44-1 円らな瞳
業火で家が焼かれている。火柱が夜空の黒に吸い込まれるほど天に向かって登っている。深夜とは思えないほど町が明るい。炎はいたるところで夜の闇を消している。
「カノン!」
明子は炎に向かって叫んでいる。彼女を防衛隊の職員が二人係で羽交い絞めにしていた。
「いやぁぁ、カノン、カノンがあそこにいるの、だれか、だれか助けて!」
明子が叫ぶ。その声が炎に消えていく。
「奥さん、だめです。火の勢いが強すぎる」
「あの子を、あの子を助けないと、行かせて、あの家にカノンがいるの!」
明子がひとりの防衛隊員の手を振り払った。そして燃え盛る家に向かおうとする。
「ダメです!」
もう一人の防衛隊員がなんとか彼女を止める。
「奥さん、たかが犬じゃぁないですか。人間の命の方が大切です」
「いやぁぁぁ」
燃え盛る家が崩れ落ちた。
「いやぁぁぁ」
明子がその場に座り込む。そして泣き崩れ動かなくなる。その姿を見て二人の防衛隊員は、もうこの女が炎に突っ込むことはないだろうと思った。明子は座り込み泣き崩れている。一人の防衛隊員が彼女の肩を叩いた。
「今回の怪獣の攻撃で、お子さんを亡くした人もいるんです。あなたはただペットを失っただけです。心を強く持ってください。まもなく町役場の救援隊が来ます。避難所へ行ってください」
その言葉を残すと、能永隊員はその場を去っていく。残された明子はその場を離れようとしない。ただ、ただ、自分が守るべき存在を守れなかった、その思いで泣き続けるしか今はなかった。
× × ×
夜が明けた。怪獣攻撃隊の現場本部のテントの下、各防衛隊員が忙しく動き回っている。そのテントの中央に怪獣攻撃チームの面々が集まっていた。中央には蒼真がポータブルディスプレーを見ながら話をしている。
「今回の怪獣も電子銃の効果がありませんでした」
蒼真が昨夜、この街に現れた四つ足の怪獣を指し示し説明を続けている。
「前回、僕が遭遇した怪獣コルテウスと同じです。電子銃で皮膚の崩壊は起こりませんでした」
田所が前のめりに怪獣を観察する。
「ってことは、俺たちには手も足も出ないと言うことか?」
「いや、きっとそんなことは」
「何かいい案でもあるの?」
アキが蒼真に問いかける。
「いや、まだ分析ができていなくって」
「はぁ、しっかりしてよ」
「すみません」
二人の会話に三浦が口をはさむ。
「鈴鹿隊員、まぁ、そうむきにならなくても」
「むきになってないわよ」
アキが三浦を睨む。三浦が少したじろぐ。
「まぁ、そう焦るな」
吉野隊長がアキを止めた。
「蒼真君、続きを」
吉野隊長に救われた蒼真が再びタブレットで怪獣の皮膚の部分を拡大させた。
「前回同様、この怪獣の皮膚は今までの怪獣とは違い熱くなっています。これは僕の推測ですが、おそらく怪獣に人間の怒りのエネルギーが追加されたのではと考えます」
「怒りのエネルギー?」
三上が首を傾げる。
「それって、去年現れたフレロビウム型の怪獣の特性を併せ持つってことか」
「ご明察」
蒼真が画面を前回の怪獣であるコルテウスに変える。
「コルテウスの場合、東阪大学の林さんが持った怒りのエネルギーを吸収していました。僕の目の前で起こったことなので間違いありません。怪獣がネイビーに倒されたあと、現場から彼の遺体が発見されています」
「昔と同じだな」
三上が腕を組む。
「この厚みを増した皮膚をどうやって砕くか・・・・・・」
ふっと息を突く蒼真。
「でも、ネイビーは怪獣を木っ端みじんに吹っ飛ばしたんだろ」
田所が明るく質問する。
「なら、何かいい方法があるんじゃないか」
「ネイビーが赤い炎となって怪獣に突進するやつね」
蒼真の目がうつろになる。あれはネイビーの怒りの炎。怒りでないと怒りは破壊できない。それは良いことなのか。
「?」
モヤモヤした気持ちになっていた蒼真の足元に何かがじゃれつく。
「お前、どこから来たんだ」
蒼真が抱き上げる。
「あら、可愛い」
アキが近づく。蒼真の腕には白い仔犬が円らな瞳で見上げている。
「今回の怪獣災害の被害者のひとりね」
蒼真の腕から体を伸ばした仔犬が彼の口元を舐める。
「うんん、くすぐったい」
蒼真は少し嫌がるそぶりを見せたが仔犬はやめようとしない。
「蒼真君は優しいから、仔犬にも好かれるのね」
一通り口周りを舐めた仔犬が蒼真の腕の中にすっぽりと納まった。そしてすやすやと眠り出した。
「疲れているのかなぁ」
蒼真はそのまま仔犬を抱っこしたまま説明を続けた。




