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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
32/71

第三十二話 命に代えても

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「昨日のアキさん、なんか変じゃなかった?」

 昼休みの防衛隊食堂は隊員たちの話し声と食器の音でごった返していた。トレイが金属のテーブルに置かれるたび、低く響く音が空間に反響する。揚げ物の油が弾ける音、控えめな笑い声、日常のざわめきに包まれたその中で、三浦と春菜はいつものように向かい合わせの席についていた。

「変って?」

 三浦はハンバーグ定食の湯気の立つご飯を頬張りながら、春菜の言葉に耳を傾けた。

「なんか、そわそわしてたというか。落ち着きがなかったの。眉間にも皺を寄せててさ。心配事でもあるのかなぁって」


「ふーん、そうなんだ(もぐもぐ)」

 三浦はのんびりと咀嚼を続け、春菜の言葉にうなずきもせず曖昧な返事を返す。

「えっ、気付いてなかったの?」

「うっ、ああえ」

 口いっぱいのご飯が邪魔して言葉にならない。ただ、うんうんと必死にうなずく三浦。

 春菜は呆れたように肩をすくめている。

「ほんと、男の人って鈍感よね」

 三浦は咳払いをして、水を一口、のどを潤してから反論した。


「それ、男女差じゃなくて、個人差でしょ」

「なら、淳が鈍感なだけね」

「え、ゴホッ」

 食べかけのご飯をのどに詰まらせ、慌てて胸を叩く。もう一度水を飲んで、ようやく一息ついた。

「ふー、死ぬかと思った」

 三浦はふくれ顔で春菜を睨むが、春菜はまるで気にも留めず口を尖らせる。

「まぁ、俺のことは置いといて、鈴鹿隊員の話だよな。どうせまた蒼真がなんかやらかして、イライラしてただけなんじゃない?」

「それならいいんだけど……」

 春菜の声はわずかに沈み、視線がさまよう。


「でも、なんかいつもと違う感じがしたの。怒ってるっていうより、なにかを隠してるような」

「いつも以上に蒼真がやらかしたんじゃない?」

 三浦は再びハンバーグを口に運びながら冗談めかして言った。

「あっ、あそこにアキさんいる」

 春菜の視線の先。食堂の隅、やや人気の少ない一角で、アキが携帯電話を耳に当てていた。口元を手で覆い、慎重に声をひそめるアキ。だれかと話している様子だが、その顔には明らかに焦りの色がにじんでいた。眉間には深い皺、口元は固く結ばれている。


「どう、なにか変じゃない?」

「ほう」

 アキは数歩歩いては立ち止まり、また元の場所へ戻る。時折髪をかき上げたり、腕を組んだかと思えば、今度は落ち着かない足取りで歩き出す。携帯を握る手がかすかに震えているようにも見える。

「確かに、落ち着きがない」

「なにか、あったのかしら」

 春菜の表情に不安が広がる。


「もしかして、大介君になにか?」

「そうかもしれないね。病気とかじゃなきゃいいけど……」

 三浦もふざける様子をやめ、真剣な顔でアキの方を見る。

 アキは、周囲の視線に気付く様子もなく、何度も腕時計を見ては言葉を短く返している。その眼差しは鋭く、しかしどこか迷いのようなものがあった。


 ×   ×   × 


「どうして急に?」

 不信の色を浮かべた蒼真が作業中の手を止め、アキを見た。

 焼け焦げた機材と煤で黒く染まった壁面、火災の痕が生々しく残るMEC科学班の実験室には、焦げた薬品の匂いがまだ漂っている。隊員たちは被害の確認と復旧作業に追われ、それぞれ黙々と動いていた。

「急いでるわけではないんだけど……」

 アキは目を逸らしながら答えた。その視線は床の焦げ跡に落ちたまま動かない。

「でも、急に気になってしまって…… ネイビエクスニウム、あれを狙っている者たちがいるのなら、もしかして、私たちが知らない秘密があるんじゃないかって。もっと、危険で、もっと破壊的な」

 その声には、明らかに焦燥の色がにじんでいた。

 蒼真は黙ってその顔を見つめた。言葉以上に、アキの態度が気になっていた。


「まぁ、宇宙物理学が専門の鈴鹿隊員がそう言うなら、なにか根拠があるんでしょうね」

 その皮肉も込めた言葉に、アキの口元がわずかに引きつる。

「分かりました。確認しましょうか。少々お待ちを」

 蒼真は壁際の金庫へ向かった。無骨な鉄製の扉に、古風なダイヤル錠がついている。

「ネイビエクスニウムみたいな重要物、こんなアナログな金庫で大丈夫なの?」

 すぐそばに立ったアキが尋ねる。

「僕ももっと最新鋭の人体認証付きの金庫が欲しかったんですが、予算の都合で科学班の薬品を置いてある金庫しか使えなくって。どうも怪獣対策費で予算圧迫されてるそうですよ」

