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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第四話 憎しみの花

♪小さな生命いのちの声を聞く

 せまる不思議の黒い影

 涙の海が怒るとき

 枯れた大地が怒るとき

 終わる果てなき戦いに

 誰かの平和を守るため

 青い光を輝かせ 

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

 美しく飾られた花々が、赤、黄、白の色彩と緑の葉や茎と相まって、多種多様な彩りで人々の心を引きつける。結婚式場の大会場では、明日の披露宴に向けて準備が進んでいる。いくつかの丸テーブルとは異なる大きな長机があり、新郎新婦が座る席の周りには色とりどりの花が飾られている。


 それらの花々は、明日の新婦を引き立たせるために、鮮やかでありながらも物静かに、壮麗でありながらも目立たずに咲いている。そんな人々の思いを知る由もなく、花は命の限り美しく咲き続ける。


「先生、お先です」


 アシスタントが綾乃に一礼し会場を去った。幾人かいたスタッフたちも次々と会場を後にしていく。華やかな会場に一人残された綾乃は花壇の前で花々を見つめていた。活けた花たちは自分のイメージ通りに仕上がっている。この雰囲気を作り出せるのは、私以外に誰もいない。


 ふと、前方の白いバラが目に留まった。綾乃は一歩、その花に近づき、手に持ったハサミでその白いバラを切り落とした。大きな花が物言わず床に転がった。

「あなたに罪はない、罪深いのは私」


 綾乃は床に落ちた白いバラを拾い上げ、大切そうに胸に抱いた。もしかすると、この切られたバラは自分と同じように、その場所にいられなくなって切り落とされたのかもしれない。綾乃の手に力がこもり、バラの棘が指に刺さった。

「私も同じ、バラの棘が指を刺すようにあの人を傷つける」


 綾乃はもう片方の手に持っていた紫の小さな花に目を向けた。細い茎にか細く咲くその花を見て、綾乃は微笑みを浮かべた。そしてその花を花壇の中にそっと投げ入れる。

「私の代わりにすべてを覆いつくしておくれ」

 紫の花は色とりどりの花々の中に紛れ込み、どこにあるのか見分けがつかなくなる。綾乃はその花に語りかけたが、花は何も答えなかった。


 ×   ×   ×


「きれいでしょ」

 リビングのソファーで寝そべっていた蒼真が憂鬱そうに起き上がった。彼の目の前にはピンクを基調とした薄くしい花々が差し出される。

「なにそれ」

 美波は自分の頭ほどもある花で飾られた花瓶を手に持ち、ほほ笑みを浮かべながら蒼真に話しかけた。

「きれいでしょ。心、和むでしょ」


「花の遺伝子には興味あっても、花自体には興味ないんですけど」

 蒼真のつれない言葉に美波の目が線になる。蒼真が再びソファーに横になった。

「今朝まで徹夜で検出器の改良してたんだ。徹夜で疲れてるんだよ」

「なによ、疲れているからこそ花でも見て癒されるかなぁと思って持ってきてあげたのに」


「って言うか、習い始めた生け花を見せに来ただけじゃないの」

「生け花じゃなくって、フラワーアレンジメント」

「どっちでもいいよ」

 蒼真がソファーのクッションに顔を埋める。

「ふん、なによ」

 美波がむくれて蒼真に背を向ける。


「まぁ、きれいなお花」

 と優しい声がした。蒼真がハッとなって起き上がる。蒼真の目が大きく見開かれる。そこには美波の花に一直線に近づいてくるさとみがいた。

「美波さん、すごいわ。これ、あなたがアレンジしたの?」

「はい」


 美波は嬉しそうにうなずいた。さとみは美波の持っている花束を手に取り、上下左右、さまざまな角度から眺めていた。蒼真のことはまるで目に入っていないようだった。蒼真は立ち上がり美波の横に並んだ。さとみの視線に入るように少しかがんで花を愛でるふりをした。


「私、フラワーアレンジメント初めてだったんですけど、先生が本当に分かりやすく指導していただけるので、こんなにきれいに活けれたんですよ」

 美波がじろっと蒼真を見て、

「誰かさんには、この美しさが分からないようですけど」

 蒼真がそのまま身を沈めていく。


「先生って?」

「井上綾乃先生です」

「あゝ」

 さとみがふむふむとうなずいた。


「名前を聞いたことがあるわ」

「井上綾乃先生は、この業界では結構有名らしいですよ」

「へぇ」

 沈み込んだまま蒼真が生半可な返事をする。しかしそんな彼のことはお構いなしにさとみが話を続ける。


「そうそう、そう言えば聞いたことがあるわ。このあいだも日本一を決める大会で準優勝だったって、雑誌の記事で読んだ気がするわ」

「そうなんです。本命だと言われていたのに本当に残念だって、周りの生徒さんもみんなそう言ってました」


 美波はポケットから四つ折りのチラシを取り出し丁寧に広げる。そこには美しい花々が一面に咲き誇っている様子が描かれていた。そのチラシは、フラワーアレンジメント教室の開催案内だった。

