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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
28/71

第二十八話 囚われた愛、守るべき誓い

♪淡い光が照らす木々

 襲う奇怪な白い霧

 悲嘆の河が怒るとき

 敗れた夢が怒るとき

 自由を求める戦いに

 愛する誰かを守るため

 青い光を輝かせ

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「どうしてMECを志願したの?」

 春菜が隣の席に座る三浦を問い詰める。

 防衛隊の職員食堂。大きな窓から差し込む陽の光が広いフロアを余すところなく照らし出していた。多くのテーブルと椅子が配置されたフロアには、食事ときを過ぎているためか、わずか数人の職員しかいない。今は午後二時、遅い昼食をとるため、MECの三浦淳隊員と井上春菜隊員がカウンターで横に並んで座っていた。


「どうしてって……」

 数少ない職員の二名が彼らの横をチラッと横目で見ながら通り過ぎていった。三浦はハンバーグを頬張りながら答えようとして喉を詰まらせてしまう。慌てて水を飲む三浦の横でサラダをフォークで突いていた春菜が彼の背中を軽く叩いた。


「大丈夫?」

「あゝ、大丈夫」

 三浦がフーっと息を吐いて気持ちを落ち着ける。

「で、なんだっけ?」

「だから、なんでMECに志願したのって聞いてるの」

「え、なんだって、こんなエリートコースなのに」


「そうだけど……」

 春菜がさらにサラダをフォークでかき混ぜる。

「危険じゃない」

「防衛隊の仕事自体がどこいったって危険じゃないか」

「でも怪獣と戦うのよ、一番危険じゃない」

「って言うか、市民を守るために戦ってるんだぞ。名誉な仕事でしょう。その一員に選ばれたんだから、春菜も喜んでくれると思ったのにな」


「でもね」

 春菜のかわいく清楚な顔の口が尖った。

 井上春菜は三浦がMECに配属される前の職場である通信部の隊員である。まあ、ここまでの話から説明するまでもないと思うが二人は付き合っている。通信部はおろか、MECの隊員たちもこの二人が付き合っていることを知っているくらい周囲から公認の仲なのである。


「市民を守ることは素晴らしいことよ。でもね、それ以上に守るものがあるんじゃない?」

「?」

 三浦がポカンとした顔で首を傾げた。

「なんのこと?」

「もう、私たち付き合って三年目よ。そろそろ考えてもいいんじゃない」

「うっ、……」

 三浦が目の前のハンバーグ定食を慌てて頬張る。


「いけねぇ、勤務に戻らないと。作戦会議があったんだ」

「え、そんな。淳はすぐ逃げるんだから」

 春菜の口がさらに尖った。

「そんな逃げ腰な人が市民を守る栄誉な仕事についてるなんて、おかしな話だわ」

「……」

 三浦は米を口いっぱいに頬張り何も話せない。その後、口の中の食べ物をようやく飲み込んだ三浦は慌ただしく席を立った。


「じゃぁ、また連絡するね」

「もう、ったく」

 春菜の呆れた表情をあとにして三浦が食堂を出ていく。その後ろ姿を見つめながら春菜はようやくサラダを口に運んだ。


 ×   ×   × 


『千葉上空、房総半島南部に現れた怪獣を確認しました』

 田所が本部に連絡を入れる。

『了解、攻撃開始』

 本部から吉野隊長の指示が飛ぶ。

 波が荒れ狂い近づいてくる台風の影響で海岸沿いの国道の街路樹が折れそうにたわんでいる。波はその国道に打ち寄せアスファルトを洗い流している。


 その数百メートル先、大きな鎌を振り上げた蟹に似た怪獣が暴風雨の中、陸地へと進撃していた。その飛び出した二つの目が上空を旋回するスカイタイガーを捉えていた。

『三浦は後方から攻撃、俺は正面からミサイルを撃ち込む』

「了解」

 田所の指示に従い、三浦機は巧みに怪獣の後方へと回り込む。その間に田所機は怪獣の前方に位置を取りミサイルを発射した。ミサイルは怪獣の頭部に見事に命中する。怪獣は怒りに燃えハサミを振り上げて田所機を威嚇するが、その背後から三浦が攻撃を仕掛ける。発射されたミサイルは怪獣の背中を捕えて破裂した甲羅の一部が剥がれ落ちる。


「田所先輩、やりました!」

『気を付けろ、怪獣はまだ健在だぞ』

 その言葉通り、怪獣はハサミを振り上げ三浦機に向けた。その爪先から火炎が放たれ、三浦機に向かって飛んでいく。

「わぁ」

 三浦は操縦桿を全力で右に切り三浦機はかろうじて火炎を避けることができた。


「ふぅ、危なかった」

 三浦機は一端怪獣から距離を取った。雨風が強く渦巻く上空は怪獣の攻撃を避けるには絶好の隠れ蓑だった。

『田所さん、三浦隊員、怪獣の胸の部分、ルビー色に輝く石を狙ってください』

 本部から蒼真が指示を出す。

「胸か」

 霧のように降り続く雨の中、昼でも薄暗い海上にひと際目立つ赤い色が輝いていた。それは怪獣の胸にうずまるルビー色の石の輝きだった。


 三浦機が怪獣の前方に回り込み、同時に反対側から田所機も怪獣の前方に回る。そして二機は同時にミサイルを発射した。ミサイルは雨を切り裂きながら真っ直ぐに怪獣へと向かっていく。しかし怪獣の胸に到達する直前、時空が歪んだかのように見えた。その場所でミサイルは爆発し怪獣には届かなかった。

