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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第五十二話 命を継ぐもの、明日へ

♪小さな生命の声を聞く

 せまる不思議の黒い影

 涙の海が怒るとき

 枯れた大地が怒るとき

 終わる果て亡き戦いに

 誰かの平和を守るため

 青い光を輝かせ 

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

 海の見える丘の上。潮風が草を揺らし、遠くで波が静かに打ち寄せる音が聞こえる。海の見える丘、そこにはいくつもの墓石がまるで眠るように並んでいた。その一角にひときわ丁寧に手入れされた墓がある。蒼真はその前に立っていた。 

 彼の視線の先には育ての親である寛子の名が刻まれた墓石。青く澄んだ空と、どこまでも広がる海が、彼の孤独を包み込むように広がっている。風が吹くたびに、彼の髪が揺れ、手にした花がかすかに震えた。

 蒼真は静かに手を合わせ、目を閉じる。その唇がかすかに動いた。


「母さん…… 母さんが僕の実の母親じゃなかったなんて。でも、母さんは僕のこと、本当に愛してくれてたよね」

 返事はない。墓石はただそこにあるだけ。けれどその沈黙が、どんな言葉よりも深く胸に沁みる。蒼真の目に涙が浮かんだ。

「僕は母さんの子どもとして、普通に育って、普通に結婚して、普通に家庭を持って…… そんな“普通”の人生を送りたかった。どこで狂ったんだろう。いや、こうなることは最初から運命だったのかもしれない」

 頬を伝った涙を彼はそっと指先で拭った。そのしぐさには諦めと、まだ消えない願いが滲んでいた。


「これから僕は、僕はどうすればいいと思う? 教えて、母さん」

 風が吹き抜ける。草が揺れ、空が広がる。けれど墓石は変わらず沈黙を守っていた。蒼真はゆっくりと立ち上がり、背を向けようとした。

 そのとき、視界の端にひとつの人影が映る。振り返ると、そこに立っていたのは鈴鹿アキだった。彼女は少し離れた場所から、そっと彼を見つめていた。

「鈴鹿さん……」

 声に出した瞬間、胸の奥がざわついた。彼女の存在が今の自分にとってどれほど重いものか、蒼真は知っていた。

 アキは一歩、彼に近づいた。その表情は穏やかで、けれどどこか切なげだった。


「蒼真君、大丈夫?」

 その問いに、蒼真は答えられなかった。言葉が喉の奥で詰まり、視線を逸らす。彼女には真実を告げることができない。いや、告げてはいけないと思っていた。

「あなたは、きっとここに現れると思ってた」

 アキの表情はいつもよりも柔らかい。

「どうして?」

「あなたが苦しんでいるから。自分の使命を見失っているように感じたから」

「……?」

 風がアキの肩まで伸びた髪を揺らす。


「だって、“自分の戦いは終わった”って言ったじゃない。あのときは意味が分からなかったけど…… もしあなたがネイビージャイアントなら、その言葉の意味が分かる気がしたの」

 蒼真ははっとして彼女を見た。

「どうして僕がネイビーだと?」

「さとみさんから聞いたの。あなたがネイビージャイアントだって」

 その言葉に蒼真は視線を落とした。足元の土が急に遠く感じられる。重力が心にのしかかるようだった。

「鈴鹿さんにまで知られてしまったなら、僕はもう、ここにはいられない」

「どうして?」

 アキは小首を傾げる。その髪は変わらず風になびいていた。


「僕は、狙われているんです」

「……?」

「僕はこの星の人間じゃない。怪獣を送り込んできた“イビル星”の出身なんです。でも、そのイビル星は別の星によって滅ぼされました。だから僕はイビル星の最後の生き残りなんです」

 アキは言葉を失った。その目がわずかに揺れる。理解が追いつかず、けれど彼の言葉の重さだけは確かに伝わっていた。

 蒼真は静かに続けた。

「だから、イビル星を滅ぼした星人たちは僕を狙ってくる。僕に関わる人たちも、巻き込まれるかもしれない」

 アキは深く息を吸い込んだ。その呼吸には、恐れと、覚悟と、何よりも彼を想う気持ちが混ざっていた。


 風が静かに吹き抜ける丘の上。空は青く澄み、海は遠くで光を反射していた。墓石の並ぶ静寂の中、蒼真とアキは向かい合っている。言葉の代わりに、風が二人の間を通り過ぎていく。アキの瞳はまっすぐ蒼真を見つめていた。その声は揺るぎない決意と優しさを帯びていた。

「蒼真君がどんな敵に狙われてようとも、私たちは仲間よ。たとえあなたが地球人じゃなくても、たとえネイビージャイアントでも。だから、私はあなたを守る」

 その言葉が蒼真の胸を強く打った。心の奥に張りつめていたものが音もなく崩れていく。目に再び涙が湧いてくる。今すぐアキに抱きついて、「怖い、助けて」と言いたかった。けれどそれは彼女を危険にさらすかもしれない。その思いが彼の足を地面に縫い付けていた。蒼真はこぼれそうな涙を必死に堪えた。

