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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
39/68

第三十九話 絶望を乗り越えた星の瞬き

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

 窓越しの冬空は濃い群青色に染まり、街の明かりが淡く広がる。深い闇に包まれた建物のリビングにはひときわ明るいテレビの画面だけが冷たい光を放っている。

 光の中、事件を伝える無表情なアナウンサーの無機質な声がリビング全体に響き渡っている。


『今日午後、東京駅付近で刃物を持った男が通行人に襲いかかる事件が発生しました。重傷者三名を含む多数の負傷者が出ている模様です。男はその場で取り押さえられました。目撃者によると、“どうせ地球が滅びるんだから、今まで自分をないがしろにした人間を殺してやる。どうせみんな死ぬんだから、なんの問題もない”といった趣旨の発言をしていたとのことです』

 その声を受け止める美波の表情は眉を潜め唇をかみしめている。


「防衛隊のロケットが破壊されたんだから、仕方ないと言えばそうなんだけど…… でもね」

 言葉はどこかあっけらかんとしている。

 研究所のリビングは人の影すらない。世間では週末の漂いが蔓延している中、神山教授の配慮で研究生たちは実家へと戻されている。地球最後の日を家族と過ごすべきだという思いやりが、この静寂を生んでいた。


 だれもいないソファに美波はひとり腰かけ、リモコンを手にしたまま画面を見つめている。彼女は帰郷を勧められながらもここに残ることを選んだ。それはここにしか帰る場所を持たない人を待ち続けるため。

「いやなニュース」

 ため息とともに、彼女はチャンネルを切り替えた。


『今日、ニューヨーク取引市場では売り注文が激化し、取引が中止されました。これで三日連続の取引停止となります』

 画面では数字とグラフが飛び交っている。美波はさらにリモコンのチャンネルボタンを押した。

『国立天文台の観測によると、宇宙からのミサイルは火星付近まで到達し、あと一週間で地球に達する可能性がある、との見解を発表しました。これを受けて政府は、国民に冷静な対応を求めるコメントを発表しました』


「あと一週間で、どう冷静になれって言うのかしら」

 呟いた声はだれもいない部屋に響いた。けれど、ふと気づくと。胸の奥では、どこか落ち着いた自分がいる。なぜならMECの仲間たちが必死に事態を打開しようとしているはず。そしてその中には愛する蒼真君がいる。

「蒼真君、役に立ってるのかしら……」

 ちょっと心配ではあるけれど、でも、きっと、彼も全力で取り組んでいるはず。信じよう。彼らを、そして彼を。

 再びチャンネルを変えると、そこには堀田雪が映し出された。凛とした彼女の隣には二名の男が座り、その前には「防衛大臣」「防衛事務次官」のネームプレートが置かれていた。


『大臣、今回の件について、どのように対処されるお考えでしょうか?』

 雪が険しい顔で大臣らしき初老の男に聞く。

『今回、ディストラクションCを失ったことは大変遺憾です』

 大臣は深々と頭を下げた。

『では、具体的な次の対策は?』

 大臣は無表情のまま、

『防衛隊も善戦したのですが……』

 その言葉を受けて雪の眉間に曇りが走る。


「会話が成立してないわね」

 美波は傍らのせんべいをひと口かじり、苦々しく画面を見返す。

『三上次官、現在、防衛隊ではどのような対応が進められているのでしょうか?』

 美波のせんべいをかじる音が部屋に響き渡る。

「三上次官って、三上隊員の叔父さんだよね」

 せんべいをもう一枚手に取りかけたそのときだった。リビングのドアが勢いよく開く。冷たい風とともに、蒼真が肩で息をしながら立っている。


「美波、あれ、あれどこ?」

 驚きで美波も立ち上がった。ドアの隙間から髪をかきあげ、蒼真は焦燥を滲ませている。

「あれ?」

「ほら、元カレからもらった指輪」

「あゝ、あれね。私の部屋にあるわよ」

「持ってきて、早く!」

 蒼真のせかす声に、美波は怪訝な表情を浮かべつつリビングを出て、そしてすぐに部屋に戻ってきた。


「はい、これ」

 差し出された小箱を蒼真が受け取った。蓋を開けると、中には妖しい赤い光を放つ石、それを抱いた指輪があった。

「どうしたの?」

「これ、ネイビエクスニウムだと思うんだ」

 美波も指輪をしげしげと見つめる。

「そう、確かに、さとるも否定しなかったわ」

 蒼真が指輪をそっと取り出す。小さな宝石は不思議なほどに妖しく光っている。その光に美波は瞳を大きく見開いた。


「蒼真君、これって……」

「そう。ディストラクションCが破壊されたとき、中にあったネイビエクスニウムも怪獣に吸収されてしまった。でも、これがネイビエクスニウムならば、また敵の宇宙ロケットを破壊できるエネルギーが手に入る」

