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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
29/68

第二十九話 R計画

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「健三もMECでだいぶん活躍しているようだな」

 事務次官室は、MECのどの会議室よりも広く、三上には静かで落ち着いた雰囲気として映った。その穏やかな空気は、喧噪と熱気が渦巻く作戦室とは鮮烈に対照をなしている。静寂に包まれた部屋の壁には、雄大な世界地図が堂々と掲げられ、その前には年月を重ねたような威厳漂う木目調の机が、空間に圧倒的な存在感を与えていた。

 机の前では、神経質そうな壮年の男が座り、その向かいにはMECのユニフォームを着た男が立っている。


「叔父さん…… いや、事務次官。今日、私をわざわざ呼び出したのは、どのようなご用件でしょうか?」

 事務次官は肘をつき、顔の前で両手を組む。その目線は上目遣いで三上をじっと見据え、三上はその様子を訝しげに見下ろしている。

「お前も将来は三上家を継ぎこの席に着かないといけない。それにしてはMECの職場は危険すぎる」

「危険?」

 三上は眉間にしわを寄せ、唇を歪ませた。


「市民を守ることは名誉なことです。危険を恐れることは、三上家の恥です」

 事務次官は軽く皮肉を交えながら、フッと笑った。

「さすが、恐れ知らずで知られた三上一佐の息子だけのことはある。しかしな、そんな兄貴だったからこそ、早死にする羽目になったんだ」

「親父は、親父です」

 三上の目が事務次官を鋭く睨みつけた。


「今となっては三上家で後を継げる男子はお前だけだ。うちには娘しかいないんだからな」

「今の時代には、似つかわしくない考えですね」

 三上は皮肉を込めた笑みを浮かべた。

「娘たちは戦闘に興味がないんだよ。まぁ、それも当然だろうな。子供のころからお姫様に憧れて育ったんだから」

「自分の子供には優しく、甥には厳しいんですね」

「それが三上家の男子の宿命だ。あきらめろ」

 事務次官は口をへの字に曲げながら鋭い目で三上を睨みつけた。


「とにかく、お前には次を担う責任がある。自覚しろ」

「はぁ」

 三上は木のない返事をしながら、ややうんざりとした表情を浮かべた。

「まぁ、今すぐMECを外すことはしないが命だけは大事にしておけ」

「肝に銘じます」

 三上は相変わらず無感情な調子で返事をした。


「それと」

 事務次官が机の引き出しを開け、中から分厚いファイルを取り出した。

「お前にはR計画に参加してもらう」

「R計画?」

 事務次官は威厳を放つその机の上に、分厚いファイルを三上の前へ無造作に放り出した。静寂に包まれた事務次官室にボンという鈍い音が響く。

「いまどき、紙のファイルですか」

 三上はファイルを手に取り、ページを次々と捲っていった。


「機密事項だ。一部の限られた人間しかこの計画について知らない」

 三上の視線はファイルの内容に釘付けになった。

「これは……」

「その通りだ。地球が異星人に狙われている状況を踏まえ、世界規模で計画されたものだ。この計画にお前も参加してもらう」

 三上の目は鋭くファイルの一行一行を追っていく。そこには超兵器ディストラクションCと書かれた兵器の概略が詳細に記されていた。


 ×   ×   × 


「なんかここ最近、三上隊員の様子がおかしいんだよね」

 神谷研究所の夜は蒼真がMECへ行く前から代わり映えしていない。食事を終えた後はそれぞれが好きなように時間を過ごしている。そう、今までと変わらず、リビングのソファーでは八尾、蒼真、美波が陣取り、たわいもない話をしている。少し違うのは、今日はさとみも会話に参加していることだった。