 美波はチラシを裏返す。そこには髪をアップにした三十歳代くらいの美しい女性が十字の折り目の中でほほ笑んでいる。


「この人です。きれいでしょ」

 蒼真がのぞき込む。

「なるほど」

 美波は変わらず蒼真の言葉を無視する。さとみもチラシを眺めながら、


「確か、綾乃先生って、この村の出身で、イギリスかどこかへ留学してたんじゃなかったかしら。私も二、三度この界隈でお見かけしたことがあるわ」

「そうなんです。普段は東京にいらっしゃるんですけど、月に二度、この村に帰ってきてフラワーアレンジメント教室を開いていただいてるんです」

 美波は嬉しそうにチラシを蒼真に押し付けた。


「奥さん、こんな花に興味のない男は放っておいて、向こうで井上綾乃先生の魅力について語りません?」

「そうね、私の部屋に来る」

「是非!」

 美波はさとみの腕を取り、そのまま蒼真を見ることなく歩き出した。二人がリビングを出るとき、美波はチラッと振り返り、顔をくしゃくしゃにしてベロを出して去っていった。


 一人取り残された蒼真は、再びソファーに身を投げ出した。

「チッ、なにがフラワーアレンジメントだよ。そんなもんで科学が進歩するかよ」

 蒼真が両腕をまくらに天井を見つめる。

「あゝ、もうちょっと奥さんと話したかったな」

 そう考えながら蒼真は大きなあくびをした。目を閉じるとさとみの笑顔が浮かんだ。少しニヤけた、その瞬間蒼真のポケットからけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。慌ててポケットからMECシーバーと呼ばれる無線機を取り出した。


「はい、こちら阿久津です」

『蒼真君か』

 無線から吉野隊長の声が聞こえる。

『家に帰ってくつろいでいるところ申し訳ない』

「いえ、なにかあったんですか」

『実は、異様なものを見たという通報があった』

「異様なもの? 怪獣ですか?」

『いや、詳細は不明だが何か白い霧状のものが、まるで生き物のように動いていたと住民から連絡があった』


「霧状のもの?」

 蒼真はその言葉だけでは状況を把握できなかった。何が起こっているのか、霧とは一体何なのか。

「詳細は不明だが、現場には三上と田所が向かっている。今、芦名を君のところに迎えに行かせた。彼と合流して現場に向かってくれ」

「分かりました。芦名隊員と合流します」

 蒼真は無線を切り、ソファーから立ち上がった。現場で何が起こっているのか、怪獣との関係は何なのか。頭の中で思考が巡り始めた。さっきまで考えていたフラワーアレンジメントのことは、すっかり頭から消えていた。


 ×   ×   ×


 緑の茎に小さな紫の花が咲き誇る。メハジキと呼ばれるその花が数本花瓶に飾られ、窓辺の飾り棚に静かに佇んでいた。広々としたフラワーアレンジメント教室の片隅で、春風がカーテンをそっと揺らし、窓から差し込む淡い春の光が紫の花びらを一層鮮やかに映し出している。


 誰もいなくなった教室で、井上綾乃はその小さな花々をじっと見つめていた。本来なら七月に咲くはずのこの花を四月に手に入れるのは容易ではなかった。友人に頼み込み、ようやく手に入れたこの花は、綾乃にとって特別な意味を持っていた。


「あなたが私の希望になる。どうしても許せない人がいるから」

 綾乃は微笑んだ。その喜びに満ちた表情の中で、彼女の手にはくしゃくしゃになったパンフレットが握られていた。彼女はそれをゆっくりと開き始める。そこには四十過ぎだろうか、明らかに若作りした厚化粧のおばさんが笑っている。

「あなたには本当にひどい目に合わされたわ。今度は私の番」


 綾乃はパンフレットを再び握りしめた。バリバリという音が静かな教室に響き渡る。綾乃はそのまま紙のボールとなったパンフレットを壁に投げつける。

「あなたには必ず報いがある。必ず」

 綾乃は仁王立ちし、肩で息をしていた。思い返すと息が詰まり、呼吸が荒くなる。憎い、憎い、憎い…… 憎しみが胸を締め付けるように彼女の心に渦巻いていく。


「大丈夫、きっと報いがあるわ、そのおばさんに」

 ハッとした綾乃が振り返る。そこには見覚えのある白いワンピースをまとった少女が立っていた。

「また来たの?」

 綾乃が微笑みかけると、少女は無表情のままじっと彼女を見つめていた。

「だって私、先生が苦しくなったら来てあげるって言ったじゃない」

 少女の口角が上がった。

「ありがとう。でもいつもどこから入ってくるの?」


 綾乃の言葉を無視し、少女は床に落ちた紙のボールを拾い上げた。そして、静かにその紙を広げ始める。

「このおばさんんね」

 少女の目がパンフレットのおばさんに注がれる。

「その人はいつも私の邪魔ばかりするの。今回だけじゃない。以前にも私が主催した教室の生徒さんたちに嫌がらせをして開催を中止するようにしたり、私が出店する予定だったコンクールの準備で、私が欲しい花を買い占めたり」

