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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第四十話 再びの笑顔のために

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

 それは、突然の出来事だった。

 正月休みを返上して、蒼真は科学班の研究室にいた。年末に現れた怪獣の分析のためだった。研究室の空気は年始の静けさとは無縁に感じられた。

 人工光が天井から降り注ぎ、無機質な機器の音だけが空間を満たしている。窓の外は異様な暗さに包まれていた。昼間の光はすでに失われ、空は重たい鉛色に染まっている。


「なんか嵐が来るみたいよ」

 アキが窓から星のない夜空を見上げて言った。その声にはいつもの軽やかさとは違う、わずかな緊張が混じっていた。蒼真も窓際まで歩み寄る。確かに星どころか月も見えない。厚い雲が空を覆い、光をすべて遮っていた。空はまるで何かを隠そうとしているかのようだった。

 さっき天気予報で、季節外れの大型低気圧がこの地方に発達して近づいていると報じられていた。だが気象の異常以上に、空には言葉にできない不穏さが漂っていた。


「不気味ね、この雲」

「そうですね。これじゃぁ、今日は神山研究所に帰れそうにないなぁ」

 蒼真は正月に美波と一緒に過ごせなかったことを思い出す。彼女がむくれた顔で「仕事ばっかり」と言っていたあの瞬間がふと脳裏に浮かぶ。だがその顔すら、今は遠く感じられる。


「どのみち分析に時間が掛かるから、今日は徹夜じゃないの」

「そうですね。あーあ、なんで正月から徹夜なんだろう」

「愚痴りなさんな」

「美波、怒るんだろうな……」

「怒ると思うよ。私と仕事、どっちが大事なのって」

 アキはニコニコと蒼真の困った表情を眺めた。


「鈴鹿さん、意地悪ですね」

「そんなもんよ。女は常に不安なの。自分だけを大事にしてくれるのか、そうでないのか。だって、自分が愛した男が自分だけを見てくれるかどうか、そんな自信のある女性いないもの」

「え、そんな。僕は美波を……」

「分かってるわよ」

 アキが蒼真の肩をポンと叩く。


「でもね、女って常に不安なものなのよ」

「そうなんですね」

「そうよ。だからこの仕事が終わったら、目いっぱい、美波さんのこと大事だって伝えないと。そうでないと蒼真君、美波さんに嫌われるわよ」

 蒼真はアキの表情を見ながら同じようにニコッと笑った。


「はーい。よく分からないけど、美波には君のこと大事だって伝えます」

「ふふふ、相変わらず蒼真君は女性のこと分かってないのね」

「分かりませんよ。だって、僕は男だから」

 アキが笑いながら蒼真の肩を再び叩いた。その笑顔がほんの一瞬、研究室の空気を和らげた。

 そのとき、遠くで雷鳴が轟いた。かなり明るい閃光が走る。神山研究所のある方向だった。蒼真の笑顔は消えていた。


「なんか嫌な予感がする……」

 アキはその蒼真の言葉を聞き取れなかった。蒼真も言い直すことをためらった。まさか自分の予感が当たっているとは。蒼真はこのときまだ知らなかった。


 雷鳴の余韻が研究室の壁を震わせる。空気がわずかに揺れる。

 蒼真はふと、机の端に置かれた写真立てに目をやった。そこには、美波の笑顔が写っていた。

 その笑顔が今の空のように遠く感じられる。星も月もない夜空は、まるで彼の記憶が閉ざされたようだった。


 彼は目を逸らし、何もなかったかのように分析装置に向き直った。だが胸の奥では何かが静かに軋んでいた。言いようのない違和感が蒼真の胸に広がる。嫌な、何か嫌なことが起こりそうな、今までどこかで味わったことがあるような、どこだろう、いつだろう。なぜか記憶の扉が開くのを拒否する。

 窓の外には、雲が多くの星を覆い隠していた。その雲の向こうに、何が潜んでいるのか、そのことを蒼真はまだ知らなかった。


 ×   ×   ×


 朝焼けが富士山麓を赤く染めていた。空は燃えるような朱に染まり、雲の端が金色に輝いている。だがその美しさは、地上の惨状を照らす残酷な光でもあった。

 瓦解した建物の隙間から、沈下したはずの火がまだ燻っている。黒い煙が地を這うように漂い、焦げた鉄骨が軋む音が風に混じっていた。焼け焦げた紙片が空中を舞い、かつてここにあった知識と希望の断片が灰となって消えていく。


 その廃墟に一台の車が猛スピードで近づいてきた。MECのピンシャー。タイヤが砂利を巻き上げ、急ブレーキの音が静寂を切り裂く。運転席から蒼真が飛び出す。顔は青ざめ、目は血走っていた。