「様子が変わって、なにが変なの?」

 美波は目の前のティーカップを取り、紅茶をすすりながら蒼真に問いかけた。


「元気がないっていうか、あんまり周りの人と話さない気がするんだ」

 蒼真は心配そうに頬を膨らませる。

「三上隊員って、防衛隊の偉い人の末裔なんだろ」

 八尾は能天気に紅茶をすする。

「防衛隊の三上事務次官の甥で、お父さんも防衛隊で一佐だったんだって。それにおじいさんは防衛隊発足時の参謀で、さらに曾祖父さんは日本海軍の参謀長だったらしい」

「長いな」

 八尾がぼそりとつぶやいた。

 蒼真の正面に座るさとみはコーヒーカップを置き、少し笑みを浮かべながら、


「防衛隊ではエリート家族なのね」

「そうなんです」

 蒼真が前のめりになった。隣で美波は唇を尖らせている。

「だとすると、三上隊員もプライドが高いかもしれないから、周りと疎遠になるんじゃないの?」

「確かにそういう一面はあるんですが……」

 蒼真は納得がいかない様子で首を傾げながら言う。

「なんか、今回は今までと違う気がして」

「それはなに?」

「うーん……」

 蒼真の眉間にしわが寄る。


「いつもよりみんなと距離を取っているっていうか、なにか隠し事をしているような、そんな感じかなぁ」

「なにか思い当たることは?」

「確か、先週、防衛隊の事務次官室に呼び出されて、その後から様子がおかしい気がするんです」

「怒られたんじゃない?」

 美波が意地悪そうな目で蒼真を見た。

「阿久津蒼真みたいな頼りない人と付き合わず、もっとエリートらしくしろ、とか」

「なにそれ?」

 蒼真が美波を見返した。


「あり得ない話じゃないな」

 八尾が追い打ちをかけるように言う。

「いや、なんか違うんだよなぁ」

 蒼真は腕を組みながら項垂れた。

「蒼真君が分からないんじゃぁ、ここにいる人はだれも分からないよ」

 美波の指摘に蒼真はうなずきながら応じる。

「確かに。ごめん、でも、なんか引っかかるんだよな」

「美波さん、蒼真さんの心配事を聞いてあげましょうよ。防衛隊の仕事、大変なんだから」

 さとみが落ち着いた声で美波を諭した。


「奥さん、優しい……」

 蒼真の目が潤み、さとみをじっと見つめた。その様子にイラっとした美波は、肘で彼を軽く突く。

「蒼真君、奥さんに甘えたいだけなんじゃないの?」

「えー、美波は全然優しくない!」

「すみませんね」

 美波はむくれてそっぽを向く。

「まぁ、美波と蒼真のどうでもいい、いざこざは置いといて、そう言えば、三上隊員を大学の本校で見かけたぞ」

 八尾が自慢げに話に割って入った。


「え、どこで?」

「宇宙科学研究所の建物から出て来たんだ」

「宇宙科学研究所?」

 蒼真は驚いて目を丸くする。

「あんまり聞いたことがない研究所だけど?」

「かなり研究費、減らされているみたいだぞ。なんでも論文数が少ないとかで」

 八尾は情報通を気取るような得意げな表情を美波に向けた。しかし美波はそんな彼を意図的に無視するように視線を蒼真へと向ける。


「私も聞いたことがある。なんでも女子学生がどんどん辞めていくって。でも、宇宙科学研究所って、鈴鹿隊員の出身学部よ」

「鈴鹿さんの?」

 美波が首を傾げる。

「鈴鹿さんがその建物から出てくるなら話は分かるけど、なんで三上隊員がその研究所に出向いたんだろう?」

「知らないよ。本人に聞いてみな」

 突き放すように八尾が言い放つ。


「ふむ、確かに。聞いてみるか」

 蒼真は腕を組んだ。ふっと息を吐いた美波は、みんなの方へ笑顔を向ける。

「こんな仕事熱心な人は置いといて、話題変えよ」

 美波はファッション雑誌を取り出し、気になる男性アイドルのページを開いた。八尾やさとみもその話題で盛り上がり笑い声が響く。ただ一人、蒼真だけが上の空で考え事をしていた。

 どうして三上隊員が宇宙科学研究所に出入りしていたんだろう。何か嫌な予感がする。その不安がじわじわと彼の胸を占めていった。


 ×   ×   × 


「こんな大事なことをどうして……」

 三上の手元の資料に書かれた文字に彼の目は釘付けとなった。

 その部屋の存在を知る者は、防衛隊の中ですら限られている。通称R計画作戦室。名は重々しいがその室内は驚くほど質素だった。普通の長机とパイプ椅子がただ並ぶだけの空間。だがこの扉の向こうに辿り着くまでにはいくつものセキュリティゲートが待ち構えており、それを突破するための入門証を手にする者はごくわずか。その特権を持つ一人が三上だった。


 三上が座る机の向かいには安田参謀と三谷参謀が腕を組んで座っている。二人の存在が、ただの会議室を不思議と重々しい空気で満たしている。彼らもまたこの秘密の部屋に入れる選ばれし者たちである。

 三上は資料を机の上に置いた。彼の胸中に立ち上るのは怒りとも言えぬ熱く鋭い感情だった。こんな重要なことが一部の人間しか知らないなんて、そう思わせるほどの重く衝撃的な事実がそこには刻まれていた。


