。 

 泣いて充血した程度のものではない。白目の部分がほとんど赤く染まっていると思えるほどだったのだ。

 

 ――うさぎ……?

 

 目が赤い=うさぎ、というのは短絡的な考えかもしれないが、少しでも手がかりが欲しい今、少年から何かを聞きだすのが先決だと美加は思った。 

 少年が腕で涙をぬぐおうとしているのを見た美加は、慌ててしゃがみこむと、その細い腕を取ってにっこりと笑ってみせた。

 

「だめだよ。ほら、手が砂で汚れてるでしょ? 目にバイ菌が入ったら大変」

 

 そう言って美加は少年を立ち上がらせると体や服についた砂を手で払った後に、ジーパンのポケットからハンカチを取り出す。


「顔もきれいにするからね。ぎゅっっって目をつぶって」

 

 驚いたような目で美加を見ていた少年は、慌てた様子で言われるままにキツく目を閉じてみせた。

 少年の可愛らしい素直さに、美加は緊張し続けていた心の中にほんわりと温かい気持ちが浮かんでくるのを感じていた。ハンカチで砂をきれいに落とした後、美加は野球帽の上から軽く少年の頭を叩いてこう言った。

 

「はい、目をあけてよしっ」

 

 美加がハンカチを振って砂をふるい落としていると、少年はつい、と手を伸ばしその端をつかんできた。


「おねぇちゃんの、ハンカチ、いい匂いがする」

 

 美加がハンカチを手放すと、少年はハンカチを自分の頬に大事そうにあてがう。


「――おねえちゃんね、うさぎを探してるんだ。ボク、知ってるかな?」

「うさぎ?」

 

 少年はハンカチを胸に抱いたまま、キョトンとした顔をしている。

 

「そう、うさぎ」

 

 少年は首をかしげて少し考えた様子を見せてから、こう答えた。

 

「ぼくの名前は、正人だよ」


「――ボクの名前じゃなくて……」

 

 美加がそう言いかけた時、一瞬にして、辺りの景色が灰色に一変した。

 

 


「え?」

 

 驚いた美加は思わず立ち上がり周囲を見渡す。 

 

「クエスト・クリアだな。おめでとう」

 

 振り返ると、そこには腕組みをして立っている大雅の姿があった。




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