拳を握りしめ、震える唇を引き結ぶ。


「ありがとう、鈴鹿隊員。今、気付きました」

 アキが首を傾げる。

「……?」

 蒼真は空を見上げる。その瞳には過去と未来が交錯していた。

「イビル星を滅ぼした人たちは自分たちが“正義”だと言っていた。イビル星は他の星を侵略していたから、滅ぼされても当然だと。でも、そこに生きていた人々を殺していい理由にはならない。普通に生活していた人たちもいたはず。それが僕の父や母だったなら、なおさらです。そう考えれば、彼らの“正義”は間違っている。彼らなら、地球の人類を“悪”だと判断すれば、今すぐにでも滅ぼしに来るかもしれない。だから、そうならないようにしなければならない。ここに眠る育ての母が生まれた星、そして鈴鹿さんたちが生きているこの地球を僕は守らなければならない」

 その言葉は風に乗って墓地の静けさに溶けていった。蒼真の唇が、真一文字に結ばれる。その表情には迷いのない決意が宿っていた。アキは心配そうに彼を見つめる。


「どうするつもり?」

 蒼真は、ゆっくりと彼女を見返す。その瞳には覚悟の光が宿っていた。

「話してきます。あなたたちがやっていることは間違っていると」

 アキの顔に驚きと不安が走る。

「でも、あなたが直接会いに行けば殺されるかもしれないんでしょう?」

 蒼真は静かに頷いた。

「大丈夫です。僕が殺されることで地球が救えるなら、それでいい」

 その言葉に、アキの瞳が揺れる。彼女は一歩踏み出し、蒼真の手を取った。

「ダメよ」

 その手は温かく、震えていた。彼女の声は涙を含んでいた。


「生きて。あなたは生きなければならない。亡くなった両親や、育ててくれた人たちの思いを無駄にしてはいけない。それに……」

 言葉の続きを言う前にアキは蒼真を抱きしめた。その腕は彼を守るように、包み込むように、強く、そして優しく。

「私はあなたに死んでほしくない」

 蒼真はゆっくりとアキから離れた。その瞳には涙と決意が混ざっていた。

「ありがとうございます。大丈夫です。僕は死にません。きっと、きっと帰ってきます」

 アキは涙をこらえながら微笑んだ。


「きっとよ」

「もちろん」

 蒼真はゆっくりと歩き出す。足取りは静かで、しかし確かなものだった。

「行ってきます」

「気をつけて」

 アキが見守る中、蒼真はきびすを返し、墓地の出口へと歩みを進める。風が彼の背を押すように吹き抜ける。そして、最後の決戦、さとみとの決着をつけるために、彼は歩き出した。


 ×   ×   ×


 神谷生物学研究所跡地。かつて温室が並び、赤い屋根の研究棟が立っていたその場所は今や何もない更地となっていた。土は均され、雑草すらまだ根を張っていない。白く薄い雲が空を覆い、春の風が静かに吹き抜ける。遠くには富士山が霞の向こうにその輪郭を浮かべていた。

 蒼真はその中心に立ち、空を見上げていた。かつてここで交わした言葉、出会った人々、失われた命、すべてが風の中に溶けていくようだった。

 そんな彼の背後から柔らかな足音が近づいてくる。振り返ると、白いワンピースを身に纏った女性が静かに歩み寄ってくる。それは神山さとみだった。その姿はまるでこの場所の記憶を纏っているかのように風景に溶け込んでいた。


「蒼真君、お待たせ」

 その声には懐かしさと冷たさが混ざり合っていた。蒼真はゆっくりと彼女を見つめる。

「どうしたの、こんなところに呼び出して」

「ここは僕がさとみさんと初めて会った場所だから」

 蒼真の声は淡々としていた。感情を押し殺したようなその口調に、さとみは静かに頷いた。

「そうね、あなたが三年生のとき、ここで出会ったわね」

「なにか、さとみさんのこと、初めて会った気がしなかった。そんな感じを覚えた気がします」

「それはそうだと思うわ」

 その言葉に、蒼真の目がわずかに見開かれる。


「どういう意味ですか?」

「だって、私はずっとあなたを見ていたから」

「ずっと?」

 蒼真の眉間に皺が寄る。風が一層強く吹き、彼の髪を揺らした。

「そう、ずっと。私が地球に来たのはイビル星の地球攻撃が本格化する兆しがあったから。それを阻止するためにあなたの力が必要だと思ったから」

 さとみの表情がより優しくなる。

「いつ、来たんですか? 地球に」

「そうね、十年前。あなたが高校生のころ」

「そんな前から」

「そうよ」

 さとみは微笑みながら蒼真を見つめる。その笑顔はどこか哀しげで、そして冷たい。蒼真の胸が締めつけられるように苦しくなる。


「あなたが生物学に興味を持っていて、東阪大学の生物学へ進学しようとしていたことも知っていたわ。だからあなたに近づくためにどうすれば良いかを考えた。そんなとき神山教授とつながりのある女性研究者の存在を知ったの」

