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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
30/71

第三十話 妹の結婚

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「お兄ちゃん、聞いてる?」

 夏美の尖った声が、電話越しに田所の耳に飛び込んできた。

「はい、はい」

 田所は気のない返事を電話口に届ける。

「もう、来週の日曜日だよ」

「分かってるよ」


 防衛隊基地の裏手、人通りの少ない建物の陰で、田所は携帯を握りしめながら落ち着きなく歩き回っていた。

 日が差す南側とは対照的に、ここは秋風が容赦なく吹き抜け、ひんやりとした空気が肌を刺す。それでも田所は止まることなく動き続け、額には汗が滲んでいる。

 顔は怒りを孕んで夕焼けのように赤く染まり、薄暗い建物の影の中でもその感情が際立って見えた。


「裕二さんのお休みが取れるの、その日しかないんだから!」

「こっちだって、怪獣がいつ出てくるか分からないんだぞ。行けるかどうかは怪獣に聞いてくれ!」

「もう……」

 夏美の言葉もどんどん荒っぽくなっていく。


「お兄ちゃん、やっぱり私の結婚、反対してるんじゃないの? 裕二さんの職業のこと、気にしてるんでしょ」

「そんなことない。それより、口うるさい妹が早く嫁いでくれた方が助かる」

「なにそれ?」

「つまり、反対してないってことだよ」

 田所の挙動は落ち着かない。


「なら、まじめに考えてよ」

「分かったよ、行けばいいんだろう?」

「本当? 本当に来てくれるのね?」

「あぁ、行くよ」

「なら、日曜日、富士見ホテルのロビーね」

「はいよ」

 その返事のあと、田所は通話を切った。


「ちっ、なんで妹の彼氏と会うために、俺の大事な時間を割かなきゃならないんだよ。こっちだって暇じゃないんだぞ」

 そう言いながら田所は携帯をポケットにしまった。

「だいたい、どうして相手がよりによって消防士なんだ。俺は命を懸ける男より安定したサラリーマンと結婚してほしかったのに」

 田所は大きなため息を吐く。


「苦労するぞ、母さんみたいに」

 田所は項垂れ、目を閉じた。ふと、父の顔が脳裏によみがえる。

「消防士は命を顧みないからな。なんでそんな男に惚れる?」

 田所の表情が曇る。秋風が吹きつけ、彼の肩を冷たく撫でた。少し肩をすぼめながら、田所は建物の中へ入っていった。


 ×   ×   × 


「緊急指令、緊急指令。北海道・釧路沖に怪獣が上陸。直ちにMECは作戦室に集結せよ。繰り返す、MECは作戦室に集結せよ!」

 館内放送が繰り返し怪獣の襲来を告げる。緊張が走る中、隊員たちはそれぞれの持ち場を離れ、作戦室へと急ぐ。三上、三浦、鈴鹿アキがゲートを通過し、その少し後に田所が駆け込んできた。すでに作戦室の大型モニターには現場の映像が映し出されている。


 港に上陸したのは巨大な襟巻をたたえた二足歩行の怪獣。その異形の姿は威圧的でありながらもどこか不気味な不安を煽る。怪獣は倉庫やクレーンなどの港湾施設を次々と破壊しながらゆっくりと前進していく。その足元では炎が立ち上がり、瓦礫が飛び散るたびに、港の空気がざわめいた。

「怪獣は胸にネイビエクスニウムを持つタイプです」

 モニターの前で観察していた蒼真が、隣で画面を見つめている吉野隊長に報告する。


「相変わらず手強そうだな」

 田所は首筋あたりをボリボリと掻いた。

「蒼真君は基地に残って怪獣の分析を続けてくれ。田所、鈴鹿、三浦は直ちにスカイタイガーで出撃。三上は作戦室で避難状況を確認し、必要に応じて警察へ避難指示を伝達してくれ」

「了解!」

 隊員たちは素早くそれぞれの持ち場へ散っていく。


 格納庫から、スカイタイガーがゆっくりと発射台へ移動する。防衛隊基地の巨大な屋根が開き、発射台が空へ向けて傾く。

「スカイタイガー発進!」

 三浦が叫び、エンジンが点火。スカイタイガーは滑るように発射台を飛び立ち、空へ向かって加速した。


 ×   ×   × 


 秋の澄んだ空に、三つの光が近づいてくる。スカイタイガーが現場に到着したとき、怪獣はすでにかなり内陸へ進んでおり、小さな町へと迫っていた。

「こちら鈴鹿。作戦室、地上の避難状況は?」

『こちら三上。避難はまだ完了していない』

 田所は高所から地上を見下ろす。その視線の先には混乱の中で逃げ惑う人々の群れが、山へ向かって殺到していた。しかし彼らの行く手には大きな川が立ちはだかっている。橋の上には、車と人が押し寄せ、もはや動くことすらままならない。停滞した群衆の中に焦燥が広がり、叫び声が川辺にこだまする。田所は息を詰めた。このままでは彼らは逃げ切れない。