「こんな重大なこと、なぜ公表しないんですか」

 三上は鋭い視線を両参謀に向けた。対峙するその場で三谷参謀は軽く息を吐き、ゆっくりと前のめりになった。

「こんなことを世間に公表したら、大パニックが起こるだろう」

 三谷の冷ややかな言葉が、室内の空気をさらに冷たくした。

「確かに、世間に言えばおっしゃる通りパニックになるでしょう。しかし、せめてMECのメンバーには展開すべきではないのでしょうか?」

「同じことだ。機密事項がどこから漏れるかは分からない。特にMECには民間人も参加しているしな」

 三上は拳を握りしめた。その手には次第に力がこもっていく。


「蒼真君のことを言っているのであれば、それはお門違いです。彼は正真正銘、MECのメンバーです。我々の仲間です」

 安田参謀は嫌味な笑みを浮かべる。

「君も随分甘くなったものだ。昔はもっと冷静だったはずなのに」

「今も冷静です」

 三上の拳はさらに強く握られ、同時にその声にも力が込められる。

「とにかく、ここに書かれていることをMECのメンバーに……」

「公表はしない」

 安田参謀は強い口調で断じた。


「宇宙人が地球を破壊するミサイルを撃ち込もうとしているなんて話、対応できるのは限られた一部のメンバーだけだ」

 三上は言葉を失った。それも正しいかもしれない。だが……


 三上が視線を落とした資料には冷ややかな現実が記されていた。 およそ二か月前のことだ。地球から幾千もの光年を隔てた遥か彼方の恒星系。その一角に存在するとされる惑星Rから奇妙な電波が届いた。だれもが知らない周波数、防衛隊の特殊な無線機だけが拾うことのできる秘密の帯域を通じて届けられた、それはえたいの知れぬ警告の響きを宿していた。


 内容はぞっとするほどに明瞭だった。 惑星Rの住人たちは地球文明が宇宙全体へ悪影響を及ぼしていると断じた。とりわけ彼らの目には人類が駆逐すべき害悪として映り、ついに地球そのものを破壊するという決定が下されたという。そして、電波が届いた時点から二か月後、惑星破壊ミサイルが地球へ到達する、と。


 謎の無線情報が防衛隊の耳に届くや否や、日本および各国の防衛隊はその真偽を探るべく動き始めた。しかしその情報が指し示す惑星Rは、天文台の観測をもってしてもその姿をとらえることができず、ミサイル発射といった確たる証拠も皆無だった。初めは悪戯だという見解もあった。しかしそれにしてはあまりにも精巧で緻密な手口が施されている。


 今、MECが戦いを繰り広げる相手が本当に惑星Rの宇宙人であるかどうか、その真実を明らかにする術はまだ見つかっていない。

 各国防衛隊とその指導者たちが集う会議の場でも、この情報の真偽を突き止めることは叶わなかった。議論の末に導き出された結論は地球破壊ミサイルが地球に到達するという前提で対応を進めるというものだった。しかしその情報は厳重に秘匿され、選ばれた一部の人間だけがこの未曽有の事態に立ち向かうことを許された


 三上の胸中には、疑念が渦を巻いていた。情報はあまりにも不足している。地球を破壊するとされるミサイル、その威力は果たしてどれほどのものなのか。そもそも地球を破壊することが本当に可能なのか。そしてそのために必要なミサイルの大きさとはいかなるものなのか。


 想像すれば巨大なミサイルが頭に浮かぶ。しかし相手は宇宙人だ。惑星ひとつを粉砕するほどの爆薬を小型化する技術を持っている可能性も否定できない。もしそうであるならば、地球にかなり接近するか、あるいは大気圏レベルまで近づかなければ発見することは困難だろう。それは、極めて厄介な問題である。


 さらに仮に発見できたとしても地球の兵器でそのミサイルを破壊することが可能なのか。そして、仮に破壊できたとして、その影響が地球にどれほど及ぶのか。この資料からは何一つ明確な答えを得ることができない。三上の心は答えのない問いに苛まれていた。