 さとみは少し空を見上げる。雲の切れ間から、淡い光が差し込んでいた。

「その女は高慢で成り上がることを考えていた女性。私にとって好都合だった。彼女に生物と金属の融合技術を伝えると彼女は喜んで私の言いなりになった。そしてあの事故が起こった。彼女は金属化した咲奈の兄に絞殺された」

 蒼真の目が鋭くなる。

「北條さとみはそのとき死んだんですか。それもあなたが仕組んだんじゃないんですか?」

「そうね。そうなっても不思議じゃないと思ったわ。でも計画的ではなかった。あれは偶発的なもの」

 さとみがふっと息を吐く。その吐息は風に溶けて消えていった。


「私は北條さとみの体に乗り移った。そして帰国し神山と結婚した。あなたがこの研究所に来ることは分かっていたから」

 蒼真の表情に憎しみが込められる。

「あなたは神山教授に愛情はなかったんですか」

「あるわけないじゃない」

 さとみが苦笑する。その笑みは感情の欠片すら感じさせない。

「あくまで地球を侵略するイビル星の野望を阻止するため。それが私の任務。そのためには私にはあとふたつのことをやらなければならないことがあった」

「それは?」

「ひとつはネイビージャイアントを守る力を作ること。そのために私は北九州で殉職した芦名雄介を使った」


「芦名さんを?」

 さとみが片手を前に突き出す。その掌に赤い光の玉がふわりと浮かび上がる。空気が震え、周囲の風が一瞬止まったように感じられた。

「芦名雄介はここに眠っているわ」

「芦名さん!」

 蒼真が赤い球を凝視する。その光は、懐かしさと痛みを同時に呼び起こす。

「彼は私によって蘇った。そして今は私の手の中で眠っている」

 さとみの手がゆっくりと閉じられる。赤い球は、吸い込まれるようにその中に消えていった。残されたのは、静寂と、蒼真の胸に広がる言葉にならない衝撃だった。


「そう、彼には怪獣を憎む思いがあった。だからそれを利用して赤い力を彼に与えた。その力は必ずネイビージャイアントを助けると。そしてそのことには成功した」

 その声は淡々としていた。けれど蒼真の胸には波紋のように広がっていく。芦名雄介、彼は自分を救うために、この女性によって蘇らされた。そのことで彼は苦しみ、彩さんもまた傷ついた。二人が背負った痛みが、蒼真の胸に重くのしかかる。その痛みの奥から、静かに、しかし確かに“許せない”という感情が芽生えていた。

「そしてもうひとつ、阿久津蒼真、あなたを覚醒させること」

「?」

 蒼真は左腕に目を落とす。そこには父から受け継いだ時計が嵌められていた。


「僕がネイビージャイアントになることを意味してますか?」

「そう、その時計はただ嵌めているだけでは青い光を放たない。あなたのお父さんは慎重な方だった。だからあなたがその時計を嵌めただけではネイビージャイアントに変身しないようになっているの。あなたが変身するためにはだれかを守りたい、その思いがなければ成立しない」

「……」

 蒼真は初めて変身したときのことを思い出していた。あの瞬間、深く考えていたわけではなかった。けれど、確かに研究所の仲間たち、美波、そしてさとみを守らなければという思いが胸にあった。その感情が青い光を呼び起こしたのだ。


「でも、どうしてそんなことをあなたが知っていたんですか?」

「それはあなたのお父さんから聞いたから」

「父が!」

 蒼真の目が大きく見開かれる。風が一瞬止まったように感じられた。

「どうして父のことを知っているんです!」

 声が鋭くなる。怒りと驚きが混ざり合い、蒼真の視線がさとみに突き刺さる。

「あなたのお父さんは優しい人だった。何より人を傷つけることを嫌っていた。だから、恨みのエネルギーで生まれる怪獣とは異なる、生物兵器を作ることができたの。彼の心があれば、その兵器は制御できたから」


「だから、なんで父を知っているのかって聞いているんです」

 蒼真の声がさらに強くなる。その言葉には父への想いと、真実への渇望が込められていた。

「私はイビル星に潜入し、彼らの兵器開発の情報をつかんで本星に報告する使命を帯びていた。だからあなたの両親をマークしていたの。でも、私はあなたのお父さんのその優しさに撃たれたの。彼はイビル星のやっていることを正しいとは思っていなかった。だから怪獣という兵器開発の情報を柏崎に伝えたの。この情報があれば、地球人は怪獣に対して有効な手段を考えられると信じていたから」

