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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第四十九話 海の底に眠る

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「そう、ノートにはそんなことが書かれていたの」

 冬の日の光が教授室の窓から斜めに差し込んでいた。窓辺のカーテンは半分だけ開かれ、淡い光が床に長く伸びる。教授席に座るさとみは肩を落とし、蒼真の話に静かに耳を傾けていた。彼女の横顔は光に照らされ、どこか儚げだった。

 ここ数日、蒼真は実家近くで起こった出来事を断片的に語っていた。柏崎が実は自分の叔父であったこと。そしてその叔父が“宇宙人”を名乗る女性から自分を引き取ったという事実。どれも蒼真にとっては現実感のない衝撃の連続だった。

 だが、さとみが最も反応を示したのは三冊のノートの話だった。


「すみません、うかつでした。ノートの内容もさとみさんには話していなかったですし」

「そうね、もう少し早く教えてもらっていれば、それがネイビージャイアントのことを表していることに気づけたかも」

 いつも穏やかなさとみの口調に、わずかな冷たさが混じっていた。蒼真はその違和感に胸がざわついた。

「ノートにはなにが書いてあったの?」

「中身は保存してあります。これです」

 蒼真がタブレットを差し出すと、さとみはそれを受取、画面に映るノートの写真を一ページずつ丁寧にめくり始めた。彼女の指先は震えていないが目は真剣そのものだった。


「すみません。このノートに書かれていることは、僕には理解できなくて」

 蒼真の言葉に反応することなく、さとみは写真を見続けていた。沈黙が教授室を満たす。時計の秒針の音だけが、静かに空気を刻んでいた。

「さとみさん、なにか分かりますか?」

「……」

 さとみが無言のままうつむく。

「さとみさん?」

「あっ」

 さとみがようやく顔を上げた。


「あゝ、ごめんなさい。分からないわ、確かに」

「一冊目はタンパク質と何かの物質との融合、二冊目がタンパク質に変わる物質の探索、三冊目は新たな物質に生命活動を与えるためのエネルギーの調査。僕にはそう見えたのですが、これがネイビーの秘密と言われても……」

「そうね、ノートの一冊目はきっと私のアメリカ時代の研究に似ているわ。だからこの結果は柏崎博士によって論文化されている。それ以降の二冊に関しては、私も関連するものは見たことがないわ。柏崎博士はなにか言っていなかった?」


「それは……」

 蒼真は言葉に詰まった。視線が床に落ちる。

「ごめんなさい。あなたの育ての親である叔父さんを失ったのに、ぶしつけな質問だったわ」

「いえ、それは……」

 蒼真の胸の奥に、重く沈んだ感情が広がっていく。叔父が柏崎博士だったことそして何より、自分が地球人ではないという事実。その現実をまだ受け入れきれずにいた。さとみの視線がまるでその動揺を見透かしているように感じられた。


「あなたは今、いろいろな事実に出くわして、整理できていない状態なのね。ごめんなさいね、そんなあなたの気持ちに寄り添えなかったわ」

 さとみが静かに席を立ち、蒼真の前に歩み寄る。そして、何の前触れもなく、そっと彼を抱きしめた。

 蒼真はハッとする。その感触は三体の怪獣と戦った後、海辺で倒れて、なにかに包まれたときに感じた、あの温かさに似ていた。いや、あの場にさとみがいたはずはない。きっと勘違いだ。それでもいい。今、彼女に抱きしめられているこの瞬間が、たまらなく心地よかった。

「でもね、敵があなたのことをこのノートから分析して、もしあなたが窮地に陥ることがあったら…… もしそんなことにでもなったら……」

 蒼真の手がさとみの肩にそっと添えられる。


「大丈夫です。今までもそうだったんです。きっと何とかなります」

 さとみが腕を解いた。彼女の手の温もりが蒼真の胸に残る。

「そうね。きっと蒼真君なら大丈夫よね」

 さとみが再び席に戻る。窓から差し込む冬の光が彼女の背中を柔らかく照らしていた。

「とにかく、このノートの解読は、私の方で進めておくわ」

「お願いします」

 蒼真が深く頭を下げる。そして教授室の扉へと向かう。そのとき、


「蒼真君」

「はい」

 蒼真が振り向く。そこにはいつものさとみの優しい笑顔があった。

「気をしっかり持ってね」

「ありがとうございます」

 蒼真はその言葉を胸に刻み、静かに部屋をあとにした。


 ×   ×   ×


「ノートの解読はできましたか?」

 黒衣の男が低く、抑えた声で問いかける。部屋の明かりはすべて落とされ、暖炉の炎だけが静かに揺れていた。壁にかけられた古い絵画も、棚に並ぶ分厚い書籍も、炎の赤に染まりながら沈黙している。

 暖炉の前のソファにはもう一人の男が座っていた。背もたれに深く身を預け、片手にはブランデーのグラス。炎の光が彼の顔を断続的に照らし、表情の輪郭を曖昧にしている。対照的に黒衣の男の姿は炎の揺らぎに溶け、まるで影そのもののようだった。