「参謀は、このミサイルについてどう処置すべきだとお考えでしょうか? この資料には具体的な方針が記載されていないように思いますが」

 三上は素朴な疑問を口にした。

「現在、各国の防衛隊トップが集まり、議論を行っているところだ」

「トップだけで議論して結論を導けるのでしょうか。もっと有識者を招集し、広く議論を展開するべきではありませんか?」

 安田参謀は三上をじっと見つめた。


「その点についても既に検討済みだ。だれを招集すべきか、どのように機密を保持するか、あらゆる観点から慎重に議論している」

「それで、その結論は?」

「まだ導き出されていない」

「随分と時間のかかる話ですね」

 三上は皮肉交じりに笑った。


「現時点では、可能な取り組みに集中する。それが最も重要なことだ」

 安田参謀の口調は終始厳格だった。

「で、やれることとは?」

「まずはミサイルの発見だ。米国が宇宙ステーションを使って探索する計画が進んでいる」

「それで、我々はなにを?」

 安田参謀が三谷参謀に目で合図を送る。三谷参謀は今までとは違うゆっくりした口調で話し始めた。


「日本の防衛隊に課せられた役割は、ミサイルの破壊だ」

「破壊?」

 三上が首を傾げた。

「やれるのかという顔をしているな」

 安田参謀がニヤリと笑う。三谷参謀は手元の資料を手に取りながら話を続けた。

「敵のミサイルがどの程度の攻撃に耐えられるかは未知数だ。だからこそ、我々が持つ中で最大の能力を発揮できる武器を使用する」

「……意味がよく分かりませんが?」

 三上がさらに首を傾げる。


「ネイビエクスニウムだ。未知の物質だが、あのエネルギーを放出すれば、途方もない破壊力を持つはずだ。その力を用いれば、どんなミサイルでも粉砕できるはず」

「あれを使うんですか?」

「そうだ」

 安田参謀は力強くうなずいた。

「あれは危険な物質だと阿久津蒼真隊員が警告していました。そのネイビエクスニウムを使うと?」

「このままでは地球が破壊される。伸るか反るか、今はリスクを恐れる余裕はない」

「しかし……」


「心配無用だ。対策は練ってある」

 安田参謀は再び三谷参謀に顎で指示を出す。

「幸いなことに、ネイビエクスニウムは我々の手元にある。この物質を扱える専門家として、東阪大学の蒲池教授を指名した。君はこの蒲池教授に接触し、ネイビエクスニウムのエネルギーを解放する方法を相談してきてくれ」

「蒲池教授? どなたですか、その方は」

「宇宙物理学の第一人者だ。君の同僚であるMECの鈴鹿アキ隊員の担当教授でもあった」

 三上の口元が緩やかに下がり、不満げな影がその顔を覆う。


「ならば、私ではなく鈴鹿隊員の方が適任ではありませんか?」

「我々の調査によれば、鈴鹿隊員と蒲池教授には多少なりともいざこざがあったらしい。詳細は話す必要はないと思うので省略するが、そのため彼女をこの件から外した」

「いざこざ?」

 三上の胸中に不安が押し寄せる。確かにアキはその強い正義感ゆえ、時に周囲との衝突を厭わない性格だ。故に「いざこざ」という言葉から、ありありとその情景が浮かんでくる。しかしもしそれが事実ならば、問題は果たしてどちらにあったのか。正義を曲げぬ彼女の主張に非があるとは思えない。もし非が相手にあるのならそんな相手にネイビエクスニウムを託すのは本当に正しい選択なのだろうか? 三上の思考は一抹の疑念を捨てきれず揺れ動いていた。


「三上隊員、今回の任務は地球の命運がかかっている。余計な詮索をする時間はないはずだ。君は理解しているはずだ。なにより君は防衛隊の名誉を第一に考える人間だ。亡き父上のこともある。君こそ、この任務を遂行できる唯一の人物だ。分かるだろう」

 三上はその言葉を聞いて一瞬俯いたがすぐに鋭い表情で顔をあげた。

「了解しました。蒲池教授に会ってきます」

 そう言い終えるや否や、素早い動きで作戦会議室を後にした。しかし三上はまだ知らない。この作戦の裏にはまだ明かされていない真実が潜んでいることを。それは安田参謀の手元にある一冊の資料に記されていた。その計画が明るみに出るのは後日のことだった。


 ×   ×   ×


「ネイビエクスニウムをどこへ?」

 MEC科学班の実験室に、普段は見かけない三上の姿が現れた。その異例の訪問に蒼真は訝しげな視線を向ける。そんな彼に三上はネイビエクスニウムの提出を求めた。

「詳しいことは言えない。上位からの指示だ」

「上位って?」

 蒼真が首を傾げる。


「蒼真君は大学で自由に研究しているから分からないかもしれないが、大きな組織に所属している者は、上からの指示には逆らえないものだ。理由を聞くなと言われれば従うしかない。これも仕方のないことだ。あまり詮索すると、良くないことが起こる」

「良くないこと?」

「そう、良くないことだ」

「そうなんですね」

 蒼真も大学に所属する身として、上位者の優位性を理解している。よくないことが起こることも漠然とながら分かる。ただ三上の様子はどこかおかしい。単なる命令に従う以上の何かがある気がしてならない。


「分かりました」

 蒼真は近くの壁に埋め込まれた金庫のダイヤルを慎重に回した。カッチ、という音とともに金庫が開かれる。蒼真は中から金属の箱を取り出し、大事そうに両手で抱えて三上の前に運ぶ。