「そうね、スカイタイガーだけでも、何機失ったかしら」

 蒼真がダイヤルを回していく。アキの視線が無意識のようにその手元へと落ちていた。


「番号は秘密ですよ。僕だけが知っているという建前ですから」

「もちろん、見てないわ」

 そう言いつつ、アキは天井を見上げながらも、瞳はしっかりと下方の動きを捉えていた。カチッと軽い音が鳴ると同時に、金庫が開く。

 中には化学薬品のビンが整然と並び、その最奥、漆黒の箱が、静かに光を拒むように置かれていた。

 蒼真はその箱を大切そうに両手で持ち上げ、ふたを開けた。中から赤い石が姿を現す。その輝きはただの光沢ではなかった。わずかに脈を打つような、不気味なまでに生きた赤。

 アキの手が、ゆっくりと伸びる。指先で石をそっとつまみあげると、その掌の中で、石はふっと明るさを増したようにも見えた。


「どうですか? なにか感じますか?」

 アキは沈黙したまま石を見つめていたが、やがて目を伏せた。

「ごめんなさい、やっぱり勘違いだったかも」

 蒼真はその言葉に、かすかな違和感を覚える。

「鈴鹿さん、結論は早すぎませんか? 燃えていない機材はあの辺りにあるので、使ってもらって全然かまいませんよ」

「ううん、今日はやめておく。また調べ直すわ。とりあえず蒼真くんに返すね」

 アキは石を箱にそっと戻し、ふたを閉じた。その手つきに、どこか名残惜しさのようなものを感じた。


「ありがとう。お邪魔しました」

 箱を手渡し、アキは背を向ける。だが、その足取りもどこかぎこちない。

「鈴鹿さん。なにか悩みごとでもあります?」

 声をかけると、アキが振り返る。その表情は、いつもの凛とした彼女とは違う、どこか不安げな、虚を突かれたような表情だった。

「え、別になんでもないわよ。気のせいよ」

 アキがぎこちなく笑った。


「あ、そうそう。大ちゃんに伝えてください。お兄ちゃんがまた遊びたいって言ってた、って」

「分かったわ」

 その言葉、簡単な返事になにかが隠れている。だが蒼真には読み解くことはできなかった。ただその笑顔はあまりにも不自然だった。

「じゃぁ」

 彼女が実験室を出て行く背中を見送りながら、蒼真の中には鉛のような不安がじわりと広がっていった。彼女は何かを隠している。それだけは、間違いなく確信できた。


 ×   ×   × 


 まだ四時というのに、空はすでに鉛色に沈み、時間の感覚がどこかひしゃげていた。厚い雲が静かに地平を呑み込み、街は黄昏の影にひっそりと包まれてゆく。乾いた風が頬をなでるたび、夏美の髪が小さく揺れた。

 薄暮に包まれた商店街は、人々の笑い声や袋をぶら下げる音でにぎわっていたはずなのに、夏美にはどこか上の空のように感じられた。


「しょうがない、消防士の嫁なんだから」

 その言葉は吐息に紛れて空へと散り、夕暮れの雑踏に掻き消された。今日、裕二は宿直、その一言が、平凡な日常に薄い硝子の幕をかけたように、すべての音と色をぼんやりと遠ざけていく。言葉のない夕餉、帰ってこない人の気配。テレビの音だけが部屋に残り、やがて夜の隙間へと吸い込まれてゆく。そんな予感がもう胸の奥をゆるやかに満たしていた。そこに残されたのは静かに空いた、小さな冷たい穴だった。袋の取手を握る手にわずかに風が触れたとき、街灯がぽつりぽつりと灯りはじめる。住宅街の家々が暮れなずむ空の下に沈みゆく中、夏美の足がふととどまる。視線の先、静まりかえった校舎が夕闇の中に黒く沈んでいた。


 廃校になった小学校、今年三月、少子化の波に抗えず、扉を閉ざしたばかりの場所。あの頃、跳ねる声や笑い声が満ちていたはずの空間には、今はもう何の音も残っていない。夏美は校門の前で立ち尽くす。フェンスを這うツタが風に揺れ、かすれた鉄板がガタ、とひとつ、低く鳴った。まるで忘れ去られた記憶が、音だけを残してこちらを見つめているようだった。

「あれ?」

 ふと、校庭の奥に白い影が揺れるのが目に入った。それは、MECのユニフォーム。体の線から女性だと分かる。その立ち姿には、どこか馴染みがある。


「鈴鹿さん? なんで、あんな場所に……」

 鈴鹿アキ、そうとしか思えない後ろ姿が、ひとり暗がりの中をゆっくりと歩いている。携帯でも持っているのか、顔がうつむき、時折何かに頷くような仕草をする。

 最初は幻かと思った。夕暮れの色に紛れる白い影が、まるで空間から浮かび上がって見えたからだ。だが確かにそこに彼女はいる。無言で目的のないような足取りで、静かにしかし何かを背負っているような気配で歩いていた。


 夏美は一歩踏み出そうとして、立ち止まる。呼びかけようか迷った。けれど、あまりにもその姿が“日常”からかけ離れていて、声をかけることを躊躇させた。

 もしかすると、任務かもしれない。あるいはだれにも知られたくない時間かもしれない。そう思い、夏美は足早にその場を通り過ぎた。

 その背に、風がまたひとつ、白い影を揺らした。


 ×   ×   × 


 アキは夏美の視線に気付くことすらなかった。気付けるはずもない。彼女の意識はすでに現実から切り離され、ひとり、沈黙の深淵を歩いていた。

 錆びた鉄の門を押し開け、廃校となった校舎へ足を踏み入れる。薄暮に染まる空の下、扉の軋む音だけが時間を切り裂いた。そこは、まるで時の流れごと忘れ去られた場所、空間そのものが、永遠の停止を抱いているかのようだった。