「隊長、地上に着陸して、橋を渡らないでいい方向へ避難誘導しましょう。三浦と鈴鹿隊員は避難者とは反対側へ怪獣を誘導してください」

 田所が着陸しようとした、その瞬間。

『待て!』

 吉野隊長の声が無線を通じて響く。

『地上の避難誘導は鈴鹿隊員、君に任せる。田所と三浦は怪獣を海の方へ誘導せよ』

『え、私が避難誘導ですか?』

 アキが驚いた声を上げる。


「鈴鹿隊員、変わるよ」

 田所が軽く声をかける。しかし……

『ダメだ。鈴鹿隊員は無茶をする傾向がある。だからこそ、地上で避難誘導だ』

『えーっ』

 不満げなアキをよそに、吉野隊長は次々と指示を出す。

『田所は先輩として三浦を指導し、怪獣を誘導せよ』

『了解!』

「了解……」

 田所の気のない返事に、


『田所先輩、いきましょう! まずは俺が怪獣の頭部にミサイルを撃ち込みます』

 三浦機が編隊を外れ、怪獣の頭上で急上昇。そして、一気に急降下。勢いを乗せてミサイルを撃ち込んだ。

「ギャオー!」

 放たれたミサイルが怪獣の脳天に命中。怪獣がぐらつき、よろめいた。

『やった!』

 三浦の攻撃に怒った怪獣が襟を大きく広げる。三浦機は挑発するように怪獣の目の前を横切った。怪獣が三浦機を目で追う。一度離れた三浦機が再び怪獣の前を通過すると、怪獣はその誘いに乗るかのようにスカイタイガーを追いかけ始めた。


『よし、早く来い! この木偶の坊野郎!』

 三浦の挑発に反応するように、怪獣は勢いを増して三浦機を追いかける。

『しめた!』

 怪獣は三浦を追いながら海の方へ進んでいく。その口が大きく開いた。内部では赤々と炎が燃え盛っている。

『うわっ!』

 次の瞬間、怪獣が放った火炎が三浦機の尾翼を直撃した。

『操縦不能! 脱出します!』

 三浦機がそのまま墜落していく。ほどなくして、近くでパラシュートが開いた。


「ちぇっ!」

 田所機がすぐさま怪獣の前を横切る。しかし怪獣は三浦機を墜落させたことで満足したのか、田所機には目もくれず、再び町へ向かおうとしている。

「しょうがないな」

 田所は怪獣の背後からミサイルを撃ち込む。怪獣の背中で爆発が起こるが、全く動じる気配はない。そのまま町へ向かって歩みを続ける。

「なんでだ、なんでこっちに振り向かないんだ!」

 田所は再び怪獣の前を横切る。しかし怪獣はスカイタイガーを追おうともしない。


「ちっ、俺には興味ないってか」

 怪獣が町近くの川へと進んでいく。すると、大量の水が溢れ出し、勢いよく町へ押し寄せ始めた。

 田所の体が一瞬硬直する。しかしすぐに頭を振り、操縦桿を握り直した。

「鈴鹿隊員! 避難状況はどうなってる!」

 田所が慌てて無線を飛ばす。

『まだ……そんな急になんとかできるわけないでしょ!』

「急いで! 川の水が溢れてる!」

『えっ』

 田所はとっさに上流の川の土手へレーザーを撃ち込んだ。激しく砲撃された土手が決壊し、水は森の方へ流れていく。その影響で怪獣周辺の水位が急激に下がった。しかしその波に飲まれた村人たちが数人いる。田所の体が一瞬固まる。


『田所、胸の赤い部分を至近距離で狙え!』

 吉野隊長の指示が無線から響く。

「えっ、至近距離ですか?」

「急げ! 避難が完了するまで怪獣の気を引くんだ!」

 田所は一瞬躊躇する。

『どうした、田所!』

「……了解。攻撃に移ります!」

 田所は怪獣の前方へ回り込む。そしてミサイルを発射。だが、いつものように赤いバリアに阻まれ、怪獣の胸まで届かず爆発する。


『バリアの中に入り込めないか?』

「無理です! 近づきすぎてます!」

『できる限り接近しろ!』

「そんなこと言われても……」

 田所機が再び怪獣の正面へ向かう。しかし、その瞬間、怪獣の口が開き、炎の奔流が田所機を襲う。

「うわっ!」

 田所機は炎に包まれ、機体が激しく燃え上がる。そのまま怪獣に突っ込んでいく。


「脱出する!」

 田所が脱出ボタンを押す。次の瞬間、彼の体は空へと放り出された。

 主人を失った田所機が、迷いなく怪獣の腹部へ突っ込む。怪獣は避けきれず、直撃、爆発の衝撃が周囲に轟き、怪獣の巨体が揺らぐ。その一瞬の隙を見逃さず、鈴鹿アキがスカイタイガーからミサイルを撃ち込んだ。怪獣は咄嗟にバリアを展開する。しかし、それはわずかに遅かった。ミサイルはバリアの防御をすり抜け、怪獣の胸の赤い部分へと命中。直撃の衝撃に、怪獣は激しくもんどりうち、苦悶の鳴き声を響かせる。


