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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第四十一話 原子炉を抱く怪獣

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント


「いってらっしゃい」

 柔らかな声が玄関の空気を満たす。振り返ると、さとみが微笑んでいた。蒼真はその笑顔に、少し照れたように頷き返す。

「いってきます」

 その言葉を残し、彼はマンションの廊下を歩き出した。朝の光が窓から差し込み、無機質なコンクリートの壁に淡い影を落としている。足音だけが静かに響く。突き当たりのエレベーター前で立ち止まり、ボタンを押す。


 このマンションに越してきたのは東阪大学の配慮によるものだった。神山研究室が怪獣の襲撃を受け、瓦礫と化したあの日。大学は残された学生たちの受け入れ先を急ぎ整え、さらに教員の再配置を迫られた。

 その中で神山さとみに白羽の矢が立った。彼女は亡き神山教授の研究を最も深く理解し、何より学生たちからの信頼も厚かった。だが、さとみは即答せず大学に条件を提示した。

 一つは、今いる学生たちが卒業するまでの間だけ職務を引き受けること。その先は改めて考えさせてほしい。大学はその条件を受け入れた。


 そしてもう一つ。准教授として阿久津蒼真を採用すること。まだ助手扱いだった彼を昇格させることに、大学内では異論もあった。しかしさとみの強い要望と、防衛隊での蒼真の貢献が評価され、理事会はその申し入れを了承した。

 こうして山梨県内の別キャンパスに神山研究室が再建され、蒼真は准教授としてその補助役に就いた。このマンションは大学が借り上げたキャンパス近くの部屋。二人はそこに別々の部屋で暮らしている。


 准教授となった蒼真ではあるが防衛隊勤務も続けていた。美波たちをあのような姿にした怪獣や宇宙人を彼は決して許すことができない。さとみはその意思を当然のように受け入れていた。

 今日は防衛隊への出勤日。昨日、大学でさとみから声を掛けられた。

「蒼真君、明日、朝七時に私の部屋に来てくれる?」

「え?」

 蒼真の胸が高鳴る。


「朝ご飯、一緒に食べましょう。ひとりで食べるご飯って、おいしくないから」

「あ、はい。伺います」

 約束通り、さとみの手料理で朝食をごちそうになった蒼真は、少し名残惜しそうに玄関を後にした。

「さとみさんの朝ご飯は、いつ食べてもおいしいな」

 エレベーターの扉が開く。蒼真は乗り込み、1Fのボタンを押す。その瞬間、胸の奥に小さな棘のような後ろめたさが芽生えた。


 神山研究室が襲撃されたあの日、多くの命が失われた。美波は重体のまま、いまだ意識が戻らない。あの苦しみは今もなお何物にも代えがたいほどつらい。

 それでも今、さとみと同じ職場で働けている。だれにはばかることなく、朝食を共にできる。心のどこかに言いようのない感情がないわけではなかった。


「何をやってんだろう」

 ぽつりと言葉が漏れる。

 扉が開き、蒼真はエレベーターから出た。ふっと息を吐き、駐車場へ向かう。空は澄んでいるのに、胸の中は曇っている。不安なのか期待なのか、複雑な思いを抱えたまま、彼は車に乗り込んだ。エンジンの音が静寂を破り、彼の一日が、また始まっていく。


 ×   ×   ×


「ということで、今後も地球防衛に全力を尽くしてほしい」

 尾張総監の声が広い訓練場に響き渡った。整列した百名の防衛隊員たちの前で彼は最後の言葉を告げる。空は曇り、風は冷たく、空気は張り詰めていた。

 蒼真はその大勢の中の一人として尾張総監の訓示を聞いていた。少しあくびが漏れる。慌てて口を閉じ、周りの様子を伺う。彼の周囲の隊員たちは一糸乱れず前を向き、きりっとした顔つきで尾張総監に集中している。蒼真は周囲の緊張感とは明らかに馴染んでいなかった。


 この一月で加賀美前総監が退任し、尾張参謀長がその座を継いだ。表向きは定期人事異動とされたが、隊員たちの間では加賀美総監はR計画の失敗の責任を取らされたのだと囁かれていた。

 参謀陣も総入れ替えとなり、藤森参謀補佐が参謀長に昇進。加山、岩川もそれぞれ昇格した。MECでは吉野隊長の昇進が期待されていたが、ディストラクションCの防衛失敗が響き、見送られたという噂もあった。


 蒼真の耳にも、そうした噂話は届いていた。だが、真実がどうであれ、彼にとってはどうでもいことだった。だれが参謀でも、だれが総監でも構わない。ただ、平和が訪れ、皆が穏やかに暮らせること。それだけが彼の願いだった。

 ため息が喉の奥で重く落ちる。


「一同、礼!」

 号令とともに隊員たちが一斉に敬礼する。その中で蒼真だけが動かなかった。彼からすれば、防衛隊員になりたくてなったわけではない。その心の抵抗が彼の身体を静止させていた。

