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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
23/71

第二十三話 許しの風が吹く谷

♪小さな生命いのちの声を聞く

 せまる不思議の黒い影

 涙の海が怒るとき

 枯れた大地が怒るとき

 終わる果てなき戦いに

 誰かの平和を守るため

 青い光を輝かせ 

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「どうして、あの時間に来なかったの?」

 暗闇の中に白い影が浮かび上がる。芦名は目を見張った。ぼやけていた影が次第にはっきりと見えてくる。それは、悲しそうな表情を浮かべた女性だった。芦名はハッと息をのむ。

「ごめん、小夜。こうなると思っていなかったんだ」

 小夜の表情が曇る。


「もし、もしあの時間にあなたが間に合っていたら、もしあのとき私のもとに来てくれたら、そのあと二人とも谷底に落ちていたわ。そう、もしそうなら今でも二人は一緒にいられたのに」

 小夜は悲しみに沈んだ表情で静かにうつむいた。

「小夜、僕たちはいつまでも一緒だよ」

 芦名の言葉に反応して顔を上げた小夜の頬を一筋の涙が静かに伝った。

「もうあなたの心には別の人がいる」

「そんな、そんなことはない」

 芦名が一歩小夜に近づこうとする、が、なぜか足が動かない。


「ダメ、うそついちゃ。私には分かるの」

「違う、それは……」

 芦名は何とか小夜に近づこうとするが変わらず体が動かない。

「だって、だってあなたの心から私が消えていく、それが痛いほど分かる」

「違う、彼女は僕を嫌っているんだ、だから」

「あなたはどう思っているの」

 芦名の足が止まる。


「違う、違うんだ」

「雄介、彩さんとお幸せに」

 白い影がゆっくりと闇の中に消えていく。

「小夜、小夜!」

 芦名はハッと目を覚まし飛び起きた。暗い部屋の中、薄っすらと壁の時計が見える。時刻は夜中の二時。彼は深く息を吐きベッドに腰を下ろした。体は汗でびっしょりと濡れ、鼓動も呼吸も早まっていた。


「夢か……」

 芦名は起き上がり、上半身の衣服を脱ぎ捨てた。近くにあったタオルを手に取り汗で濡れた体を丁寧に拭き取った。

「小夜、どうして」

 芦名はベッドの横にあるサイドテーブルのライトを点けた。ライトの横には写真立てが置かれている。芦名はその写真立てをじっと見つめた。そこには笑顔の芦名の隣、美しい女性が微笑みながら寄り添っている。その女性はまるで鳥居彩ではないかと疑うほどの美しさを持っていた。


「俺は君を裏切っていると言うのか。そんなことはない。小夜、ほんとに好きだった。今でも愛している。君以上の人はいない。それなのに……」

 芦名が写真立てを手に取る。

「君を、君を守れなかった俺は……」

 芦名の心に彩の別れ際の表情が浮かぶ。

「違う、彩さんは、彩さんは違うんだ」

 芦名は肩を落とし深く項垂れた。そう、彩は小夜とは違う。それは理解している。理解しているけれど……。


「九州の戦いで君のもとに行けると思ったのに、それも許されなかった。あのとき、あのとき死んでいれば……」

 写真の小夜は笑顔で芦名を見ている。

「君は許してくれるのか、こんな俺のことを」

 写真の小夜はいつまでも笑っていた。そして芦名の問いには答えなかった。


 ×   ×   ×


 初老の女性がひとり、花を手向けていた。道路と谷を隔てる少し曲がったガードレールに静かに花を置き、手を合わせている。白い蘭の花を基調とした花束が、薄汚れたガードレールと対照的に陽の光を受けて輝いているように見えた。

 晩夏の日差しは強く、周りの山々の緑を浮き出させている。山間の谷に面する国道には車通りは少なく人影もない。都会のニュースは暑さがまだまだ続くと伝えていたがここは山々の間を通り抜ける風が心地よく吹き抜けていた。


 この静かな山間に女性がひとりかがんで手を合わせている。その場所に男が歩いてきた。それはここで恋人を失った芦名雄介であった。

 彼女に近づく芦名に女性はしばらく気付かない様子だった。芦名がすぐ横まで来たとき女性はハッとなって顔を上げた。

 芦名はいつもと違うスーツ姿でその場に立っていた。彼の手元にも白い花束が握られている。彼は、いつもは見せないような笑みを浮かべ女性に話しかけた。


「事故の遺族の方ですか?」

 その言葉を聞いて女性はゆっくりと立ち上がった。

「えゝ、事故で息子を失ったものです」

 女性の真剣な表情に芦名の笑顔も消えた。

「そうですか」

 芦名は女性が置いた花の横にそっと自分の持ってきた花を添えた。


「あなたは?」

 芦名がかがんで花に手を合わせているところに女性が話しかけた。

「自分はここで大事な人を亡くしました」

 女性はうなずくように芦名の言葉に答えた。

「そうでしたか」

 女性は芦名の横に立ち、ガードレールの下に広がる峡谷の川を見下ろした。


「私も、ここに息子の霊がいると信じて何度も訪れるんです。でも、息子は私に何も語りかけてはくれない。そろそろあきらめる時期だと分かっているんですけど思いが経ちきれなくて」

