45-3 怒りを呼ぶ男
「おそらく、あの赤い球の赤はフレロビウムだと思うんですよ」
蒼真は食卓のワインを一口飲みながら話し始めた。目の前のさとみは彼の言葉に真剣に耳を傾けている.
今日は金曜の夜。明日は大学も防衛隊の仕事も休みということで、蒼真はさとみの部屋で夕食を共にしていた。テーブルにはビーフシチュー、パン、レタスのサラダが並ぶ。さとみが作る料理はいつもながら絶品だ。特にビーフシチューは、手作りルーを使った一品で、その味わいに蒼真はいつも感心している。研究を続けながら、どこにこんな時間があるのだろう、と彼はふと思う。
「でも、フレロビウムって以前は白い霧状だったんじゃないの?」
「そうなんです」
蒼真はパンを一口かじりながら頷いた。
「でも、気になることがあって」
「それは何?」
さとみは食事の手を止め、真剣な眼差しで蒼真を見つめた。
「怒りがフレロビウムを赤くしてるんじゃないかって」
「怒りが?」
さとみは首をかしげる。
「怒りを得てフレロビウムが赤いネイビエクスニュームになったのと同じ理由?」
「おそらく」
蒼真はパンを飲み込むとそう答えた。
「そういえば、さとみさん、昔、怒りについての論文を書いてましたよね」
「ええ、昔の話だけどね」
「どう思います?今の考えは」
「そうね・・・・・・」
さとみは少し考え込む。
「フレロビウムと怒りの関係については、今では蒼真君のほうが詳しいと思うけど。でも気になるのは、怒りが人に伝搬するってこと」
「伝搬するんですか?」
蒼真はワインをもう一口飲みながら、身を乗り出すように尋ねた。
「そう。怒りは脳が反応する生理現象ね。当然、神経回路に電気が発生して感情が生まれるんだけど、私の研究でわかったことがあって。怒りが起こるときの電気の周波数には一定のパターンがあるの」
「周波数ですか」
「そう。神経回路で特定の周波数の電流が流れると、それに伴って電磁波が発生する。それが別の人の神経回路に影響を与えれば、一人が怒り出すことで、別の人も怒りを感じるようになる。そんな現象が起きるのよ」
「なるほど。別の人の神経回路がアンテナのような役割を果たすってことですね」
「そういうこと」
さとみはワインを口に運んだ。
「人間は集団で生きる動物だからね。他人の感情を敏感に察知する必要があったのよ。それで、脳から発せられる微弱な電磁波をキャッチできるように進化した、と私は考えているわ」
「なるほど」
蒼真は感心した表情でビーフシチューを口に運ぶ。
「ということは、もしフレロビウムが人間の脳と同じ仕組みで結合されているなら、他人の怒りを電磁波として受け取ってエネルギーとして蓄えることができるかもしれませんね」
「そうね。可能性はあるかも」
さとみは微笑みながら蒼真の意見を聞いている。その笑みを受け、褒められた気になった蒼真の気分は、ワインの酔いも手伝ってさらに高揚していった。
「さとみさんは本当にすごいですね。あの研究がそこまで進んでいたなんて」
「蒼真君のほうが怪獣とフレロビウム、そして怒りの関係をここまで導き出しているんだから、私なんかよりずっとすごいと思うわ」
その言葉に、蒼真はさらに有頂天になる。
「ありがとうございます。来週もフレロビウムと怒りの関係について探究を続けたいと思います」
「頑張ってね」
さとみは優しい笑顔を見せた。蒼真はその笑顔にますます天にも昇る心地になっていた。
× × ×
土曜の深夜。 東野はひとり科学班の実験室で居残り作業を続けていた。蒼真から依頼されていたデータ整理がようやく終わったのである。
「ったく、あいつ昨日なにしてたんだ」
東野は小さく舌打ちをし、いないはずの日野に怒りをぶつけた。昨日、日野が「データ整理をやる」と言い出したので任せてみたが、今日来てみると案の定、何も進んでいなかったのだ。
「あいつ、クビになればいいのに」
東野の心に、じわじわと怒りが広がっていく。本当にどうしようもない奴、そう思いながら席を立つと、実験室の奥で何かが光っているように見えた。
「なんだ?」
日野への怒りを抱えたまま光の方へと足を向ける。そこにはあの赤い球が、煌々と赤い光を放っているのだった。
「これは! 阿久津さんに報告しないと!」
慌てて実験室を飛び出し、作戦室に向かおうとしたそのとき、東野の行く手に男が立ちはだかった。
「日野!」
東野は驚き、二、三歩後ずさる。
「やめろ。このことは秘密にしておけ」
「なに?どうしてお前に指図されないといけないんだ」
日野の言葉にさらに苛立ちを覚える東野。すると、赤い球が呼応するかのように光を強めていった。
「この玉の秘密は俺が暴く。お前には無理だ」
「なに!」
東野は日野の胸ぐらを掴む。
「俺はお前が思っているより、ずっと優秀なんだ。お前にはこの赤い球の秘密を解くことはできない」
「ふざけるな!仮に俺がダメでも、阿久津さんが解明してくれるさ」
「阿久津?」
日野の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「あいつなんてダメだ。しがない生物学者じゃないか。物理に精通している俺でなければ、この球の真相はわからない」
「なに……阿久津さんまで侮辱するのか!」
東野の怒りが頂点に達した瞬間、彼の意識が徐々に朦朧としていく。まるで魂を吸い取られるように、赤い球に吸い寄せられていく感覚だった。
「お前も、この赤い球の犠牲者になればいい」
冷たく響く日野の声が、東野の耳に刺さる。
「う……もう、ダメだ……」
東野が意識を失いかけたそのとき、
「東野君!大丈夫!」
はっとして東野が目を開けると、目の前には奈緒が立っていた。
「どうしたの、大丈夫?」
「ああ、奈緒・・・・・・ 俺、どうしてたんだ?」
「こっちが聞きたいわよ。ここで倒れてたんだから」
「あっ」
東野は急いで立ち上がった。
「日野は?」
「日野君?見なかったわよ。」
東野が振り返ると、赤い球は先ほどほどの輝きを失い、静かに佇んでいた。
「どうしたの?」
「どうやら、奈緒に助けられたみたいだ。下手すれば死んでいたかもしれない・・・・・・」
「えっ」
奈緒の顔に驚きの色が浮かぶ。
東野の胸の中に再び日野への怒りが湧き上がる。すると、それに呼応するように赤い球が再び光を強め始めた。そう、東野の目にはそう見えたのだった。