 その後も訓示は続いたが、蒼真の頭にはほとんど残っていない。記憶にあるのは話す参謀の言葉よりも、それを退屈そうに聞いている他の参謀たちの顔だった。


「はぁぁぁ」

 蒼真は大あくびをしながら科学班の実験室に戻ってきた。その後にはアキがいる。彼女は蒼真の大あくびを見て微笑んだ。

「なんなんでしょうね、全員で集まって訓示聞くってやつ。学校の始業式じゃあるまいし」

 科学班の実験室の窓の外には午後の光が淡く差し込み、機器の静かな唸りが空気を満たしている。蒼真は変わらない退屈そうな顔で自分の席に着いた。


「まぁ、偉い人は部下に話を聞いてもらいたいものなのよ」

 アキも蒼真の近くの席に座った。

「そうなんですね」

 机に肘をつきながら、蒼真が首を傾げる。

「偉い人は自分の考えていることを部下に浸透させたいのよ。だから繰り返し同じことを下の人に言うの」

「ふーん」

 蒼真は口を尖らせ、納得いかない表情をアキに見せる。


「不安なんですかね、自分が言っていることが下々に伝わっているかどうか分からないから」

「いざ指揮を執るとき、自分の考え方と違う行動をする人がいると、組織がバラバラになる。下手をすると先頭で負けてしまう」

「うむ」

 蒼真が首を捻った。


「でも多様な意見がないと、人は間違った方向に行きますよ」

「でも、危急存亡のとき、だれかの指示で統率がとれないと、勝てる者も勝てないわ」

「そんなもんですかね」

「軍隊なんてそんなものよ」

 蒼真の納得感のなさは口元の尖り具合で分かった。


「まぁ、蒼真君みたいな人がいるからね。浸透するまで言い続けるんじゃない」

「えー、でもどんだけ言われても聞きたくない人は聞かないと思うんですけど」

 アキが噴き出す。

「蒼真君って、見かけによらず結構頑固なのね」

「見かけによらずってどういう意味ですか?」

 蒼真がムッとした顔をアキに向ける。


「もっと従順なのかと思ったわ」

「そんな、僕はそんな良い子じゃないですよ」

「そうなんだ」

 アキがニコニコしながら蒼真を見つめる。その笑顔はどこか安心感を与えてくれている。


「それはそうと、この前現れた怪獣のように、全身にネイビエクスニウムを纏った怪獣の攻撃方法、何か良い考え思いついた?」

 ふてくされた蒼真との話を変えようと、アキが別の話題を振る。

「そんな、そんな簡単に思いつくわけないでしょ。なんせあんな硬い物質、どんな兵器でも砕けないですよ」

 蒼真が軽く首を振る。


「手も足も出ないってこと?」

「今のところは」

 アキの笑顔が消える。

「もしそうなら、今度そんな怪獣が現れたらどうするつもり?」

「ふーぅ」

 蒼真は眉間に手を当てる。


「ネイビエクスニウムはとても重い原子です。なので密度が高ければ重すぎて動けないはず。なのに怪獣の動きはそこまで鈍足ではなかったような気がします。だとすると……」

「だとすると?」

 アキが繰り返す。

「恐らく表面に薄くコーティングされているんじゃないかと。そうならば、どこか一か所、原子核に電子線を当てれば、その部分が崩壊して薄皮が剥がれるのではと思うんですよね」