 女性は目を閉じ、何かの声を聞こうとするかのように静かに耳を澄ませた。

「自分もです」

 芦名の脳裏に小夜の笑顔が浮かぶ。

 芦名は立ち上がり女性の横に立って眼下に広がる川を見下ろした。そこはバスが転落した場所だった。小夜があそこで命を落としたのだと思うと芦名の胸は締め付けられるような苦しさに襲われた。


「少し河原に降りていこうと思うのですが、御一緒にいかがでしょう」

 女性の言葉に芦名は一瞬躊躇した。まだ河原の現場には近づいたことがない。怖い、その思いが彼を躊躇させる。これ以上小夜の死を意識すれば胸がはじけるような痛みに襲われるのではないかと感じていた。

「私も現場に行ったことはないのです。何度も来たと言いましたが、ここ止まり。彼の死を受け入れるためにはやはりその場所に行かなければ。いつもなら躊躇するのですが、今日は同じ思いを持つ方とご一緒していただけると助かります」

 確かに、芦名もそう感じた。いや、現場に近づけばもっと小夜の声が聞こえるかもしれない。本当に彼女は自分を許すのだろうか、その真意を聞けるかもしれない。


「そうですね、ご一緒しましょう」

 二人は道路沿いを少し歩いた。その先にガードレールの切れ目があるからだ。二人はその切れ目を通り過ぎ、その先に続く階段を降りていった。芦名は女性の手をエスコートしながら慎重に降りていく。

 降りた先には河原が広がっていた。ごつごつとした石が二人の足元を不安定にする。川にはあまり水がない。春先なら雪解け水が、梅雨なら山からの雨が二人の歩いている辺りを水で浸しているのだが、今は晩夏。この夏は雨が少なく川の水は細い流れだけが続いている。

 女性が先に、芦名があとに続いて河原を進んでいく。ふと、女性が振り返った。


「そう言えばお名前を聞いていませんでしたね。申し遅れました、私は南野佳乃と申します」

 芦名が後方から女性に答えた。

「自分は芦名雄介と言います」

「芦名さん」

 佳乃が足を止めた。

「芦名さん…… 事故で亡くなられた方のお名前は、吉沢小夜さんですか」

 芦名も歩みを止めた。


「どうしてそれを?」

「確か、被害者の中に防衛隊に関係する方がいらっしゃったような。そう、新聞でMECの隊員で芦名隊員を写真かなにかで見た記憶があって」

 芦名がやや訝しげに、

「そうです。私は今MECで隊員をしています」

「そうでしたか、MECの隊員の方がこの事故の関係者」

 佳乃は感慨深げな表情を浮かべた。がすぐに振り返り再び足元の石に足を取られながら進んでいく。芦名は彼女を追いかけた。


「この辺でしたね。バスが落ちたところは」

 佳乃の足が止まる。芦名は周囲を見渡す。そう、確かにここだ。当時は川の水がもっと流れていた。バスは半ば水に浸かっていた。彼が駆けつけたとき、そこにはひしゃげたバスが残されているだけだった。バスの乗客はすべて病院に搬送され、誰もいないバスに川の水が流れていた光景が芦名の脳裏に鮮明に焼き付いている。

 芦名は崖の上を見上げた。そこには国道が走っている。バスの対向車線を走っていた車が無理な追い越しをかけ、慌てたバスの運転手がハンドル操作を誤り、高さ十五メートルほどの崖を転落した。命が助かった人は少なかった。


「息子は即死だったそうです。苦しまなかったことが不幸中の幸いだと思っています」

 佳乃はその場で大きく息を吐いた。彼女の視線の先にはか細い川の流れがあるだけ。風がやさしくそよそよと彼らを包んでいった。

 芦名もあのときを思い出す。そう、それは事故のあった数日前のことから始まる。


   ×   ×   ×


「来週の旅行、本当に行けるって思ってていいんだよね」

 小夜は怪訝そうな表情で芦名を見下ろした。

 少し肌寒さを感じる秋の始まり、夕日はすでに地平線に沈み、夕闇が駅までの道を包んでいる。やがて定刻になり街灯が灯り始めた道に二人の男女が歩いていた。女性はおしゃれな白いワンピース姿、男は無骨な無地の長袖のTシャツとジーンズ姿。あまりにも不釣り合いな二人が肩を寄せ合いながら駅までの道を歩いていた。