 彼の視線の先にはかつて神山研究所があった場所。だが今、そこにあるのは瓦礫の山だった。ガラス張りの温室はバラバラになり、中の植物たちは黒い炭と化していた。


 研究棟は完全に崩壊し、職員や学生たちの寮は火災でほぼ燃え落ちていた。

 焼け焦げたベッドの枠、溶けたパソコン、焦げた書類、すべてが昨日までの生活の痕跡だった。

 蒼真は呆然と立ち尽くす。足元の瓦礫が崩れ、靴が灰に沈む。息をするたびに、焦げた空気が肺を刺す。その彼に男が駆け寄ってくる。


「蒼真、なにしてたんだ」

 八尾だった。服は破れ、火災で黒ずんだジャージ姿。顔には煤がこびりつき、目だけが怒りに燃えていた。彼は蒼真の肩をつかみ、怒気を込めて言った。

「お前らMECが遅いから、こんなことになったんだ」

 蒼真は唇を噛む。昨晩の嵐でレーダーが機能せず、怪獣の出現をつかめなかった。あのときの閃光、あれは怪獣の放つ光だったのか。


「先生は、奥さんは、いや、美波は、美波はどこだ!」

 蒼真は八尾を押しのけ、崩壊した建物に駆け寄る。瓦礫の山を前に、足がもつれそうになる。八尾が指を差す。

「先生はあそこだ」

 蒼真が振り返ると、そこには白い布を掛けられた幾体かの塊が並んでいた。朝焼けの光が、布の端を赤く染めている。蒼真はその中の一つに近づき、震える手で布を剥がす。


 そこには、物言わない神谷教授が黙って横たわっていた。顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。だが、その静けさは永遠のものだった。

 そのとき、一台のタクシーが現れる。埃を巻き上げながら停車し、開いたドアから、さとみが降りてきた。彼女はスーツ姿のまま、ヒールで瓦礫を踏みしめながら一直線に蒼真の方へ向かう。そして神谷教授の亡骸を見つけると彼女は叫ぶ。


「あなた!」

 そのまま教授を抱きかかえる。

「あなた、どうして、どうして……」

 さとみの目から涙が溢れる。声は震え、指先は教授の頬をなぞるように動く。

「奥さんは、昨日、別用でここにはいなかったんだ」

 泣き崩れるさとみを見て、蒼真は肩を落とす。だが、振り返りざまに八尾を睨みつける。


「美波は、美波は昨日ここにいたはず。電話で話した。美波は、美波はどこ!」

 蒼真が八尾に詰め寄る。八尾は首を横に振る。

「まだ見つかってない」

「え、なら生きているのか?」

「分からないよ」

 蒼真は再び瓦礫の方へ走り寄る。


「美波、美波!」

 その声は空しく響くだけだった。だがそのとき、消防隊員の大声が響く。

「いたぞ、ここに人がいる!」

 隊員たちが一斉に集まる。蒼真も駆け寄る。

「息がある、急げ!」

 一番近くの隊員が叫んだ。複数の隊員が瓦礫をどけると、そこから、頭から血を流した美波が引き出される。顔は煤にまみれ、唇はかすかに動いている。


「美波、美波!」

 担架が運ばれる。隊員たちは美波の体を担架に乗せる。

「美波、美波、しっかりしろ、生きろ、死ぬんじゃないぞ!」

 蒼真が美波の手を取る。つかんだその手は冷たい、蒼真の手がかすかに震えていた。美波は無言のままだった。そのまま担架は救急車に乗せられる。


「この人の知り合いです。付き添います」

 救急隊員が頷く。蒼真はそのまま車に乗り込んだ。サイレンがけたたましく鳴り響く中、廃墟と化した研究所から救急車は走り去っていった。

 朝焼けの空が、赤く燃え続けていた。それは希望の色か、それとも絶望の色か、蒼真にはまだ知る由もなかった。


 ×   ×   ×


 蒼真はベッドの横から離れることができなかった。病室の空気は冷たく、機械の音だけが規則的に響いている。窓の外では朝の光が差し始めていたが、その温もりはこの部屋には届かない。

 美波は、あれから一度も目を覚ましていない。

 白いシーツに包まれた彼女の体はまるで眠っているかのように静かだった。だが、酸素吸入器が彼女の命を繋いでいる現実が、眠りではないことを告げていた。


 医者の話では、頭を強く打ち、脳に深刻なダメージを受けた可能性があるという。もしかすると、このまま目を覚まさないかもしれない…… そんな話だった。

 医者の最後の方の言葉は蒼真の意識が朦朧としていたため、はっきりとは覚えていない。だが、美波が目を覚ましていないという事実だけは確かだった。

 あれからずっと、蒼真は美波のそばにいた。彼女が目を覚ますと信じて。手を握り、声をかけ、ただ祈るように。


 そのとき病室の扉が突然開いた。蒼真が振り向くと、そこには初老の男女が立っていた。二人とも顔色は悪く、目には涙の跡が残っていた。女性は美波に駆け寄り、彼女を抱きしめた。