「まだです。でもあなたたちが作った怪獣の仕組みを見れば、ノートの内容もなんとなく分かりますよ」

 男はゆっくりとグラスを口元に運び、琥珀色の液体を喉に流し込む。香りが空気に広がり、重く沈んだ沈黙が部屋を包む。

「そうですか。早くしてください。時間がないんです」

 闇の奥から響くその声は冷たく、焦りを含んでいた。男はグラスをテーブルに戻しながら、わずかに眉を動かす。

「どうして急ぐんですか? この研究は重要なんだ。そんなに焦らさないでください。ただ、そう遠くない未来に結論は出ると思っています。あとはネイビージャイアントのパワーの源を見つけるだけです。そのためには、データが必要ですけどね」


「私たちのデータでは足りないと言うのですか?」

「はい」

 男はテーブルに置かれていたノートを手に取る。表紙は擦り切れ、紙の端は幾度もめくられた痕跡を残していた。

「やはり本物を見ないとダメですね。ネイビーに変身する物質は何なのか、それに反応する電磁波の周波数はいくつなのか、それからその電磁波を放出するエネルギーはなんなのか」

「先生は、おおよそ推測されているのでは?」

 男はノートを開き、ページをめくるたびに紙が乾いた音を立てる。


「恐らく。前回の怪獣と戦ったとき、阿久津蒼真君の左手が青く光っていたでしょう。彼がつけていた古い時計が気になっていたんですよ。この家に運び込まれたときから気にはなっていたのですが、あれがネイビーに変わる物質を貯蔵していると考えれば納得がいきます」

 男の指がページを滑り、ある箇所で止まる。

「このノートの二冊目に、暗号のように記された物質がありました。それに気づけたのは、あなたたちが提供してくれた怪獣化したフレロビウムの分子構造があったからです。ノートの不自然な塩基配列を見たことで、ネイビーに変わる物質はフレロビウム301ではないかと思い始めたんですよ」


「フレロビウム301?」

「そう。あなたたちが怪獣に使っていたフレロビウム289じゃなくて、同じ元素でも異なる同位体です。エネルギーの波長も違う」

「そうか、やつはもうフレロビウムの新しいものを作っていたんだな」

 冷静だった黒衣の男の声に、わずかに感情が混じる。炎がその顔を照らした瞬間、唇がわずかに震えていた。

「ならば、フレロビウム301が反応する電磁波の波長は、もう分かっていらっしゃるんでしょう?」

「だいたいね」

「だいたい?」

 遠山教授がニヤリと笑った。


「まあ、人間はフレロビウム301を見たことも測ったこともないからね。知っているフレロビウムは289だけ。でも、301があるなら予想はできる」

「なら、ネイビーを止めることができると?」

「もちろんだよ」

 男はノートを静かにテーブルに戻す。指先がわずかに震えていた。

「あとは時計の中身を確認できれば」

 再びブランデーを口に運ぶ。炎の光がグラスの中で揺れ、男の瞳に赤い輝きを映す。


「もしこの研究の結論が出たときは、約束は守ってもらう」

「もちろんです。あなたに私たちの星の生命技術を教えて差し上げます。そうすれば、あなたはこの地球で一番の知恵者になれるでしょう。みんながあなたの技術を欲しがって、あなたの前に跪く」

「そうか。やっとその日が来るか」

 男の肩が震えた。それはやがて笑い声へと変わり、重く、湿った空気の中に響き渡る。

「そうか。やっとその日が。俺は死んだ神山なんかよりすごい。伝説の柏崎と同じ、いや、それを超える。それにあの悪魔の研究をした神山さとみを見返す。あの女、あいつが俺の前に跪くんだ。俺の方が優秀だって、分からせてやる」

 男の笑い声が暖炉の火だけが灯る暗い部屋に、ゆっくりと溶け込んでいった。


 ×   ×   ×


「本当に信じていいの?」

 鈴鹿アキが蒼真に問いかける。声は静かだが空気を切るような鋭さがあった。

 MECの作戦室。壁一面のモニターには怪獣出現予測マップが映し出され、電子音が時折空間を震わせていた。円卓を囲むようにして、蒼真、三上、田所、三浦、アキ、そして吉野隊長が並んでいる。空気は張り詰めていたがだれも口に出さないだけで、全員が次の戦いの気配を感じ取っていた。