「むろん、なんとかするよ」

 芦名は意味もなく大きくうなずいた。

「雄介がそう大見え切るときって、大体裏切られるパターンじゃない」

 小夜の口が尖る。

「今回は違うよ」

 芦名が空を見上げる。

「ほんと?」

「勿論」

 その自信ありげな芦名の姿に小夜は思わず噴き出した。


「分かったわ。雄介の言うこと、半分信じてあげる」

「半分ってどういうこと、こっちは真剣なのに」

 少しむくれる芦名を見ながら、小夜は楽しそうに笑みを浮かべた。

「むきになる雄介も面白いね」

 小夜が芦名の前に躍り出て、うれしそうに笑いかける。芦名は少しうろたえながら小夜を追いかけた。

「え、面白いって、どういうことだよ」

 芦名の困惑をよそに小夜はスキップするように歩き出す。


「ちょっと待てよ」

 芦名が慌てて小夜を追う。前を行く小夜が振り返るとそこには笑顔があった。その表情を見に困惑とうれしさが入り混じる芦名が走り出し小夜に追いついた。

「ちょっと、なんなんだよ」

 芦名は小夜の手をつかんだ。小夜はうれしそうに芦名に捕らわれた。二人は並んで手をつなぎ、その手はまるで子供の頃のように大きく振れていた。

「ん?」

 二人は駅前の近くまでたどり着いた。同時に夜の闇が街を覆い尽くしていた。その中でひときわ明るい光が。それは駅前の古びたジュエリー店だった。その前で小夜の足が止まった。


「これ!」

 小夜の足がウィンドウに引き寄せられるように進んでいく。芦名も彼女と同じくその方向に引っ張られていった。

「これいい」

 小夜の目がジュエリー店のショーウィンドウに引き寄せられた。芦名も同じようにガラスケースの中をのぞきこむ。そこには色とりどりの宝石が並んでいたが、芦名にはまったく興味のないものばかりだった。

「これ可愛いぃぃ」

 小夜の視線の先には小さなペンダントがあった。周りの派手な指輪やブローチとは異なり、控えめな緑色の石が静かに輝いていた。


「欲しいな」

 小夜はショーウィンドウのガラスに額を当てそのペンダントをじっと見つめていた。

「え、こんなものが欲しいの?」

 芦名が首を傾げる。

「雄介には分からないよね、この可愛らしさ」

「うーん、分からない。もっと大きな石の方が良いんじゃない?」

 そのペンダントは周りの宝石類に比べて値段はさほど高くなかった。なぜ小夜がそれに惹かれるのか、芦名には理解できなかった。そんな芦名を、小夜はしかめっ面でにらんだ。


「そうね、雄介にはこの可愛らしさ、分からないわよね」

「え、なにそれ。いや、男にはそんなの分からないよ」

「もう、だめね」

 小夜の頬が膨らんだ。

「じゃぁ、そんな雄介に罰として」

 小夜の表情に笑顔が戻った。


「今度の旅行、もし雄介が行けなかったら、私への詫びとしてこのペンダントをプレゼントする。それどう?」

「え、」

 芦名は小夜の言っている意味が分からなかった、が、ここは男の約束が重要だと考えた。

「いいよ、だって、絶対行くって言ってるじゃん」

 今度は芦名の頬が膨らむ。

「よし、決まり。どっちになっても私には良いことがある。約束よ、お金ないとか言わないでね」


「言わないし、旅行には絶対行くから!」

 芦名の自信に満ちた言葉に小夜は微笑んだ。その笑顔を見て、芦名の心が温かくなった。芦名は彼女の手をぎゅっと握りしめ、彼女もまた芦名の手を握り返した。

 二人はそのまま駅に向かって歩き続けた。芦名はまだ知らなかった。この日、この時間が、小夜と過ごす最後のひとときであることを。それを知らない二人の上に、夜の帳が静かに降りていった。


 ×   ×   ×


 佳乃は静寂の川の水をそっと手にすくい上げた。水は彼女の指の間を滑り抜け、陽光を受けてキラキラと輝きながら再び川へと戻っていく。

「裁判は傍聴されましたか?」

 佳乃の突然の問いかけに、芦名はただ「いいえ」と答えるしかなかった。小夜の死を受け入れられなかった芦名は、その後の事件の進展を無視し続けていた。忙しさを言い訳に、犯人のことも、他の被害者のことも、忘れようと努めていたのだ。


「バス会社に対しての損害賠償裁判のときは、運転手に過失はないって、その言葉の一辺倒でした。確かに会社も運転手さんも間違ったことはしていないし、運転手さん、確か今井さん、て方でしたか、彼も怪我をされて、裁判中も終始下を向いていて、ある意味私たちと同じ被害者なんですけど、なんかね……」

 佳乃の言葉はそこで途切れた。彼女の手からすくい上げた水が再び川へと零れ落ちていく。

「その後、追い越しをかけた方の裁判も傍聴しましたが」

 佳乃はもう一度、川の水をすくい上げた。


「その方は本当にひどい人でした」

 芦名もその男のことを覚えている。確か、年齢は二十四、五歳。仕事もせず、親の脛をかじって生きているような男だった。

 事故が起きたその日も彼は親から買い与えられた高級外車を乗り回していた。事故現場にたどり着くまでの間、彼はかなりのスピードを出していたらしい。ニュースでは、防犯カメラや他の車のドライブレコーダーに映っていた暴走する車の映像が何度も流れていた。速度は法定速度の三倍にも達していたのではないかと、コメンテーターが怒りを込めて話していたことを薄っすら記憶している。


