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OFF  作者: 水縞こるり
第二章 扉は、ひらく
3/27

虫(バグ)

 

「――あなたが、メールを送ってきた人?」


 瑛太の腕の中で恐る恐る美加がそう訊ねると、少年はクスリと笑って歌うように言った。


「ボクはこの世界の案内役。チェシャ猫さ。この世界を創ったのは偉大なる王さま。世界のすべては王さまにつながっているんだよ」

「その王さまとやらはどこにいる?俺たちはここにいる友人を探しにきたんだ。連れて帰りたい」

「ゆ・う・じ・ん?」


 瑛太の問いかけに、少年はひとつひとつ区切るようにそう言うとニタリと笑ってみせた。

 少年の言葉に、瑛太は表情をこわばらせて口をつぐんでしまった。


「瑛太くん?」


 瑛太の様子がおかしいのに気づいた美加が瑛太の顔を見上げたその時、いつの間に移動したのか、瑛太の背後にぴったりと張り付いた少年が瑛太の肩越しに美加を覗き込んできた。

 

「ひっ!!」


 金色に光る少年の大きな目を目前にして、美加は小さな悲鳴をあげて瑛太の胸を突き飛ばしてしまった。

 金縛りにあったように微動だにしなくなってしまった瑛太の足元に、少年は身軽な動作で着地すると瑛太と手を繋いで笑ってみせた。


「ミカ。きみは困ったことをしてくれたね。招待したのはきみだけだったのに余計なのを連れてきちゃった」


 美加はこれから何が起こるのか想像もつかず、ただ震えているしか出来なかった。

 

「――世界はバランスを保っている。そこにこんなバグが入り込んだら大変なことになるんだよ?」


 少年の話し方は、少し舌ったらずな調子であどけなさがあるが、それがかえって美加の恐怖を煽っていた。


「でも、安心して。王さまは寛大だから。虫はちゃーんと虫カゴに入れておけばいいってさ」

「瑛太くんに何をする気?……お願いだからひどいことはしないで」


 美加は自分の懇願が何の意味もなさないことを痛感していた。

 それでも、自分のせいでこの世界に引きずり込んでしまった瑛太の身の無事を乞わずにはいられなかった。


「ミカは和也のパートナーなんだから、他の男といっしょにいちゃ和也が怒っちゃうよ」


「……お願い」


 美加が漆黒の床に崩れるように膝をつき頭を下げるのを見て、唇の両端を引き上げニヤリと少年は笑った。


「ダメだよ」


 楽しくて仕方がないといった様子の少年の声が響いた後、瑛太の姿は煙のように消え去り、カツンと小さな音を立てて美加の携帯が床に落ちた。


「――ぁ……」


 絶望を含んだ声が美加の口から洩れる。

 床に落ちた携帯を拾い上げた少年は、足音もたてずに美加の前までくると携帯を美加に差し出した。


「もう他の人に触らせちゃダメだよ? その携帯をなくしたら帰れなくなるから、ね?」


 そう言うと少年は左手を胸に当て、右手を横に広げて優雅な動作で一礼した。


「王さまのことばを伝えます。一度しか言わないのでよくきくように」


 受け取った携帯を握りしめ、美加は身震いした。

 

「ミカと和也のペアには、バグをもちこんだペナルティが科せらる。本来ならすぐにパートナーと合流出来るが、クエスト3をクリアするまで合流は出来ない。――うまく生き延びてパートナーとゲームをクリアするがいい」


 美加を見下ろして言うその声は少年のものではなかった。

 かといって、大人のような声でもなく自分と同じ年ごろの男性の声のようだと美加は思った。


「それじゃあ、ゲームの開始だよ」

 

 楽しそうなその声はさきほどの少年のものに戻っていた。

 ケラケラと甲高く笑いながら少年は軽々とした足取りで闇の彼方へ溶け込んでいく。


「――待って! 瑛太くんは? 瑛太くんはどこに行ったの?」


 美加の悲痛な叫びに、少年は後ろを振り返って言った。


「ミカ、もってきたでしょ?虫カゴ」


 きゃはははははっ、と闇の中に笑い声を残して少年の姿は美加の目の前から消え去ってしまった。 


「――私が……持ってきた?」


 再び訪れた闇の中で、美加は少年の言葉の意味がわからずしばらくの間茫然としていた。


「――!」


 美加はジーンズのポケットに新しい方の携帯が入っていたことを思い出し、慌てた様子でそれを取り出した。

 携帯を開くと、待受け画面の液晶の灯りがぼんやりと美加の顔を照らし出す。


「……いやぁああああああああっ!!!」


 美加は絶叫してしまった。


 瑛太は、携帯の中にいた。

 液晶の中から壁を叩くようにしながら叫んでいる瑛太の姿が、そこにあった。


「もぉやだ……。誰か……誰か、助けて……」


 美加の涙が液晶の画面を濡らす。

 辺りは音もなく闇が広がるばかりで、美加は立ち上がる気力さえ奪われ泣くことしか出来なかった。



 どの位時間が経ったのだろう。

 闇の中で膝を抱え泣いていた美加は、重い頭を上げぼんやりと黒一面の宙空を見上げた。


「ゲームの開始だよ」


 チェシャ猫の笑い声を思い出したくなくて、美加は携帯を持ったままの手で耳を塞ぎ頭を振った。


「ゲームって一体なにをすればいいの?わかんないよ……。ひとりじゃ怖いよ……」

 



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