 蒼真が確信が持てないまま、アキにジャストアイディアを披露する。


「なるほど、だとするともう駆逐方法が分かってるんじゃない」

「でも、仮説にすぎないんですよね。なんせネイビーサーベルを跳ね返したほどですから。そんな簡単でもない気がするし」

 蒼真の口がさらに尖る。

「まぁ、いいんじゃない。今度怪獣が現れたときに試せば」

「それが、そう簡単じゃないんですよ」

「?」

 アキが質問を止めた。蒼真がはぁーとため息を吐く。


「危険なんです。もし怪獣に命中しなければ、それが別の放射性物質に間違って命中してしまったら……」

「核爆発?」

 アキが身を構えた。

「そう、核反応が起こって破壊的な被害が……」

 蒼真が自分の机の引き出しから大型の銃を取り出す。

「これが電子銃です」

 銃の銀色の光が、アキには何か妖しい光に見えた。


「今言ったこと以外でも、もし生物に電子線が照射されれば、確実に細胞が破壊されます。小動物なら即死、人間ならばガンを引き起こす可能性があります」

「確かに」

 アキが腕組みをする。


「とにかく、確証が得られるまではこの方法は取るべきではないかと」

「そうね」

 アキが頷いた。

「まぁ、そんな危険なことだとすると、上が認めるとは思わないわ。彼らはある種のリスクは負わないもの」

「上ですかぁ」

 蒼真は再び頬杖をつく。


「どうも、組織って苦手なんですよね。本当は、できれば一人で研究していたい派なので」

 短いため息が漏れる。

 そのときだった。

「緊急指令、緊急指令。福井県沖に怪獣を発見。MECは至急作戦室に集結。繰り返す、怪獣発見、MECは至急作戦室に」

 アキと蒼真が顔を見合わせる。そこに言葉は要らなかった。

 即座に立ち上がり、実験室を後にする。日常がまた非日常に飲み込まれていく瞬間であった。


 ×   ×   ×


「若狭湾に怪獣発見!」

 三浦の声がスカイタイガーの無線を通じて空を裂いた。

 冬の日本海は鉛色の雲に覆われていた。波は白く砕け、風は冷たく、空気は雪の気配を孕んでいる。そんな色彩を失った風景の中をひときわ異質な赤が進んでいた。背に棘のような突起を背負い、二本の脚でゆっくりと陸を目指す怪獣ガンデメリア。その上空を三浦機、鈴鹿機、田所機が旋回している。


「こちら作戦室。怪獣の目指している方向に原子力発電所がある。なんとしてでもその手前で撃退するんだ」

「了解!」

 吉野隊長の指示に三名が声を揃えて応える。

 鈴鹿機が先陣を切り、ガンデメリアの正面へと突き進む。ミサイルが発射され、腹部に命中。


「ギャオー!」

 怪獣が一瞬、身をよじる。しかし痛みを感じた様子もなく、ただ黙々と歩みを続けていく。それは海を割るように、確実に陸へ向かって進んでいた。

 続いて田所機、三浦機もミサイルを撃ち込む。爆煙が赤い皮膚を包むが、ガンデメリアはやはり動じない。


「だめです、ミサイル攻撃は効き目がありません」

 アキの声が無線に虚しく響いた。

「現在、原子炉の停止を急いでいる。そこまでなんとか足止めするんだ」

「了解、ですが……」

 田所の声が風にかき消されそうなほど小さくなる。


「田所隊員、私が怪獣の気を引くわ」

 アキの機体がガンデメリアの顔付近を旋回し始める。怪獣が苛立ち、両腕を振り上げて空を払う。鈴鹿機がその隙を突いて、再び顔面へと向かう。

 その隙に三浦機が脇腹にミサイルを撃ち込む。爆発の衝撃にガンデメリアがわずかによろけた。

「いける!」

 鈴鹿機が再度、怪獣の注意を引こうと接近する。しかし今度はガンデメリアが満を持して両腕を突き出し、鈴鹿機を叩き落とした。


「キャー!」

 鈴鹿機が海面に激しく叩きつけられる。波が高く跳ね、機体が半分沈む。

「鈴鹿隊員、大丈夫か!」

 吉野隊長の声が無線に飛ぶ。

「大丈夫です。しかし、飛べません」

「すぐに機体から離れろ。三浦機、鈴鹿隊員の救助へ」

「了解」

 三浦機が沈みかけた鈴鹿機へ急行する。


「隊長、怪獣が陸へ上がっていきます。その先に原発があります。原子炉の停止はまだですか!」

 田所の叫びが無線に響く。

「まだだ。なんとか足止めできないか」

「厳しいです。あ、原子炉建屋まで怪獣が…… うん?」

 田所の報告に一瞬の沈黙が生まれる。


「どうした?」

「怪獣が原子炉を抱きかかえています。まるで冷えた体を温めるかのように」

「なに! とにかく職員の避難が終わるまでその場で待機。できるだけ怪獣を刺激するな」

「了解」

 田所機は怪獣から距離を取り、旋回しながら監視を続ける。

 ガンデメリアは原子炉の熱に身を寄せるようにして、ゆっくりと動きを止めた。赤い皮膚が微かに湯気を立てる。やがて、その巨体が地に伏し、うとうとと眠り始める。

 冬の海風が吹き抜ける。空はまだ灰色のまま。だが怪獣の咆哮も、ミサイルの爆音も、今は遠く、静寂が支配していた。


 ×   ×   ×


「原発にいる怪獣に、どう攻撃をするというんだ」

 藤森参謀の声が、重く、低く、防衛隊本部の会議室に響いた。

 壁一面に並ぶモニターは沈黙し、窓の外では夕暮れが静かに沈みかけていた。広々とした会議室の中央には重厚な長机が鎮座し、その周囲に尾張総監をはじめ、加山、岩川、森川ら参謀たちが席を連ねている。机の上には資料が散らばり、だれもがそれを見つめながら、言葉を探していた。