 さとみが目を伏せる。その表情には後悔とも諦めともつかない陰が差していた。


「でも地球人はそのレベルには達していなかった。柏崎がその情報を自らの中に閉じ込めてしまうとはあなたのお父さんも予想していなかったのでしょう」

 蒼真は自分の知らない事実のオンパレードに脳が混乱し弾けそうになっている状態をなんとか冷まそうと大きく息を吐いた。

「で、そのあとどうなったんですか」

 蒼真の声は静かに震えていた。整理された彼の脳が父の過去が少しずつ形を持って現れていく。

「彼の行動はイビル星の軍部に知られ、追っ手が放たれた。刺客が迫る中、彼は妻とそのお腹の中にいた子を地球へ逃がした」

 蒼真は柏崎の言葉を思い出す。あの夜、語られた真実。そこから先は彼が語った通りなのだろう。


 風が再び吹き抜ける。空は変わらず白く、地面は静かにその言葉を吸い込んでいた。蒼真の胸には父の意志と、自分の使命が重なっていくのを感じていた。

 風が止んだ。神谷研究所跡地の更地に重たい沈黙が降りる。空は灰色がかり、雲が低く垂れ込めていた。蒼真はその後に続くさとみの言葉を待っていた。その視線はまっすぐ彼女に向けられている。しかし彼女の口は開かれなかった。蒼真はさとみの口から発せられるはずの言葉を口にした。

「そして父は捕えられ、殺された?」

 さとみは答えない。ただ、わずかに目を伏せた。

「……」

 蒼真が今までの出来事を整理し事象をつないでいく。そこにある違和感、さとみが語らない真実。

 蒼真の声が、静かに、しかし鋭く空気を裂く。


「きっと違いますよね」

 蒼真がキッっとさとみを睨みつける。

「父を殺したのは、あなただ」

 さとみの瞳がゆっくりと蒼真を捉える。

「どうしてそう思うの?」

 さとみの口元が緩む。

「あなたは父から新たな兵器、つまりネイビージャイアントの秘密を聞き出だそうとした。その代わりに妻とお腹の中の子を逃がしてやると。そうでなければ父は敵かもしれないあなたに秘密を話すはずがない」

 風が再び吹き抜ける。さとみの髪が揺れる。彼女は小さく息を吐いた。

「惜しい人を亡くしたわ。あのままイビル星の軍部に捕まっていれば、殺されず、きっとあなたやあなたの母を人質に、もっと危険な兵器を作らされていたでしょう」

 蒼真の拳が震える。


「だから殺した?」

 さとみの口元がさらに緩んだ。

「そう。これ以上、イビル星の横暴は許されないから」

 蒼真は唇をかみしめる。血の味が、怒りをさらに濃くする。

「本当にそれが正しいんですか。罪もない人を殺したり、その星の人を殲滅することが」

 さとみは一歩、蒼真に近づく。その瞳は揺れず、冷たく澄んでいた。

「そう、それが正しい。だから地球も守られた。そうでなければ、今頃この星はイビル星に滅ぼされていた。それがなによりの証拠」

 そのまっすぐな視線を受け止めた瞬間、蒼真の胸の奥で怒りが爆ぜる。それは静かな炎となって、彼の言葉に宿る。


「あなたは私を憎んでいるようね」

 さとみが小首を傾げる。蒼真はそのしぐさを受け入れられなかった。

「父を殺し、母の星を滅ぼし、それでも自分が正しいと言うんですね。そんな人を恨むなと言っても無理でしょう」

 さとみは表情を変えずに言う。

「でもあなたが守りたかった地球の人類は生き延びたわ」

「しかしあなた方の星が地球を滅ぼさないと言う保証がありますか?」

 蒼真の視線がさとみを捉えて離さない。そんな彼の視線を無視するように彼女の表情は冷たい。

「今の地球人は下等で稚拙で、とても滅ぼす価値のある種族だとは思えない」

「なら、人類がもっと進化すれば分からないのでは?」

 さとみは小さく笑い、冷ややかな失笑を浮かべた。その笑みは氷の刃のように鋭く、蒼真の胸を刺す。


「あなたは地球人を買いかぶっているわ。ごらんなさい」

 彼女が指先を近くの壁へと向けると、そこに淡い光が走り、やがて壁面は揺らめく水面のように変化し、スクリーンのような映像が浮かび上がった。

「見て、これが地球人よ」

 蒼真の目の前に広がったのは、戦火に焼かれる子どもたちの姿だった。泣き叫ぶ声は聞こえないのに、映像の中で口を開く子どもたちの表情が痛烈に胸を打つ。武器を手に撃ち合う兵士たち、空爆で崩壊する街、そして道に無惨に転がる亡骸。映像は冷酷な現実を突きつけ、空気を重く沈ませた。

「これだけじゃないわ」

 画面は切り替わる。救急車と警察車両が並ぶ街角。銃を構えた男が市民に向けて引き金を引き、人々が次々と倒れていく。さらに場面は変わり、ナイフを振り回し人々を刺す女。血に染まった顔で笑うその姿は狂気そのものだった。


「人はこうやってお互いを傷つけている」

 再び映像が移ろう。煙草のようなものをふかす青年たち。その目は虚ろに遠くを見つめ、別の男は注射器を腕に突き刺す。恍惚の笑みを浮かべながら、その瞳からは光が失われていた。生の輝きが抜け落ち、ただ影だけが残っている。