 綾乃の息遣いはさらに荒くなり、肩の揺れが彼女の怒りを物語っていた。


「どうしてそんなことするの?」

 少女が首を小さく傾げる。

「たぶん嫉妬。自分は生け花の大家のお嬢様だったから、私みたいな名もない人間の評判が上がることを嫌がっているんだと思う。世間の評価を受けるべき人間は自分で私ではない。評価を受けないように嫌がらせをしているの」

「小さい人ね」

 少女はパンフレットの写真に指を滑らせ、静かにバッテンを書いた。


「でも、何より許せないのは、この教室をつぶそうとしていること。私が初めて開いたこの教室、私の宝物。彼女からすれば私の息の根を止めたい。きっとそう思っているんだわ」

 綾乃の肩の揺れが静まり、代わりに両手が小刻みに震え始めた。


「いつか先生に渡した麻袋、まだ持ってる?」

 少女はパンフレットをきれいに四つ折りにした。

「あゝ、あのときの。持ってるわよ」

 綾乃がポケットから麻袋を取り出す。


「開けた?」

「えゝ、少しだけ。白い霧のようなものが出て来たわ」

 少女が綾乃の手に四つ折りにしたパンフレットを握らせた。

「あれは本当に怒りが収まらないときに開いてね。でないと、中身そのものが出ちゃうと先生の願いが叶わないかも」

 少女の手に小さな霧が漂っていた。彼女がふーっと息を吹きかけると、白い霧はゆらゆらと漂いながら、綾乃が持っていた麻袋の中に吸い込まれていった。


「開けちゃだめよ」

「分かったわ」

 綾乃がそう答えると、少女は彼女の横を通り過ぎ、まっすぐにメハジキの花の前まで歩み寄った。

「きっとこの花が先生の気持ちを、そして願いを叶えてくれるよ」

 綾乃も少女の横に立ちメハジキの花をじっと見つめた。この花がどのようにして自分の思いを果たしてくれるのかは分からない。ただ、少女の言葉を信じたい。いつか、この花が何かをしてくれると。


 春風が教室に舞い込み、花がそっと揺れた。まるで綾乃の問いかけに応えるかのように、小さく、小さくうなずいているようだった。


 ×   ×   ×


「確かにフレロビウムからの放射線を感じますね」

 蒼真は電信柱にフレロビウム放射線検知器をかざした。装置の針がかすかに揺れ、静かな警告を発しているかのようだった。

「とすると、この辺りに怪獣が潜んでいると?」


 昼間の住宅街は静まり返り人影はまばらだった。家々のあいだを縫うように、車がやっとすれ違えるほどの狭い道が続き、電信柱がきちんとした間隔で立ち並んでいる。歩く人の姿はなく、不自然なユニフォームを着た二人の男が歩いては立ち止まりまた歩き出す。

 芦名は周囲を見渡した。一見すると何の変哲もない住宅街だが、近くの家のベランダでは洗濯物が春風に揺れている。


「どう見ても怪獣なんていそうにないが」

「うーん、でも検知器に反応が……」

 蒼真も周囲を見渡した。三つ先の電信柱の陰から黒猫が二人の様子を伺っている。しかし二人が怪しい人間ではないと判断したのか、ゆっくりと家々の隙間に消えていった。それ以外には生物の気配は感じられない。閑静な住宅街にはどこまでものどかな空気が漂っていた。


 次の電信柱に検知器をかざすと、やはり針がかすかに揺れた。

「放射線が弱いので、小さな虫ぐらいか、もしかしたら……」

「もしかしたら?」

 蒼真が右上に視線を向ける。

「もしかしたら気体のようなもの」

「気体か」

 芦名が首を傾げる。


「確かに目撃者の話だと、白い霧のようなものだと言っていたな」

 白い霧のようなものが漂い、怪獣とフレロビウムが交錯する。その中で、人のエネルギーが変異を引き起こしていた。

「仮にその白い霧が異生物で、それが人のなにかのエネルギーと結びつくとしたら」

「その白い霧が人に寄生する、そう言いたいのかい」

「分かりません。分かりませんが可能性はあるかと」

 芦名が腕を組む。

「うむ。もしそうなら早くその白い霧を見つけないと」


 そう、母の手紙から考えれば状況が一致する。

『その異生物は普段は目に見えない空気のような状態で浮遊するのですが、我々生物のあるエネルギーと融合すると、その生物に寄生するように体内に入り込み、異様な姿で新たな生物として誕生するのです』

 考えてみればあの手紙に記されていたことが現実となっている。怪獣が現れ、その怪獣の中にある赤い光に自分の青い光を放つことで退治できる。さらに、謎の宇宙人を名乗る男も現れた。その男が父を殺したとすれば。