 蒼真は論文の束を手に、吉野隊長へ向けて説明を続けていた。だがその最中、アキが言葉を挟む。


「この論文は、明らかに怪獣研究の最先端をいっています」

「でも、神山研究室ですら解明できなかったことを、どうしてこの教授は発見できたの?」

「それは、私にも分かりませんが……」

 アキが小さくため息をつく。三上が椅子にもたれながら、意味ありげな笑みを浮かべる。

「鈴鹿隊員は、自分の先を越されて妬んでいるだけでは?」

「そんなことはありません」

 アキの眉がピクリと動いた。彼女の声は冷静だったが、その瞳には揺らぎがあった。


「我々の研究よりも、遠山教授が電磁波の周波数に注目したのは事実です」

 蒼真が冷静に、かつ、力強くアキに話しかけた。

「そうかもしれないけど……」

 アキも負けてはいなかった。

「でも、フレロビウム型怪獣は最近出現していないし、ネイビエクスニウムとの関係もこの論文では不明よ」

「そうかもしれませんが、この研究を進めれば、ネイビエクスニウムとの関係も明らかになると思いますよ」


「でも……」

 アキが変わらない厳しい目で蒼真を睨みつける。

「もう十分だ」

 吉野隊長が低く、しかし断固とした声で議論を切り上げる。室内の空気が一瞬で静まり返った。

「鈴鹿隊員、なにか気になることがあるのか?」

「いえ、そう言うわけではありませんが……」

 アキは視線を伏せたまま答える。だがその沈黙の奥には、言葉にできない不安が潜んでいた。

「では、蒼真君の提案を試してみよう」

「はい」

 アキはしぶしぶ承知する。蒼真が作戦室の大型モニターに論文の一部を映し出すと、青白い光が彼の顔を照らした。


「遠山教授の論文によれば、フレロビウムに反応する周波数が判明しています。ですから、これと逆位相の電磁波を照射すれば相殺されて、フレロビウムの励起が抑制できるはずです」

「逆位相というと、ヘッドホンのノイズキャンセル機能と同じことをするってことか?」

 田所が目を丸くして蒼真に尋ねる。

「そうです。基本原理は同じです。同じ周波数で振幅が逆の電磁波を照射すれば、プラスマイナスゼロになって、元の電磁波が消去できるんです」

「なるほど」

 田所が再びうなずく。彼の表情には、理解と期待が入り混じっていた。


「でも、今はネイビエクスニウムで覆われた怪獣ばかりよ」

「これは私の推測ですが、ネイビエクスニウムは未知の物質とはいえ、フレロビウムとは密接に関係していると思います。なので、同じ周波数か近い周波数を照射することで効果があるのではないかと」

「仮説に過ぎないわね」

 アキの声は冷静だったが、どこか遠くを見ているような響きがあった。蒼真が少し顔をしかめる。

「ともかく、高周波の電磁波を発生させる装置をスカイタイガーに搭載します」

 蒼真の提案に、吉野隊長がうなずいた。

「分かった、蒼真君。急いで装置を開発してくれたまえ」

「はい。それと……」

 吉野がうなずく。


「分かっている。遠山教授の防衛隊への出入りを許可する。怪獣関連の資料は機密性が高いので、防衛隊内で閲覧してもらう。それが条件だ」

「分かりました。教授にはそう伝えておきます」

 蒼真が一礼し、作戦室をあとにした。扉が静かに閉まり、足音が廊下に響く。

「蒼真君、待って」

 アキが立ち上がり、彼を追う。作戦室を出た廊下は薄暗く、蛍光灯の光が床に淡く広がっていた。彼女は早足で蒼真に追いつく。


「なんでしょう。なんか今日の鈴鹿隊員、いつもと違いますね」

「それはこっちのセリフよ」

「?」

 蒼真がアキを見つめる。彼女の瞳はいつもより深く揺れていた。

「蒼真君、前回の事件以来、なにか隠していることがあるでしょう」

「それは……」

 蒼真は言葉に詰まった。アキには前回のことは何も話していない。自分の育ての親が柏崎博士であること、自分には出生の秘密があること。しかしアキは直感で、蒼真に何かがあったことを見抜いていた。でも、言えない。自分が地球人ではないことは。


「なにもありませんよ。それより、鈴鹿隊員はどうして遠山教授との共同研究をそんなに反対するんですか?」

 アキがうつむく。その目には明らかな不安の色が映っていた。

「心配なのよ。言いようのないなにかが」

 蒼真がアキの顔を覗き込むように、

「鈴鹿さんらしくありませんよ。宇宙物理学者の鈴鹿隊員はもっと論理的で」

「分からないの。でも、なんか嫌な予感がするの」

 アキの表情がさらに不安の色を濃くする。彼女の直感は理屈を超えて何かを掴んでいるようだった。いや、それ以上に彼女が自分のことを心配してくれていることは、どんなに鈍感な蒼真でも、はっきりと感じ取れた。


「大丈夫です。今までもそうでした。きっとなんとかなりますから」

 その言葉はさとみにも話したことだった。蒼真の胸に過去の記憶が一瞬よぎる。

「蒼真君、なんかあったらすぐに連絡してね」

「ありがとうございます」

 蒼真は一礼し、その場を去った。アキはその背中を見送る。彼の足音が遠ざかる中、吉野隊長が静かに近づき、彼女の肩を軽く叩いた。その瞬間、吉野が彼女に何かを耳打ちする。アキはわずかに目を見開くが、何も言わず頷いた。