「人間は快楽のために自らを滅ぼしていく」

 次に現れたのは砂漠。水のない大地が果てしなく広がり、風が砂を巻き上げて荒涼とした景色を描き出す。氷河は音もなく崩れ落ち、海には浮遊物が漂い、それを食べる海洋生物の姿が映る。森は汚染に染まり、街近くの山は火災に焼き尽くされ、黒煙が空を覆っていた。


「地球はやがて、地球人が住めなくなる星になる」

 さとみは苦笑を浮かべた。その笑みは諦念と嘲笑の入り混じったものだった。映像が消えると、焼け焦げた壁が現れる。それはまるで、今見せられた惨状の余韻をそのまま刻み込んでいるかのようだった。

「こんな地球人のために、あなたがなにか手助けする必要はないわ」

「しかし……」

 蒼真の拳に力がこもる。指先が白くなるほど強く握りしめられ、胸の奥から熱が込み上げる。

「人類は、そこまで愚かでは……」

「愚かよ」

 さとみの瞳が鋭く光を放つ。その光は冷たい刃のように蒼真を射抜いた。


「あなただって気付いているでしょう。だからあなたは最初、MECに入るのをためらった。こんな愚かな人たちを守ることに意義を感じていなかったから」

 蒼真の心がざわつく。確かに一年前までは彼女の言う通り、人類を守ることに意味などないと思っていた。だが、今は違う。それは……

「愚かなんかじゃない! 育ての母も、叔父さんも、美波も、MECの仲間も,あなたが言う愚かではない!」

 再び蒼真の拳に力がこもる。その震えは決意の証のように空気を揺らし、彼の声は静かな怒りと確信を帯びて響いた。

「……」

 さとみが言葉を詰まらせる。その沈黙が蒼真の不安を確信に変えていく。


「その憎悪、そのエネルギーはとっても危険ね」

 彼女は怪訝そうに顔をしかめる。その表情は蒼真の内側を見透かすようだった。

「それは僕がイビル星の人間だからですか?」

「そうね。私の星の人間はそう思っているわ」

 さとみはもう一度、ふっと息を吐いた。その吐息は冷たい風に溶けて消えた。

「なにより本星が一番心配しているのは、あなた、阿久津蒼真が地球人と結ばれて子を残すこと。本星でも地球人の暴力的な行動には危険を感じている。そこにイビル星のあなたの遺伝子が加われば、どんな危険が生まれるか分からない。だから本星からは、あなたを殺せと、そう私に指示が出ている」

 蒼真の心臓が、ひときわ強く脈打つ。


「僕を殺すんですか?」

 さとみが蒼真から目を逸らす。その視線は、遠くの空を見ていた。

「もしあなたが生きていると分かれば、本星は地球人ごと滅ぼすかもしれない」

「そんな……」

 蒼真は絶句する。自分の存在が、地球の罪なき人々を危険にさらすかもしれない。その事実が、彼の足元を揺らす。

「もし、そうなれば僕は戦います」

 さとみが首を左右に振る。

「無理よ、勝てないわ」

「どうして?」

 さとみの目が少し潤んだ。


「もう本星ではネイビージャイアントを研究し尽くしている。どうすればネイビーを倒せるか、フェルディガーの戦いで判明済みよ。それは遠山教授が証明してくれたわ」

「でも、あのとき、僕は生き返った」

「そう、美波さんの命と引き換えに」

 蒼真の目が見開かれる。

「どうしてそれを」

「彼女の命をあなたに与えたのは私だから」

「えっ」

 蒼真の体から力が抜ける。膝が震え、視界が滲む。自分を助けるために美波の命が使われた? 美波の命を奪ったのは…… さとみ?

 風が吹く。冷たく、鋭く、蒼真の頬を切るように。彼の胸の奥で何かが崩れ落ちていく。空は灰色に染まり、風が止んだ。神谷研究所跡地の更地に重たい沈黙が降りている。蒼真がゆっくり言葉を発した。


