49-4 別れ
「ここは、どこ? 体が動かない。息が苦しい」
蒼真が目を開ける。そこは海の中だった。青い光が彼の全身を包み込んでいる。
「そうか、怪獣から電磁波を浴びて、動けなくなったんだ」
彼が体を動かそうとする。しかしまるで石のようにビクともしない。
「ダメだ、動かない。このままだと海の底で窒息してしまう。いや、でも息はできている。ネイビーバリアのおかげで酸素だけは何とか確保できているんだ」
蒼真はゆっくりと深呼吸をする。少し落ち着きを取り戻すがこのままではいずれ酸素も尽きてしまう。
「どうすれば、どうすれば体が動くんだ」
原因が分からないまま、蒼真は思考を巡らせる。焦りが胸を占めていく。
「ネイビージャイアントも、もうおしまいね」
蒼真の頭の中に、少女の声が響く。あの麻袋を渡して人々を怪獣化させた少女の声だ。
「あなたがネイビーに変身する秘密、もう分かったのよ」
「秘密?」
「そう。あなたの時計の中には、フレロビウム301が収められていた。それがあなたをネイビーに変身させていたの。しかも、その物質に反応する周波数も突き止めたわ」
「フレロビウム301? 周波数?」
頭が混乱する。
「それって、フレロビウムが人を怪獣化させる理論と同じってことか?」
「そう。怪獣化するフレロビウムは289。でも、あなたが使っているのは301。分子を励起する周波数が違うの。289は怒り、妬み、恨みといった混じり合う感情の脳波で怪獣化する。でも、あなたは違う」
「怒りで変化しない?」
「そう。あなたは悲しみ、哀れみ、そして誰かを守ろうとする“慈悲”の感情」
「慈悲……」
蒼真の思考がさらに混乱する。自分は怪獣と同じなのか、それとも――
「あなた方がやろうとしたのと同じ。逆位相の周波数をあなたに照射したの。でもね、予想と違ったの。逆位相の電磁波を当てれば励起状態が基底状態に戻って蒼真に変化すると思った。まさか石化するなんてね」
そうか、石化されたから体が動かないのか、だとすればフレロビウム301を再び励起させれば。
「まぁいいわ。あなたが石になって海の底に沈んで、伝説になるのも悪くないわね。英雄、この海の底に眠る、って」
「なに!」
「さようなら、阿久津蒼真さん。さようなら、ネイビージャイアント」
少女の声は消えていった。
「くそ、動け、動け!」
蒼真が必死に抵抗する。しかし一ミリたりとも体は動かない。
「だめだ……」
絶望が心を覆う。
「なぜ、こんな目に……」
地球人ではない自分。ならば、どこから来たのか? なぜネイビーとして戦わなければならないのか? 母はなぜ地球に? 父は何をして、なぜ殺された?
いや、そんなことよりみんなに、会いたい。三上、田所、三浦、吉野隊長、そしてアキ、さとみ。いや、それ以上に、もっと会いたい人がいる。
「蒼真君」
聞き覚えのある声。
「美波!」
「蒼真君、そんなところで何してるの? 陸では怪獣が暴れてるわよ」
「美波、体が動かないんだ。宇宙人の罠にはまったみたいだ」
「もう、ドジね。しょうがないわね」
眩しい光が近づく。
「美波、どうするつもりだ」
「蒼真君と一緒になるの」
「一緒?」
「そう。私の命を、あなたにあげる」
「そんな、美波、ダメだ! 君が死んでしまう」
「いいの。私は蒼真君に生きてほしい。だって、愛してるから」
「美波、だめだ」
「蒼真君…… さようなら」
光がネイビージャイアントに吸い込まれていく。
街ではフェルディガーが暴れていた。スカイタイガーのミサイルはまったく効果がない。怪獣が火炎を吐き、それが田所機に命中。
「田所!」
三上の声。
「脱出します!」
田所機が離脱し、白いパラシュートが開く。
「くそ、ネイビーが倒された。俺たちが何とかしないと!」
そのとき、空から青い光が舞い降りる。フェルディガーがたじろぐ。地上に降り立ったネイビー。その体が赤く輝き、全身が炎に包まれる。ネイビーがフェルディガーに向かって突進する。怪獣の動きが止まる。そしてフェルディガーが大爆発を起こし、破片は空気中に溶けて消えていった。
× × ×
「美波!」
蒼真は病室の扉を勢いよく開く。中には美波の両親が項垂れていた。
蒼真の頭の中が真っ白になる。まさか、あのときの美波の声は本物だったのか。
ゆっくりとベッドに近づく。酸素吸入器をはじめ、横に並ぶ医療機器はすでに停止している。蒼真は、それ以上近づくことに躊躇した。しかし横たわる美波の顔には、はっきりと白い布が掛けられている。
思考が止まり、嘘だ、嘘だ、嘘だ、と心が叫ぶ。
「近くへ来てやってほしい」
美波の父親が落ち着いた声で呼びかける。蒼真の足はガクガクと震えていたが、必死に動かし、美波へと歩み寄っていく。やっとのことでベッドの横に辿り着き、震える手でそっと布をめくる。
「わぁっ……」
と美波の母親の嗚咽が病室に響く。そこには美波の安らかな表情があった。彼女は微動だにせず息をしていない。その静けさがむしろ美しさを際立たせていた。
「さっき、息を引き取った。急だったんだ。先生にも何が起こったのか分からなかったようだ。ただ、苦しむこともなく、静かに、まるで何事もなかったかのように、永遠の眠りについた」
蒼真の足が限界を迎え、その場に膝をつく。あのとき、自分にさよならを告げた瞬間。
「息を引き取る直前に、『蒼真君』って、君の名前を呼んだんだ。きっと、最後に会いたかったんだと思う」
美波の父親がうつむき、涙をこらえているようだった。現実を受け入れられない蒼真。なぜ、なぜ彼女が死ななければならなかったのか。自分が死んだほうがよかった。自分がいなければ、美波は死なずに済んだ。
膝をついたまま、肩を震わせる蒼真。その傍らで、美波の母親の泣き声が再び病室に響き渡っていた。