 静寂。それは単なる無音ではない。かつて子どもたちの歓声が跳ね、足音がこだましていた廊下は、今や記憶の残響だけを抱きしめていた。窓際には夕陽の名残がうっすらと差し込み、だれもいない空間に埃がゆらりと舞う。その金色の粒子たちが、ここが学校だったという事実だけを、名残惜しげに語っていた。アキはユニフォームの胸ポケットから小型ライトを取り出す。スイッチを押すと、一筋の光が闇をまっすぐ貫いた。その細い光の先端だけが、かろうじてこの世界に現実の輪郭を与えている。一歩、また一歩。慎重に歩を進めるたび、靴音が床に響き、あまりにも大きすぎる孤独の音になって跳ね返ってくる。


 そのとき、ガタッ、突如、背後で何かが弾けた。空気がねじれ、空間が瞬きする。反射的にアキがライトを振り向ける。そこには二つの銀の目。じっと、こちらを見つめていた。光の芯を滑るように黒猫が姿を現す。しなやかな影となって廊下を横切り、まるで空気の裂け目に溶けるように、その姿は遠くへ消えていった。


「ふぅ」

 胸に手を当て、深く息を吐く。音にならない鼓動を落ち着けるように、アキは再び歩みを進めた。廊下の突き当たり。右手の扉の上には、色あせた「611」の文字が記されたボード。古びたそれを一瞥し、一呼吸を置く。そしてアキは静かに錆びた引き戸へと手をかけた。ギィ――。長いあいだ開かれることのなかった扉が、軋みながら暗闇を押し割る。教室の中には、廊下よりさらに深い闇が潜んでいた。

 ライトの光が、ひとつ、またひとつ、小さな子ども用の机を浮かび上がらせる。けれどそれ以外の空間はまるで闇に飲まれた深海のように、何もその姿を明かさない。そして、そのとき、アキは気付いた。その沈黙の海の中で、何かが、確かにこちらを見つめているということに。


「ようこそ、鈴鹿アキ隊員」

 闇が声を持った。低く、しかし明確に。どこから響いたのかは分からない。ただ、その声だけが空間に確かにあった。アキが声の方にライトを向ける。しかしそこには闇しかない。深い闇のそのさらに奥になにか、違う黒、がある。アキの瞳がじっとそこに焦点を結ぶ。すると漆黒の中にかすかに境界線が現れる。黒衣の男。その輪郭は、光に拒絶されるようにぼんやりとしていた。

「あなたが、宇宙人?」

 アキが警戒の色を浮かべ、身を低くする。ライトはわずかに揺れて、男の顔を照らしかけてはまた外れた。


「皆さんは、そうお呼びになっているようですね」

 男は口元に不敵な笑みを浮かべたまま、まるで影そのもののように動かない。

「大介は、大介はどこ!?」

 アキが一歩踏み出しかけた瞬間、男が静かに片手を挙げる。

「これ以上、近づかないでください」

 その仕草は柔らかく、だが確かに拒絶の意志を帯びていた。

「大介は、大介は無事なんでしょうね?」

 アキの腕が震えていた。握られたライトの光がブレるたび、影が揺れる。感情が抑えきれずに胸の奥からあふれ出し、体温が急激に上がる。怒りか、それとも恐れか。自分でも判別できない熱が、アキの全身を貫いていた。


「大介君は大丈夫ですよ。私が大切にお預かりしていますから」

 男の声は穏やかだが、底が見えなかった。アキはライトの出力を上げ、教室の隅々に光を投げる。けれど、浮かび上がるのは机と椅子だけ。彼女と男以外、この空間には人の気配がなかった。

「ここにはいないのね?」

「はい。連れてきてはいません。でも、安心してください。彼に危害を加えることはありません。あなたさえ、我々の要求を呑めば」

 再び男が笑った。それは余裕ではなく、確信の色を帯びたものだった。

「ネイビエクスニウムを持ってこい。それが、あなたたちの要求ね?」

「はい。先日、電子メールにてご連絡差し上げた通りです」

 アキはポケットからスマートフォンを取り出し画面を開いた。そこには宛先不明の不気味なメールが映し出されている。


『鈴鹿アキ殿。唐突なご連絡失礼します。お子さんの大介君をお預かりしました』

 その文面を目にした瞬間の恐怖と怒りが、再び胸の奥に蘇る。アキは、迷わず母に連絡した。確かに大介は失踪していた。そして彼女は警察への通報を思いとどまり、ひとりでこのときを迎えた。この二日間、何ひとつ食べ物がのどを通らない。眠れもしない。もし大介が、と考えるたびに、意識がどこかへ飛びそうになった。