「どういうことです」

 声は低く、震えていた。さとみは一歩踏み出し、静かに告げる。

「あなたは遠山教授の電磁波を受けて、エネルギーを失い石化した。だからあなたにエネルギーを復活させなければならなかった。美波さんの命をエネルギーとして与えたの」

 その言葉が空気を切り裂いた。蒼真の瞳が大きく見開かれる。

「あなたは、あなたは美波を、美波の命を」

 言葉が喉の奥で詰まり、胸の奥が焼けるように熱くなる。抜け落ちた力の代わりに、体が燃え滾るように熱を帯びていく。憎い。この女が、憎い。

「あなたを救うために仕方がなかったの」

「しかし」

「あなたの美波さんを想う気持ちは分かるわ。でも、どのみち美波さんはあなたとは結ばれない。なぜなら、あなたと結ばれて子を宿すようなことがあれば……」

 さとみの言葉が一瞬途切れた。


「もし、そうなれば、私が彼女を殺していたから」

「なに!」

 怒りが爆ぜる。蒼真の拳が震え、地面を踏みしめる。

「だってそうでしょ。本星が一番恐れているのは、あなたと地球人が結ばれること。その候補にあたる美波さんはもっとも危険な人物になるわ」

「美波は、美波が僕を好きにならなければ死ぬことはなかったと」

「そうね」

 蒼真の体に今までに感じたことのない変化が襲いかかる。まるで血液が沸騰するかのように、体が熱い。じりじりと、体の内側から焼かれていくような感覚が広がっていく。


「でも、私はあなたに生きていてほしいの」

 蒼真は耳を疑った。美波を殺し、自分も殺そうとしている女の言葉とは思えない。

「どうして?」

「分からない、自分でも正直」

 さとみが再び蒼真を見つめる。その瞳には、揺れる感情が宿っていた。

「だから私は本星にあなたは石化して海の底に沈んだ。もう二度と浮かび上がることはない。そう報告したの」

「……」

 蒼真は言葉を失う。その報告が彼を守るためだったのか。それとも、彼女自身の願いだったのか。


「だから生きて。私と生きてほしいの。他の地球人とは関係を持たず、私とだけ。それなら、あなたは生き延びられる」

 さとみが蒼真に近づき、そっと抱きしめる。その腕は優しく、しかし冷たい。

「私と生きて。このさきずっと……」

 蒼真は力いっぱい、さとみを押し返した。さとみはよろけながら後退する。その瞳には驚きと痛みが走る。

「だめです。それは許されません。たとえ僕が生き延びても、死んでいった人は生き返りません。僕のせいで死んだ人がいる限り、そんなことは許されません」

「ならどうするの!」

 さとみが吐き捨てるように言う。その声には怒りと悲しみが混ざっていた。


「僕は戦います。たとえ、たとえ殺されても」

「なぜ、なぜ私の言うことを聞いてくれないの」

「あなたは美波を殺した。僕が一番守らないといけない人を。だから僕は、僕は、さとみさん。あなたと戦う」

 さとみが笑った。彼女にしては珍しく、大きな笑い声だった。その笑いは哀しみを隠すための仮面のようだった。

「そう、そうね。仕方がないわ。あなただけは殺さずにいようと思っていたのに。あなただけは生きていてほしかったのに」

 そう言うさとみの目から涙がこぼれる。その涙は風に流されることなく、地面に落ちた。


「死になさい。私に殺されることが、せめてもの幸せ」

 その瞬間、さとみの体が白い霧に包まれる。霧は渦を巻きながら膨れ上がり、天を突くほどの大きさに変化していく。やがて七色の光が霧を覆い、光が消えたときそこには美しい羽を持つ蝶のような巨大な生物、怪獣パピオンが現れていた。

 パピオンは蒼真を見下ろす。その瞳にはさとみの感情が宿っているようだった。

 蒼真がゆっくりと左手を上げる。すると青い光の柱が空へと立ち上がる。光が収束し、空間が静かに震えた。その中心にネイビージャイアントが立っている。


 濃紺の巨体が陽光を遮るようにそびえ立ち、地面に長い影を落とす。対峙するのは七色の光を纏った怪獣パピオン。その羽は風を孕み、ゆるやかに揺れていた。

 空気が張り詰める。風が止み、雲が凍りつくように動きを止める。ネイビーの右手がゆっくりと上がる。その掌に赤々と輝くネイビーサーベルが現れる。光が脈打ち、剣身が空気を裂くように震える。

 ネイビーが構える。両足を踏みしめ、重心を低く落とす。だがその光が徐々に弱まり始める。剣の輝きが消え、やがてサーベルは彼の手の中から霧のように消えていった。


「なぜだ、なぜ消えた!」

 蒼真の叫びが空に響く。その声は怒りと困惑に満ちていた。パピオンは悠然と羽を広げ、空を滑るように舞う。その姿は神々しくも冷酷で、まるで裁きを下す天使のようだった。

「その剣は私が授けた力。私には役に立たないわ」

 さとみの声がパピオンの口から響く。その言葉が蒼真の怒りに火をつけた。

「くそっ、ならば!」

 ネイビーの体が赤々と炎に包まれる。怒りの象徴のように、炎は彼の全身を舐めるように燃え上がる。地面が焦げ、空気が歪む。蒼真は咆哮とともに、パピオンへと突進する。その一歩ごとに地面が砕け、衝撃波が周囲に広がる。だが次の瞬間、炎が意志に反してさらに膨れ上がった。