 言葉を飲み込むように、美波は蒼真の腕を強くつかんだ。

「これで地球は救われるのね」

 蒼真は優しく彼女の手を取り、目線を揺らさず答える。


「そう。あとは、どうやって火星まで行くかだけだ」

 美波は静かな夜に包まれるように、そっと蒼真の胸に顔を埋めた。

「私、蒼真君の役に立てたのね」

「うん。美波のおかげだよ」

 蒼真はゆっくりと彼女を両腕で抱きしめた。部屋を満たすのは、ふたりだけの吐息と、遠くで揺れる星の明かりだけ。


「無理しないでね。地球が救われても、蒼真君がいなくなったらなんの意味がない」

「あゝ、分かってる。僕も生きていたい。美波と生きていきたい」

 蒼真の胸に確かな決意が宿った。美波もその胸に寄り添いながらそっと目を閉じる。窓の外では星の瞬きが静かに降り続いていた。


 ×   ×   × 


 窓から差し込む夕陽が次官室の漆黒のデスクに長い影を落としていた。重厚な木製の棚には一冊一冊、光沢を帯びた書籍が並び、静寂の中に時折、遠くの時計の秒針だけが規則正しく刻む音を響かせる。そんな空間で三上次官はひときわ厳しい視線を三上隊員に向けた。


「お前がR計画を破綻に追い込んだらしいな」

 眼鏡の縁に指先を軽くあて、次官は呼吸ひとつ乱さず告げる。翳りを帯びた声が、室内にわずかな緊張を走らせた。

 三上隊員は席に深く腰を落とし、大きな机越しに黙って視線を返す。その視線は厳しく険しい。

「なんのことでしょうか」

 その声は静かで、しかし確固たる意思を宿していた。次官室の中央で、重厚な机に背を預けた三上次官が話を続ける。


「報告では、お前が計画の遂行を妨害したとある」

 背後の本棚の列がまるで天を突く灰色の牙のように並ぶ。その前に立つ二人を、無言のまま見下ろしているかのようだ。

 三上隊員はゆっくりと息を吐き、瞳を揺らさず言い返した。

「R計画は神山さとみの開発した金属と人間の融合を行い、それをディストラクションCに搭載するというものでした。人間と金属の融合までは確かに成功しました。ですが……」

 三上の声は静かだが、一音一音に重みがある。

 次官はその言葉を遮るように、ただ、ただ睨み続けている。眼鏡の奥から強い光を放つ瞳が嘘を吐けぬ牢獄に閉じ込めているようだった。その牢獄の中、三上は話を続けた。


「計画外だったのは、その融合体がフレロビウムの影響で怪獣化したことです。私は計画を妨害していません。ですので、次官がおっしゃっていることは理解しかねます。なにかの誤解では?」

 机の上に置かれた書類の束を揺らす風も今は止まっている。二人の間にあるのは緊張と疑念だけだ。

「まあいい。なにを言おうと、今となっては詮無きことだ」

 次官はそう言い捨てると、ゆっくりと立ち上がった。背中の影が壁に大きく伸び、部屋の隅で埃が舞うのが見えた。


「これから、各国の要人が宇宙へ飛び立つ。私もそのロケットに乗る予定だ」

 遠くで鳴るエアコンの低い唸りが、まるでこの言葉の重さに同調するかのように揺れた。

「宇宙へ? 地球を捨てるということですか?」

 三上隊員の声は震えたが、その瞳には悲壮な怒りが宿っていた。

「あゝ。へまをしなければ、お前も乗るはずだったんだが」

 次官は視線をそらし、窓の外に流れる夕暮れのグラデーションを見つめる。その横顔に赦しなど微塵もない。

 三上隊員は拳を握りしめ、爪が掌に沈むほどの力を込めた。机の角が微かに軋む音を立てる。


「私は、そんな船には乗りません。たとえ頼まれても」

 その言葉は静かな反逆の旗印。次官の背中を貫くような響きを持っていた。

「そうか…… お前らしいな」

 次官はゆるりと振り返り、扉へと歩み寄る。足音は重く、確かな結末を告げるかのようだ。

「じゃあな。地球とともに消えてくれ」

 そう言い残し、三上次官は重い扉を開けて去っていった。背後に残された次官室には、吐息のあとと、夕陽に溶けていく三上の影だけが揺れていた。


 ×   ×   × 


 弱い冬の陽が建物の長い影を縁取っている。人通りのまばらな通路の片隅で、田所はひっそりと佇み、携帯電話を耳にあてていた。背後では訓練用戦闘機の移動する金属音が、遠く静かにこだましている。