「美波、美波!」

 その声は、張り裂けそうなほどの悲しみを帯びていた。彼女の手が美波の頬を撫で、肩を揺さぶる。だが、美波は反応しない。

 男が蒼真に近づき、悲壮な顔つきのまま軽く会釈した。


「美波の父です」

「阿久津蒼真です」

 蒼真が深々と一礼した瞬間、女性が立ち上がり、蒼真の胸ぐらをつかんだ。

「あなたが、あなたが蒼真さん。あなたがいたから、あなたがMECの隊員だから、娘は、娘はこんな目に」

 その手は震えていた。怒りと悲しみが混ざり合い、言葉が涙に濡れていた。


「おかあさん、よしなさい」

 美波の父親が母親の両肩に手を置く。母親は蒼真から手を放し、美波の上に泣き崩れた。その背中は小さく、痛々しかった。父親は静かに言葉を継いだ。

「蒼真さん、あなたのことは娘からよく聞いていました。今まで彼女を守ってくれてありがとう。でも、お願いがあります」

 彼は蒼真の視線を外したまま、言った。


「蒼真君、美波のこの病室にはもう来ないで欲しい」

「えっ」

 蒼真の動きが固まる。彼は心臓が一瞬止まったような感覚を覚えた。

「しかし、僕は、僕は美波さんのそばにいたいです」

「すまない、美波の母もこんな感じだ。君がそばにいると、我々も辛い」

 蒼真がベッドを見る。美波にしがみつき、泣きじゃくる母親の姿が目に映る。その姿は蒼真の胸を締めつけた。


「それは、僕が、僕がいたから、美波はこうなったと」

 父親は視線を外したまま頷いた。

「それは・……」

 蒼真は項垂れた。

 怪獣がどうして神山研究所を襲ったのかは分からない。だが、間違いなくネイビージャイアントである自分を狙ったのだ。たまたまあの日、防衛隊にいたから自分は助かった。

 いや、研究所にいれば怪獣を撃退できたかもしれない。そうすれば美波は、美波は今も笑顔で、自分のそばにいてくれたはず。


「そうですね、確かに僕のせいです」

 蒼真が歯を食いしばりながら絞り出すように声を発する。

「分かりました。もう病院へは来ません」

 蒼真の目に一筋の涙が流れた。

 自分のせい。自分のせいだ。美波がもしこのまま目を覚まさなければ、すべては自分のせい。僕は、僕は愛する人を守れなかった。僕さえいなければ、僕さえネイビージャイアントでなければ、美波は、美波は……


「失礼します」

 蒼真は駆けるように廊下へ出た。白い蛍光灯の光が、彼の影を長く伸ばす。誰もいない廊下を一人、蒼真は走り去った。その背中に誰も声をかけることはなかった。


 ×   ×   ×


「これが神山研究所を襲った怪獣か」

 作戦室の照明が落とされ、大型スクリーンに映し出されたのは、雲の隙間から姿を現した、長い胴体と短い足を持つ竜のような生き物の影だった。

 そのシルエットはまるで空そのものが裂けて生まれたかのように異様で、見る者の胸に冷たい重石を落とす。スクリーンの周囲には数名の隊員たちが沈黙のまま立ち尽くしていた。空調の音だけが微かに響き、誰もが息を潜めて映像を見つめている。


「コードネームはサーベント。この竜は空を飛ぶわ」

 アキが資料を手に説明を続ける。彼女の声は冷静を装っている。本来なら、こうした説明はいつも蒼真の役目だった。だが、今ここに彼はいない。

 吉野隊長、三上、田所、三浦、誰もが重い表情でモニターを見つめていた。スクリーンに映る怪獣の影はただの映像ではなく、彼らの仲間を傷つけた現実そのものだった。


「この映像は神山研究所を襲ったとのものになります」

 アキの声は淡々としていたが、その奥に揺れる感情を隠しきれてはいなかった。言葉の端々に、悔しさと悲しみが滲んでいた。他の隊員たちも、言葉少なに沈黙を保っている。

 その中で、一人冷静を装っていた三上が口を開いた。


「なぜ、神山研究所を襲ったんだろうか」

 アキは資料に目を落とす。ページをめくる手が、少しだけ止まる。

「調査中とだけ資料にあります」

「やはり蒼真君に関係するか……」

 三上が腕を組み、唸るような声で言った。その言葉に三浦が鋭く睨みつける。


「そんな、きっと違います。そうでないと、蒼真が」

 三浦の言葉に、室内が静まり返る。誰もが、蒼真の名に重い思いを抱えていた。彼の不在はただの欠席ではない。それは、隊の心の一部が欠けていることを意味していた。

 はぁ、と深い息を吐いた吉野隊長が、空気を振り払うように声を張り上げる。

「とにかく、この巨大な竜を探すんだ。我々として今できることは以上だ。田所、三上はスカイカイトで上空から怪獣の行方を、三浦は各地で怪獣の目撃情報がないか調査だ」


「了解!」

 三名の隊員たちも、何かを振り払うように大声で応じた。その声に作戦室の空気がわずかに動く。沈黙の中に、わずかな決意が灯った。

 隊員たちが出ていこうとしたその時、吉野隊長がアキを呼び止めた。

「鈴鹿隊員は、すまんが蒼真君の様子を伺っていてくれないか」

 その言葉にアキは足を止め、そして振り返る。


 吉野隊長の苦悶の表情が、すべてを物語っていた。彼もまた、蒼真のことを気にかけていた。だが隊長という立場が、その感情を表に出すことを許さなかった。

「分かりました」

 アキが頷く。そう、アキも、蒼真が心配で仕方がなかった。彼の沈黙が、彼の不在が、何よりも重くのしかかっていた。そして、サーベントの影が、彼らの未来を静かに脅かしていた。