「熱い!」

 炎が暴走する。皮膚が焼けるような感覚。筋肉が軋み、関節が悲鳴を上げる。蒼真の膝が崩れ、地面に膝をつく。

「無駄よ。その武器も私が与えたもの。そのまま、自らの炎で焼け死ねばいいわ」

 パピオンの声は冷たく、残酷だった。ネイビーが炎に包まれたまま、崩れ落ちる。地面が焦げ、煙が立ち上がる。

「くそ、ここまでか……」

 その瞬間、パピオンの体から赤い光が放たれネイビーの胸を貫いた。光は炎を裂き、蒼真の体を包み込む。その光は懐かしい声を伴っていた。

「蒼真君、死んじゃだめだ。生きるんだ、生きて彼女を倒すんだ」


「芦名さん!」

 蒼真が叫ぶと、赤い光が炎を連れて彼の体から離れていく。炎が消え、濃紺のかつての姿へと戻る。静かに、力強く、ネイビージャイアントが再び立ち上がる。

「芦名雄介、余計なことを……」

 パピオンの腕が伸びる。白く輝く触手のような腕が、空を裂いてネイビーの首に巻き付く。

「うっ……!」

 締めつけられる。呼吸ができない。首が軋み、内部の神経が悲鳴を上げる。両手でその腕を振り払おうとするが、まったく引き離せない。視界が揺れ、意識が遠のいていく。

「苦しい……」

「その姿では私には勝てないわ。素直に私に降伏しなさい。そうすれば命は助けてあげる」

 意識が朦朧とし始めたとき、彼の耳に声が届く。


「蒼真、負けちゃダメ。あなたにはまだ守らなければいけない人が沢山いるわ」

「母さん!」

 寛子の声が、彼の心を揺さぶる。

 その瞬間、蒼真の腕に力がみなぎる。血流が逆流するような衝撃。心臓が鼓動を取り戻す。

「僕は、僕は負けない。あなたに、あなたに殺された人々、苦しんで死んだ人たちが、僕にあなたを倒せと言っている!」

 力がみなぎった両手がパピオンの腕を振り払った。その腕が弾かれ、パピオンが一瞬怯む。

「なに!」

 再び攻撃しようとしたその瞬間、ネイビーの周囲に青い光が集まり始める。その光は魂の記憶のように彼の周囲を漂う。芦名、彩、柏崎、そして寛子の姿が浮かぶ。そして、ひときわ大きな光の中に美波の姿が映る。


「さとみさん、あなたにこれ以上蒼真君を傷つけさせない」

「美波さん、あなた……」

 パピオンが怯む。その巨大な体が、わずかに後退する。羽が震え、光が揺れる。

 再び立ち上がったネイビーの手には青い光を放つサーベルが握られていた。その光は、希望と怒り、命の継承を宿していた。

「そう、あなたにはまだそんな力が残っていたの」

「これは僕だけの力じゃない。僕を応援してくれる人々の力だ」

 ネイビーがサーベルを大きく振り上げる。その剣が空を裂き、雷鳴のような音が響く。そして、躊躇なく一刀両断の勢いでパピオンへと振り下ろした。


「ギャー!」

 パピオンの悲鳴が空を震わせる。そのまま膝をつき、地面に崩れ落ちる。羽が砕け、七色の光が霧散する。

「私が死ねば、本星は異変に気付くでしょう。そうすれば、イビル星の最後の生き残りであるあなたが生存していることが明るみに出てしまう。そうなれば、必ず刺客が送り込まれる。少なからず、地球、そう、あなたが愛した人類も傷つくでしょう。あなたはそれを見ながら死ぬことになる。そのとき、あなたは私を殺したことを後悔するわ」

 パピオンは力尽きたように地面に倒れ込む。その声はもはや怒りではなく、哀しみに満ちていた。


「蒼真君、あなただけは、あなただけは生き残ってほしかったのに……」

 そう言い残すと、パピオンはゆっくりと消えていった。その姿が消えた場所には焦げた地面の中に青々とした芝生が静かに芽吹いていた。その姿をネイビーは何も言わずに見つめている。パピオンが消えた場所には青々とした芝生が静かに広がっていた。風が吹き抜ける。それは戦いの終わりと、新たな始まりを告げる風だった。


 ×   ×   ×


 国際空港のロビー。ガラス越しに差し込む朝の光が床に長い影を落としていた。多くの人々が行き交う中、MECのユニフォームを着た五名と、ラフな服装の青年が向かい合って立っていた。

 その異質な光景に通りすがる人々が一瞬目を向ける。だがだれも足を止めることはない。それぞれの旅、それぞれの事情がある。そして彼らにとっても、周囲の視線など気にする余裕はなかった。今、この瞬間だけが、何よりも大切だった。