『蒼真君、またバリアでミサイルが阻まれた』

『うーん』

 蒼真の唸り声が無線から響いてくる。その後、無線からパソコンのキーボードを打つ音が響き渡った。


『だとすると時間差をつけてみましょう。映像を確認すると、ミサイルがバリアで爆発した直後に歪んだ空間が消えたように見えました。したがって、最初のミサイルがバリアに触れて爆発した直後に二発目を撃てば、バリアが存在しない時間が生じ、二発目が胸に当たるはずです』

『なるほど、やってみよう。俺が一発目を撃つ、二発目を三浦、お前が狙え』

 田所の指示に『了解』と三浦が答えた。

 再び田所機と三浦機は並走し怪獣の前方へと移動、二機は攻撃態勢に入った。怪獣の目が二機を捉える。そのハサミには火炎が燃え上がっていた。


『攻撃開始!』

 田所の声と同時にミサイルが発射された。その攻撃は想定通りバリアによって阻まれる。

「よし、今だ!」

 ミサイルのボタンを押す直前、怪獣のハサミから火炎が三浦機に飛んできた。

「わぁ」

 三浦機の左翼に火炎が命中する。機体のバランスが崩れた、

「くそ! 喰らえ!」

 三浦がミサイル発射ボタンを押す。想定通りバリアが消えた直後だった。ミサイルは怪獣の胸を捉え、ルビー色の石付近で激しい爆発が起こる。怪獣は海上を狂ったように回り始め、咆哮をあげながら『ギャオー』と叫んで海の渦の中へ沈んでいった。