 ×   ×   ×


「大ちゃん、お兄ちゃん呼んできて」

 アキの声が、キッチンから明るく響いた。

 夕暮れの光が窓から差し込み、ダイニングのテーブルを柔らかく照らしている。湯気の立つチャーハンの香ばしい匂いが部屋に広がり、どこか懐かしい空気が漂っていた。


「はーい」

 大介が元気よく返事する。小さな足音が廊下を駆けていき、扉の向こうから蒼真を呼ぶ声が聞こえた。料理を作り終えたアキは、お盆にチャーハンを並べていた。皿の上には、色とりどりの具材が彩りよく盛られている。五目チャーハン、大介の大好物だ。

「蒼真にーちゃん、早く」

 大介に腕を引っ張られ、蒼真がダイニングにやってくる。その足取りは重く、顔には疲れが滲んでいた。


「今日は五目チャーハンだよ」

 アキが食卓に皿を並べる。蒼真が席につき、大介に笑顔を見せる。口角は上がっているが、目の周りの筋肉は動いていない。その笑顔は心からのものではなかった。

 大介はチャーハンを見ることなく、蒼真の表情をじっと見つめていた。子ども特有の鋭い感受性が、蒼真の心の揺れを感じ取っていた。


「大した料理じゃないけど、大介の大好物なの」

「大ちゃん、チャーハン好きなの?」

 蒼真の言葉に、大介が大きく頷く。そして、不思議そうな顔で蒼真を見た。

「蒼真兄ちゃんはチャーハン嫌い?」

「そんなことないよ」

 蒼真は微笑みながら答えるが、その声にはどこか遠さがあった。大介は首を傾げたが、それ以上何も言わなかった。


「さぁ、頂きましょう」

 アキの言葉に大介が両手を合わせる。

「いただきます」

 その声に、蒼真も少し遅れて、いただきます、と言った。食卓に静かな時間が流れる。

「蒼真君、あなたが沈んでいると大ちゃんまで落ち込むよ」

 アキの言葉は優しさと心配が混ざっていた。蒼真はふーっと息を吐く。


「そうですね、大ちゃんの前では大丈夫なふりしてますけど、バレてますね」

 その言葉にアキは少しだけ微笑む。だが、その笑顔の奥には切なさがあった。

「落ち込む理由は分かるけど、まだ美波ちゃんも生きてるんだし、それよりこの事態を作り出した宇宙人や怪獣たちを退治しないと。蒼真君はそれができる職場にいるのよ」

「そうですね、頑張らないと」

 その言葉にアキは気持ちが入っていないと感じた。励ましてはいるものの、蒼真の立場になれば、そう簡単に気持ちを切り替えられるはずがない。彼の心はまだ病室に置き去りのままだった。


「蒼真兄ちゃん、おいしい?」

 大介がニコニコしながら聞いた。その無邪気な笑顔が、蒼真の胸を少しだけ温める。彼もどこか蒼真のただならぬ雰囲気を感じていたのかもしれない。

「うん、おいしいよ。大ちゃんのママは料理上手だね」

「そうなの、ママのごはん、おいしいの」

 アキが赤面しながら言う。


「本当は、市販のチャーハンのもとを掛けてるだけなんだけどね」

「そうなんですね」

 蒼真はチャーハンを口にしながら笑った。

「よかった。笑ってくれた」

 蒼真はチャーハンを口いっぱい頬張った。


「でも、おかあさんが作ってくれたご飯だから、きっとおいしいんですよ。僕は早くに母を亡くしたし、小さいときも仕事できっと母の料理食べてないと思うので、大ちゃんがうらやましいです」

