第四十二話 命令の届かぬ場所で
♪淡い光が照らす木々
襲う奇怪な白い霧
悲嘆の河が怒るとき
敗れた夢が怒るとき
自由を求める戦いに
愛する誰かを守るため
青い光を輝かせ
ネイビー、ネイビー、ネイビー
戦えネイビージャイアント
蒼真はぐるりと周囲を見渡した。防衛隊怪獣攻撃班第四会議室。隊内でも最大の会議室である。その広さはまるで戦場の前線を模したように無駄がなく、冷ややかな秩序に満ちていた。コの字に配置された机は議論と命令が交錯する場の象徴。大きな窓から差し込む光は曇りがちで、外の空は重く沈んでいる。
蒼真の視線は窓際の席に自然と吸い寄せられた。九ヶ月前のあの日も、そこに座っていた。芦名が彼の名を挙げ、MECへの推薦を告げた瞬間。あのときの驚きと、気の重さが一気に押し寄せた感覚は、今も鮮明に残っている。
九ヶ月前、加賀美総監が陣取っていた場所には尾張総監と藤森参謀長が座っている。二人の表情は硬く、資料の束を前にしても微動だにしなかった。
蒼真がかつて座っていた席には加山参謀と岩川参謀が並び、その反対側には吉野隊長をはじめとするMECの面々。そして蒼真自身も、今はその一員として静かに席に着いている。
空気は張り詰めていた。だれもが、次の言葉を待っていた。
「で、前回の攻撃で分かったことを説明してくれたまえ」
加山参謀の声が低く、鋭く響いた。まるで空気を切り裂くようなその一言に、会議室の温度が一段下がったように感じられる。
三上が立ち上がる。彼の動きは無駄がなく、資料を手にした指先も揺れない。冷静な口調で報告が始まる。
「以上の通り、電子線の照射によって怪獣の赤い皮膚が剥がれ、灰色の下地が露出しました。この下地は、おそらくネイビエクスニウムではなく、従来の怪獣と同じものだと考えられます」
岩川参謀が眉をひそめ、すぐに問いを投げる。
「その根拠は?」
三上は一瞬だけ視線を資料から外し、岩川の目を見て答える。
「前回のテリジノドンはネイビージャイアントのサーベルを弾き返しました。しかし今回は表面が剥がれて灰色になった後はサーベルで切り裂かれています」
その言葉に会議室の空気がわずかに動いた。だれもが事実の重さを感じ取っていた。
「つまり、電子銃は有効ということか?」
三上が蒼真に視線を向ける。蒼真はその視線を受け止め、静かに頷いた。そして椅子を引いて立ち上がる。背筋を伸ばし、会議室の全員に向けて声を発した。
「前回および今回の事例を踏まえ、科学班としての見解を述べます。怪獣はネイビエクスニウムを纏った個体が主流となりつつあります。宇宙人がより強力な怪獣を送り込んできたと見てよいでしょう。ネイビエクスニウムは地球上のいかなる兵器、ネイビージャイアントの武器さえも通じないほどの強度を持っています。ただし、全身が重金属で構成されているにしては動きが俊敏すぎる。つまり、表面のみをネイビエクスニウムでコーティングし、見かけ上の強度を高めていると考えられます」
「ふむ」
尾張総監が頷いた。その仕草は納得というよりも、思考の継続を示すような静かな反応だった。
蒼真は一息つき、言葉を継ぐ。
「ネイビエクスニウムは安定した物質です。しかし、薄い膜であれば、一点に電子線を照射することで構成する素粒子の振る舞いが変化し、容易に崩壊させることが可能です。今回の結果は、それを実証したと言えるでしょう」
「それが事実なら、効果があるということだな」
岩川参謀が身を乗り出し、鋭い目で蒼真を見つめる。蒼真はその視線を受け止めながら冷静に答える。
「今回の怪獣も、残念ながら我々の武器では倒すことはできませんでしたが、この方法を使えば、ネイビージャイアントの援護には有効かと」
その言葉に藤森参謀長が、ぼそりとつぶやいた。
「本来なら、我々が怪獣を倒す武器を開発すべきなのだが……」
その一言に蒼真の目が鋭く藤森参謀長を睨む。言葉にしない怒りが視線に込められていた。
「痛っ!」
突然、蒼真の足に痛みが走る。隣に座っていたアキが、机の下、だれにも見えない位置で彼の足を蹴ったのだ。蒼真が驚いて彼女を見ると、アキは無言で目配せを送ってくる。冷静になれ、と。
蒼真は息を整え、再び口を開いた。
「とにかく、電子線銃は効果があると考えてよいと思います。よって、スカイタイガーへの搭載を進めることを提案します」
「しかし、電子線銃は人に当たれば非常に危険だ」
蒼真の言葉に、加山参謀がすかさず抗議の声を上げた。
蒼真は会議室の空気の中に、言いようのない緊張感と、だれもが不安の中で正解を探している気配を感じていた。
