47-3 三冊のノート
浜辺にはわずかに雪がちらついていた。灰色の雲が空を覆い、海面はその影を映したように薄暗い。その中を、蒼真はひとり、遠山教授の別荘へと歩を進めていた。
弱々しく射す陽の光が、まるで彼の心の不安を物語っているかのようだった。昨日、アキには強気な言葉を口にした。だがこの先宇宙人が何を企んでいるのか、それは誰にも分からない。不安が胸を突く。しかしこの件が父のノートに関係していることだけは確かだった。遠山教授を巻き込んでしまったのは自分の責任だ。
「父さん・・・・・・ あなたは何がしたかったのですか?」
蒼真は心の中で問いかける。しかし答えはない。波の音だけが、冷たい風に乗って耳に届くだけだった。そのとき、遠くの家の影に男の姿が見えた。
「叔父さん?」
一年前に姿を消した、蒼真の叔父。
「叔父さん!」
蒼真は駆け寄ろうとする。しかし男は突然、走り去った。蒼真は、慌てて後を追う。家々の影に隠れ、男の姿を見失う。それでも探し続けたが、どこにも見当たらない。時計を見る。針はすでに五時近くを指していた。
「急がないと」
海辺から山手へと歩を進める。やがてロッジ風の木造建築が目に入った。小さな建物だが、どこか温かみを感じさせる。これが遠山教授の別荘。蒼真は周囲を見渡した。枯れ木ばかりの景色が、冬の寂しさを際立たせる。そしてその冷たい空気が彼の心細さをさらに増幅させる。
「ようこそ。さすが阿久津蒼真さん。どうやら、一人できたようですね」
背後から声が響く。蒼真は息を呑んで振り返った。そこには黒衣の男が静かに立っていた。
「約束は守った。遠山教授はどこだ?」
「別荘の中で眠っておられますよ」
蒼真は建物へと目を向けた。
「おっと、その前に、約束のものを」
黒衣の男が、ゆっくり近づいてくる。蒼真は手に持っていた鞄の中からノートを三冊取り出した。そして目の前まで来た黒衣の男の手にそれを差し出す。
「ありがとうございます」
男はそう言いながら、ゆっくりと後ずさりする。そして蒼真から三メートルほど離れたところで動きを止めノートを開いた。
「確かに、偽物ではなさそうですね」
「あなたの目的は何だ。それは怪獣を生み出す実験ノートのはずだ。すでに怪獣を生み出しているあなた方に、それが必要なはずがない」
「怪獣?」
黒衣の男が、薄く笑う。
「違いますよ」
「え?」
蒼真がたじろぐ。怪獣ではない。ならば、一体何なのか?
「でたらめを言うな! そこには生物エネルギーのことが書かれているはずだ!」
「おっしゃる通りです」
「ならば、やはり怪獣の・・・・・・」
黒衣の男が不気味に嗤う。
「これは、ネイビージャイアント、つまりあなたの秘密が記されたノートなのです」
「なに!」
蒼真の身体が前のめりになる。
「これを解析すれば、あなたの弱点が明らかになる。今まで幾度となく辛酸をなめてきたあなたに、ついに反撃ができる」
蒼真の頭の中が、一瞬真っ白になる。あのノートに書かれていたのは、自分の秘密、そんなこと、想像すらしていなかった。もしこのノートを彼らが解析すれば。
「待て!」
蒼真は黒衣の男に飛び掛かかる。しかし黒衣の男はひらりと身をかわした。
「困りますね・・・・・・ 今さら心変わりされても。仕方がありませんね。私が逃げるまで、しばらく彼らと遊んでもらいましょうか」
その言葉と同時に地響きが。蒼真は足元の揺れにバランスを崩しよろける。すると、別荘の近くの山肌から土煙が巻き上がり、その中から光る目が蒼真を見つめる。
「あれは・・・・・・ゴルゴス!」
蒼真は黒衣の男を睨みつける。
「そうです。一度死んだ怪獣を蘇らせました。あなたなら簡単に倒せるでしょう?」
その瞬間、蒼真の上空が暗くなった。見上げる! そこには怪鳥の姿。
「ビルマンデ・・・・・・ お前もか!」
さらに、海岸沿いから人々の悲鳴が響く。蒼真は慌てて海が見える位置まで走る。そこには。ビバレントが陸へ向かって進んでいた。
「では・・・・・・ 彼らと存分に遊んでください」
ゴルゴスが一歩ずつ別荘へと近づく。その時、蒼真の左腕の時計が光る!