 その様子も、吉野が何を告げたのかも蒼真は知らないまま、廊下の先へと歩いていった。


 ×   ×   ×


 防衛隊科学班、その実験室の奥にはひっそりとした個別の部屋がある。壁は無機質なグレーで窓もなく、外界の喧騒から切り離された静寂が支配していた。そこはアキや蒼真が自分の考えを整理し、研究の断片をつなぎ合わせるために使う、思索のための空間だった。

 部屋の中央にはなんの変哲もない金属製の机と、古びたパソコン。棚には数冊の専門書が並び、空調の微かな音だけが静かに響いている。


 いつもなら蒼真が座る席に今日は遠山教授が腰を下ろしていた。彼の前には紙の資料が広げられ、パソコンの画面には複雑な分子構造の図が映し出されている。教授は眉間にしわを寄せ、まるで画面の奥に何かを見つけようとするかのように、食い入るようにデータを凝視していた。

「ありがとう、蒼真君。これだけの資料があれば次につながる」

「それはよかったです」

 蒼真は机の前に立ったまま教授の様子を静かに見守っていた。教授の指先が資料の端をなぞるたび、紙がわずかに音を立てる。


「ところで、君が開発したフレロビウム検知器を貸してほしいんだが」

「検知器を?」

 蒼真は少し眉をひそめる。教授の言葉の意図を測りかねていた。

「あぁ、非常に興味深い」

 その言葉に促されるように、蒼真はやや訝しげな表情を浮かべながら部屋を出ていった。廊下を歩き、保管庫から一台の小型装置を手に取り、再び部屋へ戻ってくる。

「これです。初期型ですが」

「なるほど」

 遠山教授は装置を受取、手のひらで重さを確かめるように持ち上げた。表面の傷や塗装の剥がれが、長年の使用を物語っている。


「これで放射線を検出したらしいが、ある意味では怪獣の周波数を検出していたと言っても過言ではないと思う。この装置、少し借りてもいいかな?」

「こんな旧型装置を、ですか?」

 蒼真は思わず問い返す。教授の目は装置に釘付けで、まるで宝物でも見つけたかのようだった。

「あぁ、もしかするとこれを使えばネイビエクスニウムの周波数が分かるかもしれない」

「これを使ってですか?」

 蒼真の表情はさらに怪訝さを増す。だが教授は装置の端子を指でなぞりながら、確信に満ちた口調で続けた。


「あぁ。研究にとって旧型か新型かは関係ない。いかに使い勝手が良いかが重要だよ」

「はぁ……」

 蒼真は納得しきれないまま、装置を教授に手渡した。その瞬間、けたたましい警告音が部屋のスピーカーから鳴り響いた。赤いランプが天井で点滅し、静寂だった空間が一気に緊張に包まれる。

「緊急指令、緊急指令。青森県太平洋側に怪獣を発見。MECは直ちに出撃せよ」

 蒼真は反射的に遠山教授の方へ振り向いた。教授は装置を手にしたまま、無言で蒼真を見返す。

「教授、僕は現場に行かなければなりませんので、今日はここまででよろしいですか?」

「承知した」

 教授の声は落ち着いていたが、その瞳には何かを見透かすような光が宿っている。その言葉を聞くと、蒼真はすぐに部屋をあとにした。扉が閉まる音が、静かに響いた。


 ×   ×   ×


 雪が海岸沿いに静かに降り積もっていた。風はほとんどなく、空は鉛色に沈み、波音だけが遠くから微かに響いてくる。古びた漁船が並ぶ、さびれた漁港。錆びた鉄の匂いと、潮の香りが混ざり合い、空気は冷たく張り詰めていた。

 その岸辺に怪獣フェルディガーがまさに上陸しようとしている。頭部には巨大なパラボラアンテナ状の突起物。二足歩行の異形の巨体が、雪を踏みしめながら進むたび、地面が震え、小さな漁船が次々と潰されていく。船体が軋み、木片が飛び散る。静寂だった漁港が怪獣の足音で軋み始めた。


『攻撃開始』

 本部から上空を飛行する田所機および三上機に向けて、吉野隊長の指示が飛ぶ。声は冷静だが、緊張が滲んでいた。

『了解』

 両機がミサイルを発射する。空を裂く軌道が怪獣の胴体を狙う。しかし黒光りするフェルディガーの皮膚はそれをものともせず、爆煙の中から無傷の姿が現れる。ミサイルの衝撃は雪を吹き飛ばすだけで、怪獣には何の効果もなかった。