「そうか…… 子供ができたのか」

 田所の声は淡い陽の光に溶け込むように柔らかかった。スマートフォンの画面に映る小さなアイコンが、淡い明かりを指先に落とす。

「夏美、体を大事にしろよ」

 彼の言葉に、受話器の向こうから小さく震える声が返ってきた。


『でも、地球が……』

 田所はそっと息をつき、頬に浮かんだ微笑みを隠しもせずに話を続ける。

「心配するな。お兄ちゃんが、何とかする」

 か細い風が制服の裾を揺らし、田所の瞳がほんの少しの自信の光が灯る。

『なんとかって……』

 受話器の向こうの言葉に、田所は一瞬だけ困ったように目を細めた。

「え? お兄ちゃんに何とかできるのかって言いたいのか? 見くびるなよ。お兄ちゃんはMECの中でも、エースで通ってるんだぞ」


『聞いたことないけど……』

 田所は軽く舌打ちしてから、柔らかくため息を吐いた。

「失礼な。まあいい、大丈夫だ。お兄ちゃんだけじゃない。MECのみんなが力を合わせれば、きっと何とかなる」

 電話の向こうから夏美の嗚咽に近いすすり泣きが伝わってきた。田所は肩越しに行き交う兵士のシルエットをちらりと見やり、再び受話器に集中する。


「心配するな。それより、赤ちゃんを大事にな。その子の未来は俺たちが守るから」

『お兄ちゃん…… 無理しないでね』

 受話器の先の声は震えている。田所の胸にも、緊張と覚悟がじわりと波打った。

「大丈夫だって」

 言い終えた瞬間、その言葉とともに彼の声にもわずかな震えが混じり始めた。夜風が頬を撫で、周囲の足音が遠のいたように感じられる。


「大丈夫…… きっと、きっと何とかする。俺たちMECが、必ず」

 田所はそっと目を閉じた。まるで弱い陽の光に対して自分自身にも誓いを立てるように携帯を胸元に抱き寄せた。そこに残るのは揺るがぬ信念と、まだ見ぬ未来への小さな希望だけだった。


 ×   ×   × 


 食堂には人っ子一人おらず、蛍光灯の冷たい光だけが長いテーブルを淡く照らしていた。足音も話し声もなく、空っぽのイスが並ぶカウンターに、三浦と春菜の二人が座っている。隣に座る春菜が静かに三浦を見つめている。二人の間に漂う沈黙だけがこの広い空間を支配していた。