『やったわ!』

 怪獣は大きくよろめきながら必死に地面を掘り返す。爪が土をかき分け、乾いた大地に深い溝が刻まれていく。舞い上がる土埃が視界を覆い、戦場全体を灰色の霧のように包み込む。そして、土埃が収まった瞬間、そこに怪獣の姿はなかった。


 ×   ×   × 


「隊長に大目玉を食らったよ」

 スカイタイガーの格納庫。ここは昔、蒼真が芦名とよく雑談していた場所だ。だが今、彼の姿はない。代わりと言ってはなんだが、今日は珍しく田所がスカイタイガーの整備状況を確認しに来ていた。

「まあ、至近距離からの攻撃は危険ですからね」

 蒼真は気休めのように言った。ただ昨日の戦闘では、確かに田所の動きに迷いがあったように思えた。

「田所さん、何か気になることがあったんですか?」

「まあ、死にたくなかったってとこかな」

「?」

 蒼真が首を傾げる。


「俺さ、そもそも防衛隊の隊員なんかになりたくなかったんだよな」

「そうなんですか? まあ、確かに田所さん、どことなくそんな雰囲気はあるなって思ってましたけど」

「バレてたか」

 田所がバツが悪そうに頭を掻いた。

「俺、他人のために命を懸けるなんて性に合ってないんだ」

「そうなんですか……」

 蒼真はその言葉を聞き、ふと昔の自分を思い出した。初めて吉野隊長たちに会った日、防衛隊に協力してほしいと言われたとき、美波に話した記憶がある。


『僕は別に、世のため、人のために頑張る人間じゃないし。第一、そんなことで頑張っても、何がいいことある? ないよ、きっと』

 だが、今となっては。

「でも、今までの田所さんは、今日みたいな躊躇はなかったと思いますけど」

「そうか?」

 田所はとぼけたように答える。

「何かあったんですか?」

「うむ」

 田所は少し項垂れた。


「あるとすると、妹の件かな」

「妹さん? 田所さんに妹さんがいらっしゃったんですか?」

「なんだよ、俺に妹がいて悪いか?」

 田所がムッとした表情で蒼真を睨んだ。

「いやいや」

 蒼真は本心を悟られないように、微妙な薄笑いを浮かべる。

「蒼真君が何を考えてるか知らんが、妹はな、俺に似ず可愛いと評判なんだ」

「そうなんですね。似てない。いやー、それはなにより」

「なに!」

 睨みつけていた田所の顔に、ふっと笑みが戻る。そしてポケットから一枚の写真を取り出し、蒼真に手渡した。受け取った蒼真が写真を見る。そこには、満面の笑みを見せる可愛らしい女性の姿があった。


「確かに、田所さんと似ていない可愛い女性ですね」

「だろう、って、納得するなよ」

 蒼真は写真を田所に返した。

「で、その妹さんが何か?」

「結婚するって言い出したんだよ。しかも消防士と」

「へぇ、いいじゃないですか。社会を守るために働いてるって意味では、お兄さんと同じじゃないですか」

「そう、それなんだよ……」

 田所の表情が陰る。


「消防士が気に入らないんですか?」

「あゝ、実は、俺の親父が田舎の消防団に所属してたんだよ」

「へぇ、一家そろって社会正義を守ってたんですね」

 蒼真が感心したように頷いた。しかし田所の表情は暗いままだった。

「でも…… 死んだ。俺が中学のときに」

「え?」

 蒼真は普段は陽気な田所が暗い表情をしている理由を察した。そして、彼が妹の結婚にわだかまりを抱く原因も、そこにあるのだと気づいた。


「あの年、大きな台風がやってきたんだ。川が氾濫しそうで、親父は避難誘導をしていた。そんなとき、住民の一人から、足の悪いおばあさんが家にひとり取り残されていると聞いたんだ。親父は、迷わず助けに向かった。でも、その直後に川が氾濫した」

 田所は目を閉じる。

「おばあちゃんは家の二階にいたから助かった。でも、助けに行った親父だけが濁流に飲み込まれたらしい」

 静かな沈黙が二人の間に落ちる。


「バカだよな。なんで自分の命を捨ててまで、って。当時の俺はそう思った。残されたお袋や妹のことを考えろよ、って」

「でも、人を救いたいと思うことは、崇高なことじゃないですか?」

「確かに、親父は生きていたころ、消防団の仕事に誇りを持っていたよ。人の命を救うことは偉大なことだって、よく言ってた」

 田所はふっと息を吐いた。


「でもな、本人が死んじまったら何にもならないだろう」

 蒼真の心に母の顔が浮かぶ。確かに母が亡くなったとき、人のためより自分のために生きていてほしかった、そう何度思ったことか。

 田所も、似た経験をしていたのだと初めて知った。

「親父が死んで、悔やんでくれる人はいた。でも、賞賛する人はだれもいなかったんだ。影では、あんな状況で救助に向かうなんて馬鹿じゃないのか、なんて言う奴までいた」

 田所の拳が、無意識に力を込める。


「親父を失った田所家は、お袋がパートを掛け持ちして家計を支えた。でも、その無理が祟ったのか。俺が高校三年のときに、過労が原因で亡くなった」

 蒼真は言葉を失う。

「お袋が病気のとき、彼女を助けようとした町の人はほとんどいなかったよ。町を守るために死んだ人間の家なのに」

 胸が締め付けられるような思いが、蒼真の中に広がっていく。自分が怪獣に殺されたとして、だれが悲しむのだろうか。


「なんとか奨学金で大学を出て、一番収入が高そうな職業を選んだ。それが防衛隊だった。別に、この国を守ろうと思ったわけじゃない。ただ、金が欲しかったんだ。なにより妹を進学させる金が」

