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OFF  作者: 水縞こるり
第四章 コロニー
10/27

有罪

 

 木の根に足を取られ、生い茂る枝葉に行く手をさえぎられながら5分ほど歩いた頃だろうか。前方に日の光が差し込む場所が見えてきた。

 

「ここがコロニーのひとつだ。今は俺のチームで使っている」

 

 密林に囲まれた中、そこだけぽっかりと空間が開いたような広場の中央に、壁のほとんどを植物で覆い尽くされた一戸の建物があった。――コロニーという呼び名から建物の集まった集落を想像していた美加は予想外の現実に思わず立ち尽くしてしまう。


 横に細長く伸びた鉄筋コンクリートのそれは何らかの施設のように美加の目に映っていた。すべての窓には鉄格子がかけられ、明るい陽の光の下でさえも陰湿な空気を漂わせている。

 

「コロニーの中には敵は現れない。安全地帯というやつだな。――まぁ、それも長くもつわけではないが」


 入り口のドアを開け中に進んでいく大雅の後について、美加も建物の中に入っていく。

 

「――ここは」


 足を踏み入れた途端に鼻腔を刺激してきた薬品臭と、施設内に掲げられた『受付』や『診察室』の看板から、美加はこの建物が病院であることを理解した。

 

「とにかく、座って話そう。――聞きたいことが山ほどあるだろう?」

 

 振り返って笑いかける大雅に美加はコクリとうなずいた。

 二人が受付の前に並んだベンチに座ると同時に、壁際に置いてあったTVの電源が入り騒がしいほどの音楽と一緒に極彩色に彩られたアニメが流れ出す。

 驚いてTVを凝視してしまっている美加に対して、大雅は冷静さを保ったままだった。

 

「王さまのサービスだ。チャンネルもボリュームも変えられんがな」

 

 TVの方を見向きもせず小さく肩をすくめてみせる大雅に向き直って美加は言った。


「――教えて下さい。ここは……、アタラクシアって一体何なんですか?」

 

 足を組み、ベンチの背もたれに背中を預けた大雅は、美加の問いに「わからん」と即答する。

 

「わからない……って」

 

 絶句してしまった美加に、大雅はため息をひとつつくと自嘲するような笑みを浮かべてこう尋ねてきた。

 

「秋吉は、どうやってここへ来た?」

「わ、私は……」

 

 美加はポケットに入れておいた旧携帯を取り出し両手でぎゅっと握りしめる。


「この、解約した携帯に和也から電話がかかってきて……、アタラクシアにいるから助けに来てくれって。その後に、アタラクシアから招待メールが届いて……」


「俺たちの場合は少し違う。――招待メールが届くのは同じだがな」

 

 大雅も自分の携帯を取り出し、液晶画面を見ながら呟いた。

 

「完全無料で永久に遊べる新感覚のRPG・アタラクシア。特別に選ばれた方にのみ、この招待メールは送られます……。そんな内容だったかな?」

「選ばれた……」

「これは前に話したな。罪を犯した奴がここへ送られてきているってのは。――その罪の種類も様々だ。俺のように人を殺してしまった人間から、警察に追われるような犯罪を犯している奴、動物虐待、万引き、学校でイジメをしていた奴……」

 

 例を上げたらキリがないな、と大雅は笑った。

 

「メールが届いて何の迷いもなくURLをクリックしてしまった奴も多いが、ほとんどは俺のようなケースだろう」

「大雅くんの?」

「最初にメールが届いた時、俺は迷惑メールだろうと思ってすぐに削除した。――でも、削除する度に同じメールが送られてくる。アドレスを変えても、相手を拒否設定しても、招待メールは携帯に送られ続けるんだ」

 

 その時のことを思い出しているのか、大雅の顔から笑みは消え青ざめたような顔色になっていく。


「携帯を解約して逃れようとした奴もいるらしいが、新しい筈の携帯がそいつには解約した機体にしか見えないんだそうだ。――そして、その携帯にもメールが送り続けられる」

「……もしも、ずっとメールを削除していたら……?」

「――アイツが来る」

 

 ゆっくりと美加の方に顔を向け、大雅が言った。その言葉を聞いた瞬間、美加の頭の中に残忍な笑みを浮かべたアリスの姿が鮮明に現れた。

 

「携帯を壊しても、投げ捨てても、いつの間にか手元に帰ってくる。メールは電源を切った状態でも届き続ける」


 充電が切れたはずの古い携帯に、電話やメールが来た時の恐怖がよみがえってきて美加は思わず息をのんでしまう。

 

「そして、最終通告が届く。――このまま強制執行を受けるか、それともアタラクシアで己が罪と向き合うか……とな」


 思いつめたような表情で大雅が天井を見つめて黙り込んでしまったので、美加はその隙に瑛太の様子を伺ってみた。液晶画面は真っ白で、瑛太の姿を見つけることは出来なかった。大雅がすぐ側にいるので身を潜めて話を聞いているのかもしれないと美加は思い、再び視線を大雅の方へと向ける。