「やった!」

 三浦の明るい声が無線を通じて本部に届く。

『三浦、早く脱出しろ!』

 吉野隊長の指示が聞こえるがその指示に対する返事はない。

『わぁ!』

 三浦の悲鳴が無線を通して響いた。

『どうした!』

「操縦桿が聞きません。機体が保てません。脱出装置も働かないです」

『なに!』

 折しも台風の強風がコントロールを失ったスカイタイガーを木の葉のように右へ左へと舞い落とさせていた


『三浦、落ち着け。とにかく機体を水平に保つんだ。そのまま海上に不時着しろ』

「は、はい。やってみます」

 三浦が操縦桿を全力で手前に引き寄せた。しかし操縦桿は全く言うことを聞かない。風が操縦桿を右へ左へと狂わせ、三浦の力ではこの強風に抗うことはできなかった。

「ダメか……」

『あきらめるな!』

 吉野隊長の檄が飛ぶ。

 三浦の脳裏に春菜の笑顔が浮かんだ。


「う、くそ、死んでたまるか!」

 三浦はありったけの力を振り絞って操縦桿を引き寄せ、機体を水平に戻そうと試みた。そのとき右翼が水面にぶつかる。その衝撃で機体が傾いた。操縦桿が右に振られてしまう。

「うおぉぉぉ」

 三浦が力の限り左へ舵を切った。その瞬間、右から強風が吹き寄せ、機体は水面と平行になることができた。

「うまく着地してくれ……」

 そのままスカイタイガーは胴体の腹から着水し、速度が急激に低下した。機体内部に激しい衝撃が走る。


「うわぁー」

 三浦の絶叫が無線を通じて響き渡った。

『三浦! 大丈夫か!』

 吉野隊長も無線越しに絶叫した。

『こちら田所機、三浦機が海面に着水したことを確認。機体は無事のようです』

 田所の言葉通りスカイタイガーは海上に着水した。しかし荒れ狂う波に揺さぶられながら、機体がゆっくりと沈んでいく。

『これから三浦隊員の救出に向かいます』

 田所の言葉が終わらないうちに、三浦機がそのまま海の中へ消えていった。


 ×   ×   × 


「痛っ」

 三浦はベッドの縁に腰を下ろし、激痛が走るたびに眉間に刻まれる皺が深まる。診察をしていた医師は、一度その腕をそっと持ち上げたが、やがて慎重に彼の膝元へと戻した。

「腕を骨折しているようですね。それに全身も打撲の影響が大きそうです。しばらくは安静ですね」

 吉野隊長に鍛冶医師が静かに告げた。


「分かりました。しばらく前線業務から外します」

「隊長……」

 ベッドの上で三浦が心細げな声を漏らした。

 先の戦闘で三浦は足を捻挫しさらに腕を骨折するという重傷を負った。メディカルセンターでは吉野隊長、田所、そして蒼真が三浦を囲んでいる。


「すみません。僕が無茶な作戦指示をしたから」

 蒼真は三浦に頭を下げた。その隣で、吉野隊長が軽く首を振る。

「蒼真君は悪くない。事実あの作戦で怪獣を撃退できたんだから」

 それでも蒼真が伏し目がちに、

「でも、三浦隊員に申し訳ないです」

 と頭を下げた。


「まぁ、命があっただけ儲けもんだよ」

 足を包帯で吊られ、腕を三角巾で支えられた三浦が照れ笑いを浮かべた。その笑いのはずみで彼の体がかすかに揺れた。

「痛っ」

 三浦の苦痛の声がメディカルセンターの静寂を切り裂いた。彼は足をつかみ、顔をくしゃくしゃに歪めている。その様子を見た吉野隊長が苦笑した。

「まぁ、とりあえず三浦はしばらく休養が必要だな」

「えぇ、MECに入ってせっかく参戦できたのに」


「まぁこれから先、いくらでも戦闘機会はあるから、落ち込むことはない」

「はぁ」

 三浦は不満げに口を尖らせていた。

  そのときメディカルセンターの扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、一般隊員の制服を身にまとった女性だった。彼女は迷いなく三浦のいるベッドへと駆け寄った。


「淳、大丈夫!」

 春菜が三浦のそばにより彼の腕をつかんだ。

「痛い!」

 三浦の顔が痛みに歪む。痛みを堪えながら三浦が視線を吉野隊長の方へと向けた。その目の動きを察した春菜がはっとしたように振り返る。

「あっ、その、三浦隊員、大丈夫?」

 春菜はバツの悪さを隠しきれない表情で慌てて言葉を言い直した。蒼真は苦笑を浮かべながら、視線をそらして下を向く。その隣では吉野隊長の眉間に皺が刻まれていた。


「さぁ、作戦室に戻ろうか」

「そうですね、今後のクラブメガの対策も考えないといけないし」

 蒼真はほくそ笑みを浮かべながら、吉野隊長と共にメディカルセンターをあとにする。

「しばらく安静でお願いしますよ」

 鍛冶医師もそう言い残しその場をあとにした。

 部屋の中はしばらく沈黙に包まれる。やがて三浦と春菜の視線が絡み合った。


「ちょっと、基地内では淳はないだろう。あくまで三浦隊員って呼ぼうって決めたじゃん」

「ごめん、他の人がいると思わなかったから」

 さすがに春菜もバツが悪かったのか舌をペロッと出しながら三浦に頭を下げた。

「でもね、本当に心配したんだよ」

 春菜は今にも涙がこぼれそうな瞳で三浦を見つめた。

「あゝ、ありがとう」

 三浦の返事は素っ気なく冷たい響きを帯びていた。その態度に春菜の表情が徐々に不満げな色に染まっていく。


「だから言ったじゃない。MECは危険だって」

「でも生きてるよ」

「死んでたかもしれないじゃない」

 春菜は再び泣きそうな表情を浮かべながら三浦にもたれかかりその胸を叩いた。

「でも、これも仕事だから」

「仕事だからって、死んだらなんにもならない」

「俺はMECの仕事に誇りを持ってる。死ぬのも覚悟の上だ」

「……」

 春菜が三浦から身を離した。


「これだけ言っても分かってくれないの」

「ごめん、春菜が心配してくれるのはうれしいけど、自分には自分の生き方があるんだ」

 春菜の表情が一変し、神妙な面持ちがその顔に浮かんだ。

「分かった。もういい」

 春菜はあきらめにも似た表情で三浦を見下ろした。

「淳は、淳で生きていけばいい」

 そう言い残し、呆然とする三浦をその場に残して、春菜はメディカルセンターをあとにした。


 ×   ×   × 


 都会の喧騒から少し離れた臨海地区にそのテーマパークは広がっていた。かつては巨大な工場がそびえていたという。しかし海外から流れ込む安価な輸入品に押され、国内の工場は静かに幕を閉じた。その広大な跡地は新たな巨大遊園地の舞台として息を吹き返したのだ。そこには壮大な城、切り立つ山々、映画のワンシーンを彷彿とさせる街並み、そして恐竜が姿を現しそうな深い森が広がっていた。


 秋晴れの日、台風一過の青空がそのテーマパークを覆い尽くし、澄み渡った空気が人々の活気を引き立てている。多くの来園者たちはそれぞれのアトラクションに心躍らせ、歓声を響かせていた。