「それが、今度結婚するって言っている妹さんなんですね」

「そうだ。やっと大学を卒業させて、生活も安定したっていうのに。なんで消防士なんか選んだんだろうな。消防士だぞ? もしかしたら危険な目に遭うかもしれない。もし、もし何かあったら、お袋と同じ苦労をすることになるんだ。それを思うと、いたたまれなくなる」

「確かに」

 蒼真は大きく頷いた。


「だから田所さん、怪獣への攻撃を躊躇したんですね」

「見たんだよ。怪獣が川に侵入して、堤防が決壊して、それで村人が濁流に飲み込まれた。親父も、そうだったのかもしれないって」

「なるほど。田所さんの気持ち、なんとなく分かる気がします」

「たぶん、心のどこかでこの仕事って、本当に命を懸けてやることなのか? そんな問いが、俺の心の中にあったんだと思う」

「……」

 蒼真は、ふと考えた。


 自分は、何のために戦っている? 三上は軍人の家系として国民を守ろうとしている。三浦は春菜を守るために戦っている。アキは息子のためにかっこいい自分でいたいと思っている。では、自分は? 美波を、仲間を守るため? でも、何かが違う。母は違った。彼女は、愛する自分よりも優先したものがあった。それは田所の父と同じ? それとも、違う?

「おっと、作戦会議の時間だ。蒼真君、作戦室へ行こうか」

 田所が作戦室に向かって歩き出す。蒼真もその後に続いた。胸にわずかな迷いを抱えながら。


 ×   ×   × 


「夏美さん!」

 秋の祝日。休日で賑わう街中で美波が前を歩く女性に声をかけた。

「あ、美波さん、久しぶり!」

 振り返った夏美の顔に自然な笑みがこぼれる。美波もそれに負けないほどの笑顔を見せた。美波が夏美と知り合ったのはフラワーアレンジメント教室での偶然の出会いだった。

 最初はただ同じグループで花を活けたことがきっかけだった。そのときは彼女がMECの田所隊員の妹だとは夢にも思わなかった。その事実を知ったのは教室が閉鎖され、名残惜しい気持ちで二人で食事に行ったとき、その場で苗字が同じことに気づいたものの、それだけでは結びつかなかった。なぜなら、彼女は兄とはまるで違っていたから。夏美は愛らしく、田所隊員の印象と真逆だった。


「で、お兄さん、なんて言ってるの?」

 カフェの扉をくぐった瞬間、優しいコーヒーの香りが二人を包み込んだ。大きな窓から差し込む午後の陽光が、客それぞれの表情を照らし出している。美波と夏美は、その光を避けるように店の隅へと座り、少し薄暗い席で話を続けた。

「賛成とも反対とも言わないの」

「へぇ、そうなんだ」

 美波は田所の顔を思い浮かべる。確かに、優柔不断なところは昔からあった。


「でも…… 結局、反対なんじゃないかな」

「え、どうして?」

「相手が消防士だから」

「? 消防士って、かっこいいじゃない。それに、社会正義のために働いてるって、防衛隊と同じじゃないの? なんで反対するの?」

「そうなんだけどね……」

 夏美は田所家に起こった過去の出来事を語った。特に、父親の死について。


「そうなの、そんなことがあったんだ」

 美波は深く頷いた。

 田所家が、そんなにも社会正義に熱い人たちだったとは知らなかった。ふと、美波は田所に対して、申し訳ない気持ちを抱いた。

「私は父を尊敬しているし、人のためになる仕事はすてきだと思ってる。でも、兄は父よりもそのことで苦労した母と私を重ねてるんだと思う」

 夏美は目の前のアイスコーヒーのストローを意味もなくくるくると回す。


「そうなんだ。お兄さんとしては、大事な妹が悲しまないか、心配なんだね」

「たぶん、そうなんだろうね」

 夏美はため息を吐いた。

「でも、夏美さんが好きになった人なんだから、とやかく言われる筋合いはないんじゃない? 私は社会正義のために働く人ってすてきだと思う」

 美波の頭に蒼真の言葉が蘇る。


『僕は別に、世のため、人のために頑張る人間じゃないし。第一、そんなことで頑張っても、何がいいことある? ないよ、きっと』

 半年前の言葉。彼はその後、変わったのだろうか?何かが変わった気がする。今は、人類を怪獣から守ることに必死になっている。あのころよりもたくましくなったように見える。でもそのことで、どこか遠くなった気もする。