「すまないな。俺が君の仮説をみんなに話したために、こんなことに付き合わすことになって」

 芦名がポツリと言葉を発した。

「別に気にしてませんよ」

 半分はうそ、半分は本心。確かに巻き込まれた感はあるが、そもそもMECに関わらなくても怪獣と戦う運命にあったのだ。母の手紙がそれを示している。


 再び電信柱に検知器をかざす。計測器の針は変わらずかすかに揺れていた。

「もしかするとこれを追いかければ怪獣の居所が特定できるかもしれませんね」

 芦名も計測器を眺めながらうなずく。

「よし、追跡続行だ」

 二人は住宅街の電信柱を次々とチェックしていった。まるで犬が散歩中に電信柱を確認するかのように。道が二手に分かれると、蒼真は両側の電信柱に検知器をかざした。


「こっちですね」

 蒼真は確信した。異生物は確実にこちらに進んでいる。自分たちはその行動を追尾できている。このまま進めば異生物に遭遇するか、あるいはその発生原因を探ることができるだろう。蒼真は進み続けた。この先に自分の知りたい答えがあると信じて。ところが、ある電信柱から検知器が反応しなくなった。辺りの反応も調べてみるが、確かに最後に反応した電信柱以外からはフレロビウムの反応が検出されない。


「おかしいです。ここ以外から放射線反応が検出されないです」

 蒼真は周囲をきょろきょろと見回しながら、芦名にそのことを告げた。

「ん? 何故だ?」

 芦名も周囲を見渡す。最後に検出された電信柱と次の電信柱のあいだには、古びた五階建てのビルが建っていた。二人は顔を見合わせる。

「ってことは、このビルが怪しいと」

「そうですね。入ってみましょう」


 芦名と蒼真は建物の一階の入り口に足を踏み入れた。そこには小さなエントランスが広がるだけで他には何もない。今時の華やかな塗装とは異なり、無骨なコンクリートの壁がむき出しになり、装飾も何もない空虚な空間が広がっていた。エレベーターは一応設置されており、その横には各階の案内板が掲げられている。


 案内板には一階にスナック、二階に法律事務所、三階にはよく分からない会社の名前が記されていた。そして、四階に『井上綾乃フラワーアレンジメント教室』と書かれた銘板がある。蒼真の目がそこに留まった。

「井上綾乃?」

 蒼真が目を凝らす。

「知っているのかい?」

「いえ、知っているというほどでは」


 蒼真は何気なくその銘板に検知器をかざす。

「反応があります」

「ここにだけか?」

「はい」


 芦名は不信げに検知器を覗き込んだ。確かに、四階だけが反応している。

「何故だ、まるでここに我々を誘い込んでいるようだ」

「確かに。でもきっとこの教室になにかあるんですよ。行ってみましょう」

 蒼真はエレベーターに検知器を向けたが、反応はなかった。次に、階段の方に検知器を向ける。

「階段を使ったようです」

「よし、昇ってみよう」

 二人はビルの階段を昇っていく。階段の手すりに検知器をかざすと、かすかに反応があった。


「間違いないですね、ここを通って行ったんだと思います」

 二人は検知器をかざしながら階段を昇っていった。四階を越えると、検知器の反応はぱったりと途絶えた。

「やっぱり四階ですね」


 階段を昇り切ると、四階のフロアーの入り口に「井上綾乃フラワーアレンジメント」と書かれた看板が目に入った。入り口の扉のノブに検知器をかざすと、針がさっきよりも大きく振れ強い反応を示していた。

「やっぱりここか」

「入ってみましょう」

 蒼真が何の躊躇もなく扉を開ける。


「どなたですか。教室は、今日は終了しましたけど」

 中から美しい女性が歩み出てきた。その姿は凛としており、美しさを超えた気品が漂っている。蒼真はその顔に見覚えがあった。


「すみません。防衛隊の者なんですが、ちょっと調査にご協力頂けませんか?」

「なんでしょう」

 綾乃の表情は硬く、明らかに緊張していると蒼真は感じた。それはMECの隊員が来たからなのか、それとも別の理由があるのか。


「私はMECの芦名と申します。この辺りで怪獣が現れたとの通報がありまして、調査をしています」

 芦名はポケットから身分証明証を取り出して提示した。蒼真も慌ててポケットを探ったが、そのあいだに芦名の話は先へと進んでいた。

「この辺りに、怪獣に係る生物反応があったんですが、なにか変わったことはありませんでしたか?」

 綾乃の表情は依然として硬く、芦名の質問に対してその頬がかすかに引きつったように蒼真には見えた。


「変わったことと言われましても、なにもないとしか言いようがありません」

 彼女の冷淡な態度には違和感があった。普通なら怪獣が現れたと聞けば驚き、慌てふためくはずだが、目の前の綾乃は明らかに違っていた。それが蒼真の不信感を一層募らせる結果となった。