 議題はただ一つ。若狭湾の原子力発電所を怪獣が占拠したという、前例のない事態への対応。

「今攻撃すれば原発を破壊して放射能を放出する。見守るしかない」

 加山参謀が静かに答えた。その声には現実を受け入れるしかないという諦念が滲んでいる。だれもがその危険性を理解していたが、納得はしていなかった。


「しかし、このまま放置していても、いつ怪獣が動き出すか分からないんだぞ!」

 岩川参謀が苛立ちを隠せず、資料を机に叩きつけた。紙が跳ね、空気が震える。

「だとすると、岩川参謀は攻撃しろと?」

 藤森参謀長が鋭く睨みつける。言葉の端に怒りよりも恐れがあった。

「いや、そう言いたいわけではなくて。ただ、何もしないのであれば、世論から攻撃を受けるのは防衛隊かと」

 岩川参謀の言葉に場の空気がさらに重く沈んだ。だれもが外の声を思い浮かべていた。


「確かにそうだ。無作為だの、知恵がないだの、世論、特にマスコミは書き立てるだろうな」

 藤森参謀長が周囲の表情を見回しながら、静かに言葉を重ねる。

「確かに、ディストラクションCを失った時の罵詈雑言はひどいものだった」

 加山参謀がさらに言葉を重ねる。だれもが頷きながらも、何も言えなかった。

「だが、我々には手立てがない」

 藤森参謀長は保守的な姿勢を崩さず、椅子に深く腰を沈めた。その言葉にだれも反論できなかった。


「とにかくまずは原子力発電所の原子炉をなんとか停止しないと、被害が拡大する」

 加山参謀が再び周囲を見渡しながら主張する。声は冷静だったが、その言葉の端々に焦りが滲んでいた。

「加山参謀の言う通りだ。いかにして被害を最小限にするかが問題だ。原発の担当者には、急ぎ原子炉を止める手立てを考えてもらおう」

 藤森参謀長が力強く言ったが、その言葉に続く声はなかった。だれもが次の言葉を持たなかった。


「しかし、あの状況でどうやって原子炉を停止させる? 怪獣が居座っているんだぞ」

 岩川参謀の問いに会議室は沈黙に包まれた。だれもが下を向き、言葉を失っていた。時計の針だけが静かに時間を刻んでいる。

 その沈黙を破ったのは尾張総監だった。


「今は現場の人たちに、何とか原子炉を止める方策を考えてもらうこと。そして、怪獣をあの場所から移動させる。それをMECのメンバーに考えさせる」

 その言葉に、一同が静かに頷いた。

「吉野隊長を呼べ。なんとか怪獣をあの場所から移動させる方策を考えろと指示を出す」

 岩川参謀が立ち上がり、無言のまま会議室を後にして作戦室に向かった。

 それを見た森川参謀長がすぐに電話を手に取る。


「電話だ。原発職員へ。何としてでも原子炉を止めろ。俺が直接伝える」

 そう言い残し、彼も会議室を出て行った。

 残された尾張総監は無言のまま資料を見つめていた。だれもが、次の一手を探していたが、答えはまだ見つからない。

 そして、窓の外では、雪が静かに降りていた。


 ×   ×   ×


「だめです、まだ危険です!」

 田所の声が鋭く空気を裂く。制御室の出入口で彼と三上が原発職員たちの行く手を遮っていた。扉の向こうには怪獣が眠る。その距離は原子炉とほぼ同じ。命の境界線は紙一重だった。


「行かせてください。このままだと原子炉が制御不能になってしまいます!」

 職員の声は切迫していた。焦燥と責任が混ざり合い、声の震えが胸を打つ。

 制御室はMECの隊員以外の立ち入りが禁止されているにもかかわらず、職員たちは命を賭してこの場に詰めかけていた。


「しかし、まだ怪獣が居座っています。今行っては危険です」

 三上が必死に説得するが、職員は一歩も引かない。

「今行かないと、いつ行くんですか!」

 その勢いに三上と田所はたじろいだ。言葉では止められないものが、そこにはあった。

 その様子を後方で見ていた蒼真が駆け寄る。彼の足音が静寂を破った。


「待ってください。三上隊員の言った通り、今行くのは危険です。しかし、あなた方が原子炉の暴走を止めたいという思いは、痛いほど分かります」

 蒼真の声は静かに、しかし確かに職員たちの心に届いた。緊張の糸が少しだけ緩む。だれかが息を吐いた。

「教えてください。原子炉の制御が不能になるまで、あとどれくらいですか?」

 蒼真の問いに、職員の一人が真剣な表情で答える。


「放熱のための水の供給が途切れたとき、内部の核燃料棒がメルトダウンを始めます。今ある冷却水が尽きるまで、推定であと三時間です」

「あと三時間……」

 蒼真は腕時計に目を落とす。午後三時。つまり、メルトダウンが始まるのは午後六時。時間は確実に、そして正確に迫っていた。


「分かりました。あと三時間。その間に我々防衛隊がなんとかします」

「制御室への入室は……」

「許可します。ただし必ず何かあればすぐに逃げてください」

 蒼真は深く頭を下げた。その姿に職員たちは再び静かになった。沈黙の中に信頼が芽生える。


「分かりました。ただ、ここが最後の砦です。我々もできる限り作業をやらせてください」

 蒼真が彼らに険しい顔を向ける。

「もしかして怪獣が動き出したら、真っ先にこの建物が攻撃されるかもしれませんよ」

「構いません。怪獣に命を奪われるのも、原子炉の暴走で命を失うのも、大差はありません。それよりも、少しでも多くの人を巻き込まないために、我々はここに留まらなければならない。それは、あなた方MECの方々も同じでは?」

