Continue……
それから数日後、美加と瑛太は東京駅にいた。
家財道具はすでに引越し業者のトラックに積まれ実家に向かっている。
美加と瑛太はホームのベンチに座り、仙台行きの新幹線が来るのを待っていた。
「和也の遺体……みつかったらしい。昨夜、連絡が入った」
「――そう」
美加は敢えてどこで見つかったのか聞くことはしなかった。アタラクシアで見た通り、崖の下の岩場で見つかったのだろうと思った。
アタラクシアから戻ってから、美加と瑛太は眺めのいい河川敷の桜の樹の下に美加の古い携帯と和也の携帯を一緒に埋めた。毎年見事な桜を咲かせるこの景色が、アタラクシアで命を落とした人たちの供養になればと二人は祈った。
構内に美加の乗る新幹線の到着を告げるアナウンスが流れる。
二人で線路の向こうを見ると、新幹線の先頭部分が視界に見えるところまでやってきていた。美加は荷物を持ち、瑛太に向かって右手を差し出した。
「ありがとう。瑛太くんがいなかったら、きっとアタラクシアから帰ってこれなかったと思う」
瑛太はかける言葉が見つからないまま、美加の手を握り返す。
「――じゃあ、行くね」
美加が乗車口に足を踏み入れた時、瑛太は美加の名前を呼んだ。ドアの傍で美加は振り返る。
「逢いに、行くから」
ドアが閉まる直前の瑛太の言葉は、しっかりと美加の耳に届いていた。美加がはにかむように微笑んでから「待ってる」と唇が動くのを見て、瑛太も笑顔を返す。
新幹線の車体が見えなくなっても、瑛太はずっとその姿を追うようにホームに佇んでいた。
切符に書かれた指定席の番号と車体の番号を照らし合わせながら美加は車内を進んでいた。
「あ、ここだ」
すでに隣に乗っていた女性に「すいません」と小さく声をかけてから棚の上にボストンバッグをあげる。仙台までの約2時間、文庫本でも読んで過ごそうとトートバッグから本を取り出した時、美加の席の横の通路に小さな赤い車が通過しようとするのが見えた。
美加が車を拾い、走ってきた方を見ると、小さな子どもを抱いた若い母親らしき人がこちらに向かってくるところだった。
「まぁ、すいません。ありがとうございます」
子どもが無邪気に両手を差し出すのを見て、美加は笑顔でその子の手に車のおもちゃを握らせてあげた。母親はもう一度美加に頭を下げてから自分の座席へと戻っていく。
「だめでしょー、こうちゃん。新しいおもちゃ、なくなっちゃったら大変でしょ?」
その言葉に、美加の体が凍りついた。
――新しいおもちゃもみつけたしね
アタラクシアが崩壊する前のチェシャ猫の言葉が蘇ってきたのだ。
――また、会えるかもね
チェシャ猫の残忍さを秘めた無邪気な笑顔が、美加の心の中に深く黒い闇を広げていった。
チェシャ猫は目を見開いたまま事切れている大雅の傍にしゃがみこんで頬杖をつき、大雅の指についた黒い塊の欠片が大雅の口の中に入っていくのを楽しそうに眺めていた。
やがてすっくと立ち上がると口元にわくわくしてたまらないといった笑みを浮かべて言う。
「大雅。そろそろ起きてよ。僕を退屈させる気?」
チェシャ猫の言葉に、大雅の指がぴくりと動く。手足をぎこちなく動かしゆらりと立ち上がると、折れた首を勢いをつけて回し元に戻した。
大雅の口元にチェシャ猫と同じ狂気を秘めた笑みが浮かぶ。
「さぁ、新しいゲームの始まりだよ」
チェシャ猫が、笑った。
【終】
読了、ありがとうございました。