46-2 悪こそ真の強さ
居酒屋の暖簾をくぐった蒼真の目に手を振る三浦の姿が映った。
「ごめん、遅くなりました」
居酒屋のテーブル席には、三浦と春菜、田所、そして鈴鹿アキが座っている。
「なんか、こうして集まるの、久しぶりね」
アキが笑顔で周囲を見渡す。
「忘年会も新年会もやる暇がなかったからな」
田所も嬉しそうにビールを飲み干した。
「蒼真君が来たから、乾杯やり直しだ」
そう言うと、田所は人数分の生中を注文する。
「アキさん、大介君は?」
春菜がジョッキを回しながら尋ねる。
「今日はおばあちゃんが見てくれてるの」
「いいなあ、近所に親がいると。私、結婚したらどうしようかな」
春菜がちらりと三浦を睨む。
「まあ、そのときは、そのときだろ」
三浦が気のない返答をする。そんなやり取りの最中、新しいジョッキが皆に行き渡った。
「じゃあ、怪獣攻撃チームの前途を祝して——乾杯!」
田所の掛け声に合わせて、皆の「乾杯!」の声とグラスを合わせる音が響く。
「蒼真さんは、どうして遅れたんです?」
春菜が大皿で来たサラダを取り分けながら尋ねる。
「ああ、実は新スカイタイガーのことを、吉村整備班長に聞いてたんだ」
「へえ、新スカイタイガー、できるんですか?」
「まだ計画段階だけどね」
蒼真はサラダではなく、目の前の焼き鳥を頬張る。
「その話だけど」
ビールジョッキを置いた田所が話を続ける。
「あの件、藤森参謀長が尾張総監に、岩川は無能だから外した方がいいって進言したらしいよ」
「それって、例の俺の件ですかね?」
三浦が唐揚げにかぶりつく。
「いや、どうも藤森参謀長に訴えた人物がいるらしい」
「え、誰です?」
「僕じゃない」
と、両手を振る三浦。
「誰だか分からないけど、まあ、藤森参謀長が聞き入れるくらいだから、かなり信頼を置いている人物なんだろうな」
蒼真は焼き鳥を三本平らげ、ビールで流し込む。
「正直、お金をかけて隊員の命を守れるなら、安いもんだと思うんですけどね」
「? 新スカイタイガーって、そういうものなの?」
アキが春菜に取り分けてもらったサラダを頬張る。
「そうなんです。実は・・・・・・」
蒼真は、吉村班長から聞いた内容を話す。
「へえ、それなら新スカイタイガー計画に俺は賛成だな」
田所がそう言うと
「私も賛成します」
春菜が笑顔で答える。しかし、三浦の顔は渋い。
「でも・・・・・・ 三上さん、反対してたような気がする」
「三上が?」
田所が驚きの声を上げる。
「そういえば、三上さんは?」
春菜が周囲を見渡す。
「三上隊員、今日は夜勤だから欠席って言ってたわ」
アキが不審そうに三浦を見る。
「でも、その話、どこで聞いたの?」
三浦がバツが悪そうに答える。
「実は・・・・・・ 三上さんが岩川参謀の後任、北沢参謀と話しているのを聞いたんです」
「北沢参謀?」
アキの顔がさらに険しくなる。
「北沢参謀は、スカイタイガーの防御システムを強化することに反対していました。それが新スカイタイガーの話だとは、今日まで知りませんでした」
「そう……なんか、岩川・北沢派と藤森派の抗争っぽくなってきたわね。三上隊員、変なことに巻き込まれなければいいけど……」
アキが心配そうに眉を下げる。蒼真は、アキの表情を見ながら
「僕は、そういう組織政治って、苦手だな」
と、ぽつりと零し、さらに焼き鳥を頬張った。
× × ×
「三上、尾張総監の呼び出しは何だったんだ?」
作戦室に戻ってきた三上に、吉野隊長が声をかけた。作戦室には田所、三浦、鈴鹿、そして蒼真がいる。
「いや…… 別にたいしたことでは……」
三上が席に着く。隣に座るアキが、三上の浮かない表情に気づく。
「三上隊員、何があったの? 顔が怖いわよ」
三上は背もたれに体重をかけ、ゆっくりと息を吐いた。
「なんか…… 俺が怪獣攻撃チームの中で軋轢を生んでるんじゃないかって」
「なにそれ?」
アキが呆れたように言う。
「どうも、尾張総監にそんな報告が入ったらしくて、呼び出されたみたいだ」
