46-3 悪こそ真の強さ
「吉村班長、ちょっといいですか?」
スカイタイガーの格納庫。吉村班長がひとり、機体を一機ずつ点検しながら油圧系の状態を確認していた。その背後から、蒼真の声が響く。
「なんだい、そんな怖い顔をして」
確かに、蒼真は吉村班長を睨みつけている。
「聞きたいことがあって」
吉村班長はゆっくりと休憩スペースへ移動する。蒼真もすぐに後を追った。
「で、聞きたいことって?」
吉村班長がパイプ椅子に腰を下ろす。
「吉村班長——ズバリ聞きます。あなたは藤森参謀長と共謀して、新スカイタイガー計画を進めているんですね?」
吉村班長が不敵に笑った。
「急になんだ? 一体何を根拠にそんなことを言うんだい」
「ここ数週間、あなたの行動を監視していました。たびたび参謀長室へ足を運んでいましたよね?」
「それがどうした? 昔の上司と部下の関係だ。積もる話もある」
蒼真は鋭い視線を向ける。
「本当のことを言ってください——僕は、吉村さんのことを尊敬しているのに」
吉村班長の表情が強張る。そして大きな声で笑った。
「蒼真君、相変わらず純真だな。そんなことじゃ、誰かにはめられるぞ」
しかし、蒼真の視線は変わらず鋭い。
「分かったよ。本当のことを言おう」
吉村班長は、ゆっくりとうつむいた。
「新スカイタイガー計画は、俺が藤森に進めるよう提案した」
「・・・・・・なんで、それを黙っていたんです?」
「たかだか整備班の班長ごときが言うことを、誰が聞く? こういうことは、上から落とすのが一番なんだ。ちょうど藤森も次期総監の座を狙っていて、目立つコンセプトを求めていた。渡りに船だったんだよ」
「それで・・・・・・ なぜ新スカイタイガー計画なんですか?」
吉村班長は深く息を吐いた。
「北九州に、最初の怪獣が現れたときの戦闘機を整備していたのは——俺だった。あの事件で、三人のパイロットを失った。四人目は奇跡的に助かったがな」
「芦名さんのことですね」
「そうだ」
吉村班長の語気が少し重くなる。
「だから、今度こそスカイタイガーで死者は出さないように——装甲、非常脱出装置などを入念に整備してきた。だがな・・・・・・」
吉村班長が顔を上げる。
「それでも、死者は出た」
「・・・・・・それも芦名さんのことですね」
「あゝ、だから今度こそ、パイロットに死者を出さない。それが俺の使命なんだ」
蒼真が目を閉じる。
「でも芦名さんは・・・・・・」
「知っている。彼は自暴自棄になり、怪獣に突っ込んだ。それは戦闘機のせいではない。それは——分かっている」
吉村班長の語気が強まる。
「俺は若い頃から、自分の希望する職場に就くことができなかった。周囲の人間は、俺を“エース”だの“次期参謀候補”だのと勝手に持ち上げていたが・・・・・・ 事実は違った。結局、整備班に回されたとき、心に誓ったんだ。戦闘機で死者は出さない、と」
吉村班長がゆっくりと立ち上がる。
「だが、どうだ? 現実は——九州で四人、怪獣攻撃隊でひとり。俺の願いなんて、現実には届かなかった」
「それは——仕方のないことです。誰しもが、自分の思い通りにはならない」
「その通りだよ」
吉村班長は、静かに蒼真の肩へ手を置いた。
「だから自分の思いを押し通すためには、悪にならなければいけない」
「悪?」
蒼真は吉村班長から発せられた言葉に違和感を覚えた。
「そうだ。つまり、自分の計画を邪魔する人間は排除すべきなのさ」
「え、」
「だから、新スカイタイガー計画に反対する岩川を飛ばした」
背筋に冷たいものが走る。尊敬していた吉村班長から「悪」という言葉を聞くことになるとは、思ってもみなかった。
「じゃあ……今度は北沢参謀と三上隊員を陥れようとしたんですね?」
「そうだ」
吉村班長の言葉が、妙に冷たく感じられる。
「それはおかしいですよ。いくら正しい計画を進めるためだとしても、人を陥れるなんて・・・・・・」
「相変わらず甘いな、蒼真君は」
吉村班長が蒼真の正面に立つ。
「いい悪いの話じゃない。勝つためには悪にならなければ負けてしまう。ネイビージャイアントだってそうだろう?」
「ネイビーが……?」
「彼は人の怒りという名の悪を身にまとい、炎と化して怪獣を粉砕している。つまり——悪にならなければ、敵を倒すことはできない」
「それは・・・・・・」
蒼真は反論できなかった。
「いいか、阿久津蒼真。君は怪獣にも宇宙人にも立ち向かい、勝たなければならない。そうならば、強くなれ。そのためには、悪にもならなければならない」
「でも・・・・・・」
言葉が出ない。自分は本当に、悪によって怪獣を倒しているのか? 吉村班長と同じ道を歩んでいるのか? そのとき警戒音が格納庫に響き渡る。
「緊急指令、緊急指令。横須賀港付近に怪獣が上陸。怪獣攻撃チームは直ちに現場へ向かえ。スカイタイガー、発進準備」
周囲の赤いパトライトが点滅する。
「発進準備だ。蒼真君——この議論は、後だ」
「分かりました」
蒼真は格納庫を離れる。それと入れ替わるように、三浦、三上、鈴鹿の三隊員がスカイタイガーに搭乗するために格納庫へと駆け込んできた。吉村班長は、急いで発進誘導室へと向かう。