「俺、なにか、間違ったのかなぁ」

 声は低くそして小さく、今にもすぐに消えてっしまいそうだった。三浦の瞳には、自分を責める炎がちらついている。

「淳はなにも間違ってないよ」

 春菜がやわらかな灯りの中で微笑む。その声音は静かな湖面に投じられた小石のように、三浦の心の奥深くへと静かに波紋を広げた。

「でも、俺がディストラクションCに乗っていれば」

 三浦の言葉は崩れかけた世界を抱えて吐き出されたような感覚だった。肘をついて腕を抱え、視線は遠くの窓の向こう、灰色に沈む空を彷徨っている。


「それは違うわ!」

 春菜が頷きもせず、しかし揺るぎない口調で否定した。

「だって、もしあのとき淳が金属と融合していたら、私たち、二度と会えなかったのよ」

 背後の壁にかかった時計が、まるでこの瞬間を見張るかのように規則正しく時を刻んでいる。

「それは…… 確かにそうだけど」

 三浦の声はかろうじて震えていた。胸の内で渦巻く後悔は、淡い後光のように春菜のシルエットを浮かび上がらせる。


「俺の命と引き換えに、地球が、人類が守れるなら……」

 その言葉を飲み込むように唇を噛む三浦の横顔には、すでに決断を求める痛みが宿っていた。

 春菜はそっと顔を近づけ、優しい手のひらで三浦の肩を押した。

「淳、自分を責めないで。この事態に至ったのは、あなたのせいじゃない」

 微かなため息とともに、時計の秒針がカチリと音を立てる。春菜の声は荒れた心にそっと絆創膏を貼るようだった。


「そう…… だろうか」

 三浦の目は揺れて、再び天井の薄い水色を映し出す。

「MECのみんなが、淳を守ったの。それは、あなたがディストラクションCに乗るべきじゃないって、みんなが思ったから。だからちゃんと考えて」

 春菜の言葉はやわらかな光をたたえて三浦の内側を照らす。周囲の無機質な壁も、どこか温かみを帯び始めたような気がした。

「でも、このままだと……」

 三浦は再び視線を窓の外へ。冬の弱い光に染まった雲の裂け目から、一条の光が差し込み、床に細長い影を落としている。


「大丈夫。きっと、きっと助かる」

 春菜の笑顔は揺るがず、食堂に差し込むその一条の光と同じくらい、確かな希望の光だった。

「どうしてそんなことが言えるんだよ」

 三浦が春菜を強く見つめる。瞳に浮かぶ涙が、光に揺れた。

「だって、私たちには“みんなを守りたい”っていう意思があるもの。特にMECの人たちは仲間を守ろうとした。その意識があるかぎり、きっとこの事態も乗り越えられる」

 春菜のまなざしはまるで暗闇の中で光り続ける北極星のように、揺らぐことがなかった。


「きっと、私たちの想いが地球を守る。きっと」

 三浦はゆっくりと息を吐き、両手でカウンターの縁を握りしめる。指先に伝わる冷たさが、自分をこの世界へと引き留めた。

「ロケットの地球衝突まで、あと一週間か」

 まだ昼過ぎだと言うのに、空は冬の陽で少し夕暮れを思わせるほど暗く沈んでいる。


「あと一週間“も”あるじゃない。淳、こんなところで油売ってないで、みんなとどうするか話し合ってきて」

 春菜が差し出す言葉は、鼓動を高鳴らせる合図のように響いた。

 三浦は深く頷き、しばし春菜を見つめ返す。その目には、涙と決意が交錯している。春菜はにこりと微笑み、一歩三浦に近づいた。


「淳は地球を守るヒーローなんだから。私、信じてる。あなたは地球を守ってくれる。私の将来の旦那は英雄だって」

「英雄?」

 三浦の言葉に二人は同時に笑った。その笑顔は疲れきった食堂を一瞬で明るく染めた。

 三浦は立ち上がり、細い光の筋を踏みしめて一歩を踏み出す。

「きっと、なんとかする。きっと」

 その言葉は深い闇夜に咲く一輪の花のように、強く静かに煌めいていた。


 ×   ×   ×


「今回の件、報道するんじゃなかったかも……」

 冬の陽光は低く、湿った草の匂いを黄金色に染め上げていた。普段なら家族連れの笑い声がこだまするはずの公園は、今は静寂に包まれている。冷たい風が木々の梢を揺らし、落ち葉をそっと舞い上がらせる。


 そのだれもいない公園には唯一、鈴鹿アキが大介と一緒に芝生の上を駆け回り、そのはしゃぎ声だけが空へ溶け込んでいた。遠くで響く大介の笑い声は、一瞬だけ冬の凍りついた景色を温めるようだった。

 それを少し離れたベンチで、吉野隊長と堀田雪は寄り添うようにして見つめている。


「今回の報道で、街は大混乱になってるからか?」

 吉野隊長の声は背後の木々のざわめきにかき消されそうなほどひそやかだった。

「まあ、仕方がない。それに、君が報道しなくても、きっとだれかがこの件を嗅ぎつけて報道していただろう」

 雪は優しく微笑み、頬にかかる髪を風から守るようにそっと手で押さえた。

「ありがとう」

 その笑顔は、霜を抱えた冬の朝にも負けない温かさを帯びていた。


「あなたは、変わらず優しいのね」

 吉野隊長は目を伏せ、軽く笑みを返す。

「君にまで苦悩を背負わせたことは、我々の落ち度だ。許してくれ」

 枝に残るわずかな黄葉が、二人の会話をそっと見守る。

「落ち度だなんて……」

 雪は吉野隊長に視線を戻し、穏やかながらも確かな意志を宿した声で続けた。

「私たちは、落ち度なんて考えていません。防衛隊もMECも、死に物狂いで戦ってくれている。それは、私たち。いえ、市民も、ちゃんと理解しているはずです」

 雪の言葉は冬枯れの空気の中で凛と凍りつくことなく、優しい熱を帯びながら吉野の胸に届いた。


「そうかなぁ」

 吉野隊長は遠くで遊ぶアキたちを目で追う。大介とアキの影は長く引き伸ばされ、夕暮れの色を帯び始めた芝生に溶け込んでいく。

「世間では、怪獣を倒せていればディストラクションCは破壊されずに済んだ、とか、MECはなにをしていたんだ、とか、そんな話をよく聞くよ」

 吉野の言葉は吐息となって白く冷たく冬空へ消えていく。

「それは、心ない一部の人だけです」

 雪はそっと唇を噛みしめ、そのまま目を伏せた。


「まあ、その意見も、ある意味では正しい。我々が止められていれば、ディストラクションCは発射されていたんだから」

 風がふたりの間を流れ、空気が一度凍りつくような静けさを生んだ。

 雪は静かに目を上げ、吉野の横顔を見据えた。

「私はそんな報道はしない。みんな、必死で戦っているのに」

 その声には、凍った大地に小さな命を育むかのような、強い慈愛が感じられた。

「結果がすべてだからな」

 吉野隊長が肩を落とし、草むらの奥から忍び寄る夕闇を見つめた。


「まだよ。まだ結果は出ていない。あなたがそんなこと言っていて、どうするの。最後の最後まであきらめない、それが私の知っている防衛隊MEC隊長、吉野英一郎、その人」

 雪の言葉が、枯れたベンチを微かに震わせる。

 その瞬間、吉野隊長の背筋がふっと伸びた。

「ほら、あそこにいる大ちゃん。彼の将来を潰すわけにはいかない。あなたは、そのために戦っているのよ。私はあきらめて肩を落としているあなたを見たくない。あなたは、最後まであきらめない。そして、あの子たちの未来を紡いでいく」