 海岸に到着した蒼真が双眼鏡を構えながら怪獣の状態を確認する。冷たい風が彼の髪を揺らす。


「隊長、怪獣はいつも通りネイビエクスニウムを身にまとっているようです」

『そうか。どうする、蒼真君』

「例の装置を試してみたいのですが」

『分かった。三上機、聞こえるか』

『はい』

 無線越しに三上の声が届く。風切り音とエンジンの唸りが混ざる中、彼の声は明瞭だった。

『逆位相周波数装置、作動!』

『了解』

 三上機がフェルディガーの上空を旋回しながら、機体の腹部からアンテナ状の装置を展開する。金属が軋む音とともに、装置が空に向かって広がる。


『照射!』

 三上の声が蒼真の耳に届く。フェルディガーがゆっくりと三上機を見上げる。だが、それ以上の反応はなかった。怪獣の目は無表情で、まるで何かを計算しているかのようだった。

『蒼真君、まったく効かないぞ』

 蒼真は双眼鏡で怪獣の様子を見ていた。確かに何の効果も確認できない。

「三上さん、周波数がやっぱり違うんです。いくつかの周波数を試してもらえませんか」

『えっ、そんなことをしている間に町が破壊されるぞ』

 蒼真が一瞬考え込んだ。そして再びMECシーバーに力強く叫ぶ。


「田所さん、怪獣の足止めをお願いします!」

『了解』

 田所機が怪獣の足元にミサイルを撃ち込む。爆発が雪を巻き上げ、フェルディガーの動きが一瞬止まる。その隙に三上機が電磁波を照射し続ける。空気が震え、装置の光が怪獣の体表を撫でるように走った。

「ダメか……」

 蒼真が落胆の声を漏らしたその隣に、いつの間にか男が立っていた。

「やはり、周波数を正確に見極めないとダメなんだよ」

 その声に反応して蒼真が振り向くと、そこにいたのは遠山教授だった。白衣の裾が風に揺れ、彼の目は鋭く怪獣を見据えていた。


「どうして教授がここに?」

「いや、やっぱり現場でないと分からないことはあるからね」

 遠山教授の手には検知器が握られていた。彼が地面にその装置を置き、ダイヤルを慎重に合わせると、装置が低く唸りを上げて反応を示す。

「先生、なにか分かりましたか?」

「いや、怪獣からではない、別のフレロビウム反応がある」

「えっ?」

 蒼真は耳を疑った。その瞬間、左腕の腕時計が淡く光り始める。青白い光が雪に反射し、蒼真の顔を照らす。


「教授、とにかくここは危険です。町へ避難してください」

「そうか。君たちの足手まといになっては申し訳ない。退散するよ」

 そう言って遠山教授は静かにその場を去っていく。蒼真は教授の姿が見えなくなったのを確認し、左手を高く掲げた。

 フェルディガーの前に、突如として青い光の柱が天へと立ち昇った。地鳴りのような低音が空気を震わせ、周囲の雪が一斉に舞い上がる。光はまるで空間そのものを裂くように激しく脈動し、氷点下の空気が一瞬にして熱を帯びる。

 そしてその光がふっと消えた瞬間、そこにネイビーが現れた。青い巨体が静かに立ち上がる。雪煙の中から現れたその姿はまるで神話から抜け出した守護者のようだった。ネイビーが一歩踏み出すたび、地面が低く唸り、空気が一変する。


 だがフェルディガーは他の怪獣と違っていた。怒りも威嚇も見せず、ただじっとネイビーを見つめている。その瞳は冷たく、無感情で、まるで何かを計測しているかのようだった。

 ネイビーもまた、動きを止める。両者の間に静謐な時間が流れる。互いの呼吸すら感じさせない、沈黙の対峙。

 そのときだった。フェルディガーの頭部にある巨大なパラボラアンテナが、ゆっくりとネイビーの方へと向けられる。

「ヴォォォンッ!」

 空気が悲鳴を上げるような音とともに強烈な電磁波が放たれた。目に見えぬ波動が空間を歪ませ、雪が爆ぜるように四方へ弾け飛ぶ。ネイビーの体がその波動を受けて震え、赤いボディラインが一瞬だけ強く輝いたかと思うと、その光がゆっくりと、確実に消えていった。


 ネイビーの動きが止まる。まるで時間が凍りついたかのように、彼はその場に立ち尽くす。赤いラインが一本ずつ消えていき、青い体の色が徐々に褪せていく。まるで命の灯が、静かに抜け落ちていくようだった。

『本部、隊長! ネイビーが怪獣の攻撃を受けて動きを停止しました!』

 田所の声が無線を通じて本部へ届く。声には明らかな焦りが滲んでいた。

『三上、田所両機はネイビーを援護しろ!』

『了解!』

 スカイタイガーが再びミサイル攻撃を開始する。空を裂くように飛ぶ弾頭が、フェルディガーの周囲に次々と着弾し、爆発が連続する。雪と煙が空を覆い、視界が白と灰に染まる。

 だがフェルディガーは怯まなかった。爆煙の中から、ゆっくりと姿を現すその巨体。まるで何事もなかったかのようにネイビーへと歩み寄る。そして巨大な拳を高く振りかぶった。