「分かっているとは思いますが、これは怪獣への攻撃を研究するために欠かせないアイテムです。決して敵の手に渡るようなことは避けてください」

「分かっている。大丈夫だ、心配するな」

 三上は蒼真から金属ケースを受け取った。


「三上さん、最近少し様子が変ですよ。体調でも悪いんですか?」

「いや、変わらない」

 三上は蒼真から視線を外した。

「東阪大学の宇宙科学研究所になにがあるんです?」

「どうしてそれを?」

 三上が目を見開き、蒼真を見つめた。その動揺する様子に蒼真は不信感を抱く。

「こう見えても、その大学の職員ですので」

「そ、そうだったな」

 三上は口を閉ざした。


「特命業務で大変かもしれませんが、何かあれば相談してください。僕なんか頼りにならないかもしれませんが、大学内の案内くらいはできますよ」

「ありがとう」

 三上は硬い表情のまま実験室を後にした。

「やっぱりなにかあるな」

 蒼真がつぶやく。その瞬間、後方の棚の陰から吉野隊長が現れた。

「隊長はどう思います?」

 吉野隊長が腕組みをしながら答える。


「三上が我々にも言えない特命を受けていることは間違いないだろう」

「さっき、三上隊員が言っていた上位って?」

「三上の叔父さんは防衛隊の事務次官だ。次官に近い安田、三谷参謀も関わっているはずだ」

「どうしてネイビエクスニウムを持ち出したんでしょう?」

「うむ、定かではないが、今までの怪獣攻撃作戦とは異なる気がする」

 蒼真はそれ以上に悪い予感が拭えない。


「とにかくネイビエクスニウムと宇宙科学研究所の関係を調べる必要があると思います」

「そうだな。すまんが、この件を君に頼む」

「承知しました。この件、調査するとなると……」

 蒼真は眉間に皴を寄せ、腕を組みながら実験室を後にした。


 ×   ×   ×


「最悪の男だったわ」

 鈴鹿アキがぼんやりとつぶやいた。防衛隊の横にある小さな公園、そのベンチに蒼真とアキは肩を並べて座っている。

 深まる秋の空はどこまでも澄み渡り、その青さが眩しいほどだった。季節の移ろいにも負けず、公園の芝生はまだ鮮やかな緑を湛えている。その緑の絨毯の上を、わんぱく盛りの大介が駆け回っていた。アキが吹いたシャボン玉を追いかけ、笑い声を響かせながら、無邪気なひとときを満喫している。

 透き通った泡が風に乗り、儚くも美しく空へと舞い上がる。そんな景色に、ふと蒼真は目を細めた。


「蒲池教授のなにが問題なんですか?」

 蒼真は大介の姿を目で追いながら、アキに問いかけた。

「名誉欲が強いのよ。それなりの能力があるのなら、私もこんなことは言わないわ。でも、結局は准教授や学生たちの手柄を横取りして、自分の地位を確立したの。しかもそれだけじゃなく、地位を手に入れるために多額の金が動いたって噂もあるわ」


「お金で地位を買った、ってことですね」

 蒼真の心に、モヤモヤとした感情が蠢く。自分も学問に携わる身として、そんな輩を許すことはできなかった。

「まあ、事実は分からないけど、ひとつ言えるのは、彼はそれほどの能力を持っている人ではなかった、ということね」

「なるほど」

「それにね」

 アキは頬を膨らませた。


「女癖も悪くって、学生にも手を出していたのよ」

「え……」

 蒼真は驚き、アキの方へと向き直る。

「私にも言い寄ってきたわ。でも、そんなの断るに決まってるじゃない」

「そうでしょうね」

 アキは唇を固く結んだ。その端が震えているのを、蒼真は見逃さなかった。


「なにかあったんですか?」

「私の友達が、蒲池に襲われたの。それを苦にして、電車に飛び込んだわ」

「そんな……」

 アキは顔を両手で覆う。

「大学に抗議したわ。でも、彼は金でその事実をもみ消したの。それがきっかけで、私はアメリカに留学した。彼は私を追い出したかっただろうし、私も彼の顔なんて二度と見たくなかったから、両者にとっては都合がよかった。でも、彼女の恨みは晴らせなかった……」

「そうだったんですね」

 アキは顔をあげる。


「まあ、とにかく最低な男よ」

 吐き捨てるように言うと、アキは頬杖をついた。彼女の視線の先では、大介が芝生に転がり回り、着ている服を泥まみれにしていた。

「だとすると、三上隊員はそんな蒲池教授にネイビエクスニウムを渡して、なにをしようとしているのでしょうね」

「さぁ」

 アキはそっけなく返事をする。


「防衛隊のトップも、何を考えているのかしら。あんな蒲池みたいなろくでもない男を使おうだなんて」

 そんなアキのそばに、ゼイゼイと息を切らした大介が駆け寄ってくる。

「お母さん、見て! 四葉のクローバー!」

「あら、ほんと。大ちゃん、すごいわね。よく見つけたね」

 母の言葉に、大介は自慢げに胸を張った。


「お母さんにあげる」

「ありがとう」

 アキは大介の小さな手から葉っぱをそっと受け取ると、ふと微笑みながらシャボン玉キットを手に取った。そして勢いよく息を吹き込み、透明な泡を空へと舞い上がらせる。大介は、その儚く揺れるシャボン玉を見つけると、すぐさま駆け出して追いかけていく。弾むような足取りと笑い声が、公園の静けさを軽やかに揺らしていた。