「裁判でも自分は悪くない、の一点張り、終始その主張をしていました」

 男は片側一車線の道路で前を走る車を追い抜こうと反対車線に出た。その前には小夜たちが乗るバスがあった。もしバスがハンドルを切らなければ、正面衝突は避けられなかっただろう。間違いなくこの男は死んでいたはず、だが彼は生きていた。大勢の人々の犠牲の上にこの男の命があったのだ。

 世間もまた、この男が助かり、何十人もの命が失われたことに憤りを感じていた。しかし法律はそうではなかった。バスと接触していないこと、つまり間接的に事故を誘発しただけだとして、危険運転致死には当たらない。それが彼の親が雇った弁護士の主張だった。


「男が改心もしないし、謝罪もしない。本当に傍聴席から包丁で刺し殺そうかと思いました」

 佳乃の”殺す”と言う言葉は静かに、感情のない言葉であった。

「判決では過失運転は認められましたが、危険運転致死は認められませんでした」

 確かにそうだった。最終的には接触したかどうかが争点になった記憶がある。あとはその場にとどまって逃げなかったこと。いや、呆然とその場に立っていたが正しいのだが、そのことも考慮に入れられた判決だった。彼の親が大金をはたいて雇った弁護士は有能だった。当時まだ危険運転致死の前例がないことを良いことに、矢継ぎ早に彼の減軽を主張した。結果、危険運転致死罪は適用されず、執行猶予が付いた過失運転罪で判決が下りた。


 当然、民事裁判では彼に対する損害賠償が認められたが、親の財力を持って早々に彼は自由の身となった。死んだ人間より生きている人間の方が優先。そんなことを誰かが言っていたような気がする。しかし生きていて何の価値もない人間までが優先されるのか、そんな悔しさを通り越した虚しさが当時の芦名の心を埋めていった。

 ただ、この話には後日談がある。自由の身になった男はまた同じことを繰り返していた。暴走行為は止まらなかったようだ。ある日、別の山道でこの事故と同じような速度で走っていたらしい。曲がりくねった道を高速で走行中、ハンドル操作を誤って谷に突っ込んでいった。車は十メートル下の谷底へ落ちていった。男は即死だったそうだ。


 目撃者はいなかったが、自殺するような人間ではないので運転操作の誤りから事故を起こしたのだろうと警察は結論付けた。一部の三文報道では、バスの乗客の怨念だとか、遺族の陰謀など、面白おかしく書かれた記事も出回った。

 ただ芦名はその事故のことを人伝に聞いたが、それ以上詮索することはしなかった。そんなことをしても小夜は戻ってこないのだから。

「男が死んで、私は途方に暮れました」

 佳乃の手からすくい上げた水がキラキラと光りながら再び川へと落ちていく。風が落ちていく水の行方を少し曲げた。


「結局、私の怒りを誰にぶつければいいのか、分からなくなったんです」

 佳乃は水をすくった両手を左右に開き、水が勢いよく落ちていく。

「私はなにを支えに生きていけばいいのか、と思うようになったんです」

 佳乃は立ち上がり真っすぐに芦名を見つめた。その目、その言葉、当時の芦名も同じことを考えていた。小夜を死に追いやった犯人は誰なのか、それを考え続けた日々もあった。そう、一番悪いのは……


 ×   ×   ×


「新潟から東京行の航空便から連絡、未確認の大型飛行物体を目撃。特徴から宇宙船と断定。MECは作戦室に集合」

 館内放送が響き渡る。蒼真は研究室をあとにし、作戦室へと急いだ。彼が作戦室に到着すると吉野隊長をはじめ、三上や田所たち隊員たちがすでに集結していた。

「隊長、航空機が目撃したという物体ですが、周囲の監視レーダーにはなんの反応もありません」

 田所は手元のモニターを見つめながら吉野隊長に報告した。吉野隊長は作戦室の横にある一般隊員のオペレータルームに移動し、自らモニターをのぞきこむ。確かにレーダーには何の影も映っていない。