 ドォンッ! その拳がネイビーの顔面を直撃する。衝撃音が大地を揺らし、ネイビーの体が弾き飛ばされるように地面に叩きつけられる。雪が舞い上がり、地面が裂け、衝撃波が周囲の建物を軋ませる。

 倒れたネイビーの体に、異変が起こる。青かった体がみるみるうちに灰色へと変化していく。まるで命が抜け落ち、肉体が鉱物へと変質していくかのように。

『本部、ネイビーが石化していきます!』

『なに!』

 吉野隊長の声が無線の向こうで震えた。スカイタイガーは引き続きミサイルを撃ち込むが、フェルディガーはそれすらも無視するかのように、ネイビーの上に圧し掛かる。そしてもう一度、拳を振り下ろした。土煙が激しく舞い上がる。その中で、完全に石化したネイビーの姿が露わになる。動かない。もう、何も応えない。


 フェルディガーはその灰色の巨体を両腕で持ち上げた。重さをものともせず、無言のまま海へ向かって歩き出す。足跡が雪を深く抉り、波打ち際に近づくと、フェルディガーはそのままネイビーの体を持ち上げ振りかぶる。

 ズドォンッ! その灰色の巨体を海へと投げ込んだ。水柱が高く上がり、波が岸を洗う。

 石化したネイビーは波間に沈みながら、静かに、ゆっくりと、海の底へと消えていく。その姿はまるで英雄の墓標のように、光が届かない暗い深海へと沈んでいった。


 ×   ×   ×


「ここは、どこ? 体が動かない。息が苦しい」

 蒼真がゆっくりと目を開ける。視界は青く濁り、泡が静かに漂っていた。そこは海の中だった。冷たい水が全身を包み込み、青い光が彼の身体を覆っている。まるで光そのものが彼を守っているようだったが、同時に何かに縛られているような感覚もあった。

「そうか、怪獣から電磁波を浴びて、動けなくなったんだ」

 蒼真は必死に体を動かそうとする。しかし関節も筋肉も、まるで石のように硬直し、微動だにしない。


「ダメだ、動かない。このままだと海の底で窒息してしまう。いや、でも息はできている。ネイビーバリアのおかげで酸素だけは何とか確保できているんだ」

 彼はゆっくりと深呼吸をする。冷たい水の圧力が肺を締めつけるようだったが、わずかな酸素が確かに体内に届いていた。少しだけ落ち着きを取り戻す。しかしこのままではいずれ酸素も尽きてしまう。

「どうすれば、どうすれば体が動くんだ」

 原因が分からないまま、蒼真は思考を巡らせる。焦りが胸を締めつけ、心拍が速くなる。海の静けさが、逆に彼の孤独を際立たせていた。

 そのとき、頭の中に少女の声が響いた。


「ネイビージャイアントも、これでもうおしまいね」

 あの麻袋を渡して人々を怪獣化させた少女の声。冷たく、乾いた響きが水中に染み込んでくる。

「あなたがネイビーに変身する秘密、もう分かったのよ」

「秘密?」

 蒼真の脳が動かない体とは逆に最大限考えを巡らせる。

「そう。あなたの時計の中にはフレロビウム301が収められていた。それがあなたをネイビーに変身させていたの。しかもその物質に反応する周波数も突き止めたわ」

「フレロビウム301? 周波数?」

 蒼真の頭が混乱する。思考が泡のように弾けては消えていく。


「それって、フレロビウムが人を怪獣化させる理論と同じってことか?」

 それが混乱した頭の中ではじき出した蒼真の答えであった。

「そう。怪獣化するフレロビウムは289。でもあなたが使っているのは301。分子を励起する周波数が違うの。289は怒り、妬み、恨みといった混じり合う感情の脳波で怪獣化する。でも、あなたは違う」

「怒りで変化しない?」

 再び彼の頭が混乱し始める。


「そう。あなたは悲しみ、哀れみ、そしてだれかを守ろうとする“慈悲”の感情」

「慈悲……」

 蒼真の思考はさらに混乱する。自分は怪獣と同じなのか、それとも……

「あなた方がやろうとしたのと同じ。逆位相の周波数をあなたに照射したの。でもね、予想と違ったの。逆位相の電磁波を当てれば励起状態が基底状態に戻って蒼真に変化すると思った。まさか石化するなんてね」

 そうか、石化されたから体が動かないのか。だとすればフレロビウム301を再び励起させれば……

「まぁいいわ。あなたが石になって海の底に沈んで、伝説になるのも悪くないわね。英雄、この海の底に眠る、って」


「なに!」

 蒼真は何とか動こうともがいてみた。しかし状況は何も変わらない。

「さようなら、阿久津蒼真さん。さようなら、ネイビージャイアント」

 少女の声は消えていった。水の中に残るのは静寂と絶望だけ。

「くそ、動け、動け!」

 蒼真が必死に抵抗する。しかし一ミリたりとも体は動かない。指先すら動かせない。

「だめだ……」

 絶望が心を覆う。冷たい水が、彼の意識をゆっくりと沈めていく。


「なぜ、こんな目に……」

 地球人ではない自分。ならばどこから来たのか? なぜネイビーとして戦わなければならないのか? 母はなぜ地球に? 父は何をして、なぜ殺された?