「それはミサイルやレーザー光線でも同じじゃないのか」
加山参謀の隣に座る岩川参謀が異議を唱えた。彼の声は強権的で、言葉の端々に確かな意志が滲んでいる。会議室の空気がわずかに揺れた。
加山参謀がすかさず反論する。
「確かに、攻撃対象に命中すれば、武器である以上同じことが起こるかもしれない。しかし電子線の場合は容易にさまざまな物質をすり抜け、当たってもすぐには何も起こらず、後日、建物や人体に異常が発生する可能性もある。他の攻撃兵器と同列には扱えない」
加山参謀の言葉は理性と懸念の間を巧みに渡っていた。彼の視線は資料ではなく、会議室の空気そのものを見つめているようだった。蒼真はその言葉に科学者としての責任の重さを改めて感じていた。
「しかし、これ以外に我々としての手段がないのであれば……」
岩川参謀が低く、しかし確かな声で主張する。彼の眉間には深い皺が刻まれ、机の上に置かれた拳がわずかに震えていた。
その言葉を藤森参謀長が制した。
「安全性が担保できない限り、やはり使用は認められない」
藤森参謀長の声は冷静だったが、そこには一切の妥協がなかった。彼の視線はだれにも向けられていない。まるで責任という名の壁を見つめているようだった。
「しかし……」
岩川参謀が言葉を続けようとしたその瞬間、椅子の音が静寂を破った。
アキが立ち上がった。
その動きは静かだったが、会議室の空気を一変させる力があった。彼女の目は真っ直ぐに尾張総監を捉えている。だれもがその視線の強さに気づいた。
「総監、提案があります」
「なんだね」
尾張総監が目を細める。彼の声には慎重な期待が混じっていた。
「確かに藤森参謀長の言う通り、安全性は必要です。ですので、怪獣が人家など、人の住んでいない地域に限り、使用を許可していただくというのは如何でしょうか」
その提案に藤森参謀長が怪訝な顔をする。彼の眉がわずかに動き、口元が引き締まる。
「そこまで、どうやって怪獣をおびき寄せる?」
問いかけは冷静だったが、そこには皮肉にも似た疑念が含まれていた。
「それは今後の研究課題ですが、当面は我々が怪獣の気を引き、使用可能な場所まで誘導します」
アキの声は揺るがなかった。その言葉には現場で命を懸けてきた者の覚悟が宿っていた。
「原発に向かう怪獣の進行を変えられなかったのに?」
藤森参謀長がつぶやく。その言葉は過去の失敗を突きつけるような重さを持っていた。
アキが彼を睨みつける。目に宿る怒りは、静かに燃える炎のようだった。
「痛い!」
アキの眉間に皺が寄る。そして蒼真を睨んだ。蒼真はそっと目で合図を返した。冷静になれ。今は感情ではなく、提案の中身が問われている。
「とにかく、それ以外に方策がありません」
アキの言葉が会議室に落ちる。その一言はだれもが口にできなかった現実を代弁していた。
一同が小さくため息をついた。重い沈黙が会議室を包み込む。だれもが選択肢の少なさに向き合っていた。
その沈黙を破ったのは加賀美総監だった。
「鈴鹿アキ隊員の提案を了承しよう。岩川参謀、君を電子線銃の使用許可の責任者とする」
「はい」
岩川参謀が勢いよく返事をする。
「それと、怪獣をどう誘導するか、科学班を中心に研究を進めてくれたまえ」
「はぁい」
蒼真がやや元気のない声で答えた。何か言いようのないモヤモヤが心を覆う。一体何が決まったのだろう。一体だれが何の責任を取るのだろう。
彼の気分が晴れないうちにこの会議は終了となった。
× × ×
「伊勢湾に怪獣を発見しました」
田所機からの報告が無線に乗って本部へ届いた瞬間、作戦室の空気が一変した。緊張が走り、だれもが息を詰める。モニターには三重・四日市沖の海面を進む巨大な影が映し出されている。その海上、赤く大きな背びれが、波を切って進む様子は、まるで海そのものが怒りを抱えているかのようだった。
田所、鈴鹿、三浦の三機が、怪獣マクラウリを捕捉していた。空は曇天、海面は荒れている。風が強く、機体がわずかに揺れる。だが、だれもその揺れに動じることはなかった。
「まもなく工業地帯に上陸します」
田所の声が冷静に響く。だがその言葉の裏には焦りと警戒が滲んでいた。
『いいか、コンビナートに怪獣を入れるな』
吉野隊長の声が無線に割り込む。その一言に現場の緊張がさらに高まる。
「了解!」
田所機が海上側からマクラウリに向けてミサイルを発射。空を裂く音とともに、ミサイルが海面に突き刺さる。爆発が起こり、水柱が高く上がる。しかしマクラウリは止まらない。まるで何事もなかったかのように、赤い背びれを揺らしながら進撃を続ける。