 その言葉にアキは一瞬、言葉を失った。蒼真はさらにチャーハンをさらに頬張った。目から一筋の光るものが流れた。


「大丈夫です。僕は今までも色々ありましたから。なんとかやります」

 そう言いながら、蒼真はさらにチャーハンを頬張った。その姿はまるで何かを押し込めるようだった。食卓の温もりの中で、彼の心は静かに泣いていた。


 ×   ×   ×


「芦名さん、僕はどうしたらいいんでしょうか」

 蒼真は芦名のスカイタイガーが墜落した場所に立っていた。地面には焦げ跡が残り、風が吹き抜けるたびに焦げ臭い臭いがいまだにしていた。

 空は灰色に曇り、陽の光は地表に届かず、すべてが沈黙に包まれている。


「僕は、僕は、愛する人を守れなかった。美波を僕の大切な人を守れなかった」

 蒼真は空を見上げた。

「芦名さんなら分かりますよね。大事な人を守れなかった気持ち」

 声は風にかき消されそうなほど弱く、それでも胸の奥から絞り出された痛みだった。


 怪獣に襲撃された街は、三か月が過ぎてもなお荒廃したままだ。瓦礫の山、焼け焦げた建物、誰もいない通り、新地に整備されつつあるが元の街とは程遠い。

 その空虚な場所に、蒼真は独り立ち尽くしていた。


「どうしてあの日、神山研究所にいなかったのか、どうして美波のそばにいてあげられなかったんだろう」

 蒼真の目から涙がとめどなく流れてくる。頬を伝い、顎を濡らし、地面に落ちていく。

「どうして、どうして……」

 その言葉だけが蒼真の頭の中を幾度も繰り返す。もし、もしあのとき、目の前の空虚な光景は、彼の問いには答えてくれない。芦名も、もういない。


「そう、どうしてあなたはあの日、研究所にいなかったの?」

 蒼真が振り向く。そこにはさとみが立っていた。風に髪をなびかせ、静かに、しかし確かな足取りで彼に近づいてくる。

「さとみさん……」

 蒼真の問いかけに対して、さとみの眼差しは厳しかった。その瞳には怒りではなく、深い悲しみと問いが宿っていた。


「蒼真君がいてくれれば、研究所は、主人は死ななくても良かった」

「えっ」

 蒼真はたじろぐ。さとみは自分を憎んでいるのだろうか。どうして自分が……

「僕があの場にいたとしても、研究所は救えなかったかもしれないのに、なぜ?」


「そんなことはないわ」

 さとみの目は変わらず厳しい。そして一歩、一歩、蒼真に近づいてくる。その歩調に合わせて、蒼真も後ろに引いていく。

「だってあなたは……」

 蒼真はその言葉に歩みを止めた。


「だってあなたはネイビージャイアントだから」

「……」

 蒼真は何も言えず、その場に立ち尽くした。心臓の鼓動が耳に響く。彼の血液が凍り付いたように痺れる。

「なぜ、なぜ知っているんです。僕の正体を」

 さとみはその鋭い眼差しを蒼真から外すことはなかった。


「怪獣レモスターとの戦いで見たの、あなたが青い光に包まれてネイビージャイアントに変身するところを」

 蒼真の体から力が抜ける。さとみに知られてしまった。もっとも知られたくない人に、知られたくない自分の正体を。絶望が彼の心を満たしていく。

「そうなんですね、知ってたんですね。だからさっき、あの日もし僕が研究所にいればみんなを救えたとそう言ったんですね」


「えゝ、そうよ」

 さとみはさらに蒼真に近づく。蒼真はもう動けなかった。それは絶望が彼を動けなくしている。どうせなら怒るさとみに殺された方がいい。そうとさえ思えた。

 さとみはそのまま蒼真に触れるまで近づく。蒼真は覚悟した。

「よかった。あなたは無事で」

 さとみが蒼真を抱きしめた。彼女のその腕は怒りではなく、安堵と優しさに満ちていた。

 蒼真は何が起こっているのか分からない。頭の中がパニックを起こしたように混乱する。


「さとみさん、僕があのとき研究室にいれば神山教授は……」

「いいのよ。彼はあれが運命だったの。私はそう思っている」

 さとみが蒼真を抱く腕に力が入る。彼女のその言葉は、赦しだった。

「あなただけでも無事なら、私はそれで幸せ。決して不幸ではないの。なぜならあなたがいればこれからも生きていける」

「?」

 蒼真の脳がさらに混乱する。さとみは何を言っているのか。自分がネイビージャイアントであること。神山教授の死は運命。自分が無事なら生きていける。どの話もつながらない。


「奥さん、なにを言っているのですか? 僕にはよく分かりません」

「あなたになにかあれば地球は宇宙人の手によって滅ぼされる。あなたは人類の希望なの」

「でも、教授の死は……」

「確かに悲しいことではあるわ。でも人はいつか死ぬ。それが早いか遅いかだけ。彼は実は癌だったの。あなたに防衛隊に入って欲しいって言ってたのも自分の命が短いことを知っていたから」

「え、そうなんですか」

 蒼真が初めて知る真実。だが、彼の頭の中が少し整理されていく。自分がネイビージャイアントであり、地球を守る力を持っている。神山教授は癌で余命が短かった。だから遅かれ早かれ、この悲しみはさとみを襲うことになっていた。