 いや、そんなことより、みんなに、みんなに会いたい。三上、田所、三浦、吉野隊長、そしてアキ、さとみ。いや、それ以上にもっと会いたい人がいる。


「蒼真君」

 聞き覚えのある声が、海の静寂を破る。

「美波!」

 光が差し込む。水の中に柔らかな輝きが広がる。

「蒼真君、そんなところでなにしてるの?  陸では怪獣が暴れてるわよ」

 美波の声はいつも以上に優しく聞こえた。

「美波、体が動かないんだ。宇宙人の罠にはまったみたいだ」

「もう、ドジね。しょうがないわね」

 眩しい光が近づいてくる。美波の姿が光の中に浮かび上がる。


「美波、どうするつもりだ」

 美波はニッコリと笑った。

「蒼真君と一緒になるの」

「一緒?」

 蒼真は彼女の笑顔とは裏腹の嫌な予感に心が包まれた。

「そうよ。私の命を、あなたにあげるの」

 蒼真は動かない体で美波の提案を拒もうとする。


「そんな、美波、ダメだ! 君が死んでしまう」

「いいの。私は蒼真君に生きてほしい。だって、愛してるから」

 美波が蒼真に近づいて来る。

「美波、だめだ、やめるんだ!」

「蒼真君…… 好きよ」

 美波の目が閉じる。そしてゆっくり蒼真の体に触れる。


「さようなら、蒼真君。私の分も生きて……」

「やめろ! 美波、やめるんだぁ!」

 淡い光がネイビージャイアントに吸い込まれていく。蒼真の体が再び青く輝き始める。

 街ではフェルディガーが暴れていた。高層ビルのガラスが砕け、道路はひび割れ、逃げ惑う人々の悲鳴が遠くまで響いている。怪獣の巨体が一歩踏み出すたびに、地面が揺れ、電柱が倒れ、火花が散る。


 スカイタイガーが上空からミサイルを連続発射する。白い軌道が空を裂き、フェルディガーの背中に直撃するが爆煙の中から現れたその姿はまったく傷ついていない。黒光りする装甲が衝撃を吸収し、まるでミサイルなど存在しなかったかのように、怪獣は悠然と歩みを進める。

 次の瞬間、フェルディガーが口を大きく開く。内部で赤熱したエネルギーが渦を巻き、轟音とともに火炎が吐き出される。炎は空を焼き、田所機の機体を包み込んだ。


『田所!』

 三上の声が無線に響く。焦りと怒りが混ざった叫びだった。

『脱出します!』

 田所機が急旋回し、機体の下部から脱出装置が作動する。白いパラシュートが空に開き、炎の中から田所の姿がゆっくりと降下していく。背後では彼の機体が爆発し、火球となって空に散った。

『くそ、ネイビーが倒された。俺たちが何とかしないと!』

 三上の声が震える。だがそのとき、空が青く染まった。

 雲を突き抜けるように青い光が舞い降りる。光は螺旋を描きながら降下し、街の中心に着地する寸前、フェルディガーが一瞬だけ動きを止めた。その瞳に警戒と驚愕が走る。


 地上に降り立ったのはネイビーだった。その体は赤く輝き、まるで怒りと慈悲が混ざり合ったような、神聖で凶暴な気配を放っていた。足元のアスファルトが熱で溶け、周囲の空気が震える。

 ネイビーがフェルディガーに突進する。地面を裂くような足音とともに、赤い巨体が一直線に怪獣へ向かって駆ける。その速度は凄まじく、空気が悲鳴を上げるように引き裂かれ、周囲の建物の窓ガラスが一斉に震える。

 フェルディガーが反応する間もなく、ネイビーの肩が怪獣の胸部に激突する。衝撃でフェルディガーの巨体が仰向けに倒れ、背中が地面を砕きながら沈み込む。雪と瓦礫が舞い上がり、空が白く染まる。そのままネイビーは倒れた怪獣の腹部に馬乗りになった。


 両膝でフェルディガーの胸を押さえつけ、拳を振り上げる。次の瞬間、拳が容赦なく振り下ろされる。一発、二発、三発、その勢いは加速し、まるで理性を失ったかのように、ネイビーは何度も何度も殴り続ける。拳がフェルディガーを叩くたびに、火花が散り、金属が軋む音が響く。

 その動きには何か狂気が孕まれていた。冷静な戦闘ではない。まるで憎しみをぶつけるかのように。怒り、悲しみ、絶望――それらが拳に宿り、ネイビーの全身から溢れ出していた。