「今日、ここにはネイビエクスニウムは持ってきていないわ」

 平静を装っているつもりだったが、その声はわずかに震えていた。男がそれに気付いたかは分からない。

「ええ。分かっています。そんな貴重なもの、すぐに手に入るとは思っていません。ですから、三日、三日待ちましょう」

「三日?」

「ええ、三日。あなたなら十分でしょう?」

 アキの手がわずかに震える。


「もし、もし、うまくいかなかったら?」

 男はわずかに顔を傾け静かに言った。

「そのときは、あなたも分かるはずです」

「大介が、無事に戻ってくる保障は?」

「信じてください。我々には、彼を傷つける理由がありません。ですが、信じるか信じないかは、あなた次第です。もし、我々の要求を拒絶なさるのなら、それはそれで結構です。その場合、別の手段でネイビエクスニウムを手に入れます。そして大介君は二度と、あなたの前に姿を現さないでしょう」

 アキは言葉を失った。怒りとも、恐怖ともつかない感情が、体の芯を灼くように広がっていく。彼女は手にしたライトの光を再び男以外の空間へ向けた。机、椅子、空っぽの棚、色の褪せた掲示板、そこには何の情報もなかった。ただ子どもたちのいなくなった沈黙だけがあった。


「では、三日後。この時間、この場所で」

 男が背を向ける。

「待って!」

 アキの声が空気を裂いた。

「なんでしょう。これ以上の交渉はありませんが」

「大介の、大介の声を聞かせて!」

 それは祈るような言葉だった。たとえ姿が見えなくても、生きている声だけでも聞けたなら、それだけでも心の支えになる。

「今日は連れてきていません」

「でも、せめて、無事な証拠を……」

「分かりました。後ほど元気な大介君の写真をメールで送ります。それを信じてお待ちください」

 その瞬間、男の足元から黒い霧が立ち込める。


「待って!」

 アキは駆け寄ろうとするが、脚が一歩も前に進まなかった。まるで空間そのものが拒絶しているかのようだった。霧が完全に消えたとき、そこにはもう男の姿はなかった。アキは膝から崩れ落ち、冷たい床に座り込む。ライトがかすかに転がり、教室の隅を虚しく照らした。その中で彼女のすすり泣く声だけが、だれもいない空間にいつまでも響いていた。


 ×   ×   × 


「うん、確かにおかしいな……」

 蒼真が腕を組み、深く考え込む。怪獣の出現がない日の作戦室は、静かで穏やかだった。吉野隊長は外出中で、三上隊員も特別任務で不在。三浦、田所、そして蒼真の三人が円卓を囲んで、ひそひそ声でやり取りをしている。