「気になるのはね」

 飛んでいくシャボン玉と走る大介を目で追いながら、アキがぽつりとつぶやく。

「ネイビエクスニウムが、とてつもないエネルギーを持っているってこと。もしそのエネルギーを使って武器を作ろうものなら、非常に危険だわ」

 飛んでいくシャボン玉を眺めていた蒼真が、アキの方へ向き直る。


「もし、もし鈴鹿隊員の言う通り、ネイビエクスニウムを武器に使用したら?」

 アキはそっと息を吹き込み、シャボン玉を宙へと送り出す。透明な球体は秋の澄み切った青空の光を浴びながら、七色の輝きを纏い、ふわりと漂っていく。

「正しく計算しないと分からないけど、あの一欠片で十分、地球一個を破壊できるわ」

「えっ、地球一個!」

 アキはいつも通りクールな表情のまま、大介を追っている。

「そんな危険なものを、蒲池のような男に渡したら大変なことになる」

 その言葉を聞いて、蒼真は立ち上がった。


「三上隊員を止めてきます」

「無駄よ」

 アキは相変わらず冷静な目でシャボン玉を追いかけている。

「これは防衛隊トップが決めたことよ。我々のような下の者がどうこうできる話じゃない」

「でも……」

 アキはもう一度、勢いよくシャボン玉を芝生の上へ飛ばした。

「組織って、そういうものよ。蒼真君も大人なんだから、その辺わきまえなさい」

「でも、地球の運命がかかっているんですよ」

 蒼真が厳しい目でアキを見つめる。


「そうね。でも、上層部もバカじゃないはず。そこまでリスクを冒してでもやらなきゃいけない事態が、今起こっている」

「え、それってなにですか?」

「そんなの分かるわけないじゃない」

 アキは変わらず冷静なままだった。

「でも、きっと三上隊員は知っている。だからこそ、私たちにはその事実を言えないのよ」

「三上隊員が……」

 蒼真は、三上との会話の中で、彼が目を合わせなかった瞬間を思い出した。明らかに、何かを悟られまいとしていた。その裏に、地球を揺るがす危機が潜んでいるのかもしれない。


「とにかく、ネイビエクスニウムをなにに使おうとしているのか、調べることね」

「分かりました。探ってみます」

 アキは、はぁと息を吐いた。

「私も組織の人間だから、そんな厄介なことには関わりたくないんだけど…… 蒼真君が関係しているなら、協力しないわけにはいかないわね」

 アキは手元のシャボン玉セットを片付け始めた。


「大ちゃん、行くよ」

 その声を聞いて、大介が駆け寄ってくる。

「もう、こんなに泥だらけになって。おばあちゃんが困るでしょ」

 アキは大介の服とズボンをポンポンとはたいた。

「じゃあ、行くね」

 アキは大介の手を取って、公園を後にしようとした。

「バイバイ」

 大介が蒼真に手を振る。蒼真もそれに応じる。

 地球一個分の破壊力、もしそれが現実になれば未来は失われてしまう。急がなければ。

 その思いを胸に、蒼真も公園を後にした。


 ×   ×   ×


「ありがとう」

 三上は実験道具が並ぶ机の上に重みのある金属ケースをそっと置いた。微かな金属音が室内に響く。ここは東阪大学宇宙物理学研究所。蒲池は無言のまま、そのケースに目を向けた。その眼差しには、探究心とも警戒心ともつかぬ複雑な色が宿っている。


「これは非常に貴重なものです。まかり間違っても、敵の手に渡っては……」

「分かっています」

 蒲池は鋭い視線で三上を睨み返した。研究室には、今二人だけ。外では秋の夕日が静かに傾き、その淡い光が実験室の片隅に長い影を落としている。ここは、神山研究室とも、MEC科学班の実験室とも異なるわびしさを感じさせた。


「ディストラクションC、これが完成すれば、地球も救われるでしょう」

 五十を二つ三つ超えた白髪混じりの中年男が、無愛想な顔に笑みを浮かべながら三上に答えた。

「エネルギーの解放はどうするんですか? MEC科学班の研究では、この物質は非常に安定していると聞いていますが」

「なるほど。しかしこれほどの重元素なら、中性子を衝突させれば崩壊が起こるはず。任せてください。私の計算では、この破片ひとつで地球一個分を吹き飛ばすエネルギーを放出できるはずです」

「地球一個分?」

 三上は武者震いした。そんな危険なものをこの男に預けてしまっていいのか?  それなら蒼真や鈴鹿アキに託した方が確実ではないか?  参謀たちは一体何を考えているのか。


「これだけのエネルギーさえあれば、どんなミサイルでも破壊できるはずです」

「でも、そのエネルギーが地球に及ぼす影響は検討しなくてもいいのですか?」

「それも計算済みです。火星の軌道より遠くでエネルギーを放出できれば、地球への影響は0.01% ほぼ皆無と言えるでしょう」

「それよりも近い距離では?」


「影響は出ますが、今はそんなことを言っている場合ではありません。まぁ、任せてください。この兵器さえ完成すれば、地球は救われるのです」

 蒲池は不気味な笑みを浮かべる。その薄闇に沈む表情は何かを含んでいるようで、三上の胸にわずかなざわめきを呼び起こした。彼の言葉は正しいのかもしれないし、まったくの誤りかもしれない。だが、今はそれを判断する術がない。上層部が決定した以上、三上には従うしかなかった。それでも……