 蒼真も手元の端末で確認するが、過去の履歴を含め、何かしらの怪しい物体は映っていないことを確認する。

 吉野隊長は作戦室の円卓に戻った。

「だが、航空機が幻影を見たとは考えにくい」

 全員が一端円卓の席に着いた。蒼真は隣の芦名の席が空席なのが気になった。

「確かにレーダーにはなにも映っていません。見間違いでは?」

 田所が疑問を投げかける。

「いや、怪しきは疑ってかかる必要がある。三上、再度航空機に状況を知らせるよう要請してくれ」

「了解」

 三上がオペレータルームに移動する。


「隊長、もしかしたら」

 蒼真が手元のタブレットを見ながら進言する。

「彼らの飛行物体は電磁波を吸収する素材でできている可能性があります」

「吸収?」

 田所が首を傾げる。

「彼らの飛行物体は、過去にもレーダーに捕えられず、いきなり現場に現れる事例が多発しています。今までのことを考えてもあり得ない話ではないと思います」

「なるほど」

 吉野隊長がうなずいた。そうこうしている間に、三上がオペレーションルームから戻ってくる。


「航空機からは、銀色の飛行物体が見えてそうですが、今は消えたそうです」

「消えた?」

 さらに田所の首が傾いた。

「彼らの飛行物体が見えたり見えなかったりするのも電磁波の吸収と関係があると思われます。光も電磁波なので、それをコントロールできれば可視周波数とそうでない周波数で現象を説明できると思います」

「うむ」

 吉野隊長が腕を組む。

「ならば、どうやって探す?」

 蒼真は手元のタブレットから目を上げ真っすぐに吉野隊長を見つめた。


「音波です。いわゆるソナーです。光は電磁波の波ですが、音波は空気の振動です。彼らが大気の中を移動している限り、空気振動からは逃れられません」

「なるほど」

「スカイカイトにソナーを搭載して上空から探索すれば、やつらの居所は分かるはずです」

 吉野隊長は三上と田所の両隊員に目を向けた。

「よし、三上はスカイカイトにソナーを搭載して上空を探索、田所は不測の事態に備えスカイタイガーで迎撃準備」

「了解!」

 両名が作戦室を出て行く。それを目で追う蒼真は隣の空席が気になっていた。


「隊長、飛行物体が確認された場所はどこですか?」

「長野県の山間、山深い所だ」

「長野……」

 そう、そこには今、芦名がいるはず。何もなければいいが、何か悪い予感がする。

「隊長、スカイカイトに同乗する許可をもらえませんか?」

「?」

 吉野隊長が腕組みを解く。


「なにか、嫌な予感がするんです」

「なにがあるんだ?」

「今、飛行物体が現れたすぐそばに芦名隊員がいるはずです」

「芦名が……」

 吉野隊長は蒼真の言いたいことを察したようだった。

「いいだろう、阿久津蒼真隊員、スカイカイトで上空探索を命じる」

「了解!」

 蒼真は足早に作戦室を出て行った。


 ×   ×   ×


「ほら、予想が当たった」

 電話の向こうから小夜の声が響いてくる。その声は怒っているのか、あるいは呆れているのか、芦名には察しがつかなかった。ただ一つ確かなのは、その声が怒鳴り声ではないということだけ。

「そんなこと言われても、災害なんて、いつどこで起こるか分からないんだから」

 当時、防衛隊は必要に応じて災害救助のため現地に赴くことがあった。旅行に出発する前の週、ある地方で大きな地震が発生した。山が崩れ、ふもとの村が土砂に飲み込まれ、多くの人々がその下敷きとなった。芦名の部隊もその救援に向かうこととなり、芦名は現場で多くの人々を救出していた。事態はほぼ収束に向かっているはずだったが。


「明日には片付きそうなんだけど、バスには乗れそうにはないんだ」

 災害現場の本部に設置されたテントの中で芦名は携帯を耳に当てながら落ち着きなく歩き回っていた。夕日が災害に見舞われた村を赤く染め上げている。テントの周囲では防衛隊の隊員だけでなく、消防士や村の消防団、警察官たちが忙しく情報を交換していた。

「じゃあ、仕方ないね」

 小夜がそっけなく答える。


「でも、調べたら、今いるこの地方から直行バスが出てるんだ。だから夜には現場で合流できる」

「え、そんな、無理しなくっていいよ。雄介、疲れてんじゃないの」

 小夜の声がやさしくなった。

「大丈夫だよ、男が一度約束したんだ。必ず行くよ」

「なんか、そんなところで男気だされても。もっと違うところで使ってよ」

「いや、絶対行く」

「ペンダントで許してあげるよ」

 芦名はポケットから小さな箱を取り出した。その中には以前に彩が欲しがっていたペンダントが入っている。そう、芦名は旅行とペンダント、この二つのサプライズで彼女を喜ばせる計画を立てていたのだ。だからこそ、何としてでも旅行先に行かなければならない。そうしなければ、この計画は台無しになってしまう。