 木立の影が澄み渡る空気とともに揺れ、その言葉が冬の芝生に小さな芽吹きを約束するかのようだった。

 吉野隊長は、再び雪の瞳を見つめる。雪はそっと微笑んだ。

「きっと、きっと未来はつながる」

 曇天を裂くように雲間から漏れる光が、ふたりの影を柔らかく包み込んだ。

「そうだな。雪の言う通りだ。それに……」

 吉野は再びアキたちへ視線を戻し、胸に安堵の空気を満たした。


「自分には仲間がいる。信頼できる仲間が。彼らを信じて前に進めば、必ず未来は開ける。そう、そうだ。彼らとなら、きっとやれる。きっと未来が開ける」

 吐息のひとつひとつが、小さな希望として凍てつく空気に溶け込んでいく。

 そして吉野が、雪へと向き直る。

「ありがとう。君のおかげだ。自分に、もう一度“戦う心”をくれたのは」

 雪はゆっくりと頷いた。冬枯れの公園に住むすべての静寂が、ひとつの約束を結ぶ瞬間だった。


 ×   ×   × 


 夕焼けの名残が基地のコンクリートを淡い朱色に染める中、吉野隊長は低い声で指示を放った。風に乗って緊張の気配が四人を包む。

「蒼真君と三上の情報によると、この先に要人を載せて地球を脱出するロケットがある。我々はそのロケットを確保する」

 コンクリートの床に響く短い沈黙のあと、三名の隊員がそろって小さな声で返答する。

「了解」

 金属製のドアが彼らの決意を静かに受け止めるように微かに軋む。

「行くぞ!」

 吉野隊長に続き、田所、三浦、鈴鹿アキの順で行軍が始まった。足跡を刻みながら、闇に溶け込む廊下を進んでいく。


 途中、銃を携えた警備兵が冷たい目で立ちはだかった。塗装の剥げたゲートの鉄格子越しに、隊長が名乗りをあげる。

「MECの吉野だ。この先に用がある」

 兵士の瞳に疑念が浮かび、声は低くしかし毅然と返された。

「吉野隊長、我々はその件について聞いておりませんが……」

「極秘事項だ。詳細は参謀本部に確認してくれ」

 背後で風が走り、田所のユニフォームの裾が微かに揺れた。報告書の束のように、吉野隊長は言葉を残して先へ進む。


 最終ゲート前。頑丈な鋼鉄の壁に刻まれた数字が、作戦の重みを語っている。これまで以上に警備兵の表情は変わらず硬い。

「ここから先は、だれも通すなと命令されています」

「極秘事項だ。急いでいる、通してくれ」

 無骨な柵の影が伸び、吉野隊長は懸命に言葉を交わすが兵士は微動だにしない。

「ここから先は、政府の要人でなければ入れません」

「だが、この先には重要な任務が……」

「たとえ何人であっても、ここを通すわけにはいきません」

 吉野隊長が眉を潜め、絶望の色を浮かべたその瞬間、背後から冷徹な声音が響いた。


「その四名を通してやれ」

 全員が振り向くと、安田参謀が影のように現れていた。隊員たちの表情に驚きが広がっていく。

「分かりました」

 兵士は表情を変えず無言で指示通りに壁のボタンを押した。錆びついた扉が静かに開き、冷えた空気が流れ込む。

「どうぞ」

 先頭に立った安田参謀に促され、吉野隊長、三上、田所、三浦、鈴鹿アキが一列に並んで中へ足を踏み入れる。


 闇に閉ざされた長い廊下を五人は無言で進む。壁に反射するライトの帯が、彼らの影をゆらゆらと揺らし続ける。

 やがて暗がりを抜けると目の前に眩い光が炸裂した。ドックを満たすビームが巨大なシャトル型宇宙船を神々しく浮かび上がらせている。

「これは……?」

 吉野隊長が足を止め、船影を見上げた。その艦影はディストラクションCに迫る威容を誇り、百人分の命を乗せられそうな気配を放っていた。

 三上が静かに横に並ぶ。


「これが、政府要人を乗せて地球を脱出するために造られた船です」

 言葉は簡潔ながら、その背景に滲む苛烈な選別が重力のようにのしかかる。

 田所が二人の横顔を見つめ返す。

「俺たちを捨てて逃げるってのか」

 淀んだ空気を切り裂くように、三浦が駆け寄り低く唸る。


「人の命を犠牲にすることは気にしないくせに、自分たちの命だけは守ろうって言うのか」

 アキが最後尾に並び、その声に怒りと哀しみが混じっていた。

「自分たちだけ生き延びても、ほんの少し生きながらえるだけ。宇宙に逃げても少人数で生きていけるわけがない。少し考えれば分かること。それでも生きたいと思ってる。その空しさを理解できていないんだわ」