「ちょっと中を調べさせていただいてもよろしいでしょうか」

「え、ちょっと困ります」

 綾乃の言葉を無視して、蒼真は中にあった花々に検知器をかざした。止めようとする綾乃の腕を芦名がしっかりと掴んだ。

「すみません、調査にご協力ください」


 芦名は綾乃に頭を下げた。綾乃は困惑した表情で蒼真の行動を見つめていたが、蒼真はその視線を全く気にせずひたすら検知器をさまざまな花にかざしていった。するとある紫の小さな花に著しい反応が現れる。

「珍しい花ですね」

 蒼真が振り返りながら綾乃に尋ねる。

「それはメハジキと言います。シソ科の植物です」

「シソですか」


 蒼真は再び振り向き測定器をかざす。針が大きく振れているのを確認すると、芦名に近づきそっと耳打ちした。

「この花が一番反応しています」

 芦名がうなずく。そして綾乃に

「この花、きれいな花ですね」

「この時期には珍しい花です」

「この花、預からせていただくことはできませんか?」

 綾乃の表情が一変し、怒りにも似た険しい表情が浮かんだ。


「ダメです。これは明後日、大事な会場に飾る花なんです。申し訳ありませんがお渡しできません」

 蒼真は彼女の強い口調にさらに不信感を抱いた。ここで引き下がるべきではない、そう思い言葉を続ける。

「でもこの花には……」

「ダメです。お断りします」

 綾乃の強い口調に蒼真は一瞬怯んだ。しかし同時に彼女が何かを隠していると確信した。


「しかしこの花には……」

 蒼真がそう言いかけたところを芦名が制した。

「失礼しました。今日のところはこれで退散します。ありがとうございました」

 芦名は蒼真の手を引き教室から出ようとした。


「いいんですか?」

「これ以上の捜査権は我々にはないよ」

「でも……」

 蒼真は納得のいかない表情を浮かべながら教室の扉を開けた。扉が閉まる直前、後ろが気になり振り返ると、緊張と安堵が入り混じった表情の綾乃が立っていた。蒼真の疑念は晴れないまま芦名に引っ張られながら教室を後にした。


 ×   ×   ×


「メハジキはシソ科の植物なの」

 彩はメハジキの写真を携帯に映し出し、そっと机の上に置いた。携帯の花は蒼真の方を向いており彼の視線を引き寄せるように静かに佇んでいた。

「花は薬草として漢方薬にも使われるわ」


 蒼真は、彩が彼の伝えた花のイメージだけでメハジキと言い当てたのは薬の力だと思った。井上綾乃フラワーアレンジメント教室のことが気になりながらも、一度帰宅した蒼真のもとに鳥居彩が訪ねてきた。夜遅くに申し訳ないと思いつつも、不足している薬品の補充をお願いしていたからだ。


 神山研究室にある蒼真の実験スペースには、幾本もの試験管と顕微鏡が並び、紙で印刷された論文が今にも崩れそうなほど積み上げられて机の半分を埋めている。その影に隠れるように、蒼真は頬杖をついて携帯を眺めていた。彼のすぐ後ろには、美波が画面に映る花を覗き込んでいる。


「さすが彩さん、製薬会社で働いているだけあって博識だわ」

 彼女の明るい声が、暗く静かな実験室に響き渡る。蒼真は携帯の写真と教室で見た花を頭の中で重ね合わせていた。間違いない、あの花はメハジキだ。この小さな花にはどんな意味が込められているのだろうか、と彼は思いを巡らせた。