「ちょっとは、すてきになったのかしら?」

 美波の独り言は、夏美の耳には届いていないようだった。

「でもね、母が亡くなってから、私を大学まで進学させてくれて、社会人になっても家計を援助してくれたのは兄さんなの。だから恩があるのよ」

 ホットコーヒーを一口飲みながら、美波は首を傾げた。

「それはそれ、これはこれでしょ?」

「それはそうなんだけど」

 夏美は意味もなく回していたストローを止める。


「どこかで、兄さんには父さんのことを認めてほしいって思ってるの。無駄に命を落としたわけじゃないって。きっと、兄さんも父さんのことを誇りに思ってるはず。でなかったら、いくら給料が良くたって、防衛隊には入らなかったはずよ。どこかで、意地を張ってるんだと思う」

「そうかもしれないわね」

 美波には田所の気持ちがよく分からない。まぁ、蒼真の気持ちも分からないから、仕方がないけれど。本当に男って…… 心の中で、そんな言葉がこぼれた。

「ところで、夏美さんは裕二さんのどこが好きなの?」

「えっ……」

 今まで暗い表情だった夏美が、照れくさそうに笑った。


「そうね。優しくて、力強くて…… でも、一番はだれかを守ろうとする気持ちかな。やっぱり」

「へぇ、そうなんだ」

「初めて出会ったのは、私が友達の家で火事に巻き込まれたときなの。煙を吸って意識が朦朧としていた私を彼が救いに来てくれた。彼の腕に抱かれて現場から助け出されたときこの人しかいない、って思ったの」

「なるほどね、それは好きになるわね」

 美波は怪獣ネオヌルスに襲われたときのことを思い出した。崩れる建物の中で、蒼真に手を引かれ脱出した。彼女がふと不思議な気分になる。


「でもね、それだけじゃないの。防災のために学校や病院を回って啓蒙活動をしたり、河川の見回りで防波堤の破損を確認したり、もし氾濫したときに危険になる溝や、流されやすい機材が置かれていないかをチェックしているの。それも、嫌がらずに、まじめで、本当に誠実なの」

 なるほどそこはちょっと違うかも。美波はコーヒーを一口飲み心を落ち着かせた。

「夏美さんのお父さんも、そんな感じだったの?」

「うん。でも、子供だったから、おぼろげな記憶しかないんだけどね。でも、父も誠実な人だったと思う」

「そうなのね」

 美波は父をよく思っていない田所にとって、裕二は会いたくない人間の一人かもしれない、そう思った。


「きっと、お兄さんも夏美さんの気持ちを分かってくれるわよ。私も力になるから」

「ありがとう」

 夏美はペコリと頭を下げた。

「さて、そうなると、作戦としては、あいつを使うしかないか」

 美波は、任せておいて! と言わんばかりに胸を張る。夏美は美波の自信の裏付けが分からず、愛想笑いを浮かべた。そんな夏美の不安をよそに美波には確信があった。きっと彼ならなんとかする、はず。


 ×   ×   × 


「で、なんで僕まで駆り出されるの?」

 ホテルのロビーでは正装した人たちが行き交っている。蒼真はこの落ち着いた雰囲気が苦手だった。なぜならこういう場にふさわしい服を持っていないから。

「ほんと、服ぐらい買ったら?」

 隣にいた美波が、じろりと蒼真を睨む。そう彼の服装はよれよれのTシャツにジーンズ姿。明らかに場違いだった。


「お願いだから、不審者だと思われないでね」

 美波が、ため息混じりにささやく。

 二人はロビー横に併設されたオープンカフェの隅の席に陣取っていた。できるだけ目立たないように身を屈めながらコーヒーを飲んでいる。今日は日曜日。ビジネス客らしきスーツ姿の人は少なく、家族連れや恋人同士、それにお見合いらしきぎこちないカップルも席についていた。

 人で埋め尽くされたカフェの中、ピンク色のワンピースを着た夏美が、がっしりとした体格のスーツ姿の男性と並んで座っている。隣にいるのは裕二。さすが消防士。体格は、自分とはまるで違う。蒼真は、改めてその屈強さを感じた。


「遅いわね、田所さん」

 美波が周囲を見回す。蒼真がここへ連れてこられたのは美波の発案によるものだった。田所が妹、夏美の結婚に反対している。その彼を説得するために蒼真の協力が必要だと。なんで僕? 当然の疑問を投げかけると、美波はこう言った。

「だって、蒼真君、前に『僕は世のため、人のために働く人間じゃない』って言ってたよね? 田所さんも同じなら、お互い共感できるはず。そこで、蒼真君が『僕たちとは違う、人を助けたいと思っている裕二さんを敬いましょう』って言えばいいの。それが、夏美さんの結婚を許すべき理由だって説得するの」