「くそっ、こっちに向けよ!」
三浦機が再びミサイルを撃つ。爆発、そして水柱。だが、怪獣は微動だにしない。三浦の声には、焦りと苛立ちが混じっていた。
『電子銃を使え!』
突然、聞き覚えのない声が無線に割り込む。だれもが一瞬、耳を疑った。
『岩川参謀、作戦の指揮は私が取ります』
『かまわん。電子銃の使用許可の責任者は私だ。参謀命令だ。三浦隊員、撃て!』
命令が飛ぶ。だが三浦はすぐには応じなかった。
「しかし……」
三浦の声は揺れていた。彼の視界には波間に浮かぶ巨大な背びれしか映っていない。
「今は背びれしか見えていません。攻撃するなら、上陸後になります」
『ならば上陸を待って撃て』
その言葉の後、無線の向こうで言い争う声が微かに聞こえる。作戦室でも混乱が起きているのだろう。
「本部はどうなってるの?」
アキがマクラウリの周囲を旋回しながら三浦に声をかける。彼女の声は冷静で、状況を見極めていた。
「三浦隊員、あなたの機体にしか電子銃は搭載されていないのよね?」
「はい。自分の機体だけです」
「なら、先行してコンビナート側に回って。怪獣が上陸したら、海に向かって電子銃を撃って。間違ってもコンビナートに当てないように。田所隊員と私で、できるだけ海上に留めるようにするから」
「了解です」
三浦機が先に陸地へ向かって飛び立つ。彼の胸には責任の重さと不安が交錯していた。アキと田所は三度ミサイルをマクラウリに撃ち込むが、怪獣はまるで無視するかのように進み続ける。
「隊長、鈴鹿です。怪獣が上陸します。三浦隊員、任せた」
「了解!」
マクラウリの体が半分以上陸に乗り上げた瞬間、三浦は息を止めて照準を定める。そして電子銃を発射。
「なに?」
その瞬間、マクラウリの体が一瞬、消えたように見えた。電子銃が海面に命中し、海水が瞬時に蒸発。爆発が起こる。
「三浦隊員、後ろ!」
アキの声が鋭く響く。三浦機が旋回する。そこにはいつの間にかコンビナートの中心に立つマクラウリの姿があった。
『もう一度、陸側から電子銃を撃て!』
岩川参謀の命令が無線に響く。
『危険です。コンビナートに誤って命中しかねません』
吉野隊長が反対する。だが岩川は即座に言い放つ。
『かまわん!』
三浦は迷いながらも、陸側から海側へ機体の舳先を向ける。
「海に向けて発射します」
再び電子銃が火を噴く。しかしマクラウリは瞬間移動のような動きで電子銃を回避する。
「キャー!」
電子銃が鈴鹿機に命中し、片翼が炎に包まれる。アキの機体が揺れ、警告音が鳴り響く。
「鈴鹿さん! くそ、今度こそ」
三浦が焦りながら電子銃の引き金を引く。だが電子線はマクラウリを捉えきれず建物に命中した。コンビナート施設の明かりが一斉に消える。
「しまった、発電を止めてしまった」
三浦の声は震えていた。彼の手は汗で濡れ、操縦桿を握る指先がわずかに痙攣していた。
マクラウリは三浦の焦りなど意に介さず、コンビナートの破壊を始める。いたるところから炎が立ち上がる。大きな石油タンクが一つ、また一つと爆発していく。空は赤く染まり、黒煙が空を覆う。
× × ×
「変電施設が故障したため、消火もままならなかったとのことです」
藤森参謀長の報告は、静かに、しかし確実に総監室の空気を重くした。尾張総監は無言のまま、机の上に置かれた報告書に目を落としながら藤森の言葉に耳を傾けていた。窓の外では夕暮れが街を鈍い灰色に染めている。総監室の照明は控えめで、壁にかけられた作戦地図の影が揺れていた。
彼の前には、岩川参謀、加山参謀、そして吉野隊長が並んで立っていた。三人の表情はそれぞれに異なっていたが、共通していたのは沈黙の中に潜む緊張だった。
「やはり、コンビナートで電子銃を使用したのは誤りだったのではないか」
加山参謀がぼそりと漏らす。その声は責任を問うというよりも、悔しさと諦めが混じったような響きだった。だれもがその言葉の重みを感じていた。
藤森参謀長がゆっくりと振り返る。視線は吉野隊長に向けられていた。
「吉野隊長、なぜ電子銃の使用を許可したのかね?」
問いかけは穏やかだったが、言葉の奥には鋭い刃が潜んでいた。吉野隊長は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせたが、すぐに背筋を伸ばして答えた。
「申し訳ありません。岩川参謀の指示によるものです」
その言葉に岩川参謀が鋭い視線を吉野に向ける。まるで「余計なことを言うな」と言わんばかりの眼差しだった。