 フェルディガーが呻き声のような振動を発し、ネイビーの腕を掴む。そのまま怪獣は巨体をひねり、ネイビーを宙へと投げ飛ばす。ネイビーの体が空中で一回転し、背中から地面に叩きつけられる、かと思いきや、着地の瞬間に両足で踏みとどまり、即座に立ち上がる。


 雪煙の中から現れたその姿は、息を荒げ、肩を震わせていた。それは怒りに燃えているのか、それとも泣いているのか。ネイビーの瞳は炎のように揺れていた。

 彼が一歩、踏み出す。その瞬間、地面が低く唸り、周囲の瓦礫が跳ね上がる。フェルディガーの巨体がわずかに後退する。ネイビーは両腕を広げ、全身のエネルギーを一点に集中させる。体が赤く脈動し、空気が震える。

 そして爆音とともにネイビーがフェルディガーに向かって突進した。その速度は音を超え、空気を裂き、衝撃波が街の建物を揺らす。電線が切れ、街灯が倒れ、地面が波打つ。


 フェルディガーが反応する間もなく、ネイビーの拳が怪獣の胸部に突き刺さる。拳が怪獣の皮膚を貫く。怪獣の動きが止まり、全身が痙攣するように震えた。

 フェルディガーが大爆発を起こした。爆炎が空を覆い、破片が四方に飛び散る。だがそれらは空気中で蒸発するように消えていき、まるで怪獣の存在そのものが溶けていくかのようだった。

 爆煙の中、ネイビーは静かに立っていた。炎に包まれたその姿はまるで神話の終焉を告げる戦士のように、街の中心で孤高に輝いていた。


 ×   ×   ×


「美波!」

 蒼真は病室の扉を勢いよく開けた。冷たい空気が廊下から流れ込み、白い蛍光灯の光が床に鋭く落ちる。病室の奥には美波の両親が並んで座っていた。二人とも背を丸め、肩を落とし、まるで時間が止まったかのように沈黙していた。

 蒼真の頭の中が真っ白になる。まさか、あのとき海の底で聞こえた美波の声は、あれは本物だった。

 彼はゆっくりとベッドに近づく。


 酸素吸入器をはじめ、横に並ぶ医療機器はすべて停止していた。モニターの画面は暗く、心拍を示すラインはもう動いていない。機械の静けさが、逆に彼女が永遠の眠りについたことの確かさを突きつけてくる。

 蒼真はそれ以上近づくことをためらった。

 ベッドの上、横たわる美波の顔にははっきりと白い布が掛けられている。その布の輪郭が彼の心に冷たい重みを落とす。思考が止まり、「嘘だ、嘘だ、嘘だ」と心が叫ぶ。胸の奥が焼けるように痛い。


「近くへ来てやってほしい」

 美波の父親が、静かだが確かな声で呼びかける。彼の目は赤く、声には深い疲れが滲んでいた。

 蒼真の足はガクガクと震えていたが、必死に動かし、美波へと歩み寄っていく。足元がふらつき、何度もつまずきそうになりながら、ようやくベッドの横に辿り着く。震える手で、そっと布の端に指をかける。

「わぁっ……」

 美波の母親の嗚咽が病室に響く。布の下には美波の安らかな表情があった。彼女は微動だにせず、息をしていない。その静けさが、むしろ彼女の美しさを際立たせていた。まるで、眠っているだけのように。


「さっき、息を引き取った。急だったんだ。先生にも何が起こったのか分からなかったようだ。ただ、苦しむこともなく、静かに、まるで何事もなかったかのように、永遠の眠りについた」

 美波の父親が、絞り出すように言葉を続ける。声は震えていたが、どこか誇らしげでもあった。

 蒼真の足が限界を迎え、その場に膝をつく。冷たい床の感触が現実を突きつけてくる。あのとき、自分にさよならを告げた瞬間が、鮮やかに脳裏に蘇る。

「息を引き取る直前に、『蒼真君』って、君の名前を呼んだんだ。きっと、最後に会いたかったんだと思う」


 美波の父親はうつむき、涙をこらえているようだった。その背中が言葉以上に悲しみを語っていた。

 現実を受け入れられない蒼真。なぜ、なぜ彼女が死ななければならなかったのか。自分が死んだ方がよかった。自分がいなければ美波は死なずに済んだ。そんな思いが胸の奥で暴れ回る。

 膝をついたまま肩を震わせる蒼真。その傍らで美波の母親の泣き声が再び病室に響き渡っていた。

 涙の音が静かな空間に染み込んでいった。

《予告》

美波を失って自分を見失っている蒼真。休養の彼に変わりさとみが新たな怪獣攻撃方法を提案する。その案に不信感をもつアキ。そのころ蒼真は芦名が死んだ廃墟にいた。次回ネイビージャイアント「“悲しみ”対“憎しみ”」お楽しみに。

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