 何それ? 蒼真は首を傾げた。そんな理屈で田所が納得するとは思えない。まあ、説得は無理にしても蒼真は田所の発言が気になっていた。


「だれかのために働く人がいる」

 でも、なぜなんだろう? どうして人のために戦える? 蒼真はその理由を裕二に直接聞いてみたい、そう思ったからここへ来たのだ。

「あ、田所さんよ」

 ホテルの玄関から防衛隊の制服を着た田所が歩いてくる。いつものMECのユニフォームとは違い、きっちりとした軍服姿。しかしその歩き方はどこかぎこちない。

「なんであの服装なの? あれじゃ、威嚇してるみたいじゃないの」

 美波が少しいら立った声を漏らす。確かに。その姿は蒼真以上にこの場にそぐわない。夏美が田所を見つけ手を振った。田所も夏美を認識し、ゆっくりと近づいていく。


「うまくいくかしら」

 美波が祈るように両手を組む。

「大丈夫だよ」

 蒼真も自信はなかった、が、今は、そう言うしかない。裕二がスッと立ち上がり、深々と一礼する。それに対し田所は軽く会釈を返すだけでしばらく、その場に固まっていた。明らかに緊張している。夏美に促され二人はようやく席に着く。夏美と裕二が並び、その向かい側に田所が座る。水を運んできたウエイターに田所は即座に注文を告げ置かれた水を一気に飲み干した。


「田所さん、だいぶ緊張してるみたいね」

「そうね……」

 蒼真と美波が様子をうかがっていることを三人は気づいているのかいないのか、しばらくだれも口を開かなかった。沈黙が続くなか夏美が急に笑顔をつくり、何かを話し始める。しかし田所と裕二の口は開かない。

「うーん。雰囲気が悪いな、田所さん、やっぱり夏美さんと裕二さんの結婚を許してないのかなぁ」

 蒼真の言葉に美波の眉間に皺が寄る。

「ほんと。男の人って、頑固よね……」

 再び三人が沈黙する。どう見ても、静けさが支配していた。その沈黙を破るようにウエイトレスがコーヒーを田所の前に置く。田所はしばらくじっとコーヒーを見つめた。そしてその目の前のコーヒーを一気に飲み干す。


「ダメだな。田所さん、緊張しすぎてる」

「よし、ここは蒼真君の出番ね!」

「えっ?」

 美波が蒼真の手をつかみ、席を立とうとした、その瞬間蒼真のポケットからMECシーバーの呼び出し音が鳴り響く。同時に田所も立ち上がる。蒼真が急いでMECシーバーを取り出し無線に応答する。


「こちら蒼真です」

『こちら作戦室』

 鈴鹿アキの声から緊張感が伝わってくる。

『前回現れた怪獣ハルケニアが再び北海道に上陸しました。至急、本部に合流願います』

「了解!」

 田所もMECシーバー越しにアキと蒼真のやり取りを聞いていた。

「えっ、大事なところなのに……」

 不服そうな美波を横目に蒼真は田所たちへと歩み寄る。


「蒼真君、なんでここに?」

 驚く田所をよそに、蒼真はまっすぐ裕二のもとへ向かった。

「裕二さん、どうしてあなたは命を顧みず、人のために行動できるんですか?」

 突然の問いかけに、裕二は戸惑う。当然だ。どこのだれとも知らない相手からいきなりそんな質問をされたのだから。それでも隣にいた夏美がそっと裕二の袖を引く。見返す裕二に、夏美は何度か頷いてみせた。


「はい、だれかがやらなければならないからです」

 裕二は胸を張り、毅然とした態度で言い放った。

「自分は、火災で母を亡くしました。そのとき、どれだけ早く消防士が来てくれたらと願いました。でも、火の勢いは強く、消防士が駆けつけて救助されたときには、すでに大量の煙を吸っていて、母は重体でした。そしてほどなくして病院で亡くなりました」

 蒼真の隣で田所が息を詰めるようにその話を聞いている。


「だから思ったんです。自分のような人間を増やしたくない。だからこそ、事前の防災にも力を入れてきました。自分だって命は惜しい。でも、だれかがやらねば、この町には自分と同じ悲しい思いをする人が増える。夏美さんが住む町を、だれかが守らなければならないと思っています」

 裕二の目が揺るがない。

「そうでなければ、夏美さんを幸せにすることはできない。命を捨てるような真似は、決してしません。危険を回避しながら、みんなを守ります。夏美さんに、自分のような悲しい思いはさせません」

 裕二は静かに息を整えた。


「だから、夏美さんとの結婚を許してください」

 その瞬間、蒼真は隣の田所の脇腹を軽く突いた。田所がハッと我に返る。蒼真が頷く。田所が夏美の方へと向き直った。

「夏美、裕二さんに幸せにしてもらえ」

 そして改めて裕二へ視線を移す。

「裕二さん。ふつつかな妹ですがどうか、どうかよろしくお願いします」

 田所は、深々と頭を下げた。その横で蒼真は田所の目から一粒の涙が落ちるのを感じた。


「夏美さん、よかったね」

 蒼真の横にいた美波が夏美の両手を取る。夏美も頬に涙を伝わせながら、大きく頷いた。その温かな雰囲気を断ち切るように。蒼真が田所の腕をつかんだ。

「急ぎましょう。怪獣が待っています。美波、あとは任せた」

 戸惑う美波を残し、蒼真と田所は玄関へ向かって走り出す。夏美は、田所の涙を見ることなく、二人の背を静かに見送っていた。


 ×   ×   × 


 帯広の広大な原野。その静寂を切り裂くように、地中から突如として土煙が舞い上がった。その中心から怪獣ハルケニアが巨体を現す。荒々しい足が大地を踏みしめるたび、重々しい振動が広がり、土の匂いが辺りに立ちこめる。