「効能は婦人病、乾燥させた花を煎じて飲むの」

 彩が解説を続けてくれている。

「こんな花、フラワーアレンジメントに使うんですかね」

「そうね、私はフラワーアレンジメントのことはよく知らないけど、普通は使わないと思う。そんな派手な花でもないし」

 美波が蒼真の横から画面のメハジキを指差した。


「でも、井上綾乃先生ぐらいの有名な先生なら、この地味な花を使うぐらい斬新さってある気がする。だって先生、すごいんだよ」

「かもしれないわね。この業界のトップランナーなんだから、この花を使いこなすことぐらいできそうね」

「そうでしょ。彩さんは分かってるわ」

 美波は鋭い視線を蒼真に向けた。まだ先ほどのことを怒っているのだろうか?と蒼真は思いを巡らせながらも美波に問いかけた。


「美波、知ってたら教えてほしいんだけど、明後日、なにがあるの?」

「明後日?」

 美波が首を傾げる。

「確かコンテストの表彰式があって、そのあとパーティーもあったはず」

「コンテストって、この前、準優勝だったって、あれ?」

「そうそう。本当なら本命だったのに、って言ってたやつ」

「うーん」

 蒼真が腕を組む。


「なんか気になるんだよな、さっきの慌てよう。明後日の表彰式にあの花を使って画期的なアレンジメントするって感じじゃなかった」

「どんな感じだったの」

「どんな感じって、そうだな、なにか殺気のようなものを感じた」

 蒼真はあのときの綾乃の鋭い視線を思い返していた。その視線には彼女の強い意志と決意が込められている。


「殺気って、蒼真君の思い違いじゃないの」

「うーん。そうなら良いんだけど」

 蒼真は口を尖らせ、眉間に皴を寄せていた。そんな彼の両肩に、美波が軽く両手を乗せる。その動作は、まるで彼を励ますかのようだった。


「よし、じゃあ、明日コンテストの授賞式に参加してもいいですかって先生に聞いてみようか。蒼真君も同伴で。そこに行けばなにかが分かるんじゃない?」

「え、いいの」

「いいわよ」

「ありがとう」

 蒼真の表情が笑顔に変わる。

「どういたしまして」

 美波は両手を腰に当て、小さな胸を誇らしげに張った。


「今の話に関係ないんだけど、ちょっと気になることがあるの」

 彩は携帯を手に取り、二人の会話に割って入った。

「なんですか?」

 薬品を並び終えた彩を論文の隙間から見上げる。

「このメハジキの花言葉なんだけど」

「花言葉?」


 美波と蒼真の声が揃った。彩がゆっくりと答える。

「メハジキの花言葉、それは “憎悪”」


 ×   ×   ×


 会場は色とりどりの花々で埋め尽くされていた。壁や窓、そして各テーブルに飾られた赤、黄、白、青の花々は、それぞれ微妙な濃淡を持ち、どれ一つとして同じ色はない。窓から差し込む日差しが、それらの花々を一層際立たせている。


 テーブルと花のあいだには人々が集まり鮮やかな色のドレスが舞う。しかしその人工的な色彩は花々の個性には及ばない。人々はまるで昆虫のように花に群がっていた。その華やかな場にそぐわない風体の男が一人、会場の中央に佇んでいた。古びたジャケットに鼠色のスラックスという地味な装いが、逆にこの空間では目立っていた。周囲の人々はまるで彼が存在しないかのように無視している。気になって彼を見る者もいたが、すぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように振る舞った。蒼真はその雰囲気に居心地の悪さを感じ立ちすくんでいた。華やかなドレスに身を包んだ美波が少し距離を置いて隣に立っている。二人のあいだの空間がいつもより広く感じられた。


「もう少しましな服なかったの?」

「ないよ、大学の入学式に買ったこの服しかなかったんだ」

 美波がさらに蒼真との距離をおく。

「せっかく先生に頼んでこの会場に入れてもらったのに、私の立場が台無しじゃない」

「そんなこと言われても」

「ちょっと、離れてよ、連れだと思われたくない」

 美波が蒼真から離れていく。


「おーい、美波……」

 蒼真の言葉を無視し、美波は人ごみの中へと消えていった。蒼真は追いかけることができず、その場に立ち尽くしている。あまり動くと、再び目立ってしまうことを恐れていたのだ。

「ちぇっ」


 蒼真が舌打ちをした瞬間、明るいオレンジ色が彼の横をかすめていった。目を向けるとオレンジ色の華やかなドレスをまとった女性が歩いていた。その女性は堂々とした出で立ちでまるで女王のような貫禄があった。蒼真はすぐに彼女が今回の優勝者だと気づいた。女性は会場の一番前にある壇上に向かってまっすぐに歩いていく。彼女の進む道を人々が自然とよけていき、そこに道ができていく。

 蒼真の隣にいた女性たちは、ひそひそと声を潜めて話をしていた。


「あの人、本当はお金積んで優勝したって噂よ」

「しー、あの人ってこの業界に人脈太いから、睨まれたら生きていけないわよ」

 蒼真の斜め後ろから、噂好きそうな二人の女性の声が耳に入ってきた。

「井上先生大丈夫かしら、かなり目を付けられているんじゃない」

「なんか、教室の生徒に引き抜きがあったみたい。本当なら断然井上先生の方がセンス良いのに」

「本当、大変そうね。あっ、噂をすれば、井上先生よ」


 蒼真が振り返る。噂話をしていた二人の女性が見ている方向に目を向けると背筋にゾクッとする感覚が走った。そこには周りの色彩と調和しない黒いドレスの女性が歩いていた。色はないが、その気品が香り立っている。周りのけばけばしい人々とは対照的なその妖しい美しさに、蒼真は以前に会った綾乃とは別人のようだと感じた。


 綾乃が蒼真の近くまでやってくる。違う意味で目立っている蒼真を綾乃がチラッと見た。今まで周りに笑顔を振りまいていた彼女の口元が一瞬真一文字になる。しかし他の客と同じようにすぐに蒼真から視線を外し、同時に笑顔が戻ってきた。


 蒼真は違和感を覚えた。彼女の立ち居振る舞いは準優勝者の貫禄ではない。さっき歩いていたオレンジの女性とは違い、偉ぶるそぶりもなく穏やかな表情をしている。しかし、その穏やかな表情の中に何か妖しさがあり、それが蒼真の背中に冷たいものを走らせる。