「二日前の鈴鹿隊員、様子が変だったよな」

 三浦が椅子にまたがり、背もたれに顎を乗せて首を傾けた。

「食堂で、うろうろしてたんだよね」

 蒼真も机に頬杖をついたままうなずく。

「そう、携帯でだれかと話してた。けど、相手がだれかまでは分からなかった」

「なんか、ヒントないの?」

「うーん…… 声はほとんど聞こえなかったからなぁ」

 三浦が項垂れる。


「そう言えば昨日、妹から聞いたんだけどさ。鈴鹿隊員を見かけたって」

「え、夏美さんが? どこで?」

 蒼真がぐっと前のめりになる。

「近所の、廃校になった小学校のとこ。校舎に入っていくところを見たらしい」

「なんで、そんなところに?」

「さぁ、夏美の話だと、ユニフォーム姿で一人だったらしい。なにかの任務かと思って声をかけずに、そのまま帰ったって」

「ふむ、そうですか……」

 蒼真が首を傾げる。その角度がじわじわ深くなっていく。

「確かに、ここ数日の鈴鹿さん、僕が見ててもどこか様子がおかしくて。急に科学班の実験室に来て、ネイビエクスニウムを見せてほしい、なんて言い出して」


「ネイビエクスニウム?」

 三浦の眉がひそめられた。

「うん。しかも、そのあとも落ち着きがなくて。昨日も、なんというか“上の空”って感じだった」

「確かに」

 田所が静かにうなずく。

「ちょっと整理してみましょうか」

 蒼真が手元のメモを取り、走り書きを始めた。

「三浦隊員がアキさんの電話している姿を見たのが二日前のお昼。アキさんが科学班に来たのは、その日の夕方。そして、翌日の夕方、夏美さんがアキさんを廃校で目撃……」

 蒼真が手元のメモを見ながら口にする。田所と三浦が身を乗り出してそれを覗き込む。


「そうそう、春菜が言ってた。電話してる前の日から様子がおかしかったって」

 蒼真が、食堂で電話、と書かれた文字の横にその証言を書き加える。

「その前の日、僕と鈴鹿さんは科学班でドールテウムの痕跡を調べてた。そのときはいつも通りだったし、特に変わった様子はなかった」

「ってことは、きっかけは三日前ってことか」

 田所の目が細まり、何かに気付いたように鋭さを帯びる。

「もうひとつ、気になることがある」

 蒼真が人差し指を立てた。

「鈴鹿さんの様子がおかしくなってから、大ちゃんの姿を僕は見ていません。だれか見かけた人、いますか?」

 田所と三浦が同時に首を横に振る。


「ってことは、蒼真君の推理だと、大介君になにかあったんじゃないかってこと?」

「科学班に来たとき、大ちゃんの話を振ったらものすごく動揺してたんです」

「病気?」

 三浦が少し不安げに声を漏らす。

「いや、そんなことは言ってませんでした。ただなにかを隠している感じでした」

「もしかして、誘拐?」

 田所の声が少し大きくなった。蒼真と三浦が慌てて手で制する。

「まだ確定ではありません。でも、可能性はあるかと」

「一体、だれが?」

 三浦が背もたれにもたれていた体を起こし真剣な顔になる。


「誰なのかは分かりません。でも、目的は明確です」

「目的?」

 田所がぽつりとつぶやく。

「ネイビエクスニウムですよ。科学班で僕が金庫を開けたとき、鈴鹿さん、ダイヤルをじっと見ていたんです。一瞬だけど、明らかに意図的な視線だった」

「つまり…… 脅されて、持ち出せって?」

「僕にはそう見えました。彼女の行動からすると、それが一番自然です」

「なんて卑怯な……」

 田所の握った拳が、テーブルの縁をかすかに鳴らした。眉間には深い皺が刻まれている。


「でも、ネイビエクスニウムが狙いなら、金庫の番号を変えれば?」

 三浦の疑問に、蒼真がきっぱり答える。

「もしネイビエクスニウムの持ち出しに失敗すれば、大ちゃんの身に危険が迫るかもしれない。だから鈴鹿さんには、ネイビエクスニウムを確実に持ち出してもらいます。で、」

 蒼真が三浦の方へ向き直る。

「三浦隊員にお願いが」

「なんだ?」

「すいません。春菜隊員に頼んで、鈴鹿さんの居場所をMECシーバーの無線電波から常時追跡してもらえるように手配してもらえませんか?」

「なるほど、身代金の受け渡し場所を特定する作戦だな」

 三浦が笑顔でうなずく。


「そうです。これで大ちゃんの居場所も確定できるかもしれない。なので、お願いできますか?」

「もちろん」

 三浦が立ち上がった。

「そうと決まれば、すぐに相談してくる」

 そう言い残して、三浦は作戦室を出ていく。その背中を見送りながら、蒼真は田所の方に向き直った。

「田所さんにもお願いがあります」

「なんだ?」

「このこと、吉野隊長には内緒にしておいてもらえますか? まだ確証がないのと、話が広がると犯人側も警戒すると思うんです」


「了解。で、蒼真君は?」

「僕は鈴鹿さんのお母さんに会ってこようと思います。大ちゃんのことを一番よく知っている人なんで」

「分かった」

 二人が同時に立ち上がった。

 そのとき、作戦室の扉が開いた。廊下からアキが入ってくる。

 田所と蒼真が一瞬息を呑む。アキの目が鋭く二人を射抜いたように感じた。それほどに、彼女の表情は険しかった。

「行こう!」

 二人は何事もなかったかのように作戦室を出ていく。背後にいるアキを気遣い、できるだけ刺激しないよう、そっと作戦室を後にした。


 ×   ×   ×


 防衛隊基地。昼の騒がしさは跡形もなく消え、夜の帳が静かにその背中をなでていた。宿直の隊員が数人、まばらな灯りの下で身じろぎするほかは、すでに大半の隊員たちが夢の中に沈んでいる。

 科学班の実験室もその静けさの網にすっかり絡めとられていた。空気は凍りついたように澄みきり、壁の隅に潜む機器たちは口をつぐみ、ただごくわずかに作動を続ける装置が吐き出す電子音だけが、透明な余韻となって虚空へ消えていった。


 その沈黙をやぶるように、ひとつの影が扉をわずかに開ける。廊下からもれた光が室内に斜めの帯を描き、そこに滑り込むように影が入り込む。そして音もなく、扉が閉ざされた。

 影の手に握られているのは、小型のライト。そのかすかな揺らぎが周囲を漂うたび、影の輪郭もまたぼやけ、正体を測る術はなかった。光が黒鉄の塊の金庫へと、そっと伸びていく。静寂に包まれた部屋の中、その闇に浮かび上がった鋼の扉は、ただ無言で迎え入れていた。影の指先が、慎重にダイヤルへと触れる。やがて沈黙の底で、カッチ、というかすかな破片のような音が鳴り、扉が静かに開いた。

 黒く艶のある箱が姿を現す。影はそれを丁寧に抱え、ふたへと指を這わせる。次の瞬間、箱の内側から湧き上がったのは、不気味なほど鮮やかな赤。光のない実験室にありながら、その赤はまるで意志を持つかのように己の存在を主張していた。


 影は、そのまましばらく動かない。黙して赤の鼓動を凝視している。そして、意を決したようにそっと指を伸ばし、その赤い石をつかんだ。かすかに震える指先、それが、この空間で唯一、命のかすかな震えを宿していた。

 影は石を手にしたまま、静かにふたを閉める。それを再び、無言のまま金庫の中へと戻す。動作は機械的でありながら、どこか祈りにも似た慎重さを纏っていた。そして影は音もなく実験室から姿を消した。