 ゆっくりと、しかし確実に、市街地へ向かって歩を進めるハルケニア。その進路上に佇んでいた牛舎をためらいなく巨大な足で踏み潰した。驚きと混乱に包まれた牛たちが、次々と原野へ向かって逃げ出す。


『こちら作戦室、吉野だ。ハルケニアを市街地に入れるな』

『了解』

 現地に到着したスカイタイガー。三浦機と鈴鹿機が、ハルケニアの背後からミサイルを撃ち込む。一瞬、動きを止めるハルケニア。だが、何事もなかったかのように再び歩みを進める。

『隊長、ミサイルが効きません!』

 三浦の声が、無線を通じて作戦室へ届く。


『今、スカイカイトに破壊力の高い高性能ミサイルを搭載させた。地上からの攻撃しかできないため、市街地の手前で田所が待機している。準備が完了するまでハルケニアを足止めしろ』

『了解』

 二機のスカイタイガーがハルケニアの進行を遅らせるために足元へレーザーを撃ち込む。ハルケニアは足を取られ、大きく尻もちをついた。

 そのころスカイカイトが市街地手前、市街地と原野を分ける川の河原に着陸していた。大型ミサイルを田所と蒼真が設置していく。


「よし、設置完了だ。蒼真君は安全な場所へ避難していてくれ」

「了解です。でも、田所さんこそ無茶しないでくださいね」

「当たり前だ。可愛い妹の結婚式を見るまでは、死ねないよ」

「そうですね。じゃあ、気をつけて!」

 そう言い残し、蒼真は市街地の方向へ走り去った。


『こちら田所、準備完了』

『こちら作戦室、了解。田所、一気に片をつけろ。至近距離から胸の赤い部分を狙え』

「了解!」

 田所は近づくハルケニアに砲台を向ける。怪獣はすでに目の前まで来ていた。

『三浦機、鈴鹿機は背後から攻撃し、ハルケニアの注意をそらせ!』

『了解!』

 二機のスカイタイガーが背後へ回りミサイルを撃ち込む。ハルケニアは怒り、襟巻きを大きく広げた。そして振り返りざまその目から怪光線が放たれる。


『うわっ!』

 三浦機の左翼が炎に包まれる。

『操縦不能! 脱出します!』

 パラシュートが開くと同時にハルケニアが再び前を向く。

「今だ!」

 田所がミサイルボタンを押そうとしたその瞬間、怪獣の目がぎらりと光る。怪光線が放たれた。

「うわぁぁっ!」

 田所はとっさに伏せる。だが何も起こらない。ゆっくりと目を開けるとそこには、青い巨人が立っていた。ハルケニアはその姿を見るなりさらに襟巻きを大きく広げる。


「ネイビー!」

 ネイビーは猛然と突進し、ハルケニアとの激突が戦場に衝撃を走らせる。怪獣は迎え撃つも、その勢いに押され仰向けに倒れ込む。ネイビーはすかさず馬乗りになり、拳を力強く振り下ろした。鋭い打撃が響き渡る。襟巻きをつかみ、引きちぎろうとした、その瞬間、ハルケニアの目が閃き、怪光線が直撃。強烈なエネルギーに弾き飛ばされ、ネイビーは後方へ吹き飛ぶ。うつ伏せで苦しむネイビーへ、怒りのこもったハルケニアの蹴りが腹部へ突き刺さる。体が折れ曲がり、悶えながら倒れ込むネイビー。その上へ、巨大な怪獣の足が降りかかる。しかし寸前でネイビーは地面を転がり、ぎりぎりで回避。素早く立ち上がり、体勢を整える。


 一瞬の静寂が、次の攻撃の予兆となる。ハルケニアの目が再び輝き、怪光線が乱射される。ネイビーは華麗に回転し、次々と回避しながら距離を詰める。宙へ跳躍、飛び蹴りがハルケニアの頭部を弾き飛ばす。怒り狂ったハルケニアが着地したネイビーへ突進。不意を突かれたネイビーが仰向けに倒れる。そして襟巻きを広げた怪獣が覆いかぶさる。拳が何度も振り下ろされ、地面が響く。ハルケニアが大きく腕を振りかぶった、その瞬間、


「今だ!」

 田所の声とともに、高性能ミサイルがハルケニアの胸へ向かう。しかし怪獣のバリアがすかさず展開されミサイルは行く手を阻まれ、その場で大爆発。爆風が巻き起こりハルケニアの巨体が揺らぐ。一瞬、動きが止まる。その隙をネイビーは決して逃さなかった。右手に赤い光が灯る。閃く刃、ネイビーサーベルがハルケニアの胸を貫く。