 その言葉に、蒼真は言葉を失った。


 自分にはそれだけの覚悟があるのだろうか。今までも覚悟を持って怪獣と戦っていたのだろうか。ないわけではない。ただ、何か少し違う気もする。

 蒼真は周囲を見渡した。三上も田所も、静かに頷いていた。彼らはすでに腹を括っている。怪獣の隣で、命の危険を承知でこの建物に留まっている。

「分かりました。ただ、できるだけ冷却できるよう、検討をお願いします」

 職員たちが頷く。だれもが静かに、しかし確かにその場に根を張っていた。


 蒼真は窓の外に目を向けた。ガンデメリアは原子炉の隣で変わらず眠り続けている。巨大な体がまるで地球の鼓動のように微かに揺れていた。

 この怪獣を何とかしなければならない。命がけで、皆の命を守ろうとしている人たちがいる。その中で自分にできることは何か。

 蒼真は意を決し、本部への連絡を入れた。


 ×   ×   ×


「阿久津蒼真隊員からの進言です」

 その一言が参謀会議室の空気を一変させた。壁際のモニターには怪獣の静止映像が映し出され、冷たい蛍光灯の光が長机の上に散らばる資料を照らしている。尾張総監をはじめとする参謀たちの視線が、報告を終えた吉野隊長に注がれる。どの目も懐疑的で、消極的で、否定的だった。


「阿久津隊員は電子銃を使えと?」

 藤森参謀長が眉間に深い皺を寄せる。声には警戒と苛立ちが混ざっていた。

「ミサイル攻撃では歯が立ちません。彼の仮説である、怪獣の体表がネイビエクスニウムでコーティングされているという説が正しければ、電子線による局所崩壊が最も有効かと」

 吉野隊長の声は冷静だったが、やや焦りが滲んでいた。


「そうかもしれんが、どうやって原子炉から引き離す? それができなければ電子銃を撃つなどありえん。まかり間違って原子炉にでも当たれば、核爆発だぞ」

 藤森参謀長の言葉に会議室がざわめいた。資料の紙がざらつき、だれかが椅子を軋ませる。

「そこはMECが怪獣をおびき出します。怪獣が眼前に飛ぶスカイタイガーを訝しく思うことは、前回の交戦で明らかです」

 吉野隊長の眼差しが参謀たちを押し下げる。


「しかし、それで鈴鹿隊員のスカイタイガーが叩き落とされ、彼女は負傷したではないか」

「確かにそうかもしれません。しかし、他の隊員たちも、だからと言って自らの命を惜しむことはありません。彼らには怪獣と刺し違えても構わないという覚悟があります」

 吉野隊長の言葉に参謀たちは一斉に腕を組み沈黙した。だれもが責任の重さを感じていた。

「しかし、その作戦がうまくいく保証は?」

 加山参謀が重苦しい声で問いかける。言葉の奥には希望よりも恐れがあった。


「時間がありません。あと二時間もすれば、核燃料が暴走を始めます」

 岩川参謀が苛立った表情で吉野隊長に迫る。

「それを何とかする手段はないのか。二時間ではなく、せめて二十四時間とか」

「原発職員たちは精一杯、時間を遅らせる努力をしています。しかし、怪獣がいる状態ではコントロールに限界があります」

 加山参謀が腕を組みながら言う。


「ならば他の方法を考えなければ……」

「それも時間がありません!」

 吉野隊長の声がいつも以上に大きくなる。

「しかし……」

 加山参謀が言葉を詰まらせる。会議室に再び沈黙が落ちた。だれもが下を向き、決断を避けていた。時計の針だけが静かに時間を刻んでいる。


「尾張総監、ご決断を」

 参謀たちの煮え切らない態度に、吉野隊長が尾張総監へと視線を向ける。

「うむ……」

 尾張総監は腕を組んだまま、唸るように下を向いていた。長い沈黙ののち、重い口を開く。


「吉野隊長や阿久津隊員の意見は承知した。しかし、これは重要な決定だ。一度、今の状況を整理するため、参謀たちと協議したい。吉野隊長、申し訳ないが、一時間でも事態悪化を防ぐため、現場に指示を出してくれ」