 後に残されたのは張り詰めた沈黙と、かすかに揺れる闇の記憶だけだった。


 ×   ×   ×


「大ちゃんがいなくなったのは五日前のことなんですね」

 蒼真の問いかけに、アキの母は伏し目がちにうなずいた。

「はい、でも、アキからだれにも言うなと言われたので……」

 窓の外の陽は弱まり、薄暗い応接室がさらに影を落としている。まるで空気そのものが重く沈んでいくようだ。

 アキの母の前には、蒼真と美波が座っていた。蒼真は、アキの母親のそばに誰かがいたほうがいいと考え、美波に同行を頼んだ。事情を聞いた美波は、すぐに了承してくれた。


「大ちゃん、五日もひとりなんて…… かわいそう」

 美波がか細い声でつぶやき、蒼真に体を寄せる。蒼真が美波を覗き込むと、その目には深い憂いが宿っていた。

「いなくなったときの状況って、どんな感じだったんですか?」

「夜の八時ごろ、大介を寝かしつけていたんです。でもそのとき、急に眠気が襲ってきて…… 気付いたら、大ちゃんがいなくなっていました」

 アキの母は震える手で顔を覆った。


「おそらく眠らされたんでしょう。犯人は最初から、大ちゃんを狙っていたんだと思います」

「私が、私がもう少ししっかりしていれば……」

 アキの母は両手で顔を覆い、むせび泣くように前かがみになった。

「お母さんのせいじゃないですよ。きっと大ちゃんは無事です、きっと」

 美波が立ち上がり、そっとアキの母の肩に手を添える。嗚咽が、静かな部屋の空気を震わせる。やはり、アキの母には美波がそばにいてくれたほうがいい。蒼真は、快く同行してくれた美波に心の中で深く感謝した。

 そのとき、蒼真のポケットに入っていたMECシーバーが、けたたましい音を立てて鳴った。蒼真はすぐに立ち上がり、応接室の隅で応答する。


「はい、はい。了解しました。そちらに向かいます」

 通話を終えてから、蒼真は二人のほうを振り返った。

「美波、しばらくお母さんを見ていてくれないか?」

「ええ、いいわよ。で、蒼真君は?」

「犯人に会ってくる」

「犯人?」

 美波が首を傾げる。

「だれ? 犯人って?」

「宇宙人さ」


 ×   ×   ×


 鈴鹿アキが六年一組の教室の扉を静かに開けた。夕刻を過ぎた教室はすでに闇に包まれている。彼女は携帯ライトを掲げ、その光を頼りに、慎重に歩を進めた。

「約束通り、ネイビエクスニウムを持ってきたわ」

 教室内はひっそりと静まり返っていた。壁には古びた掲示物がかすかに残り、埃っぽい空気が淀んでいる。アキが教壇の近くまで進んだそのとき、背後に気配を感じた。振り返ると、そこに立っていたのは、あの黒衣の男だった。


「お待ちしていました」

 男は相変わらず無表情のまま、低く落ち着いた声で言った。

「大介は、大介は無事なのね?」

「もちろんです。ほら、ここに」

 男の隣には小さなカプセルがあった。アキがライトを向ける。

「大介!」

 透明なカプセルの中で、大介が眠っている。その寝顔は一見穏やかにも見えたが、アキにはすぐに違和感が分かった。それは、母親として知る、本来の大介、とは明らかに異なる表情だった。そのわずかな違いがアキの胸にざわめきを起こす。