 やはり蒲池という男は信用できない。蒼真やアキに相談しておくべきだったのではないか。そう思うたびに、胸の奥で燻る疑念が広がっていく。

 いや、今は上層部の意向に従おう。迷いを断ち切るように、三上は大きく首を振った。


「では、よろしくお願いします」

 三上は自らの行動を疑いながらも、その場を離れる決意を固めた。


 ×   ×   ×


 三上が去った後、研究室にひとり残った蒲池は、静かに金属ケースを教授室へ運んだ。そして自らの重厚な机の上にそっとケースを置く。秋の夕日が窓から差し込み、その表面を淡く紅く染めていく。沈みゆく陽の光がまるでケースに秘められたものの重みを象徴しているかのようだった。蒲池は教授席の高価な椅子へと深く腰を沈め静かに呼吸を整えた。そして、机の上のケースをじっくりと見つめる。


「これでいいんだな」

「はい。これで蒲池先生の地球外への脱出について、我々が手助けすることをお約束します」

 蒲池の机の前に、いつのまにか黒衣の男が現れ、彼を見下ろしている。

「そうか、これで愚かな人間とはおさらばだ。俺をバカにして、こき下ろした奴らは、みんな死ねばいい」

 蒲池が高笑いをする。その声が静かな教授室に響き渡った。

「では、ネイビエクスニウムを」

 黒衣の男が金属ケースを手に取る。そして、首を軽く傾げた。


「先生、一杯食わされましたね。これは偽物です」

「なに!」

 蒲池は立ち上がり、黒衣の男の手からケースを奪い取る。慌てて蓋を開けてみると、そこには赤い石が鎮座していた。

「これが、偽物?」

 蒲池は凍りついた。その見た目は、どう見ても本物のネイビエクスニウムに見える。だが確かに、彼は写真でしか本物を見たことがなかった。


「先生、あなたは本物と偽物の違いが分からないのですね。なるほど。周囲の人々があなたを無能扱いする理由がよく分かりました」

「なに!」

 蒲池は黒衣の男に掴みかかろうとする。しかし、その瞬間、黒衣の男の周りから白い霧状のものが立ち上る。

 次の瞬間、蒲池はその霧の中へと飲み込まれていった。


 ×   ×   ×


 広々とした大学の構内。その中央にそびえ立つのは、無数の蔦のような腕を絡ませた、異形の二足歩行の怪獣マルネラ。その気味の悪い緑色の体は、まるで大地から直接生えたかのようで、ひび割れた皮膚の奥には脈打つような生命の鼓動が感じられた。不気味な鳴き声が静寂を切り裂くように響き渡る。まるで地の底から湧き上がる怨嗟の叫びのように、濁った振動が構内全体を揺らした。


 学生たちはただ呆然とそれを見上げていた。まるで奇妙なモニュメントを眺めるように目を奪われ、口を開け、ただ立ち尽くす。しかしその鳴き声が再び構内を震わせた瞬間彼らは我に返った。

「わぁ、助けて!」

「怪獣だ、逃げろ!」

 混乱の中、逃げ惑う人々を、マルネラの触手が虫を捕らえるように次々と絡め取る。そして、その幹の中へと取り込んでいった。


「わぁ、食われる!」

 恐怖におののく学生たち、その中のひとりが空を指差した。

「あっ、スカイタイガーだ!」

 秋の夕日に照らされ茜色に染まる鈴鹿機と三浦機がマルネラへと近づいてくる。

「鈴鹿隊員、三浦隊員、まだ学生たちの避難が完了していません。怪獣の触手に絞って攻撃してください」

 現地へ向かうピンシャー。その運転席から、蒼真が無線で指示を出す。


「了解!」

 アキの冷静な声が響く。

 スカイタイガーのミサイルがマルネラの触手に命中し、数本が炸裂して地面に落ちた。ちぎれたそれらはしばらく蠢いていたが、やがてその動きを失っていく。

 しかし、それも束の間だった。幹の奥深くから新たな触手が、まるで再生するかのように伸びてくる。ゆらりと蠢くそれは、先ほどの破壊を嘲笑うようにスカイタイガーへ向かって再び迫る。


「ダメ、キリがない」

 鈴鹿機がマルネラへと急接近し、幹に向かってミサイルを発射しそれが命中、爆発の衝撃で幹が大破し、何本かの触手が切り離される。

「やった!」

 鈴鹿機がマルネラから離れようとしたその瞬間、一本の触手が機体に伸びてそして絡みついた。

「キャー!」

 アキの悲鳴が無線を通じて蒼真の耳に届く。


「作戦室、こちら三浦! 鈴鹿機が怪獣の幹に取り込まれそうです! 攻撃できません!」

 蒼真の左腕の時計が青く輝き、その光を確かめると、彼は迷いなく腕を突き上げた。次の瞬間、マルネラを飲み込もうとしていた鈴鹿機の前に眩い青の光柱が出現する。その光の中から、堂々たる姿を現したのはネイビージャイアント。