「指示とは?」

 吉野隊長が首を傾げた。

「とにかく、事態悪化を遅らせることだ」

 さらに吉野隊長の首が傾く。


「具体的には?」

「それを考えるのが君の仕事だ」

「……」

 吉野隊長は絶句した。尾張総監の慎重さに言葉を失う。彼は拳を握りしめ、唇を噛んだ。

「とにかく、現場にはその旨を伝えてくれ」


「分かりました」

 吉野隊長は尾張総監を睨むように見つめ、無言で会議室を後にした。扉が閉まる音が静寂の中に重く響いた。

 残された参謀たちはだれも口を開かず、ただ資料の文字を見つめていた。決断の時はまだ遠かった。


 ×   ×   ×


「娘さんですか?」

 制御室には静寂の皮をかぶった緊張が張り詰めていた。壁の向こうでは、いつ牙を剥くか分からない怪獣が息を潜め、足元ではいつ暴走するか分からない原子炉が沈黙の中で脈打っている。空気は重く、だれもが言葉を選び、動作を慎重に計っていた。


 田所と三上は制御室の外で怪獣の動向を監視し、三浦はスカイタイガーの操縦席で待機。アキと蒼真は制御室に残り、制御の状態を見守る役割を担っていた。

 アキは宇宙物理学の博士課程を修めただけあり、目の前のモニターに映る数値の海から原子炉の鼓動を読み取っている。対して蒼真は生物学の専門家としてこの場にいるが、機器の操作に関しては手を出す余地がほとんどなかった。彼はただ、邪魔にならぬよう制御室の隅に腰を下ろし、静かに周囲を見守っていた。


 そのとき、ふと視界の端に柔らかな色彩が差し込んだ。作業台の片隅に、ひときわ鮮やかな笑顔の写真が立てかけられていた。ピンクのワンピースを着た小さな女の子がⅤサインを掲げてカメラに向かって笑っている。その笑顔は無垢で、まっすぐで、世界の不安など知らないようだった。

「ええ、小学校一年生です」

 職員の声はどこか誇らしげで、同時に少しだけ揺れていた。


「へぇ……可愛い盛りですね」

 蒼真の言葉に職員は写真をそっと手に取った。その仕草はまるでガラス細工を扱うように慎重で、愛情に満ちていた。

「この仕事をしていると、いつ危険が訪れるか分かりません。でも……もし原子炉で事故が起きれば、この子の命すら危険に晒してしまう。それだけは、絶対に避けなければならないんです」

 彼の指先が写真の縁をなぞる。そこには父としての祈りが宿っていた。


「私は、この子の笑顔を守りたいんです」

 その言葉は、制御室の空気を一瞬だけ変えた。冷たい機器の音の中に、人間の鼓動が混じったような気がした。そして再び危機のデータに目をやり、厳しい状況の中へ溶け込んでいった。

「ごめんなさい。お邪魔しました」


 蒼真はそっと職員から離れた。そして静かに頷く。そうだ、ここにいるMECの仲間たちは皆、だれかを守るためにこの場にいる。三浦は春菜隊員を、田所は妹の夏美を、アキは大ちゃんを。そして自分は美波を。たとえ彼女が今、意識の深い闇に沈んでいたとしても、いや、だからこそ、守らなければならない。


 この場所にいる職員たちもまた、それぞれに守るべき存在を胸に抱いている。だれかの笑顔、だれかの未来、だれかの命。それらを守るために、彼らはこの制御室に立っている。

 そのとき、蒼真のMECシーバーが鋭く鳴った。静寂が裂け、次なる局面が始まろうとしていた。


 ×   ×   ×


「それは、どういう意味ですか!」

 蒼真の声が制御室に荒々しく響いた。無線の向こう、吉野隊長は一瞬沈黙し、困惑の気配だけを返してきた。その言葉が吉野自身のものではないことは、蒼真には痛いほど分かっていた。