 今思えば、なぜそんなことにこだわったのか。もしこだわらず小夜の言う通りにしていれば……

「とにかく、明日、計画通りのバスに乗って先に行ってて、必ず追いつくから」

「そうぉ」

 小夜の言葉が一瞬途切れた。

「まぁ、そうまで言うのであれば分かった。明日、予定のバスに乗るわ」

「うん」

 芦名は胸をなでおろした。彼女の機嫌を損ねることなく、明日のサプライズも準備万端だ。きっと彼女は喜んでくれるだろう。そのときはその思いでいっぱいであった。


「雄介、無理しないでね」

「ありがとう」

 小夜の声が変わらずやさしい。

「じゃぁね」

 小夜が電話を切ろうとしたとき、

「ちょっと待って」

 芦名が呼び止めた。今でも理由は分からない。なぜあのとき電話を切るのを止めたのか。


「小夜、大好きだよ。愛してる」

「どうしたの、急に」

 普段は電話でこんなことは言わない。どうしてこの言葉を発したのか、今となっては覚えてはいない。もしかするとこの先、小夜に、そして自分に起こることを予感していたのかもしれない。

「ありがとう、私も愛してる。じゃぁ、明日ね」

 小夜が電話を切った。芦名が聞いた彼女の最後の言葉だった。


 ×   ×   ×


「あなたは誰を恨んでいるのですか?」

 佳乃は相変わらず川の水をすくっては零し、すくっては零し、その行為を繰り返していた。芦名はその無意味とも思える行為をただ眺めていた。風がやさしく頬を撫でる。

「さあ、誰でしょうね」

 芦名はとぼけた。本当に恨むべき相手はもうとっくに決まっているのに。


「そう、あなたはきっともう分かっていらっしゃるのね、恨むべき相手を」

 佳乃にはお見通しだったようである。

「きっと、誰かを恨んでらっしゃるんでしょ。そうでなければ生きていけないはずですもの」

 人は大切な人を失ったとき、その理由を求めるものだ。それが理不尽であっても、自分を納得させるための理由を探す。そんなことを蒼真に話した記憶がある。


 おそらく佳乃も何か理由を探しているのだろう。バスの運転手、バス会社、事故の原因を作った男、今となっては誰もが彼女の理由には当てはまらない。その気持ちをどこに持っていけばいいのか。それは芦名にも痛いほど分かる。なぜなら、芦名も同じ気持ちを抱えているからだ。

 芦名は佳乃にゆっくりと答えた。


「自分も探しました。自分の大事な人を死なせたわけを。結論は私自身。このバスに乗るよう言ったのは自分なんです」

 そう、なぜあのとき無理をしてまで旅行に行こうとしたのか。仕事が入って中止しても良かったのに。神様は行くなと言っていた、小夜も無理しなくていいと言ってくれていた。それなのに、なのになぜ旅行先に行くことに固執したのか。

「私の意味のない意地みたいな感情で大事な人にこのバスに乗るようお願いしました。やめればよかったのに、やめれたのに」


 どこかで約束を破ってばかりの自分に小夜が愛想を尽かすのではないかという不安があったからか、それとも言ったことを守ろうとする妙な意地があったのか。今となってはその感情を思い出すことはできない。正確には、思い出したくない。

 多分、あのとき旅行に行けなくても、小夜は許してくれていたはずだ。だからこそペンダントをねだったのだ。彼女は許すための言い訳を作ってくれていたのだ。


 芦名はポケットに手を突っ込んだ。そこには、彩から返されたペンダントが入っていた。あのとき小夜が用意してくれた許しの印がそこにある。後悔しかない。いや、後悔以上のものがある。その答えは自分に向いている。彼女を殺したのは自分だ。自分しかいない。

「そうなんですね。なら私より随分ましな気がします。憎むべき相手が明確で」

 佳乃が立ち上がった。

「私はね、ついこの間まで見つからなかったんですよ。バスの運転手、バス会社、事故を起こした男、誰も彼も恨みきれない」

 彼女はゆっくりと谷を、川を見回した。変わらず静かな風が周りの木々を揺らしている。


「でもね、気付いたんです。恨むべき相手を」

 その言葉のあと、佳乃は芦名を見て薄笑いを浮かべた。芦名は背中に冷たいものを感じた。さっきまでなかった殺気が、彼女から伝わってくる。谷に今まで静かに拭いていた風が急に強くなった。周りの木々がガサガサと音を立て始める。

「この谷ですよ。ここに川が流れていなければ、谷がなければ、あの子は死ぬことはなかった」

「それは……」

 彼女の言葉に返す言葉がない。佳乃の殺気に芦名は二歩、三歩と後ずさりする。


「この谷が憎い。ここに、ここに谷がなければ、川がなければ、恨めしい、この谷が、この川が恨めしい」

 佳乃の体に赤い炎が重なって見える。

「やめろ! 自分を怒りと同化するのは!」

 芦名の言葉は佳乃には届かない。

「憎い、この谷が、この川が、憎い、憎い」


 ×   ×   ×


「三上さん、ソナーに影があります。おそらく宇宙船だと思います」

 スカイカイトの操縦席で蒼真は目の前のソナー画面をじっと見つめていた。

「蒼真君、なにも見えないぞ」

 操縦桿を握り、外の様子を伺っている三上が問いかける。確かにスカイカイトの眼前にはそれらしいものは浮かんでいない。ただ青い空が遠くまで広がっているだけだった。

「光をコントロールしているのだと思います。科学班で制作した電磁波の周波数を変更する装置を使えば見えると思います」

 三上の目に、手元の赤いボタンが映り込む。


「このボタンを押せばいいんだな」

「はい」

 三上は操縦桿を握り直し、蒼真に向かって言った。

「蒼真君、宇宙船の位置を教えてくれ」

「スカイカイト前方から二十三度右方向」

 三上が赤いボタンを押すと、スカイタイガーから周波数変更装置が現れた。蒼真はソナーの位置を確認しながら下界を目視で確認する。そこは木々に覆われた山岳地帯で人家などは見当たらない。ここなら宇宙船が墜落しても人命に影響はなさそうだ。