「いや、私が指示したのは、陸側から海側へ向けて電子銃を撃てということだけです。まさか三浦隊員が陸側の施設に向けて発射するとは思っていませんでした」
岩川の声は冷静だったが、語尾にはわずかな苛立ちが滲んでいた。責任の所在が揺らぐ中、言葉の選び方一つが空気をさらに重くする。
「それは、その前に電子線が鈴鹿機に命中してしまい、焦ったせいで」
吉野隊長の声は低く苦しげだった。彼の中で現場の混乱と三浦の判断が交錯していた。
「焦ったかどうかは関係ない。指示は“海側へ撃て”だ」
岩川参謀の言葉は切り捨てるように鋭かった。その瞬間、吉野隊長が一歩前に出る。拳を握り、岩川に詰め寄ろうとした。
「しかし……」
その言葉が口をついて出た瞬間、
「まぁまぁ」
藤森参謀長が間に入って制した。彼の声は柔らかかったが、空気を鎮める力があった。だれもが一瞬、呼吸を整えるように沈黙した。
「どちらにせよ、コンビナートには甚大な被害が出た。MECの不適切な対応が、被害を拡大させたと、今マスコミはそう報じている」
藤森参謀長の言葉は現実を突きつけるように静かだった。報道の影響、世論の圧力、それらが今、作戦室の外で渦巻いている。
「そんな……」
吉野隊長がうつむく。彼の肩がわずかに震えていた。
「いずれにしても、三浦隊員はしばらく謹慎ということで」
尾張総監の言葉は静かだった。吉野隊長はその一言に反論できず、ただ黙って受け入れるしかなかった。
総監は椅子から立ち上がり、ゆっくりと部屋を後にした。背中には疲労と重責が滲んでいた。
「さあ、これからマスコミへの記者会見だ。総監も気が重いだろうな」
藤森参謀長がため息をつく。
吉野隊長は岩川参謀を鋭く睨みつけた。だが岩川はその視線を避け、尾張総監が出て行った扉の方へ目を向ける。彼の表情は読めなかった。
重苦しい空気が総監室全体を包み込んでいた。だれもが言葉を失い、ただ責任の重さだけが静かに積もっていった。
× × ×
「なんで三浦隊員が謹慎なんですか。指令を出したのは岩川参謀じゃないですか!」
怒声が作戦室の静寂を突き破った。蒼真の声が普段の彼からは想像できないほど荒れていた。彼の目は怒りに燃え拳は震えていた。
MECチームの作戦室。壁には最新の戦闘記録が表示されたモニターが並び、空気は冷たく張り詰めている。席には三上、田所、そして白い三角巾で腕を吊ったアキが座っていた。三人とも、蒼真の怒りを黙って受け止めていた。
「岩川参謀は三浦に“海に向かって撃て”と指示した。今回の件は、その指示に反している」
三上が冷たく抑揚のない声で答える。彼の表情は変わらない。だがその言葉の裏には、何かを押し殺すような静かな痛みがあった。
「そんな…… 現場はそんな状況じゃなかったじゃないですか!」
蒼真が怒りに任せて作業台に拳を叩きつける。金属の音が響き、室内の空気がさらに重くなる。彼の胸の奥には三浦への理不尽な処分に対する憤りと、現場の混乱を知る者としての悔しさが渦巻いていた。
「まあ、上はそうやって責任を逃れるんだよ。実際、問題を起こしたのは現場なんだから」
田所がぽつりとつぶやく。その言葉は皮肉でも怒りでもなく、ただ疲れた者の諦めだった。
「違います! 現場の行動の責任を取るのが、上の仕事じゃないですか!」
蒼真の声が震える。その言葉にだれもが目を伏せた。言葉を失い、視線を逸らす。だれもがその通りだと思っていた。だが口にする勇気はなかった。
「私が悪いのよ。怪獣が電子銃を避けることを計算に入れていれば、私のスカイタイガーは墜落しなかった。三浦くんはそのことで動揺して次の行動につながったのよ」
アキの声は静かだったが、胸の奥に刺さるような重さがあった。彼女の目は伏せられ、吊った腕が痛々しく揺れていた。
「そんな、アキさんに責任なんてありませんよ」
蒼真はゆっくりと席に腰を下ろした。怒りの熱が冷めていく代わりに、胸の奥に残るのは無力感だった。
「蒼真くんの怒りは分かる。でも、三浦の処分はどうしようもないだろうな」
三上が変わらず淡々とした口調で言う。その声は冷静に聞こえるが、どこか遠くを見ているようだった。
「三上隊員は悔しくないんですか。すべての責任を現場に押し付けて……」
蒼真の問いに、三上は答えなかった。代わりに、彼の拳が静かに握りしめられる。
「この処分、俺が納得してるとでも思ってるのか」
三上は唇を噛みしめた。その目には、怒りでも悲しみでもない、ただ深い苦悩が宿っていた。蒼真はそれ以上言葉をぶつけることができなかった。