「上層部の指示だ。とにかくメルトダウンを防ぐためのあらゆる手段を取れと」

 そんなことはもうとっくにやっている。蒼真は心の中で叫んだ。欲しいのは現場を理解した具体的な指示だ。こちらは命がかかっているのだ。皆のかけがえのない命が。

「分かりました。職員の方々にはその旨、伝えます」

 そう言って、蒼真は無線のスイッチを力いっぱい切った。怒りで彼の指先が震えていた。


「まぁ、上なんてそういうものよ」

 隣にいたアキが静かに蒼真の肩を叩いた。慰めとも諦めともつかないその手の温度が蒼真の怒りを少しだけ冷ました。

「しかし、今の状況では何も変えられない。だから電子銃の効果に賭けるしかないのに……」

「しょうがないわ。とにかく怪獣が目を覚まさないようにして、外から原子炉に水をかけて冷却するしかないわ」


「でも、それも限界が……」

 と、蒼真の言葉が終わる寸前、部屋が大きく揺れる。床が軋み、壁が鳴る。

 慌てた蒼真が窓を開けると、怪獣ガンデメリアの目が開いていた。

「いけない、目覚めた」

 直後、さらに大きな振動が、怪獣が立ち上がったのだ。その巨体が原子炉の隣でゆっくりと影を伸ばす。


「職員の方は避難してください!」

 田所の声が制御室に響く。しかしだれ一人としてその場を離れようとしなかった。

「急いで!」

 田所の叫びに一人の職員が立ち上がる。

「このままでは原子炉が破壊されます。なんとか冷却水を維持するために、我々はやはりここに残ります」


「いや、それでは約束が……」

「我々のことは於いておいて、原子炉を破壊させないようにお願いします」

 その言葉に職員たちが一斉に頷いた。蒼真は再び窓の外を見る。ガンデメリアが天に向かって咆哮をあげる。空が震えた。怪獣は真っすぐこの制御室に向かって歩き出している。


「三浦機、怪獣の注意をそらして!」

 アキが無線に向かって叫ぶ。

「了解!」

 スカイタイガーが怪獣の眼前に飛び込む。ガンデメリアがその騒がしい飛行物体に向かって進み始める。

「今のうちです。逃げて!」

 アキの声にも、職員たちは動かない。そのとき、制御室の天井が崩れ落ちた。


 土煙が舞い、光が遮られる。蒼真が顔を上げると、職員の一人が目の前で倒れていた。あの女の子のお父さんだ。

「大丈夫ですか!」

 蒼真が抱きかかえる。

「ああ、大丈夫で……」

 職員の首が項垂れる。


「しっかり、しっかりしてください! あなたになにかあれば、お嬢ちゃんが悲しみます!」

「すみません…… これ以上は動けません。代わりに、あのレバーを維持してください。あれがコントロールできなければ、原子炉が…… 原子炉が…… あの子の命が……」

 男がガクッと目を閉じる。


「しっかり、しっかりしてください!」

 蒼真が田所に叫ぶ。

「レバーを、その位置で固定してください!」

 田所は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。

「了解!」

 田所が操作盤に座り、レバーを押さえた。


「アキさん! この人、救急搬送お願いします!」

 アキが蒼真に代わって職員を抱きかかえる。

「蒼真君、どうするの?」

 蒼真はアキの目をじっと見つめた。その覚悟を感じ取ったアキは、何も言わずに小さく頷いた。

 蒼真は制御室を飛び出す。外ではスカイタイガーを追うガンデメリアが暴れていた。


「くそっ、あいつめ。いや、それより無責任な上層部め。現場がどんな状態か分かってない!」

 蒼真の左手がじわりと熱を帯びる。皮膚の下で何かが脈打つような感覚。彼は息を止め、腕時計に目を落とした。いつもの青い光の隣に、赤い光がうっすらと灯っている。まるで警告のように、静かに、しかし確かに。

 蒼真は左手を高く掲げた。指先が空を切り、腕全体が光に包まれる。


 青い光が原子力発電所の中心に向かって立ち昇る。空気が震え、地面が微かに揺れた。光が収束した瞬間、そこに現れたのは赤みを帯びた巨人、ネイビージャイアントだった。

 ネイビーがゆっくりと構える。両脚を踏みしめ、肩を開き、腕を前へ。その姿に、ガンデメリアが反応する。怪獣の目が怒りに染まり、背の棘が逆立つ。


 いち早く原子炉から怪獣を引き離さなければならない。ネイビーは一瞬の躊躇もなく地を蹴った。巨体が唸りを上げて突進する。ガンデメリアの胸部に体当たりし、そのまま押し倒す。怪獣はバランスを崩し、足元の地面が砕ける。そして海へと転落。波間に黒い影が沈んでいく。


 だが、安堵は一瞬だった。

 次の瞬間、ガンデメリアが沈んだ方向を見守っていたネイビーの逆方向から、赤い光線が彼の背中に直撃する。爆風が巻き起こり、ネイビーの巨体が宙を舞う。彼は鉄塊のように地面へ叩きつけられた。

 海面から浮上したガンデメリアがネイビーに飛びかかる。拳が唸りを上げて顔面へ。ネイビーは反射的に頭を傾けて避けるが、次の一撃が腹部にめり込む。その衝撃で地面が陥没し、ネイビーの動きが止まる。


 怪獣は容赦なく拳を振り下ろす。ネイビーの頭部に、重い一撃。視界が揺れ、意識が遠のいていく。

 そのとき、三浦機が怪獣の眼前を横切る。スカイタイガーのエンジン音が空気を裂き、ガンデメリアがそちらへ向かって動き始めた。少しずつネイビーから離れていく。

 ネイビーはよろめきながら立ち上がった。膝が震え、体が軋む。それでも、背後からガンデメリアに飛びかかった。彼は力を振り絞り、両腕で羽交い絞めにする。怪獣はネイビーの腕を払いのけようと、力いっぱい暴れ回った。ネイビーは耐えながらも三浦機に目配りを送った。


