馬鹿な女だ
大雅が腕を掴んでいなければ、美加は床にへたり込んでいただろう。――疑う余地はなかった。大雅がそう言うなら、間違いなく和也はもう殺されているのだろう。そんな確信を持てることに美加は寒気を感じてしまう。
では、和也はいつ殺されてしまったんだろう。解約して使える筈のない携帯にかかってきた電話。――あれは間違いなく和也の声だった。アタラクシアに来てからも和也からの通信はあった。
「――いつ……、いつ和也を殺したの?」
「お前に電話を入れさせてからすぐにさ」
表情も変えずに大雅は言う。あの時の緊迫した和也の声。――傍で大雅に脅されながらかけてよこしたと思うと、美加の目に涙が溢れてきた。
「どうせあいつは捨て札送りになる運命だったしな。こっちに来てからってぇもの、泣きわめくばかりで。それでもおこぼれのポイントが溜まっていたから、捨て札になる前にお前に電話をかけさせた。――まぁ、感謝しているよ。チームのお荷物が俺を助けるために役立ってくれたんだからな」
淡々と表情も変えずにそう話すと、大雅はポケットから携帯を取り出して美加の前に付き出してみせた。何度か見た大雅の携帯とは違う物だった。
「これは和也の携帯だ。お前に送った通信は、すべて俺が和也の代わりに書いたものさ」
それを聞いて、美加はコロニーにいた時に和也の名前が携帯に表示されていたわけを理解する。自分がアタラクシアについた時には、すでに和也は殺されていたんだ……。美加の目から涙がこぼれ落ちる。すべてはこの時のために大雅が自分に接してきたのかと思うと美加は吐き気すら覚えた。
大雅は和也の携帯を病室の壁に向かって投げつけると、美加の腕を引いて強引に部屋のドアへ向かって歩き出した。
「待って! どこへ行くの? 瑛太くんが……」
「王のところだ。美加はクエストをクリアしたんだ。王のところへ行く権利がある」
「やめて! 離して! 私は行かない! あなたとなん……」――激しく抵抗する美加に、大雅は短く舌打ちすると彼女の腹に当身を食らわせた。呻き声を上げて意識を失い崩れかけた美加の体を大雅は楽々と肩に担ぎ上げる。
「馬鹿な女だ」
ほんの少し眉を上げ、冷酷な笑みを浮かべて大雅は振り返りもせずに病室を後にした。
頭がガンガンと割れるような痛みで瑛太は目覚めた。
自分がなぜ床の上で寝ているのか理解出来ないまま立ち上がろうとしたが、後頭部の痛みと目眩で足がもつれ、尻もちをつくようにして壁に背中をぶつけた。
瑛太はぼんやりと自分のいる部屋を見渡す。壁も天井も、電球さえ血のような赤い色。窓際には質素なベッドがひとつ。そして、床に倒れた電気スタンド……。ズキズキと疼く後頭部の痛みを確認するように、瑛太は右手を頭の後ろに持っていった。
ぬるり、とした感触が手に広がる。それが自分の血だと気がつくのと一緒に、この部屋で起こった記憶が一気に蘇ってきた。
「美加ちゃん!?」
瑛太は病室の中に美加の姿を探した。美加の姿はどこにもない。大雅の気配もない。そして、この傷。――瑛太の胸に恐ろしい程の不安が沸き上がってきた。
瑛太は立ち上がり、ベッドの傍へ行くとシーツを細く破り怪我をした頭部に巻きつける。「とにかく、ヤソのところへ戻ろう。何かわかるかもしれない」瑛太は床に落とした筈のヤソの携帯を探した。
携帯は壁のすぐ傍に落ちていた。――しかも2つ。瑛太は訝しみながら両方の携帯を拾い上げる。ひとつはヤソのものだった。そしてもうひとつは……。瑛太は初めて見る携帯を開くと持ち主の名前を確認してみた。
「和也の……? 和也の携帯がなぜここに?」
プロフィール画面に現れた和也の名前を見て、瑛太は自分が気絶している間に何が起こったのかと痛む頭で必死に考えたが、それは何枚もピースの欠けたパズルを完成させるようなものだった。
答えの出ぬまま、瑛太は和也の携帯の受信メールを開いてみる。――自分の転送したメールが元で和也をここへ送ってしまったということを確認したかったからだ。
「――?」
受信BOXの最初のページに記されているメールは、すべて同じ日付、同時刻に受信されていた。送信者名に女の子の名前がずらりと並んでいる。同じ大学の知った名前もみかけられた。そして、瑛太のメールも間違いなくそこの中にあった。――しかし、瑛太のメールを含めて数通は未読のままだったのだ。
瑛太はひとつだけ開封されているメールを開いてみる。
† 井口和也様 †
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そんな文面の後にリンクが貼られていた。和也はこのメールを見てURLを押してしまったのだろう。
未読になっているメールをすべてチェックしてみたが、どれも同じ文面だった。瑛太は自分が送ったメールで和也がアタラクシアに送られたのではないと知り、胸のわだかまりが消えるのを感じた。――それと同時に、和也を恨んでいる人物がこれ程いるのかと絶句してしまう瑛太だった。
少し悩んでから瑛太は和也の携帯をGパンの後ろポケットにねじ込む。
移動をするためにヤソの携帯を操作すると、すぐに空間が歪み始める。「美加ちゃん……、無事でいてくれ……」美加の姿を探すように宙を見上げた瑛太の姿は瞬時に歪みの中に飲み込まれ、後には何事もなかったように静まり返った赤い部屋があるだけだった。