だれもがこの事態に納得していない。それは分かる。けれど、だれも声を上げない、なぜなら。
「分かりました。僕が子供でした」
蒼真が静かに座り込む。彼の声は小さく、しかし確かに響いた。怒りの熱が冷め、残ったのは責任と向き合う覚悟だった。
アキがそっと彼の肩に手を置いた。その手は軽く、しかし温かかった。
「蒼真くんが怒るのは、無理もないわ。でも、あなたが今考えるべきなのは、あの素早く動く怪獣にどう対処するかよ」
その言葉に、蒼真はゆっくりと顔を上げる。アキの目は真っ直ぐに彼を見ていた。そこには責任も痛みも、そして希望もあった。
「……そうですね。分かりました」
蒼真の声は静かだったが、そこには確かな決意が宿っていた。
× × ×
「俺、やっぱりMECの隊員には向いてないかもしれない……」
三浦がうつむく。声はかすれていて、芝生の上に落ちるように静かだった。彼の肩はわずかに震えている。寒さのせいではない。胸の奥に溜まった後悔と自責が、言葉になって漏れ出たのだ。
その顔を春菜が下から覗き込む。彼女の瞳はまっすぐで、揺れる三浦の心を見逃さない。
「なに弱気になってるの? あれだけMECチームに入りたがってた人が」
春菜が優しく微笑む。彼女の声は冬の空気の中でも柔らかく響いた。冷えた空気に包まれた公園の一角。防衛隊の敷地内にある芝生広場は普段は蒼真が大介と遊ぶ場所だが、今日は静かに、三浦と春菜が並んで座っていた。
一月も末。風は冷たく、芝生は枯れ草のような黄土色に染まり、冬の静けさをまとっている。周囲の木々は葉を落とし、枝だけが空に向かって伸びていた。
それでも今日は、昨日まで空を覆っていた雪雲が北風に流され、青空が顔を覗かせていた。空気中の水蒸気が少ないぶん、空は夏よりも澄んで見える。青が深く、遠くまで続いているようだった。
三浦はその空を仰いだ。小さな白い雲が、風に乗って流れていく。何も語らず、ただ空を見ているだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる気がした。
「この前のディストラクションCの計画も、今回の件も、なんか、俺のせいでみんなに迷惑かけてる気がするんだよな」
言葉がぽつりと落ちた。空を見上げながら、三浦は自分の中にある重たいものを吐き出すように話す。
「考えすぎよ」
春菜の返事は短い。でも、その一言に込められた思いやりは、三浦の心に静かに届いた。
「もしあのとき、慌てずに慎重に電子銃を撃っていれば、鈴鹿さんを傷つけずに済んだし、隊長にも迷惑かけなかったのに」
三浦の声には悔しさと後悔が混じっていた。あの瞬間の判断が今も彼を責め続けている。
「そんなことないわ。他の隊員から苦情なんて聞いたことないし」
春菜は首を振る。彼女の言葉は三浦の心の中にある「責められているかもしれない」という不安をそっと否定してくれる。
「口では言わないかもしれない。でも、心の中ではどう思ってるか……」
三浦の視線は地面に落ちる。その言葉に春菜の眉が逆ハの字に寄った。
「なに言ってるの。みんなを信用できないってこと?」
春菜の声が少しだけ強くなる。彼女の中で、三浦が自分を責めすぎていることへの苛立ちと悲しみが混ざっていた。
「そんなつもりじゃ……」
三浦が慌てて否定する。だが、その声は弱く、言葉の芯が揺れていた。
「なら、みんなの言葉を信じるべきよ。今回の謹慎の件、あの温厚な阿久津隊員が烈火のごとく怒ってたって、アキさんから聞いたわ。みんな、あなたの処分に不満を持ってるのよ」
春菜の言葉は三浦の胸に深く刺さった。
「そうなんだ…… 蒼真君まで……」
三浦が再び空を仰ぐ。青空は変わらず広がっている。雲はもう北風に流されて消えていた。
「これ以上、みんなに迷惑をかけないために…… 俺、通信班に戻った方がいいんじゃないかって思うんだ」
その言葉は逃げではなく、仲間を思うがゆえの選択だった。三浦の中で、責任と恐れがせめぎ合っていた。
春菜も隣で空を見上げる。彼女の目には雲のない空よりも、隣にいる三浦の揺れる心が映っていた。
「淳がどう思うか、どう決断するかはあなた次第。通信班に戻りたいなら、それもいい。MECで続けたいなら、それもいい。私はどうあれ、あなたの決めたことについていく」
春菜の言葉はまるで風のように優しく、でも確かに三浦の背中を押していた。
三浦が空から春菜に目を向ける。彼女の瞳は揺るがず、まっすぐだった。
「でもね、私、通信班に戻りたいって言う淳の言葉、信じてない。だって、あんなにMECに入りたいって言ってたし、何より怪獣と戦ってる淳の目は輝いていた。私はそのときの淳が、本当の淳だと思ってる。今の淳は本当のあなたじゃない。そう思ってる」