 振り返った安田参謀は、次の言葉を静かに放った。


「これから、この船を作戦に使用する」

 四人の目が驚愕で見開かれる。計画を先導してきたのは自分たちのはずなのに、なぜ参謀がここに。

「準備できました」

 船の内部から人影が現れた。それは油まみれの蒼真だった。

「蒼真君!? なんであなたがここに?」

 アキが駆け寄る。空気が一瞬、弾けたように温度を上げる。


「あれ? なんでみんなここにいるんですか?」

 首を傾げる蒼真に吉野隊長たちも駆け寄る。

「蒼真君、君はなにをしたんだ? まさかこの船を改造したのか?」

 吉野隊長の問いに、蒼真は首を振った。

「宇宙船には特になにもしてません。やったのは操縦席にネイビエクスニウムをセットしたくらいです」

「ネイビエクスニウムを?」

 薄闇に映える機器の生冷たい意匠を背に蒼真が頷く。


「はい」

 三上が蒼真に怪訝そうな表情で近寄ってくる。

「それ、どこにあったんだ?」

「美波が持ってました。ペロビリスの事案のときに、宇宙人から渡されたものです」

 不意に零れた蒼真の笑みが、人々の緊張をほぐす。吉野隊長も肩をつかみ、にわかに表情が和らぐ。

「よくやってくれた」

 MECの他のメンバーも蒼真に近寄ってくる。三上の険しかった表情が少し和らいだ。

「これでミサイルを破壊する算段は立ったってことだな。あと残るは、だれがこの船を操縦するか、だな」

 その声に応えるように、背後から低い声がした。安田参謀の声だった。


「それは私の仕事だ」

 振り返った田所が訊ねる。

「参謀自らですか?」

「そうだ」

 三浦が参謀の前に立ちはだかる。

「自分に行かせてください。本来は自分が行くはずだったんですから」

「ダメだ」

 安田参謀は眉ひとつ動かさず、きっぱりと断った。


「今回の件は、私の失敗だ。私が責任を取る」

「しかし……」

 三浦の言葉を遮るように、参謀は三浦の肩を優しく叩く。

「私が間違っていたのだよ。君たちのような若者ではなく、年寄りが行くべきだ。君たちは、残された地球で戦い続けなければならない。この後のことは任せた。君たち若いもんが未来を切り開いてくれ」

 白い息が静かに漂う中、隊員たちは参謀を囲む。安田参謀の背中には揺るがぬ覚悟が満ちていた。


「これから作戦を開始する。三上は宇宙船の制御室へ行き、発射をサポート。三浦、鈴鹿隊員はスカイタイガーでこの船を攻撃してくるかもしれない敵に備えてくれ。田所隊員は吉野隊長とともに、このドッグへの侵入を防いでくれ」

「分かりました!」

 MECの隊員たちが声をあげ、安田参謀の指示に従う。

「全員、持ち場へ!」

「了解!」

 鉄製の扉が再び締め切られる前に、四名の隊員たちはそれぞれの任務へと散っていった。残されたのは蒼真と安田参謀だけ。その瞳が交わる瞬間、言葉以上の信頼が静かに響いた。

 蒼真は黙って頷き、背後の闇が光と影の合奏を始めた。


 ×   ×   × 


 宇宙船制御室は赤い非常灯に照らされ、無数のランプが点滅を繰り返していた。壁に取り付けられたスクリーンに映し出される波形と数値がまるで深海の潮流のように揺れている。数名の所員が息を潜め、装置の最終チェックに集中していた。

 その静寂を裂くように、三上と田所が扉を蹴り開け、慌てた足取りで室内へ滑り込んできた。

「大変だ! 怪獣がここに向かっている。早く避難を!」

 モニターの緑色の光が乱れ、所員たちは顔を見合わせる間もなく席を離れた。


「えっ、そんな!」

「こっちだ、急げ!」

 と田所が声を張り上げ、震える手で所員たちを地下通路へと導く。出入り口の光に吸い込まれるように、皆は一斉に走り去った。

 最後の一人が部屋を出た瞬間、静寂が支配する。三上はゆっくりとマイクに向かう。その声は冷静だった。


「制御室の占拠完了。安田参謀、いつでも発射できます」

『了解。こちらも準備完了だ』

 マイクのスイッチを切らぬまま、三上は壁に埋め込まれた赤いボタンを押した。ドッグの扉が重厚な機械音を立てて天空に向かって開き、淡い朝焼けが四角い隙間を埋め尽くす。

『こちら安田。ぐずぐずしてはいられん。今すぐ発進する。三上、打ち上げ準備!』

「了解!」

 三上は発射コントロールシステムの席に腰を下ろし、制御装置のスイッチを次々に入れた。パネル上のインジケーターが緑色に揃い、異常なしを告げる音が静かに響く。


「発射準備完了。カウントダウンに入ります。10、9,8,7,6,5,4,3,2,1…… 発射!」

 轟音とともに宇宙船が地面を離れ、熱風が隙間から吹き込む。窓越しに見える地平線がゆっくりと遠ざかっていった。

「安田参謀、ご武運をお祈りします」

 モニターに映る小さな機影は次第に大気圏を抜け、黒い星々の海へと滑り落ちていった。


 ×   ×   × 


 宇宙船が空に向かっていく。基地の隣にある公園で蒼真はそれを見つめていた。そしておもむろに左手を高く天に向けて突き出した。青い光が肉体を包み込み、たちまちネイビージャイアントへと巨大化する。ネイビーは手に持っていたバッチを胸にあてた。バリアが張り巡らされる。できるだけ大きく、できるだけ空気をため込む。


