50-3 “悲しみ”対“憎しみ”
富士山麓に怪獣に襲われた村の廃墟がある。家々は破壊され人は誰も済んではいない。そんな村のはずれに瓦礫の一部で作られた墓標がある。その墓標には防衛隊のヘルメットが掛けられていた。
「芦名さん。自分の愛する人を守れなかった気持ち、あなたなら分かりますよね」
蒼真が墓標の前でつぶやく。
「僕は、どうすれば良いんですか。芦名さんは僕に怪獣との戦いを託した。でも、僕は誰にも託せない。まだ戦わなければいけないんです」
蒼真が下を向いた。
「芦名さんはどこへ行ったんですか? 彩さんのところへ行ったんですか? だとしたら僕はいつ美波のところへ行けるんですか?」
蒼真の肩が震える。春とは思えない寒風が彼の脇をすり抜けていく。
墓標は何も答えない。分かっている、自分はひとりなのだ。蒼真が振り返って歩き出す。廃墟となった村は静まり返っていた。蒼真の進む先に、霧が立ち込め始める。彼は気にせずその霧の中を進む。気がつけば周囲は白に包まれていた。蒼真自身、自分がどこを歩いているのか、そもそもここがどこなのか分からなくなってくる。そのとき、耳に聞き覚えのある女性の声が届いた。
「阿久津蒼真さん、苦しいの?」
周囲を見渡すが、誰の姿も見えない。
「苦しめばいいわ。だって私は苦しみながら死んでいったんだもの」
「その声、井上綾乃!」
霧の中からぼんやりと人影が現れる。やがてその姿ははっきりと、怪獣化した井上綾乃がそこにいた。
「私は殺したい女を殺せないまま死んだ。あなたのせいよ。苦しい、私は死んでもこの苦しみから逃れられない」
綾乃が真っ直ぐ蒼真を見つめる。蒼真は恐怖から離れようとするが、振り返った瞬間に誰かにぶつかった。
「お前に殺された人間は幾人もいる。みんな、苦しんで死んだ」
片岡孝之だった。かつて彩を襲った男。
「何を言う、お前が彩さんを誘拐しなければ……」
「黙れ!」
孝之が怒鳴る。
「そうだ、お前は人殺しだ。我々と同じように苦しめ!」
別の方向からも声がする。森田教授だった。
「あなたのせいで、私は居場所を失った。あなたが悪い。そう、あなたが」
その後ろには島本朋美が立っていた。
「違う、僕は…… 僕は何もしていない!」
たじろぐ蒼真に、綾乃、森田、孝之、朋美が迫ってくる。そのあとには、莉奈の夫・雅之、中原課長から怪獣化したと聞いた女性・舞衣、蒼真を囲む人は次々と増えていく。金属化した三谷参謀、悲しげな顔の手塚咲奈、見覚えのない人々も含め、人数はさらに膨れ上がる。
「やめろ、やめてくれ!」
蒼真が叫ぶ。遠くから、ササキ製薬薬害訴訟の会のメンバーが迫ってくる。
「苦しめ、阿久津蒼真! 我々と同じ苦しみを味わえ!」
団体は森田や綾乃と混ざり合いながら蒼真を取り囲む。
「やめろ! 僕の、僕の何が悪いって言うんだ!」
その叫びに、静かに応じる声があった。
「それはな、人殺しだからだよ」
人々の壁が一部開き、立花健太が現れる。
「お前はこれだけの人を殺したんだ。苦しむのは当然だろう」
「僕は、僕は戦いたくて戦ったわけじゃない。あなたたちが怒りに任せて怪獣化しなければ、僕は誰も殺さなかった」
「言い訳だな」
健太が無表情に言う。
「お前は母親の願いとやらを聞いて俺たちを殺した。それ以上でも以下でもない」
「違う、母の願いは罪のない人を救うためだった。僕はそのために戦ったんだ!」
「なら聞くが、罪もない高城美波は、なぜ死んだ!」
「……」
「お前が戦わなければ、彼女は死ななかった。彼女を殺したのも、お前だ」
「……」
蒼真が耳を塞ぐ。
「違う、美波は…… 美波は……!」
それ以上、言葉が出なかった。
「苦しめ、苦しめ。我々と同じ苦しみを味わえ!」
健太は人々と一体化する。そして、大きな赤い光が彼らを飲み込んでいく。霧が晴れる。そこには巨大な八つの首を持つ怪獣が蒼真を見下ろしていた。
一本角のバントラー。三本角のサンガーラ。竜のようなヴァイオレン。一つ目のドンゲリス。カマキリ顔のマントデラ。赤い怪獣フラウマ。金属質のヴァイアスロン。鋼鉄怪獣レモスター。体はレミックス。そして蔦のような触手が蠢く、ネオヌルス、それは巨大合体怪獣、ハイドランゴ。
「わぁー」
蒼真がたじろぐ。しかし彼の意思とは裏腹に、青い光が彼を包み込んでいく。
ネイビージャイアントとして、蒼真は再び立ち上がる。怪獣ハイドランゴと、対峙するのだった。
× × ×
ハイドランゴとネイビージャイアントが対峙する場所から遠くない地点で、遠山教授がアンテナ付きの装置をセットしていた。
「これでネイビージャイアントも終わりだ」
土煙が舞い上がる。ハイドランゴがネイビーに向かって突進する。ネイビーはその巨体をかわす。だが、すり抜けたと思った瞬間、ハイドランゴの体からネオヌルスの蔦が伸び、ネイビーの手足に絡みついた。
そのままネイビーは引き寄せられ、両腕でがっちりと抱え込まれる。身動きが取れなくなるネイビー。遠山教授はアンテナをネイビーに向け、装置のダイヤルを慎重に操作する。その手が止まり、確信を持った声を漏らした。
「この周波数で決まりだ。これでネイビーは完全に停止する」
ダイヤルの横にあるスイッチへ手を伸ばそうとした、その瞬間、
「待って!」
遠山教授が振り返る。そこには銃を構えた鈴鹿アキの姿。
「なんだ、お前は!」
アキは銃を向けたまま、静かに遠山に近づく。
「遠山教授、素直にその装置から手を離しなさい」
「なぜ防衛隊がここにいるんだ!」
「前回、ネイビーが石化したときの映像にあなたの姿が写っていた。その後、あなたの行動を調べていたら別荘で宇宙人と接触していたという通報があったのよ」
「なに、誰が通報した?」
「あなたの秘書よ。彼女は我々に協力してくれたわ」
「そうか、彼女が……」
遠山教授の顔に落胆の色が浮かぶ。
「その装置から離れて」
アキが銃を遠山に向ける。遠山はしぶしぶ両手を上げた。次の瞬間、アキは銃口を装置に向ける。光線が放たれアンテナを装備した装置は爆発した。
「くそっ! 何をするつもりだ!」
「遠山教授、悪あがきはやめた方がいいわよ」
憎しみの眼差しでアキを睨みつける遠山。だがアキは動じず、銃を彼に向け続ける。
「おとなしく投降しなさい」
「ええい、私の研究が、私の名声が、くそっ、許せない! 許せない!」
遠山教授の周囲から白い霧が立ち上る。その霧が瞬く間に巨大化し、
「キャーッ!」
アキの叫び声が響く。霧の塊が黒光りした皮膚を持つ大男へと変貌していく。それは怪獣ブリッダー。ブリッダーがゆっくりとアキを見下ろす。アキは後ずさるが、岩場に背を預け逃げ道は塞がれていた。
一歩、また一歩。ブリッダーがアキに迫る。