「……」
三浦は大きく息を吐いた。冷たい空気が肺に入り、少しだけ頭が冴える。彼は口を真一文字に結び、春菜に向かって頷いた。
「とにかく、やってみるよ。何ができるか分からないけど、俺のことを信じてくれた仲間に、なにか報いたい」
その言葉に春菜が笑顔で頷いた。彼女の笑顔は冬の空よりも澄んでいて、三浦の胸の奥に、静かに灯をともした。
× × ×
『伊勢湾に怪獣出現。怪獣は名古屋方面に移動中。MECは直ちに出撃せよ』
防衛隊内に緊急指示が響き渡った。警報音が作戦室の壁を震わせ、隊員たちの動きが一気に加速する。モニターには、海面を進む巨大な影、マクラウリの姿が映し出されていた。赤く尖った背びれが波を切り、名古屋湾岸へ向かっている。
三上と田所が即座に出撃。スカイタイガーのエンジン音が遠ざかる中、蒼真は焦るようにアキのもとへ駆け寄った。
「鈴鹿さん、スカイカイトで現場まで僕を連れて行ってもらえませんか」
作戦室のざわめきの中で、蒼真の声は真っ直ぐだった。アキは一瞬だけ彼の顔を見つめ、すぐに頷いた。
「いいわよ」
二つ返事で応じたアキに、蒼真は近くの棚から細長いハードケースを引き寄せる。金属製の留め具を外し、蓋を開けると、中には銀色に輝く銃のような装置が収められていた。
「これは?」
アキが目を細める。
「持ち運び可能な電子銃です。これなら怪獣に気づかれず、物陰から狙えます」
「つまり、相手が気づかなければ、素早く逃げることはできない」
「その通りです」
アキは三角巾で吊った腕とは反対の手で親指を立てた。表情には痛みを隠しながらも、確かな覚悟が宿っていた。
「行きましょう。スカイカイトなら片手でも操縦できるわ」
「お願いします」
二人はそのまま作戦室を後にした。廊下を駆け抜け、格納庫へ向かう。外はすでに夕暮れが迫り、空は鈍い灰色に染まり始めていた。
スカイカイトが現場に到着する前に三上機と田所機はすでに名古屋湾岸地区に展開していた。マクラウリはすでに上陸しており、周囲には前回と同様、多くの化学工場が密集している。煙突からは白煙が立ち上がり、地上には避難の遅れた作業員の姿も見える。
「攻撃を開始します」
三上が作戦室へ連絡する。声は冷静だが、緊張が滲んでいた。
「了解。できるだけ海へ誘導しろ」
吉野隊長の指示が飛ぶ。
「分かってますよ、でもね……」
田所がマクラウリめがけてミサイルを発射する。爆発が起こり、煙が立ち上がるが、マクラウリはまるで意に介さない。赤い背びれが揺れ、ゆっくりと前進を続けている。
「ほらね、気にも留めてくれない」
無線には乗らない田所の独り言が、スカイタイガーの機内に虚しく響く。
「作戦室、電子銃の使用を許可願います!」
三上が叫ぶ。すると無線から聞き慣れない声が返ってくる。
『ダメだ。以前の戦闘で使用を禁止したはずだ』
岩川参謀の声だった。それは冷たく、決定的な響きだった。
「しかし、このままでは……」
『通常兵器でなんとか海に誘導しろ』
岩川参謀の横暴な指示が飛ぶ。現場の状況を無視した命令に、三上も田所も言葉を失う。
「なんともならないから電子銃を使わせろって言ってるのに……」
田所が再び、むなしく独り言を漏らす。
そのころ蒼真を乗せたスカイカイトが近くの工場跡地に着陸していた。瓦礫と煙が立ち込める中、蒼真とアキはマクラウリのそばまで慎重に接近する。地面はひび割れ、火災の熱が空気を歪ませていた。
「どれくらい近づけば効力が出るの?」
アキが火災で崩れかけた建物の間を抜けながら蒼真に問いかける。
「小型なので出力が弱いんです。かなり接近しないと……」
その言葉にアキが蒼真の腕を掴む。目は真剣だった。
「ダメよ。蒼真くんをそんな危険な場所に行かせるわけにはいかない」
「でも……」
立ち止まる蒼真にアキの目が鋭く光る。
「私が行く」
「ダメです。鈴鹿さんは片手が使えないから、狙いが定まりません」
「そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ!」
アキが蒼真の手からハードケースを奪おうとする。しかし蒼真が彼女の行動に抵抗する。
「ダメです!」
蒼真がアキの手を振り払った瞬間、そのケースを受け止める手が現れた。
「あっ……」
蒼真がその方向を見ると、そこには三浦が真剣な面持ちで立っていた。
「三浦隊員、どうしてここに……」
蒼真が唖然とする。