「そうか、ネイビーが電子銃を撃てと言っている!」

 三浦は即座にネイビーの視線を理解した。しかし電子銃の使用は上官から差し止められている。

「隊長、ネイビーが電子銃を撃てと!」

『なに!』

「怪獣はネイビーが抑え込んでいます。電子銃の、電子銃の使用許可を!」

 三浦が叫んだ。それに応じ、吉野隊長の声が無線に響く。そこには何の躊躇もなかった。


『三浦機、電子銃を怪獣へ撃て!』

「了解!」

 三浦機から電子銃が発射される。青白い光が一直線にガンデメリアの腹部へ命中した。すると怪獣の皮膚にひびが入り、赤い光が全身を包み込む。光が消えたとき、そこには灰色の皮膚が現れていた。

 ネイビーが怪獣を突き倒す。右手を高く掲げる。そこにはネイビーサーベルが握られていた。

 ガンデメリアが起き上がり、這いずるように海へ逃げようとする。その背にネイビーがサーベルを振り下ろす。斜めに切り裂かれた体から、赤い光が漏れ出す。


 ネイビーが左手を前に出した。掌から放たれた青い光が赤い光を包み込む。交わる光。交差する光の中でガンデメリアが咆哮をあげた。そしてその姿が静かに、ゆっくりと消えていくのが見えた。

 ネイビーは肩で息をしながらその消滅を見届けた。風が止み、空が静まる。

 そして彼は青い光を発した。光が消えたとき、ネイビージャイアントの姿はもうそこにはなかった。


 ×   ×   ×


 制御室の扉を押し開けた瞬間、蒼真は空気の質が変わっていることに気づいた。

 そこには、静かな緊張と安堵が混ざり合った不思議な静寂が漂っていた。機器の警告音は止み、モニターの光は落ち着きを取り戻している。職員の数は減っていたが、残った者たちは黙々と機器の調整を続けていた。

 だれもが疲れ切っていたが、その背中には確かな意志が宿っている。


「制御機能は維持できてるみたい。メルトダウンは防げたそうよ」

 アキが蒼真の肩を軽く叩きながら言った。声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。

「よかった。これも現場の人たちのおかげですね」

 蒼真は忙しく機器に向かう職員たちの姿を見つめた。命を懸けてこの事態を乗り切った人たち。その姿は尊く、ありがたかった。だが、それに比べて果たして自分はどうだったんだろう。

「そうね。彼らが頑張ってくれたことで、市民の平和が守られたわ」

 アキの言葉は、静かに胸に染みた。


 蒼真は黙って頷きながら、職員たちの手元に目をやる。指先は震えていた。だが、その震えは恐怖ではなく、責任の重さに耐えた証だった。

「それにしても……」

「蒼真君、あまり深く考えない方がいいわよ。とにかく今回のことが事なきを得たことを喜ばないと」

 アキの言葉が蒼真の思考を遮る。彼女の声は優しく、けれども強かった。

「言いたいことは分かるわ。でもね、今は考えない。その方がいい」

 再び肩を軽く叩いて、アキはその場を離れた。


 蒼真は釈然としなかった。

「なんとかしろ」

 そんな言葉、だれにでも言える。現場の状況も知らずに、よくそんな指令が出せたものだ。机の角に拳を置いたまま、彼は目を閉じた。

 胸の奥に今まで感じたことのない感情が渦巻いていた。筋肉が震え、心の中に重たい塊が転がる。何なんだ、この気持ち。

 そういえば、ネイビージャイアントに変身する直前、時計に赤い光が灯っていた。あのときも、今と同じ嫌な感覚が胸を満たしていた。何かが、確かに自分の中で変わり始めている。


「冷却装置、正常作動確認!」

 職員の一人が叫ぶ。その声に周囲の職員たちから拍手が起こった。装置の前にいた人々の顔に笑顔が広がる。涙を浮かべる者もいた。その中にはあの女の子のお父さんもいる。

 その笑顔を見た瞬間、蒼真の胸のざわつきがスーッと消えていく。まるで胸の奥にあった塊が溶けていくようだった。


 そうだ。アキの言う通りだ。今はこの事態を乗り切れたことを喜ぼう。それ以上でも以下でもない。そう考えた方が、きっと心は軽くなる。

 蒼真は左腕に目を落とす。そこには父の古びた時計があった。いつも青い光で自分を導いてくれるその時計に赤い光がうっすらと灯っている。


 蒼真は首を横に振った。今は考えない。今はこの状況を喜ぼう。

 そう思いながら、蒼真は周囲の職員たちに向かって、大きな拍手を送った。音が制御室に広がり、だれかがそれに応えるように笑う。命を繋いだ者たちの静かな勝利がそこにあった。


《予告》

電子銃の効果に賛否両論の参謀たち。そこにコンビナートに怪獣が。岩川参謀が電子銃使用を三浦に指示、しかし的が外れコンビナートが全滅。責任を感じた三浦がとった行動とは。次回ネイビージャイアント「命令の届かぬ場所で」お楽しみに。

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