「まあ、確かに、いつも突っかかってくるのは事実だけどな」
田所が嫌味な笑みを浮かべながら言う。
「お前か、密告者は?」
三上が鋭く睨みつける。田所は慌てて手を左右に振る。
「違う、違う!」
蒼真も三上のそばにやってくる。
「でも、誰でしょうね? そんなこと言う人」
「さあ・・・・・・ 俺は敵が多いからな」
三上はふてくされたように、さらに背もたれへと体重を預ける。
「なんか、岩川参謀の時と似てる気がしますね」
三浦がぽつりと呟いた。その言葉にアキが即座に反応する。
「確かに、そうね」
蒼真はふとこの間の居酒屋での三浦の言葉を思い出す。
「三上隊員、最近、北沢参謀と何か話しました?」
「北沢参謀?」
三上は首を傾げる。
「そういえば、スカイタイガーについて意見を求められたな」
「それは・・・・・・ 新スカイタイガー計画に反対したんですか?」
三上はさらに考え込む。
「反対? いや……ただ、パイロットの人命も重要だけど、それ以上に怪獣を退治する方に予算をかけるべきだと思ってる」
「ほう・・・・・・」
蒼真が興味深げに前のめりになる。
「新合金でスカイタイガーを作ると、その分機体が重くなる。ならば、蒼真君たちが検討している大型電子銃を搭載すべきじゃないかって話したんだ」
なるほど。蒼真は頷く。
「なんか…… 俺が軍属家族の出身だから、人命軽視の理由で新合金に反対してる、みたいに言う人もいるけど、そんなこと考えたこともない。ここにいる仲間の命は、俺にとっても大事だ。反対っていうのは……言い過ぎだろ」
三上は憤慨した表情を見せる。そうだ、ここにいるメンバー全員が、仲間を思いながら仕事をしている。それは、蒼真の心を揺さぶった。一人で学問に挑む大学の研究とは違う。そう感じさせられる出来事だった。
「なのに、軋轢を生んでるって言われると……憤慨するよ」
三上がさらに不機嫌な顔をする。
「でも、新スカイタイガー反対派のひとりとして見られているのは、事実ね」
アキが冷めた声で言う。
「鈴鹿さん、どういう意味です?」
「だって、三浦君が言ったように、誰かが告げ口をして、その人を失脚させようとしている。今回の件……賛成派の意志を感じるのよ」
三上が腕を組む。
「実は、俺もそう考えていたんだ」
蒼真がさらに前のめりになる。
「誰です? その人?」
「あくまで想像だが、犯人は吉村班長じゃないか?」
「吉村班長!?」
蒼真が驚いて、思わず身を引く。
「いやぁ、吉村さんはそんな人じゃ……」
「いや、新スカイタイガー計画の出所は吉村班長だ」
「え、でも、彼は計画のことはよく知らないって……」
「スカイタイガーのことを一番よく知っている整備班でなければ、この合金の有用性に気付くことはできないはずだ」
蒼真の脳裏に、豪快に笑う吉村の姿が浮かぶ。そんなわけがない。あの人の良い吉村班長に限って・・・・・・
「もう一つ根拠がある」
「なんですか?」
「彼は若い頃、“エース”と呼ばれるほど優秀だった。今でこそ整備班にいるが、実は——藤森参謀長の上司だったことがある」
「え・・・・・・」
蒼真は吉村班長が若い頃優秀だったことは聞いたことがあった。しかし、藤森参謀長の上司だったというのは初耳だった。
「岩川参謀を切るくらい、彼の能力なら造作もないことだ」
「そんな……吉村さんは、毎日スカイタイガーの整備を念入りに行う人です。それが・・・・・・」
「蒼真君の気持ちは分かる。でも、私も三上隊員の説に一理あると思う」
「鈴鹿さんまで……」
蒼真は悲しげな表情を浮かべる。
「推論はそこまでだ」
黙って話を聞いていた吉野隊長が口を開く。
「今は、明日襲ってくるかもしれない怪獣の攻撃方法を考えるべきだ。各自、持ち場につけ」
指示を受け、隊員たちは自席に戻り、それぞれの仕事を進める。蒼真だけが、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。