「ギャオーッ!」

 ハルケニアが後方へ倒れ込む。そしてのたうち回る。ネイビーは左手を差し出した。そこから発せられる青い光線が怪獣の胸の赤い部分を貫く。

「ギャオーッ!」

 断末魔の叫びとともに、ハルケニアの動きが止まる。土埃が舞い、そして砂塵が消えたとき、ハルケニアの姿もまた消えていた。


 ×   ×   × 


 秋の空はどこまでも澄み渡り、白いチャペルがその光を受けて輝きを放っていた。ゆっくりと扉が開き、白いタキシードに身を包んだ恰幅の良い青年が姿を現す。その隣には純白のウェディングドレスをまとい、ピンクのブーケをそっと抱いた夏美。二人は目の前に続く階段を、一歩ずつ慎重に、かみしめるように降りていく。その瞬間会場中に拍手が沸き起こった。階段沿いに並んでいた招待客たちが、大きく手を叩き、祝福の音を響かせる。その温かな音の波が二人を包み込む。末席には仮衣装とはいえ正式な礼服をまとった蒼真と、目いっぱいおめかしした美波が並んでいた。二人もまた、大きく手を打ち鳴らしている。


 夏美が最前列で手を叩いている田所のもとへ歩み寄った。

「兄さん、ありがとう。幸せになります」

 田所は目を潤ませ、深く頷いた。そして裕二に向かい、

「裕二君、頼んだぞ」

「はい」

 裕二は神妙な顔つきで真剣に頷いた。

「早く、皆さんに挨拶してこい」

「はい」


 夏美がそっと頷き、再び階段を一歩ずつ降りていく。その動きは慎重でありながらも、確かな幸せを噛みしめるようだった。沿道の招待客からの拍手がさらに大きくなり、祝福の音が広がる。そして、その手から放たれたフラワーシャワーの花びらが、二人の上に舞い落ちる。まるで祝福の風が吹き抜けたかのように。夏美はその降り注ぐ花びらの中で、周囲の人々へ優しく微笑みながら「ありがとうございます」と応えていく。

 その光景を笑顔で見つめていた美波が、そっと蒼真の腕を取った。


「蒼真君、よかったね。蒼真君の説得が効いたのよ。私の読み通りね!」

 美波が誇らしげに胸を張る。

「え、そうかなぁ。あれは偶然だよ。あのとき緊急指令の通信がなかったら、あんな無茶はできなかった。なんか、どさくさに紛れたことが功を奏しただけだと思う」

「でも、あの場で割り込まなければ今日という日はなかったのよ」

「それは、そうだけど……」

「切迫した状態だったからこそ、本心を話せたのよ。裕二さんも、田所さんも」

「それはそうかもしれない」

 蒼真は笑顔で歩く新郎新婦を眺めた。


「あのあと、田所さんに聞いたんだ。なんで意見を変えたのかって」

「え? で、田所さんはなんて?」

「思い出したらしいんだ。昔、田所さんが学生時代に、父さんに助けられたっていう人から感謝の手紙が届いていたことを」

 美波が息をのむ。

「だから父さんも、だれかを守ったんだ。裕二君も、父さんと同じ思いなんだってね」

「へぇ、急に思い出したんだ」

「いや、本人には言わなかったけど、たぶん、心に蓋をしてたんだと思う。母親を苦労させた父親を許せない気持ちが、父の思いを封印していた。そんな気がする」

 美波は笑顔で蒼真を見つめた。


「蒼真君が、その蓋を開けてあげたのね」

「いや、違う気がする」

「どうして?」

「田所さんは、夏美さんの結婚を認めてたんだよ。きっと、心の中では。でも、どこか引っかかりがあった。僕じゃなくても、ちょっとしたきっかけで、その蓋は外れてたんじゃないかな」

「なるほどね。田所さん、優しいね」

 美波の笑顔につられて、蒼真の表情も自然とほころんでいく。そうして会話が続いているうちに、夏美たちが蒼真たちの前へとやってきた。美波と蒼真は手にした花びらを大きく空へと舞い上げる。青く澄んだ空から色とりどりの花びらが夏美と裕二のもとへと降り注ぐ。


「夏美さん、おめでとう。お幸せに!」

「ありがとう、美波さん。美波さんも、早く蒼真君と幸せになってね」

「えっ」

 蒼真はたじろいだ。隣で微笑む美波は何も言わない。

 列を通り抜けた夏美たちが振り返り、全員へ深く一礼する。拍手は絶え間なく響き、その祝福の音が空へと溶けていく。やがて、拍手の波がゆっくりと収まったとき夏美がくるりと後ろを向き、手に持っていたブーケを大きく振りかぶる。弧を描くように、鮮やかな青空へと投げ放たれたブーケ。風を受けながら、その軌跡は美しく伸びていく。そしてまっすぐ美波のもとへ、美波の指先が、そっとその花束を受け止める。


 新たな風が静かに吹き抜けた。 



《予告》MECの取材にジャーナリストの堀田雪がやってくる。彼女は吉野隊長の元妻で、彼との子供を死なせた彼女は、亡き息子と同じ名前の人形を持ち歩いている。取材当日、その人形が、次回ネイビージャイアント「歩く人形」お楽しみに。

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