ゴルゴスの前で青い光が輝き、その光が消えると、そこにネイビーが立ちはだかる。怒りに燃えるゴルゴスがネイビーへと突進! 両者が組み合い激しい力の応酬の末、動きが止まる。一進一退の硬直状態。しかし次の瞬間、上空からビルマンデが飛来!
その鋭い爪がネイビーの背中を引き裂く!ネイビーは片膝をつき苦しむ。その隙をついて、ゴルゴスが覆いかぶさりその巨体が、ネイビーを地面に押し付ける。さらに、ゴルゴスが拳を振り下ろす。倒れたネイビーの右手が赤く輝く。その手には、ネイビーサーベルが握られている。ネイビーは倒れたままの姿勢からゴルゴスの腹部へとサーベルを突き刺す。
「ギャオー!」
ゴルゴスの断末魔が響き渡り、その巨体が後方へと倒れ込んでいく。巻き上がる土煙の中、ゴルゴスの姿が消えた。立ち上がるネイビー。瞬時に空へ飛び上がり、海へと向かう。眼前のビバレントに向かって突進、海面へ沈むビバレント。激しく水が弾ける中、ネイビーとビバレントが再び海上へと姿を現す。
しかし上空からビルマンデが急降下してくる。不意を突かれたネイビーの頭部に衝撃が走る。バランスを崩し、ネイビーは海中へと沈む。海面を旋回するビルマンデ。獲物を探すように海上を見回すビバレント。ネイビーは海中で彼らの動きをじっと見つめていた。やがて真上を飛行するビルマンデに隙が生じる。ネイビーは海中から左手を伸ばす!その手から放たれた青い光線がビルマンデの胸の赤い石を貫く。
「ギャオー!」
ビルマンデが悲鳴をあげながら海上へ落下する。バタつく羽が水面を叩く。そしてそのまま消え去った。ネイビーが海上へと再び姿を現す。怒るビバレント。ネイビーはふと空を見上げる。そこには銀色に輝く宇宙船が浮かんでいた。警戒するネイビー。次の瞬間、宇宙船から霧状のものがビバレントへと降り注ぐ。その霧はビバレントの身体に吸収され、覆い尽くしていく。そして、霧が晴れたとき黒光りした肌を持つネオビバレントが咆哮をあげた。
ネオビバレントが口から火炎を吐いた。ネイビーはかろうじて海中へと逃れる。しかし火炎が直撃した海上は一瞬で蒸発し、大爆発を引き起こす。激しく弾ける水柱。その衝撃が海面を波立たせる中、ネイビーは海中から一気に上空へ飛び出した。それを見たネオビバレントが、再び火炎を放つ。だがネイビーは鋭い動きでそれをかわす。
「このまま接近戦では、勝ち目がない・・・・・・!」
ネイビーが空中から赤い光線を放つ。しかしいくら攻撃を命中させても、ネオビバレントは微動だにしない。
「仕方ない!」
ネイビーは蓄えた全エネルギーを自らの体内へ集中させる。赤く輝くネイビー。その体が炎に包まれた。その異様な光景にネオビバレントはさらに怒りをあらわにする。咆哮をあげるネオビバレントへとネイビーの赤い炎が一直線に向かう。
「ギャオーッ!!」
赤い炎がネオビバレントの巨体を貫く。次の瞬間、ネオビバレントが大爆発を起こす。その閃光の中、ネイビーは力尽きるように静かに海中へと沈んでいった。




