45-1 怒りを呼ぶ男
「この玉は普通のガラス、つまりケイ素に複数の不純物、特に炭素系が混じったものです」
蒼真は赤いガラス球を怪獣攻撃隊科学班のメンバーに見せた。彼の前には鈴鹿アキを含む四人のメンバーが説明を聞いている。
「つまりビー玉ってことですか?」
東野翔平が蒼真に尋ねた。
「そうなるね」
蒼真は手元のタブレットで分析結果を確認しながら答える。
「ただ、一つ気になることがあって・・・・・・」
蒼真はタブレットの資料をめくりながら続ける。
「おい、日野君、分析結果のデータはどこに格納した?」
「え、知りませんけど」
悪びれず日野が無表情で返事をした。
「いやいや、調査結果は所定のフォルダーに入れてくれないと困る。」
「え、そんな話聞いていませんけど」
蒼真の眉間に皺が寄った。
「おい、日野、また決められたことを守っていないな」
東野が日野に向かって文句を言う。
「俺?何かお前に悪いことしたか?」
日野はむっとした表情で言い返した。
「まあ、まあ。」
蒼真が二人の間に割って入った。
「俺、そんな話聞いてないですし、その担当は俺でしたっけ?」
東野は苛立ちを見せる。
「何を言ってるんだ。この分析、お前がやったんだろ。」
「分析する人間がデータを格納するのか?」
「当たり前だろう。分析だけして後は放りっぱなしなんてあり得ないだろう。」
「それ、ルールとしてどこかに明文化されてたっけ?」
「お前な!」
ふてくされた日野の表情を見て、東野の怒りは頂点に達した。
「まあ、まあ。とりあえずデータをここに格納してくれ、東野」
「はい」
東野がタブレットを操作し始めた。
「日野、分析の元データはどこだ?」
「俺の名前のフォルダー。」
「は?」
東野の手が止まった。
「どれだ? お前、全然整理できてないじゃないか」
「俺は分かるよ」
「お前だけ分かっても意味がない」
蒼真が大きくため息をついた。
「分かった。今日の話はここまでにしよう。とにかくデータ整理をよろしく頼む」
日野は変わらずふてくされた表情をしている。それをじっと睨みつける東野。蒼真は再び大きなため息を吐いた。
× × ×
「ったく、なんなんだあいつ」
東野は自席で日野が散らかしたデータを整理しながら、隣の席の奈緒に愚痴をこぼす。
「しょうがないんじゃない。あの人、仕事できないって、みんな知ってるもん」
「そうだけど、なんで俺がその後始末をしなきゃいけないんだ」
東野は悔しげに小さく机を叩いた。
「なんか、あいつのこと考えると眠れなくなるんだよな」
「そんなの、あんな人のこと考えて寝不足なんて、バカみたいじゃない」
奈緒が呆れたように言い放つ。
「バカって」
東野は奈緒を睨むが、彼女は冷めた目で応じる。
「だって、みんな彼にイライラしてるけど、翔平だけだよ、ムキになってるの」
「そりゃそうだよ。一番被害が大きいから。以前も・・・・・・」
東野が言いかけたところにで話すのを止めた。そしてため息を吐き、
「ほんと、あいつクビにならないのかなぁ」
「そんなに言うなら阿久津さんに相談してみたら?」
奈緒が提案する。
「阿久津隊員は結局民間人だから、防衛隊の人事権はないんだよ」
東野は深いため息をついた。
「でも、科学班のリーダーなんだから、相談くらいには乗ってくれるんじゃない?」
奈緒は変わらず冷めた表情で東野をじっと見つめる。
「まあ、そうだな」
東野はパソコンの画面を閉じ、椅子から立ち上がった。
× × ×
「わかりました。もう少し様子を見ます」
科学班の実験室で東野は肩を落とし、蒼真に一礼してその場を去った。その様子を部屋の隅で見ていた鈴鹿アキが蒼真のそばに歩み寄る。
「本当に日野君を放置しておいていいの?」
「はぁ、それはそうなんですけどね・・・・・・」
蒼真は再び深いため息を吐く。
「何度か僕も注意しているんですけどね」
「直らなさそうね」
アキは苦笑いを浮かべた。
「ミスは仕方ないと思うんですよ。人間だから。でも、それを認めないし、人のせいにするし・・・・・・」
「いわゆる協調性のない人間なのね」
「ええ」
蒼真は困った表情を浮かべた。
「おそらく指導しても直らないと思うんですよね。行動の習慣は直せても、性格そのものは変えられない」
「人のせいにしたり、相手の気持ちを考えようとしない性格ってこと?」
「そうです。もう、そういう行動様式が刻み込まれているんだと思います」
「そうなの・・・・・・」
アキも困ったような顔を浮かべる。
「で、そのツケが東野君に回ってくるんですよ」
「うーん、それなら、なんとかしてあげないとね」
「そうなんですよ。でも、僕には人事権もないですし、他部署に回そうと考えても、噂が広がっていて受け入れ手がいない状況で・・・・・」
「あー、あるある、な話ね」
困り顔の蒼真とアキは、互いに顔を見合わせた。
「でも、このままではチームの雰囲気が悪くなるわ。何とかしないと」
「そうなんですよ」
蒼真は口元をへの字に曲げる。
「なんで僕がこんな管理職みたいなことで悩まないといけないんですかね」
その言葉に、アキが吹き出した。
「それだけ偉くなったってことじゃない。成長したね」
アキは嬉しそうに笑っていた。