「この酸素量で、どこまで行けるんだろう……」

 不安と期待が胸を締めつけるものの、もう退く道はない。ネイビーは大地を蹴り、空へと舞い上がった。

 大気圏の端で出会ったのは、いま飛び立った宇宙船だった。両腕で機体をそっと抱え込み、静かに呼びかける。


「安田参謀、聞こえますか?」

 テレパシーを通して、宇宙船内の無線に声が響く。

「聞こえるぞ。さあ、行こう」

「了解。これから、自分でも経験したことのないフルパワーで飛びます」

「頼む!」

 ネイビーが宇宙船を抱えたまま、全力で飛ぶ。目の前の星が歪み始める。どの程度の早さなのだろう。周りが光で包まれていく。もしかして光の速さ? 自分の体感がどんどんなくなっていく。ここは宇宙なのだろうか? それともどこか異空間なのだろうか。感じたことのない感覚が自らの五感を刺激する。


「安田さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、ある意味、いい気持ちだ。まるで天国にいるような」

「そんな、縁起でもない」

 ネイビーはそのままの速度で飛び続ける。どれだけ飛んだのであろう、赤い星が見えてきた。

「火星です」

「あゝ、そうらしいな」

 ネイビーが速度を落とす。宇宙船の時計から見るとおおよそ三十分、間違いなく光の速さで飛んできたようだ。


「前方、四十五度の方向に敵のロケットを確認」

 安田参謀の指示で蒼真がそちらを見る。しかし漆黒の闇が何がいるのかを分からなくしている。目を凝らす、薄っすら見える。黒く巨大な物体が。ネイビーがその物体にさらに近づく。それは昔の飛行船を思わせるような流線形。真っ黒で、羽や尾翼と言うたぐいのものはない。

「攻撃だ!」

 安田参謀がネイビーから離れ、自身でその物体へ近づいていく。そのとき閃光が走る。かろうじて避ける安田参謀。閃光の方向、大きな羽を持つ、巨大な目が特徴の怪獣が睨んでいる。


「安田さん、怪獣は僕に任せてください!」

「了解、頼むぞ!」

 ネイビーが両肩を振りかぶり、全質量を一点に集中させ怪獣メガリカルに体当たり、メガリカルの胸部が炸裂し、星屑のような破片が四方に飛び散った。

 だが、その瞬きの隙に、メガリカルは黒い翼をぱたりと羽ばたかせ、反転。高速で旋回しながら鋭い爪先を突き出した。


「なぜ、空気がないのに羽で飛べる?」

 凍りつく真空の中、翼が生む微細な気流が見えない泡のように弾ける。メガリカルの爪がバリアにめり込み、甲高い音とともに小さな亀裂が生じた。

「ダメだ、接近戦は危険だ!」

 ネイビーは咄嗟に腕を十字に組み赤いビームを迸らせる。一閃の閃光がメガリカルの胸を貫き大きく後方へ吹き飛ばした。

 だが怪獣は倒れない。そしてメガリカルの目から閃光が、今度はネイビーがまともに閃光を浴び吹っ飛ばされる。再びバリアに亀裂が入る。


「くっ、このままではダメだ」

 怯むネイビーを見たメガリカルが今度は大きく旋回して安田参謀が乗る宇宙船を追った。そして宇宙船に纏わりつき外壁に爪を食い込ませる。ギシギシと軋む金属が悲鳴をあげる。

「ダメだ! 宇宙船には地球の運命がかかっている!」

 ネイビーは吹き飛ばされてできた空間を駆け抜け、乱暴にメガリカルの脚を掴み取った。重力を無視するほどの力で怪獣を宇宙船から引き剥がす。怒り狂ったメガリカルが再びネイビーへ爪を向ける。ネイビーはメガリカルをおびき寄せるように宇宙船から離れていった。


「蒼真君、ありがとう。このままミサイルへ突っ込む!」

 テレパシーを通じて安田の声が蒼真の耳に届く。

「安田さん、衝突前に脱出してください! 僕が助け出します」

 二人の叫びが無重力にこだまする。

「ありがとう。だが、それでは君が危険だ。これ以上この宇宙空間で戦えば、君の命までも。だからもし敵のロケットが破壊されたら、怪獣を放置して地球へ戻ってくれ」

「しかし……」


「ネイビージャイアント、いや蒼真君、ありがとう。地球を、地球を頼む」

 言葉を交わす間にも、宇宙船は黒いロケットへとそのまま突っ込んでいく。ネイビーはメガリカルを羽交い絞めにし、宇宙船へと近づけさせまいとするのがやっとであった。

 宇宙船がミサイルへ到達する。衝突点で放たれた閃光が宇宙を一瞬ほど白昼に変え、衝撃波が星々の海へと円を描いて飛び散る。


「安田さん!」

 蒼真の絶叫が真空の空間に響き渡る。彼は壮絶な指揮官の死を目の前にし、怒りにも似た感情が心の奥底から湧き上がってくる。

 そのとき羽交い絞めにしていたメガリカルの目に異変が、その目が光を浴びて溶けていく。


「そうか、こいつは闇でしか生きられないのか」

 ネイビーはメガリカルをもう一度突き放した。羽をバタつかせメガリカルはネイビーと対峙するように止まった。ネイビーは右手を突き出す。その強烈な赤い光線がネイビーの周りを照らす。