「謹慎中でしょ。ここにいるのがバレたら、もっと重い処分を受けるわよ!」
アキが厳しく叱責する。
「手伝いたいんです」
「あなたがいなくても、私たちは大丈夫よ」
「でも、今の状況は……」
「くどい! 大丈夫だって言ってるでしょ!」
アキの怒声にも怯まず、三浦は蒼真からケースを取り上げる。
「行きます」
「ダメよ!」
アキが制止しようとするがそこに蒼真が割って入る。
「鈴鹿さん、行かせてあげましょう。今は、一人でも援軍が必要です」
蒼真の言葉にアキはふっと息を吐いた。目を閉じ、数秒だけ沈黙する。
「……ほんと、しょうがないわね」
三浦がケースから電子銃を取り出す。手のひらに収まるその重量が、彼の決意を確かにする。
「ただし、私がついていく。もし怪獣が向かってきたら、私が援護する」
「分かりました。お願いします」
そう言って三浦は電子銃を肩にかけ、
「行きます」
と怪獣へ向かって走り出した。その後をアキが追う。瓦礫を踏み越え、炎の中を進む二人の背中は、まるで戦場に灯る希望のようだった。
「気をつけて!」
蒼真は二人の背中を見送りながら、左腕に目をやる。腕時計が青く光っていた。その光を確認すると、蒼真はゆっくり左手を掲げた。
マクラウリが頭を振る。その動きは獣の本能というより、怒りに満ちた意思の発露だった。赤く光る瞳がネイビーを捉え、口腔から灼熱の火炎が放たれる。空気が焼け、地面が焦げる。
ネイビーは瞬時に反応し、側転で火炎をかわす。だが、炎は執拗に次々と吐かれ、逃げる彼の背を狙い続ける。
その背後から、田所機が急降下しながらミサイルを発射。白い軌跡が空を裂き、マクラウリの後頭部に命中する。爆発音が響き、怪獣の巨体が一瞬揺らぐ。
振り返るマクラウリ。その動きは鈍重ではなく獰猛な獣の反射だった。火炎から逃れたネイビーが高く跳び上がる。空中で腕をクロスさせ赤い光線が放たれる。
一直線に走った光がマクラウリの腹部に命中し、怪獣は呻き声を上げながら地面に倒れ込んだ。
ネイビーはそのまま怪獣の胸部に飛び乗り、拳を振り下ろす。衝撃が地面に伝わり、周囲の瓦礫が跳ね上がる。
「三浦隊員、ここなら狙えるわ!」
アキの声が爆音の中でも鋭く響いた。ネイビーとマクラウリの激しい戦闘の中、三浦とアキは瓦礫の陰から慎重に接近していた。火災の熱が肌を刺す。煙が視界を曇らせる。
「鈴鹿隊員、肩を貸してください」
「了解」
アキが片膝をつき、三浦に安定した射撃姿勢を提供する。三浦は電子銃の銃口をアキの肩に乗せ、呼吸を整える。
「狙える?」
「大丈夫です」
三浦の目がネイビーの背に覆いかぶさるマクラウリを捉える。照準が定まり、指が引き金にかかる。
「いきます」
その瞬間、マクラウリが咆哮とともにネイビーを弾き飛ばす。電子線は逸れ、後方の工場に命中。鉄骨が崩れ、火花が散る。
「しまった…… まただ」
三浦の声には焦りと悔しさが滲んでいた。
「大丈夫よ。出力が弱い分、建物の損傷もたいしたことないわ!」
アキが叫ぶ。彼女の声は、三浦の動揺を押し返すように力強かった。
起き上がったマクラウリは自分に向けて攻撃があったことを察知し、怒りを露わにする。その視線が三浦たちに向けられる。地面を踏みしめ、巨体がこちらへと迫ってくる。
「いけない! 三浦隊員、逃げて!」
アキの叫びにも、三浦は動かない。手の中の電子銃が彼の意志を縛っていた。まっすぐ迫るマクラウリに、もう一発電子銃を撃つ。しかし、マクラウリは前回同様、一瞬で移動し、光線は空を切る。
「……だめだ」
三浦の声は敗北を認めるように低く沈んだ。怪獣は再び二人に迫る。もう逃げられる距離ではない。死を覚悟したその瞬間、ネイビーが背後からマクラウリを羽交い締めにする。ネイビーの目がアキに合図を送る。
「今よ!」
アキの号令に三浦は躊躇なく引き金を引く。電子線がマクラウリの胸部を貫き、赤い皮膚にひびが入り、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。
「やった!」
三浦の叫びが戦場に響く。だが、皮膚が剥がれてもマクラウリは健在だった。怒り狂い、ネイビーを力ずくで投げ飛ばす。そして二人に向かって火炎を吐く。
「キャー!」
二人は目を閉じる。熱が迫る。だが焼ける感覚はない。目を開けると、ネイビーが身を挺して二人を守っていた。火炎を直撃され、膝をつくネイビー。その背中は焦げ、煙が立ち上がる。
ネイビーがじっと二人を見つめる。その目にアキは頷いた。アキは三浦の腕を取り全速力でその場を離れる。瓦礫を踏み越え、炎の中を駆け抜ける。