 蒼真は少し目線を先に向ける。そこには曲がりくねった自動車道路が走っている。多分そこに芦名がいるはずだ。もしかするとこの宇宙船は芦名を狙っているのではないか。そうならば、早々に攻撃しなければならない。

「照準を合わせた。最新の宇宙船の位置を」

「今の進行方向から三度右方向、地上の送電線、鉄塔の近くです」

「了解」

 三上がさらに照準を合わせる。


「発射!」

 三上が再び赤いボタンを押す、すると白い光が青い空を貫いていった。その先で何かに衝突したかのように白い光が止まり、やがて薄っすらと金属の浮遊物が姿を現した。

「見えた!」

 三上が叫んだ。

「田所さん、宇宙船の攻撃を!」

『了解!』

 田所の勇ましい声が無線を通して響いた。蒼真たちのスカイカイトの前をスカイタイガーが鋭く横切る。そのままスカイタイガーはミサイルを発射したが宇宙船には傷一つつかない。


「くそ、ミサイルを跳ね返しやがった」

 三上は悔しそうに宇宙船の周りを旋回していた。宇宙船は静かに佇んでいたが、それが攻撃しないことを意味するわけではなかった。突然、宇宙船から赤い光線が発せられた、それは田所のスカイタイガーに命中した。

「田所機、尾翼をやられました。脱出します」

 制御を失ったスカイタイガーの近くでパラシュートが開いた。スカイタイガーはそのまま地上に落下し大破した。破片が森に散らばり、やがて炎が立ち上がり始める。木々から白い煙が立ち上り出した。

「作戦室、こちらスカイカイト。スカイタイガーがやられました。スカイカイトの武器では宇宙船に対抗できないのでいったん引きます。地上で火災が発生しています。消火次第地上で待機します」

 三上の連絡に応じて、作戦室の吉野隊長からの返答があった。


『了解。地上で田所と合流、宇宙船の動きを監視してくれ』

「隊長、この近くに芦名隊員がいるはずです。彼に連絡します」

『了解、彼にも合流するように連絡を入れてくれ』

 指示を聞きながら蒼真が無線機を芦名宛に変えた。


 ×   ×   ×


 たじろぐ芦名の前に炎に包まれた佳乃が近づいてきた。そのと、芦名のポケットからけたたましい呼び出し音が鳴り響き芦名は慌ててMECシーバーを取り出す。

『芦名さん、気を付けて。上空に宇宙船がいます』

 蒼真の緊迫した声がMECシーバーを通して響き渡る。芦名は空を見上げると、そこには大きな影が浮かんでおり、それが自分たちに向かってどんどん近づいてきているのが見えた。


「まずい!」

 芦名は佳乃に近づこうとする。しかし炎の熱で近づくことができない。

「この谷が憎い、この川が恨めしい」

 その声に応えるかのように宇宙船から白い霧が佳乃に向かって降り注いだ。

「しまった」

 芦名の言葉が終わる前に炎がみるみる大きくなっていく。そして霧が晴れるとそこには炎の形をした怪獣フラウマが現れた。

「くそ!」

 芦名は懐からMECガンを取り出した。


「あなたの怒りは俺が納める!」

 フラウマにMECガンの光線が命中したがフラウマは微動だにしなかった。フラウマが芦名の真上に迫り彼を踏みつぶそうとしたその瞬間、青い光がフラウマに体当たりした。

「ガオォォ」

 フラウマはネイビージャイアントの存在に怒りの咆哮をあげた。ネイビーがフラウマに飛び掛かった。フラウマは谷に倒れる。ネイビーはフラウマに馬乗りになり拳を振り下ろした。フラウマはネイビーの拳をかわし、口から火炎を吐いた。それがネイビーの顔面に直撃し、ネイビーは吹き飛ばされて崖に打ち付けられた。フラウマは起き上がり、火炎を吐き続けながらネイビーに迫った。