「奥さんは、僕がネイビージャイアントであることを知って、僕のこと嫌いにならないんですか」

 蒼真の声は震えていた。風が吹き抜ける荒野の中、彼の言葉は静かに空へ溶けていく。

「なるわけないじゃない。だって蒼真君は蒼真君だもの」

 さとみが蒼真の目を直視する。蒼真の鼓動がさらに早くなる。彼女の言葉は、優しく、そして力強かった。その一言が、蒼真の胸に深く染み込んでいく。


 今まで、自分の正体がバレれば、みんな自分から離れていくと思っていた。特にさとみには知られたくなかった。彼女から嫌われたくなかった。

 でも、彼女は、自分がネイビージャイアントだと知ったうえでも、嫌うことはないと言った。

 うれしかった。涙が一筋、流れた。

「ありがとうございます、奥さん」

「奥さんはやめて、もう人妻ではないのよ」


「ごめんなさい、さとみさん。本当にうれしいです」

 さとみが再びに蒼真を強く抱きしめた。その腕の中に、蒼真は少しずつ希望を感じ始めていた。

「だから、戦って欲しいの。どんなことがあっても」

 蒼真が思い出す。美波の笑顔を。あの柔らかな笑顔が、今も彼の心に残っている。

「僕は、僕は最愛の人を……」

「分かってる。だからこそ戦って欲しいの。美波さんはまだ死んではいないわ」


「そうですが、美波にはかなり体にダメージが」

「大丈夫。私の力の限り最高のお医者さんを探してくる。幸いアメリカで脳外科に係る人を何人か知ってるの。きっと探し出すわ」

「ありがとうございます」

 蒼真の心に薄明るい希望の灯が見えてきた。さとみのぬくもりがその光に油を注いでくれている。

「蒼真君が無事なら私はそれでいい。でも、もしあなたが美波さんの笑顔をもう一度見たいと思うなら、あなた自身が笑えるようになって。それが美波さんへの一番の贈り物になるんだから」


 今度は蒼真が、さとみを強く抱きしめた。複雑な気持ちが湧いてくる。いや、とにかく今は美波の回復を祈ろう。違う、彼女は必ず回復する。そう、さとみの言うように戦おう。この事態を引き起こしたであろう宇宙人を倒すために。

 そうすれば再び美波と笑い合える。その日を迎えるために、自分は戦わなければいけない。

 さとみが腕から力を抜き、蒼真から離れた。そして両腕を持ち、じっと蒼真を見つめる。蒼真の鼓動が、早くなる。


 そのとき。

「そこまでだ、阿久津蒼真」

 その声に、蒼真が振り返る。風が止み、空気が凍りつく。そこには黒衣の男が立っていた。

「蒼真、いやネイビージャイアント。お前に殺された同朋の恨み、思い知るがいい」

 黒衣の男の目には赤い炎が映って見える。

「同朋?」

 蒼真が黒衣の男に向き直る。さとみが蒼真の後ろに身を隠した。彼の背中は彼女を守る盾となった。


「同朋とはどういう意味だ」

 黒衣の男の表情が厳しくなる。

「お前が宇宙で破壊したミサイル、あれは地球攻撃のミサイルではなかったのだ」

「?」

 蒼真の目が見開かれる。記憶が蘇る、あの戦い、あの閃光。


「あれは我々の同朋が地球移民のために作った宇宙船なのだ。お前が破壊したことで、あの宇宙船に乗っていた何万の同朋が宇宙の散りとなった」

 蒼真の頭が混乱する。そういえばこの前、健太が言っていた。「あれは地球を攻撃するミサイルではない」と。

「我々はお前に復讐することを決めた。お前のすべてを消滅させる。あの宇宙での破壊のように」

 蒼真が黒衣の男を睨みつける。その瞳には、怒りと覚悟が宿っていた。


「だから神山研究所を攻撃したのか」

「そうだ。だが一番殺したい女は殺し損ねたが」

 さとみがさらに蒼真の背に身を縮める。蒼真が手を広げ、さとみを黒衣の男から完全に隠す。

「我々は今までの怪獣よりさらに強靭な恐獣を作り上げた。全身にネイビエクスニウムを纏った強固な怪獣だ。例えネイビージャイアントがサーベルを振り下ろしても決して切ることのできない皮膚だ。それを持つ怪獣たちがお前を死に追いやる」


 その言葉とともに、空が割れる。雷鳴のような音が響き、雲が裂ける。真っ赤な全身に一本角、手はハサミのようなかぎ爪、それを持つ巨大な怪獣が現れる。怪獣テリジノドン。その足音が地面を揺らし、空気を震わせる。

「さぁ、戦え。そして負けるのだ。もうお前の武器はどれも通用しない」

 黒衣の男の周囲の空間が歪み、そしてその中へ消えていく。残されたのは、蒼真とさとみ、そして迫り来る怪獣。蒼真が見上げた。テリジノドンが、一歩ずつ蒼真たちに近づいてくる。その目は、蒼真だけを見据えていた。