「大介になにをしたの?」

「心配はいりません。ただ眠っているだけです」

 アキが大介に駆け寄ろうとした瞬間、黒衣の男が掌を突き出して制した。

「そこまでです。それ以上近づくと、大介君の身に危険が及びます」

 アキが足を止め、鋭い眼差しで男を睨みつける。

「もし、もし大介になにかあれば、あなたを殺す」

 彼女は腰のホルスターからMECガンを抜き、男へと向ける。その瞬間、男が右手を突き出した。赤い閃光が一閃し、MECガンが勢いよく弾き飛ばされた。


「なにがあっても、私は大介を守る。この命を失っても」

 アキの瞳が揺るぎない決意に燃える。そんな彼女を見て、男が口元を歪めた。

「やあ、地球人の母親は、子どものためなら命すら捧げるとは。健気ですね」

 男が不敵に微笑む。

「分かりました。まずはネイビエクスニウムを渡してもらいましょう。話は、それからです」

 アキはしばし動きを止めたのち、ゆっくりと腰のポーチに手を伸ばす。そして、赤く光を放つ石、ネイビエクスニウムを取り出す。

「これがネイビエクスニウム」

 アキはその石を掲げ、その鮮やかな輝きを男へと向けて見せつけた。


「さすが鈴鹿さんですね。でも、本物かどうか、確認させてください」

「ここまで来て確認すれば?」

「いえ、私のところまで持ってきてください」

 男の視線がちらりとカプセルへ向けられる。アキが息を飲んだ。仕方なく、彼女はゆっくりと男へ歩み寄る。その距離が縮まった瞬間、黒衣の男の手が赤い石を奪い取った。

 アキはすかさず大介に向かって駆け出そうとする。しかし男の手が彼女の腕をつかんだ。その怪力に、彼女は抑え込まれる。


「まだです。確認が終わっていません」

 男は赤い石をじっと見つめた。

「確かに、本物ですね。分かりました。約束通り、大介君をお渡ししましょう」

 カプセルの扉がゆっくりと開かれる。アキが駆け寄り、大介を抱きかかえた。

「大ちゃん! 大ちゃん! 大丈夫?」

 彼女の声に、大介がうっすらと目を開ける。

「ママ……?」

「そうよ、ママはここよ!」

 アキは大介をぎゅっと抱きしめた。


「ごめんね、怖い思いをさせて……」

「ママ、ママはきっと助けに来てくれると思ってた。だって、ヒーローだから」

 アキが大介を抱え上げた。そのとき、教室の扉が唐突に開く。

「宇宙人、ネイビエクスニウムを返せ!」

 蒼真の叫び声が教室に響きわたる。彼の後ろには、三浦と田所がMECガンを構えてなだれ込んできた。

「これはこれは、MEC隊員勢ぞろいですか?」

 男が不気味な笑みを浮かべる。

「ですが、もう手遅れです。ネイビエクスニウムは、私の手の中にある」

 男が右手を上げた。しかし、何も起こらない。


「なに?」

 男が驚愕の表情を浮かべる。

「この教室に何か仕掛けがあると思って、昨日調べたんだ。あったよ」

 蒼真と三浦が教室の前にあった黒板を外す。そこには、得体の知れない機械が冷たく光りながら鎮座していた。

「なんの装置かは分からなかったけど、今は分かったよ。あなたを瞬間移動させる装置だったんだな」

 黒衣の男が落胆したように肩を落とす。

「大介君が無事だと分かった段階で、回路の配線を切っておいた。さあ、もう逃げられないぞ!」

 そう言うと、三浦が黒衣の男に飛びかかる。しかし男はふわりとかわし、三浦に向かって右手を差し出した。赤い閃光が三浦を襲う。三浦はかろうじて身をかわし、それを回避する。その隙を突き、田所が男を背後から羽交い締めにした。だが黒衣の男は怪力で田所を振り払い、教室の隅へと投げ飛ばす。


 そのときだった。男の手元から赤い石が床へ転がり落ちる。蒼真が転がるようにしてネイビエクスニウムを拾い上げた。田所と三浦がMECガンを男に向ける。その瞬間、黒衣の男の動きがとどまった。

「仕方がありません」

 黒衣の男が静かにつぶやく。

「今回は引き揚げます」

 だが、その視線はなおも鋭い。

「だが阿久津蒼真、あなたに負けたわけではありません」

 男の口元が不敵に歪む。


「人間の母親の強さに負けたのです。子を思う心、それに、ね」

 そう言って、男は天に向かって右手を高く掲げる。そして、叫んだ。

「ゾーク! ゾーク!」

 教室が揺れ、天井が崩れ始めた。

「いかん! 逃げろ!」

 田所が叫ぶ。アキは大介を抱え、教室の外へ飛び出す。三浦もそれに続いた。

 埃が舞い落ちる廊下。やがて天井が崩れ落ちてくる。校舎の外では、三本角の二足歩行の怪獣が校舎を踏みつぶそうとしていた。


 そのとき、青い光の柱が天に向かって伸びていく。光が消えたとき、そこにはネイビージャイアントが立ちはだかっていた。

 ネイビーがゾークに向かって突進する。それを難なく受け止めるゾーク。両者は腕を組み合い、互いに間合いを計る。ネイビーが足をかけると、ゾークの体がぐらついた。その一瞬の隙を突いて、ネイビーがゾークを投げ飛ばす。続けざまにネイビーがゾークに馬乗りになり、何度も拳を振り下ろす。ゾークの動きが鈍くなったのを見て、ネイビーがその胸で光る赤い石に手を伸ばす。その瞬間、赤いバリアがネイビーの手を弾く。一瞬の隙に、ゾークが口から火炎を吐いた。まともに火炎を浴びたネイビーは、後方に吹き飛ばされて倒れる。


 ゾークは立ち上がり、怒りを露わにして再び火炎を吐く。倒れたネイビーに、容赦なく火炎を浴びせ続け、周囲は一面の火の海となる。そのとき、ゾークの背後から光線銃の白い閃光が走った。田所、三浦、そして鈴鹿アキが放つMECガンの光線が、怪獣に向けて発射される。

「許さない……」

 アキのMECガンが火を噴く。光線はゾークの右目に命中し、ゾークが目を押さえて蹲る。そしてゾークが怒りに満ちた眼差しでアキたちに向かって歩を進める。

「いかん、逃げろ!」

 田所が二人に叫ぶ。


「だめ! 私はあの怪獣が許せない!」

 アキは構えを崩さず、MECガンを撃ち続ける。しかし正面から向かってくるゾークにはまったく通用しない。じりじりと後退していくアキ。

「鈴鹿さん、危ない! 逃げてください!」

 三浦がアキの腕を取るが、彼女はそれを振りほどいた。だが、その瞬間にはもう、ゾークが目前に迫っていた。


「キャーッ!」

 アキが思わず身を伏せる。しかし何も起こらない。恐る恐る目を開けるアキ。彼女の目前では、ゾークを羽交い締めにするネイビーの姿があった。もがいても動けないゾーク。

 ゾークが前のめりにネイビーを投げ飛ばすが、ネイビーはすぐに立ち上がる。そして、高くジャンプしたその体が空中からゾークへ飛び蹴りをかます。うつ伏せに倒れるゾーク。その上にまたがったネイビーが拳を何度も叩き込む。続けてネイビーはゾークを羽交い締めにして立ち上がり、そのままアキの方へゾークの体を向ける。そしてアキに向かって、静かに合図を送った。