 その中を腕を組んで仲睦まじく歩くカップルの姿が目を引く。その光景をちらりと横目で追いながら、三人の女性がアイスを手に歩きつつ、どこか羨望の色をにじませている。


「あゝ、いいな。私も彼氏と来たいな」

「なに言ってんの、そんな人いないから三人で来たんじゃない」

「でも、春菜にはいるんでしょ。彼氏」

 三人の真ん中でアイスを頬張っていた春菜が思わずむせた。

「いいな、春菜」

「う、うんん」

 春菜の表情が曇った。


「どうしたの?」

「今の彼、私の言うこと聞いてくれないの。ちょっと考えだしちゃって」

「えぇ、ダメだよ。春菜まで別れたら、この三人、寂しい女子の集まりになっちゃうじゃん」

「そうだけど……」

 春菜が言葉を濁した。

 そのとき、客の一人が海の方を指差した。


「あれはなんだ!」

 人々の視線が一斉に海へと注がれる。静かな波間に異変が、白波が突如として山のように盛り上がり、荒れ狂う水の中から巨大な蟹バサミがゆっくりとその姿を現した。

「あれは!」

 客の一人が尻もちをつく。

「怪獣だ!」

 巨大な蟹鋏が天高く持ち上がった瞬間、海の中に潜んでいた怪獣クラビアンがその圧倒的な全貌をさらけ出した。


「キャー」

「逃げろ!」

 人々が慌てて逃げようとする。

「春菜、早く逃げなきゃ」

 春菜の友達が彼女の腕を取る。

「大丈夫、MECが必ず来てくれるから」

 落ち着いた表情の春菜が周りの客たちに声をかける。


「落ち着いて、落ち着いてください」

 春菜の必死な呼びかけはだれの耳にも届くことはなかった。人々はただ出口を目指して足早に動く。その群衆がゲート周辺に押し寄せた。そこは瞬く間に混雑と混乱を巻き起こす。

「押すな!」

「やめろ、子供がいるんだぞ!」

 人々の怒号が響く。

「これじゃ、出れないよ」

 友達が泣きそうな声をあげた。春菜は周りを見渡した。


「こっちよ」

 春菜は友達二人を引き連れ、ゲートとは逆方向へと足を向けた。人がいなくなったアトラクション“おとぎの国の小さな家”が視界に入ると、彼女たちは迷うことなくその扉を押し開けた。その家はまるで秘密の隠れ家のように彼女たちを受け入れた。

「ここの方が安全よ。怪獣の動きを見て逃げる方法を考えましょう」

「さすが春菜、防衛隊に務めているだけあるわ」

 さっきまで不安げな顔をしていた友達たちはいつの間にか表情を明るくしていた。しかしその笑顔とは裏腹に春菜の心は不安の波に飲まれていく。


 春菜は小さなおうちの窓辺に立ち海を見つめた。その視線の先では怪獣クラビアンが巨大な体をゆっくりと陸へと押し出している。迫り来るその圧倒的な巨体が春菜の目の前に影を落とし始めていた。

「淳、早く来て……」

 春菜は胸の奥でそっと願いをつぶやいた。その静かな祈りが天に届いたかのように、遥か彼方の青空に銀色に輝く二つの機影が現れた。その二つの光る姿はまっすぐ春菜たちのいる場所へと向かい、徐々にその存在感を増していく。

「あれは鈴鹿さんと田所さんの機体だわ」

 春菜は、瞬時にその機体の中に三浦の姿がないことに気付いた。その瞬間、期待と絶望が入り混じった感情が胸に渦巻いた。


 鈴鹿機と田所機が攻撃を開始した。被害を最小限に抑え避難を優先するため、陸上から海上へ向けてミサイルが次々と発射される。発射されたミサイルは正確にクラビアンに命中するものの、その巨体が足を止める気配は微塵もなかった。

 鈴鹿機が狙いを定めクラビアンの足元にミサイルを撃ち込んだ。するとその衝撃に足をすくわれたクラビアンは巨大な体を後ろ向きに倒し、轟音がテーマパーク全体に響き渡る。


 だが次の瞬間、クラビアンの口元から泡が噴き出し始めた。その泡は瞬く間に広がり、クラビアン自身だけでなく、テーマパーク全体を包み込んでいく。そして泡はやがて大きなドーム状となり、テーマパーク全体をすっぽりと覆ってしまった。

「淳、早く来て」

 春菜は、周りを覆い尽くしていく泡の奔流を見つめながら心の中で叫び声をあげた。

「早く、早く来て。そしてみんなを助けて」


 ×   ×   × 


「隊長、出撃させてください」

 三浦の声が作戦室に響き渡った。周囲にいた隊員たちが一斉に振り返る。その先には吉野隊長の正面に立ちはだかる三浦の姿があった。その左腕はまだ三角巾で吊られており、右手には松葉杖をしっかりと握っている。

「その体で戦える訳ないだろう」

 吉野隊長の叱責にも動じず、三浦は立ちはだかっていた。しかしその足は地に縛りつけられたかのように、そこから一歩も動けそうになかった。


「動けない体でどうやって戦う」

「しかし……」

 三浦は肩を落とし視線を床に落とした。その沈んだ姿から、言葉にならない悔しさがにじみ出ていた。

「あのテーマパークに井上春菜隊員が閉じ込められていることは分かっている。前の職場の同僚らしいな」

「はぁ……」

「君が彼女を救いにいきたい気持ちは分かる。しかし私情を挟めば作戦はうまくいかない。今回はテーマパークに閉じ込められた四百名あまりの人命も掛かっているんだ。そんな簡単な話ではない」