「さとみさんは避難していてください」

 蒼真の声は静かに、しかし確かに響いた。さとみが潤んだ瞳で蒼真にうなずく。

 蒼真がさとみに背を向けた。その背中には決意が宿っている。蒼真が左腕を見る。そこにある腕時計が青く光っていた。

 彼はゆっくり腕を上げた。風が止まり、空気が震える。テリジノドンの前に、青い光の柱が立ち昇る。その輝きは空を裂くように強く、地面に影を落とす。

 そしてその光が消えたあと、ネイビージャイアントが姿を現す。その体は青く輝き、空気を震わせるほどの存在感を放っていた。


 怒りの咆哮をあげるテリジノドン。その声は地鳴りのように響き、周囲の瓦礫を揺らす。ネイビーが身構える。両者はしばらく見合った。風が止み、時間が凍ったような静寂。

 そしてネイビーが先に仕掛ける。

 突きがテリジノドンの腹に。しかし、ネイビエクスニウムの皮膚は固い。拳がめり込むことなく、鈍い音だけが響く。蹴りを入れるも、テリジノドンはビクともしない。逆に、テリジノドンの振り下ろす腕がネイビーの肩に。その強烈な力で、ネイビーが地面にめり込む。


 土煙が舞い、地面が割れる。片膝をついたネイビーの両肩をつかみ、テリジノドンが投げ飛ばす。空中を回転しながら、ネイビーが地面に叩きつけられる。衝撃で地面が陥没し、砂塵が舞い上がる。

 そこにテリジノドンが駆け寄り、ネイビーに馬乗りになる。ハサミがネイビーの首を挟む。

 苦しむネイビー。呼吸が詰まり、視界が揺れる。それでもなんとか腕を取り、一本背負いでテリジノドンを投げ飛ばす。怪獣の巨体が宙を舞い、地面に激突する。


 ネイビーは立ち上がり、右手を挙げる。そこにはネイビーサーベルが。起き上がるテリジノドンに、サーベルを振り下ろす。

 しかしその剣はテリジノドンを切り裂くどころかはねのけられた。宇宙人の言葉は正しかった。ネイビエクスニウムの皮膚は、同じ素材のサーベルでさえ通用しない。それほど固いのだ。

 テリジノドンが反撃に出る。ネイビーの頭上にハサミが振り下ろされる。ふらつくネイビーに蹴りが入る。ネイビーがその場に倒れ込んだ。


「だめだ、このままだとやられる」

 蒼真が空へ避難しようとする。飛び上がった瞬間、テリジノドンの口から赤い怪光線が。ネイビー、その光線を直撃し、地面に落下する。

 仰向けになったネイビーに、テリジノドンが覆いかぶさる。ハサミが彼の顔面を狙う。何とか首を振り、直撃を逃れるネイビー。


 テリジノドンがさらに攻撃を変える。ネイビーの腹にハサミを突き立てる。

「うっ」

 ネイビーの意識が薄れていく。視界がぼやけ、音が遠ざかる。そして彼は動かなくなった。

 動かなくなったネイビーを何度も足蹴りにするテリジノドン。その巨体が容赦なく踏みつける。完全に沈黙したネイビーを見て、怪獣が勝利の雄叫びをあげた。

 その声は空を裂き、大地を震わせる。そして、希望を打ち砕くように響いた。


 ×   ×   ×


「死んだんだろうか」

 蒼真は遠のいた意識の中でそう呟いた。

 視界は暗く、音もなく、ただ虚無だけが広がっていた。体が自由に動かない。いや、体と魂が別々になっている気がする。重力も痛みもない。ただ終わりの予感だけが漂っていた。