「ギャーオォー!」

 メガリカルが断末魔の咆哮をあげる。怪獣の体は見る見る形を失い、胸に光っていた赤い光だけが闇の中に浮かぶ。


 ネイビーが左手を突き出す。彼の青い光線がその赤い光を撃ち抜く。赤い光は一瞬の閃光となって青い光とともに消えていく。メガリカルはやがて無音の宙へと解け消えた。深い静寂だけが、永遠を思わせるほどゆっくりと広がっていった。


 ×   ×   × 


 神山研究室の庭先には白い霜が静かに息づき、冬の闇に細い息を吐くかのように息が凍りついている。蒼真はコートの襟を立て、夜空をじっと見上げた。研究所の建物の窓からは暖かな灯りと楽しげな笑い声が漏れ、研究室の中が祝祭の熱気に満たされているのが伝わってくる。


 今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。研究所の中庭にはイルミネーションが優しく瞬き、街路樹に飾られたリボンや飾りが、例年以上に華やかな祝福の色を放っている。本来なら、今夜あの宇宙ロケットが地球に到達し、“地球最後の日”だったかもしれないという思いが、空気をさらに和ませている。


「どうしたの? こんなところで」

 背後から微かな足音とともに美波が現れた。冷たい夜風で揺れる彼女の髪が、月光に銀色の光を散らす。

「いや、平和なクリスマスでよかったなって」

 蒼真は夜の星々を指差し、ほっと息を吐いた。

「そうね。蒼真君たちが頑張ってくれたから、今日を迎えられたのよ」

 美波の声には喜びと安堵が混じっている。研究室の窓から聞こえてくるカンパイの音や笑い声が二人の背中から聞こえてくる。


「いや、僕はそんな、なにもしていないよ。それより、今日が平和なのは、宇宙で命を落とした人のおかげだと思う」

 白い吐息が夜空に溶ける。

「安田参謀のことね」

 美波はそっと頷き、凍てつく大地の上にしっかりと立つ蒼真の手を握った。

「だれかの平和は、だれかの犠牲の上に成り立っている。そんな気がしてさ」

 遠くで鳴り響くベルの音が、言葉に重みを与える。

「うーん、そうなのかなぁ。そうかもしれないけど、だったらなおのこと、生きている私たちがしっかりしないと。せっかくの平和が、無駄になっちゃう」

 美波はぬくもりを帯びた声で微笑んだ。


 “後のことは任せた”安田参謀の言葉が脳裏をかすめる。彼が心の底から地球を守りたかったからこそ、たとえ過激なR計画であっても、その責任を自ら背負ったのだろう。だがそれは本当に正しいのか。結果、地球は救われた。でも本当に彼の死を称賛してよいのだろうか? 蒼真の中の疑問は晴れる気配がなかった。

「でも、蒼真君たちも命がけで戦ったんでしょ? 私、誇らしいよ。自分の彼氏が地球を救ったんだって」

 やわらかな吐息とともに、美波は蒼真の腕に自分の腕を絡めた。蒼真もそっと美波の肩を抱き寄せる。二人の間に漂うのは、凛とした静けさと、ほのかな甘い予感。


「いつまでも、この平和が続くといいな。蒼真君と、こうしていられる時間がずっと続けばいいのに」

 美波の願いは、夜空の星々にも届くようにひそやかに震えた。蒼真はその願いを心に刻み込み、同じ想いを抱いた。この瞬間を、永遠に。

 しかし、その希望は許されないとどこかで知っている。宇宙人はすでに次なる侵略計画を巡らせているだろうし、この研究室の仲間たち、MECの同志たち、そして何より大切な美波を守らなければならない。戦うことは容易ではない。自分は果たして安田参謀のように戦うことができるのであろうか? いや戦わなければならない。しかし、美波がいるかぎり死ぬことはしない。母が残してくれた自らの命を捨てはしない。


 蒼真は凍える指先で美波の手をぎゅっと握り返した。美波も安心したようにそれに応え、二人の温度が夜の凍りつく庭に小さな春を呼び込む。

 遠くから、研究室の中で響く賑やかな声が聞こえてくる。けれど二人はその喧騒に背を向け、星々のささやきに耳を澄ませた。夜空の無数の光点が、まるで平和を祝福するかのように静かに瞬いていた。

《予告》

黒い雲、鳴り響く雷鳴。神山研究室が竜の姿をした怪獣に襲われる。MEC基地から駆けつけた蒼真が見たものは。神山教授が、さとみが、そして美波が。蒼真の怒りが頂点に達する。次回ネイビージャイアント「再びの笑顔のために」お楽しみに。

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