 吉野隊長の厳しい言葉を浴びて項垂れる三浦。その肩に鈴鹿アキがそっと手を置いた。


「大丈夫、きっと彼女たちは救い出せるわ。蒼真君があの泡の正体を分析しているの。きっと解決方法が見つかるわ。きっと作戦はうまくいく、信じるのよ」

 アキの言葉に三浦の目には涙が浮かんだ。しかしその涙が頬を伝う前に、彼は松葉杖を力強く突きながら作戦室を後にした。吉野隊長とアキが心配そうにその背中を見送る中、三浦とすれ違うようにして蒼真が作戦室へと入ってきた。


「隊長、泡の正体が分かりました」

 蒼真が作戦室の中央へ歩み寄ると、吉野隊長をはじめ、三上、田所、鈴鹿といった隊員たちが次々に彼の周りに集まった。蒼真は手に持っていた端末を操作し始める。その瞬間、作戦室のディスプレイには泡に覆われたテーマパークの光景が映し出された。

「今回のこの泡ですが、基本的には蟹が出す泡と同じタンパク質でできています」

「蟹の泡と同じ?」

 田所が首を傾げた。


「だったら、なんでこんな長時間消えないんだ?」

「田所隊員の疑問はごもっともです」

 蒼真がディスプレイに映る泡の画像を拡大していった。その画面はさらに分子レベルまで拡大され、そこには赤い粒子が強調されて映し出された。

「泡の中にはフレロビウムが存在しています。フレロビウムの陽子が発するエネルギーを泡が受け止め再びフレロビウムに戻す。これを繰り返すことで非常に安定した状態が続いています」


「よく分からんが、要はフレロビウムのおかげで泡が消えないと」

 三上は冷めた目でディスプレイを見つめた。

「おっしゃる通りです」

 蒼真が頷く。

「それよりも、その泡の中にいる人たちは無事なの?」

 アキは腕を組みながら蒼真に視線を向けた。

「推論ではあるんですけど、泡はかなり頑丈な構造なので、中にいる人たちはその泡のドームの中に閉じ込められているだけかと。だから、特に中にいる人たちに危害が及ぶことはないと思います」


「ならばなぜ、彼らを閉じ込めたの?」

「簡単に言えば人質ではと」

「人質?」

 アキの眉間に深い皴が寄った。その表情には蒼真の言葉を疑うような険しさがにじんでいる。

「これを見てください」

 蒼真がディスプレイの画面を操作し、クラビアンが後ろ向きに倒れる瞬間の映像に切り替えた。

「このとき腹のあたりに割れ目が見えます。これも想定ですが、脱皮が始まっているのではと」

「脱皮?」

 アキの眉間の皴がさらに深まり、その表情は一層険しさを増した。


「背中から倒れ込んだとき、想定外に表面の皮膚が剥がれて、脱皮が進んだのではと、だから安全に脱皮が終わるまで人間を泡の中に閉じ込めて人質にしたのではと、僕の考えです」

「もしその仮説が正しいとすると、脱皮が終わるまでは中の人たちは無事と言うことね」

「おっしゃる通りです」

 蒼真が深く頷く。

「で、脱皮が終わるまでの時間はどれぐらいなんだ」

 吉野隊長が険しい表情を浮かべながら、蒼真に厳しい口調で問いかけた。


「普通の蟹ならば数時間。しかしあの巨体です。体積比から考えるとおおよそ二十四時間」

「泡ができてから三時間が経過してるわ。そう考えると残りは二十一時間、急がないと」

 アキは組んでいた腕を静かに解き、勢いよく机に前のめりになりながら手を突いた。

「泡を除去する方法は?」

「基本はタンパク質なので薬剤で破壊できます。しかし内部にフレロビウムが内在しているので単純に破壊してしまうと放射性物質が放射されるので、中にいる人が被曝してしまいます」


「なら、どうすればいい?」

 吉野隊長も前のめりになる。

「一部の泡だけを放射線を除去する形で破壊します。その逃げ口から少しずつ中の人を脱出させる」

「時間が足りるか?」

「それ以外に方法はないかと」

 吉野隊長は静かに目を閉じた。わずかな間を置いて、彼は深い息を吐き、重々しく決断を下ろした。


「よし、蒼真君の作戦に取り掛かれ。時間がない、全員心して作戦を実施せよ」

「了解!」

 隊員たちの声が一斉に響き渡り、その場の空気が一段と引き締まる。そして彼らは無言のまま、それぞれの持ち場へと素早く散っていった。


 ×   ×   ×


「隊長、壁が解けました」

 蒼真は背後に立つ吉野隊長に声をかけた。テーマパーク全体に張り巡らされていた泡の一部を蒼真たちは破壊した。その泡は中性洗剤で簡単に溶かすことができる。そして、溶けた泡から発生する放射能は中和光線で抑え込まれていた。