 綾乃より先に歩いていたオレンジ色の女性が壇上にたどり着いた。


「会場のみなさま、壇上にご注目ください。今回優勝された先生に喜びのコメントを頂きたいと思います」

 蒼真の目が会場の前方に向かう。そこには先ほど見たオレンジの女性が立っていた。助手の女性がマイクを手渡すとそのマイクには紫の小さな花があしらわれている。

「みなさま、本日は私のためにお集まり頂き有り難うございます」


 そう話し始めたおばさんの手元に、何かが蠢くのが見えた。蒼真はハッとした。マイクに飾られた花は、あのメハジキだった。その葉がかすかに動いているのだ。

「いけない」

 蒼真は走り出そうとする。しかし人混みがその行く手を阻む。


「すみません、どいてください」

 多くの人々が壇上から急いで離れていく。逆方向に向かう女性たちに行く手を阻まれ蒼真は前に進むことができない。彼が女性たちにもみくちゃにされている中、壇上近くから甲高い悲鳴が響き渡った。


「キャー、先生が、先生が」

 蒼真は急いだ。悲鳴があちこちで響き渡る、その中低くしわがれた声が混じって聞こえてくる。

「助けて……」

 声が次第に小さくなっていく、蒼真はやっとの思いで壇上近くまでたどり着いた。壇上の中央に目をやるとオレンジの女性が蔦に絡まれ、身動きが取れなくなっている。さらにその蔦は彼女の首に巻き付き、ゆっくりと締め上げていた。

「苦しい……」

 おばさんの顔色が次第に赤から青へと変わっていく。


「芦名さん、すぐ来てください」

 蒼真がMECシーバーに呼びかけると、その直後に会場の大扉が開く。そこには火器を担いだ田所と芦名が立っていた。人々は二人を避けるように広がり壇上までの道が自然とできあがる。二人は蒼真の近くまで駆け寄ってきた。


「芦名さん、壇上です」

「了解」

 芦名と田所が壇上に飛び乗る。

「茎を焼き切れ!」


 芦名の合図に応じて田所が火器をメハジキに向けた。ノズルの先から放たれた火炎がまっすぐに蔦や葉に向かって進む。茎からは白い煙が立ち上がり、水分が水蒸気となって煙る。やがて黒く変色した茎の部分から火が燃え上がり始めた。まもなくおばさんに巻き付いていた蔦が力を失い、一本、また一本と床に落ちていく。おばさんはその場にへなへなと座り込んだ。


「大丈夫ですか」

 芦名がおばさんを抱きかかえる。だが呼びかけに反応せず、おばさんはそのまま気を失っていった。

「くそ、燃え落ちろ」

 田所が放射する火炎はさらに勢いを増し、茎が焼け落ちていった。花だけが地面に落ち、その花が妖しく蠢いている。


 蒼真が飛び跳ねるように壇上に上がった。

「芦名さん、やりましたね」

「あゝ、蒼真君のおかげだ」

 田所が蠢く花に火炎を放射する、と、花は炎に包まれ次第に消え去っていった。その様子を見ていた蒼真の背後から静かで冷たい声が響いてきた。


「どうして邪魔したの」

 振り返った蒼真と芦名の目の前には鋭い目で睨みつける黒いドレスの女性が立っていた。

「井上先生、あなたはどうしてこんなことを」

 蒼真の問いに、

「その女は、この業界から見れば癌、必要のない人、いえ、いてはいけない人なの」


 辺りの喧騒に紛れることなく、綾乃の声がはっきりと聞こえてくる。蒼真にはその声が耳からではなく心に直接語りかけているように感じられた。綾乃はもうすでに人ではない、そんな不思議な感覚が彼を包んだ。


「だからと言って、人を殺してもいい理由にはなりません」

 蒼真は、その妖しい声に対して勇気を振り絞り、毅然と反論した。

「黙りなさい!」

 その勇気は一蹴された。

「あなたになにが分かるの。自分には能力がないからっていって、金と力で相手を踏みにじる。人として、いや、もうその人は人ではない。殺すのに値するの」


「でも、いいものは評価され、ダメなものは消えていきます。評価は未来の人々がきっと決めてくれるはずです」

「甘い!」

 再び蒼真が一蹴される。


「評価を受ける前につぶす。それがこの女のやりかた。そうやって今まで幾人かの才能をつぶしてきた。将来を嘱望されても、この人が自らにない才能を持った人を追い出す。私はそんな人たちをたくさん見てきた」

「でも、それでも人殺しは……」

 綾乃は一歩一歩、静かにオレンジ色のドレスをまとった女性に近づいていった。

「お願いです。やめてください」

「どきなさい!」


 蒼真は後ずさりしながらも、その場に踏みとどまろうと必死に足を踏ん張った。

「どきなさい、どかないのであれば、あなたごと私の怒りで焼き殺す」

 綾乃の周囲から白い霧が立ち上がりその霧は次第に大きくなっていく。蒼真のポケットに入っていたフレロビウムの検知器がけたたましい警告音を発する。霧は天井まで届きそのまま天井が崩れ落ちた。