「そうか、もうダメか。美波ごめん、仇とれなかった」

 目を閉じようとしたそのとき、どこからか声が聞こえた。

「蒼真君、なにそんなところで寝てるんだい」

 蒼真がハッとなって声の方を見る。そこには見たことのある男性の姿が、やがて、その姿ははっきりとしたものになる。


「芦名さん!」

 横たわる蒼真を芦名がゆっくり眺める。その表情は穏やかで、どこか懐かしい。

「君はそんなところで休んでいる暇はないはずだろ」

 芦名は蒼真に近づき、そして倒れている蒼真に屈みこんで皿に語り掛ける。

「でも、今回の怪獣は強いんです。とても歯が立たないんです」

 蒼真の声は弱く、悔しさが滲んでいた。芦名がほほ笑む。


「今までもそうだったじゃないか。幾度も負けかけた。でも君は戦い続けた」

「そうですが、さすがに今回は……」

「挫けるんじゃない」

 芦名の目が厳しくなる。その瞳はかつて戦場で仲間を鼓舞したリーダーのそれだった。

「君がここで止まれば、人類はどうなる。いや、美波ちゃんはどうなる。君は戦い続けないといけないんだ。こんなところで寝転んでいる場合じゃない」

「……」

 蒼真は言葉を失う。そのとき、芦名がゆっくりと右手を出す。彼の手のひらに、赤い光の玉が乗っている。


「君にはまだ力が残っている。美波ちゃんをあんな姿にした敵に対する怒りの力が。だから、まだ戦える」

「美波、そう、研究所の仲間を殺した奴ら。彼らが憎い」

「そうだ、戦うんだ。君にはまだ戦う理由がある」

 そう言うと、芦名の右手から赤い球が宙に浮いた。そしてゆっくり蒼真の胸へ移動する。光の玉は蒼真の中に吸い込まれるように入っていく。

「さぁ、立ち上がるんだ。みんなのために」

 蒼真の魂が体の中に戻っていく。そして体全体に力がみなぎってくる。胸が熱くなり、血が沸騰するような感覚。


「わぁー!」

 蒼真が叫ぶ。その叫びは、空を突き抜けるような咆哮だった。テリジノドンの後ろで、赤い光の柱が天に向かって立ち昇る。振り返るテリジノドン。

 そこに復活したネイビージャイアントが立っていた。その姿は先ほどまでのものとは違う。全身に赤い光が宿り、怒りと覚悟がその体を包んでいた。


 怒りの咆哮をあげるテリジノドン。そのままネイビーへ突進する。ネイビー、それを受け止め、さらに体をいなす。

 前のめりにテリジノドンが倒れる。ネイビーが馬乗りになり、何度も拳を振り下ろす。その拳は地を砕き、空気を裂く。先ほどよりパワーが増している。テリジノドンが痛みを覚えている。

 ネイビーがテリジノドンから離れる。起き上がるテリジノドン。口からあの赤い怪光線を吐く。ネイビーは両手を前に出す。ネイビーバリアが赤い光線を弾いた。光が砕け、地面に火花が散る。


「こいつ、なぜ、美波をあんな目に合わせた。なぜだ、なぜ!」

 ネイビーの体にさらに力が湧いてくる。怒りが、悲しみが、希望が、すべてが力に変わる。テリジノドンがネイビーに突進。再びハサミをネイビーの頭上に振り下ろす。

 ネイビーの腕が赤く光った。振り下ろされたハサミを光る腕がはじく。するとハサミだけが腕から切り離されて飛んでいく。後ろに後退していくテリジノドン。


「研究所のみんなの仇だ」

 ネイビーの体全体が赤く光り出す。全身が真っ赤な光に包まれる。そしてネイビーが腕をクロスする。

 そこから、今まで放ってきた光線よりも強い光がテリジノドンへ向かう。その光は怒りと祈りの結晶だった。

「ギャオー!」

 テリジノドンの動きが止まる。そしてその体が大爆発を起こす。赤い破片が四方に散らばる。炎が空を染め、衝撃波が地を揺らす。

 跡形もなくなったテリジノドンの前にネイビージャイアントが仁王立ちになっていた。その姿はまるで人類の希望そのものだった。


 ×   ×   ×


 夕日が病院の白い壁を柔らかく染め上げていた。

 西の空は燃えるような朱に染まり、昼間の青空は今や赤く、白い雲さえも同じく赤く輝いていた。夕暮れが東の空から静かに迫り来ており、まもなく夜が訪れる。


 蒼真はその光景を見上げていた。病院の屋上から見える空は広く、どこか遠く感じられた。彼の視線の先には美波がいる病室の窓があった。

 その窓はまだ明かりが灯っていない。まるで彼女の眠りが、時間さえ止めてしまったかのようだった。

 本当ならば部屋に駆け込み、強力な怪獣に勝利したことを報告したいところだ。


「やったよ、美波」

 そう言って、彼女の手を握りたい。

 だが、今は我慢する。きっとまた会えるから。その時まで、彼は戦い続ける。

 彼の後ろから、そっとさとみが近づく。足音もなく、静かに。そして彼の肩に手を置いた。


「大丈夫、きっと美波さんは治るから」

 その言葉に、蒼真は励まされる。さとみの声は夕暮れの空気のように優しく、そして力強かった。

「治りますとも、必ず」

 蒼真は力強い言葉で返事をする。その声には、確かな決意が込められていた。

「だから、これからも」

「戦います。そしてこの地球を、美波を守ります」


 さとみは大きく頷いた。その瞳には、蒼真への信頼と、美波への祈りが宿っていた。

 そう、これからも戦い続ける。美波をこんな目に合わせた奴らを排除する。そうでなければ、美波の笑顔をもう二度と見ることができない。何としても、何としてでも守り抜かなければならない。

 病院の白い壁が少しずつ夜の闇に包まれていく。いくつかの窓から明かりが漏れてくる。人々の営みがそこにある。

 しかし美波の部屋の窓は、暗いままだ。だが必ず。あの窓に明かりが輝き、美波の笑顔が自分を迎える。その日が来るまでは彼は立ち止まらない。必ず。そのためにも。


「美波、僕、まだ戦うよ。君が元気で戻ってくるまでは」

 蒼真の決意は、その硬く握られた拳に、確かに伝わっていた。拳は震えていた。だが、それは恐れではない。それは希望の震えだった。

 そして夜が静かに訪れた。だがその闇とは真逆に蒼真の心には確かな光が灯っていた。

《予告》

若狭湾に現れた怪獣が原子力発電所を襲う。新たに任に就いた参謀たちは曖昧な指示を繰り返す。メルトダウンまでに時間がない中、現場は最悪の事態を回避することを迫られる。次回ネイビージャイアント「原子炉を抱く怪獣」お楽しみに

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