「よし、三上、田所、鈴鹿は俺に続け。蒼真君はここで待機」

「了解」

 吉野隊長を含む四人の隊員たちが泡立つドームの中へ入っていった。 蒼真は時計に目をやる。午前九時、残り六時間、まだ時間はある。このまま進めば中にいる人たちを安全な場所へ誘導できるはずだ。

「よし、あとはクラビアンの脱皮が早まらないことさえなければ」

 そう思った矢先、蒼真の足元の地面が小刻みに振動し始めた。その影響か、テーマパークを覆う泡の一部が崩壊を始めた。


「どういうこと?」

 蒼真は自分の祈りが通じなかったことを悟った。

 泡のドームから突き出た大きなハサミ。その先には脱皮後の抜け殻のような大きな布が引っかかっている。ハサミから抜け殻が海へと落下し、その反動で大波が立ち上がった。

「しまった。クラビアンの脱皮が終わったんだ」

 蒼真は急いでポケットからMECシーバーを取り出した。そして大きな声で吉野隊長を呼び出そうとする。


「隊長、急いでください。怪獣の脱皮が予想以上に早まったようです。しばらくはまだ体が固まっていないので活動できないと思いますが、いつ動き出すか分かりません」

「了解、救出活動を急ぐ。蒼真君は怪獣の動きをチェックして逐次知らせるように」

「承知しました」

 その返事が終わる寸前、蒼真の横を足を引きずりながら歩く男がいた。

「え?」

 蒼真はその男を呼び止めた。


「ダメです、三浦隊員!」

 男は蒼真を無視し泡の中へ入っていこうとする。蒼真は慌てて三浦の腕をつかんだ。

「放せ!」

「ダメです」

「俺は春菜を救わないといけないんだ」

 三浦は蒼真の腕を振り払おうと大きく腕を振り上げた。しかし反対側の腕は相変わらず三角巾で吊り下げられたままだった。片手だけでは蒼真の腕を振りほどくことはできない。


「放せ!」

「ダメです。三浦隊員、気持ちは分かります。でもここは隊長たちに任せましょう。今行けば足手まといです」

「なに!」

 三浦は蒼真が握る腕を使ってMECガンを抜き取った。

「怪獣を攻撃する。奴は眠っているも同然だ。今なら倒せる」

「無理です。その武器では奴は倒せません」

「行かせてくれ、俺は怪獣に怯えている春菜を救わなければならないんだ。彼女は俺を待ってる。俺が助けなければ、俺が守るんだ、春菜を守るんだ!」

 三浦は力いっぱい腕を振り上げた。その勢いで蒼真の手が離れる。さらにその反動で三浦のバランスが崩れ、彼はそのまま地面に尻もちをついた。


「三浦隊員、落ち着いてください」

 蒼真の脳裏に芦名の姿が浮かんだ。

「確かに、あなたが春菜隊員を守りたいという気持ちは分かります。僕だって、大切な人が怪獣に襲われれば、何としてでも救いたいと思う。でも、どれだけ強く守りたいと願っても、守れないときもある。ある人は、命を懸けてそれを守ろうとした」

 蒼真の脳裏にはあのときビルマンテに囚われた彩の姿が深く焼き付いている。

「でも守れなかった……」

 蒼真の脳裏には自分を置いて背を向け去っていった芦名の姿が、今も忘れられずに焼き付いている。


「三浦隊員も無茶して、もし、もし怪獣が目覚めたら、そのことで彼女にもしものことがあったら……」

 あのときと同じ思いは二度としたくない。今は隊長たちが、春菜を含めた取り残された人々を救い出してくれることを最優先にすべきだ。

「三浦隊員が春菜隊員を救いたい気持ちは分かります。でも、無茶はやめてください。お願いです」

 三浦はやっとの思いで立ち上がった。そして蒼真の胸ぐらを力強くつかんだ。

「それでも、それでも俺は彼女を守りたいんだ」

「それは……」

 蒼真は三浦の鋭い視線を直視できず、そっと目をそらした。


「それは、三浦隊員のエゴですよ」

「?」

 蒼真は今度は三浦を鋭く睨みつけた。

「自分の大切な人を守りたい。それは自然なことです。でも、それが本当に相手にとっても同じだと言えるでしょうか? 自分がだれかを守りたいと思っても、相手がそう思っていないとしたら、それは単なるエゴでしかない」

「俺のエゴだと言うのか」

 三浦の蒼真の胸をつかんでいた手から徐々に力が抜けていった。


「今は、MECの一員として、一般市民の避難を最優先にしましょう。だから、避難が終了するまで怪獣を刺激しない。それが春菜隊員の願いでもあると、僕は信じています」

「それは……」

 三浦は再び地面にへたり込んだ。

「俺には、俺には春菜を守れないと言っているのか」

「違います。あなたの気持ちが強ければ強いほど、むしろ心配なんです。仮に三浦隊員が大事な人を守れなかったとしても、その人があなたを恨むことはないと思います。だって、その人にとっても三浦隊員は大事な人だからです」