「キャー」

「逃げろ!」

 人々が一斉に外へ向かう。霧は彼らを気にすることなく会場を突き抜けていく。天井だけでなく、壁や窓、あらゆる場所が崩れ始めた。


「隊長、スクランブルです。都内に怪獣出現!」

 芦名がMECシーバーに緊急事態を告げる。その声を聞きながら、蒼真は会場の中を見渡した。


「どこだ、美波、どこにいる」

 会場の隅に目をやると一人テーブルの陰で隠れている美波を見つけた。彼女は恐怖でうずくまり動けないでいた。蒼真は急いで駆け降りる。彼の上からコンクリートの破片が降り注ぐ、が、それでも彼は怯まなかった。何故だか分からない、だが怖くはなかった。

「美波!」

「蒼真君!」


 蒼真は美波の手を取り一目散に会場の外へ駆け出した。すでに他の人々は芦名たちによって誘導されていく。二人が建物から脱出すると、直後に建物が音を立てて崩れた。蒼真は美波を離れたビルの陰まで連れて行く。

「ここまでくれば、とりあえず大丈夫。美波はここで隠れていて」

 蒼真は美波を見つめた。美波もまた潤んだ瞳で蒼真を見つめ返していた。


「蒼真君は」

「僕は行かなければならないんだ」

 上空では、MECの戦闘機スカイタイガーが植物怪獣ネオヌルスに攻撃を加えようと準備を整えていた。

「大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 蒼真はそう言って美波に笑顔を見せた。美波も笑顔でうなずく。


 蒼真は美波を置いて走り出す。青い光が彼を包み込んでいく。

 ネイビージャイアントがネオヌルスに対峙する。気味悪く蠢くネオヌルスの触手が伸び、ネイビーの首に巻き付いてくる。苦しむネイビーが触手を払おうとするが、巻き付いた触手はほどけなかった。


「どこだ、赤い光は」

 蒼真は苦しい息の中、必死でネオヌルスの赤い光を探し求めた。しかし息が詰まり次第に意識が朦朧としてくる。


「しめた」

 ネイビーの指が触手に食い込み、そこからこじ開けるように触手を振り払った。距離を置いてネイビーが再びネオヌルスに対峙する。

「どこだ、赤い光は」

 ネイビーが空中へ飛び上がる。その瞬間、花の一つからかすかに赤い光が漏れ出していた。

「あそこだ」


 ネイビーはすかさず左手を前に突き出す、左手の先から放たれた青い光線が花に命中した。ネオヌルスの紫の花が赤く変色し始め、すべての花から赤い光が四方八方に放射される。すべての花が赤く変色したとき、赤い光がネオヌルスを覆いつくし、その光が消えた瞬間、ネオヌルスはその場から姿を消していた。


 ×   ×   ×


 美波は廃墟に花を手向けた。かつてコンクールの表彰式が行われるはずだった建物は、今や完全に倒壊していた。綾乃が準優勝のお祝いを受け取るはずだった壇上に美波は静かに立ち尽くし、置いた花に向かって手を合わせた。


「あんな良い先生だったのに、なんで、なんでこんなことに」

 後ろにいた蒼真がそっと美波の肩に手を添えた。

「ショックだろうけど、これも現実だから」

 美波が振り返る。その目には涙がいっぱいに溜まっていた。彼女はそっと蒼真の胸に顔を埋め、静かに涙を流した。


 蒼真の心は痛んだ。何故だろう。綾乃の行動は予測できていたからこそ、MECの応援をあらかじめ準備できたのだ。しかし、本当に予測できていたのなら、綾乃を救うために何かできたのではないか。いや、できなかった。人間が怪獣化するメカニズムはまだ解明されていない。だから綾乃を救うことはできない、理屈ではそれで納得できる。しかし美波の涙を見ていると、それは単なる言い訳に過ぎないとしか思えなかった。


「今回の件で、この業界も良くなると思うよ」

 蒼真は自分に言い訳をしながら、美波が顔をあげるのを見る。彼女は蒼真の言葉にうなずき、振り返って先ほど手向けた花を見つめた。

「蒼真君、メハジキの花言葉、“憎悪”以外になにがあるか知ってる?」

「なに?」

 蒼真が優しく問う。

「 “よき願い”蒼真君が言った通り、きっと先生の願いが叶うはず」

 蒼真が笑顔を浮かべると美波も微笑み返した。


 廃墟に手向けられた花は、何も語らずただ静かに咲いていた。



《予告》

フレロビウム検知器の開発のためササキ製薬を訪れる蒼真。そこにいたのはうだつが上がらない中原課長格だった。希望を失った彼に少女が麻袋を手渡す。次回ネイビージャイアント「明日への希望」お楽しみに。

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