二人の退避を確認したネイビー。しかし、マクラウリが弱ったネイビーの肩を掴み、地面に叩きつける。茶色く変色したマクラウリがネイビーの上に覆いかぶさり、拳を何度も叩きつける。地面が揺れ、衝撃が周囲に広がる。
苦しむネイビー。だがその体全体が赤く光り始める。光は徐々に強まり、全身が真紅の輝きに包まれる。次の瞬間、マクラウリが弾き飛ばされるように後方へ吹き飛ぶ。
立ち上がったネイビーが腕をクロスさせる。そこから放たれた光線がマクラウリに命中。怪獣の動きが止まった。そして真っ赤な色を称えたネイビーがマクラウリに突進する。マクラウリが周囲の建物とともに大爆発を起こす。炎が空を染め、衝撃波が街を揺らす。その炎の中で、マクラウリは消えていった。
真っ赤な炎に包まれたネイビーが、火災の光とともに赤く輝いている。その姿は、まるで英雄の最後の灯火のようだった。そして、その光が静かに消えたとき、ネイビーの姿もまた、そこにはなかった。
× × ×
MECの作戦室。壁面のモニターには、名古屋湾岸の被害状況が映し出されていた。黒煙を上げる工場群、崩れた建物、そして避難誘導のために奔走する隊員たちの姿。空気は重く、だれもが口を閉ざしていた。
岩川参謀がゆっくりと前に出る。背筋を伸ばし、腕を組んだまま、MECの面々と蒼真を鋭い視線で見渡す。
「今回の一件で、東海地方の工業地帯は大きな被害を受けた。MECにも、その責任の一端はある」
その言葉はまるで冷たい刃のように空気を切り裂いた。だれも反論できず、ただ黙って受け止めるしかなかった。
「とはいえ、携帯型電子銃の効果は証明された。阿久津隊員、ご苦労だった」
蒼真は軽く頭を下げる。だがその胸の内は冷めていた。この人に褒められても、まったく嬉しくない。あの現場で何が起きたか、どれだけの覚悟があったか、この人には届いていない。
「今回の事案を解決できたこと、三上、田所、鈴鹿、各隊員もご苦労だった」
三名も軽く頭を下げる。蒼真は横目で彼らの表情をうかがう。きっとこの三人も、自分と同じ思いなのだろう。形式的な言葉に、心は動かない。
その横では三浦がひとり項垂れていた。背筋は伸びているが、顔は伏せられ、言葉もない。彼の存在は、あくまで“いなかったこと”になっている。電子銃を撃ったのはアキと蒼真ということになっており、三浦が現場にいたことはだれにも話していない。もし知られれば、懲罰が追加されるかもしれない。だが本当の殊勲者は、彼なのだ。
岩川参謀が一歩前に出る。その足音が静寂を破る。
「今回の件をもって、三浦隊員の謹慎を解除する。今後は軽率な攻撃を控えるように」
「はい」
三浦が敬礼する。声は小さいが、確かに届いた。彼の瞳にはわずかな光が戻っていた。
「以上だ」
そう言って、岩川参謀は無言で作戦室を出て行った。扉が閉まる音が、まるで重い幕が降りたように響いた。
その沈黙を破ったのはアキだった。
「よかったわね。MECに復帰できて」
彼女が三浦の肩を軽く叩く。その手には仲間としての温かさがあった。
「これも鈴鹿隊員と蒼真君のおかげだよ」
三浦が言うと、蒼真は慌てて首を振る。
「え、そんなことないですよ」
三上が首を傾げる。
「なんのことだ?」
「え、それは……」
蒼真が言いかけた瞬間、アキが人差し指で唇を押さえる。彼女の瞳は静かに微笑んでいた。
「まあ、いいじゃないですか。またみんなで仕事できるんですから」
その言葉に蒼真はふっと笑う。肩の力が抜けるような、安堵の笑みだった。
吉野隊長がその肩を叩いた。手のひらの重みが、言葉以上に伝わってくる。
「今回の件、蒼真君もちょっと無茶な行動があったな。君は民間人の立場でもあるんだから。そうだろう、三浦」
「え、はぁ……」
三浦が曖昧に答える。だがその表情にはどこか誇らしげな色が混じっていた。
蒼真は吉野隊長にはすべて見抜かれていることに気づいた。あの場にいたこと、電子銃を撃ったこと、そして三浦の行動も。
「以後、気をつけます」
蒼真は笑いながら、三浦の肩を叩いた。その手には、仲間としての敬意が込められている。作戦室の空気が、少しだけ柔らかくなる。モニターにはまだ煙が立ち上がっている映像が映っているが、ここには確かに戦いを越えて繋がった絆がある。そう蒼真は感じていた。
《予告》
東阪大学で蒼真の准教授継続が決まった。そのことをよく思わない毛利研究室の秘書、穂乃美。そんなとき彼女が見つけた一冊の論文、そのことが彼女の心の闇を掘り起こす。次回ネイビージャイアント「沈黙が生む怪物」お楽しみに。