 そのとき泡の壁に開けられた穴から、鈴鹿アキが何人かの一般市民を誘導しながら姿を現した。彼女のあとには子供連れの親子たちが多く続いていた。

「急いで、急いでください!」

 彼女の言葉に疲れ切った様子の母親たちは、子供を抱きかかえながら駆け足で泡のドームを離れていった。

 そのとき、再び地響きが響く。アキが助け出した人々の足元がふらつく。

『クラビアンが動き出した。三上、田所は脱出穴の逆方向から攻撃を開始』

『了解』

 緊迫した無線のやり取りが、蒼真や三浦の耳にも届く。


『隊長、アトラクションの陰に女性がいます。あっ、井上隊員です!』

 その言葉に反応するかのように三浦が立ち上がり、泡の壁穴から中へ入ろうとする。しかし外へ出ようとする一般市民とぶつかりうまく中へ入れない。

「なにしてんの、三浦隊員、邪魔!」

 アキが素早く三浦を引き戻す。その勢いで、三浦は再び無情にも地面へ倒れ込んだ。そんな様子を見た蒼真は、深い溜め息をつきながら彼に歩み寄る。

「仕方ないなぁ。分かりました、行きましょう。こことは別の場所に穴を開ければいい」

 蒼真がMECシーバーで田所を呼び出す。


「田所さん、井上隊員の居場所は?」

『田所だ。井上隊員は他の女性たちと一緒に、今避難している穴の反対側、海の近くのアトラクションにいる』

「了解」

 蒼真が三浦の腕を取り、立ち上がらせる。

「行きますよ」

 三浦に肩を貸しながら放射線除去装置を片手に、蒼真は泡のドームの反対側へ進んでいった。やがて目星をつけた場所にたどり着くと、三浦をそっと地面に座らせ、自らドームに穴を開け始める。その手つきは焦りを含みながらも正確で、しばらくすると人が一人通れるほどの穴が開いた。


 三浦はその穴を這うようにしてくぐり抜ける。蒼真も装置を置き、中へ身を滑り込ませた。

 ドームの内部ではクラビアンが怒りに満ちた咆哮をあげ、大きなハサミを振り上げている。その迫力はまるで災厄そのもので、周囲には怯えきった人々が建物の陰に身を寄せていた。その中に、春菜の姿が見える。

 三浦は引きずる足を引き直しながら、その一点を目指して歩き出す。


「春菜!」

「淳、来てくれたの」

 三浦が春菜に倒れ込む。春菜は彼を受け止めた。

「淳、そんな体で、大丈夫?」

「あゝ、とにかく早く逃げるんだ。急げ」

 春菜は三浦にそっと肩を貸し、その頼りない足取りで開けたばかりの穴を通り抜ける。彼女の友人たちもまた、無事にその裂け目を越えて外へと逃れていった。


 蒼真はその一部始終を静かに見守り、全員の無事を確認すると、左腕の腕時計が青い光を放つ。その瞬間、泡のドームの内部に立ち昇る青い光の柱。その光の中心に現れたのはネイビージャイアント。巨躯は堂々と怪獣クラビアンの前に立ちはだかった。

 ネイビーの存在に激しい怒りを燃え立たせたクラビアン。その瞳は炎のごとく赤く輝き、鋭い殺意がにじんでいた。ネイビーは冷静にクラビアンの背後を確認する。そこにはまだ逃げ切れずに震える市民たちの姿があった。


 クラビアンがその巨大なハサミを振り上げ、容赦なく襲い掛かる。ネイビーは瞬時に構え、そのハサミを両手で受け止める。しかしクラビアンのもう片方のハサミが力強く振り下ろされ、ネイビーの体を無情にも地面へ叩きつけた。跪きながらもネイビーは受け止めたハサミを離すことなく、自らの体へと引き込み、脇でしっかりと押さえつける。そして巧妙な動きでクラビアンの背後へ回り込み、その巨体を両腕で羽交い絞めにした。動きを封じられたクラビアンが怒りの咆哮をあげ、その声は周囲の空気を震わせた。

 ネイビーはすかさず避難状況を確認する。残された市民たちは間もなく泡のドームから脱出できそうだ。しかしクラビアンはお辞儀をするようにその巨体を前方へ倒し、その勢いでネイビーを前回りするように投げ飛ばす。ネイビーは仰向けの姿勢で無情にも地面へ叩きつけられた。


 その上から覆いかぶさるクラビアン。巨大なハサミがネイビーに向けて鋭く振り下ろされる。ネイビーは腕をクロスさせ、防御の姿勢でその攻撃を受け止める。ちらりと脱出穴の方へ目を向けると、数人の避難者たちが穴から慌ただしく脱出していく姿が見えた。