 蒼真は吉野隊長以下、MECのメンバーに深く一礼した。その姿は感謝と決意を込めた静かな祈りのようだった。


 事件は終わった。神山研究室は神谷さとみの失踪とともに閉鎖され、準教授であった蒼真も、東阪大学に辞表を提出し、それは受理された。

 新たな人生が始まる。それは過去を背負ったままの旅立ちでもあった。

「これから南米のアマゾンで生命科学のもととなる多様な生物を研究してきます」

 蒼真は柔らかな笑顔で隊員たちに告げた。その笑顔には痛みと希望が同居している。

「蒼真君がいなくなると寂しくなるな」

 田所がおどけた様子で周囲の隊員に話しかける。だが、その言葉にだれも反応しなかった。それぞれが別れの重みを静かに受け止めていた。

「みなさん、ありがとうございます」

 蒼真の声がロビーのざわめきの中で静かに響く。


「蒼真君、本当にありがとう。これから君が進むべき道を歩んでくれたまえ」

 吉野隊長が手を差し出す。蒼真はその手をしっかりと握り返す。

「ありがとうございます。隊長もお元気で」

 固い握手が交わされる。それは戦友としての最後の約束のようだった。

「蒼真君ありがとう、君のことは忘れないよ」

 三浦が手を差し出す。蒼真は彼とも力強く握手を交わす。

「辛くなったらいつでも帰って来いよ」

 田所がはにかんだ表情で手を差し出す。蒼真はその手を握りながら微笑んだ。

「まぁ、元気で」

 表情を変えず無言の三上の蒼真が向き直る。

「三上隊員もお元気で」

「あゝ、蒼真君もな」

 蒼真と三上は両手で握手を交わす。珍しく、三上の目には涙が浮かんでいた。その涙は言葉よりも多くを語っている。


 ふと視線を移すと、三上の後ろに初老の男女が立っていた。女性の腕には慰霊の写真が抱えられている。その写真の主は、美波。そう、美波の両親がそこにいた。彼らは蒼真に深々と頭を下げる。蒼真も静かに頭を下げた。母親はハンカチで涙を拭っている。写真の美波は蒼真がいつも見ていた彼女の笑顔で映っていた。

 蒼真が目を閉じる。まぶたの裏に笑顔の美波が浮かぶ。その笑顔は彼の旅立ちを見守るように優しかった。

 目を開けると、隊員たちの横で涙をこらえている鈴鹿アキの姿が目に入る。その隣には大介が不思議そうに蒼真を見つめていた。蒼真はゆっくりとアキに近づく。その歩みは別れの言葉を探すように、静かで確かなものだった。


「鈴鹿隊員、いろいろありがとうございました」

 蒼真の言葉にアキはこらえきれず、そっと目元を押さえた。それでも涙は指の隙間からこぼれ落ち、頬を伝っていく。彼女の肩が小さく震えていた。

「お兄ちゃん、どこかに行っちゃうの?」

 大介が不思議そうに蒼真を見上げる。その瞳はまだ別れの意味を完全には理解していない。けれど空気の重さと母の涙が、何か大切なことが起きていると告げていた。蒼真はゆっくりとしゃがみ、大介の視線の高さに体を沈めた。優しく微笑みながら、彼の肩に手を置く。

「お兄ちゃんはね、今から遠くへ行くんだ」

「え、それじゃあもう遊べないの?」

 大介の目にぽろりと涙が浮かぶ。その小さな頬を伝って、透明な雫が落ちた。蒼真はそんな大介をそっと抱きしめた。


「大ちゃんとは遊べなくなるけど、大ちゃんのことはお兄ちゃん忘れないからね」

「お兄ちゃん、行っちゃいやだ……」

「ごめんね」

 蒼真はぎゅっと大介を強く抱きしめた。その腕には別れの痛みと、未来への祈りが込められていた。

「大ちゃん、お兄ちゃんを困らせちゃだめよ」

 アキが鼻声で大介に優しく語りかける。その声もまた、涙に濡れていた。

「だって、ママも泣いてるよ。お兄ちゃんに行ってほしくないって思ってるよね」

 大介の言葉にアキははっとして目を伏せた。そして、ゆっくりとしゃがみ込み、蒼真に代わって大介を抱きしめる。


「大ちゃん、良い子だから言うこと聞いて。だって大ちゃんが泣いたら、お兄ちゃんも悲しいと思うの。だから泣かないで」

 大介は小さく、けれど確かに頷いた。その瞳にはまだ涙が残っていたが、唇はきゅっと結ばれていた。

「大ちゃん、良い子だ。大ちゃんが強くなって、これからもママを守ってね」

 蒼真の言葉に大介が今度は力強く頷いた。その姿にアキは涙を拭いながら立ち上がる。

「元気でね。そして生き延びてね」

「ありがとうございます。アキさんも元気で」

 二人はしばらく、言葉を交わさずに見つめ合った。その間に流れたものは言葉よりも深く、確かなものだった。大介がアキの足にしがみつく。蒼真は足元に置いていたスーツケースを持ち、ゆっくりと立ち上がる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 アキの表情が涙の中に微笑みを浮かべる。その笑顔は別れではなく、旅立ちを見送るものだった。

「お兄ちゃん、バイバイ!」

「大ちゃん、元気でね」

 大介が大きく頷く。その姿に蒼真はもう一度微笑んだ。

 彼は振り返り、他の隊員たち、そしてその後ろに立つ美波の両親に向かって深々と頭を下げた。美波の母がそっとハンカチを目元に当てる。父は静かに頷き、何も言わずにその場に立ち尽くしていた。


 蒼真は何かを振り払うようにくるりと背を向け、南米行きの飛行機搭乗口へと歩き出した。その背中を残された人々が見つめている。それぞれの胸に、言葉にならない想いが渦巻いていた。

 けれどだれも声を上げなかった。ただ彼の未来に幸あれと、心の中で祈っていた。蒼真はその祈りを背中に感じながら、静かに、しかし確かに。次なる運命へと歩いていった。


                                        《了》

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

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