 

「強制執行……っていうのは?」

 

「真っ黒い影の塊だ。突然それが足元から這い上がるように湧いて出てきて体中にまとわりつく。――腕のような細い影が首に何重にも巻きついて呼吸の自由を奪う」

 

 大雅は自分の喉元に右手を当て、震えるように大きくひとつ息をついた。

 

「目の前に人の頭位の大きさの真っ黒い塊が現れて、大きな溝が歪んでうごめき――『有罪』、と呟く。――罪を認めて死を受け入れるか? 罪を認めて悔い改めるか? 選択肢は2つ、窒息寸前の思考は『死にたくない!』のひとつだけ。いつの間にか手に握らされた携帯のURLをクリックするしか助かる道はない。……そして、ここへ送られるって寸法だな」

 

 大雅の説明が終わり、美加の耳に陽気で騒がしいアニメの音声が戻ってきた。

 

 まるで自分の首が締めあげられているような息苦しさと、容赦なく耳を襲ってくる音楽に美加は思考が麻痺してしまいそうになる。


「――なにか聞きたいことはあるか?」

 

 大雅にそう聞かれ、美加は右手で額を押さえ目を閉じてほんの少しの間黙りこんでしまう。 

 聞きたいことが山のように口許まで溢れてきて、どれを先に聞いたらよいのかすぐに判断することが出来なかったからだ。

 

「パートナーは……、ここへ送られた人が選ぶことが出来るの?」

 

 美加の問いに大雅はうなずいた。

 

「前に言ったかもしれんが、罪のポイントと交換に元の世界へ通信を送ることが出来る。膨大なポイントを消費するがな。――通信を送れる相手は、自分の持っている携帯のアドレス帳に登録されている者に限られるし、電話やメールをしても、相手はいたずらだと思うことが多い……」

 

 そこまで言って、大雅は少し考え込むようにして黙ってから再び口を開く。

 

「――こんなところに送られてくる連中だ。助けを求めてもそれに応じる奴などいないと言った方が正解かもしれんな。現にアドレス帳に載っている全員にメールを送ってもパートナーが現れない……なんていうのはよく聞く話だ」

 

 笑いながら皮肉っぽくそう言う大雅が、美加にはどことなく寂しそうに見えてしまっていた。

 

「……パートナーと一緒に、ここを脱出した人は、いるの?」

 

「わからん。それでも過去に何人かのパートナーが送られてきたのは確かだが、チームとパートナー同士の行動は普通は一緒になることがない。――ただ、わかっていることは、そいつらが二度と姿を見せないっていうことだけだ」

 

 美加と大雅の間に沈黙が続く。――全部のクエストを終了して無事に元の世界へ戻った、と思いたいのだが、今までのことから考えるとその結末はあまりにも楽観的なものでしかないことを痛いくらいに感じてしまうからだ。

 

「あ……、えっと、それじゃ、チームのことについて教えてください。和也も大雅さんのチームにいたって……」

 

 場の雰囲気が重くなってしまったので、美加は話題を変えるためにそう質問してみた。

 

「チームってなぁ、俺らみたいなならず者の集まりだって」

 

 美加の背後の背もたれが、ジャラジャラと鎖が重なる音と一緒に軋む。――驚いて横を見た美加の目に鎖とベルトで飾られた黒のアームウォーマーをつけた腕が見えた。


「あんたが和也のパートナー?」

 

 ぐしゃぐしゃに寝ぐせがついたような真っ赤な髪に口ピアスをつけた細身の男が美加の顔を覗き込んできたので、美加は驚いて身をすくめてしまう。

 

「ひとめでわかったってぇ。――だって、俺らだったら……」


 ヘラヘラと愛想笑いをしていた男の顔つきが一瞬の間真顔に戻り、次に笑みが戻った時には背後から美加のネックストラップの紐を手元に手繰り寄せ、美加の細い喉を締め上げていた。

 

「こーんなことされちゃうから、危なくてネックストラップなんてつけてらんねーもんなー」

 

「ヤソッ! 何をしてるっ! 他の奴のパートナーに手を出したら捨て札送りになるぞ!!」

 

 大雅が席を立ち、ベンチを飛び越えるのが美加の視界の端に映る。

 

「あ……ぐぅっ……」

 

 突然の出来事に、自分の身に何が起こっているか理解出来ずにいる美加の耳元に男が小声でささやく。

 

「大雅に気を許すな」


 ――え?

 

 その瞬間、首への戒めが解け、背後で何かが勢いよく倒れるような音がした。

 涙ぐみながら咳き込む美加の目に、大雅の鋭い拳をくらって床の上にダウンしているヤソと呼ばれた男の姿が映った。

 


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