「ネイビー、避難は完了したわ。思う存分戦って!」

 アキの声がネイビーの耳に届く。その瞬間、ネイビーは両足をクラビアンの腹に押し当て、力強く伸ばした足で巴投げのようにその巨体を空へと放り投げた。クラビアンは絶叫マシンとして名高いコースターの上に落下し、鉄骨は悲鳴をあげるように折れ曲がり破壊されていく。仰向けに倒れ込んだクラビアンはその巨大なハサミが邪魔をして、もがきながらも起き上がることができない。


 ネイビーは静かに立ち上がり、右手を高く掲げる。その手には赤く輝くネイビーサーベルが握られていた。彼は迷いなくクラビアンの腹にサーベルを突き立て、その動きを完全に封じ込める。そして、力を込めてクラビアンのハサミを引きちぎり、泡の外へと投げ捨てた。泡の天井が大きく崩れ、その隙間から青空が顔を覗かせる。太陽の光がドームの内部へと降り注ぎ、闇を切り裂くように輝いた。クラビアンの切り取られたハサミの部分から赤い光が漏れ出す。それを見たネイビーは左手を差し出しそこから放たれた青い光線が赤い光を捕えた。


 ジタバタと暴れていたクラビアンの動きが次第に止まり、そして音もなくその姿を消していく。ネイビーは周囲を見渡し左手を泡のドームの壁へ突き出した。そこから放たれた青い光が壁に触れると、泡はゆっくりと消え始め、青く澄んだ秋の空が少しずつその姿を現していく。

 泡が完全に消え去ったとき、ネイビーは再び青い光に包まれ、その姿を静かに消していった。


 ×   ×   × 


「もう、そんな体で来るなんて…… もしなんかあったらどうするの?」

 春菜の目は冷たく鋭く光り、その視線を浴びた三浦は肩をすぼめ、黙したまま彼女の言葉に耳を傾けていた。

 潮風が頬を撫でる。蒼真はその心地よい風を感じながら、目の前、二人の静かなやり取りに視線を止めていた。彼らの背後には吉野隊長をはじめ、三上、田所、そして鈴鹿アキが立ち、同じようにこの一幕を見守っている。その場を包むのはまるで潮騒の音が感情をそっと隠していくかのような、穏やかでいてどこか張り詰めた静けさだった。


「いや、その…… とにかく春菜を助けたくて」

「ありがとう。でも、そんな無茶したらダメでしょ」

 相変わらず三浦の肩はすくんでいる。

「私は防衛隊の一員よ。みんなが助けに来てくれるって信じてた。だから…… もし、そんな体で無茶して、淳になんかあったら、私が悲しいじゃない」


「……ごめん」

 三浦が軽く頭を下げる。その姿を見ていた春菜の険しかった表情が、少しだけ和らいだ。

「でも……うれしかったよ」

「え?」

 三浦が顔を上げると、そこには春菜のとっておきの笑顔があった。それを見て三浦の顔にも笑顔が戻ってくる。

「さぁ、帰るか」

 吉野隊長が笑みを浮かべながら、二人を見守っていた面々に声をかける。その言葉を合図に、全員が頷きながらスカイタイガーが待つ埠頭へ歩を進めた。その列の最後尾には、春菜の肩に寄りかかり、足を引きずりながら歩む三浦の姿がある。


 蒼真はふと歩みを緩め、その様子を振り返る。春菜に寄り添いながら進む三浦、その姿は守りたい人がいる者の確かな力を感じさせる。蒼真の胸の奥で、小さな羨望が芽吹く。三浦にはこんなにも守りたい人がいる。それがどれほど強い力になるのかを痛感しながら、自分自身に問いかける。

 自分は誰のために命を懸けることができるのか。その人のために、果たしてどれほど強くなれるのか。

 蒼真がそんな思索に沈む中、不意に携帯電話の着信音が静けさを破った。彼は足を止め、携帯を手に取る。その画面には、「美波」の名前が表示されていた。


「もしもし。なに? 今、仕事中だけど」

『あぁ、ごめん、ごめん。ちょっと蒼真君にお願いがあって』

『え?なに?』

「今度の休みに研究所の片付けをしないといけないんだけど、蒼真君の要るのか要らないのか分からないものがいっぱいあって、捨てるなら処分しちゃってほしいんだけど」

「要るのか要らないのか? そんなの、全部要るに決まってるじゃん」

「えー、どう見てもガラクタにしか見えないんですけど……」

「なにそれ、そもそも……」

 蒼真の姿を三浦と春菜はふと足を止めて眺めた。春菜の顔には柔らかな微笑みが浮かび、三浦の瞳にも温かさが宿る。潮風がそっと二人の間を吹き抜けていった。

《予告》叔父である事務次官から三上は極秘計画の存在を聞かされる。その計画に加担する三上は疑問を持ちながら蒼真の持つネイビエクスニウムを宇宙科学研究所の蒲池教授へ持ち込む。次回ネイビージャイアント「R計画」お楽しみに。

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