 アキがMECガンを構える。


「大介に、大介に危害を加えようとした宇宙人も、怪獣も許さない。絶対に、許さない!」

 彼女の放った赤い閃光が、ゾークの胸をまっすぐ射抜き、そこに埋め込まれていた赤い石に命中する。ゾークの腕がだらんと垂れ下がり、その動きが完全にとどまった。ネイビーがゾークを仰向けに倒す。胸から赤い石を取り出すと、沈みかけた夕闇に向かって掲げる。漆黒の空に赤い石が浮かび上がるように光った。

 ネイビーがその石に向けて左手を差し伸べる。その掌から放たれた青い光線が石を包み、やがて小さな光が拡がる。そして、石は完全に粉砕された。

 最後にネイビーが足元を見下ろす。ゾークの巨体は、ゆっくりと、そして静かに、夜の闇へと溶け込むように消えていった。


 ×   ×   ×


 枯れた芝生の上を、大介が元気に走り回っている。冬の訪れを告げる冷たい風が吹きつける中、それでも柔らかな陽の光が芝生を優しく照らしていた。空は天高く、深い青に染まり、大介の笑い声がその空へと溶けていく。

 防衛隊基地の横にある、いつもの公園。いつものベンチに腰掛けて、アキと蒼真は、元気に遊ぶ大介の姿を見守っていた。

「大ちゃん、無事でよかったですね」

 蒼真は大介を見つめながら、アキに声をかける。


「……みんなに迷惑をかけてしまったわ」

 アキも大介を見つめたまま、沈痛な面持ちで答えた。

「そんな。僕たち、迷惑だなんて思ってませんよ」

「でも、私のやったことはみんなを裏切る行為よ。宇宙人にネイビエクスニウムを渡そうとしたんだから」

「それは仕方ないですよ。大ちゃんを助けるためだったんだから」

 アキは目を閉じ、静かに息を吐く。

「でもね、本来、市民を守る防衛隊の一員としては、恥じるべき行為だったわ。自分の身内を助けようとした結果、多くの市民を危険にさらしてしまうかもしれなかった。もしあのままネイビエクスニウムを宇宙人に渡していたら、今ごろなにが起きていたか……」


「大事な人を守ろうとするのは、恥ずべきことじゃないと思います」

 アキは目を開き、口を小さくへの字に曲げる。

「ありがとう」

 ほんのり潤んだ瞳で、アキはまっすぐ大介を見つめた。大介は地面の枯れ草を集めて撒き、その後を風がさらっていく。大介はそれを追いかけ、笑いながら駆けていった。

「でも、私には弱点がある。また同じように大介が誘拐されたら、きっと私はまた同じことをしてしまう。このままMECにとどまるべきなのかしら。いないほうがいいような気もするの」


「そんな、大ちゃんは“弱点”なんかじゃありません」

 蒼真の語気が、少し強くなった。

「でも……」

「鈴鹿さんは、強いんです。それは大ちゃんがいるから」

「え、」

 蒼真がアキの方を向き、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「アキさんが戦えるのは、大ちゃんのおかげです。“だれかを守りたい”っていう気持ちが、強さに変わる。守るべきものがあるアキさんは、だれよりも強いです」

 アキが、小さく息を呑む。


「……そう。そうかもしれないわね」

 その表情にわずかな光が差した。アキは再び大介の方を向き直る。彼は今、芝生の上で転がっている。服には枯れ草が絡みついているが、そんなことはおかまいなしに、ご機嫌な様子で地面と戯れていた。蒼真もそんな大介を微笑ましく見つめている。

「今回のことで、吉野隊長の計らいで、大ちゃんと一緒に基地近くの警備付きマンションに引っ越せたし。みんなで大ちゃんを守りますよ」

「本当に、みんなになんとお礼を言ったらいいのか」

「いいんです。みんな、大ちゃんのことはMECの一員くらいに思ってますから。それに、新しい部屋だと、鈴鹿さんも通いやすいんでしょ。大ちゃんも嬉しいはずですよ。今までより長く、お母さんのそばにいられるんですから」


「私も、嬉しい」

 ふと、蒼真の胸にぽつりと寂しさが芽生えた。自分は母とこんなふうに一緒の時間を過ごした記憶が少ない。大介が大好きなママと長く過ごせることに、少しだけ、いやほんの少しだけ嫉妬していた。

「まあ、大ちゃんだから、いいか」

 そのつぶやきにアキが首を傾げた。

「大ちゃんは、僕たちの仲間です。MECメンバー全員で守りますよ。みんなで支え合う、それがMECの強さです」

 アキが笑った。そして芝生の上の大介へ視線を向けた。その瞳には静かで確かな、そして強い想いが宿っていた。

 蒼真の脳裏に、ふと母の姿がよぎる。母もまた、こんなふうに自分を見つめてくれていたのだろうか。アキのように、命に代えても自分を守ろうとしてくれていたのだろうか。蒼真は答えのない空想を、大介の眩しい姿を見つめながら、静かに思い浮かべていた。

《予告》さとみが姿を消した。心配する研究所のメンバーたち。一方でR計画は着実に進んでいた。その作戦室に姿を現すさとみ。そして彼女の封印された過去の研究が明らかになる。次回ネイビージャイアント「消された過去」お楽しみに。

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