「いかん」

 芦名はMECガンを構えフラウマの後方から光線を放った。

「ガオォォ」

 フラウマが振り返りざまに火炎を芦名に向けた。

「わぁ!」

 火炎に包まれる芦名の耳にあのときと同じ声が響いた。

「芦名雄介、あなたの怒りをネイビージャイアントに与えなさい」

 芦名の意識が遠のいていく。

 炎の中からネイビーが立ち上がった。その体は紫紺に変わっていた。


「フッ」

 ネイビーの気合で彼の周りの炎が消えていく。

「ガオォォ」

 フラウマは再び怒りの咆哮をあげた。そのフラウマに向かってネイビーが右手を差し出す、そこから赤い光線が連射される。ネイビーは容赦なく光線を撃ち続ける。フラウマが倒れ込んだ。そのとき上空の宇宙船から緑の光がネイビーに浴びせかける。


「本当にいいのか芦名雄介、あの婦人になんの罪がある。お前と同じ怒りがあの怪獣から発せられている。あの怪獣はお前と同じなんだ、分かるか芦名雄介!」

 ネイビーの中で芦名が目覚めた。

「俺は、俺はなにをしている?」

 一瞬、攻撃が止まったネイビーに対し、フラウマが再び火炎を吐き続けた。ネイビーは再び炎に包まれた。


「芦名さん! やっぱり芦名さんがネイビーに加勢してくれていたんですね」

「その声は蒼真君」

 ネイビーの中で二人の声が響く。

「芦名さん、僕は母から伝えられた使命で戦っています。目の前の怪獣は僕が倒さないといけない存在なんです。だから僕に、僕に力を貸してください」

「しかしどうやって倒す」

「大丈夫です。僕が青い光線であの怪獣を昇華させます。僕たちは怒りを持って怪獣化した人をあのままにしておくわけにはいかないんです」


「昇華させる……」

 芦名の声が途切れた。しかし直ぐに

「分かった。やるぞ!」

 ネイビーは上空へと飛び上がる、フラウマが空へ火炎を吐いた。ネイビーが火炎を避けた瞬間、フラウマの口の中に赤い光が見えた。

 ネイビーは次の火炎が吐かれる前に左手を突き出す。フラウマが再び火炎を吐こうと大きく口を開ける。ネイビーの左手から発せられた青い光がフラウマの口を捕えた。フラウマは少ない水が流れる川に仰向けに倒れる。わずかな水しぶきがあがった。フラウマは手足をビクつかせていたがやがて動きが止まった。一瞬強い風が吹いた。その風に吹き消されるかのようにフラウマは静かに消えていった。


 ×   ×   ×


 芦名は川の縁に立ち怪獣の後始末に追われる防衛隊員たちの姿を見つめていた。特に蒼真の指示を受けた科学班の隊員たちが、フレロビウム検知器を手に川辺のあらゆる痕跡を丹念に探っていた。

「芦名さんが今まで僕を助けてくれていたんですね」

 隣で同じように隊員たちの動きを見ていた蒼真が芦名に声をかけた。

「そうらしいな、自分では意識はなかったけれど」

 芦名が変わらず隊員たちの去就を目で追っていた。


「でも、さっきの戦いは今までカラーチェンジした後の後味の悪さはなかったです。想像ですけど、いつもの芦名さんより怒りが少なかった、いや、怒りが消えていったような気がします」

 芦名はその言葉を無視するかのように静かに空を仰いだ。緩やかな風が雲をゆっくりと流し空の広がりを描いていた。

「怪獣化したご婦人は、怒りの向く先がなくってこの谷を恨んだ。その怒りでフレロビウムを使って怪獣化したんだ。自分は怒りを自らに向けていた。それが原因かどうかは分からないが自分は怪獣化しなかった。でもそこに差なんてないのに」

 風がやさしく芦名の頬を撫でるように吹き抜けていった。


「怪獣化しなかったのは、芦名さんは自分を許せるようになったんじゃないんですか?」

「そうなのかなぁ」

 芦名は手に持っていた写真を見つめた。そこにはにこやかに笑う小夜の姿が写っている。芦名は自分を許したわけではない。許したのは小夜だ。彼女が自らの怒りを解いてくれている、そんな気がする。そう、あのときも約束を守れない自分を許すためにペンダントをねだったように。

「じゃぁ僕は調査に戻りますね」

 そう言うと蒼真は調査中の隊員たちの中に静かに溶け込んでいった。芦名の髪をそっと揺らす風がゆっくりと流れている。その風の中どこかで聞いたことのある声が響いてきた。


「私はあなたのことを恨んでいないわよ。だって、私、雄介のことが好きだから。でも、ちょっと気になったことがあったから、許すかどうか悩んだけど、まぁいいや、許してあげる。だからこれから先、あなたはあなたの人生を歩んでいって、いつまでも素敵な私の大好きな雄介でいて」

 芦名は大きく息を吐き出した。

「ありがとう、小夜」

 谷には緩やかな風が吹き続けていた。

《予告》怪獣化した人たちが現われる悪夢に悩まされる彩。その夢に小夜も現われ、芦名の心を奪った彩が憎いと言う。彼女の言葉に苦しむ彩のもとに怪獣ビルマンデの襲来が。次回ネイビージャイアント「二人目の小夜」お楽しみに

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