 マルネラは異形の巨体を認識したのか、低く、不気味な鳴き声を響かせる。触手が鈴鹿機を締め付けるように蠢く。ネイビーは赤く光る右手を振り上げ、鈴鹿機を捕らえた触手を切り落とした。そして左手で鈴鹿機をしっかりと抱え込む。

 ネイビーは慎重に鈴鹿機を地面へと降ろした。その動きには細心の注意が払われていたが、次の瞬間、背後から迫る影、長く伸びたマルネラの触手が無慈悲にネイビーの首へと巻きついた。


 両手で必死に振りほどこうとするものの、その腕にも触手が絡みついている。身動きが取れない。触手はじわじわと収縮し、圧迫されるネイビーの首が鈍い軋みをあげる。意識が遠のき始める。酸素が奪われるように、視界がゆらぎ、感覚が鈍くなっていく。そしてマルネラの触手はさらに力を込め、ネイビーの巨体をその幹へと引き寄せていった。

「三浦隊員! ネイビーの腕に絡みついた触手を撃って!」

 アキの声が三浦機に届く。

「了解!」


 三浦機のミサイルがネイビーの右腕を絡め取っていた触手へと直撃、爆発の衝撃で触手が粉々に砕け、地面へと落ちた。

 ネイビーの右腕が自由を取り戻し、その腕を高く天へと突き上げる。手のひらに赤い光が宿り輝く。サーベルを握りしめたネイビーは、躊躇なく自らに絡みつく触手を次々と切り落としていく。飛び散る破片が地面に落ち、蠢くも、すぐに動きを失った。幾本もの触手を失ったマルネラ、その異形の姿はほぼ丸裸となり、狂ったような鳴き声を再び構内へ響かせる。


 しかし、ネイビーは迷わない。勢いよく空へ飛び上がると、そのままサーベルを振り下ろした。鋭い一閃、マルネラの体が真っ二つに裂ける。

 引き裂かれた胴体から赤い光が漏れ出す。まるで生命の源がむき出しにされたかのように、揺らめく光が空間を染めていく。ネイビーは躊躇なく左手を突き出した。その瞬間、青い光線が手から放たれ、赤い光を捕らえる。

 構内に再び響くマルネラの鳴き声、断末魔のように不気味に響き渡る。そして、その声がかき消えるのと同時に、マルネラの体もゆっくりと消滅していった。


 ×   ×   ×


「まあ、蒲池恐獣が宇宙人と通じていたというのは想定外だったが、ネイビエクスニウムを守れたことはなによりだ」

 安田参謀が渋い顔で三上にそう言い放つ。

 R計画作戦室はいつも通り静かで質素だった。静寂の中、安田、三谷両参謀と三上が向き合う。

「阿久津隊員のお手柄です。偽のネイビエクスニウムを私に手渡した機転には感謝しています」


「まあ、そういうことだな」

 安田参謀の表情がさらに険しくなる。

「参謀、やはりこの件、MECのメンバーを作戦に加えるべきではないでしょうか? 今回のような事態が、また起こるとも限らないですし」

「まあ、待て」

 安田参謀が腕組みをする。


「あくまでこの作戦は秘密裏に行う。そして特に阿久津蒼真、彼は要注意だ」

「?」

 三上の目が驚きで丸くなる。

「どうしてです? どうして蒼真君が要注意なのですか?」

「彼は、我々の作戦に気付き始めている。今回の偽ネイビエクスニウムの件もそうだ。でなければ、あんな行動には出なかったはずだ」

「だからこそ、MECの隊員をこの作戦に」

 三上が食い下がる。


「いや、ダメだ。この作戦に民間人、特に阿久津蒼真を関与させるわけにはいかない。彼は今後、我々にとって脅威になるかもしれない」

「脅威?」

 安田参謀は手元の資料に目を落とす。そして、ゆっくりと顔を上げ、深く息を吐いた。

「とにかく、この作戦は門外不出だ。今回の件、本来なら指示に従わなかった阿久津隊員を処分すべきだが、今回は不問とする。騒がれては厄介だからな」

 そう言うと、安田参謀は手元のファイルを持ち作戦室を後にした。三谷参謀もその後を追うように退出していく。


 部屋にひとり残された三上は、胸の奥にじわりと広がる虚しさを覚える。本当に彼らの言うことが正しいのか。仲間を裏切るような行為が、果たして許されるものなのか。そんな疑念が渦巻く中、ふと脳裏に浮かぶのは、亡き父の姿。こんなとき、親父ならどうしていただろう。

 三上は黙って立ち上がる。仲間が待つMEC作戦室へ向かって。

《予告》妹夏美の結婚話に動揺する田所。彼の思いをよそに怪獣ハルケニアが北海道に現れる。危険な攻撃に躊躇する田所。そこには父の死が影響していた。その思いは妹の結婚にも、次回ネイビージャイアント「妹の結婚」お楽しみに。

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